アリア〜天使の歌声それすなわち鎮魂曲(レクイエム)


――ねぇ?私はどうして死ななきゃいけなかったの?――
っと生きたかった、と思うのはいけないこと? 私を殺した人を憎むのは、いけないことなの? じゃあ、私のこの思いは一体何処へやったらいいの?
――誰か教えて、この声が聞こえるなら。苦しんで死んでいったのに、
どうして死んでからも苦しいの? どうしたら楽になれるの? 誰か‥‥――

 「此処に居るね、彼女」
不意に澄んだ声が彼女の闇を晴らした。その声が言う『彼女』はきっと自身のことに違いない。救いを求めていいものか、彼女は戸惑いの手を出しかけて引き止める。
「彼女を解放するのは簡単だけど、それじゃあ駄目なの?」
「彼女はいいわ。でも、私に言わせれば大変なのは死者よりも今生きてる人達よ。死者の姿は見える人にしか見えないけど、嘆いたり恨んだりする惨めな人間は誰の目にも見えるのよ。死んだ誰かのために復讐なんて馬鹿げてる。でも復讐の儀式は、生きてる人間にとっては必要なものなのよ。そうできるなら、ね」
「ひどい‥‥。でも、それなら彼女は関係ないだろう? 解放してあげてもいいよね?」
「ええ、これ以上彼女を苦しめる理由はないわ。‥‥私には彼女の苦しみは分からないけど」
始めに聞こえた澄んだ声が、旋律を奏で始める。歌と言うよりも、人の声が奏でる音楽そのもの。それが鎮魂歌(レクイエム)である事を彼女は知らない。けれど人のものとは到底思えない歌声は彼女の憎しみを、苦しみを洗い流し、彼女を絡めていた場所から滝の飛沫のように彼女を飛び立たせた。


 始業のベルとともにいそいそと帰り支度を始める繭良に遠慮がちに声をかけてくるのはクラスメイトの松本 輝美(まつもと てるみ)だ。あの‥‥その‥‥と口篭もる彼女はクラスの中でも大人しい少女だ。特に仲が良いわけでもないので緊張しているのだろう。繭良は安心させるように笑いかけた。
「何?輝美ちゃん」
「あの‥‥大堂寺さんて、探偵さんの助手してるってほんと?」
「! 依頼!? わぁ♪じゃあ探偵社へGOよ!!」
「あ、あのまだ事件とか、そういうのだって決まったわけじゃないから‥‥。できれば他の人が居ない所で聞いて欲しいんだけど‥‥」
「そっか、そうよね‥‥。じゃあミステリー研究会の部室行こうか」
こんな怪しげな部に部室をくれるとはよほど活動している部が少ないのか太っ腹な学校だ。部室に引き込まれると輝美はさらに怯えたようだ。黒い遮光カーテンを引きっぱなしで散乱した部屋。無理もない‥‥。繭良の方は気にせずカーテンを開けて輝美に椅子を勧めた。
「で?で?どういう事件?」
と此処で早速探偵ノートを構える繭良。
「だから事件、ってわけじゃ‥‥。私の叔父夫婦が最近近くの山にペンションを建てたの。これなんだけど‥‥」
「ペンション市邨(いちむら)‥‥。えー!これって人気がすごくて予約もいっぱいっていうあれ!? すっごい可愛いログハウスでしょ!? 知ってる知ってる〜♪私も泊まりた〜い♪。で?このペンションがどうしたの?」
「私、アルバイトの人が決まるまでってちょっと前までそこを手伝ってたの。その時にね、変なはがきが届いて‥‥。『泣き荒む彼女に鎮魂の歌を捧げん。その歌声を乱す者、汝の上には彼女の涙が刃と化し降り注ぐであろう。何者であれ、彼女の還りを阻む事なかれ』って。それも一通じゃないの。何通も」
「それって‥‥脅迫状??」
「私もそう思ったんだけど、叔父さんはそんな事ない、気にするなって。昨日気になって行ってみたらアルバイトに入った女の子がやっぱり何通も持ってて、頼んで一枚もらって来たの。これ」
「わぁ♪本物があるの?」
繭良が受け取った葉書は何の変哲もない官製葉書。差出人の名前はない。裏はパソコンかワープロかとにかく味気ない角張った印字が並んでいる。
「うーん、それで輝美ちゃんは何かあるんじゃないかって心配して私に‥‥。よし!早速!!ってわけでそのペンションに何とか潜り込めない? お客でもアルバイトでも」
「駄目、予約はずっといっぱいなの。アルバイトも今三人いるから十分だって。こんなんじゃ、調査できないかな‥‥」
 「‥‥で?『まっかせといて!』って勝手に安請け合いしてきたわけ?まゆら」
買い物に向かいながら話を聞いていたロキが早くも冷え冷えとした返事を返す。闇野がロキ様‥‥と宥めるように声をかける。だって〜と拗ねるのかと思いきや、繭良はううん!と首を振る。
「ロキ君と相談してみるって言ったの」
「同じだよ!依頼者にとっては!! ただの悪戯だろ?人気を嫉んで‥‥とか。差し迫った脅迫概念を感じないんだよね?この文面。明日から夏休みだろ? そんな厄介な事に首突っ込んでないでもっと有意義な楽しみを考えなよ」
「まぁまぁ、ロキ様。私は困ってる人、不安な人を放って置けないまゆらさんの性格、大好きですよ」
「ありがと♪闇野さん。それに‥‥明日から夏休みだからこそ燃えるんじゃない!ロキ君! ペンション市邨ってほんっと可愛いんだよ♪。それにバイトのお兄さん黒髪長髪ですっごいかっこいいんだって♪」
「闇野君‥‥買いかぶりすぎたね‥‥。消火して、消火。結局こうだよ‥‥。じゃあまゆら一人でそのお兄さんとやらに会ってくれば?」
「あ、そのお兄さんの妹さんとお友達の女の子もいるんだけど、すっごい美人とすっごい可愛い子なんだって、ロキ君」
それは行きたいかも‥‥とロキがころっと態度を変えるので繭良は何よぉ、ロキ君だって〜と膨れかえる。代わる代わる不機嫌になる二人を宥めるために闇野はわたわたおろおろ、見ていて一番哀れだ‥‥。
「ってどっちにしろバイトの欠員も空きの部屋もないんじゃ調査に乗り出せないじゃん? 何か起こってからじゃないとね〜」
「不吉な事言わないでよ、ロキ君。あ、今日はそっちじゃないよ、こっちのスーパー」
「ほえ?」
「今日はこっちが特売なの♪。夕飯の買い物しなくちゃ♪」
「じゃあ闇野君二人で‥‥」
「ふふっ‥‥どうせ味もろくに分からないアノ人にロキ様と同じ高級食材を与えるなんて勿体無さ過ぎます! 参りましょう!まゆらさん! あ、ロキ様は危ないですのでアイスなど買って外でお待ちになっていてくださいね♪」
そう言って闇野はロキに小銭を渡して繭良と勇ましくスーパーに入っていく。特売に群がる主婦をそれこそ蹴散らしながら‥‥。
「ああ‥‥我が息子ながらすっかり主夫が板についちゃって可哀相に‥‥」
だが戦力外のロキは大人しくアイスクリームの移動販売車に向かう。黄色い車体はロキのお気に入りのアイスクリーム屋だ。親子連れに混じってロキもガラスケースのメニューを覗く。
「えーと、モカとバニラとナッツのサンデー下さい♪」
「はーい。あら、可愛いわね♪ボク。コーンとカップどっちにする?」
「ん〜カップで♪」
「はーい。おまけにもう一個乗せてあげる♪。内緒よ?何がいい?」
「じゃあストロベリーで♪ありがと♪お姉さん♪」
「いいえ♪。はいどうぞ♪」
こういう時は子供の体はお得だ。まぁ大きくてもできるかもしれないが。アイスを受け取るとロキは一番上のストロベリーに攻撃を加えながら炎天下を避けて駐車場の日陰に逃げ込む。アイスを食べようとついて来たのだが。やはり頼んで家で待っていた方が良かったかもしれない。
「ううっボクってつくづくデリケート‥‥。でもこれのおかげで幸せだけど♪」
「わん!」
「わん?‥‥うわぁ!」
不意に視界に暑苦しい白と灰の毛玉が入り込んで来た。長い毛で目は見えない。はぁはぁと出ている舌はいかにも暑そうだ。座り込んでいるロキよりもずっと大きいその犬――なんとかいうテレビ番組に出ているオールドイングリッシュシープドックという犬種の犬のようだ――は何かをねだるようにお座りしている。
「な‥‥何?‥‥。もしかしてアイス食べたいの?」
「わん!」
「わー!!あげるから来ないで!暑苦しい! どうせもらったやつだからいっか。ストロベリーだけだよ?」
ストロベリーアイスだけを地面に落としてやるとその毛玉、もとい犬は嬉しげに尻尾を振りながらアイスを舐め始める。
「アイス食べるなんて変な犬だね、お前。でも、行儀の良い犬だなぁ。襲われるかと思ったけど‥‥。おいしい?」
「クルード!ああ!もう駄目じゃないか逃げちゃ! ん?‥‥何食べてるの?」
不意に長い黒髪をポニーテールにしてさらにそれを三つ編みにした上に先をポニーテールの根元に戻してバンダナで留めている、という複雑な髪形をした女性が犬とロキに駆け寄ってきた。膝を折って犬を覗き込む瞳は琥珀のような金のような‥‥とにかく日本人ではなそうだ。しかし流暢な日本語で、服装もTシャツにジーンズのパンツと何処にでもいそうな若者の物。それにしても、思わず息を飲むような美人だ。夏の日差しに眩しいくらいの白い肌に無個性に整った顔立ちは人形のような造作である。呆然とその横顔を見ていたロキが声を取り戻すのと女性がロキに気付くのがほぼ同時。
「あ、ごめんなさい!アイス見てたからボクが一つあげちゃったんだ」
「‥‥驚いたなぁ‥‥僕と『同じ』人に会うなんて‥‥」
「へ?‥‥」
じっとロキの顔を覗き込む顔は正面から見ても異常過ぎるほどに整っていて美人以外に誉めようがない。しかし、女性的というより中世的な顔立ちだ。豊満な胸は女性の物以外であるはずもないが、しかし‥‥。
『僕』?‥‥。しかもボクと『同じ』って??‥‥。
「同族ではないね‥‥。初めまして♪僕は‥‥」
「桜! 何してるの!!」
「!」
少女の怒声が聞こえて女性は腰を上げ、振り返る。同時にアイスを食べていた犬――クルードという名前らしい――が尻尾を振りながら一声。程なくして両手いっぱいにスーパーの袋を持った少女が走って来る。
「ユハ♪お帰り♪」
「お帰りじゃない! ちゃんとクルード見てなさいって言ったでしょ?」
「僕はちゃんと待ってたよぉ。クルードが急に逃げちゃったんだもん‥‥」
ちょっと拗ねたように女性はユハと呼ばれた少女(漢字が思い浮かばなかった)に言い返した。少女は桜と呼ばれた女性よりちょうど頭半分背が低い。中学生くらいか?という顔立ちでサイドの髪を頬に沿うように残し、後ろを短めのショートボブにカットしている。キャミソールの上にレースのボレロを引っかけ、下はデニム地の膝丈のカプリパンツといった装いで桜と並ぶと随分可愛らしい。
「クルードのせいにしないの! 桜がぼーっとしてたんでしょ? ! あ‥‥ごめんね?ボク。クルードかこのお姉さんが何かしなかった?」
「僕は『同じ』人だったから声かけただけ。クルードはアイスもらっちゃったみたい」
「え!? ごめんね、ボク。新しいアイス買ってあげるね?」
「あ、ううん♪アイスはおまけだからいいよ♪。それより『同じ人』って‥‥」
どういう意味?と視線に込めるがユハに振り返られた桜は少しびくっとしたように肩を竦めた。睨まれでもしたのだろうか? 振り返ったユハはにこっと人好きのする笑顔であったが。
「同じ外国の人だと思ったみたい♪ 桜は日本人じゃないの。君もそう?」
「うん‥‥まぁ、そんなとこ‥‥」
「じゃあごめんね、私達急ぐから。クルードにアイスくれてありがと♪。桜!帰るよ!」
「僕まだ『あの人』と話したかったのに〜」
「ダメ!忙しいんだからね!これ持って!」
ユハにスーパーの袋を押し付けられ、桜はその全てを持たされるとユハはクルードの散歩用の紐を拾い上げた。そしてじゃあね、とロキに手を振って歩いて行く。桜も慌てたように後を追いかけていたが不意にロキを振り返ると「またね」と口を動かす。
「‥‥。なんだったんだ?あの人‥‥」
同じ外国の人だと‥‥? とてもそうは見えなかったけど。そりゃボクは髪も瞳の色も薄いけど言葉だって変じゃないし‥‥。じゃあどういう意味の同じ?‥‥。
しばらく考えにふけっていたが名を呼ばれてロキは声の主に駆け寄る。残っていた疑問はその場に置き去りにして‥‥。


