花      く  花
おまけ☆「穂君の災難な日々」(←一日なのに日々なのは語呂がいいから☆?)

 長い立ち話のあと、ようやく部屋の扉を開けるとソファに座って並んで写真を見ていた穂と小夜子が同時に顔を上げる。話が中まで聞こえていなかったか、一瞬冷やりとするが――何故だろう? 穂に茜音や母の事を知られるのは何故か嫌な気がしている‥‥――『遅かったね〜』と声をかけてくる穂の態度からはそんな事は微塵も感じられないので少し安堵する。

「ちょっとなー。それどっちの?穂?」
「うん、そう。先に見てた」
「ずるいっ! あたしも見るー!」

そう言って神無はすとん、と微妙に空いていた穂と小夜子の間に収まる。わざとなのか鈍いのか分からん‥‥と思いながら馨は小夜子の背後に回って後ろから覗き込んだ。落ち込む穂はともかく、こちらも鈍い小夜子は『どうぞ♪』とアルバムの半面を神無の膝に乗せる。

「馨ちゃん見える?」
「あー。なんだよ‥‥結構でかいじゃん。つまんねー。小六くらい?」
「小学校卒業から中学校入学にかけてー♪。いいじゃん? 十年くらい前だし、馨君達のもそのくらい前でしょ?」
「そりゃそーだけど、ずりぃー」
「大人って汚いよなー、馨」
「うわっ! 神無に言われると否定できない‥‥」

落ち込む穂におろおろと宥める小夜子は無視して神無と馨はページをめくった。今をそのまま背丈だけ小さくしたような、年の割に物知った顔の少年は見ていてもあまり面白くない。自分達が持って来たような、幼少時代が見たかったのに‥‥。所々写っている隠岐も、若いというだけで今とさほど変わり映えしない。学生服だったりしたら面白かったのだろうが、穂がこの年ではもう大学生だ。

「つまんなーい!返すっ! もっと小さいの見たかったのに〜」
「袋に入れておきますね、穂さん」
「あ、ごめんなさいっ!小夜子さん。ありがとうございます」
「いえ。‥‥あら? もう一冊アルバムが‥‥?」
「え? 隠岐に頼んだのは一冊だったけど‥‥。隠岐ー!アルバム二冊持ってきたの?」
「アルバムってーか、成人式の写真とかじゃねー?この表紙だと。開けていいぜ♪小夜。穂スーツ派?着物派?」

『確か着物〜』とつい最近の事だと言うのにうろ覚えな返事をしながら穂はドアを開けて再び階下の隠岐を呼ぶ。その間に馨と神無は小夜子を急かして中の写真を覗き込んだ。

「隠岐は持って来てないって言ってるけど‥‥紛れ込んだのかな? ‥‥どうしたの三人共固まっちゃって‥‥。そんなに僕の成人式変な格好だった?」
「いやー、着物とドレス派とはね‥‥してやられちゃった感じ? あたしもさすがに着物だけだった気が‥‥」
「えっと‥‥? 穂さん妹さんいらっしゃいませんよね? あー!従妹さんとか!」
「あははっ! んなわけねーだろ小夜! どー見たって穂本人だぜ!」
「‥‥。ちょっと待って!? 何!?ドレスとか妹とかって! 一体何の写真‥‥」

一番冷静な神無が――小夜子は事態を飲み込めず考え中、馨は腹を抱えて爆笑中――くるっと写真を引っくり返して穂に向けた。写真の中では幼い穂が千歳飴を手に無邪気に笑っている。しかし、普通男の子の七五三は五歳だが写真はそれより幼い。それに、穂が着ているのは左の写真は赤い着物に黄色の帯、右はピンクのフリルたっぷりのドレスと、どう見ても女の子の格好だ。

「な‥‥なな‥‥何これー!?」
「あーっはっは! 穂最っ高っ!! 笑かすー!!」
「まぁ魔よけのために男の子に女の子の服着せるって風習も聞いた事あるし? そう思っとけば?穂」
「ああ! そういう事だったんですね!穂さん」
「(ち‥‥違っ‥‥これは絶対あの少女趣味の母親が‥‥)隠岐ー! ってか穂ー!! 何でこんな事やられてるんだ!! 日本男児の恥だー!」
「穂はお前だろーが! おかしー‥‥混乱っぷりまでおかしー」

