例えば僕らのこんな日常
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4年生の冬。リーマスはクリスマス休暇1ヵ月前に教師が揃って出したレポートに追われていた。休暇中家に帰る予定はなかったけれど、ツリーの飾られた食堂に入るたびに心が浮かれるのはどうしようもないことで、当日を楽しく過ごせるようにレポートを片付けようとするのは当然のことだった。同じように考えている生徒が図書室に殺到する中、リーマスはどうにか資料を集めて、後は部屋でまとめるだけまでこじつけた。図書室を出て、1人グリフィンドール寮に戻る。
いつも一緒にいる3人の姿はない。もう彼らはレポートを終わらせてしまっているからだ。リーマスはいつものように11月の満月日で時間をロスしてしまい、おまけに怪我が酷くて授業に復帰するのが更に遅れてしまったのだ。中には事情を察してレポートを見送ろうかと言ってくれた教師もいたが、リーマスは首を横に振った。特別扱いされるのが嫌だったという事もある。しかし何より、皆と同じことをこなすことは彼の喜びでもあったのだ。幸いそれほど難しいレポートはなかったので、手伝おうかと言ってくれた友人達の申し出もやんわりと断った。
魔法薬学だったら、お願いしていたかもなぁ……。
薬学が本当に苦手なリーマスは心の中で思って笑った。とにかくまとめるのは夜でもできる。イタズラに行った彼らの様子を見に行こうか、と思って寮に帰る足が自然と早くなる。そんな彼の背に高い女性の声がかかった。
「Hi! リーマス」
振り向くと意志の強そうなエメラルド色の瞳を持った女生徒が駆け寄ってくる。夕陽のような髪は長く、彼女が走るたびに左右に揺れる。リーマスは立ち止まって彼女が追いつくのを待った。
「Hi、リリー。何を持っているの?」
リーマスが彼女の手元にある籠を見て尋ねる。つい最近ジェームズのはちゃめちゃな告白劇の末にめでたく彼と恋人となったリリー・エヴァンス。リーマスは以前から彼女と仲が良かった。こうして彼女が籠を持っている姿を良く見かけていたし、その籠から香る匂いでその中身も想像は出来ていた。リリーはにっこりと笑うと、籠に被さっているレースの布地を捲って中をリーマスに見せた。中にはリーマスの想像通りのものが入っていた。
「良い匂いでしょう? マフィンを作ったの。談話室でお茶にしない? ジェームズ達も誘って」
まだ温かそうなそれを見て、リーマスの頬も緩む。外は雪に埋もれて凍えるような寒さだが、ホグワーツ城の中は温かい。リリーの側はその中でも一等温かかった。
「じゃあ少し待たないと。彼らは朝から計画していたイタズラを実行しに行ったよ」
リーマスの邪魔をしないように、と言いながらいつものように髪の毛をうきうきと動かしながら去って行ったジェームズ。あとで結果を報告するからな、と言って相棒を追いかけて行ったシリウス。もう、また僕は囮だよ、と言いながらそれでも嬉しそうに彼らに従って行ったピーター。それぞれの姿を思い出しながら、もうそろそろ終わったころかな、とリーマスは思った。
「まぁ! 飽きもせずによくやるわ。ピーターも一緒なのね。相手はスネイプでしょ」
恋人がホグワーツ一の名物男であるという事実は、彼女にとってはイタズラ好きの弟を持ったのと同じくらいのことなのだろう。
「ご名答。僕はレポートが終わっていなかったから断ったんだ」
彼女にはいつか自分の秘密を話す事になるだろうと、リーマスは漠然と感じるものがあった。今でもリリーは、リーマスが何か秘密を持っていることには気付いているのだろうと思う。しかし彼女はそれについて何も言及しないでいてくれる。マフィンの入った籠を持ち上げて、リリーはイタズラっぽく声を顰めて笑った。
