バレンタイン 彼女
 ――僕はバレンタインが嫌いだ――

いや、もらえない男の僻み‥‥ではなくて本当に。何故なら、女の子達が次々と甘いお菓子の数々をくれるからだ。いや、自慢でもなく‥‥。本命のほとんどが僕の親友――背が高く、きりっとした顔立ちで男の僕から見てもかっこいい――僕はついでの義理チョコ――ちなみに僕は彼の肩をちょっと越すくらいの身長。別に低くはないが顔が可愛いとの余り嬉しくない賛辞を頻繁に頂戴する――。それよりもなによりも、実は僕は甘い食べ物が大の苦手なのだ‥‥。特にチョコレート、あれはビターだろうと酒類の入ったもはやチョコなのか?という代物でさえも食べられない‥‥。普段から親友のついでにもらったりとか、可愛いからと言う嬉しくない賛辞と共に顔で誤解したお姉様方がくれるのだが、バレンタインだけは耐えられない! と毎年なんだかんだ不幸な一日を過ごしている僕だが、今年はいつもとは一味違う! なんてったって今年は‥‥。

 「よぉ、いつも死にそうな顔してるくせに、今年は元気そうだな」

別々の授業を受けていた親友が僕の頭を軽く叩いてそう言う。僕に身長が低いとか童顔だとかいつも言う彼なりのからかいを含んだ挨拶だ。すでに貰ったのか持参したのか紙袋の中はチョコetc.でいっぱいだ。ちなみに彼には彼女がいる、焼餅を妬いたりしないのだろうか?

「お前も食う? って駄目なんだよな〜、可哀相に‥‥」
「いや、可哀相なんて心にも思ってないし、絶対。大体みんな本命なんだからちゃんと食べろよ‥‥」
「そう言うお前は俺に食わせるじゃないか」
「僕のは義理だからいいんだよ‥‥捨てるのもったいないし。好きだろ?甘い物」

まぁね、と言って彼は紙袋から取り出したチョコレートを歩きながらつまみ食い。世の女性達よ、このいかにも甘い物が苦手そうな男と僕の嗜好が逆だという事に早く気付いてくれ‥‥。

「待って待って〜!」

名指しで待てをかけられて彼が振り返る。一緒に歩いていた僕も必然的に立ち止まった。かけてくる三、四人の女子学生。どの子も手に可愛くラッピングされた包みを持っている。そしてそれらを彼に渡す、という毎年見慣れた光景を僕は隣で見守っていた。その僕の前に一人の女子学生が彼にあげた物より一回り小さい包みを差し出す。

「一応手作りよ♪食べてみて」
「あ、僕‥‥」
「駄目よ〜、知らないの? 彼、彼女いるんだから」
「え!? そうだったの?」
「あはは‥‥一応ね‥‥」
「有名じゃない、一年のあの子よ」

そうだったんだ〜、と女子学生達は大盛り上がり。僕の脇で「そういやそうだった」と親友がぼそり。お前、彼女の事よく知ってるだろうが‥‥と半眼で突っ込んでおく。そう、僕には『彼女』がいる。とびっきり可愛くて、学内でも有名な子だ。‥‥まぁ、どう有名なのかはまた後で‥‥。

「あ、でもあの子だったらお菓子好きよね? 二人で食べて♪」
「でも、いいの?」
「いいよ、いいよ♪。がんばってね♪」

まぁ僕は食べられないので全部彼女が食べてしまうだろうが‥‥ホワイトデーのお返しは僕の役だろう。じゃね、と去る女子学生と別れ、僕と彼は次の教室へ向かうべく再び歩き始める。

「忘れてたぜー、それでご機嫌なわけね、お前。んで?肝心の彼女は?」
「今日は授業は午後からだから。もしかしたらもう来てるかもしれないけど」
「彼女お前がアレだって知ってんの?」

もちろん、と僕は自信たっぷりに頷く。彼女とデートに出かけても彼女は甘い物全般、僕はコーヒーオンリーもしくは甘くない物しか頼まない。最初のうちは無理矢理食べさせられたものだが、最近では彼女も僕が甘い物が苦手という事は理解してくれている。

「お前こそ、彼女怒らないわけ? そんなにチョコ貰ってさ」
「チョコもらうって事はそれだけいい男って事だろ? 何個貰ったか友達に自慢するから教えろって言ってたぞ? もちろんあいつの手作りチョコも貰えるが」
「あー、はいはい、聞いた僕が馬鹿でした‥‥」
「! おい、早速来たぞ、噂の彼女」
「!!」

