恋愛 課外 授業
 チャイムの音がHRの終了を告げる。担任が宿題をやってくるよう念を押し、起立して別れの挨拶を促した。ぺこり、と頭を下げて戻すと『ふわぁー』とあくびをして少女は両腕を上げて伸びをした。

「太刀守、はしたないぞ」
「げっ‥‥見てたの?まっちゃんせんせー‥‥。だって今日体育なかったから退屈で‥‥」
「宿題だけは忘れるなよ」
「ふわーい」
「さよならっ!先生」
「おう、気を付けてな」

気の抜けた返事に苦笑した男性教師は他の生徒の挨拶に応え、教室を出て行った。太刀守と呼ばれた少女、神無もすでに荷物を詰めた鞄を机から持ち上げて背負った。そこにさっと駆け寄って来る二人の少女。

「あくびするなら手で口塞ぎなさいっていつも言ってるでしょ、神無」
「はーい、ごめんなさい希紀(まき)サマ。以後気を付けまーす」
「わざとらしいわね‥‥まったく」
「神無ちゃんも今日はおうち帰るでしょ? 希紀ちゃん一緒に帰ろう♪」
「あ、そっか、金曜だったわ‥‥。そうしましょ、桃笑(もえ)。神無は?」
「帰るよ〜道場寄ってから。あ、そうだ、ノート買わないと宿題できないや‥‥。購買寄っていい?」

いいよ、と旧友二人の同意を得て神無は机の脇にかけたトートバック――中には胴着が入っている――を取り、クラスメイトに別れの挨拶をしながら教室を出た。その左右に並ぶのは背の低い方が藤枝(ふじえだ) 桃笑、同じ位の、けれど髪型と体格の差でそれよりもすらっと見えるのが日下(くさか) 希紀。二人共幼等部以来の神無の親友だ。くりくりっとした天然の栗色巻き毛、それにほんわかした笑顔が可愛い桃笑は中身もほんわかおっとり。ショートカットで少しきりっとした顔立ちをしている希紀は外見通り、中身も少しクールなしっかり者。それにジャーマンクォータで運動神経と喧嘩が抜群の神無が加わるとかなり人目を引く。何かと言うと神無が目立つが、実は三人が三人とも男子生徒を三分させる人気者なのだ。まぁ、神無には男子生徒よりも女子生徒のファンの方が多いらしいが。

「体育以外はやる気なさげなくせに‥‥、どうして成績もそこそこいいのかしら?あんたって。一生懸命やってるこっちとしてはちょっと悔しいわ」
「やる事はちゃんとやってるの〜、あたしは。希紀こそ少しは力抜いたら? 別に受験があるわけじゃないし、成績悪くて進学できないわけじゃないし。常に上位キープする必要ないと思うけど?」
「私は奨学生狙ってるの。二人と違ってうちは普通のサラリーマンだし、弟も入ってきたしね」
「うちだってそんなに変わらないけど‥‥でも一人っ子だものね〜。だけど二人共要領いいから、要領悪い私としては困っちゃう‥‥」
「桃笑はそのままでいいの、要領悪くなんか無いって。ただちょっと理数苦手なだけ? でもそんなの人それぞれじゃん? うちだって別にさ、居候の身としてはこの馬鹿高い私立でいいのかとは思うけど‥‥。スポーツ奨学生制度があってもいいのに‥‥。そこまで勉強する気力がない‥‥」
「いいじゃない、卒業してから叔父さんに返せば?神無は。桃笑は普通のサラリーマン家と比較しないように」

『え〜?』と桃笑は不満げな声を上げるが、桃笑の家は父は華道の家元、母は茶道の家元と名のある旧家なのだ。希紀の父は普通のサラリーマン。神無は現在父の従兄にあたる叔父の家で世話になっている身である。話しながら一階に辿りついた三人は昇降口脇にある購買部の小さな部屋に入った。簡単な学用品を売る購買部では定価の二割引きで学用品が買える。だからといって今日は込み過ぎだ‥‥と思ってレジカウンターを振り返ると『大抽選会』と紅白の幕をバックに書かれた垂れ幕がかかっている。