馨は受け過ぎ‥‥と神無は呟くが馨の笑い声に掻き消される。まぁ‥‥穂の言いたい事も分からないでもない。神無が見た本物の穂は五歳だったから、今の『叶』が中に入る前の写真なのだ。それを言ってしまうとややこしい事になるので穂の混乱という事にしておこう。叫びを聞きつけて上がって来た隠岐が笑い転げる馨と床に伏せって落ち込んでいる穂を交互に見て、ソファの小夜子と神無に目を向けた。

「‥‥何が?」
「いやちょっと爆弾がさ‥‥。隠岐さんはこの写真知ってた?」

ぱっと写真を開くと一瞬にして隠岐の表情が固まる――元から固まっているも同然だが。そしてふーっとため息を漏らして軽くこめかみを押さえた。

「何処からそんな写真が‥‥」
「こっちのアルバムをしまおうとしたら、紙袋の中に入ってたんです」
「‥‥ああ、奥様がその袋の傍で何かやっていたのは‥‥それを入れていたのか‥‥」
「止めてよ隠岐っ!! ってかこんな写真撮る前に止めてよ!」
「不可抗力です、止めていたら私も巻き添えでした。というか私は巻き添えになりそうだったので逃げました。結構喜んで着ていたようですが?」

隠岐のとどめに『やっぱり穂の馬鹿‥‥というか諸悪の根源はあの母親だ‥‥』と再び落ち込む穂。馨は『隠岐のはこえー! でも見たかったっ!!』と再び笑いの絶頂を迎えている。男二人は無視して神無は『小夜子さんの見せて♪』とねだる。隠岐はその間にさっさと階下に逃げて行った。

「私は幼稚園から小学校一年くらいの写真を‥‥。はい」
「ありがと♪。わー♪ちっちゃーい! 可愛い〜♪小夜子さん!」
「そんなこと‥‥でもありがと♪神無ちゃん」
「これ、東京じゃないよね?」
「ええ、今の学校に入るまでは母方の祖父の家に住んでいたの」

二人の会話に反応してむくっと起き上がった穂がひょいっとアルバムを覗き込む。これが近くの川で、この頃は五歳で‥‥と小夜子の説明を聞いていた神無が気付いて見上げると穂の口元が僅かにほころんでいる。懐かしい、そして愛おしい者を見るような笑みを、川の傍で遊ぶ小さな小夜子の写真に向けている。なんとなく察してむっとした神無は八つ当たり半分に穂の腹に肘鉄をくらわせた。

「った! 何!? 僕何かした!?」
「別に! 手が滑っただけっ! これは入学式?小夜子さん」
「ええ、小学校の入学式よ」
「こっちは?」
「これは兄達と私。後ろに写ってるのが私のうちよ」
「‥‥お兄さん二人もいるんですか?小夜子さん‥‥」

ええ♪と小夜子は屈託無く笑う。確かに妹はいないと言っていたが、兄が二人とは思わなかった。それに、今と変わらずおっとりふんわりした小夜子とは似ても似つかない、気の強そうな腕白少年達だ。と、復活した馨がひょいっと穂の肩に手をかけ、『気を付けろよー』と警告を発する。

「そいつら二人共重度のシスコンだからな。おまけに上は柔道、下は空手の有段者だぜ」
「‥‥が、がんばりマス‥‥」
「? 馨ちゃん、シスコンって何?」
「お前の兄貴らの事だよ。ごつい図体してまったく‥‥お前の事となるとわたわたおろおろして、こっちで寮に入る時も大騒ぎだったよな? 一緒に付いてくとか‥‥こっちが恥ずかしかったぜ」

小夜子がまだ首を傾げているが、次々、と馨は小夜子のアルバムを閉じ、紙袋からアルバムを引っ張り出した。可愛いクマのプリントされた表紙は自分の物ではない。

「あっ!それあたしの! 自分のにしろよ!」
「掴んだらこれだったんだよ。どっちでも変わんねーだろ? ほら、小夜」

小夜子に渡してしまえば神無は文句を引っ込める。ありがとう、と言って小夜子がアルバムを開き、穂がその隣に座る。神無も渋々それを覗き込んだ。三歳の七五三、着物姿の写真から始まるアルバムに小夜子は一瞬息を止め、『可愛い〜♪』という言葉と共に一気に吐き出した。

「可愛い♪神無ちゃん」
「うん、女の子だ。可愛い」
「‥‥小夜子さんの誉め方は恥ずかしいけど穂のはなんかむかつくっ!」
「わー! ごめんって! 可愛い可愛い!ほんとにっ! ! この綺麗な女(ひと)がお母さん?」
「うわぁ‥‥綺麗な女(ひと)‥‥。神無ちゃんはお母さん似ね♪」

