おまけ♪(Promiss! から一週間後‥)

 呼び止められて振り返り、はい?と答えながらブランカは首を傾げた。少し嬉しげな母の声が気にかかったからだ。そんな娘は気に留めず、母は笑みを浮かべ、布を被せた籠を差し出す。

「これをラング・リ・ストゥ王妃様に届けてくれないかしら? 遅くなってしまいましたけど、約束の物だと」
「はぁ‥‥。でも陛下のご公務の手伝いが‥‥」
「あら?聞いていない? 一週間前の無礼のお詫びにコリーダへ行くと言っていましたよ? 一応コリーダ内の別荘で静養という事にしてあったから、今日代理と入れ替わると」
「‥‥」

この世界に魔術はさほど浸透していない。優秀な魔術師とその技を継ぐダウド家がトグリッサ王家の物だからだ。故に王族間の訪問は幾日もかけて馬車で行くのが常識。しかしその常識でいくと現トグリッサ王、ソールの不在が多くなり、国内の公務が滞る、何とか転移魔術を使ってくれ、と大臣達に泣きつかれた父、宮廷魔術師長が考えた苦肉の策が身代わり作戦。馬車には身代わりを乗せておいて、謁見当日に本物のソールと入れ替わるのだ。一般国民はトグリッサ王は類稀な銀髪だということくらいしか知らない。その鬘を作るために妹であるブランカの髪が短くなったのだが‥‥その時もやはり一波乱あって‥‥。しかし無事鬘ができあがるとソールは馬車旅から解放された喜びと、今までの鬱憤を晴らすために身代わりをブランカの従兄である宮廷魔術師達に押し付けた。そこには妹にしでかした仕打ちの仕返しもあるのだろう‥‥。

「‥‥(今日は誰が身代わりなんだろう‥‥?)」
「そういうわけだから、お願いね、ブランカ。リルス王女とシアルさんにもよろしく。ゆっくりしてきてもいいわよ?」
「はぁ‥‥」
「? どうしたの? 乗り気ではないみたいだわ」
「陛下がご不在だと執務室の書類の場所が‥‥。多分私でないと分からないかと‥‥」

ソールの執務室はソール自身しか分からない整理の仕方で‥‥散らかっている。当人がいないと重要な書類が何処にあるのか、大臣や執務官では分からないのだ。ブランカは書類の中身こそ覚えていない――関心がないだけなのだが――が大体の大きさや紋を言われれば大抵の書類は見つけ出せる。側役に任命された頃からいつからか身に付いていた特技だ。たまにソール自身も忘れるし。
「そうだったわね‥‥。確か‥‥今日はグリーグが残っているはずだわ。よほど困った事があれば迎えに行かせます。だからゆっくりしていらっしゃい」
「‥‥はい、では行って参ります」

わずかに笑みを浮かべて母に最敬礼を示し、ブランカは転移魔具を砕いた。やはり友と過ごす時間は楽しい。今まではそんな時間はなかったけれど、此処一年あまりでそれはすっかり習慣となっていた。見なれたラング・リ・ストゥ城内にあるメターナ・ネウユ神殿内に出る。いつもと違って迎える人間はいない。

「そうだ、今日は予定になかったからお二人ともいないかも‥‥。まぁそれならそれで、ラング王妃にだけお会いできれば‥‥」

手に持った籠から甘い香りが漏れる。一週間前、ラング王妃が訪れた時にふたりで懐かしそうに語っていた少女の頃作った焼き菓子だろう。昨夜のうちに母が手作りしたに違いない。ラング王妃が喜ぶ姿を想像して自分の事のように喜びながらブランカは神殿を出て王宮内に入った。トグルの城とは違う、何処かのどかな雰囲気のあるこの城ではあまり働いている人々を見かけない。自分が見ないだけかもしれないが、人を捜す時は少し困る。