 『泣き荒む彼女に鎮魂の歌を捧げん。その歌声を乱す者、汝の上には彼女の涙が刃と化し降り注ぐであろう。何者であれ、彼女の還りを阻む事なかれ』
復讐の儀式に繋がる言葉を、一字一字刻むようにゆっくりとタイピングしていく。エンターで追悼の言葉を確定すると印刷のコマンドを打ち込む。差し込まれていた葉書が、彼女の体内に潜るようにプリンタに飲まれ、彼女の苦渋の声のように吐き出されてくる。
『苦しい‥‥早く出たいわ‥‥』
誰もいないはずの背後で人が過ぎる影がディスプレイの淵に映る。それは笑って背後の人その者にするようにディスプレイに額を押し付けた。そして、愛しそうにその無機質な四角い箱を両手に抱え込む。
「もう少しだよ‥‥。もう少しで儀式は始まる。辛抱して‥‥」
答える声はない。その脇でプリンタがカタカタと几帳面に葉書を飲み込み、吐き出す作業を続けていた。


 翌日、暇を持て余している繭良を連れ、ロキ達はまた同じスーパーに来ていた。アノ人こと鳴神が昨夜せっかくの食材を食い荒らして行ったのだ。そしてまた別の特売のチラシを昨日着た時にもらったというのが大きな要因だ。
「はぁ‥‥もっと買い貯めして置くべきでした‥‥。というかアノ人のいない世界に行きたい‥‥」
「まぁそう言わずに頑張って‥‥闇野君‥‥」
かく言うロキはもしかしたら昨日の桜に会えるのではないかと思ってついて来たのだ。もちろんアイスを食べるためでもある。
だって気になるし、ねぇ‥‥?昨日のあれ‥‥。
「ペンション市邨に空きができたら教えてって輝美ちゃんに頼んでおきましたから、そしたら三人で泊まりに行きましょ♪闇野さん♪」
「はい‥‥ありがとうございます〜まゆらさん〜(号泣)」
「ほら泣かないの、闇野君。じゃあがんばって♪」
「はいです!ロキ様! 行ってまいります!」
一瞬でやる気を取り戻すと闇野はまた戦場に向かって行った。ロキは今日もまた黄色の移動販売車に駆け寄る。
「あら、ボクいらっしゃい♪。ほらおいで♪来たよ♪」
「きゃ〜♪可愛い〜♪。何にする?ボク? お姉さん達が奢ってあげる〜♪」
「(わ〜い♪ラッキ〜♪)今日は何にしようかな〜♪」
「あれ‥‥君昨日の‥‥」
ガラスケースにへばりついていると後ろから青年の声がする。聞き覚えがない声だったので無視しているとロキを見て騒いでいたバイトの少女二人が悲鳴の声色を変えた。不意に視界が翳って振り返ると長身の青年がロキを見下ろしている。黒く長い髪を後ろで低く三つ編みにした琥珀の目の青年。その顔も格好も昨日の桜に酷似していた。
「え?‥‥」
「あ、やっぱり君‥‥」
「コクオー!」
「った!!」
突然青年はその長身を思いっきりガラスケースに体当たりさせて悲鳴をあげる。怒声を上げて青年に突っ込んで来たのは昨日のユハという少女。それに、手にした紐の先には白と灰の大きな犬、クルードが。
「ひどいユハ‥‥。俺、えーと昨日桜が言ってた子だよね?って聞こうと思っただけなのに‥‥」
「一人でふらふらしないの! 半径五メートル以上離れたら外出禁止にするからね! ! あ、昨日からごめんね?ボク」
「いえ‥‥(なんなんだ一体‥‥)」
「アイス? お詫びに買ったげる♪。クルードもね、はいはい。コクオーは?」
「俺はユハの少し貰うからいい」
国王?とロキは漢字を思い浮かべるがまさか違うだろう。問う間もなくコクオーという青年はクルードを連れて車から離れてしまう。ユハは小さな体でガラスケースを覗き込みながらアイスを選んでいる。
「えーと、ストロベリーをシングルのカップで一つと、ストロベリーチーズケーキとオレンジシャーベットをダブルのコーンで。ボクは何にする?」
「え? じゃあストロベリーチーズケーキってのとチョコミントのダブル、コーンで」
「それでお願いしまーす」
「あ、はい。じゃあまずストロベリーのカップと、ストロベリーチーズケーキとオレンジシャーベットですね‥‥」
放心していたバイトの少女達はいそいそとアイスを盛り、会計を済ませる。まずユハが両手にアイスを受け取る。差し出されたロキの分にはしっかりと二つ、おまけのアイスが乗っていた。
「あらら、ボクってば人気者だね?」
「お姉さんも一口どう?チョコチップ」
「じゃあ一口貰っちゃおう♪。あむっ‥‥」
「あ!ずるーい!」
昨日ロキがいた日陰で待っていた青年が非難の声をあげる。ごめんごめんとユハがコーンのアイスを青年に差し出し、カップのストロベリーはクルードに与えている。
「お兄さんも食べる?チョコチップ」
「ううん‥‥いい‥‥」
「‥‥(チョコチップに拗ねてるわけじゃないのかな?)」
「昨日も会ったよね? この辺りに住んでるの?ボク」
「うん。あ、ボク、ロキ。よろしく、お姉さん、お兄さん」
「あ、私 (ひさぎ) ユハ、ユハでいいよ。こっちはコクオー、よろしくね、ロキ君。ちなみに昨日一緒にいた桜はコクオーの双子の妹なの」
なるほど双子かぁ。どうりで二人ともそっくりなわけだ。にしてもユハにコクオー? 変わった名前だな〜、桜はともかく。
「ユハって綺麗な名前だね♪ユハお姉さん♪。漢字はどう書くの?」
「ありがと♪。漢字分かるの?すごいね♪ロキ君。ユハは遊ぶ葉って書くんだよ」
「ほぇ〜ますます綺麗‥‥。落ち葉の事だね? 正確には落ちて行く葉、かな?」
「すごーい、正解だよ、ロキ君。遊ぶように舞い落ちて行く落ち葉で遊葉だよ。小さいのに頭いいんだね?びっくり‥‥」
「いやぁそんな事‥‥(なんたって中は神サマですから‥‥)コクオーお兄さんの漢字は?」
「黒い桜。黒い桜で黒桜だよ、ロキ君」
にこっと意味深な――としか取れない――笑みを浮かべて青年、黒桜は答えた。一瞬ぞくっと背筋が寒くなるのは青年の美貌のせいか、それとも‥‥。遊葉に破顔しながらアイスを返す様はそんな表情は当に消え去っているが。
「クロちゃんでもいいよ♪。あ、桜はサクラちゃんって呼んであげてね♪」
「(クロちゃんにサクラちゃん‥‥?)遊葉お姉さん達は? やっぱり近くに住んでるの?」
「ううん、私達はこの先の山にあるペンション市邨ってとこでアルバイトしてるの。今ちょうど学校がお休みだから。此処にはクルードのお散歩兼ペンションのお買い物に来てるんだ」
「ペンション市邨?」
じゃまゆらが言ってたのは遊葉お姉さんと(自称)クロちゃんとサクラちゃんの事か‥‥確かにかっこいいお兄さんと美人と可愛いお姉さんだ‥‥。ん?バイトって事はお姉さん中学生じゃないな‥‥。高校生? でもまゆらの休みは今日からだし‥‥。
「あれ?ロキ君なんでペンション市邨知ってるの? この辺じゃ有名?」
「あーうん、まぁ。まゆら‥‥知り合いの子が泊まりたいって言ってたなぁ〜って。すごい可愛いログハウスなんだってね?」
「♪、泊まりたい? 今ならキャンセル出たから空いてるよ♪」
「ちょ‥‥黒桜!? そんな勝手な‥‥。ただでさえオーナーがケガして料理する人いないのに‥‥」
「遊葉がやるんでしょ? 俺遊葉の料理大好き♪」
「そりゃ私がやるしかないけどプロと一緒にしないでよ!」
オーナーがケガ?‥‥。まさかあの脅迫状? ん〜にしても空き出たのか‥‥。まゆらは退屈してるし〜♪闇野君はナルカミ君相手に参ってるし〜♪。息抜きのチャーンス!
「奥さんと遊葉で料理すれば完璧♪」
「奥さん料理音痴って言ってたでしょ! とにかくダメ! 今の人数で遊葉精一杯なんだから‥‥今日中に代理のシェフさん来てくれれば別だけど‥‥」
「ねぇねぇ♪ボクの執事(にしとこ)すっごく料理上手なんだけど♪。和洋中何でもお任せあれ♪。それにボク前からそのペンション泊まりたかったんだ♪」
「え?‥‥」
「ロキくーん!」
「あ、帰って来た」
噂をすれば、だ。だいぶ買い込んだらしい闇野を置き去りにして走ってくる繭良が振り回しているのはスーパーの袋と携帯電話だ。
「ロキ君♪ロキ君♪今輝美ちゃんから電話あって空き出たって♪」
「うん、聞いた、このお姉さん達から」
「え?‥‥あ、どうもこんにちは‥‥?」
「こんにちは♪」
「闇野君も来てー! まゆら、闇野君、このお姉さんとお兄さんが噂のペンション市邨のアルバイトさんだよ。遊葉お姉さん♪彼がうちの執事兼名シェフの闇野君♪。こっちのまゆらは市邨オーナーの姪御さんとクラスメイトなんだ♪。お客兼シェフ代理ってとこでどうかな?」
「うーん‥‥。ちょっとオーナーに電話してくるからそこいてね!黒桜!」
生返事を返す黒桜に念を押すと遊葉は走り去る。どうしたんだ?と見守っているとスーパーの前の公衆電話で止まった。バイトの用事で携帯電話を使うのが嫌なのか電波が悪いのかエリア外なのか‥‥。まさか持ってないなんて事はあるまい。
「良かったね、君達とても運が良いよ。この時期は人気だから空きなんてでないんだ。大体キャンセルあっても補欠の予約入ってるし」
「? まだオーナーがいいって言ったわけじゃないよ?クロちゃん」
「言うよ、絶対ね‥‥。ね?クルード、可愛いお客さんが来て嬉しいね?」
「くぉん!」
妙に自信たっぷりに言い切るとまた破顔して黒桜は傍らのクルードを撫でる。ほう‥‥と思わずため息がでてしまうような『絵になる』光景だが、何となく繭良が頬を赤くしているのがおもしろくない‥‥。
「おっきな犬〜♪。触ってみてもいいですか♪」
「いいよ、オールドイングリッシュシープドックっていう大人しい犬だから大丈夫。クルードって呼んであげて♪」
「わーい!クルード〜♪。可愛い〜♪。これだけ大きかったらロキ君乗れそうよ♪」
「あ♪それいい〜♪。乗せてあげるよ♪ロキ君♪」
「ぎゃあー!それはやめて!クロちゃん! それにクルード可哀相だって!」
「大丈夫、クルードもロキ君くらいならいいよって言ってるから。クルード立って、いい子だ。さ♪ロキ君♪」
逃走を試みるが繭良に阻まれ、黒桜の手に後ろから持ち上げられてあえなく失敗。闇野はこの光景を微笑ましそうに見ているので何かとてつもなく勘違いしているようである。
「大丈夫♪怖くない♪怖くない♪」
「怖いんじゃなくて!」
「やぁ〜♪可愛い〜♪♪」
「(うう‥‥この反応が嫌だったのに‥‥)下ろして!クロちゃん!! 恥ずかしいんだよ!」
「あはは♪ごめんごめん」
「黒桜!ロキ君苛めてないでしょうね!」
「うん、苛めてない。一緒に遊んでたんだよ♪」
嘘だ‥‥とロキは即座に思うがしれっと遊葉に言い返す頃には黒桜はロキをクルードの上から降ろしている。なら良いけど‥‥と呟く遊葉も黒桜の言う『遊び』は見ていなかったらしい。
「吉報よ!ロキ君達! オーナーがシェフ代理が来るまで料理してくれるなら部屋代半額でいいって。それに、味によっては無料にするってよ♪」
「じゃあもう無料(ただ)同然だね‥‥(にやっ)」
「お任せください、ロキ様(きら〜ん)」
「(ん〜妙な自信だね‥‥この二人)じゃあ私達買い物もあるし、君達も準備があるだろうから一時間後にまた迎えに来るね」
「え〜?いいじゃん。買い物の後一緒に付いてけば」
「馬鹿客がまたビールが切れたって騒いでるんだって!! 黒桜一人でビールとクルード持って返ってくれるならいいけど!?」
やだ、と黒桜が即答すると分かればよろしい、と遊葉は頷く。こんな安売りのスーパーで食材を買うなんて大した事ない料理では‥‥?と密かに思っていたが、なるほど、昨日もおそらくビールを買い足しに来ていたのだろう。
「あの〜お迎えってボク車はダメなんだけど‥‥」
「車じゃないよ、自転車(即答)」
「じ‥‥自転車?‥‥」
「うん、俺も遊葉も運転できないもん。オーナーはできるけど車ダメなら自転車で来て歩いて戻るよ。ロキ君くらいならともかくさすがに三人も乗せて山上がれないしね♪」
「なるほど、ならちょっと安心‥‥(?)」
「何処に迎えに行けばいいかな? この辺の人間じゃないから分かりやすい所がいいんだけど」
じゃあ、と繭良に促すとうん、と頷いて繭良はまたスーパーでもらったらしい広告にスーパーから探偵社までの地図を描く。これでいい?と手渡された地図には一本の間違いもない。
「うん。はい、遊葉お姉さん。此処に迎えに来て」
「燕雀探偵社‥‥? この近くにおうちがあるの?」
「ううん、それがボクのうち。そしてボクが探偵だよ♪」
『!!』
「?‥‥」
「ふうん‥‥すごいね、その年で探偵なんて。遊葉♪早く買い物済ませよ♪。また後で、ロキ君」
何だ‥‥?今一瞬二人の反応が変だった?‥‥。それに、クロちゃんのまたあの意味深な笑い‥‥。
じゃあね、と手を振る時にはもう笑みは無邪気さを取り戻していた。ロキは心に引っかかるものを感じながらも、繭良に促されるまま身を翻した。


