花      く  花
 眠そうだったので自分のベッドに入れてやった後も、うつらうつらと寝ないでいた少女はとうとう目を閉じて枕に横顔を埋めてしまった。妹を寝かし付ける時のように添い寝して少女の肩を叩いていた少年は手を止め、布団を少女の肩まで引き上げた。少年の真似をしていた茜音も手を止め、ベッドの逆に体を投げ出し、肘を付いた両手に顎を乗せて少女の寝顔を見守る。実際にはベッドの上には乗れないので微妙にベッドから浮いているが。

「寝ちゃったな、カムナ」

兄の声に茜音はちょっと顔を上げ、にこっと笑った。片手を顎から外し、眠っている少女のさらさらした髪を撫で、くすっと笑う。口の動きで可愛い、と言っているのが分かり、少年もくすっと笑う。

「妹が出来たみたいだな、茜音。眠くないか?」

うん! と元気いっぱいに頷く茜音に幽霊に眠いかって聞くのもな‥‥と少年は笑った。時計を見ると夜九時を過ぎていた。少女はその年の割に精一杯遊んでいたが、いい加減限界だったのだろう。少女の母を呼んでくるか少し迷い、けれどどうせ明日の葬儀にも来るだろうから、このまま自分も眠ってしまってもいいや‥‥。と考えて枕に頭を埋めようとした時、とんとん、とノックの音がした。

「! はいっ」
「ああ、やっぱりこっちにいたの?馨君。茜音ちゃんの部屋にはいなかったから」
「月雫さん」
「‥‥おばさんでいいわよ? なんだかくすぐったいわ‥‥。あら‥‥カムナ眠っちゃった? ごめんなさいね、寝かし付けてもらっちゃって」
「平気。茜音で慣れてるよ」

ありがとう、と笑う女性は、やはり『おばさん』と呼ぶには抵抗がある。父母とどれだけ年の差があるのか分からないが、子供がいるような年にはやはり見えない。

「もうすぐおじさんも上がってくるだろうから、そうしたら連れ帰るわね」
「別に、泊まってもいいけど?」
「色々な事があって疲れたでしょう? ゆっくり眠りなさい」

色々な事‥‥と思い返して馨は考え込んだ。ぐるぐると頭の中を巡ってまとまらない。けれど、ただ一つ、大きな疑問を解いておかなねば今夜は眠れそうにない。

「月雫さん‥‥じーちゃんのお兄ちゃんだっていうあの人が連れてたのは『何』? オレの力ってのが強かったら、どうするつもりだったの?」
「永人様の事? うーん、何と言ったら分かるのかしら‥‥。太刀守風に言うと『神』様ね」
「神様? 人の中にいたのに?」

「そう、永人様はお養父様の『中』にいらっしゃるわ。太刀守は代々その体の中に『お社』を持っていて、その中に『神』を宿せる一族なの。『神』というのは人ではない、強い力を持った者の総称。精霊、というのは分かるかしら? そういう自然の力が意思を持った物や、永人様のように人から御霊神となった者も、全て含んで『神』と呼んでいるわ」
「‥‥オレや、カムナもそう?」
「カムナはそう、馨君は違う。馨君のおじい様はそのお社を持ってなかった。だから馨君にもない。けれど馨君の場合は少し霊力があるわ。茜音ちゃんが見えるみたいに。ずっとこのままの霊力ならさほど問題はない。けれど霊力が強くなると妖しや凶者を呼んでしまう。だから、そうなったら永人様に助けて頂きましょう。永人様はそいういう物から人を守って下さる神様なのよ」

女性の答えに少年は少し安堵した。永人と呼ばれる存在は怖くはなかったが、もしかしたら怖いのかもしれないと思っていた。そっか、神様だったんだ‥‥と納得すると不意に別の疑問が浮かぶ。

「‥‥月雫さんは違うの?」
「私は太刀守の人間ではないわ。私はただの見鬼。人でない物を見、人と違う者を見る鬼眼の一族。私の半分は日本人だけど、半分はドイツ人なのよ」
「ドイツから来たの? 行った事ないや‥‥。どんな所?」
「そうね‥‥」
「月雫、とりあえず今日は帰ろう」
「あなた‥‥。馨君、話は後でまた‥‥。今日はカムナと遊んでくれてありがとう。茜音ちゃんもね。あなた、カムナを」
「ああ。ありがとう、馨君。また明日。おやすみ」
「うん、おやすみなさい」