「‥‥お部屋にいらっしゃるかしら‥‥」

ラング王妃の部屋は分かるが、謁見の間かもしれないし不在かもしれない。不在だったらやはり誰かに伝言とこの籠を頼まなければ。やはり人を捜すのが先決だ、とブランカは歩き出し、誰かの足音に気付いて期待を膨らませ、足を速めた。

「あっ‥‥!!」
「あれ‥‥? 久しぶり、ランカ」

期待していた人が、会いたくはない(?)人だったためにブランカは二、三歩後ずさり、慌ててぺこりと頭を下げた。一瞬顔を見ただけで恥ずかしくて頬が紅潮してしまう。もう一年近く経つというのに、まだ自分の感情をコントロールできない‥‥。

「え‥‥。あー、別に君が嫌がる事はしないから、そんな逃げなくても‥‥」
「! いえ、あの‥‥ごめんなさい‥‥」
「気が向いたら、取りに来てくれればいいから」

優しいその言葉に頬の熱が上がる。リルスがちゃんと説明してくれたのだろう。けれど‥‥取りに行く事は多分一生かかっても無理だ‥‥。

「リルス達? 部屋にいると思うよ」
「い、いえ! あの、お母様から、ラング王妃様にこれを‥‥」
「トグリッサ王妃‥‥じゃなかった王母様から? ありがとう。母上もお部屋にいると思うよ。案内しようか?」
「いえ!分かります!私‥‥。どうもありがとうございます、カイラ王子」
「うん。時間があるならリルス達にも会って行って。それじゃあ」

去っていく後ろ姿にブランカはぺこりと頭を下げた。頭を上げた時にはその後ろ姿は小さくなっていた。相手に失礼だという自覚はあるのだが、どうしても昔のように顔を見て話ができない。直さなきゃ‥‥とブランカはため息を漏らし、身を翻した。



 目の前の扉が開き、挨拶の言葉を紡ぎながら背を曲げようとするとがしっと肩を捕まれる。あの‥‥? と小首を傾げると『しっ!』と強い口調で咎められ、睨むような視線で見つめられ、ブランカはなすがままになっている。肩を掴んでいた友人、シアルは黙ったままじーっとブランカの顔を見つめる。

「‥‥んー!! やっぱり可愛いっ!! 何で同じ顔なのに誰かさんと違ってこんなに可愛いのっ!?」
「?、?」

いきなりぎゅっと抱き付かれ、ブランカはわけが分からずやはりなすがまま。シアルはお構いなしにブランカを抱き締め、結んでいる髪が乱れるくらいに頬擦りしてくる。一週間前、何故かいないはずの兄がいて――すぐに父に連れられてコリーダに逆戻りしたが――帰り際のシアルの様子がおかしかったが、やはり‥‥?

「なんでブランカはこんなに可愛くて素直なのにあっちはひねくれ者でずる賢くて性格悪いのー!! 同じあの優しーいお母様なのにっ! 思わず八つ当たりしちゃえ!とか思っちゃってごめんね?ブランカ。ブランカはなんにも悪くないからね?」
「はぁ‥‥? ‥‥お兄様と何かありました?シアル様」
「‥‥。ないわよ!?何も!! ただね!ちょーっと昔の事とか思い出しちゃってむっとしただけって言うか‥‥」
「‥‥(あったんだ、なにか‥‥)」
「っていうか‥‥何言ってるの!?私!?」

昔の事って昔の事知ってるって事じゃない!? と一人でパニックに陥っているシアルはいつの間にかブランカを放してうんうん頭を抱えている。ブランカは小首を傾げ、少し困ったように見守っていたがそっとシアルの手を取り、驚いたシアルが落ち着くのを見計らってごめんなさい、と小さく呟く。