 「‥‥うまい!!」
まだ湯気の上がるタンシチューを味見した中年の男性が絶賛の叫びをあげる。ありがとうございます、と闇野は殊勝な態度で頭を下げ、もう一人の青年が俺も〜♪と味見役をねだる。
「すごいよ!闇野君だっけ? 本当に何処のレストランでも修行した事ないの?」
「はい、あ、でもオーナーの指示が的確だったからですよ? ご満足頂けて光栄です♪」
「いやぁとんでもない。代理なんていらないからずっと手伝って欲しいなぁ」
「いえ、こちらこそとんでもない。私はロキ様のお世話で手一杯ですから」
「ほんとだぁ、くやしーけど遊葉のよりおいしー。もっともタンシチューなんて作ってもらったことないけど。あとは夕飯までそのまま寝かせとけばいい?」
「ああ、あ、鍋は下に下ろしておいてくれるかい?クロちゃん。あとでサラダ用のジャガイモを煮ておくから。それと地下のワインセラーからワイン出しておいて。今日は赤の‥‥ちょっと甘めのがいいかな?女性のお客さんが見えるから。まぁクロちゃんに任せるよ」
はーい、と返事して青年は鍋掴みを手に取り、大きな真鍮の鍋を掴む。闇野も手伝おうと駆け寄るが見かけに寄らぬ怪力で青年はひょいっとシチューのたっぷり入った鍋をコンロから下ろす。闇野が唖然としていると鍋掴みをはずしながら青年は闇野を振り返って微笑した。
「夕飯直前の準備まで休んでていいよ、ヤミノ。ヤミノはお客様なんだから」
「あ、はい! あ‥‥よろしければワインセラーを見せて頂いてよろしいですか?黒桜さん」
「? いいよ。俺のじゃないけどね。今日は赤の甘口か〜。で、女性向となるとどれにしよっかなぁ」
ぶつぶつ呟きながら青年は腰を屈めて床下収納の取っ手を押し出して手をかけた。なんだそれしきのワインセラーか?と思いきや‥‥地下への階段だったらしい。唖然とする闇野を置いて青年、黒桜はさっさと階段を下りていく。闇野も慌てて追いかけた。中は非常灯のようにか細い光が照らしているだけ。階段を降り切った黒桜が扉を開けると同じように薄暗い部屋にワインの並んだ棚が見えた。さすがにワインセラーだけあって真夏というのにぞくっとするほど肌寒い。
「ドア閉めて入って」
「あ、はい! すごいですね‥‥。しかし何故入り口が床下収納‥‥」
「予算が足りなかったんだって」
「は?」
「予定より部屋数を多くしたからさ、地下室を作るのが精一杯で階段は作りかけの床下収納のとこにしたんだって。高級ワインはないけどこれだけの量だからちょっとした防犯にもなるだろ?」
「ああ、なるほど‥‥」
たいした事はないと言っても、手に取って見る物は全て輸入物。国産の安物はない。黒桜は何を選ぶのだろうと見やると棚の一つとにらめっこしながらしきりに唸って‥‥もとい悩んでいる。
「黒桜さん、ワインお詳しいんですか?」
「え? あ‥‥いやそうでもないよ。少し酒屋でバイトしてたのと趣味で‥‥。オーナーは形にこだわってワインセラーなんて持ってるけど下戸なんだ。だから料理に定番のワインは出せてもオリジナリティがないってよくぼやいてるんだ」
「大学生でしたよね? 色々なアルバイトを?」
「ああ‥‥うん、犬の散歩のアルバイトとか新聞配達とかペットショップでわんちゃんクリーニングの手伝いとか、ね。よし、これに決めた。ちょっと珍しい奴だよ、北欧産のワインだ」
「北欧‥‥ですか‥‥(ちょっと意味深です‥‥)」
戻ろうとした黒桜が不意に立ち止まって黒桜を先に行かせようと避けていた闇野の顔をじっと覗き込む。闇野より少し上の視線がそのままじーっと闇野を見つめた。な、なんでしょう‥‥と思わず声が上ずるのは相手が滅多にお目にかかれない美形のせいかそれともただならぬ気配を感じたのか‥‥。
「‥‥良く見ると君も俺と『同じ人』だね、良く隠してあるけど」
「お、同じ人?‥‥。どういう意味ですか?黒桜さん」
「‥‥」
怖いくらいだった無表情にこっと意味深な笑みを浮かべる。決して油断できる笑みではなかったがそれでもふっと闇野は呪縛を解かれたように安堵した。
「『同族』ではないけどね、君も。意味は、教えてあげないよ。遊葉に怒られるのはやだからね♪。戻ろう、闇野」
「? ?」
そのまま何事もなかったように黒桜はワイン片手に階段を上がっていく。闇野もうっかりと出口を閉められてしまっては困るので慌てて後を追いかけた。