「‥‥何あれ? うちの購買部あんな馬鹿な事毎年やってるっけ?」
「馬鹿な事‥‥神無ちゃんひどい‥‥。購買に入ってる業者さんが変わったって聞いたけど、それでじゃない? 何が当たるのかな♪」
「どうせノートとか消しゴムとかじゃないの? 興味なーい」
「え〜? 希紀ちゃん、景品見にいこ♪」
「あー、はいはい‥‥」

神無に振られたので桃笑は希紀を巻き込んで人込みのレジに近付く。ガラガラと回して玉の出る物ではなく、三角くじを引くタイプのようだ。神無は我関せず、ノート売り場に行って今愛用のノートか、それとももっと枚数の多い新しい物に変えるか真剣に悩む。結局両方買ってみる事にしてレジ待ちの列に並ぶと桃笑と希紀が連れ立って戻って来た。

「神無ちゃん♪一等がね、TDLのペアチケット二組分だって♪」
「あー、みんなそれ目当てに並んでるんだ〜。って一等がそうそう出るかっての‥‥」
「ちなみに二等が文具券五千円分、三等が図書カード三千円分、四等がノート一束ではずれはM○N○消しゴムよ」
「やっぱりノートと消しゴムはお約束かっ!」
「絶対一等がいいなぁ‥‥。当てて♪当てて♪」
「あと一人分はどうすんのさ‥‥」

この時購買にいた男子生徒全員がこの会話に耳をすませて目を光らせ、近場にあった適当な品を掴んでレジ待ちの列にぞろぞろと並んだが、三人は気付いていない。レジ待ちの多くが友人の付き添いだったらしく、すぐに神無の番が回って来てノートをレジカウンターに置く。確かに、前はおばさんだったが、少し若いお兄さんに代わった店員が金額を示し、財布から小銭を出した神無にレシートと三角くじの入った箱をどうぞ、と差し出す。

「一等!一等!」
「無理だっての、桃笑。じゃあこれで」
「お預かりしますね」

店員にくじを渡し、レシートを財布にしまうと神無はくじを引いている間に袋に入れてもらったノートを取り、鞄に入れてくれ、と希紀に差し出す。希紀が神無の背中の鞄にそれを入れているとくじを開いた店員が『はい、特等出ました!』と取っ手のついた鐘を手にして気前良く鳴らす。

「‥‥へっ?」
「特等なんてあった!?」
「あ、良く見たら一番下に書いてあった‥‥」
「特等はS水族館の親子チケットです、どうぞ」
「はぁ‥‥どうも‥‥」

ざわざわ、と店内が一気に騒がしくなるが、神無はわけが分からず封筒を受け取った。『保護者の方と行って下さいね、ありがとうございました』と笑顔のお兄さんに送り出され、三人は呆然としたまま購買を出て昇降口に向かって歩いていく。

「‥‥すっごいっ!神無ちゃん! S水族館だって!」
「親子チケットか‥‥。子供三人分と同じ値段なんだから大人用チケットで子供二人入れてくれないかな‥‥」
「せっかく当たったんだから保護者と行きなさいよ‥‥。叔父さんとか馨さんとか‥‥」
「叔父貴が家族サービスで水族館に行くなんて、天変地異の前触れだよ‥‥。もし実現したら馨が笑死するね、間違いなく。馨と行ってもな‥‥。馨のデートしたくないスポット第一位動物園、第二位水族館、第三位映画館なんだぜ?知ってた?」
「知らなーい! 動物園は分かるけど水族館と映画館はどうして?」

『正解、暗くて眠くなるから』と神無は答えながら上履きから靴に履き替え、校庭に向かって歩き出す。『あー、なるほど』と馨を知る二人が揃って同意を示し、神無を小走りに追いかけて並ぶ。今度は桃笑が真中になった。希紀は真中になるのが嫌いらしく、常に外側を取る。

