何処かに忘れてしまっていた意識が戻って来る。目の前に人がいてぎょっとするが良く見れば腰掛椅子に座らされた小夜子だった。瞳は硬く閉ざされたまま、眠っているようだ。駆け寄ろうとして体が動かない事に気づく。なんて事はない。小夜子の背後に現れた父親のせいだ。
「目が覚めたかい?神無。じゃあ儀式を始めよう。まずはその金目を母さんにあげようか」
「いいの? この目を取ったら、俺の商品価値が下がっちゃうんじゃない?」
「何を言ってるんだい?神無」
「父さんとは話してない、引っ込んでろよ。この目がなきゃ俺は見鬼じゃなくなる。あんたは俺の器が狙いなんだろ?」
『察しの良い子供だ。だが見え過ぎるのは良くない。やはりその目は先に頂いた方が良さそうだ。どうせただで器を渡す気はないのだろう? 何が望みだ? お前の器なればヴェナス様もさぞお喜びになろう。褒美は思うがままだぞ?』
「俺の望みはただ一つ、俺と俺に関わる人に手を出すな、さっさと失せろ」
癇に障る悪魔の笑い声に神無は顔をしかめた。それに気付いたのか否か、悪魔は神無の顎を掴んですでに父親の物かどうかすら怪しい形相で神無の顔を覗き込む。
『所詮はガキ、力の差も分からぬか? 大人しく望みを言えば良いものを。この女を血祭りにあげられたくなかったらヴェナス様の復活を唱えよ。その人ですらない声でな!』
「っ‥‥。俺がどうしようとお前は、ヴェナスは小夜子さんを解放しない。そんな美味しそうな魂みすみす見逃さないだろ? だから俺は悪魔なんて復活させない!」
「我が右手に宿れ怒れし神よ! 我が前に太刀守 神無へと続く道を示せ!」
『何!?』
「お待たせ♪神無、よく持ちこたえてくれたね♪。隠岐、馨クン! 小夜子さんを連れて先に病院へ」
『邪魔はさせぬ!』
悪魔の手が小夜子の肩を掴もうとするが駆け寄った穂の手が小夜子の体を起こしてその腕から遠ざける。長く伸びた牙をむき出して悪魔は穂を威嚇するが、穂の表情を殺した目が、それでも鋭く悪魔を射抜く。
「小夜子さんに触れるな。悪魔にも成り切れぬ半端者が」
『くっ‥‥』
「穂!神無!」
「馨クン!小夜子さんを。それから隠岐も早く病院へ。神無は大丈夫。悪魔の方もささっと落としとくから♪」
駆け寄った馨の視線が向くがほとんど身動きの出来ない状態ながら神無は必死に頷いた。小夜子の体を抱え、瓦礫を踏み付けながら馨は隠岐の待つ入り口へ戻っていく。二人がその場を立ち去るのを確認すると穂は睨み合っていた悪魔から神無へと視線を向けた。
「すぐに終わらせるからもう少し待ってね、神無」
『すぐにだと‥‥? お前こそ、神にも成り切れぬ半端者であろう?』
「悪魔研究者にして生贄と引き換えに悪魔の力を得た者、悪魔ヴェナスの崇拝者にて僕、下級悪魔ロズウェル、お前はそこに根ざせ、動く事は許さん」
『何!? ‥‥くっ‥‥いつの間に我の真名を‥‥』
「分かりやすい証拠を残してくれたから、ね。下級悪魔ロズウェル!此処に汝の真名を掲げん! 言の葉の呪縛において我に従え! その者の体を去り、闇に滅せよ!」
言の葉が光の刃となって悪魔を貫く。が光はすぐに消え去り、その代わり悪魔の姿は消えなかった。なっ‥‥とひるむ穂を見てか悪魔は不気味に薄笑いを浮かべる。
『言霊は純粋に力と力の勝負、我を滅せる程の力はないようだな? 器を維持するので精一杯か? 器を捨てればかつての力も蘇ろう』
「‥‥黙れ‥‥」
「カノウ!俺の呪縛を解いて!」
「神無‥‥」
「早く!」
『おや、今度はお前か?神無。良いのか? お前の加減のない言の葉は私どころかお前の大好きな父親まで葬ろうぞ? 「父さんが好きだろ?神無。また一緒に居たいだろう?」』
聞いちゃ駄目だ!神無‥‥と穂の腕が神無を抱える。身を縛る鎖がほどかれ、自由になっていくのを感じながら神無は片腕を穂の腕に添え、片手で封印の太刀の入ったお守りを引きちぎった。
「!神無!? 駄目だ! 僕を信じるんだ!」
「余分な力、あいつに吸われないように抑えててね、カノウ」
『「やめてくれ!神無! 父さんだ‥‥分からないのか‥‥?」』
「カノウにお前が滅せなかったのは父さんが必死にしがみ付いて離さないからだよ。封印の太刀に神無が命ず!我の纏う全ての鎖を解き放て!!」
「!!」
なんて、膨大な力だ‥‥。たかが十年生きただけの子供にもうこんな霊力 が? これはすでに許容量オーバーだ。まったく‥‥無茶をさせる!