 客室の用意を整えた遊葉が汗を拭きながら戻ってくる。すっかりお客様扱いのロキと繭良はダイニングのテーブルに座っていたがその姿に慌てて立ち上がった。
「客室の用意できたから案内するね。闇野さんの荷物は私が持ってくよ」
「あ、ありがと‥‥遊葉さん。ごめんなさい、なんか色々やってもらっちゃって‥‥」
「君達はお客様だもん当然だよ♪ それに遊葉でいいよ?まゆらちゃん。高二なら同い年だもん」
「え!? 同い年!? てっきり‥‥った!何!?ロキ君!」
「まゆらより夏休みが早いからクロちゃんと同じ大学生かと思った♪」
繭良の事だ、中学生だと思ったと言うのであろうと察してロキは思いっきり足のすねを蹴飛ばしてやった。そして自分はそ知らぬ顔でにっこりと笑いかける。当の遊葉は繭良の言わんとしていた事すら察したのかあはは!大学生?と笑い飛ばす。
「私の学校私立だから休みが少し早いんだよ」
「そうなんだ♪。じゃあクロちゃんとサクラちゃんとは少し離れてるね?」
「ああ、うん、そうだね‥‥。でも精神年齢は私の方が高いよ、絶対♪。あ、繭良ちゃんこの部屋使って。今シングルは全部塞がってるの。ツインだけど、料金は気にしないで」
「わぁ♪おっきな部屋♪。ありがと、遊葉ちゃん♪」
「ロキ君と闇野さんの部屋はこっちね」
繭良が一室に消えると遊葉は一部屋通り越して一番奥の部屋にロキを通す。隣のツインは私が使ってるの、と説明して闇野とロキの着替えが入った鞄をベッドに置いた。部屋は八畳くらいだろうか。ユニットバスとクローゼットが入り口の傍にあり、大きめのベットが二つ並んでいる。わぁと歓声を上げてロキは大きな出窓の向こうにある、これもやはり丸太を組み合わせたベランダに出た。
「すっごーい!後ろは川なんだね‥‥」
「そうだよ♪。滝があるんだけどこの一階じゃ見えないかな‥‥」
「うーん、ちょっと見えないみたい‥‥」
「じゃあ後で闇野さんと一緒に行ってみようか♪」
「うん♪」
ダイニングに戻ろうと遊葉は部屋を出た。そのまま繭良を迎えに行こうとロキも追いかけるがふと遊葉の足が止まる。こちらに向かっていたのかドアから少し離れた所で繭良が三人の青年に囲まれている。
「可愛いじゃん?彼女♪」
「新しいお客さん? 俺達と一緒に上で酒でも飲もうぜ?なぁ」
「いえ‥‥私高校生なんで‥‥」
「おう!まじめだねぇ♪。じゃあちょっとお酌してくれるだけでいいからさ‥‥」
「ちょ‥‥!」
「お客さん!あんた達の部屋は二階、女あさりに降りてくるのはやめてくれる? それから酒盛りは勝手だけど他のお客さんを巻き込むなって何度言ったら分かってくれるわけ?その狂牛病頭は。そんなに酌の相手が欲しいなら男同士虚しく酌し合ってなさい」
繭良の視線くらいの所にようやく頭の先が届く小柄な遊葉が男達と繭良の間に割って入り、繭良に絡んでいた手を掴む。手助けしようとロキが駆け寄るが遊葉が男の手をひねり上げて解放された繭良を押し付けて来たので後退する羽目になる。
「おう!我らが遊葉ちゃぁ〜ん♪。遊葉ちゃんが相手してくれるなら他の子諦めてもいいぜ?」
「るさいな、私は誰のものでもないわよ。面倒だから夕飯まで大人しく部屋で寝てなさい」
「強がっちゃって可愛いなぁ♪。遊葉ちゃんの膝枕でなら何時間でも寝ちゃう♪」
「きっしょく悪いわね〜」
ため息を付きながら遊葉はすっと固めた拳を腰に当てる。殴る気か?とロキが息を飲むとその手を押さえ、遊葉の肩にかけられていた青年の手を軽く振り払う別の手が浸入する。
「ダメ、遊葉」
「黒桜!」
「(うんうん、お客さん殴っちゃいけないよな、偉いよクロちゃん)」
「こんな奴殴ったら遊葉の可愛い手が汚れちゃうだろ?」
「んだと!野郎に用はねぇんだよ!どきな!」
「俺も酔っ払いには付き合いたくないなぁ。ちなみに遊葉に触れていいのは俺だけ♪。膝枕も俺の専売特許♪。酔っ払った後は気持ち良く寝ないとね?」
にこっと笑って黒桜は殴りかかってきた腕を軽くかわして鳩尾に拳を入れた。短い雄たけびと共に青年の一人が倒れ、続いて呆然としている仲間一人にも手刀をお見舞いする。残る一人が後ろから黒桜を襲うが遊葉が振り上げた足で青年を蹴り付け、あっさりと床に転がした。
「遊葉!ダメだろ?ケガしたらどうするのさ!」
「‥‥(ようやく客の心配する気になったか‥‥クロちゃん)」
「遊葉はちっちゃくて可愛くておまけに女の子なんだから!力仕事は俺がやるっていつも言ってるだろ?」
「(結局そっちの心配かっ!)あの‥‥そのお客さん達は‥‥」
「いっつも言い返してるけど遊葉はそんなにやわじゃないったら! それに膝枕って何!?遊葉そんな事してないよ!!」
「クロちゃん!遊葉ちゃん!どうしたんだい!?」
物音を聞きつけたらしいオーナーが駆けつけ、その後ろから闇野が慌てた様子で駆けて来る。エプロンをしていないからもう下ごしらえは終わっていたのだろう。
「あ、オーナー。このお客さん達また酔っ払って降りて来ちゃったみたい♪。此処でばたって眠り込んじゃって♪」
「(無邪気な笑顔で酷な嘘をつける貴女が怖い‥‥。しかもまたっ!?)」
「しょうがないな‥‥村上さん達‥‥。クロちゃん、上に運んであげて」
「はーい♪」
「お客さん達はダイニングへどうぞ。まったく村上さん達の酒癖の悪さには困ったもんだねぇ‥‥。あ、遊葉ちゃん麦茶出してあげてくれる?」
「はい、オーナー」
ロキ君‥‥?と狼狽したように繭良が顔を覗き込むが何も言うな、ロキは首を振る。客を即倒させたなんてオーナーに知れてはまずい。それに、あんな小柄で可愛い顔をしている遊葉が実は過激派で共犯だとはオーナーでも信用してくれまい。
「えっと大堂寺さんは輝美の同級生なんだって?」
「あ、はい。高校のクラスメイトです♪お世話になってます」
「いや、こちらこそお世話かけてるんじゃないかな。でもちょうど良かったなぁ、今日輝美が来るはずなんだ。一緒に夕飯を食べようと思って呼んだんだよ」
「え? でも輝美ちゃんそんな事言ってなかったです」
「ああ‥‥そうか。言えないかもなぁ‥‥。今日は輝美の親友だった子の一周忌なんだよ。ちょうどね、裏手にある滝で‥‥。あ、ごめんよ、妙な話をしてしまったね」
「いえ‥‥」
滝からって言い回しだと転落? それとも、自殺‥‥? ならなんでこんなところにペンションなんて建てたんだろう‥‥。そういえばオーナー夫妻、子供はいないのかにゃ?
それ以上の突っ込んだ話を聞いたものかどうか迷っているとダイニングから遊葉がオーナーを呼ぶ声がする。はいはい、とオーナーは逃げるように台所に入っていった。
「なんだい?遊葉ちゃん」
「今日予約頂いていた笹目さんと望月さん、駅に着いたそうです。少し買い物するって言ってましたけど、奥さん迎えに行って帰りにでも拾ってきたら良いんじゃないですか?」
「そうだな‥‥ややっ、もうこんな時間か‥‥。何処にいるって?」
「大体の時間と待ち合わせ場所教えておきました。いってらっしゃい、オーナー」
「ああ、いつもありがとね、遊葉ちゃん。じゃあ後はよろしく! あ、それから今日は輝美と坂寄(さかより)君が来るから」
「はーい」
オーナーに車の鍵を投げ渡すと遊葉はロキ達にテーブルに着くように言ってまたキッチンの方に戻って行く。そういえば!と突然言って闇野がそっとロキの耳に口を寄せた。
「私先程、黒桜さんに『‥‥良く見ると君も俺と「同じ人」だね、良く隠してあるけど』と言われたのですけど、何の事でしょう?」
「闇野君も!? 実はボクも昨日サクラちゃんにさ‥‥。遊葉お姉さんに止められて何の事だかは聞けなかったんだけど」
「何内緒話してるのー!ロキ君達!!」
「!いや、今日の夕食のメニュー、まゆらさんにお喜びいただけますかね〜などと‥‥」
「? 麦茶どうぞ♪お菓子もあるよ」
「ああ!お手伝いします!遊葉さん!」
「ありがとー♪」
あからさまにごまかす闇野の態度にで?ほんとは?と繭良がロキに尋ねてくる。いや別に、とロキはそ知らぬ顔でお茶菓子をつまむ。なによーと繭良が膨れているとドアの方で足音がした。黒桜かと振り返ると別の三十代くらいの男性が立っていた。
「お?新客?遊葉ちゃん」
「あ、富永さん今お目覚め? もー!何のために泊まりに来てるの!! 夕飯までご飯なしですよ!」
「夕飯って、オーナーの手あれだろ? 遊葉ちゃんの手料理ならオジサン大歓迎だけどな♪」
「残念でした〜。お客さん兼シェフ代理の闇野さんですよ。それとロキ君とまゆらちゃん。このオジサンは富永さん、ペンションの取材で昨日から泊まりに来てるの」
「よろしく♪。遊葉ちゃん俺にも麦茶ちょうだいな。そうだ、サクラちゃんいないのかい?。昨日写真撮らせてもらう約束したんだが、昨日は夜のペンション撮るのに精一杯で‥‥」
何でそんな勝手な約束してるの!と遊葉がキッチンで怒声を上げている。そんな事は気にせず中肉中背のはっきり言うならぱっとしないオジサンである富永は君も可愛いね、とタバコをふかしながら繭良に声をかけている。
「桜を撮るなんて絶対ダメ! はい、麦茶」
「なんで? あ、妬かなくてももちろん遊葉ちゃんも一緒にさ♪。別に怪しい写真じゃないぞぉ? ペンションの写真にこう、可愛い女の子がいた方が華ってもんがあるだろ?」
「私もダメ! 大体今日は桜じゃなくて兄の黒桜が来てるんだから‥‥」
「った! 痛いよクルード。散歩さっき行っただろ? ダメだったら‥‥まだ遊び足りないの? 遊葉ぁ、クルードが散歩に連れてけって言ってるんだけど‥‥」
「!」
入って来た黒桜を見て富永が驚きを見せる。まぁ妹の桜にそっくりなのだ、無理もない。クルードにじゃれつかれながら入って来た黒桜は富永を見つけて「おはようございます、富永さん♪」と声をかけている。
「‥‥、俺、君に会ったか? 昨日サクラちゃんとは会ったけど」
「あっ!お客さんの名前は遊葉に聞いてるんで〜。他のお客さんは皆知ってるし」
「そうだ。黒桜、ロキ君達とクルード連れて滝まで散歩に行ってきなよ。私、輝美ちゃんと坂寄君が来るらしいから留守番してる」
「うん、いいよ。良かったね♪クルード♪。散歩行ってもいいってよ?」
「オジサンもご一緒して良いかな? 滝の写真も撮っておきたいんだ」
「‥‥いいけど黒桜撮ったらフィルム没収」
ヤローには興味ないぜ、と笑って富永はカメラを取りに二階の客室に戻って行った。しかし、写真を撮られてはまずい事情でもあるのだろうか?
「滝があるの?遊葉ちゃん」
「うん、綺麗だから見てくると良いよ♪まゆらちゃん。黒桜‥‥」
「分かってるよー」
「?」
「外で待ってよ♪。行くよ、クルード」
何の念を押されていたのか大体予想はつくがやはり気になる所ではある。まぁ遊葉のいない所でなら‥‥と企みつつロキは黒桜に付いて外に出た。しかし、何度見てもこの立派なログハウスのペンションの外観は可愛らしい。周りを彩る花の鉢もさる事ながらあちらこちらにかけられたパステルカラーのトールペイントが目を引く。
「オーナー、奥さんを迎えに行ったらしいんだけど奥さんは何しに町へ?」
「あ〜、今日は多分トールペイントの教室だよ。此処に飾ってあるのはみーんな奥さんの作品。明日はガーデニングの教室だね」
「へぇ♪すごいですね?奥さん。オーナーは前はレストランか何処かで?」
「うん、一流料理店のシェフだったらしいよ」
「それがどうして一転ペンション経営なんて?」
「‥‥まぁ、オーナーも奥さんも色々苦労したんだよ‥‥。このペンションは二人の苦労と夢の形なんだ」
珍しく黒桜が重い表情で言葉を切ると待たせた!と明るい調子で富永が出て来る。じゃあ、と黒桜はクルードを従えてペンションの裏手に回り、そこから坂道を降りていく。上が林になっているので午後の日差しが遮られ、快適なくらいに涼しい。後ろで繭良と闇野が富永のおしゃべりに捕まっているようなのでしめたとばかりにロキは黒桜に駆け寄った。
「ねぇクロちゃん」
「何?ロキ君」
「クロちゃんとサクラちゃんと遊葉お姉さんってどういう関係? ただの友達には見えないけど‥‥。恋人とその妹?」
「‥‥遊葉はね、俺の命の恩人なんだよ。でも俺は遊葉の命の恩人でもある。恋人とかそうでないとか、そんなくだらない区別なんて通り越した大事な存在‥‥。だから俺は、遊葉のためならどんな者でも敵にまわすよ」
「! 穏やかじゃ、ないね、クロちゃん」
「それくらい本気で好きって事♪ だから、覚悟してなよ?ロキ君」
何の覚悟‥‥? ボク、クロちゃん敵にまわすような事したっけ?
首をひねっていると着いたよ、と黒桜が声をかける。滝の下、ではなく正面、古い吊り橋の前だ。きゃー!!と繭良が歓声を上げて吊り橋を駆けて行く。それだけで橋は激しく揺れているが‥‥。
「きゃー!!怖ーい♪」
「いや怖がってないし‥‥。おっきい滝だね‥‥」
「とっても綺麗です‥‥」
「だろ? クルード、遊んでおいで。あ、遊葉には内緒ね?怒られるから」
「おいで!クルード!」
「いやはや、ペンションの裏手にこんな綺麗な滝があるとはなぁ。まゆらちゃん!クルードと一枚撮ってあげるよ♪。はいピース!」
おすわりしたクルードに繭良が寄り添い、富永がシャッターを切る。写真撮影が終わったのを察するとクルードはまたさっそうと走り去っていった。
「こんな綺麗な滝が、人一人飲み込んだなんてね‥‥」
「!何の話だ?ボク」
「オーナーが言ってたんだ♪去年の今日、此処で女の子が死んだって。でもボク詳しくは知らなーい♪。クロちゃんは?」
「う‥‥卑怯者〜! ダメ!!遊葉に怒られるから言えない‥‥」
「あー!!私も知りたいです!!黒桜さん!!(期待が満ち過ぎて溢れちゃった眼差し)」
「俺の事なら気にしないでいいぞ。その辺の事は記事しない。一応ペンション側からもギャラ貰ってるからな。ただそこで止められると個人的気になるぞ?オジサン(きら〜ん)」
うう‥‥と困り果てていた黒桜はじゃあほんとに遊葉には内緒って事で‥‥と諦めのため息。そして吊り橋の上に進み、手摺に手をかけて滝を覗き込むようにしながら口を開いた。
「彼女の遺体が上がったのは去年の今日。だからほんとはもっと前に死んでいたのかもしれない。死因は水死ではなくて水面に叩きつけられてのショック死。つまり、高い所から飛び降りた時と同じだね」
「自殺、だったの?」
「いや、それは分からない。遺書はなくて、事故か他殺か、結局分からなかった。だから彼女は明かされない事実と共に今だ滝の水底に沈んでいるんだろうね‥‥」
「‥‥」
「あ、女の子にする話じゃないね、ごめんまゆらちゃん」
「ミ‥‥ミステリー!!」
あ、切れた、とロキが呟いて繭良を見やるとすでにぐるぐる眼鏡装備の上、拳を握り締め、力の限りに叫んでいる。富永と黒桜が呆気に取られているが構わず繭良は大はしゃぎだ。
「ミステリーよ!!久々の! 滝に消えた少女と真実! ロキ君!今こそ私達が真実を明かして彼女を救い出すのよ!」
「闇野く〜ん、そろそろ夕食の支度しないと〜。クロちゃん♪富永のオジサン♪、ミステリー馬鹿はほっといていいから帰ろ♪。クルードー!!お散歩終わり♪」
「あ〜オジサン明るいうちにペンションの外観も撮らなきゃな〜。じゃあお先!」
「まゆらちゃん変わってるね〜」
「すみません‥‥悪気はない(?)んです‥‥」
かくして繭良は置いてけぼりのまま皆は坂道を戻り始めた。滝の音に掻き消されながらまだ繭良のミステリー!の叫び声が続いているのが、ロキの心に重くのしかかってはいたが。


