僕らのスタイル
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2年の学年末。彼らは談話室を占領して学年末試験の勉強と、最終レポートを仕上げるために静かにペンを走らせていた。ジェームズ・ポッターとシリウス・ブラックが必死なのは、試験勉強などはなるべく短時間で終わらせて、今年最後のイタズラについてじっくり吟味する時間を確保する必要があるからだ。リーマス・J・ルーピンは苦手な魔法薬学の教科書を見直し、ジェームズのノートを借りて要点をゆっくりおさらいしている。ピーター・ペテュリギューはどれから手をつけようか悩んで、10分毎くらいに別の教科を勉強していた。
テスト期間の1週間前だけは、ホグワーツにも静かで平和な日々が過ぎる。ホグワーツの名物2人は、実は必ずレポートなどの課題を終わらせてからしか飛び回らない。イタズラも勉強も全力で。彼らなりのルールだ。彼らは去年同点で2人とも首席だった。次席だったスリザリンのセブルス・スネイプは勿論、歯軋りしながら悔しがった。今年はジェームズもシリウスもどちらか1人だけが首席になることを望んでいた。そのこともあって、楽しみなイタズラ計画が目の前にぶら下がっている状態でも、テストへの対策は欠かせないのだ。
彼らにはそれぞれ勉強をするスタイルがあった。課題の本を読んでレポートを書くときを例に挙げると、ジェームズ・ポッターは本を読みながらキーワードを拾い出し、メモを取る。それを後から見直して一気に書き上げるのだ。彼には書きながら混乱しないようにと、キーワードの検索と分類は欠かせない。シリウス・ブラックはまず課題の本を一気に読む。読むときは読むだけで、メモは一切取らない。そして頭の中で組み立てて一気に書き上げるという方法をとる。リーマス・J・ルーピンはジェームズと似ている。課題の本を読みながら重要な部分を文章で抜き出す。そのメモを参考に一旦下書きをする慎重派だ。その後下書きを参考に提出用を書き上げる。前者2人と違って時間がかかってしまうが、彼の前にはイタズラという名の人参はぶら下がっていないのでそれで構わないようだ。最後にピーター・ペテュリギューだが、彼は皆が本を一度読めばすむような方法をとっているなか、メモも取らないで何度も課題図書を読み返しながら下書きをする。その後下書きをみながら清書。彼は最後の最後まで本をめくりながら、前にいったり後ろにいったりしてレポートを書く。当然彼が一番、書き上がりが遅い。そしてシリウスが一番早い。
シリウスは本を読むのも早い。それで頭の中に内容が残っているのかと疑問に思ったジェームズが、何度かシリウスに本の内容について質問したが、結構な時間を経てもシリウスの脳内に本の内容が記憶されていることを確認した。精神構造が違うんだ、というのがジェームズの感想で、脳を交換したい、というのがピーターの正直な気持ちだ。またシリウスは、ありとあらゆるジャンルの本を無節操なくらい読み漁る。どこからか手に入れたマグルの恋愛小説も、難しい専門用語ばかりの魔法書も同じくらい真剣に読む。ジェームズはその時々で興味のある分野についての本を読み漁る傾向があるようだ。例えば最近では古来のまじないについての本を5冊くらい図書館で探してきて、それだけを一心に読んでいた。しかしテストが終わる頃にはもう違うジャンルに興味が移っているのだろう。彼ら2人は読書が好きなようで、夢中になって読んでいる時は話しかけても反応が薄い。リーマスは特に読書が好きなわけではなかった。ただ読書をしているときの静寂が好きなので、1冊の本を、時間をかけて読む。内容はあまり頭に入っていなくても、とにかく文字を追う作業を愛していた。ピーターは短い本が好きだ。前の内容を覚えていなくては楽しめない文章はあまり好きではなかった。また絵が好きなので、挿絵の綺麗な詩の本などは彼にうってつけのものだった。ホグワーツの図書館にはあまりその手の本がない。ピーターはそれを残念に思っていた。
変身術のレポートを書いていたジェームズが、ペンを走らせながら向かいに座っているシリウスを呼んだ。天文学の星図と格闘していたシリウスは、無言で変身術のノートをジェームズに渡す。リーマスは少し休憩してその様子を眺めていたが、何故シリウスには名前を呼ばれただけでジェームズがノートを欲していると分かるのだろうと首を捻った。この2人の関係は、単純なようで実に複雑だ。ピーターは薬学の勉強から植物学の勉強に切り替えていた。リーマスは再びジェームズの薬学ノートへ目を落とした。ジェームズのノートはあちこちしていて授業中の彼の思考が辿れる。正直言うと、リーマスには少し分かりづらい。時々ジェームズの思考は飛躍し、ノートもそれに習って書かれてしまうからだ。それにリーマスにとって問題なのは、実際に薬を作る段階なのだ。分量通りにやっているはずなのに、いつも失敗するのはどうしてだろう。それほど大雑把でも不器用でもないつもりなのだけれど。シリウスが星図を描き終えてペンを置くと、それを待っていたかのようにジェームズがちらりとシリウスを見た。シリウスが肩を竦めてリーマスと、もう集中力の切れていたピーターを見て言った。