「我に宿れ!大地を司る癒しの神よ! この霊力 、生きとし生ける光の者達へ返したまえ!」(
『「神無!頼む神無! 死にたくない! ただ、母さんとお前と三人でまた暮らしたいんだ」』
「いい加減黙れ、下っ端悪魔。聞けよ、父さん。父さんは俺が悪い、俺に神が居ないからって言うけどな、てめぇはどうなんだよ! じいちゃんの息子のくせに霊感ゼロのてめぇは! 俺が母さんを殺したならあんただって同罪だ!」
「‥‥ちがっ‥‥私は、殺して、ない‥‥」
「もう無理に生きろとは言わない。母さんの所に行きたいなら行って良いよ。さよなら、父さん。悪魔ロズウェル!お前はそこに根ざせ! 我は未来永劫解き放たれぬ闇の檻を築かん! 世の全ての理において神無が命ず!さっさと消えろ!!」
神無の体から溢れた光が悪魔を男の体から追い出し、男の体をも突き抜けていく。
――神、無‥‥――
男がそう言ったようだった。けれど男の表情は穂には見えなかった。神無には、見えたのかもしれない。が、神無はその場に力なく座り込む。同じように力を失った男の体も床に倒れた。穂は神無の首にお守りをかけなおしてやって後ろから抱きしめた。
「父さんのせいじゃない‥‥。神様を宿せなかったのは、父さんが悪いからじゃないよ‥‥。俺が神様を宿してれば、父さんが居ない間に出会ってれば、父さんも母さんも救えたのに‥‥」
「でも、そう言ってやらなければ彼は君に責任を押し付けて、ずっと逃げ続けただろう。良く言えたね、神無。それに、君が神を宿していないのだって、君のせいじゃないよ神無」
「‥‥俺の神様になってよ‥‥カノウ。ううん、『叶 様』」(
「!!」
「じいちゃんの神様と同じだって、初めて会った時から知ってたよ。憤死して、御霊神 として納められたんだろ? 人間の頃の名は失ってて、皆は叶様って呼んでた。俺と『同じ』巫を失って、現世を漂いながらずっと器を探してた。そして、今の器に閉じ込められた‥‥。俺ならその器も封印も破ってあげられる。だから俺と居て!叶様。俺が器になる、俺が巫になるよ‥‥」(
「‥‥まったく、この目はそんなとこまでお見通しなのかい? 嬉しいけど、ごめんね、神無。君の『神様』には成れないよ」
否定して、自分を受け入れようと開かれた社も無理矢理閉ざして穂は神無の力に封を施す。けれど体では優しくその小さな体を抱きしめた。なんで‥‥? と問い掛ける声は涙に掠れている。それでも、穂は神無を拒絶し続けた。
「なんで!? 無理矢理神生 穂の体に押し込まれたんだろ!? もうほんとの穂の魂は死んじゃってるのに! 体を維持するだけで大変なのに! 何でそうまでして穂を演じ続けるの‥‥? そんなに俺が嫌い? 神無月に生まれた器なんて、気味悪くて入れない!?」
「違うよ、神無。神無の事大好きだよ?僕は。君の目になら、耳になら聴こえただろ? 小さな、穂の願い」
「‥‥お父さんとお母さんを泣かせないで、隠岐の弟を二度も殺させないで、僕の代わりに、僕として、生きて‥‥?」
「そう、だから僕は神生 穂としての生を捨てられない。どんなに大変でも」
「でも、半分違うよ‥‥。小夜子さんが好きだからだろ‥‥?」
「! ‥‥うん。彼女は殺してしまった僕の巫。彼が生きろと言って自分の輪廻を渡る力まで僕にくれたから、僕は生きられた。彼女は彼がようやく生まれ変わった姿。それにね、僕は幼い頃、多分彼女は覚えていないけど、彼女にも言われたんだ。『生きて』って。僕は彼と彼女に二度も救われた。だから生きたい。穂の願いを叶える為にも。そして、もしかして今度こそ人として死ねるかもしれないと、思ってる‥‥。