「先に2人で食べましょうか?」
その瞳が、ジェームズがイタズラを仕掛ける時と同じ輝きだったことに気付いたリーマスは吹き出した。しかしそれは言わずに、別の返事を返す。
「いいね。リリーの作ったお菓子はどれもおいしいから」
「ありがとう。やっと魔法を使って料理する事に慣れたの。何だか少し手抜きしているような気になるけれど、早く作れて良いわ。皆と話す時間が出きるでしょ?」
リーマスはリリーの言葉に素直に頷く。お茶菓子が美味しいに越したことはないけれど、作り手だけに負担のかかるお茶会は良くないと思う。手軽に楽しむのがお茶会の醍醐味だ。
彼女はマグルの出身だからホグワーツでの生活はリーマスよりも戸惑う事が多かっただろう。しかし今では、彼女はジェームズやシリウスと首席を争うくらい魔法について知識が深い。マグルだからこその純真な探求心のようなものを、リーマスは彼女に感じている。魔法使いの世界もマグルの世界も知っている彼女は、実はホグワーツでも一番の知識人なのではないかと思う。
やがて笑い合う2人は、連れ立ってグリフィンドール寮に向かい始めた。雪見をしながら暖かく心地よいティータイムを迎えられそうだ。そう2人が思ったとき、グリフィンドールの男子生徒が友人に興奮した様子で話している言葉が2人の耳に飛び込んできた。
「おい、喧嘩だってよ」
これだけの生徒がいれば喧嘩があるなんて日常茶飯事で、何のことはないと2人はそのままその場を通り過ぎようとした。
「えぇ? 誰と誰が?」
それくらいなら情報として聞いても良いかな、とリーマスは思った。リリーも同じだったようで、少し歩調が緩まる。
「それが、例の2人組らしいんだよな」
その言葉にとうとう2人は立ち止まった。
「例の……」
リリーがゆっくりリーマスを見る。
「2人組って……」
リーマスもリリーに視線を合わせる。
このホグワーツで現在「例の2人組」と称される2人組は彼らしかいない。
「行きましょう、リーマス」
「うん」
2人は今来た道を戻る。リーマスは彼らがイタズラを決行する予定だった場所にリリーを誘導した。それはスリザリン寮への通り道だ。リーマスはレポートと資料を持ったまま、リリーはマフィンを持ったまま走った。
その場所であろうという所には、もう既に人だかりが出来ていた。リーマスとリリーは集まる人を押しのけて前へ進む。ようやく人の壁を抜けたと思うと、リーマスに気付いたピーターがいち早く彼に飛び付いてきた。
「あぁ! リーマス、リリー、2人を止めてよ!」
リーマスとリリーの目に飛び込んできたのは、何とも言えない匂いを発しながら倒れているセブルスと、その後ろで激しい取っ組み合いをしている「例の2人組」の姿だった。
「ピーター、何があったの? 取りあえずイタズラは成功したみたいだけれど……」
さすがにリーマスも焦る。彼らがここまで激しい取っ組み合いをしたのは、リーマスの知る限りでは初めてのことだ。勿論口論になることや軽いど突き合いなら日常的だけれど。低学年時であれば体格で断然シリウスが有利だったが、今ジェームズはどんどん身長を伸ばしている。体力も同じくらいだし、放っておいたら長期戦になること必至だ。
「とにかくあの2人を止めないと!」
リリーの悲鳴にリーマスは頷く。しかしあの2人の間に入って止められるような力の強さはリーマスにはない。それはリリーもピーターも同じことだ。周りははやし立てるし、協力を頼めそうにもない。
「ジェームズ、シリウス! 止めなよ2人とも!」
リーマスに出来たのはせいぜい大声で叫ぶことだけだった。一応その声は彼らの耳に届いたようで、ジェームズとシリウスはリーマスの方を向いた。しかし手足は相変わらず相手を狙って動いている。