「じゃあ大人券で子供二人? でもS水族館じゃ‥‥やっぱり保護者がいないとダメじゃない? 車はないし、電車でも結構かかるわよ?」
「ダメよ!希紀ちゃん! 此処はやっぱり穂さんと行かなきゃ♪神無ちゃん♪。初デートで水族館なんて素敵じゃない♪」
「あー♪その手があった♪。穂か〜♪」
「ちょっと桃笑‥‥、神無も‥‥。穂さんだって大人なんだから、子守りしてる暇なんてないでしょ? それに穂さんてあの小夜子さんと恋人同士なんでしょ?」
「穂はいつでも暇だ、あの事務所開店休業状態だもん。知り合って五ヶ月になるけどあれ以来穂が仕事したって話聞かないし。それに小夜子さんとは恋人未満、付き合ってるかどうかも怪しいよ? 穂はその気だけど、小夜子さん絶対気付いてないから」

『確かに‥‥』と希紀と桃笑は心の中で同意した。二人は穂にはまだ会った事がないが、小夜子には二、三度会っている。桃笑よりもおっとりした――時にとぼけた――性格の小夜子は異性としての好意を感じ取っていない節がある。

「だからって邪魔する気もないけどさ‥‥あたしと穂が水族館行った所でどーなる関係でもないよ? 暇だったら一緒にいこー♪。じゃ予定変更して事務所寄ってから道場行こう♪。先行くね!二人共」
「ばいばい♪、気をつけて神無ちゃん」
「あんまり迷惑かけないのよ」
「分かってるって!」
「‥‥もう、振られたってのに、諦め悪い子ね、まったく」
「それだけ一途って事じゃない? 神無ちゃんらしくていいと思うけどな〜。それに小夜子さんとの仲裂いて取っちゃえ! ってつもりじゃないんだから、潔いと思うよ」

だからって後で傷付くのは自分じゃない‥‥。と希紀が呟くが聞こえなかったのか桃笑が隣で首を傾げる。なんでもない、と希紀は取り消すように手を振り、帰ろう、と桃笑を促した。


 「ってわけだから一緒に行って♪」

事務所に顔を出した神無はもはや『行かない?』と誘う語尾ではなく、ねだる、と言うかほぼ強制の語尾を発した。事務机に向かって羊羹を食べていた――隣にちゃっかり馨もいて、やはり羊羹を頬張っている――穂が『うーん‥‥』と微妙な言葉で返事を濁す。

「明日?」
「じゃなくても別にいいけど‥‥うん、期限は今月いっぱいみたい」
「馨君じゃダメ?」
「パスっ! 水族館嫌い、ってーかなんで俺が神無と行かなきゃなんねーんだよ。あ、神無、今日家帰ってくんだろ? 俺、今晩別に泊まるから鍵閉めとけ」
「りょーかーいっ。嫌なら嫌ではっきり言ってよ、穂。交渉して大人券で希紀と桃笑入れてもらうから」
「嫌なわけじゃなくてね‥‥。明日小夜子さんと横浜のH水族館行くんだ」

ちょっと苦笑半分に穂が言う脇で馨が『やっとの思いで自分から誘ったらしいぞー』と茶々を入れる。じゃあ仕方ないか‥‥と少し落胆しながら神無はチケットを見つめ、封筒に戻す。神無の落ち込みに気付いたのか穂が慌てて『あ、でも‥‥』と声をかけてくる。

「水族館行きたいなら一緒に行く? 隠岐に乗せてってもらうつもりだからさ‥‥」
「‥‥」
「‥‥?」

顔を上げてにこっと笑ったまま何も言わない神無に穂は不穏な空気を察して冷や汗を浮かべ、首を傾げる。そのまましばらくの沈黙が続き、馨が耐えかねて『おい‥‥』と神無にか、それとも穂にか声をかけると神無は笑顔を少しも崩さず返事を返した。