それでも良いと思ってる。借り物の器ごと終わっても。だから、ごめんね、と神無の頭に顔を埋めた。まだ泣き続けている神無が、きゅっと唇を縛って嗚咽を漏らすまいとしている姿が脳裏に伝わってきた。半分認められなくて、受け入れられなかった事が悔しい泣き顔。そして、半分認めてくれて、諦めようとしてくれている泣き顔‥‥。
「だから、君の本当の神様が現れるまで君の力を完全に封印してあげるね。嫌な物を見ないように、嫌な者に関わらないように。目を閉じて。この金目と一緒に、君の力も眠らせてあげよう」
「力を忘れても、叶様の事忘れないからね。他の神様が現れるまで、俺が叶様が生きる糧に成る。もし、現れても叶様の事‥‥」
「‥‥おやすみ、神無」
顎に手をかけ、閉じた金目の瞼に軽く唇を付ける。神無の体がすぐに力なく折れた。封印と供に眠らせた瞼は上がらない。
――悪いけど、叶 の記憶も頂いたよ、神無。君と出会う神様は一人でいい。いつか、君の内に宿ってくれる本当の神様、だけでね。今は、おやすみ、その日がくるまで‥‥――(
夢の中をずっと彷徨っていた。母さんの声と父さんの声がして、知らない男の子の声を聴いた。もう行きな、と誰かが言って、目が覚めた。
「った‥‥。あれ‥‥? 何この包帯‥‥。なんで俺ミイラ化してんの?」
「気が付いた?神無ちゃん」
「あ、小夜子さん。無事だったんだ、良かった」
「お前、親父に殺されかかってたとこ穂が助けてくれたんだぞ?」
「馨ちゃん、何もそんな事‥‥」
「へーきだよ、小夜子さん。ありがと。んで?殺人鬼の親父はどうしたの?」
「警察病院だよ。精神病の疑いが濃厚。君への虐待と殺人未遂と小夜子さんの誘拐・監禁、それに二件の殺人事件は書類送検になりそうだ。入院は免れないし、おそらく一生退院も出来ないけどだろうけどね」
そう、生きてたんだ‥‥と呟く神無には何の表情も浮かばない。苛めのネタが増えそうだな、と馨にからかわれても「やられたらやり返す!」と強気に返している。記憶操作はうまくいっているらしい。
「!隠岐さんは!?」
「此処に。医者にどういう折り方をしたんだと首を傾げられたよ。二ヶ月はギブス生活だそうだ」
「逃げろって言ったのに‥‥隠岐さんの馬鹿!!」
「! ‥‥悪い。けれど、君に弟の姿が重なって、手を出さずにはいられなかった‥‥」
「それが馬鹿だっての! 馬鹿馬鹿馬鹿! もう、実 君は怒ってないよ。ううん、最初から怒ってない。ずっと、『お兄ちゃんありがと、守ってくれてありがと』ってそれだけ繰り返してた。だから隠岐さんもう自分を許してあげて。隠岐さんの事責めてるのは隠岐さん自身だけだよ。今回は腕一本ですんだけど、その思いはこの先絶対命取りになる。隠岐さんが死んだら、哀しむ人がいるんだよ?」(
弟の名さえ、神無には分かっていたのだ。幼い頃の穂も同じ『みのる』の言葉を口にした事があった。その時は幼い自分には信じられなくて、許せなくて‥‥。でも、今なら、許してあげられる‥‥。自分も、母親も‥‥。
「分かった。少しずつになるだろうが、自分を変えていくよ」
「‥‥うん」
「さぁ神無ちゃんはもう少し休んで。後で警察の事情聴取があるから、ね? 隠岐さんはこの後診察ですよね?」
「うん。たまには僕が保護者代理してあげるよ♪隠岐♪」
「じゃあまた後でな、神無」
「うん。あ、馨だけ残って、話あるから」
――馨、これからなんだけどさ。うん‥‥。俺、学校の寮入ってもいい?――
――だって馨んとこの叔父貴苦手なんだもん‥‥家も。寮ならさ、友達もいるし寝坊だってできるし。平気だって!ちゃんと土、日と休みは戻るから――