父親に抱きかかえられた少女がうん‥‥とうめき、その胸に顔を埋める。少女が起きなかった事に安堵し、少年は手を振って見送った。隣では茜音が名残惜しそうに手を振っている。また明日会えるよ、そう笑って少年は茜音の頭を撫でる仕草をした。



 茜音の葬儀が済み、初七日が済んだ頃に茜音を殺した男は見つかった。二十代の若い、祖父とも祖父の会社とも関係ない、ただの通り魔だった。おもしろ半分に母を襲い、茜音が泣いて煩かったので刺した、という理不尽な動機に怒りを通り越して哀しかった。その一週間後、意識を取り戻した母は一般病棟に移った。けれど見舞いに茜音が居ない事にショックを受け、さらに茜音の死を知らされて泣きじゃくった。茜音はまだ居る、もう辛くないんだと説得しても、茜音の姿が見えない母には届かなかった。月雫や神無――葬儀の時に初めて漢字を聞いた――も見舞ってくれたが、神無を茜音と呼んだりと、母の心のバランスは徐々に崩れていった。茜音の死から一月程して母は病院を移った。心のバランスを完全に崩し、精神科専門の病院で療養する事になった。家の中が、一気に寂しくなった‥‥。

 茜音の四十九日が過ぎ、さらに半月後、小学校で年に一度ある父親参観日が来た。入学して以来四度目となるが父が参加した事は無い。いつも母が小さかった茜音を連れて見に来てくれていた。その母も茜音も居ない。父が来るはずも無い。父兄への連絡プリントは机の上に置きっぱなしで父には渡さなかった。茜音が死んでからいっそう、父と顔を合わせる機会が減ったから、渡すチャンスも無い。もう四年生だ、そんな物、出てもらわなくてもいい。事情を知っている担任か、それとも空き時間の教師が適当に父役を務めてくれるだろう。授業の開始のベルが鳴る。割り切ったつもりでも何処か憂鬱だ。この一時限が終わればもう下校だ。それだけが救いだった。

『起立』

クラス委員の号令に億劫ながら立ちあがる。『礼』と腰を曲げると制服の裾がつんっとその動きに反して突っ張った。えっ? と顔を向けると『かおるっ!』と嬉しそうに笑う神無が制服を引っ張っていた。

「‥‥神無!? なんでお前‥‥」
「どうした? 太刀守君」
「あ、すみません‥‥。神無、一人か? 月雫さんは?」
「ママ−! かおるいたー!」

場をわきまえない神無の大声に馨はおろおろと辺りを見回す。その様子にかそれとも神無にかクラスメイトがくすくす笑っている。親戚か? と担任もくすり、と笑った時、急ぎ足で神無の母、月雫が入って来た。クリームイエローのスーツにアップでまとめた髪、突然の美女出現に父親達と担任が息を呑む。

「神無! そんな大声出したら駄目でしょう!」
「でもかおる‥‥むぐっ」
「ごめんなさい、馨君‥‥」
「ううん‥‥」

どうして?と聞きかけたが月雫は神無を連れて教室の後ろにいる父親達の列にまぎれてしまう。クラスメイトの好奇の視線に赤くなりながら、担任の授業開始の合図に馨はほっとため息をついた。母の時よりも緊張する‥‥と思いながら馨が振り返ると月雫が神無の手を取って左右に振った。それに再び頬を赤くしながら、馨は前を向いてピンと背を伸ばした。

 工作の授業に月雫は父親以上に器用に参加してくれた。が、自分の腕以上にうまく出来上がった作品は神無の『お手伝い』にめちゃめちゃにされてしまった。『神無っ!』と馨が怒る様子に同じ班のクラスメイトや父親達が笑い出し、馨は不服ながら怒りをおさめた。けれど、思っていた以上に楽しくなった授業に、馨は大満足だった。授業の後に父兄の懇談会があったが、月雫は『代理だから』と資料だけを受け取り、共に帰途についた。神無に繋いだ左手とは逆の手を差し出す月雫に、少し恥ずかしさを覚えながら断る事も出来ず、馨はその手を取った。明日はクラス中から質問攻めだな‥‥と思うと少しげんなりしてきた‥‥。それにしても‥‥。

「どうして?月雫さん。今日、参観日だって‥‥」
「? いきなり来て、迷惑だったかしら?」
「いやっ! そんな事は‥‥。でも、誰にも言ってなかったのに‥‥」
「神無の時の予行練習、ってとこかしら? 机の上に置きっぱなしだったでしょう?プリント。お掃除の時にお手伝いさんが気付いて、おばあ様に渡したそうよ。今日おうちに行こうと思って電話した時に聞いたの。それで急いで出てきちゃったわ」