家族三人の写真を見て小夜子が言う。母親を誉められるのは嬉しいが自分に似ていると言われるのは少し恥ずかしい‥‥。照れながら小さく頷くと穂も『ほんとだ』と写真を覗き込む。

「片目の色はお母さんと同じだったんだ〜。髪の色はお母さんの方が金色に近いね〜」
「‥‥そういう言い方されると目と髪しか似てないよーに聞こえる」
「え? そんな事言ってないよ!? えーと、ほら顔立ちそっくり? お母さんの方が優しそうだけど」
「‥‥」
「中身は全然違うけどなー。あと胸?」
「‥‥。うるさーい! 後十年以内にはこうなる予定なの! んでもって馨も穂も振って比になんないくらいのいい男捕まえんの!」

ふんっ! と胸をそらして断言するが馨には一笑され、穂は『何でそこに僕の名前が入ってるの‥‥?』と呟いている。あまり効果がなかった事に神無が膨れっ面になったので小夜子が慌ててアルバムをめくった。

「あ、この人が神無ちゃんのおじいちゃん? ‥‥ピンぼけであんまり良く分からないけど‥‥」
「そー、じいちゃん。これ別にピンぼけじゃないの。じいちゃん写すとこうなっちゃうんだ。だからじいちゃん写真嫌いなんだけど、初作務衣おそろ記念って事で母さんと不意打ちした♪」

確かに、振り向いた祖父の背中に作務衣姿の神無が飛びついている。その祖父の全身を覆うように白いもやと歪みがかかり、祖父自身の姿はぼやけてしまっている。それをじーっと見ていた穂が『‥‥ってーか‥‥』と躊躇いがちに口を開く。

「心霊写真じゃないの?これ‥‥。ものすごい霊力(ちから)感じるんだけど‥‥」
「あー、そりゃ永人様だろ。長い事御霊神やってて本来の形(にんげんのすがた)忘れちまったからっていつもてきとーな姿だったよな。白いもやだったり、透明なのに微妙に向こう側歪んでたり、部分的に手だけ作って手招きしたり‥‥。声も若いのか年なのか分かかんねー声だったし」
「力強過ぎてじいちゃんの社に収まり切ってなかったからね〜。まだ次のお社探してんのかな? でも当分無しでも大丈夫そう」
「? ?‥‥ながと様? 御霊神?」
「あー小夜子さんは気にしないで下さい‥‥。やめなさいね‥‥太刀守ファミリー‥‥。次の写真行きましょう! あ、これは馨君も入ってるね♪」

法事の後だろうか、黒いワンピースの神無と制服姿の馨、それにやはり黒いスーツの神無の父母。それに‥‥一人だけ場違いに花柄のワンピースを着て人形を抱えた少女が、洋館の前で写っている。『あー♪懐かしー♪』と神無が声を上げた。

「茜音と撮った写真、これ一枚だもんなー。四十九日の時だよね?馨」
「‥‥あー」
「? ?‥‥神無ちゃんて茜音ちゃんの事知ってるの‥‥? 四十九日って誰の‥‥」
「茜音のだよ? この後じいちゃんと永人様が茜音を送ってくれたんだ」
「ってこれも心霊写真かっ! 良く見たらこの子透けてるしっ!」
「大丈夫♪ どっちも害ないから。それにこの写真は母さんと一緒だし、じいちゃんが撮ってくれたから大抵の人にはばれないし♪」

『もうやだ‥‥』と穂がげんなりするが、他にもあるよー、と何故か心霊写真大会に移行している‥‥。小夜子が良く分からないなりに見ているので穂はいい加減にアルバムを取り上げた。

「あっ! 穂ー!」
「普通心霊写真アルバムでとっとくかな‥‥。さすがというか怖いよ、太刀守ファミリー‥‥。神無自身に霊障はなくってもあんまり他の人に見せないの!」
「残してあるのは大体血縁だから大丈夫だよ〜。しょうがないから馨のね♪」
「あっ‥‥」

神無がアルバムを取りに行くのを止めようか一瞬馨は迷うが『ま、いっか‥‥』と呟いてさりげなく距離を空ける。小夜子の隣に戻って来た神無は早速表紙を開いてしばし停止。そして勢い良く全ページをパラめくりし、ばたんっと閉じて立ちあがった。