向かいから走ってきた彼女が僕を見つけて満開の笑顔。大げさなくらいに手を振って走ってくる姿が無邪気で可愛い‥‥♪。逆の手には何だが大きな紙袋‥‥。僕が期待に胸弾ませていると彼女は目の前に迫っているのに走る速度を落とさない。

「え‥‥? ぶ、ぶつかるよ‥‥」
「おはよー!! ハッピーバレンタイン!!」

それはクリスマスか何かと勘違いしてないか? と心の中で突っ込みつつも、声に出す余裕はない。平均より低い背とはいえ、飛びついてきた彼女を抱き止めて踏み止まるのは一苦労だ。いくらバレンタインだからって‥‥ちょっと積極的過ぎ‥‥? まぁ嬉しいから許す‥‥。顔が赤くなっていたのか、親友が彼女を引き剥がそうとする僕を見てにやにや‥‥。うるさい、笑うな‥‥。

「あのね!日本のバレンタインってすっごいの! すっごいの見つけたの!」
「そうなの?‥‥」
「うん! はい、バレンタインチョコ♪」
「‥‥」

そう言って彼女は紙袋からずるり、と大きな板を取り出した。ラッピング代わりにちょこんとリボンが付いているが、パッケージは丸出し。普通の何倍あるのかは‥‥考えたくもない‥‥。憎憎しいチョコレート色のパッケージに金字でmilkと大きく書いてある。その字がBlackであったならまだ可愛げがあった物を‥‥。にこにこと板を抱えた彼女は僕が固まっている様子にあれ? と可愛く首を傾げる。同じく固まっていた親友がその様にかぷっと吹き出し、堪え切れずに長身を折って笑い出した。あー、もう‥‥好きなだけ笑いやがれ‥‥。

「期待を裏切らねー‥‥。お前の彼女ほんとに、さいっこうーおもしれー‥‥」
「え? え? Big板チョコ駄目?? 日本のバレンタインは板チョコあげちゃ駄目なの!?」
「ううん、そんなことは‥‥多分ないと思うよ‥‥。ありがとう‥‥」
「‥‥あんまり嬉しくない?」

半泣き顔で受け取った僕を見上げて彼女がしゅんとしたように小首を傾げる。そんなことないよ! とあわてて僕は取り繕うが、笑い続けている親友が長身を持ち上げ、僕の肩に腕を回して逆手で僕を指差す。

「こいつ、チョコ大嫌い。ってか甘い物全般嫌い」
「ば、馬鹿言うな!」
「‥‥。‥‥。ごめんなさい、忘れてたぁ‥‥」

ふにゃあ‥‥と声を上げて彼女は目を潤ませていく。あー泣きそうな顔も可愛い♪。しかも、ひょっとして僕って結構愛されてる? じゃなくっ!なんで泣かせるんだよ馬鹿ぁ!! と親友を罵るが彼は彼女の反応にやっぱり笑い転げている。こいつ鬼だっ!

「大丈夫だって、おいしそうだよ?この板チョコ。ね?」

僕が宥めるも彼女はとうとう泣き出してしまう。あうぅ‥‥これじゃあ僕が泣かせたみたいじゃないか。ほらほら、と僕は巨大板チョコのパッケージを剥き、銀紙を剥がして一欠けら(これで優に普通の板チョコ一枚分くらいだ)を彼女の前に差し出す。僕が即倒しそうな甘い香りに泣いていた彼女が顔を上げ、条件反射でぱくっとそれにかぶりついた。指先に唇が触れて思わずどきりっと心臓を跳ね上げた僕を見上げ、彼女が涙の残る顔をはち切れんばかりに破顔させる。

「おいしー♪♪」

可愛い〜‥‥。チョコの代わりに蕩けてしまいそうなくらい可愛い‥‥。

「もっと食べる? そうだ、さっき別のチョコも貰ったんだよね。一緒に食べよっか♪」
「うん♪」
「出たな、学内名物バカップルが‥‥。あー、でもほんと退屈しねー、この二人。お、そうだあいつも呼んでやろう」

そう言いながら親友は携帯電話で自分の彼女を呼び出す。そんなことはお構い無しに、チョコを頬張る彼女とその彼女にチョコを食べさせながら悩殺されそうな僕。うん、今年のバレンタインはいつもよりずっと幸せだ♪。

「「ってか、いつもと同じだろうよ‥‥」」

僕とバレンタインと彼女 完

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