ジェームズ曰く。
「止めないでくれ、リーマス! この分からず屋には拳で言ってやらないと分からないんだ!」
対してシリウス曰く。
「分からず屋は君の方だろうが! 頭でっかちが!」
「何だって!」
そうしてまた言葉も発せずの殴り合いが再開してしまう。
「もう止めてよぉ」
とうとうピーターは涙声になった。リリーもこの事態には驚いたようで、おろおろとしながらリーマスに言った。
「どうしよう。先生を呼んだほうがいいかしら」
それはまずい、とリーマスは思った。イタズラの上に喧嘩が見つかれば彼らに課せられる罰は相当なものになるだろう。リーマスはレポートで疲れた頭に鞭打って、とにかく喧嘩を止めさせる方法を考えた。そうして思いついた方法はただ1つ。
「ううん、リリー。君ならジェームズを止められるよ、良い?」
リーマスはその計画をリリーに耳打ちする。
「本当にそれで止まるかしら」
リリーは自信がなさそうだったが、リーマスは出来ると思っていた。何よりジェームズがリリーに告白するための前段階を見ていれば、この計画に綻びはない。
「大丈夫。ジェームズが止まればシリウスも止まるはずだから」
「分かったわ」
リーマスの自信に勇気付けられてか、リリーは微笑んだ。そしてキッと美しい瞳を鋭くすると、殴り合いに夢中な恋人を呼んだ。
「ジェームズ!」
愛しい人の呼びかけに一瞬止まったジェームズの顔に、シリウスの拳が入る。忌々しそうに舌打ちしてそれでもジェームズはリリーに応えた。
「止めないでくれ、リリー!」
そしてシリウスに蹴りかかる。リリーは精一杯冷たい顔をしてジェームズに言った。
「えぇ、止めないわ。でも私、殴り合いの喧嘩をするような乱暴な人は嫌いなの。折角一緒にお茶にしようと思ってマフィンを作ってきたのに、残念だわ。短いお付き合いだったけど、ジェームズ、サヨナラね。リーマスと2人で食べる事にするわ」
リリーは言い終わるとジェームズに背を向けてリーマスに微笑む。彼女の演技にリーマスは思わず笑いそうになってしまった。
驚いたのはジェームズだけではない、シリウスもだ。互いに拳を止めるとさっさとリーマスを連れてここから去ろうとするリリーの背を呆然と見つめる。そして事の重大さをようやく呑み込むと、ジェームズはシリウスの胸倉を掴んでいた手をぱっと離してスニッチより速くリリーの背にすがりついた。
「リリー! 嘘だろう? サヨナラだなんて! 止めるよ、喧嘩なんかしないから! 別れるだなんて! リリー、お願だ! 僕は乱暴な男なんかじゃあないって、知っているだろう? リリー、僕の女神! 僕を見捨てないでくれ!」
必死にリリーの背にすがりつくジェームズは正に女神に赦しを乞う罪人そのもので、単に惚れた故の弱い男の姿だった。リリーが思わず笑いそうになるのも分かる。それでもリーマスはリリーに目配せをして、まだ演技を続けるように合図する。彼女は笑いたい気持ちを抑えて、まだ冷たく突き放すように言った。
「もう殴り合いはしない?」
まるでそんなこと信じられないわと言っているような彼女に、ジェームズは大いに焦る。
「勿論だよ! 信じられないのなら今、この場でシリウスと抱き合ったって良い!」
ジェームズはそう言って立ち上がると、シリウスの肩に腕を回す。シリウスはその腕を払って叫んだ。
「僕は嫌だぞ、そんなこと!」
折角恋人になった人を失うかもしれないという状況はジェームズを必死にさせた。髪の毛を逆立ててシリウスに迫り寄る。
「親友の恋が終わるか終わらないかっていう大切な時だぞ! 抱き合うだけでなくキスだってしてやるくらい言えないのか!」
「言えるか! そんなこと!」