「馨っ! 何であたしばっかり写ってんの!?」
「良く見ろ、ちゃんと俺もいるだろうが。これはお前にベッド占領されてどーっすかな、と思ってたら様子見に来た月雫さんが撮った写真だろ? んでこれが運動会見に来てたお前にタックルされてこけた所をお前の親父に撮られて‥‥。まぁ大体月雫さんかお前の親父に貰ったのをばあちゃんが入れてたアルバムだ」
「仲良しさんね♪二人共♪」
「この頃はべったりだったからな。妙に懐かれてたというか、やっぱり小さい頃の方が人間可愛いってーか」
「馨君の地毛ってこげ茶なんだね‥‥。初めて知った。そういえば親戚の結婚式でキスした間柄だっけ?」
「ああ、俺がリングボーイ頼まれて、ついでに神無をベールガールにって呼んでさ。写真あっただろ?」

『あったの!?』と神無が慌てて探そうとするが馨に後ろから押さえ込まれ、穂がどれどれ?とページをめくる。小夜子も真剣に見入っているので下手に暴れられず神無は恨めしげに唸っている。

「あ、あった。へぇ〜二人共可愛い〜♪」
「うるせー‥‥可愛いって年かよ‥‥」
「神無ちゃんのドレス可愛い〜♪。羽根付きで本当に天使みたい♪。私もベールガールしてもらいたいわ♪」
「(小夜子さんそれは問題発言っ!?)現場写真はないんだな、良かった‥‥」
「あるぞ? 次めくれ、穂」
「うわー! めくるな穂!! 離せー!破ってやるっ! 永遠に葬ってやるー!」
「ムダムダ、それ一枚じゃねーもん。ネガあるし」

全部燃やすー!と神無が叫ぶが穂はさっさとページをめくり、小夜子も興味深そうに覗き込む。きょとん、とした表情の馨の首に手をかけて神無が飛びついたらしい格好で、唇は確かに重なっている。『うわーぁ‥‥』と神無はうめいてぐったりと肩を落とした。

「悪夢だ‥‥。何でこんな奴にキスしたんだろ、あたし‥‥」
「うるせー‥‥こっちのセリフだ、そりゃ‥‥」
「可愛い♪。馨ちゃん好きだったの?神無ちゃん」
「もー言わないでよ小夜子さん‥‥」
「あははー♪。いいじゃん、はとこなら結婚できるよ? しちゃえ♪しちゃえ♪」
「よけーな事言うな‥‥穂。誰がするかっ!」

馨がげんなりしながらも言い返していると腕がぐっと重くなった。見下ろすと神無がぐったりと全身の力を抜いてうなだれている。そんなにショックだったのか?‥‥とちょっと可哀相に思っていると『くくく‥‥』とかそんな感じの低い笑い声がもれる。信じがたいが神無だ‥‥。びくっと馨が手を引っ込めると不敵な笑みで神無が『これなーんだ?』と一枚の写真を指に挟んで掲げ、立ち上がる。

「何って‥‥っ!!!?(←声にならない悲鳴)」
「小夜子さーん♪これあげる♪」
「え?え?‥‥」
「ダメー!! やめて神無! それだけは〜!」
「馨にもあげる♪」
「お、おう‥‥(急にどうしたんだ? 壊れたか‥‥?)」

『何でそんなに持ってるのさー!』と嘆きながら小夜子に渡すのだけは阻止したが、写真を一見した馨が横から『ほい』と小夜子に渡す。じーっと写真を見つめる小夜子を見てもうダメだ‥‥と穂はその場に倒れ込んだ。

「‥‥。これ、この前の‥‥」
「そー♪あたしと穂のキスシーン♪」
「ひどいよー‥‥僕が何したんだよー‥‥。写真持って来たの馨君なのにー!」
「うっさい! 馨とは痛み分けなの! 穂がその気なくてもあたしは傷つけられたんだぞっ!」
「これどーやって撮ったんだ‥‥? 友達?」
「うーうん♪。美少女盗撮マニアとっ捕まえて軽〜くこらしめて没収したの♪。ちゃんとこれ以外はそいつと一緒に警察突き出しといたから♪」

『どうやって捕まえたのかしら‥‥』『俺の知らないところでまたそんな事しやがって‥‥』とそれぞれ考えているが、穂は相変わらず床に倒れたまましくしくやっている。そこへ扉を開いて隠岐が顔を出し、穂を一瞥してしばらく沈黙する。

「夕飯は出来ましたが‥‥今度は何が?」
「軽〜く地雷踏んだだけ♪。運ぶの手伝う〜♪。穂はほっといて食べちゃおー!」

                                                  「穂君の災難な日々」って事で終わり☆

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