――教育費はばっちり払ってもらうからさ! よろしくな!叔父貴に!――
「――って結局学校の寮に入っちゃったそうです、神無ちゃん」
教育費はしっかりもらう辺り馨クンのはとこ‥‥と心の中で相槌を打ちつつ、穂は体ではうんうんと頷いて見せた。でも、すごいですよね‥‥と呟いて小夜子は抱えていたバックを持ち直した。
「まだ十歳なんですよ? なのに、そんな風に自分の道を決められるなんて‥‥」
「強い子、ですよね、神無は‥‥。とても僕には真似できないですよ‥‥」
「自立は出来てませんからね、穂様は」
「うわっ! それは実質無収入の僕に対する嫌味かい!?隠岐!!」
「そう聞こえなかったのなら残念です」
変わらぬ二人のやり取りに小夜子は傍らでくすくすと笑い声を上げた。穂が顔を赤らめて頭を掻き乱すが、隠岐はまったく進展のない二人を見やって少しだけ肩を竦めた。小学校の校門の前に辿り付くとあ、と小夜子が声をあげた。
「校門の所で待っててくれって馨ちゃんが言ってました。中まで入って連れて来るって」
「(何故に中まで迎えに行く必要が‥‥?)まぁ馨クンなら顔も知られてるみたいですし、ねぇ? なんか神無が問題起こして呼ばれたとか言ってたし」
「あら? 私この前神無ちゃんに電話した時、苛められっ子だったと聞きましたけど?」
「えー!?あの神無が!? 明らかに苛めっ子タイプだと思うんですけど‥‥」
「穂様、それはあんまりでは‥‥。でも、確かに昔から泣き虫だったとは言っていましたよ。それに、あの容姿は同年代の子供からすれば物珍しいでしょう」
「うん、まぁね。僕もちょい日本人離れしてるから昔は苦労したさ‥‥」
不意に離せー!! という絶叫が肯定から響いてきた。その声は神無だ。見ると案の定、馨が神無らしき物を肩に抱えて校庭を歩いてくる。こちらからは剥き出しの足しか見えない。衣替えはまだだというのに半ズボンの制服なのか? と穂は思いながらばたばたせわしく動く足を見やる。
「離せ!下ろせ! 着替えてくるって言ってんだろ!馨! 下ろさねぇと変質者に攫われるって叫んでやるぞ!」
「誰が変質者だ! 安心しろ、俺がこの学校の卒業生兼お前の保護者代理だってこたぁみんな知ってる。あんまり暴れっと中見えるぞ?」
「!」
「おうおう、すっかり色気付いちまって。どうしたんだろうな〜?お子ちゃま。お前のなんか見て喜ぶのは変態とませガキくらいだってーの」
「なっ‥‥失礼な奴ー!! これでも一応ファンクラブだってあんだぞ! 大体この制服嫌いなんだよ!俺は!」
「よぉ、穂。隠岐と小夜も、もう着いてたんだな。ほれ、お望み通り下ろしてやるぜ」
一転して今度は下ろすなー! とわめきながら馨の上着を掴むがあっさりと馨は神無を下ろし、くるっと半回転させて後ろから抑えられる。深緑のブレザー、白いブラウスに胸元の大きなリボン、オレンジと深緑のチェック柄のスカートと私立らしいなかなか可愛らしい制服だ。叫び過ぎたのか顔を赤くしながら神無はスカートの上から太股を押さえる。
「あら♪可愛いわ♪神無ちゃん。良く似合ってるわよ♪その制服。どうして嫌いなの?」
「だって‥‥でっかいリボンついてるし‥‥スカートだし‥‥。男子の制服の方がいいよ、ネクタイとパンツだもん。だから着替えてくるって言ったのに‥‥」
「いいだろ、好評のようだし? 穂、隠岐、どうだ? 神無の初スカートの感想♪」
「‥‥そういうサービスは嬉しくないな‥‥。可愛いけどさ〜普通の女の子よりよっぽど。でも僕、女装した男のコには興味ないし。前の方がいいよね?隠岐? ってお兄さんすでに固まっちゃってるしね?」
「はっ?」