確かに言えない、とその場にいる全員が思った。リーマスは再び拳を繰り出しそうな2人の間に入って事態の収拾にかかる。
「はいはい。また殴り合いにならないうちに訊くよ。喧嘩の原因は何?」
リーマスの出現に、2人は顔を見合わせた。ようやくリリーが吹き出して、どうやら先程の台詞が演技であったらしいことに気づく。一旦息をついて、リーマスの問いに答えるべく互いを指して理由を説明しようとした。
『それはこいつが』
同時に言って、また不満そうに顔を合わせる2人。リーマスは溜息をついてこう言った。
「分かったよ。君達は黙っていて。ピーター、イタズラは成功したんだろう? どうしてこの2人は喧嘩になったの?」
突然お鉢が回ってきて、ピーターは体を震わせた。ジェームズとシリウスがじっと睨んでくる。少しでも片方に有利な発言をしたら殺される、とピーターは真剣に思った。保険としていつでも逃げられるようにリリーの隣に陣取ってから、ピーターは事情を話し出す。
「……うん。イタズラは成功だったんだよ。いつもみたいに僕にスネイプが絡んできて、2人はスネイプの注意が僕に向いているうちに、スネイプの背にカエルの卵と蛇の抜け殻、それに腐ったマンドラゴラをどろどろにしたものを流し込んだんだ。スネイプったら真っ赤になったと思ったらすぐに青くなって、よっぽど気持ち悪かったんだと思うよ。すごい匂いがしたもの。そうしたらスネイプ、顔から前に倒れて気絶しちゃったんだ」
そしてスネイプが気絶した後。ジェームズとシリウスは何か物足りなさを感じて黙り込んだ。2人でしばらく考え込んでいると、シリウスが手を叩いて先に声を上げた。
「そうだ! ジェームズ、こいつの頭を塗り替えてやらないか? いつも黒ずくめで暗いこいつを変身させてやるんだ」
その提案にジェームズはゆっくりと顔に笑みを広がらせて、シリウスに抱きつかんばかりの勢いでこう返した。
「Wow! さすが僕の相棒! 素敵な思い付きだよ。勿論髪の色は……」
2人は声を合わせて答える。
「金だろ?」
「ピンクだろ?」
1秒間の沈黙が流れた。
同じ答えが返ってくると信じて疑わなかった彼らは、向かい合って鏡のように同じく眉を顰める。
「ピンクだって?」
「金?」
声が揃ってしまうのは漫才コンビとして息の合っている証拠である。しかし彼らは真剣だった。漫才をしているつもりは全くない。
「聞き間違いだと思うのだけどね、シリウス。僕には君がピンク色の髪と主張したような気がするんだ」
腕を組んでジェームズがシリウスに確認をとる。その目は言い間違いならこれはなかったことにしてやるよ、と言っている。
「そう言ったさ。君の耳は正常だ。でも脳味噌はイカレているらしいな。スネイプを金髪にして何が面白いんだ?」
シリウスも腕を組む。何やら剣呑な2人の雰囲気につられて――倒れているセブルスから発せられる凄まじい匂いのせいかもしれないが――スリザリン生が彼らの回りに集まってくる。ピーターにはもう止めようがなかった。
「面白いだろ? こいつの真っ黒でベトベトな髪を金色のサラサラにしてやるんだぞ? 君こそ何でピンクだなんて変な色を選んだのさ。センス悪過ぎだよ」
「君こそセンスを疑うね。金髪なんてどこにでもあるものにしたって面白いもんか。ピンクのウェーブにしてやったほうが絶対面白い」
そのあまりにも真剣な様子に、見ている生徒達はこれが何かとても高尚な内容の討論であると錯覚してしまう。その実、内容はとても下らないことなのだけれど。
「どこにでもあるけどそれがセブルスの一部となることで面白さが数百倍に跳ね上がるんだ! 分からないのか?」
「あぁ、分からないね。君のイカレた脳味噌と同じ脳味噌はしていないんだ」