「お兄様、素直に喜んだりとかしない人だから‥‥。でも、恥ずかしいだけなんですよ? 何でもできる人だけど、たまに出来ない事があったりとか、好きな物を好きって言えなかったりとか‥‥。恥ずかしくて、ごまかしてかわして行ってしまうんです。でも、シアル様が生きていて、自分の事を忘れてても、もう一度会えて‥‥本当にお兄様、嬉しかったんだと思います」
「いや‥‥あの‥‥ブランカが謝る事じゃないの! ごめん‥‥素直じゃないの、私も同じだ‥‥。はっ! もしかして何か言ってた!? 何かやってたりとか‥‥っていうかどうしてブランカが!? まさかあの人が‥‥」
「あ、いえ‥‥そういうわけじゃ‥‥。なにかあったかと言えば、お兄様が風邪で寝込まれたくらい‥‥。それに今日はお母様のお遣いで」
「‥‥風邪で、寝込んだ?」
「はい、一週間前の朝、何故か執務室にコリーダに行ったはずのお兄様とお父様だけがいて‥‥。その時微熱があったようなんですが、体調不良で席を外した事にしてコリーダ王に謝罪に、とお父様が再びコリーダにお連れに。シアル様達が帰られて午後に戻ってきた時には相当熱があったようなのに平然と公務をこなされて‥‥。次の日に倒れて結局一昨日までお母様の看病と公務の繰り返しでした」
「‥‥(それって私のせい‥‥? コリーダに行ってた軽装のままのあの人から上着まで奪った私のせい‥‥?)」
「お母様に看病されるなんて初めてだったそうで、少し照れてましたけど、でも何だか嬉しそうでした、お兄様」

一週間も平穏だったのはそのせい? いつ来るか怯えてた私は‥‥? とシアルが悩んでいる前でブランカは言葉を続け、ふっと微笑んだ。その微笑は『何かいい事あったのかな?』とも『お母様に看病してもらえて嬉しかったのかも‥‥』とも取れる。前者だったらやだなぁ‥‥と思いながらも、シアルも知らず微笑していた。

「ブランカ、可愛くていいなぁ。私そんな素直に言えない。あの人の前じゃ、背伸びして憎まれ口叩いてばっかり。私は忘れちゃってたのに、覚えててくれて嬉しかったのにな‥‥。忘れてて『ごめんなさい』も言ってない。‥‥って言ってくれて、『ありがとう』も言ってない‥‥。好き‥‥なのにな‥‥」
「そ、そんな事っ‥‥! 私なんて、全然可愛くも素直でもないですっ! 先程だって、せっかくカイラ王子がお声をかけて下さったのにずっと顔も上げないで‥‥。ほんとは、失礼だって分かってるのにどうしても‥‥」
「‥‥ふふっ、不器用だね、私達‥‥」
「あの‥‥はい‥‥」
「あれ!? ブランカだ! どうしたの? 来るなら言ってくれれば‥‥。でも嬉しいからいいや♪。シアルと二人で何話してたの? 顔真っ赤よ?」
「恋する乙女は大変よねって話♪」

駆けて来たリルスに飛びつかれていたブランカがシアルの言葉にかぁっと頬の赤みを増す。察したリルスが『もしかしてカイラに会った?』と問うと返事に窮しておろおろ。可愛いなぁと微笑しながら、シアルは軽く握った片手を胸に押し当てた。

――決めた。今度会ったら「ごめんなさい」も「ありがとう」も、それから‥‥「好き」も全部言おう――

 ふぁ‥‥としまりのないあくびをすると中年の男性に軽く睨まれる。しかし念のため、と飲まされた風邪薬が眠気を誘うので仕方がない。隣に立っていた、睨んだ男をやや若くしたような、けれどもっと温和な顔立ちの男が大丈夫ですか? と笑って問うのに軽く片手を上げて応え、二度目のあくびはかみ殺す。まだ白い雪の残る簡易祭殿の周りに集まっているのは宮廷魔術師の約半数――残りは身代わり含め、コリーダの別荘で待機だ――と近衛兵数名、それに、珍しく彼の印象をより強調するような紺の礼服を纏ったトグリッサ国王、ソール=シクル=トグリッサ。

