パーティーゲーム
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九時までのバイトが終了して、西川 守(にしかわ まもる)はいつ床が抜けるかも分からないオンボロアパートへ戻ってきた。子どもの頃は徹底して仕込まれたはずの帰宅の挨拶も、返してくれる相手がいないと発する気が失せるものだ。
夕食は帰り際にコンビニで買った弁当だ。店で温めてもらったのですぐに食べられる。そうでなかったら、彼の家にはレンジがないので冷たいまま食べることになっただろう。しかし弁当はともかく、おにぎりを“温めますか”と訊くのは勘弁してもらいたい。冷たくてもおいしく食べられるのがおにぎりの利点だろうと個人的には思うのだが。
おにぎりのビニールを慎重にはがす。これを考えた人間は素晴らしいが、守はその意図通りにビニールをはがせたことは一度もなかった。今日もやはり海苔がビニールに巻き込まれて破れてしまった。ビニールに残った海苔と、おにぎりを口に放り込んでPCを起動させる。その間にスパゲッティの容器を開ける。食べ合わせなど一切気にしない彼は、冷蔵庫を開けて牛乳を取り出した。
おにぎりが食べ終わる頃に起動が終了して、守はすぐにメールソフトを立ち上げた。大学のメールをこちらに転送するように設定しているので、チェックしておかなくてはいけない。メールは三通届いていた。一通目はある講義を担当している大学教授からの授業連絡だった。それを読んで、二通目はただの広告だったのでゴミ箱へ捨てた。三通目は友人からだった。推理小説家を目指しているというかなりマッドな男だ。今日の昼も大学で会ったのに、何か急用だろうか。件名は書き込まれていなかった。
ウイルスメールじゃあないだろうな。
一抹の不安を感じながら、牛乳を一口飲んでメールを開いた。差出人は真壁 直人(まかべ なおと)。真の心なんて欠片もない男だ。メールには一言。
部屋の時計を見ろ。
と書かれていた。守はその言葉通りに部屋の時計を見た。
部屋の壁にかけられた安物の時計は、丁度秒針が十二に動いたところだった。それがどうした、とCRT画面に再び向き直る。メールをスクロールさせて他の言葉を探すと、最後に一言。
郵便受けを見ろ。
首を傾げながらも守は律儀に郵便受けに向かった。玄関の扉を開けて、すぐ右横に設置してある赤い郵便受けの中を覗いた。そこには二つ折の紙が一枚。守はそれを開いた。
ベランダを見ろ。
今度は部屋に戻って玄関の正面にあるガラス戸を開けてベランダへ出る。外は肌寒く、身震いしてさっとベランダを見渡す。すると床に同じように二つ折の白い紙が落ちていたので、守はそれを取り上げた。開いてみるとまた一言だけ。
携帯が鳴るぞ。
言葉をよく飲み込まないところで、ポケットに入れられた携帯が鳴る。ガラス戸を閉めて中へ入ると、ポケットから携帯を取り出して小さな液晶画面を見た。着信は非通知になっていた。守は通話ボタンを押すと黙って携帯を耳に近づけた。
「時計を見ろ」
電話口から流れてきた言葉に従って時計を見た。すると先ほどメールの指示で時計を見た時と同じ、秒針が十二に動いたところだった。
「どういうトリックだ、直人」
守が聞くと、電話の奥で友人が笑った。
「分からないだろ」
守は丁度正面にあった鏡を、何気なく覗いた。
「……いや、分かったぜ」
そう答えてくるりと振り返ると、ガラス戸を開けてベランダへ出る。
「携帯って便利だけどさ、推理小説家にとっては厄介なものでもあるよな。お前、ずっと外にいたのかよ」
外に出ると、ベランダの脇に真壁 直人が立っていた。
「外から見てただろ。郵便受けに行ったのを見計らって、ベランダへ紙を置いた。バイトの終了時間は知っていたし、携帯をかけるタイミングは数秒ずれたところで気にならない。何がしたかったんだよ、お前。パーティーでもないのに」
寒さに鼻も頬も赤くした直人は、嬉しそうに笑ってこう答えた。
「パーティーがしたかった」
がさりと手に持ったビニール袋を上げる。缶のぶつかり合う音がして、それがビールであることが分かった。
「……パーティーゲームはパーティーを開くためにするもんじゃあないぞ。パーティーを盛り上げるのにやるんだ」
ベランダの柵を乗り越えて入ってくる侵入者に、守は言った。しかし直人は気にした風でもなく靴を脱いで玄関へ持っていく。守はため息をついてガラス戸を閉めると、PCを終了する。今日は一晩中呑みだ。
「パーティーゲームをするための人員を集めるのにパーティーを開くんだ。一般人と推理小説家ではウエイトの置き方が違うんだよ」
すでに一人でビールの缶を開けて飲んでいるマッドな友人は、とても上機嫌だった。
推理小説家志望の人間と友人になってはいけない。
遅ればせながら学んだ、人生の教訓だった。