Will-o'-the-wisp

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 窓から麓の村の明かりが見えて、リーマスは不思議に思って窓際へ寄った。この時間、いつもならば殆どの家がとうに明かりを消しているはずなのに。明かりは家の灯だけでなく、小さな光が、少しずつ固まりになって移動していた。静かな森に、子ども達の笑い声が木霊した。森の奥に住んでいたリーマスの耳にも、微かにその声が届いた。

 子ども達の声を聞くと、最近ではすぐにホグワーツを思い出す。自分が子どもの頃よりも、今は自分の教えた生徒達の笑い声を思い出すのだ。

 あれから1年が過ぎたなんて、信じられなかった。新しい後任の教師は申し分のない人だった。ロンやハーマイオニー、それにネビルはどんな成長を遂げただろう。そして心の痛む知らせ。ハリーは。きっと苦しんでいるだろう。早くこの戦いが終われば良いとリーマスは思う。

 揺れる光がジャック・オ・ランタンの灯りだと、リーマスはようやく気付いた。

 そうか、今日はハロウィンだ。

 すぐに2人のお墓参りに行こうか、とリーマスは思った。今から出れば、明け方にはゴドリックの谷へ着くだろう。ボロボロのローブを肩に引っ掛けて、リーマスは粗末な小屋を出た。しかしすぐに立ち止まると、しばらくの逡巡の後、その小さな家へ引き返してしまった。何故か家を空ける気がしなかった。戸口でうろうろしてから、ちらりと村の灯りを見ると、リーマスは何か諦めたように外の草の上に座り込んだ。青褐色の空に星のよく見える日だった。リーマスは膝を抱えて満天の星空を眺めた。


リーマス、あれがシリウスだよ。


 そう言ってジェームズは1つの星を指差した。夜空を飾る星々の中で、一際強く瞬く星。


 ホント、我の強い星だよね。
 少しは控えめってことも覚えた方が良いと思わない?


 ジェームズ、お前な!


 あれ? ブラック君。僕は星の話をしているんだよ。
 君にも当てはまる部分はあるかもしれないけどね。


 あの時シリウスはジェームズの言葉に怒って、先に部屋へ帰ってしまった。それを望んでいたかのように、ジェームズはその後こっそりとリーマスだけにこう言った。


 あれだけ明るいとさ、見失わなくて良いよ。
 旅人はあの星で方角を知る。


 旅人とは、ジェームズのことだったのだろうか。それとも――。


 その時かさりと草を分ける音がして、リーマスは森の中を目を凝らして見つめた。音は段々と近づいてくる。音が止まると、草の中に2つの金色の星が浮かんだ。

「……パッドフット?」

 かすれた声で呼びかけると、2つの星が一度瞬いて、草の中から大きな黒い犬が姿を現した。森の入り口から2・3歩進んで、黒犬は立ち止まった。小山のように大きな体。リーマスは自然と大きくなる声を努めて抑えると、その獣に呼びかけた。

「パッドフット、君が来ることはダンブルドアから聞いて知っていたよ。ただダンブルドアはあと2・3日後になるだろうとおっしゃったけれどね。でも、私は今日君が来るような気がしたのだ。……来てくれるのではないかと思った」

 黒犬は尻尾を下げてじっとリーマスとの距離を保っていた。昔だったら、すぐに駆け寄って来てくれただろう。リーマスには彼の戸惑いが分かった。そしてそれを分かってしまうことが哀しかった。ジャック・オ・ランタンの灯りは子ども達の気持ちを表して、あちこち移動したり、跳ねたりしている。眼鏡の奥の瞳を輝かせていた少年の、うきうきとした声が頭の中に響く。


 Trick or Treatなんて甘すぎるよ。
 悪戯してこその今日この日だ。
 そうだろう、リーマス。


宙に浮いたカボチャの目に花火を突っ込みながらジェームズは言った。


 今日はMischief Nightだよ!