「もう、お倒れにならないで下さいよ?陛下。さすがにブランカが潰れてしまいます」

倒れた時の事は覚えていないが、男の自分ではなくブランカを心配する発言にソールは苦笑した。後でその男から聞いた状況では、椅子に座っていた自分がたまたま隣で資料を棚に戻していたブランカの背に倒れ掛かり、圧死させそうになっていた。

「大丈夫だ。今度はジェヴルの方に倒れる」
「そういう問題ではなく‥‥。ああ‥‥陛下のご病状に気付かずご無理させた私が悪うございますよ」
「そうは言ってないだろ。ランカは小さくてか弱いから今度は頑丈なお前に‥‥」
「いくら私でも陛下の長身は支え切れません! 方陣の準備が出来ましたよ、陛下」
「ん。じゃあ留守は頼む、グリーグ」

最敬礼を示すグリーグにじゃっ! と片手を上げ、ソールは祭殿の階段を半分くらい上がった。しかしそこで足を止めたので方陣の傍で待っていたジェヴルが何か? と首を傾げる。

「‥‥久しぶりに自分で転移魔術を使ってみたいな‥‥。あまり使ってないと勘が鈍る。グリーグ、魔具を」
「え?‥‥あ、はい。どうぞ、陛下」
「‥‥? 陛下、ならば私が供を‥‥」
「じゃあな♪ジェヴル。後から追いかける♪」
「はっ!? 陛下! お待ちを‥‥何処へ!? 陛下ー!!」
「兄上! 今転移すると魔術干渉で陛下の御身が‥‥。大丈夫ですよ♪陛下ほどのお方なら♪」

生真面目な宮廷魔術師長が彼の計画通りのんびり・楽観主義な弟に宥められている頃、彼は見なれぬ神殿に立っていた。妹の魔力を辿るのは容易い。この先苦労するかどうかは‥‥。

「さて、ラング王妃はお気付き下されたか‥‥」
「ソール陛下!?」

驚きの声にソールは視線を向け、笑みを浮かべた。まだ少年の面差しを残す、けれどもう青年と呼ぶべきこの国の王子が神殿の入り口で驚きの表情を浮かべている。

「これはカイラ王子、わざわざのお出迎えとはありがたいな♪」
「はぁ? 確かに母上が此処に迎えに来るように言われましたが、何故ソール陛下が、しかもお一人で? 私はてっきりジェヴル殿かどなたかがブランカを迎えに来るのかと‥‥」
「ジェヴルは置いてきた♪。極私用の件だったのでな。それにしてもお久しいな♪カイラ王子♪。おや‥‥大分背が伸びられたか?」
歓迎の挨拶かっ!? とカイラが二、三歩後ずさるが、ソールの手は以前よりも少々短く切られたカイラの頭を掴んだだけで終わった。前はソールの肩にすら届かなかった頭が、今はちょっとばかり自己主張するように肩を越している。
「それは‥‥一応一年近くお会いしていませんし、それなりには‥‥」
「むーっ凛々しくなられて嬉しいような、可愛いあの頃が懐かしいような‥‥」
「‥‥。何のご用でいらしたんですか‥‥?ソール陛下。とりあえず父上と母上が謁見の間でお待ちしております。こちらへどうぞ」
「カイラ王子が冷たい‥‥。フィリーンの悪影響なのか?‥‥」

そういうつもりでもなかったが‥‥一国の王となった身でありながら私用で供も置き去りにして一国を訪れていいのか‥‥? という思いがある。無用心な、と言いかけてカイラは言葉を飲み込む。

