Merry…

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 目を覚ますと、何故か壊し屋がベッドの端に座って修理屋の顔を覗き込んでいた。気が向いたら来ると言っていたので、気が向いたということなのだろう。まるで風のようだと、修理屋はぼんやりと思った。

「何かリアクションはないのか?」

 意地悪そうな笑みを浮かべながら壊し屋が言ったが、修理屋はその顔をぼんやりと見つめるだけで壊し屋の期待には応えられそうになかった。修理屋は自分がいかに寝起きの悪い人間か知っていたので、黙って自分の意識がはっきりとするのを待っていた。

 今日は十二月二十四日、クリスマス・イヴだ。そして修理屋は時間に正確に起きるので――この場合の起きるは覚醒でなく単に目を開けることだろう――今はきっと午後八時だろう。十時から営業を開始するためには、きっと一回シャワーを浴びる必要がある。お客さんは滅多に来ないが、それでも来た時にきちんと対応できるようにしておかないと。しかし、そうだ、まだ営業は開始していない。と修理屋は思った。それでは何故壊し屋が居るのだろう。今日の朝はきちんと店にも、店の二階にあるこのプライベートルームにも鍵をかけたはずなのに。

「……不法侵入?」

 声を出すのでさえ億劫で仕方ない。しかし眠りから覚めた時に誰かの顔が側にあるなんて、一体何年ぶりだろう。それ以前に、自分はいつから一人でここに住んでいるのか。生物的に、修理屋にも両親がいたはずだ。それではその両親はどこの誰で、今ここに居ないのはどうしてだろう。思い出せない。それでは無駄な努力はしまい、と修理屋はその一連の考えを放り投げた。何か別のことを考えよう。そう、きっと壊し屋は不法侵入者だ。市民の義務として、ここは警察に連絡するべきだろうか。最も、壊し屋は大人しく捕まってはくれないだろうけれど。それに、こんな日に警察の方の手を煩わせるのもよろしくない。彼らだって、きっと家に帰って家族とのんびりしたいだろう。

「不法侵入者に、無防備すぎじゃあないか?」

 壊し屋はホルスターにかけられたごつい拳銃を抜いて修理屋に見せた。しかし修理屋は、壊し屋が仕事以外ではそれを使わないことを知っていたので、ほわんと微笑んだ。壊し屋はそんな修理屋に苦笑して、拳銃をホルスターに戻した。

「壊し屋さん、鍵を壊して入ってきたのですか?」

 いくら修理屋だからって、自分の家の鍵を直すのは嫌だな、と修理屋は思った。

「あんたの仕事を増やすようなことはしていないさ。しかし、もう少し新しい鍵に変えた方が良い。空き巣にやられるぜ」
「そうですねぇ。世の不法侵入者の方が皆、壊し屋さんのようだと良いのですけれど……」

 そう言うと、壊し屋の眉が顰められる。

「修理屋、あんたは俺を誤解している」
「そうですか? そう言えば、壊し屋さんは白い髭も赤い服もきていらっしゃいませんね。煙突がないから不法侵入したのだと思ったのですけれど」

 せっかくフェイクの暖炉があるのだから、煙突もフェイクで作れば良かったな、と修理屋は思った。しかしフェイクの煙突ということは、穴は開いていないのではないだろうか。それでは意味が無い。本物の暖炉にしたら薪代がかかるだろうな、と考える。暖房器具がなくては寒がりの修理屋は冬を過ごせない。それこそ朝昼晩とベッドの中で布団に包まっているほかないだろう。

「修理屋、起きているのか? 俺はサンタじゃあないぜ」

 いつも黒い服を着ている壊し屋が、真っ赤な服を着てから来てくれたらもっと素敵な夜だったろうなと修理屋は思った。まだ若い壊し屋には白い髭が似合いそうにもないのが残念だ。