「がっこおもしろかった! かむなもかおると同じがっこ行く!」
「神無じゃオレが小六でやっと幼等部だよ‥‥。一緒には通えないな」

水を刺された神無が『行くのー!』と頬を膨らませる。一緒に通おう、と言った茜音を思い出し、幼等部の間だけでも一緒に通ってやってもいいかな、と馨は微笑した。

「いいわね‥‥此処に通わせようかしら‥‥。公立校だと少し遠いし‥‥」
「月雫さん。‥‥今日、ありがとう‥‥楽しかった」
「そう言ってもらえると来た甲斐があったわ。‥‥馨君、お母さんが退院するまで、私がお母さん代わりになってあげましょうか? 『妹』も居ることだし‥‥。授業参観とか運動会とか‥‥」
「い、いいよ!今日だけで! オレ小四だし、もう平気だって! ‥‥でも、今日はほんと嬉しかった、ありがと‥‥」

馨の否定に少し残念そうにした月雫がすぐに笑顔を満開にする。その笑顔が眩しくて、ずっと、ずっと心の中に焼きついていた。色鮮やかな花のような笑みが‥‥。




 携帯の着信音で馨は目を覚ました。着信の相手と時計が同時に目に入って『やべぇ‥‥寝過ごした‥‥』と時計に向かって呟く。『もしもし?』と不機嫌な声で出ると呆れた返事が返って来た。

『なに? 寝てたの〜?馨。おそよ。学校は?』
「るせー‥‥。今日だっけ?」
『そー。六時に穂ん家で夕飯だよ♪。あたし今家に向かってるから、もし早く用意できたら乗っけてって♪』
「はいよ。用意はできてんだよ。昼寝してただけ」
『だから学校‥‥まぁいいや。んじゃよろしくねー♪』

携帯の通話を切ってポケットに押し込み、ったく‥‥と馨はベッドの上に乗せてあったファイルをこつん、と叩く。かなり大きな、そして少し古びたファイル。たしかこれを見ていたはずだが、いつの間にかきちんと閉じていたらしい。

「こいつのせいかな」

懐かしい、と言うには少し複雑な夢だった。ぱっと中を開くと、真新しい制服で鞄を背負った神無、隣には中学の制服姿の自分。それに、桜色のスーツに身を包んで微笑む月雫が紙一枚に焼きつけられている。二人の入学式に神無の父が撮った物だ。今が不幸だとは言わない。けれど、あの頃は確かに幸せだった、自分も、神無も。この日から一月とせず、月雫はトラックに轢かれて死んだ。凄惨な事故にも関わらず、僅かに笑みを浮かべた死に顔だけはいつもと変わらず綺麗だった。

「‥‥ごめんな、月雫さん。月雫さんの娘‥‥妹だか弟だか良く分かんねー奴に育っちまったよ」

写真の中の女性に向けて苦笑し、馨はぱたん、とファイル――アルバム――を閉じて適当な紙袋に突っ込み、フルフェイスのヘルメットを掴んで部屋を出た。

 神社の石段を二段飛ばしで下りてくる身軽な少女に『やっぱサルだ‥‥』と小さく呟く。聞こえたら拳一発は間違い無い。抜けるように白い足がすっと出たショートパンツに胸も無いのに何処で止まってるのか分からないチューブトップ。夏とはいえ、あまりに肌を露出した格好に柄でもなく注意を促そうとしたが、口を出たのは別の言葉。

「どーした? 珍しくめかし込んで。夏らしく甚平じゃないのな」
「るさいなー! この前小夜子さんと買い物行って選んでもらったのー! 小夜子さん来るって言うから着てきたんだよ!」
「あー、はいはい。にしても胸ねーのに何処で止まってんの?このチューブトップ‥‥。あ、透明ストラップか、納得」

小さな体を上から覗き込んで言うと拳‥‥よりもリーチが伸びて手に持っていたアルバムで殴られた。ヘルメットを被ったままだったが、それでも結構な衝撃が頭に響く。

「ってー!」
「セクハラ! そしてオヤジ! いーからさっさと行くぞ!」
「へいへい、これお前持っとけ。ヘルメットもしろよ」

分かってるよー、とヘルメットを受け取り、頭に被るとさらに差し出された紙袋に自分のアルバムも入れて神無は馨の後ろに飛び乗った。まだいてー、とぼやくが腰に手を回して掴まる神無には届かなかったようだ。