「行かない♪。道場遅れるからもう帰る♪」
「そう? ごめんね?今度絶対行くから‥‥」
「もう絶対行かない♪」
「‥‥」

くるっと身を翻して神無は事務所を出て行く。神無の分の羊羹とお茶を持って事務机の方に向かって歩いて来ていた隠岐が、微妙な顔をしてその後姿を見送った。

「神無‥‥笑ってたよね‥‥?馨君‥‥」
「馬鹿穂‥‥。知らねーぞ?あれ本気で怒ったからな‥‥。ああ、今日は道場で怪我人が出る‥‥」
「‥‥あれじゃあ私に神無君を任せて早藤さんと二人で行く、と言ったと取られても仕方ありませんよ、穂様」
「え!? 僕そういうつもりじゃなかったんだけど‥‥」
「大体デートに子供やら保護者連れてくか? だから鈍い小夜がいっそう気付かねーんだよ。せっかく自分から誘ったんだから隠岐抜きで行けっ!」
「‥‥何故だろう、今日は太刀守君と気が合ってしまった、不覚だ」

『何気に失礼だな?お前』と馨が見上げると『君ほどではないつもりだ』と隠岐が減らず口を返す。馨君と知り合ってから隠岐が逞しくなって(歪んで?)きてる気がする‥‥と思いながら穂はうーん、と悩みのポーズ。

「でも僕車の免許持ってない‥‥ってーか取らせて貰えないし‥‥」
「あほっ! ほんとに箱入りだな!お前は! 移動イコール車じゃないだろっ! H水族館なら電車で行けるだろうがっ! ‥‥電車乗った事ないとか言うなよな‥‥」
「さすがにあるよ‥‥、二、三度」
「それでも二、三度かっ! ああ、もうダメだ‥‥面倒見きれねぇ‥‥。隠岐、返す。乗り継ぎと時刻調べてやれ‥‥」

それは構わないが‥‥と隠岐は八つ当たりされたらしく、締まり切っていない事務所のドアを見ながら呟いた。ああ‥‥と馨がため息を漏らし、あはは‥‥と穂も力無く笑う。

「神無君はどうするつもりで?」
「道場終わった頃に電話入れて謝ります‥‥」
「いや〜、あの状態だと着信拒否ぐらいするぞ‥‥? あいつ手が出ない時はマジ切れしてるからな‥‥。ったく世話焼かすぜ‥‥どいつもこいつも‥‥。俺がフォロー入れといてやるよ、明日だけどな」
「お願いします‥‥面目無い‥‥」


 翌朝、不覚ながら学校に行く日と同じ朝七時に目を覚ましてしまった神無は電源を切っていた携帯電話を取りだし、電源を入れてメールを開く。電話もメールも着信拒否しておいたので穂から、それに馨からの連絡も入っていない。新規メールを開き、桃笑と希紀にささっとメールを入れるとパジャマ代わりの作務衣のままもそもそとベッドを出て、階下に下りていく。キッチンへ入っていくと家政婦の芳江という五十代のおばさんが朝の挨拶をしてくる。

「‥‥おはよー、芳江さん」
「まだ早いですけど、もう起きられます?お嬢様」
「‥‥うん」
「じゃあお席で待っていて下さいな」

別にこの家のお嬢様ではないが、昔遊びに来ていた頃から芳江はその呼び方をやめないので神無は半分諦めていた。ダイニングに入るとかさ、と紙ずれの音がする。新聞に隠れて顔は見えないが、馨は新聞を読まないし、神無もテレビ欄くらいしかチェックしないので残るは一人だ。

「あれ? おはよー、お帰り、叔父貴」
「‥‥おはよう」

かさ、と新聞をよけ、神無を確認して叔父が挨拶を返す。『お帰り』に、『ただいま』が無かったのはこれからすぐ出かけるからだろう。『馨は?』と珍しく叔父が息子の事を尋ねるのをちょっと良い傾向‥‥と思いながら神無は叔父の斜め前の席に座り、答えた。

「うん、どっか泊まるって昨日言ってた。友達の所じゃない?」
「‥‥そうか」
「あ‥‥叔父貴さ、今月休みとかない?」
「何故?‥‥」

意外そうな顔が新聞から目を離して神無を見る。多分他人から見たらいつもと変わらぬ無表情だが、最近なんとなく叔父の微妙な表情の変化が分かるようになってきた神無にはすぐに分かる。