 キッチンにタンシチューの良い香りが漂い始めるとオーナー夫妻が新しい女性客二人と共に戻ってきた。少し前に訪れていた輝美とダイニングのテーブルで話していたロキ達はぱっとそちらを振り返る。
「やぁ、来てたのかい?輝美」
「はい、叔父さん、叔母さん。手の傷は、大丈夫?叔父さん」
「ああ、うん、浅く切っただけだよ。二、三日もすればまた包丁を握れるさ」
「そういえば、どうしたんですか?その傷」
「昨日ね、手紙が来て、サクラちゃんが変だって止めてくれたんだけど開けちゃって‥‥中に剃刀が‥‥。いや、こんな話はいいや。遊葉ちゃーん!クロちゃーん!」
「はーい!」
キッチンを手伝っていた黒桜と二階のベットメイキングに行っていた遊葉がそろって顔を出す。女性客二人がため息をつくのを横目で見ながらロキは「例の脅迫状かな?」と呟くと繭良が多分、と頷いて見せた。
「笹目さんと望月さんだ、二日間よろしく。笹目さん、望月さん、バイトの楸 遊葉ちゃんと黒桜君、何かあれば私達かこの二人に言って下さい」
「よろしくお願いしまーす♪」
「あ、こちらこそ‥‥」
「クロちゃん、お部屋案内して。香奈枝、新しいお客さんだよ。ロキ君と大堂寺さん。大堂寺さんは輝美のクラスメイトだそうだ」
「まぁ可愛らしいお客さん方♪。楽しんでいってくださいね、二人供。遊葉ちゃん、坂寄君は?」
「まだです〜、電話はないし。でも郵便も今日は来てないし、坂寄君が仕事上がってそのまま持ってくる気なんだと思いますよ」
そう、と呟いてオーナー夫人、香奈枝はキッチンに入って行く。中で闇野に挨拶している声を聞きながらロキは先程の遊葉と香奈枝の会話を反芻する。
ふむ‥‥坂寄さんはきっと郵便配達員なんだにゃ? それに郵便には例の脅迫状も‥‥。
「遊葉ちゃん、あなた、夕食の支度ができたそうだから上のお客さん達呼んで来て。坂寄君はやっぱり間に合わないかしら‥‥」
「いや、すぐに来るだろう。先にはじめていよう」
「遊葉お姉さん大丈夫? ボクいこっか?」
「ううん♪大丈夫だよ♪ ちょーっと起こすの手間取るかもだけど♪」
「‥‥(ああ‥‥やっぱり付いてった方がいいかも‥‥)」
とロキは思ったが廊下に出て行った二人が黒桜と話すのが聞こえ、笹目と望月だけダイニングに入って来たので黒桜も付いていったのだろうと察した。それはそれで心配だ‥‥。食事の準備の邪魔になるので席を離れたロキはすぐさま女性客二人に囲まれる。それはそれで良し‥‥♪と和んでいるとこんばんは、と一人の青年が入って来た。
「坂寄君!」
(あきら)兄さん‥‥」
「良かったわ、間に合って。夕飯今からよ」
「あれ?オーナーあれなのに? あ、久しぶり輝美」
「うん‥‥。私のクラスメイトの大堂寺さんがシェフ代理の人を連れて来てくれたのよ」
「あ、はじめまして、こんばんは♪」
こんばんは、と返す青年、坂寄 章は高くも低くもない身長によく焼けた顔をほころばせた。その外見から察するにやはり外回りの配達業務なのだろう。
「そうだ、香奈枝さん。また来てたよ、葉書」
「やぁね‥‥昨日はあの人が怪我するし‥‥。何とか止められないの?郵便局の方で止めてもらうとか‥‥」
「それはちょっと‥‥迷惑メールじゃないんだから‥‥。まぁ上と相談はしてみるよ」
「お兄さんその葉書見せてー!」
「あ、こら子供が見るもんじゃ‥‥」
無邪気さを装ってロキは坂寄の手から葉書を二枚奪い取った。その両方を表裏に返して内容と葉書の宛名面を見る。
やっぱり‥‥これもあれが足りない‥‥。って事は‥‥でも何のために?
「駄目だろ?ボク。ってこの子は?」
「あ、私の連れです〜♪。ごめんなさい♪やんちゃな子で‥‥」
「あっれ〜?坂寄君だ。間に合ったんだね♪良かった♪」
「ヤミノの料理すっごいおいしいんだよ♪。良かった♪」
「やぁ、遊葉さん、それに、今日は黒桜君の日だったんだ」
「そっ♪桜は明日♪、期待はずれでごめんよ?」
そんな事はないけど、と坂寄が笑っている間にロキは先程奪った葉書の一枚を繭良に渡した。OKと繭良もその葉書をすばやく手持ちの鞄にしまう。そしてごめんなさーい、と何食わぬ顔で一枚だけ坂寄に返した。遊葉達が和んでいるとその後ろから叩き起こされて不機嫌そうな青年と眠そうな青年二人が入ってきた。
「あら、村上君達、また昼間からお酒?」
「反省してまーす‥‥。下まで下りてった事は覚えてるんだけどな‥‥」
「クロちゃんが二階まで運んでくれたんだよ。夜は控えてくれよ?」
「はーい」
「ふんっ‥‥。おやまぁ‥‥また新しいお客さんじゃねぇか。お姉さん達綺麗だね?どっから来たの?」
「お客さ〜ん、いい加減に覚えた方がいいと思うんだけど、女性口説くのはこのペンションの外でやってくれる?でないと‥‥」
遊葉がにこっと制すると村上はちっと舌打ちしたようだ。そして巨木をそのまま使ったベンチタイプの椅子に腰掛ける。仲間の二人も並んで座った。遊葉ちゃん、控えめにね‥‥とオーナーに言われて分かってますよ♪と遊葉は香奈枝夫人から受け取ったサラダ皿を運んでテーブルに並べる。
「村上君もほどほどにね、遊葉ちゃんあれでも合気道の有段者なんだから‥‥」
「げっ‥‥あんな可愛いのに!?」
「ふん!段位が何だってんだ。所詮女じゃねぇか」
「弱い犬ほど良く吠えるってやつね。笹目さん達こちらの席どうぞ♪。三人がけだから繭良ちゃんも♪」
「ざけんな!この(あま)!」
逆上した村上はとっさにテーブルに並んでいたナイフを掴んで遊葉に突きつけた。所詮食事用、しかも煮込んだ牛タンを切るためのナイフなので刃のないメスのようなナイフだ。遊葉なら簡単に叩き落とすだろうとロキは大して心配はしなかったのだが。現実はそうではなかった。ナイフの刃先を見つめた遊葉の表情が凍りつく。その様子に突きつけた村上本人も動揺を浮かべたがしめたとばかりにさらに刃先を遊葉に近付ける。
「こんなものが怖いのかよ、ええ!?」
「や‥‥いやぁー!!」
「!」
頭を抱え、遊葉そのまま崩れそうになる。それをキッチンから飛び出して来た黒桜が片手で支え、片手で村上の手からナイフを叩き落した。
「付け上がるな、小物が。遊葉を傷つける物はこの俺が許さない」
「なんだと!その女が‥‥」
「先に遊葉に手を出したのはお前だろう?」
「クロちゃん‥‥村上さん。ほら席に付いて、村上さん」
「大丈夫?遊葉ちゃん」
「大丈夫、奥さん、軽い発作。ごめん遊葉、今日のメニュー知ってる俺が気を付けるべきだった」
呆然と見守っている前で遊葉の頭がはっきりと横に振られるのが分かった。そしてもう大丈夫、と小声が聞こえる。その遊葉を支えて黒桜は女性客三人の座る向かいの席に遊葉を座らせ――村上から一番離れた場所だ――自分はまたキッチンへと戻って行く。大丈夫?と隣に座ってロキが声をかけるとうん、とわりとはっきりした返事が返ってくる。
「ごめんね、ロキ君、びっくりさせたね。みなさんも」
「ううん、でも大丈夫?遊葉ちゃん」
「うん。あ、輝美ちゃんロキ君の隣来たら?。まゆらちゃんもいるし」
「あ、うん‥‥じゃあ」
「あ〜誰か足りないと思ったら富永さんか‥‥。部屋でフィルムの整理かな? 呼んで来なきゃ」
オーナーが出て行くのを見守り、視線を戻すとロキは遊葉の手がまだ小刻みに震えているのに気付く。何か、精神的な発作だなと察してロキはそっと遊葉の手に自分の手を添えた。それに気付いた遊葉がちらりと視線を向け、ありがと、と言うように笑うとそっとその手を握り返してきた。
 食事は多少静寂に、しかし特に荒事も起きずに済んだ。ロキは心配だったので遊葉の様子を見守っていたが特にナイフ自体が怖いわけではないらしく、むしろ器用に扱っていた。夕食の片付けを止められた遊葉は食事後も繭良や笹目達女性客の談笑に付き合っている。無論ロキ自身もである。
「あーくそ!飲み足りねぇな! おい!部屋で飲み直すぞ!」
「いや、俺達はもういいや、なぁ?」
「ああ、温泉でも浸かってるよ」
「ちっ付き合い悪いぜ。おいバイト! ビール俺の部屋に運んでくれよ」
「お兄さん、そんなの自分で‥‥」
「いいよ、ロキ君」
と遊葉は平然と席を立つが私が、と止める声。意外だったのはそれが輝美だった事だ。
「輝美ちゃん‥‥いいよ、輝美ちゃんはもうバイトじゃないし、私もう平気だから」
「ううん、村上先輩は昔からの知り合いだから付き合いも慣れてるの。だから、気にしないで」
「‥‥じゃあ」
「ちょっとはずすね、大堂寺さん」
「う、うん」
繭良も意外だ〜という目で輝美を見送る。一度キッチンに張った輝美はビールの缶を抱えて先にダイニングを出た村上を追って行く。それをちょっと心配そうに見ながら遊葉は再び席に付いた。
「温泉かぁ、ユニットバスもついてるけどやっぱり温泉がいいわよね」
「じゃあお先に入ってきたらどうですか?笹目さん、望月さん。一応露天風呂になってますよ」
「わぁほんとに? じゃあ行こっか。まゆらちゃんは?」
「ん〜(脅迫状の件ロキ君達と話したいしなぁ)私は後で入ります〜。お先どうぞ♪」
「じゃあ」
と女性客二人もダイニングを去る。残ったのはロキ達とオーナー夫妻、それに坂寄と富永だ。っとそこに片付けを終えた闇野と黒桜が戻ってくる。
「おう、お疲れさん、クロちゃん、闇野君。クロちゃんはもう帰る時間かい?」
「ん〜‥‥」
「あれ?クロちゃんは泊りじゃないの?遊葉お姉さん」
「うん、黒桜と桜は一日交代で他のバイトもしてるから町のホテルに泊まってるの」
「オーナー、俺も今日泊まっていい?」
「え?でも部屋が‥‥」
大丈夫♪遊葉の所二人部屋だから♪と黒桜は後ろから座っていた遊葉を抱きしめる。一瞬の間、そして顔を赤くした遊葉が黒桜の腕を振り払う。
「絶っ対ダメ!! 桜はともかく黒桜は嫌!! それに明日はどうするのよ!」
「桜と代わるからいいよぉ」
「あんたは良くても私は嫌! さっさと帰りなさい!」
「まぁまぁ遊葉ちゃん。じゃあこういうのはどう? 遊葉ちゃんが私と同じ部屋で黒桜さんが遊葉ちゃんの今使ってる部屋を使うの」
「‥‥。で、でもまゆらちゃんお客さんだし‥‥」
ありがと♪まゆらちゃん♪と早速礼を言う黒桜をすかさず殴って遊葉はちょっと困ったように言う。が、繭良はそうしようよ♪とむしろ乗り気だ。
「私遊葉ちゃんとお話したいし♪」
「そうさせてもらったら?遊葉ちゃん」
「奥さーん‥‥。じゃあ繭良ちゃんがほんとにいいなら‥‥」
「もちろん♪ わーい♪温泉も後で一緒に入ろうね♪」
「よかったね♪ クロちゃん。じゃあちょっと滝に行ってくるから留守番頼むよ」
「俺ももう少しロッジの写真を撮っておこうかな。ごちそうさん」
ぞろぞろとオーナー夫妻、富永、そして坂寄が席を立つ。何でこんな時間に滝?しかも何故坂寄まで?とロキは首を傾げて黒桜を振り返る。あー、と黒桜が察したように口を開いてくれた。
「滝で亡くなった子ね、坂寄君の妹サンなんだよ」
「黒桜!!そんな事お客さんに言うんじゃないの! ちょっと部屋来なさい! ほっとくと何触られるかわかんないし‥‥」
「ったー!!何も触んないよー」
ばたばたと二人もダイニングを出て行く。やれやれ、とため息を付いてロキはようやく三人きりになったな、と呟いた。すかさず繭良が二枚の脅迫状をテーブルに置く。さすがに良く分かっている。
「同じ字、みたいだねぇ‥‥」
「でも字に特徴がないですね。これは出所を突き止めるのは難しそうです」
「‥‥とりあえずボクの予想が正しければ今日でこの脅迫状は終わるよ」
「えー?何それ?秘密なの?」
「確信はないけどね」
――これはおそらく脅迫ではなく、彼の少女に対する、追悼(レクイエム)だ‥‥――


 突然意識が浮上して繭良は手元の携帯を探った。折りたたみの本体を開くと液晶画面が薄ぼんやりと光って現在の時刻を示す。
「‥‥まだ一時半‥‥はふっ」
携帯を閉じてまた安眠に戻ろうと枕に顔を埋める。と不意に後ろで物音がした。後ろにあるのは遊葉の眠るベット。急に意識がはっきりとして繭良はベットの上に上半身を起こし、遊葉を振り返る。
「遊葉ちゃん?」
返事はない。代わりに苦しそうに寝返りを打つ。起こすべきなのか繭良は迷った。ただ単に体勢が苦しかったのかもしれない。しかしどうもそうではないようだ。嫌々と首を振ったり手をかざしたりしてうなされている。悪い夢だろうか? なら早く起こそうとベットから足を下ろす。
「やめ‥‥パ‥‥いやあー!!」
「! 遊葉ちゃん!?」
「やだ! や‥‥」
「遊葉ちゃん! 大丈夫?‥‥目、覚めた?」
がばっと起き上がった遊葉は放心状態のまま息を荒げている。繭良の手が肩に触れるとようやくその存在に気付いたようだ。微灯の下でもその大量の汗と蒼白な顔が浮かび上がる。
「‥‥まゆら、ちゃん?‥‥」
「うん‥‥。大丈夫? 怖い夢?」
「っ!」
繭良の言葉にか遊葉はびくっと体を震わせ、自らの手で体を抱きしめた。うん、夢‥‥と答える声はさらに震えを増している。
「夢だから、大丈夫‥‥。ごめん、起こして」
「ううん、でも大丈夫って顔じゃないよ。少しクーラー抑えようか。それともお水でも飲む?」
遊葉が首を横に振るのと同時にこんこん、とノックの音がした。こんな時間に誰?‥‥と怯えながら繭良はそっとドアに近付いた。
開けたらあの酔っ払いだったら嫌よね‥‥。ロキ君とかならいいんだけど。
「誰‥‥ですか?」
「俺、黒桜。遊葉の悲鳴が聞こえたんだけど」
「何だ‥‥黒桜さんか‥‥」
ほっとして繭良は鍵を回し、扉を開いた。髪を下ろして備え付けの浴衣を着込んだ黒桜が何かあった?と心配げに繭良に問う。うん、と頷いて繭良はさらに扉を大きく開いた。
「怖い夢、見たみたいなんです」
「夢‥‥? ああ、やっぱり‥‥。だから一緒にいるって言ったのに、遊葉」
「こくおぅ?‥‥」
消え入りそうな声を出して顔を上げる遊葉はすでに涙を浮かべていた。さらに何事か言いかけるが分かってる、と黒桜は首を振ってベッドに腰掛け、慣れた仕草で遊葉の頭を抱えた。
「大丈夫、怖くない。もう、夢なんだから」
「うん‥‥でも‥‥」
「大丈夫、俺が居るから」
大事な者を労わるような仕草は恋人のようでもあったがそうではない。怯える子供を見守る兄か父親、そんな感じだ。不思議な関係‥‥と思いながら繭良は黒桜に縋って泣きじゃくる遊葉と優しくその頭を撫でる黒桜を見守った。
「ごめんね、まゆらちゃん。遊葉こうなるとどのくらいで落ち着くか分かんないから気になるなら隣の部屋で寝て」
「分からないって?」
「すぐ落ち着く時あるし、一晩中泣いてる時もある。だから‥‥」
「ううん、私遊葉ちゃんと居たいから、眠っちゃったらごめんなさいだけど」
「‥‥ありがと」
安堵するような優しい笑みに繭良は一瞬どきりとする。けれど、またその不思議な光景に魅入られたように心は落ち着いていった。