今この場に彼が来て、自分達を笑わせてくれれば良いのに、とリーマスは思った。どんな方法でも、どんな姿でも構わないから。

「私達の間に、話さなければならない色々なことがあるのは分かっているよ。あの12年、そしてこの1年。これからのこと……。でも今日は、何も言わないで、側にいてくれるだけで良い」

 今日は酷く感傷的になっている、とリーマスは感じた。こんな風に、無闇に泣きたくなるなんて。

 きっとジャック・オ・ランタンの灯りが美しすぎるからだろう。

そう思いたくて、リーマスは村を眺めた。何故かランタンの灯りも、家の明かりも妙にぼんやりとして、余計に美しく見えた。


 リーマス、君はもっと我がままを言わなくちゃ。
 君の我がままなんてたかが知れているよ。
 だから僕や、ピーターや、シリウスが、絶対叶えてあげる。


それでも君は、還っては来ない――。

「……パディ、お願いだ。側に来てくれ」

 黒犬は1つ吠えると、数10メートルの距離をたった2歩でつめてしまった。目の前に来た大きな獣は、1年前よりも少し毛並みが良くなり、肉もついたように感じた。リーマスが手を伸ばすと、金の瞳を閉じて尻尾を2回振った。リーマスは黒犬の首筋を撫でてやった。黒犬は嬉しそうに鳴くと、湿った鼻をリーマスの首筋に押し当てた。毛が首に当たって、リーマスはくすぐったくて笑った。

「パディ、今日はハロウィンだ。ランタンの灯が綺麗だろう?」

 リーマスが言ったが、黒犬はそちらの方を見ようとはしなかった。じっとリーマスの横顔を見つめていたかと思うと、不意に頬を舐めた。

「パディ?」

 もう一度、黒犬はリーマスの頬を舐めた。リーマスはようやく自分の頬を涙が伝っていることに気付いた。心配そうに黒犬が鳴く。リーマスは黒犬の頭を撫でながら、少し呆然としたまま呟いた。

「大丈夫、大丈夫だ。ランタンの灯が、あまりに綺麗だったから。こんな年にもなって、可笑しいな」


 今、黒犬は草の上に大きな体を横たえて、前足の上に顎を乗せ、村の灯を見つめていた。リーマスは黒犬の背に頬を埋めて、動き回るランタンの灯を目で追っていた。時折風に森の木々が揺れてぶつかりあう音が耳を掠めて、その度に敏感な獣は一瞬全身の筋肉を緊張させる。だがリーマスが背を撫でてやると、その緊張もすぐに解ける。反対に、寒さにリーマスが震えると、黒犬は大きな体を慎重に動かしてリーマスの体を少しでも温められるようにするのだ。叫びの屋敷でも、リーマスと黒犬はこのようにして夜を過ごしていた。2人とも疲れて眠ってしまっても、それは無意識のうちに行われていたのだった。


 2人はお互い、酷く不器用ね。


 いつだったか、リリーにそう言われたことがあった。あの時自分はなんと返しただろう。

 12年間、リーマスはホグワーツでの思い出を少しずつ反芻しながら生きてきた。変わらないものを探して、見つけてはそれを糧としていた。段々と忘れて、思い出せなくなった出来事を想って悲しくなったりもした。今、体に感じている温もりも、ずっと忘れていたものだった。不器用だった自分が、唯一戸惑うことなく自ら友人に触れることのできる時間。それは彼らが“動物もどき”になっている時だった。


 いつでもこの胸に飛び込んでくれていいのに!
 君なら大歓迎だよ。


 死者の言葉ばかりが頭に浮かぶのはきっと、今日がハロウィンだからなのだ。今日は死者のための祭りの前夜祭。ケルト人達にとっては古い年の終わりの日。ジャック・オ・ランタンの灯りはまるで人の魂だ。古代ケルト族の、幻想的な祭りの風景が見えるようだった。村で踊っていたランタンの灯が、それぞれの家に消えていく。子ども達の笑い声も響かなくなる。リーマスはゆっくり目を閉じた。古い年が終われば、明日からは新しい年が始まる。生者のための日々がまた巡るのだ。2人の間の話し合うべきことも、明日からはきちんと話し合えるだろう。

 今日はこの妙な感傷と、祭りの酩酊感と一緒に眠りたかった。

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