「でもプレゼントをいただきましたし」

 修理屋はまたほやんと微笑んだ。そのままとろけてしまいそうな笑顔に、壊し屋は益々眉を寄せる。

「やった覚えはないが」

 修理屋はやっと上半身を起こした。暖房が入っていたので頭の辺りが暖かい。これでは折角起きた頭がまた眠ってしまいそうだ。

「……あぁ、僕がもらった気でいるだけです、きっと。でも何かお返しをしなくては」

 壊し屋はまだ修理屋が眠っているのではないだろうかと疑っている視線を向けている。

「お返し? サンタにお返しが必要か?」
「でもサンタではないとおっしゃいましたでしょう?」

 壊し屋が黙った。これでやっと修理屋が起きていることが分かってもらえたらしい。

「……好きなものをくれるのか?」

 壊し屋にしてはなかなか大胆な言葉だと修理屋は思った。何が大胆なのかは定義できない。意味の分からない言葉を使用してしまうのは、やはりまだ頭が眠っているからなのだろうか。

「いいえ、僕が差し上げることのできるものを。今修理中の物は駄目ですよ。あれは仕事ですから」

 そう言えば自分はいつもこんな風に思考がはっきりしたりしなかったりしているのだ。常に半覚醒状態だということかもしれない。我ながら省エネ設計だ、と満足する。

「……あんたの名前が欲しいな、修理屋」

 はやり今日の壊し屋は大胆だ。きっとクリスマスに一緒に過ごす女性がいなくて悲しいのだろう、と修理屋は思って、そんな自分の想像に笑った。

「名前? とっくに調べていらっしゃるものだと思っていました」

 壊し屋はそれがすぐにできてしまう環境と腕を持っている。

「仕事が忙しくてね。それに、依頼でもない限り人の名前は本人の口から聞くのが一番だ」

 そんなポリシーがあったとは知らなかった。しかし素敵な考え方だと思う。今日はきっと何もかも素敵に思えてしまう日なのだろう。修理屋はそんな今日を楽しんでいた。

「ヤナギ ルカです。木の柳に、流華堂の漢字と同じで、流華と読ませます」
「流華……。へぇ、もっと古風な名前かと思っていたな。こんな仕事をしているから。綺麗な名前だ」

 壊し屋に褒められて素直に嬉しかった。この名前は修理屋自身も気に入っている。

「ありがとうございます。壊し屋さんは、今日お仕事はお休みですか?」

 壊し屋が煙草を取り出して指で玩んでいるその動きを見ながら修理屋が質問した。

「あぁ。依頼は多かったが、どれも下らなかったんでね」

 たくさんの仕事を断ることができるなんて、普段よほどきっちり働いているのだろう。自分とは大違いだと修理屋は思う。

「それでは僕も今日はお休みにします。もしかしたらいらっしゃるのではと思って、あまり甘くないケーキを用意していたのです」

 本当は壊し屋と、というわけではなくて、もしかしたら来るかもしれない本物のサンタクロースのために用意したケーキだったが、今日は壊し屋がサンタクロースだということにしてしまおう。そうすれば嘘をついていることにはならない。

「俺が来なかったらどうするつもりだった?」
「一晩かけて、僕一人で食べる予定でした」

 呆れた声で質問した壊し屋は、修理屋の答えに益々呆れたようだ。

「まぁ、ご馳走になる前にあんたはシャワーを浴びて着替えることを勧めるよ。随分寝起きが悪いようだな。暴れないだけましだが」

 そう言われて、暴れてみるのも面白いかもしれないと思ってしまった。多分巨大化して東京タワーとかエッフェル塔などを壊しに行くのだろう。

「壊し屋さんは灰皿が必要ですね」
「気が利くな」

 玩んでいた煙草を口に咥えて、壊し屋はニヤリと笑った。修理屋もその笑い方を真似てみたが、どうにもうまくいかなかったようで、壊し屋に大笑いされてしまった。

 シャワーに向かいながら、雪は降らなかったけれど良い聖夜になったと修理屋は思った。修理屋は一晩中、無愛想な壊し屋の前で満足顔を披露していたのだった。

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