そこからは売り言葉に買い言葉。何やら当人達の個人的な欠点にまで口論が発展し、額に青筋を浮かせた2人がとった結論は。
「ここまで言っても分からないなら……」
ジェームズがローブを放ってシャツの袖を捲くる。
「拳で決着だな。君に勝ち目はないだろうけど」
シリウスも同じようにローブを放る。
「僕だって成長するんだよ、シリウス。最後に泣くのは君だ!」
「言ってろ!」
そうして先程の状況につながる。
ピーターが説明し終えると、リーマスとリリーは揃って大きく溜息をついた。ピーターはジェームズもシリウスも殴りかかってこないので、どうやら自分が中立的な説明ができたようだと思い安心した様子だ。
「……君達ってほんと、たまに意見が合わないと思ったらそんな下らないことで喧嘩までして……」
リーマスの言葉に2人は息もぴたりと言い返す。
「下らなくなんかないさ、リーマス!」
「そうだ。このイタズラの最後を締めくくる大切なことだぞ」
このコンビネーションの良さで喧嘩をするのだから困ったものだとリーマスは思う。
喧嘩するほど仲が良いとも言うし……。
大体この2人は口喧嘩でも、朝喧嘩したと思ったら1時限目にはもう仲直りしているというパターンが殆どなのだ。たまたま今日は殴り合いにまで発展したけれど、結局放っておけば夜には元通り次のイタズラを2人で考えていただろう。振り回されているな、と思ってリーマスはまた溜息をつく。
「だからね、僕が言いたいのはそこでどうして2人とも頭が回らなくなるのかなってこと」
「そうよね」
リーマスの意見にリリーもくすくすと笑いながら賛同する。
「え? リリーまで……どういうことさ、リーマス」
珍しく頭の回転の鈍いジェームズとシリウス。夢中になっている時はこんなもので、この2人は何も特別なことはない。2人が喧嘩をするたびに、この2人でも喧嘩をするのだなと思って少し安心してしまうのはいけないことだろうかとリーマスは笑う。
「あのね、セブルスは1人だけれど、何も髪の色を一色に限定する必要なんてないだろう? 珍しく2人の意見が違うならつまり?」
リーマスの言葉に、2人は顔を合わせて叫ぶ。
『半分ずつにすればいいってことだ!』
「そういうこと」
リリーが笑う。
「最高だよ、リーマス!」
「さすがだな!」
叫び声にようやく気が付いたのか、倒れていたセブルスが頭を押さえながらゆっくりと起き上がった。それはとても絶妙なタイミングであった。
「き、貴様等よくもこんな……」
丁度目の前にいたピーターを、セブルスが睨みつける。少し迫力が足りないのは、まだ頭が覚醒していないからだろう。それでもいつも標的にされているピーターは竦みあがってリリーの背に隠れる。
「ぼ、僕は何もしてないよぉ」
よろよろと立ち上がるセブルスを見て、ジェームズとシリウスが目を合わせる。2人は同時にニヤリと笑うと放り投げたローブを拾いながら動き出す。
「やぁ、スリザリンの貴公子。済まなかったね、こんな酷い匂いをつけてしまって」
そう言いながらジェームズは怪しい動きでセブルスの右側に回る。
「本当に、謝るよ。僕らが悪かった」
シリウスはそう言いながらジェームズとは逆に、セブルスの左側に陣取った。
妙に物分りの良い2人に――それでも謝っているようには全く聞こえなかったけれど――経験上良い事はないと判断し警戒心を更に高めて、それでもセブルスは言い返す。
「あ、謝って済むものか! ローブも服も汚されて!」
セブルスの怒りように、ジェームズは何ともわざとらしい溜息をついた。