 結局意識があったのは空が白濁した光に包まれる頃。多分、四時半から五時くらいだったのだろう。目を覚ますと遊葉も黒桜もいなかった。部屋を出、ロキ達と合流する頃にはキッチンから良い香りが漂っていた。
「おはよう、ロキ君、闇野さん」
「‥‥はよ、まゆら」
「おはようございます‥‥まゆらさん。珍しく寝過ごしてしまいました‥‥。寝心地が良かったせいでしょうか‥‥」
「私は寝不足です〜」
「おや?遊葉お姉さんと話し込んじゃったの?」
似たような物ではあるが。説明しようと口を開きかけるが先にロキ達はダイニングに入っいたのでオーナー夫妻かと富永から朝の挨拶のお声がかかる。遅れて笹目と望月の二人の女性客、例の村上の手下(?)二人の男性客も声をかけてくる。
「揃ったよ、遊葉ちゃん、クロちゃん」
「はーい!」
「あれ?村上さんがいないじゃん?」
「ああ、あいつ部屋でシャワー浴びてるみたいで呼んでも来なかったからいいんだ。シャワーの音で聞こえないんだろ」
「どうぞ〜♪。コーヒーのお代わりたくさんありますからね♪言って下さい」
「ロキ君はオレンジジュースでいいよね? ミルクもあるけど?」
そう問いつつも容赦なく黒桜はオレンジジュースを置いていく。バスケットに盛られたロールパンにマーガリン、三種類のジャム、ベーコンエッグの皿、時期としては少し早めの梨の入った篭。いかにも、というペンションの朝食風景だ。頂きます、と全員が手を合わせ、それぞれにパンやらフォークやらを手に取るが向かいに座った黒桜の前にはコーヒーだけ。遊葉に至っては何も手に取る様子がない。
「どうしたの?二人とも」
「え? あ、俺はいつも朝はコーヒーだけ。遊葉、少し口に入れたら?」
「ううん‥‥今日はいらない」
「遊葉ちゃん、今日も一日大変でしょ?体保たないよ?」
「そうですよ!朝食は大事なんですよ? 梨だけでもどうです? さっぱりしているから口にも入れやすいでしょう?」
そう言って闇野が梨とその篭に入っていたペティナイフを手に取る。そして梨をむこうとケースに手をかけるが不意にダメ!ヤミノ!と黒桜の手がそれをテーブルに押し付けた。その声に驚いた全員の視線が黒桜に集まる。
「あ‥‥何でもない。みんな食事続けて。遊葉、自分でむけるからいいよね?」
「うん、ありがとう、闇野さん」
「はぁ‥‥そうですか?」
何事もなかったように遊葉はペティナイフと梨を受け取って林檎のように梨をむきはじめた。そして切り分けた梨を自分の口に運び、黒桜の口に入れたりもしている。それで食べる気力を取り戻したのか遊葉は計二個の梨を口に入れた。一部黒桜が食べた分も入るが。
ふーむ‥‥昨日からの様子から察して刃物が苦手なわけじゃないんだよな‥‥。村上さんが刃物を持ってたからってわけでもない。闇野君がナイフを持つのを止めたって事は男の人が刃物を持ってるのがダメなのかな? ん‥‥?
「クルード、随分鳴いてるね‥‥。何処にいるの?」
「あー、私達の部屋でゲージに入れてるんだが、早朝から落ち着きがなかったんだ‥‥。腹でも空いてるのかな‥‥。遊葉ちゃん、クロちゃん、出して来てくれるかな?」
「はい」
と二人が立ち上がったが富永にコーヒーのお代わりを頼まれ、遊葉だけがダイニングを出て行った。その後もしばらくクルードの鳴き声は途切れなかった。そしてきゃっ!と遊葉の悲鳴が上がり、クルードの足音らしきものが聞こえる。しかしクルードは一向にダイニングには入ってこない。クルード!と呼ぶ遊葉の足音が二階へ上がっていく。奇妙だと気付いたのか黒桜もダイニングを出、ロキも思わず後に続いた。少し遅れて闇野と繭良も付いて来る。
「クルード!どうしたの? 村上さんシャワー浴びてるだけよ。下行ってご飯食べよう?」
「どうしたの?遊葉」
「黒桜、ロキ君達も‥‥。それが、クルードったら村上さんの部屋の前で吠えたりドアを引っかいたりするの‥‥」
「? 変だね? いつもクルードってこういう事するの?」
「ううん、しないよぉ。いつも朝ご飯食べて、その後は私達かオーナー達と散歩に行くだけよ」
黒桜が頭を撫でたりするがクルードは一向に落ち着きを見せない。不意に黒桜はドアに耳を当てた。察してロキも同じ事をしてみたが中からはシャワーの音しか聞こえない。
「遊葉、オーナー呼んで来て。スペアキーも一緒に持ってきてもらって」
「黒桜!?」
「何もないならそれでいいけど様子が変だ」
「‥‥分かった」
「あ、遊葉ちゃん私もー!」
慌てて遊葉と繭良は階下に降りていく。クルードは相変わらす吠えっぱなしだったがもう分かったよ、と黒桜が笑いかけると急に大人しくなった。そしてもうお行き、と黒桜に言われて逆らう様子も見せず階段に向かっていった。代わりにどたばたととオーナーを連れた二人が戻って来る。
「様子がおかしいって?」
「クルードがずっと吠えてたんだ。だいぶ酔ってたからシャワー浴びながら寝ちゃったとか、かなぁ。あ、女の子は下がってなよ。一応男のシャワールームに入るんだから」
「あら♪ロキ君が気遣ってくれるなんて珍しい♪」
「当たり前だろ? 一人はともかく遊葉お姉さんは可愛い女の子だ」
何ですってー!と憤る繭良を尻目にロキは入りますよ村上さん、とオーナーが扉を開けるのを待つ。我先に、とロキは部屋に入ったがすぐ黒桜に追い抜かれた。シャワールームのドアは開けっ放し。中には服を着たままの村上が浴槽に突っ伏していた。その体をシャワーの水がぐっしょりと濡らしている。
「あーあ、やっぱり泥酔しちゃったのか‥‥」
「オーナー!救急車!それに警察を!」
「えっ?」
「救急車は無駄だよ、ロキ君。死んでる」
一見しただけですらりと黒桜は言い放った。え?とロキが黒桜を見上げる間に闇野は村上に駆け寄って片手を取る。脈は、ない。
「駄目です‥‥。オーナー!警察を!」
「え‥‥あ‥‥」
「警察っ!? 待ってて!今新山さん呼ぶから!」
ついに真澄ちゃんの携帯番号まで手に入れたか‥‥、とロキは薄寒さを覚えながら出よう、と促されるまま部屋を出た。言い出した人物、黒桜に疑惑の目を向けながら。