「紅茶淹れるぜ。飲むだろ」
ピーターが顔を輝かせた。リーマスもシリウスの淹れる紅茶はおいしいので大賛成だった。ジェームズだけはまだペンを動かし続けている。シリウスはジェームズには何も聞かないで席を立つ。ピーターもお菓子を持ってこようか、と言って立ち上がった。そこへ寮監のミネルバ・マクゴナガル先生が現れた。見回りでもないのに彼女が談話室へ入り込むのは珍しい。ジェームズも手を止めて顔を上げた。女史はすっと背筋を伸ばしたまま、首だけを動かして談話室を見回した。そして彼らの方に目を留めると、微笑みもせずにこう言った。
「ポッター、ちょっといらっしゃい。話があります」
ご指名を受けたジェームズはきょとんとしている。ポットを持ってこようとしていたシリウスが戻ってきてジェームズに詰め寄った。
「何だ? 何かやったのか、ジェームズ」
そう訊かれて、ジェームズはくしゃくしゃの髪をペンの先で掻いた。
「え……? いや、何も。大体イタズラはいつも君と一緒じゃあないか。僕だけ呼ばれるなんて割に合わない」
それに彼らは机の上の状況から見て分かるように、きちんと勉強に勤しんでいた。褒められることはあっても、呼び出されて叱られる理由はない。4人は全員で首を傾げた。すでに身を翻してジェームズを待っていた女史は、談話室の入り口でちらりとこちらを振り返って再びジェームズを呼んだ。
「ポッター」
ジェームズは机の上に広げたレポートや教科書をリーマスに頼んで立ち上がった。
「はい! 今行きます、先生。すぐに!」
ジェームズは小走りで談話室を出る女史の後に付いていった。残された3人は互いに首を傾げたまま、とりあえずシリウスはポットとカップを取りに、ピーターはお菓子を取りに行き、リーマスは机の上を片付けてお茶を飲めるスペースを作った。やがてピーターが戻ってきて、シリウスも戻ってくると机の上は勉強道具からティーセットに取って代わられた。シリウスはいつものように時間も計らず紅茶を蒸らしにかかっていた。ジェームズはまだ戻ってこない。
蒸らしが終わって、シリウスはポットを持ち上げると、ゆっくり円を描くようにポットを持った手を回した。リーマスとピーターがソーサーに伏せられていたカップをひっくり返す。すると大きな音を立ててジェームズが談話室に飛び込んできた。シリウスは咄嗟にポットを机の上に置いた。それは正しい判断だった。ジェームズは真っ直ぐシリウスの胸に飛び込んできたのだ。いや、ぶつかってきたと言ったほうが正確かもしれない。そのまま後ろに倒れそうになるところを、シリウスは何とか踏ん張った。ジェームズはシリウスの努力などお構いなしに、シリウスの背に腕を回すと飛び上がりながらバシバシと背を叩く。
「シリウス! シリウス! 抱きついてもいいかい? 喜びを伝えるには一番の方法だと思うんだが」
「もう抱きついているだろう! 何だよ、怒られたんじゃあないのか?」
シリウスの問いに得意そうに微笑んで、ジェームズはようやくシリウスから離れた。
「怒られるようなことはしていないものね。やぁ、リーマス。君にもこの喜びを分けてあげるよ」
そう言ってジェームズは机を回り込むと、今度はリーマスに抱きつく。
「おぉ! ピーター!」
リーマスの次はピーターだ。
「一体どうしたの? 何か変な薬を?」
リーマスが心配そうにシリウスを見て言った。
「うん。今僕もそれを疑っていたところだ。ジェームズ、ピーターが窒息するぞ」
2人にはジェームズの頭に花が咲いている様子がはっきりと見えた。ジェームズは背の低いピーターの頭を抱えるような状態で相変わらずの興奮状態だったが、シリウスの言葉に慌ててピーターから離れる。
「ありゃ、ごめんよ、ピーター。息してる?」
していなかったらヤバイよな、とシリウスとリーマスは思った。ピーターはやはり苦しかったのだろう。顔が赤く息が上がっていたが、それでも息を整えながら笑った。
「う、うん。それより何があったの、ジェームズ。良いこと?」
ピーターが尋ねると、またジェームズの顔がぱっと輝く。癖のある髪の毛がウキウキと揺れて、ジェームズが絶好調な様子を表していた。
「そうさ、とってもね。グリフィンドールのクィディッチチームに入ることになった。ポジションはシーカーだ」