穂の言葉に逆に馨は固まり、小夜子は穂さん‥‥? と首を傾げる。え?変な事言いました!? と小夜子におろおろと問い掛けていると、ふるふると肩を震わせていた神無がおもむろに手を振り上げた。え!?何!? と穂が身を引くと爆笑しながら馨が神無の手を押さえる。
「やめろ、神無。んな事してっと余計男みたいだろ?」
「笑うな!馨!! 穂の馬鹿!俺は女だ!」
「へ‥‥? 女の子‥‥? えー!?嘘だろ!? どの辺が!?」
「どっからどう見たって女じゃないか!失礼な奴!」
「どっからどう見て‥‥女の子に見えた?隠岐」
「‥‥。‥‥。‥‥すまん、神無君‥‥私も男の子だと‥‥。口調と作務衣でてっきり‥‥」
さらに文句を言おうと口を開きかけていた神無は隠岐の駄目押しに反論の言葉を失う。『俺』に『作務衣』じゃねぇ‥‥と笑う穂にはしっかりと足を伸ばして蹴りを入れつつ、神無は反論の気力を取り戻したらしい。
「うるさいな! 口調は馨譲りだよ! 作務衣はじいちゃん子だからだ!」
「ちなみに俺は譲った覚えまるでなし。勝手にお前が真似したんだろ?」
「あはは♪ごめんごめん♪。此処まで言われると冗談でした♪ってオチじゃなさそうだな♪。でもねぇ?髪長けりゃまだ女の子だと思ったかもしれないけど‥‥。その髪型じゃびみょーな所だよね?」
「むっか〜!! 散々人の事男呼ばわりした挙句に人が一番気にしてる事まで言うか!? 穂さいってー!!」
「神無ちゃん‥‥? 穂さんも悪気があったわけじゃないと思うの。だから、ね?」
「神無、昔髪なっがーかったんだぜ? 小夜、俺のバックからアルバム取ってくれ。写真屋で貰ったおまけの奴」
うわっ!持ってるのか!? と神無が馨を振り払おうと暴れるが小夜子が馨の背負ったバックからアルバムを取り出すのが先。えっと‥‥とおっとり呟きながら小夜子はアルバムを開き、あらと歓声を上げた。
「随分長かったのね。すごく可愛いわ♪神無ちゃん♪」
「馨もさいてー! 何で今日持ってくるんだよ!」
「うるせー! 友達の分も焼き増して来いって言ったのお前だろ?」
「そうだけど何も今日じゃなくてもいいだろー?」
「穂さんと隠岐さんもどうぞ♪」
「どうぞじゃないよ! 小夜子さーん!」
神無の嘆きは聞かずに穂は小夜子の差し出す写真を見る。肩越しに隠岐も覗き込んでいるのが分かる。四枚の写真のうち、一枚は神無の家である神社で撮ったものだ。あの作務衣に縛ってもいない髪を腰の辺りまで流している。残りの三枚は友達らしい二人と映っていて、自分で結ったのか結ってもらったのか二つに分けた髪を三つ編みにして両脇で留めている。ちょっとチャイナチックな髪型だ。
「ふわぁ‥‥確かに女の子‥‥」
「穂様‥‥その言い方はあんまりでは‥‥」
「何で切っちゃったの? 勿体無いなぁ」
「切ったんじゃねぇよ!切られたの!」
「はっ?」
「四年の三学期にもう卒業したんだがちょい問題児の六年がいてな。五、六人で絡んできて、そいつらがふざけて横髪ばっさり切りやがったんだよ。んで、一応今までは武術の事は隠してたんだが、ぶち切れて全員病院送り。でもそいつらに泣かされてた奴は多くてな。一転、英雄扱いだ」
それが病院送り事件か‥‥と穂がため息をつくと、だって‥‥と俯いた神無が小声で呟く。だって? と小夜子が優しく問うと許せなかったんだ‥‥と神無はさらに小さくなった声で続けた。
「先生も師匠も怒ったけど、でも許せなかったんだ。殴っても殴っても許せなかった‥‥。俺の髪、俺は結べないからやだったけど、母さんが毎朝梳かして結んでくれた。母さんが触れて、撫でてくれた髪なんだ‥‥。それをあいつら‥‥」