 警察がざっと表した死亡推定時刻は午前二時から四時、シャワーが冷水だったため、硬直が早まった事を考慮したらしい。死因は溺死、しかしユニットバスの詮は抜かれていた。ダイニングに集められた関係者――昨日の夜十一時に帰った輝美と坂寄を足したペンション従業員と泊り客――を見渡してアリバイのある人‥‥なんていないですよね?と山田刑事が気弱に聞く。しかしあの‥‥とおずおず手を上げる繭良。
「私、一時半から四時か五時くらいまで遊葉ちゃんと黒桜さんと起きてました」
「何ぃ!どういう事だ!大堂寺の娘!」
「どういうこと!?まゆら」
「私が、昨夜ちょっと発作を起こして‥‥二人がずっと私に付いててくれました。時間は私分からないけど‥‥」
「起きた時間は確かに一時半です。眠っちゃったのは‥‥外が明るくなってたから四時半から五時くらいだと思います」
うん、そのくらい、と黒桜も微笑する。そして自分は朝食の支度を始める六時まで遊葉に寄り添っていて六時頃に遊葉とともにキッチンに向かった事を付け加えた。うん、と遊葉の方も頷く。もっと詳しく!とロキに説明を求められて繭良は戸惑ったように口を開いた。
「私は、夜中に目を覚まして携帯の時計を見たの。もう一度寝ようと思ったんだけど遊葉ちゃんがうなされてて、起こそうかな、と思ってたら遊葉ちゃんが悲鳴をあげて飛び起きて‥‥。その後黒桜さんが遊葉ちゃんの悲鳴が聞こえたって私の部屋に」
「あれ?じゃあ楸さんの発作って病気じゃないんですか?」
「警察ってそんな事まで聞くのか? そんなのどうだって‥‥」
「黒桜、いいよ。幼い頃のトラウマで、ちょっと精神的に病んでるんです。刃物を持った二十代くらいの男の人、特に二十代半ばの男の人を見るとそのトラウマがフラッシュバックして、恐慌状態になっちゃうんです。時々夢にも見るんです、特に昨夜は夕飯の時一度発作を起こしてたんで‥‥。発作の時は誰かについててもらった方が治まりが早いんです。って言っても、長い時は一晩くらいかかっちゃうんで、それで黒桜が」
「なるほど、じゃあ三人と、それからロキ君と闇野さんは除外していいな。ね?警部」
同意を求めると異論なく新山警部は頷いた。それはちょっと早い気がする‥‥とロキは思ったが口を挟む間もなく異論を唱えるものが現れた。坂寄だ。
「三人はともかく、どうしてその二人まで? 片方は子供だから分かりますけど」
「章兄さん、あの子達探偵なのよ」
「探偵!?そうだったのか!?ボク!」
「はーい、実はそうです♪。今回は探偵社の慰安旅行だったんですけどね」
「じゃあ五人は席をはずしてもらって良いですよ」
「遊葉ちゃん、クルードに餌をあげてもらっていいかしら? クロちゃんは外の植木に水を上げてきて」
はいと答えて遊葉はキッチンへ、黒桜は玄関の方へ歩いていく。ロキは繭良に事情聴取の様子を見ているように頼み、闇野を連れて黒桜を追った。黒桜は香奈枝の言いつけ通り、玄関口の水道からじょうろに水を入れていた。
「クロちゃんちょっと聞きたいんだけどさ」
「何?」
「どうして一目見ただけで村上さんが死んでるって分かったの?」
「‥‥」
じょうろの水を見るために下がっていた頭が不意に上がってロキを見る、にこっと微笑みながら。ロキはテラスの階段の上にいたがそれでも背を伸ばした黒桜はロキを見下ろす形になる。
「一目見れば分かるよ、死んでるかどうかくらい」
「そう? ボクは死んでるか、それとも気絶してるか、泥酔してるだけか見分けはつかなかったけど?」
「俺の特技だからね〜それは。‥‥ひょっとして、俺の事疑ってる?ロキ君」
「他にどう聞こえた?」
「ロキ様‥‥」
「だって、君は、遊葉お姉さんを傷付ける奴は許さないんだろ?」
一瞬問いかけと供に止まっていた表情がにこりと動き出す。それと良く似た笑みをロキは知っていた。それは、仮初めの体から解放された己、邪神ロキが見せる笑みだ。思わずロキが身構えるとそれを察した闇野がさっと片手でロキを庇う。
「やだなぁ、この俺が本気であんな小物を殺すとでも思ってるの? 心外だよ。そんな事したら余計に遊葉が傷付くじゃないか」
「でも、消せば楽だよね? クロちゃん」
「まぁね。例え小物でも遊葉を怯えさせた。俺にとっては万死に値するよ。でも遊葉は同族を殺される事は望まない。強がっていても、同族の消滅に耐えられる程強くはないんだ、あの子は。例え、どんな下種でもね」
「だから、うまくやったんだろ? 遊葉お姉さんと一緒にいて、気付かれないように。隣の部屋で寝てたボクらはクロちゃんが起きた事に気付かなかった。笹目さん達も遊葉お姉さんの悲鳴に気付かなかった。クロちゃんだけが隣の部屋の悲鳴に気付いたんだ。村上さんの部屋は真上。何かあればそのクロちゃんが気付かないわけないだろ?」
「筋は通るねぇ。別に気付かなかったわけじゃないんだけど。遊葉の方が大事だから黙ってただけなんだよねぇ。それ言うと遊葉絶対怒るし」
「え?」
ぼそぼそっと黒桜が漏らした言葉をロキは聞き逃さなかった。気付かなかったわけじゃない? では上の階で村上が殺されるのを気付いていたと言うのか‥‥!?
「証拠は?」
「え‥‥」
「こういう時って証拠が必要なんだろ? 俺がやった証拠を頂戴。そしたら認めてあげる」
「‥‥それよりもクロちゃん‥‥君は‥‥」
「よーくやった!探偵の小僧! こいつが犯人だな!?」
「どわぁ!!真澄ちゃん!?」
急に背後からどすの聞いた声がして新山警部が玄関から飛び出して来た。ごめん聞いてた♪と山田刑事が悪びれなく答え、新山警部はそのままの勢いで黒桜に手錠をかけた。
「‥‥。わぁ♪俺手錠かけられたの初めてだよ♪。それで?警察署連れてかれるの? この辺は警視庁かな? それから取調室?♪」
「ええい‥‥なんで嬉しげなんだこいつ‥‥。ヤス!行くぞ!」
「はーい! じゃあね、ロキ君。ご協力ありがとう♪」
「いや‥‥その人多分犯人じゃ‥‥ない‥‥」
ロキの言葉など聞かず、あっという間に黒桜はパトカーに乗せられて連れ攫われてしまった。行ってしまいました‥‥と闇野が呆然と立ち尽くすロキの気持ちを代弁してくれる。
「でも、ほんとに黒桜さん犯人ではないのですか?ロキ様」
「ああ、違う。だって彼、警察に行くの本気で楽しんでたもん‥‥。それにね、得体は知れないけど遊葉お姉さんを苦しめてまで殺す程のトラブルじゃあないと思うんだ」
「でも、何故自分が犯人だと疑われるような言動を?」
「さぁ‥‥犯人を庇って、なんて遊葉お姉さんが犯人でもなければしないよな‥‥。とにかく、遊葉お姉さんに知らせなきゃ」
ペンションに戻ると別の警官が犯人逮捕を告げ――名前までは明かされなかった――泊り客はばらばらと自室に戻って行く所だった。残念〜と声をかける繭良を軽く無視してロキはキッチンに入った。キッチンの一角、ダイニングが良く見える所で遊葉はしゃがみ込んでクルードの朝食風景を見守っている。
「遊葉お姉さん」
「犯人捕まったって? 誰だったの?」
「それが‥‥黒桜さんなんです‥‥」
「黒桜!? あの馬鹿‥‥。もしかしてうきうきしながら付いてった?」
「はい‥‥」
「もう‥‥何やってるのよ‥‥。こんな時にいらぬ好奇心全開にして‥‥。失敗したらどう責任とってくれるのぉ」
何を失敗?と首をかしげながらふとクルードを見やった。水入れの中に氷が二、三浮いている。それを追うようにクルードは水を舐めまわしていた。
「‥‥水入れの中に氷入ってるけど‥‥?」
「あ、変な犬でしょ? クルード氷大好きなの。大抵の犬は無関心か嫌がるんだけどね。アイスも好きだし」
氷‥‥詮のない浴槽‥‥、出しっぱなしの水‥‥。わざわざ栓を抜きに来た犯人がシャワーを止め忘れるだろうか。詮を抜く時にシャワーで濡れたら証拠になりかねないのに。それならシャワーを止めるはず、しかしそうできなかった。なら詮は何処に消えた? シャワー、空の浴槽、そうか!あの殺人は時限装置によるもの! だったらペンションにいてもいなくても同じ事だ!
「!しまった‥‥ねぇ!坂寄君は!」
「え?坂寄さんならダイニングに‥‥いない!?」
「章兄さんなら少し前に出て行ったわ。大堂寺さんが後を追って行ったけど?」
「まゆらちゃんが!? あー‥‥もうなんて事! 黒桜ばっかり責めてられないわ!」
「どういう事!?遊葉お姉さん!」
ろくに答えもせず遊葉は裏口から飛び出した。裏口を出るとすぐそこに滝に降りる道が続いている。その先を坂寄が、そして繭良が走っていく。
「追っちゃ駄目よ!戻って!まゆらちゃん!! ‥‥くっ‥‥聞こえないか‥‥」
「滝の音だ‥‥。闇野君!先に行って!」
「はい!」
「坂寄さんが犯人なの!? 遊葉お姉さん」
「‥‥多分ね。君達、脅迫状の件で輝美ちゃんに頼まれたんでしょ? 脅迫状の葉書を一枚くれなんて妙な事を言い出した矢先だもん、すぐに分かったわ」
「うっ‥‥そういう遊葉お姉さんは?」
バイトよ、ただのね、と言って遊葉はふっと笑う。しかし探偵と聞いた時の態度といいどうもそうではなさそうだ。しかしこの状況下では答えてくれそうにもない。質問を変える事にしよう。
「どうして坂寄さんが怪しいって?」
「少なくとも脅迫状の件については十中八九坂寄君だと思ってたわ。葉書よ。あの葉書には消印がついてなかった。だから誰かが直接投函した事になるわ。けれど昨日までは疑いの域を出なかった。でも昨日のではっきりしたわ」
「仕事帰りのはずの坂寄さんが消印のない葉書を持ってきた。郵便局から自分で持ってきたのだからわざわざポストを覗くはずもない。此処まではまったくボクと同じだ。でも坂寄さんが自殺した少女の兄だからこそ、ボクはあれが脅迫ではなく、彼女への追悼の意味だと思ったんだけど?」
「半分正解。確かに、あれはこのペンションに対する脅迫じゃなかった。剃刀入りの手紙にしてもそう、オーナーに怪我をさせて君達をこのペンションに入れる理由が欲しかったから。私の勘が正しければ‥‥」
「遊葉さん!ロキ様!来ては駄目です!」
「ロキ君!遊葉ちゃん駄目!」
「動くな!」
一気に三人の声が聞こえてどうしていいのか分からずロキは立ち止まった。闇野が吊り橋の手前に立っている。そして吊り橋の中程に繭良、その後ろには坂寄がいる。そして坂寄の手に握られているのはナイフだ。気付かずに闇野の元まで走って行った遊葉はようやく視界にそれが入ったらしく力なく座り込んでしまった。
「遊葉さん!」
「遊葉ちゃん!」
「動くなと言ってるだろう!」
「坂寄さん!人質ならボクが代わる! その方が色々都合がいいんじゃない?逃げるのも楽だしさ」
「君では駄目だ。舞香が必要としてるんだよ、自分と同じ年頃の少女の、器をね‥‥。もすぐ舞香の魂が此処に還って来る! 自分を裏切った男の命と引き換えに!」
「!」
坂寄を支配するのは覚えのある感覚。懐かしき魔の気配だ。闇野と供に遊葉を支えてやりながらロキは思考を巡らせた。魔を払うのは簡単だがこの場所でそうすれば坂寄は、下手をすれば繭良まで滝に落ちてしまう。万が一という事もあるだろうが生き延びる可能性の方が低いだろう。
せめてえっちゃんがいれば、元の姿なら飛べたのに‥‥!!
「ロキ君‥‥」
「!遊葉お姉さん、大丈夫?」
「しっ‥‥時間を稼いで、今呼んだから‥‥。そんなに長くはかからない。それまでまゆらちゃんを守って」
「何を‥‥いや、分かった。坂寄さん!村上さんが妹さんを裏切ったってどういう事!?」
「村上は舞香と付き合っていた‥‥去年の春だ‥‥。村上はどうせ遊びのつもりだったんだ! 現にあいつは輝美とも‥‥。それを知らない舞香は奴の子を妊娠してしまった‥‥。それで奴と話がこじれて、この滝から身を投げたんだ!」
「でも!遺書があったわけじゃないんでしょ!? 本当に事故だったのかもしれないじゃないか! それに! 舞香さんは可哀相でまゆらが死ぬのは可哀相じゃないの!? 同じ年だよ!? 同じようにまだやりたい事だってあるんだよ!? 妹さんのためならまゆらなんてどうだっていいの!?」
いいんだよ‥‥と泣き笑いのような笑みを浮かべ、坂寄は空に手を伸ばした。ロキには黒い魔の塊が動き出したようにしか見えなかったが坂寄の目には妹として映っているのだろう。
「死ぬわけじゃない。舞香と一緒に生き続けるんだ‥‥二人とも幸せだろう‥‥。なぁ!?」
「いやぁ!!ロキ君!」
「大丈夫まゆら! 助けるから‥‥(何を待ってるのか知らないけど早く!遊葉お姉さん!)」
一瞬目を閉じ、拳を握り締めるロキの耳元でピチチッと愛らしい声が響いた。目を開けると見慣れぬ黒い小鳥が旋回して坂寄の頭上に飛んでいく。鴉ではない。それに九官鳥よりもずっと小さい。何の鳥だろう?単なる偶然だろうか、と思っていると不意にすっと遊葉が立ち上がった。
「遊葉さん!坂寄さんはナイフを!」
「寄るな!この女‥‥殺してやるぞ! 別に死んでも構わないんだぞ!入れ物さえ残れば‥‥」
「私が怯えてるのはこんな状況じゃない。あの時とは全然違う。だから、貴公なんて全然怖くない!」
自己暗示か?とロキが心の中で呟くと平然と遊葉は橋の上に乗った。寄るなー!と坂寄がナイフを振り回し、橋を揺らすがそれでも変わらず遊葉は坂寄に向かっていく。
「まゆらちゃんを放しなさい。舞香さんは此処にはもういないわ。復讐の儀式は済んだ、これでもう終わりにするのよ。どんなに望んでも舞香さんはもう帰ってこないんだから。ナイフを捨てなさい!!」
「寄るなと言ってるだろう!‥‥舞香? そうか、この子を滝に落とせばお前は生き返るんだな!」
「やめろ! 遊葉お姉さん!」
「さぁ受け取れ!舞香!」
「きゃあー!!」
繭良の背が橋の外に向かって押されるが遊葉は自分に襲いかかってくる坂寄のナイフを払い、押さえつけるので精一杯だったようだ。伸ばされた遊葉の手が繭良の手を虚しく掠める。まゆらー!とロキが橋を駆け出すが繭良の体は安々と橋を越えて滝へと落ちていく。
「まゆら!くそ!」
「あ、危ないです!ロキ様!」
「大丈夫よ!ロキ君! 見ていて‥‥」
「何が大丈夫だって‥‥!?」
先程ロキの周りを飛んでいた黒い小鳥が繭良の下に消える。そして、消えたと思った瞬間より黒く大きな翼が広がった。漆黒の翼‥‥けれど翼の主は鳥ではない。長い黒髪の人だった。異国の、これも黒尽くめの服に身を包み、気を失った繭良を抱えて飛んでくる異形の麗人。それは‥‥。
「ク、ロ‥‥ちゃん?」
「ナイス!黒桜! 間に合って良かったわ‥‥」
「遊葉も良く頑張ったね♪。ヤミノ、まゆらちゃんお願い。遊葉、此処からは俺の領域だよ。危ないから下がっていて」
頷いて遊葉は抑えてつけていた坂寄を放し、呆然とする闇野とロキを橋の上から離れさせた。代わりに黒翼をその背から生やした黒桜が坂寄の前に立ちはだかる。
「くそ‥‥邪魔をしおって‥‥。何者だ!貴様!」
「何者‥‥? おやおや、この黒桜の名を知らぬとは、何処の下級悪魔の使いだ?」
「黒桜だと? ふんっ知らぬな。とりあえず曲がりなりにも天に属する者ではあるようだな? 悪くない獲物だ‥‥。まずは貴様から屠ってやる!」
「勘違いするな、獲物は、お前の方だ‥‥。烈天使、死の天使(アズラエル)、黒き翼、呼び名はそれぞれだが神の死猟犬(デスハウンド)を知らぬとはおめでたい輩だ」
神の死猟犬(デスハウンド)!? まさか貴様ぁ‥‥!?」
「口の利き方、気を付けなね? 俺今あんまり寛大じゃないから。あれは君にも言ったつもりなんだけどな? 遊葉を傷つける者は許さない、これは世の理と同等の『絶対』だよ」
黒桜の手が空を掴んだ、ように見えた。いつの間にかその手には大きな鎌――死神を思わせるあれだ――が握られている。そして葬送曲を歌おうか?と冗談めかした表情で笑った。しかしそれも冗談ではなかったらしい。黒桜の口から人の言語(もの)とは異なる歌声が紡がれた。高くなく、低くもない。不思議な歌声に坂寄、正確にはその中の魔すら怯えた様子で動きを止めた。しかし無謀と分かりつつも目の前の事態を打開するために、人間の体を盾に魔は黒桜に襲いかかってきた。ふっと微笑と供に黒桜の歌が止み、その大鎌が振り下ろされた。愚かな魔への断罪。大鎌はその魔を屠り、主へと与える‥‥。そう、黒桜の力も黒、ロキの身に流れるのと同じ、紛れもない黒の魔力だ。坂寄から魔の気配が消えるとぺろり、と黒桜は舌なめずりした。獲物を得た、獣のような冷たい表情で。しかし振り返る時にはいつもの表情に戻り、手の大鎌を消してロキ達に、いや、正確に言うなら遊葉に駆け寄ってくる。
「終わったよ♪遊葉♪。怪我はない?」
「うん、大丈夫。けど、相変わらずね‥‥そのギャップ‥‥。毎度毎度確認しちゃうけど坂寄君は死んでないわよね?」
「大丈夫だよ♪。何度見ても信じられないだろうけどあれは取り付いた魔だけ切り離してるから♪」
「クロちゃん‥‥君は一体‥‥。天使なの? それにしたって君の力はまるで‥‥」
「ああ、ロキ君と同じ、俺の力は魔力だよ?生粋のね♪。魔を持って魔を制す、それが俺の力、存在意義。もっとも、今は堕天の身だけどね♪」
あっさり言ってからからと黒桜は笑う。堕天使ってとんでもない事なんじゃ‥‥とロキは思うが当人がまるっきり気にしていないようなので別にいいのだろうか? 再びロキと闇野を放心状態に陥らせせた黒桜はねぇねぇ、と声をかける遊葉にん?と無邪気な笑みを向ける。
「デスハウンドって何の事よぉ。遊葉聞いてない〜。死の天使(アズラエル)とか黒き翼は聞いたけど」
「それはぁ、奴らが一番嫌いな殺し文句♪。でも俺自身はあんまり好きじゃないから遊葉は呼ばないでね♪」
「もう!それ答えになってない!!」
「あの〜黒桜さんがその、堕天使って事は桜さんや遊葉さんも‥‥?」
「遊葉は純粋に人間だよ。桜は‥‥遊葉、ばらしてもいいと思う?」
「この際全部ばらしちゃえば? どうせロキ君達も人間じゃないんでしょ?」
さらりと遊葉が怖い事を言ってのけたが黒桜は軽く流してじゃあ、と言うが特に誰かが現れる気配はない。代わりにすっと黒桜が背を屈めた。否、黒桜の背が縮んだのだ。背の翼はそのまま、服は少しだぼだぼ、そして胸にはくっきりと豊満なシルエットが‥‥。
「えっ‥‥!?」
「サクラちゃんでーす♪ロキ君久しぶり♪」
「ええー!!??同一人物!?」
「その通り♪。だから一日交代なんだよ♪。元々僕、性別ないんだよね♪っていうか天使は皆そう。どっちにもなれるし、どっちでもない存在にもなれるわけ♪。まぁどっちかと言うと男として育ったから黒桜の方が主体なんだけど♪。ちなみに女時の『桜』は遊葉が便宜上につけただけでほんとはどっちでも黒桜なんだよ♪」
「つまり‥‥何!?その!同じ人って!?」
「僕と同じ『人間外』って事♪ でも同族ではないでしょ? 僕は天使で君は神だ。ヤミノは、ロキ君とはまた少し違うね‥‥♪」
うわぁ‥‥サクラちゃん好みなのにショックだ‥‥とロキはショックの受ける所が違うし闇野は自分の正体までばっちり見破られている様子におろおろ。遊葉は首をかしげているので闇野の正体までは知らないようだ。二人のショック状態にか笑いながら桜はまた黒桜に戻る。
「そうだ、ロキ君。これあんまりおいしくなかったからあげる」
「へっ? !!」
「俺ほんとは人間界(ここ)にいちゃいけないんだよね。あんまり派手に魔を刈ると上にばれちゃう。だから、大物は君に任せるよ♪ 見たとこ君も魔力を集めてるようだし」
ぽんっと肩に触れ、勝手に魔力を送り込むと勝手な事を黒桜は言い始める。その間にもロキの体は覚醒し始めていた。話が終わる頃には完全に覚醒した青年が同位置の視線で不満げに美しい堕天使を見返す。
「うわぁ♪ロキ君かっこいい♪。でも俺の遊葉誘惑したら容赦なく刈るからね♪」
「笑って言うな!笑って!! 洒落にならないってばそれ!」
「大丈夫だよぉ黒桜。ロキ君まゆらちゃん好きみたいだし、私なんて眼中なし?」
「うわっ!そこでも誤解発言!? ボク遊葉お姉さんの方が好きなのに‥‥。‥‥で?、大物って何の事?」
「あれ?気付いてなかったの?ロキ君。真の魔は、坂寄君のとこじゃないよ? だって‥‥舞香ちゃんは殺されたんだもの。坂寄君はその復讐心を利用されただけ」
誰に‥‥?と問うが遊葉は薄く笑って答えない。代わりに黒桜が「ゴーストケープを見つける役は誰?」とあの歌声にも似た声色で囁く。
「それは、ボク達‥‥。!!そういう事か! 闇野君まゆらを頼む!」
「は、はい!」
「がんばってね♪ロキ君」
「良き刈りを‥‥」