綺麗に片目を瞑って言ったジェームズに、ピーターが興奮して飛び上がった。
「ホントに! まだ2年なのに!」
へへっ、と嬉しそうに――少し恥ずかしそうに――笑うと、ジェームズは言った。
「試合に出るのは3年からだよ」
「それでもすごいよ。おめでとう、ジェームズ」
ありがとう、と言ってジェームズはリーマスの手を握った。3人とも知っていた。ジェームズはずっとクィディッチのチームに入りたくて仕方がなかったのだ。そしてその能力は十分にあった。フェルチから逃げ回るとき同様、彼は空の上でも鉄砲玉のように動き回ることができるのだ。
「最近スリザリンに負けていたからな。君が出れば来年は絶対優勝だ!」
シリウスは自分のことのように誇らしげに顔を輝かせた。それを見たジェームズは、誰に褒められるより嬉しそうに顔を綻ばせた。そして次はシリウスに向かってマクゴナガルの提案を伝える。
「あのさ、シリウスもどうかって言われたんだ。キーパーが再来年には卒業してしまうし、練習出てみないかって」
「僕?」
リーマスとピーターにはそれが当然の提案のような気がしていた。ジェームズに負けないくらい、シリウスも飛行術が得意だった。戸惑っている様子のシリウスを無視して、ピーターは自分のことのように顔を輝かせて飛び跳ねた。
「わぁ、いいね。2人が一緒に出られたら最高だよ!」
リーマスもピーターの横で肯いた。
「僕もそう思うよ。……シリウス?」
ジェームズの肩を抱えて2人で感激に飛び上がる様子を想像していたリーマスは、予想に反してシリウスが硬い表情をしているのに気付いて不思議そうにシリウスを見上げた。シリウスは特に深刻そうな様子も見せずに言った。
「僕は、いいや」
これには相棒のジェームズでさえ驚いて声が裏返った。
「どうして?」
シリウス以外の3人が声を揃えた。シリウスは高い鼻の頭を掻きながら、もぞもぞと答えた。
「ほら、僕はチームで動くの苦手だしさ。それに、僕が応援しないと、他にジェームズを応援する奇特な奴はそうそういないだろ」
リーマスは傍で聞いていて、何となくシリウスの言い方が言い訳めいているような気がした。しかしジェームズが何も指摘せずに彼の意見に賛成したこともあって――リーマスはシリウスのことを一番良く察するのはジェームズだと疑いなく思っていたので――そのままお茶会を始めた3人に混じって何も気付かなかったように振舞った。実際、そんな違和感はお茶とお菓子をいただきながらイタズラの計画を楽しく練っているうちに忘れてしまったのだった。
「……気にしているのか?」
お茶会の後また少し勉強を続けて、やっとジェームズがレポートを終えたので、4人は今日の勉強会を終了した。リーマスとピーターと別れて部屋に戻ったジェームズがベッドに勉強道具ごと頭からダイヴした。そして枕を抱えながらくぐもった声でシリウスに尋ねた。シリウスはローブを脱いでベッドに腰を下ろし、ジェームズの方を見ていた。
「まぁな。ピーターもリーマスもああいうことには鈍いけど、僕達といることで随分目立っているから」
ジェームズは考え込むようにして眉を寄せた。2人とも――特にシリウスだが――相変わらず入学以来喧嘩の機会と場所に恵まれているようで、そろそろスリザリン2クラスくらいの人数と拳で挨拶を交わしているかもしれないという状況だ。2人の腕っ節もその賢さも、もういい加減奴らの小さな脳みそでも理解できているだろう。当然奴らの目はリーマスやピーターに向くはずだ。この諍いにリーマスとピーターを巻き込むのは本当に嫌だった。特にリーマスは、下手に奴らに近づけさせたくない理由がある。人狼であるとバレたら、一体どんなことになるか。それを考えない2人ではない。
「応援席は別だけど。まぁ、確かに用心するにこしたことはないか……。僕も断ろうかな、これ以上目立つこともないだろう」
ふっと溜息をついて微笑んだジェームズに、シリウスは軽く枕を投げつけてやる。ここは微笑む場面じゃあないはずだ。
「馬鹿言うなよ。ずっとやりたかったくせに。それに今更目立つ、目立たないなんて気にしても仕方ないさ。公式にスリザリン連中をぶちのめす一番温和な方法だろう? 活用しろよ」
ニヤリと口の端で笑われて、ジェームズは何も言い返せなかった。さらに次の言葉には、本当に耳から蒸気が噴出しそうなくらい赤面した。
「それに、君を応援するのは本当に楽しみなんだ」
何の影もない笑顔でそう言われて、照れ隠しにジェームズは枕をシリウスの顔に投げ返した。
「君の声なら試合中でも聞こえるだろうな。ありがとう。ピーターとリーマスのことよろしく」
君なら英雄にでもヒーローにでも、勿論世紀の大魔法使いにでもなれそうだ、とジェームズは思った。それも笑顔のとびきり似合う。
「任せておけ」