「昨日学校の購買部でね、水族館の親子ペアチケットが当たったの。期限が今月いっぱいなんだ」
「‥‥すまないが、今月は‥‥。馨は?」
「そ、じゃあいいや‥‥。馨は水族館嫌いなんだよ、暗いと眠くなるって言ってた」
「‥‥」

黙って少し顔を逸らす叔父は、何か別に思い当たる事がありそうだったが、突っ込んで聞こうとした所に芳江がご飯と味噌汁、それに焼き魚がのったトレイを運んで来て目の前に置いた。

「あ、ありがとう」
「いえ。それより旦那様、お嬢様をお買い物にでも連れて行って差し上げて下さいな‥‥」
「何か?」
「何かじゃありませんよ! 放っておくと夏場は甚平、それ以外は作務衣しか着ていないんですよ! 部屋着じゃありませんからね? それでお出かけになったりするんですから」
「だけじゃないもん‥‥」
「あとは小夜子さんという綺麗なお嬢さんが、一緒に買い物に行って選んで下さった物だけでしょう? 日下さんや藤枝さんのお嬢さんはあんなに可愛らしいのに、恥ずかしくありませんの?お嬢様」

『別に恥ずかしくな‥‥』と言いかけると『お黙りなさいっ!』と叱られたので神無は大人しく引き下がって箸を取った。散々言われてる事だが、神無や馨に言っても埒があかないと判断されたようだ。神無と叔父が揃う機会などめったに無いし。叔父が何の反応もしないでくれる事を願って神無は食事に逃げた。

「‥‥銀行預金が足りないなら遠慮無く言いなさい、神無」
「違います!旦那様! むしろ減らないくらいで‥‥。こんなに愛らしいのにご自分の外見に無関心なんて‥‥私哀しいですわ、お嬢様」
「芳江さんが買い物に連れて行くとか‥‥」
「私じゃ今の若い方のお洋服は分かりませんわ‥‥。旦那様は茜音お嬢様が生きてらしたら一緒にお買い物したかったとかお思いになりませんの? せっかくお嬢様がいらして下さったのに‥‥」

太刀守家の家政婦にして亡き祖母代理の芳江には叔父も頭が上がらないらしい。珍しくやり込められている叔父を見ながら『がんばってっ!叔父貴!』と心の中で神無は応援している。しかし、『まぁ確かに‥‥』と呟く叔父はちょっと芳江に流され気味だ。

「作務衣と制服しか見た事がないとは思っていたが、それしか着ないとは思わなかった」
「そうでしょう! もう小学五年生なんですから!いつまでもそればっかりでは‥‥」
「伯父貴との二人暮しが長かったからな、神無は。今日は付き合えないが、これで気に入った服を買って来なさい」
珍しく保護者っぽい事を言って――いや、保護者なのだが‥‥――叔父は財布を取りだし、神無の前に紙幣を置いた。計十枚、千円札なのかと思いきや‥‥全部一万円札だ。
「!!!? 叔父貴! 小学生のお小遣いに十万円も出す親が何処にいるのさっ!?」
「? 一着じゃなくて何着か買えばこの位は‥‥」
「いくかっ! ブランド物じゃないんだから!」
「じゃあ半分で。桃笑君や希紀君を誘って一緒に昼食でも食べて来なさい。それなら良いだろう?」
「だからって五万も‥‥。ああ、もういいです、どうもありがとう‥‥」
「来月にはなるべく休みを取れるようにしよう。‥‥水族館の件はすまないな。じゃあ芳江さん、いつも通りよろしく」

『ううん、ありがと。いってらっしゃい』と叔父を見送って神無は置きっぱなしの五万円を振り返り、はぁ‥‥とため息を漏らした。銀行預金の額も半端じゃないが、こうやって目の前に置かれると嬉しいよりも憂鬱なのは根っからの『お嬢様』じゃないからだろうか‥‥。

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