「前言撤回、俺は悪くない。全てじーさんの育て方が間違ってる」
「何? じいちゃんがどうかした?」
「何でもねー。行くぞ」

そう言って馨はエンジンをかけて走り出す。母親の死、それに父親の失踪と落ち込んで泣きじゃくっていた神無に強くなれ、と言ったのは神無の祖父だ。護身術程度なら武道もいいだろう。しかしジュニアプロにまで上り詰め、さらにこんな性格になってしまったのは絶対祖父が止めなかったからだ。と馨はもう死んだ人間に罪を擦り付けておく。

「馨、どのアルバム持ってきたー?」
「あ? まぁ適当に。危ねーから今見んなよ」
「分かってるよー」

先日、穂の家に遊びに行った時、穂が実家に帰って――本人曰く、拉致されて――散々小さい頃のアルバムを見せられたと言っていた。神無がそれを見たいっ! とねだり、馨も少なからず興味があったので二人がかりで説得し、二人の子供の頃の写真も持ってくるならば、という交換条件付きで今日の夕食会が催される事になった。そこにさりげなく小夜子を巻き込んだのは馨の作戦で、さらに持参したアルバムには自分があまり集中攻撃に合わぬように、と神無と写っている物ばかり入っている。今見られたらきっと神無は怒るが、神無曰く月雫に似ている――馨は『月雫さんはあんな天然じゃない』、と思うが――小夜子がいれば大人しくなるので安心だ。

「そーいえばさ、馨って髪染めたりとかピアスとかするくせになんでヘルメットはまじめに被るの? ちゃんと長袖着てるし」
「うるせーな‥‥悪いかよ。交通事故なんかで死んだら月雫さんにぜってー怒られんだろ?」
「え? へー‥‥意外。‥‥でもないっか‥‥。母さん普段怒んないけど怒った時すげー怖かったもんね」
「怖いからってわけじゃねーけどさ‥‥。でも怖いな‥‥」
「ふふふっ‥‥」
「‥‥なんだよ、気持ちわりー‥‥」

『何でもないでーす』と言って神無がフルフェイスを被った頭を馨の背に付ける。同じフルフェイスの下で、馨は柄にもなく照れていた。神無の嬉しげな笑いの意味が分かっていたから。彼女が死んだ今でも、彼女を母と慕っている、覚えている存在が自分以外にいる事が嬉しいのだろう。馨は照れ隠しに急ハンドルで右折し、穂の事務所のあるビルのコンビニ駐車場で急停止した。うわぁっ! と神無が悲鳴を上げて落ち、フルフェイスを取りながら『乱暴!』と文句を言ってくる。

「ヘルメット持って上がれよ。小夜も来てっかな」
「穂が迎えに行かないわけないだろ」

何故だかむすっとして答え、神無はバイクに鍵をかけて歩き出す馨に並ぶ。けれど『あ、そーだ』と見上げた時はもう普通の表情(かお)だ。

「小夜子さんもアルバム持って来てくれるって。穂のも見たいけどそっちも楽しみ〜♪」
「あー? 変わんねーよ、小夜は。昔っからあの通りの天然娘だって」
「まぁ誰かさん程変わってる人もいないよね〜」
「あー、どっかの誰かさんな」
「誰の事だよ!」
「そっちこそ誰のつもりだっ!」

話しながら階段を上がり、インターホンを鳴らした事務所の前で喧嘩が勃発しかけているとさっと事務所の扉が開いて隠岐が軽く睨むように馨を見た。普通に見たのだと思うが‥‥神無を庇ったのかもしれない。喫茶店のウェイターのような黒いエプロンが微妙に似合っていて余計に怖い。

「こんばんは!隠岐さん!」
「‥‥うっす」
「どうぞ、穂様と早藤さんは四階に。夕飯はもう少しかかるが‥‥」
「大丈夫! いい感じに減ってるけど隠岐さんの料理のためならいくらでも我慢できるから!」

今日はまじで怖かった‥‥と馨が思っているのに何故か神無は平気そうだ。むしろこの無表情男に懐いてすらいる。三人で三階まで上がり、隠岐はそのまま三階のキッチンへ、神無達は四階へと向かう。