――違う、彼は決して無用心ではない。単身でも一国を訪れられるだけの自信が彼にはあるんだ――

「ランカも、来ているのだろう?」
「あ、ええ、母上に届け物を。あ。トグリッサ王母様によろしくお伝え下さい。母上もとても喜んでおられました。ランカは多分リルスとシアルの所かな‥‥。ご用が済まれたら会って‥‥?」
「いや、いい。ランカが楽しいなら、俺は邪魔すべきではないからな」
「? あ、そうだ、ソール陛下‥‥一つお願いをしても?」
「ああ、俺は今とても機嫌がいいからな♪。ランカをくれ以外なら大抵の事は聞いて差し上げるぞ?」

機嫌がいい、と聞いてうわっ‥‥とカイラは心の中で警戒したが、気を取りなおして立ち止まり、懐から一枚の布を取り出す。それを見てぴくっとソールの表情が変わるが、気にせずカイラは布をめくって割れた手鏡と、その破片をソールに見せる。

「これを、トグルを発つ時にランカにもらったのですが、この通り壊してしまいまして‥‥。謝罪とお礼を言伝願えればと」
「これは‥‥魔具? あの子がこれ程の物を作れたとは‥‥知らなかったな」
「キルアーナ、ネメスとの戦いで私の身を守ってくれたものです。だから、本当は自分で礼を言いたかったのですが‥‥」
「お受けできんな、ご自分ですべきだ」
「いや‥‥そうしたいのは山々なんですが‥‥。私の顔を見ると逃げるんですよ‥‥ランカ」
「‥‥?」

ソールが意外そうな顔を、続いて何故? というように首を傾げる。ソールにも話してなかったのか‥‥とカイラは少し戸惑った。じゃあいいです、と引き下がらせてはくれないだろうし、かといってどう言ったら良いか‥‥。

「‥‥つかぬ事を聞くが、うちのランカに何かされたのか?」
「!! いや‥‥怒らせたかと言われれば‥‥無理矢理泣かせたのがあの件で二回‥‥。でも、リルスが言うには怒ってるわけじゃなくて、私が昔ランカと会った事に気付いたからだそうで‥‥。それでどうして逃げるのかは乙女の秘密とやらで教えてもらえなかったんですけど‥‥」
「! 思い出されたのか? ようやく‥‥」
「(はうっ! やっぱりソール陛下は知ってたのか!? しかもようやく‥‥)いや、忘れてたわけではないのですが‥‥。あの時の女の子はずっと金髪だと思っていたので。それに、一度も顔を上げてくれなかったし」
「はぁ‥‥泥まみれだったらしいからな‥‥なるほどそれで。そのままの髪色だったら確かに、いくら天然ほやほやで可愛らしいカイラ王子でも気付くか」

「‥‥(何気に馬鹿にされてるのか?‥‥。でも聞いたら『そんな事はないぞ!? 精一杯可愛がってるだけだ!』とか言われそうだし‥‥。って何でソール陛下の思考パターンまで分かるようになってるんだ、私は‥‥)」

カイラが軽くダークになっているとソールは少し考え事をするように指先でこめかみを叩き、ついでうーん、と腕を組んでうなる。何を考え込んでいるんだ‥‥? とカイラが軽く警戒の眼差しを向けているとソールはぱっと顔を上げた。

「色々相談に乗ってやりたいのは山々なんだが、ほかならぬランカとカイラ王子の事だし。とりあえず今は自分の問題で手一杯なのだが、後でもよろしいか?」
「はぁ、別に今更急ぎませんし‥‥。は? 尊公が手一杯になるような問題?」
「プライベートな事だ。気にされるな。ただ、相談に乗る前に、ランカをどう思っているのか、まじめに考えておいてくれ」
「どうって、どう?」
「俺に言伝を頼んで俺の手から返してもいいのか、それとも俺がランカを説得してご自分で返されるの方がいいのか、だ。さて、とりあえず謁見の間にご案内頂けるか?」

わけが分からない‥‥という顔をしたままカイラは頷き、再び歩き出す。すまぬな、と笑うソールの顔はいつもと変わらず見えたが、ソールの考えている事などカイラには分かるわけがない。しかしふと思い当たって、ああ‥‥と小さく呟く。