「そうだよね。君の普段の格好良さが台無しだ。すべて僕らの責任さ! そこで! 僕らが普段よりももっと君の魅力を引出してあげよう。なぁに、何も言わなくて良いよ。これは償いだもの! 君は礼を言う必要もない。ただそこにいてくれればいいのさ。王様のようにふんぞり返っていてくれれば、僕らは小間使いのように君のスタイルを整えてあげるよ」
放っておくとそのまま延々5分はお世辞を言いそうなジェームズを、相棒が上手に止める。
「さぁ、ジェームズ。口ばかり動かしていないで作業に取り掛かろうじゃあないか。僕らの愛すべき『歩くネタ箱』に感謝の気持ちを」
「素敵な表現だ! さすが僕の相棒!」
感激に投げキスをしかけてきた相棒のその好意を、シリウスは笑いながら避ける。キスのついでに生まれたハートマークは見物人のスリザリン生に襲いかかったが、そんなことは一切気にしないで、2人はローブから杖を取り出す。
「貴様ら、何を……」
ゆっくりと向けられる杖に、セブルスは後ずさりする。笑っていた2人の視線が鋭くなった。
『動くなよ』
2人の杖先から魔法が放たれる。セブルスの髪が煙に包まれて、やがてその煙がゆっくりと消え去る。
そこには右半分が金色のストレート、左半分がパッションピンクのウェーブ髪になったセブルス・スネイプが立っていた。あまりの姿にどっと笑いが起こる。ジェームズは地面を叩いて笑い、シリウスは腹を抱えて床に転げた。リリーも思わず吹き出し、リーマスも笑わずにはいられなかった。
「ポッター! ブラック! 貴方達喧嘩をしたのですって? まぁ! Mr.スネイプ! これは?!」
セブルスが怒りに顔を真っ赤にして叫ぼうとした時、グリフィンドール寮の方からマクゴナガル女史の声が響いた。その危険信号にジェームズとシリウスは笑いを止めると、ぱっと立ち上がる。
『逃げるぞ!』
まだ遠くからの女教授の怒鳴り声に、騒ぎの大元であるジェームズとシリウスが同時に合図する。
「リリー、こっち!」
言うが早いかジェームズはリリーの手を取って走り出す。その先にはあらかじめ逃げる時のために用意していたのだろう、ジェームズの箒があった。
「えぇ? リーマス達は?」
リリーは後を振りかえる。ピーターがおろおろとしているところにシリウスが駆け寄っていくのが見える。
「シリウスが上手くやるよ。後に乗って」
躊躇している暇はないと思った。この人の恋人になった時から――それ以前からかもしれない――この人に付いて行くのに躊躇してはいけないのだとリリーは思っていた。それを実行する時だ。
ジェームズがまたがった箒の後に乗り、ジェームズの腰に手を回す。ジェームズが後を振り向いて少し笑った。彼女が好きになった、不思議な自信に満ちた微笑。
「さぁ、愛の逃避行と洒落こみますか!」
ジェームズが地面を蹴る。ホグワーツ一のシーカーは、恋人を乗せて窓から外に飛び出す。雪の白さに目が眩んだ。風冷たさと反対に、互いの体温が恥ずかしくなるくらい温かかった。
逃避行した2人を横目で見ながら、シリウスはどうしていいかとおろおろしているピーターのローブを引っ掴む。
「ピーター、来い! リーマス!」
すっとリーマスの前にシリウスの手が伸ばされる。
「もう! 僕らは逃げる必要なんてないのに!」
そう言いがらもリーマスは差し出されたシリウスの手を取った。そうして走り出す。向こうが愛の逃避行ならこちらは賊の大逃走だろうか、とリーマスは思う。
「そう言うなよ! 面白かったろ」
金の瞳が本当に楽しそうに輝く。素直にうんと言っても良かったけれど、ちょっと皮肉ってやりたくてリーマスはこう返した。
「君達の喧嘩の原因には負けるけどね!」
この後抜け道を利用して見事逃走を果たした3人はジェームズ達と落ち合って、グリフィンドールの寮でリリーの手作りマフィンとシリウスの紅茶で楽しいティータイムを過ごしたのだった。