 静寂の部屋、邪魔をする者は何処にもいない。親友を妊娠させ、泣きながら許しを乞う男。自分達の未来のためだと親友殺しを持ちかける男。お前が殺したのだと嘲り、自分を脅す、あの男!! 哀れな羊は罪の荷と供に滝に消えた。事件の真実も供に。
「これで、私は自由‥‥」
「どうかな?」
「誰!?」
「君の作戦は完璧だったよ。このボクさえ欺いた。けれど‥‥とんだ伏兵に気付かなかったようだね」
「貴公は‥‥誰?」
眼鏡(かめん)をはずしてお化粧(いろなおし)かい? 確かに、前からは考えられないくらい美しいね」
姿を現したのは息を飲むような美青年だった。さらさらの金髪、赤褐色の瞳、すらりとした長身。その長身から伸びる手が彼女の顎にかけられた。ふっと彼女は微笑する。この美しさとこの力があれば、こんな男恐れるに足りない、と。
「でも、この美しさは見てくれだけだ」
「いつっ‥‥。離して!痛い!」
「よりによってまゆらを利用する、なんてさ。ちょーっと、おいたが過ぎるんじゃない? 単純で扱いやすいけど、彼女は心から人を心配できるんだ。自分の損得も美徳も関係なく、純心にね‥‥。彼女はほんとに君を心配してたのにさ、ひどいんじゃない?」
「関係ないわ!私より美人な子も可愛い子も許せない! 大堂寺さんも、遊葉さんも桜さんもみんな殺してやる!」
「聞き捨て、ならないねぇ。三人に比べれば君なんて、不細工なメス豚以下だよ」
「!」
もちろん顔じゃあない、と笑みを浮かべて青年は長い爪を少女の顔に突きたてて深く引っ掻いた。少女の悲鳴、そして己を守護する悪魔を呼び叫ぶ少女。
「七つの大罪、嫉妬を司るリヴァイアサン配下、バズベリアスか。だが、美しき堕天使の牙の前にはどんな魔も無力だ」
「いや!!死にたくない!!」
「永遠の闇に、おやすみ‥‥」
少女の絶叫が高く静寂を打つ。声と供に全ての魔を搾り出すと少女の抜け殻はその場に崩れた。青年は冷たい一瞥を加えるとそれを無視して静寂の部屋を立ち去った。


 滝の音に負けじと響くのは堕天使の歌声(レクイエム)。亡き少女を弔っていた歌声は不意打ちで終わりを告げてその歌声に聞き入っていた人をも現実に呼び覚ました。
「ロキ君の方も終わったみたいだ。遊葉の言った通り、残された人間には復讐の儀式ってのが必要なんだね〜。まったく、呆れるくらいに弱いよ、人間は」
「復讐の儀式、ですか? 今回の村上さん殺害の事ですか?黒桜さん」
「しっつれいね!黒桜! そういう意味で言ったんじゃないわよ!私は! 愛する人を殺した犯人を白日に晒し、自分の恨みつらみを全て相手にぶつける、良いとは言えないけどそれが人が殺人としての死から立ち直るための儀式、復讐よ。殺されたから殺そうなんて復讐でもなんでもない。死者に理由を着せただけの殺人、死者へのさらなる冒涜だわ」
「そう言いながら遊葉はまた人間を庇うんだから。まぁ同族だから仕方がないんだろうけどね。まったく、心配で一人になんてできやしない」
「それはこっちのセリフだわ!トラブルメーカー!」
言い合いながら二人は――もちろん黒桜は元のTシャツとジーンズ姿に戻って――ペンションに上がる坂道を登り始める。繭良を抱えたままの闇野も慌てて後を追いかけた。相手が人間であれ堕天使であれ、結局二人はお互いを必要としているのだろう。察して自然、口元がほころんだ。
「せっかくロキ君って存在がいたのに、自分で魔を刈るなんて危ない橋渡らなくたって良かったじゃない!?」
「だってまゆらちゃん助けてはい、お役ごめんって状態じゃなかったんだもん〜。ロキ君事態についてってないし。あ!まゆらちゃん! ヤミノ!俺が運ぶよ!」
「いえ、大丈夫ですよ。まゆらさん軽いですし」
「いいのよ、闇野さん。力仕事はこれに任せとけば。あ、ロキ君だ! なーんだ、元に戻っちゃったのね、つまんない」
向かいから坂を降りて来るロキを見て遊葉がそんな事を呟き、黒桜が何か勘違いしたのかがんっ!とショックを受けている。闇野はロキが聞いたら違う意味でショックを受けそうだったので黙っておく事にした。
 黒桜の誤認逮捕から一時間後――そしてパトカーからの突然の失踪もあったのだが黒桜自身がもみ消したようだ――ロキ達は輝美に付き添って警察へ行った繭良の分の荷物も抱えて帰路に着こうとしていた。同じように荷物を抱えた者達が一組、――荷物の一つは持ちきれなかった繭良の物である――オーナーはその手から二人に封筒を差し出す。
「はい、遊葉ちゃん、クロちゃん。今までありがとう。サクラちゃんの分はクロちゃんと一緒に入れておいたから」
「ありがとう♪オーナー」
「そらから、こっちは残りの依頼料‥‥」
「それは受け取れないです!オーナー。結局村上さんは殺されちゃったし‥‥前払い分だけで十分ですよ」
「いいや、立派に依頼を果たしてくれたよ、君達は。脅迫状と、私達の娘を殺した犯人を突き止めてくれた。受け取ってくれ、遊葉ちゃん」
え!?と叫びたいのをロキと闇野はお互いに引きとめた。潤んだ瞳で香奈枝にお願い、と念を押されて遊葉はしぶしぶもう一つの封筒を受け取った。
「遊葉ちゃん、クロちゃん、依頼の件は別にしてせめて夏休みの間だけでも此処でアルバイトを続けてくれないかい?」
「そうよ、もちろんサクラちゃんも」
「オーナー、奥さん、気持ちは嬉しいです。でも私達は依頼を遂行するだけの仮バイト、契約は終了です。男性客がナイフ持っただけで発作起こしちゃうようなバイトなんて困るでしょ?」
「俺達じゃ客室一つ使っちゃうしね。オーナー、奥さん、貴公達はもう亡くなった娘さんの代わりに支えとなる物を捜していい。けど、それは俺達じゃない。いいバイトの子、見つけて下さいね」
「ええ‥‥ありがとう‥‥」
「ばいばい♪クルード、また会おうね♪。さようなら!オーナー!奥さん!」
うぉん!と力強いクルードの鳴き声に隠れてオーナー夫妻は涙を堪えていた。知ってか知らずか無情にも遊葉と黒桜は身を翻して歩き出す。ロキ達も慌ててそれを追いかけた。
「遊葉、いいんだよ? あそこ居心地が良かったもん、遊葉が戻りたいなら俺は何処だって‥‥」
「いいの。居心地が良かったのは私が両親を失ってて、オーナー達が娘さんを失ってたから。境遇が一致しただけよ。そんな『代理家族』じゃ互いに依存して駄目になっちゃう。気付いてたでしょ?黒桜も。それにね、私レストラン業は向かないんだ! 帰ったら黒桜には元のバイトがあるもんね♪。私も見つけるの!もっと自分に合ってるバイトをね!」
「‥‥うん」
「遊葉お姉さん!クロちゃん!さっきのどういう事!?」
「ああ‥‥舞香ちゃんはオーナー夫妻の実の娘だったんだよ。事情があって養女に出したんだって。やっとこの町に戻って来て、名乗れなくても再会した時だったのに‥‥」
「いや、それもだけど依頼って何!?」
言ってなかったの?と黒桜が楽しげに笑う。言ったよ?ただのバイトだって、と遊葉が答えて笑う。何処がただのバイトだ‥‥とロキが思ったのを察したのか遊葉がさらにくすっと笑った。
「ただの、アルバイト探偵だよ♪」
「やっぱ同業者じゃん!!」
「いや、だからそっちもバイトなんだってば」
「そっ♪。遊葉の不肖のぶぁか兄!が身の程知らずにも探偵なんてやってるから勝手に貸し出されちゃったのよ。ね?黒桜♪。依頼料でこのまま二人で旅行にでもいっちゃおっか♪」
「ん〜それは魅力的だけど怒られるの絶対俺だけだよぉ」
「しょうがない、一回帰って交渉しますかぁ。でも多少貰っといてもOKよね?」
意外とちゃっかりしてるんだなぁとロキは思うが実は遊葉と黒桜は二人暮しなのである。当然ロキが知るはずもないが。
「じゃあほんとにお帰りになってしまうんですね。少し寂しいです‥‥」
「俺も。やーっと同じ人に会えたのにさ〜」
「えー、ボクの周りそんなのばっかりだけど? そういえば最初なんで口止めされてたの?」
「だって黒桜トラブルメーカーなんだもん! 迂闊に正体明かして研究所連れてかれたりとかしたら危ないでしょ? 『同じ人』ってのも悪い人かもしれないし!」
「‥‥じゃあなんで犯人でもないのにボクの挑発に乗ったりしたの!?」
「え? 犯人だって疑われたの初めてだから嬉しくって思わず乗っちゃった♪。あー!警察入り損ねちゃったよ!遊葉!! 取調室に地下牢にも!! ああ、せっかくチャンスだったのに‥‥」
地下牢はなかろう‥‥。それにその気になれば不信人物としてすぐさま新山警部が連行してくれそうだ。ロキが突っ込むよりも早く遊葉の一撃。痛い‥‥と涙目になる黒桜を容赦なく遊葉は引き摺って歩いて行く。
「そんなの行かないでいいの! まゆらちゃんの荷物置いたらバス停まで行くのに! 早くしないとバス乗り遅れちゃう!」
「いいじゃん遅らせれば‥‥」
「その後の電車の時間もあるんだからね!ただでさえ本数少ないのに!」
「あ、遊葉さんもう結構ですよ、ありがとうございます。後は私が持っていきますから」
「そう?ごめんなさい!よろしく闇野さん! 黒桜!走れば一本早いバス間に合うわ! じゃあね!ロキ君!闇野さん!まゆらちゃんによろしく!」
「また遊びに来るね?ロキ君、ヤミノ」
せわしく別れを告げると本当に二人はバス停に向かって走って行った。慌しく、しかも『同じ人』との意外な出会いと別れにロキはやや呆然とした顔を闇野に向け、どちらからとでもなく微笑んだ。
「意外‥‥。人と人ならざる者があんなに自然に共存してるなんて」
「いつか、私達もそうなれるでしょうか‥‥」
「あの二人が特殊なのかもよ? でも、まぁ望めばいずれ‥‥。さぁ、ボク達も帰ろう。また、いつもの単調な生活へ」
 天使の歌声に、病んでいた彼女の魂はその痛みだけ残して永遠の安らぎに消えていった。その痛みは、罪人と供に永遠の闇へ‥‥。光と闇の地にて永遠の眠りに、おやすみ‥‥。

アリア〜堕天使の歌声それすなわち葬送曲(フューネラルマーチ)



あとぐぁき
 あとぐぁき突入時点でまだ無題です(爆っ)やばいです(笑)でも思ってたより早く終わった方? さて、早速ですが
〆切まであと17日♪
くらい?♪(←ちょっと怪しげ)
 このお話は見事6000HITを奪い取ったセレストさんリクエストによる「天使の出てくるロキSS」です〜♪。って全然SSじゃないのね!? 原因はなんだか分かってるけど! そもそも天使が堕天使って時点でかなり間違ってるよね〜(交渉済みだけど)遊葉ちゃんと黒桜は元々ロキSSのためのキャラではなくてえあの持ちキャラなのです。まだじっくり温めている段階なので完全なお話(もの)としては出してないんですけど、そのうちに♪(プロットから二転三転してるので公開する頃にはこのお話は若気の至りとなっているかもしれませぬ‥‥)黒桜がロキ君達をかき乱してー!な展開を望んでたんですが、かき乱しすぎ‥‥?(汗)まゆらちゃんがないがしろになってるわ‥‥。とりあえずロキ君がいる遊葉と黒桜の話ってことで♪(おいっ‥‥)

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