「シアルの事ですか?」
「!!?? ‥‥何を急に‥‥」
「あ、やっぱり‥‥。珍しいですね、尊公が動揺を表に出すなんて」
「(がんっ!‥‥)カイラ王子にからかわれた‥‥。あの愛らしかったカイラ王子に‥‥」
「何を言うんですか‥‥からかってないですよ‥‥。ただ、少し嬉しいかな、と。シアル、此処は少し窮屈そうだったから、尊公はシアルを昔から知っていらっしゃったんでしょう? 尊公といた方が、気が休まるかな、と」
「‥‥より苦労を押し付けるかもしれないがな」
「?」

ふっと見せた翳りを振り払うようにソールは微笑を見せ、なんでもない、と言った。カイラはその不安に思い当たって、ただ微笑を返した。そして目の前まで来ていた謁見の間の扉を叩く。入室を許可する父の硬い声に扉を開け、どうぞ、とカイラはソールを中へ促した。

「では私はこれで‥‥」
「待て、カイラ、お前も同席しなさい。よろしいだろう?ソール陛下。これは私の後継者だ」
「至極プライベートな用件ですが、かまいませんよ。お久しぶりです、ラング陛下、王妃」
「ご挨拶が遅れて申し訳ない。お久しぶりだな」
「お風邪を召されていたとか‥‥。もうお体の方はよろしいのですの?ソール陛下」
「ええ、ご心配ありがとうございます、ラング王妃。この通り、すっかり良くなりました」

ソール陛下でも風邪をひくんだ‥‥とカイラがまじまじと見ているが、気にせずソールは王座まで歩み寄った。視線で父に促され、カイラも慌てて後を追い、いつものように父の傍らに立つ。

「一国王をお相手に、謁見の間はふさわしくないと考えるが、何故(なにゆえ)こちらをご指定に?ソール陛下」
「極私的な用向きでしたので。それに‥‥父より上に立つのはマナー違反でしょう?」
「‥‥何の事だ?」
「尊公の『娘』の一人、シアルを我が妃に迎えたく、お願いに参りました、ラング陛下。どうかお許しを頂きたい」
ソールの長身が折れ、優雅に最敬礼を示す。その言葉にラング王妃は『あらあら‥‥』と言いながらも口元に笑みが浮かんでいる。カイラはそっと父の硬い顔を見やった。王よりも武人である父は、慣れぬ状況に乏しいながら驚きの表情を浮かべている。
「‥‥良かろう、シアルが望むのであれば」
「ありがとうござ‥‥ってラング陛下!? そんなあっさりと娘を手放してよろしいのですか!? 一父親が!」
「シアルは私の娘ではない。もちろん亡き父母殿に代わって親としての責任は果たすつもりだが」
「あらあら‥‥あなた、いけませんわ。ソール陛下は尊公をシアルの父親だと思って緊張なさっていらしたのに、こういう時は父親らしく少々厳しいお返事を返すのが礼儀ですわ」
「尊公ならば亡き父母殿も異存はなかろう? シアルもしっかりしている。一国王であろうと嫌ならば断る。もちろん無理強いするならば私にも考えがあるが‥‥。リルスの時は‥‥私を負かせぬような男にはやれん」
「(我が父ながら怖い‥‥。がんばれっ!フィリーン)えっと‥‥じゃあシアル呼んできますよ、ソール陛下」
「あら、だったら庭が良いわ、カイラ。やはり雰囲気が大事ですものね? ソール陛下」

拍子抜けしたのかソールはははっ‥‥と笑っただけだった。勝手に盛り上がっている母に適当に同意を返してカイラはさっさと部屋を抜け出した。

――まぁ、フィリーンがいない時で良かったよね‥‥。ソール陛下も、フィリーン自身も――

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