「神無ちゃん、髪は、またいつか伸びるわよ? 伸びて伸びて、いつかは切らなきゃいけないのよ? 殴ってもその子達を許せなかったのは、本当は神無ちゃんが殴りたくなかったからよ。もう許してあげよう? それから、また髪を伸ばして、今度は私に結ばせてね? 私妹はいないから、そういうのとっても憧れてたの♪」
「うん! 絶対約束ね!小夜子さん! 俺髪伸ばすから‥‥」
――面倒でも、結べなくてもまた前のように‥‥。ううん、今度は自分でも結べるようになろう。もう、母さんはいないんだから‥‥――
抱きつく神無を受け止め、小夜子は優しく髪を撫でる。力を失っても、彼女は『彼』と少しも変わらない。優しく、全てを許してくれる。そしてそれを本人は自覚していないんだ、と呟いて穂はふっと笑った。
「そう、穂に男って言われないくらいにね!!」
「うわっ!まだ根に持ってるの!? 髪より何より先にその口調何とかしなよ‥‥。それにえーと、ほら、僕だけじゃなくて隠岐だって男の子だと思ってたじゃん!?」
「隠岐さんはいーの! だって穂は俺のこと男だと思ってたのにあんな事したんだろ!? 変態!」
「あんな事?変態‥‥?」
「あー。神無、お前の言ってるそれは俺もやられたぞ? でも全然その気はないから安心しろ。(自称)帰国子女なんだとさ。だいたいお前相手にその気になる男なんていねぇっての」
「ちょ‥‥馨クンまで‥‥。隠岐(と小夜子さん!)が誤解するだろ!? あ、別になんでもないからね!隠岐! あ‥‥れ?‥‥。神無、君なんで覚えて‥‥。それにいつの間に僕の事『穂』って?‥‥」
不思議そうに穂が視線を向けると膨れていた神無がにっと笑みを浮かべる。やっと気付いた?とでも言いたげに。いつの間にか馨は押さえていた手を離し、首を傾げている隠岐をごまかして――いや、多分そんな善意的なものではなく、余計に誤解させて楽しんで――いる。神無はそれには見向きもせず、ぐっと穂の胸倉を掴んだ。殴られる!? と警戒しつつも穂は神無の方に引っ張り寄せられた。そして、殴られる代わりに唇を重ねられる。
「か‥‥神無ちゃん!? 穂さん!?」
「か‥‥か‥‥神無!?(小夜子さんとだってまだしてないのに!? しかも小夜子さんの目の前で!? うわー!!僕ってばロリコンの烙印を押されちゃったのか!? 立ち直れない‥‥)」
「‥‥この前の仕返し♪。大丈夫♪俺初めてじゃないから責任は取らなくていーよ♪」
「そうだよ‥‥知り合いの結婚式で『カムナもー!!』って俺のファーストキス奪ったのはてめぇだったな‥‥」
「いーじゃん別に? 男同士じゃないし、可愛い〜♪はとこなんだから♪。あ、馨も責任取んないでいいからね? ってーか俺からお断り」
「俺だってお前なんかお断りだ!! 大体自分で言うか!? その当時はまだ擦れてない可愛いかもしれない六歳児だったが、今じゃ山猿だろ!」
あ、ひっでーと馨から逃げて来た神無はぱふっと穂に飛びつく。ほへ?と穂が間の抜けた声をあげると『俺絶対十年後美人になるから振った事後悔すんなよ?』と笑いながら言ってくる。
「えっと‥‥神無? 僕がいつ君の事振ったって?」
「男だと思ってた時点で振ってるっての。それに‥‥俺諦めないから、叶様?」
「!!」
「俺、言ったよ? 『忘れない』ってさ‥‥」
「君‥‥全部覚えて‥‥」
「なんの事? あれから右目、よく見えないんだよね?」
あらあら、大丈夫?と何も知らない小夜子が神無の金目を覗く。大した事ないからへーき♪と笑いかける神無はさっきのしたたかさは何処へやら、無邪気な笑顔だ。やられた‥‥そう呟いて空を仰ぐ穂に隠岐と馨がただ、わけが分からない?と言う顔を向けていた。
Fin