「くそ〜隠岐の奴‥‥俺が何かしたか‥‥?」
「あはは〜♪。馨が隠岐さん苦手なのちょっと分かるよ?あたし」
「苦手じゃねーよ、別に」
「そ? 隠岐さんの無表情なとことか、ほとんど黒服とか、叔父貴そっくりじゃん?」
「‥‥」

意外な言葉に馨は足を止め、きょとん、と数段上の神無を見上げる。『あり?気付いてなかった?』と神無がくすっと笑うが、馬鹿にされて怒るよりはむしろ、何かが腑に落ちた。別に隠岐が父親のように嫌いなわけじゃない。無表情と言っても、隠岐は笑わないだけで不快は顔に出すし。ただ、なんとなく反発する感情の意味が、分かった気がした。

「そういうお前は‥‥なんで懐いてんだよ‥‥。親父の事は苦手だろ?」
「ん〜、鬼眼封じられる前でも何考えてるか分かんない人だったかんねー。さすが太刀守の血筋と言うか‥‥。隠岐さんはお兄ちゃんみたいで好きだよ?ふつーに」
「あの無愛想な鉄面皮の何処が兄だ‥‥」
「馨嫌われてっからねー♪分かんないかな〜? それに叔父貴の事、今はそんなに苦手じゃないよ?」

さらに意外な言葉に馨は目を丸くした。上では何もかも見透かす、けれど今は封じられた金目が、それでも悟り切ったようにくすっと笑っている。

「昔はほんと苦手だったよ。いつも黒のスーツでさ、ずっと‥‥茜音の喪に服してんだなぁって‥‥。じいちゃんが死んで、引き取ってくれた時も世間体のためか、それとも茜音の代わりなのか‥‥分かんなかった。あたしが引き取られてから結構週末とか家にいたじゃん?珍しく」
「あー、そのせいで部屋の空気が凍りつく事にもお構いなしにな‥‥」
「ただ何するでもなく黙って新聞読んでたり仕事してたりさ。正直息苦しかったよ。でも、なんとなく気付いたんだ。寮に入りたいって言った時、鬼眼に頼らないで見たらさ、叔父貴、ちょっと寂しそうだった」
「‥‥なんかの見間違いだろ」
「そんな事ないっ。母さんや父さん、じいちゃんの分まで面倒はみる。でも、自由を奪うつもりはないから好きにしなさいって言ってくれた。その時、ああ、世間体でも、茜音の代わりでもない。この人は本当にあたしを家族だと思ってくれてるんだって気付いたんだ。週末と休みは絶対帰るからって言ったら少し嬉しそうだったよ、全然表情(かお)変わんないけどね♪。叔父貴、不器用なだけだよ。隠岐さんよりもっと不器用」

――知ってんだよ、そんなのお前に言われなくても――

茜音が死んで、母まで壊れて、父はどうしたらいいのか分からなかったのだろう。残された自分とどう接していいのか、この先をどうしたらいいのか。だから、ただがむしゃらに仕事に励んだ。自分を見て欲しくて、髪を染めたりピアスを開けたり、学校をサボったりした。けれど神無が来て、父が家にいるようになったらどうして良いのか分からなくなった。結局自分も不器用なんだろう。ただ、今なら分かる。自分の無事に安堵し、抱き締めたあの日の父。突然月雫が参観日に来たのだって、祖母が言ったのではない。父親が頼んだのか、それとも父の話を聞いた月雫が気を利かせてくれたんだろう。

「神無‥‥」
「ん?」
「今月、月命日に茜音の墓参りすっか? 久しぶりに」
「うん、いいよ。仕方ないから付き合ってやるっ」

どうして?と神無は問わない。もう茜音は新たな命を得たから、そこには居ないと月雫は言った。けれど、そこに参る意味はまだあると思うのだ。

「それから、おばさんのお見舞いも久しぶりに一緒に行こう!」
「! ‥‥いいのか? まだ、お前の事茜音って呼ぶと思うぞ?」
「いいよ、おばさんの心がそれで楽になるなら‥‥。弁当作って、病院の庭で食べよう! いつか、母さんがやってくれたみたいに」
「‥‥ああ」

昇華する日、『神無が大人になるまで輪廻の輪には入らないで、見守ってるから』と月雫は言って消えた。自分の事も、ついでくらいには見てくれてると思う。自分はまだあの日のまま足掻いてる、きっと。けれど母のように優しかったあの腕にはもう縋らないで大丈夫だ。自分は‥‥神無も、多分『幸せ』だ‥‥。

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