第4部<終章>
世界の始まりの時、神の神殿には二人の対なる神と、神星と呼ばれる数人の子供達が住まわっていたという。ある時、それがいつぐらいであったかは定かではない。けれどそのある時、ネメスと呼ばれる凶なる者が現れ、キルアーナ神に呪いをかけた。力強きキルアーナ神はその呪に抗い続けたが次第にその凶に蝕まれ、狂気に囚われた。創造の神から破壊の神へと変じたキルアーナ神を討ち取ったのはセリキーレと呼ばれる双子星。残されたイアラは神星を人の輪廻の輪に加えた。討ち取られたキルアーナ神の魂も。そして自らはキルアーナ神に代わって神となり、世界をネメスの手より守る。キルアーナが戻るその時まで、たった一人で。
「数人の神星‥‥。神星は私達セリキーレだけではなかったのですね、ソール陛下」
「伝えられているのはな。けれどカイラ王子とリルス王女のように双子星となる事も希ではない。実際に転生した神星は数個どころではないのかもな」
「‥‥いえ、私とリルスはあの頃はアリークとシャテア、二つ星でしたよ。キルアーナとイアラの元で神星は朽ちては再生し、その繰り返しの中でセリキーレは分かれたので」
「!!」
言い放ってからあれ? と視線を上げるとフィリーンが訝しげに見ている。ソールはなるほど、と感心しながら何処からか取り出した手帳にカイラの発言を、几帳面に書き込んでいる。
「カイラ‥‥お前この間から時々妙な事を言うな‥‥? ネメスの事とかキルアーナの事とか‥‥」
「ごめん‥‥どうも不意に口をつくんだよね‥‥。意識してるわけじゃないんだ」
「ははっ! 気に病むな、フィリーン。神星を持つ子供は時々過去の記憶を取り戻す場合がある。我々に伝えられている知識もほとんどはそういった記憶によるものだ。カイラ王子の場合、過去と同じ出来事が繰り返されて一時的に記憶がフラッシュバックしているだけだ。時が経てば忘れるだろう」
「ならいいんだが‥‥」
「ソール王子、我々セリキーレと別の神星がこれから出逢う事はあるのでしょうか? それに、ネメスも‥‥」
「過去の例から言えばそれはない。キルアーナの死から百、あるいは二百年以上ネメスはこの世界には干渉しない。キルアーナに呪をかける事はネメスにも相応の負担をかける。ただ‥‥今回のネメスの行動は早過ぎた、全てにおいて。あるいは我々の子供、孫の代で再び神星と合い見えることになるかもしれないな」
「それは‥‥ネメスの力が強まっているという事か?」
「もしくは、急いでいるのか‥‥。まぁどちらにしても俺には関係ない事だ。トグル王家からは神星は生まれない。ダウド家からも。両家は時代に許された傍観者だからな」
「‥‥傍観者ね。ならば手を出す事はルール違反じゃないか? 何故今更、傍観者である貴公達が神星の戦いに手を出した? 即位の理由も、まだ伺ってなかったように思うがな、ソール陛下?」
日頃の仕返しとばかりにフィリーンは意地悪く問い掛ける。荒れていたソールをようやく諌めたところだったのでカイラはびくっと身を引き、自分のお気に入りのティーカップもテーブルの上から避難させた。当のソールは偉そうに――というか斜に構えて――テーブルに片手で頬杖したまま、ふふっと不敵とも不気味とも取れる笑みを浮かべてしばしの沈黙。
「それが命の恩人に対する言葉か? フィリーン。お前達だけでは到底トグルまでは手が廻らぬだろうと手を貸してやったんだぞ? 宮廷魔術師の全てを動かすには王太子の地位では不十分だったし。それともなにか? シアル嬢とパルスナを見殺しにして良かったのか?」
「恩を着せるな恩を‥‥。二人を、いや、シアルを殺されちゃ困るんだろ?貴公が。俺達はついでで本当に守りたかったのはシアル、違うか?」
「さてはフィリーン‥‥。俺が来るだろうと察してシアルを町に遊びにやったんだろう! あくまで邪魔する気だな!? よし分かった! この俺が結婚するまでお前達の結婚もとことん邪魔してやるぞ!!」
「誰と誰の事だ! しかも勝手に妄想して怒り出すな!!」
「母上は娘が二人できたみたいだってすごくシアルの事気に入ってるんですよ、ソール王子。今日シアルとリルスがいないのは母上が二人を連れて買い物に行ったからです」
「ふむ、ラング王妃がお喜びならお譲りするしかないな‥‥。だが、結婚は邪魔するからな‥‥」
ふふふっとまた不気味な笑いが入っているソールに『振られた腹いせをこっちに向けるな‥‥』とフィリーンが言い返している。よせばいいのに『大体どうして俺達より先にシアルの事を知ったんだ?』とソールに問いかけ、ソールの表情をまたも停止させている。
――あの停止は多分企み中の停止だけどね‥‥。また何かされるの分かってるくせになんでそういう事聞くかな、フィリーンは。喧嘩してもまともに勝てっこないのに‥‥――
「! そうだ、ソール王子。ランカに話さなきゃいけなかった事が‥‥」
「駄目」
「? ?‥‥。あの、まだ何も言ってませんけど‥‥」
「俺が結婚するまで例えカイラ王子でもランカはやれんなぁ。という訳で話も禁止だ♪。うっかり告白されてはたまらん♪」
「あの、別に全然そのような話では‥‥」
「そういう意味の『お前達』か‥‥。まったく、何処ぞの頑固親父じゃないんだぞ、ソール王子」
つーんとそっぽを向くソールの態度にフィリーンは本当に二十五歳の成人男子か? と皮肉半分諦め半分のため息を付く。突然に禁止令を喰らったカイラは呆然と戸惑いの視線を枠のみになってしまった手鏡とハンカチに向けた。
「それよりこんな所でのんびり話してていいのか?『英雄』達。各国から訪問客が絶えないんだろ? 何せ、たかが三人で奪われた国を取り戻した王子達と王女だからな♪」
「うっ‥‥盛大に誇張して言い振らしてる奴が言うか!? イアラの奴、その記憶も消してって良かったのに‥‥。カイラ、後は任せた。次期王としてじっっくり! じじばば共の機嫌を取っとけ」
「えー!? 私だけ!? 冗談じゃないよ!フィリーン!」
「ははっ♪苦労が絶えぬなぁ、カイラ王子♪」
「全く、同感ですね、お兄様。ご苦労お察しします、カイラ王子」
「うわっ!ランカ!?」
フィリーンがさっさと逃げ出したかと思えば今度はソールの背後に小柄な少女が立っていた。この前とは違い、一片の傷もない緋の軍服にマントを羽織った姿は、彼女の機嫌も手伝ってか軍人の風格すら漂わせている。少しばかり嘆息した表情も無駄のない軍人のものだ。
「約束の一刻を当に過ぎました、陛下。尊公様の元にもお客様が続々とお見えですよ」
「うっ‥‥もう少しくらい息抜きしても良いじゃないか‥‥。な?ランカ♪」
「何故私は陛下の側役になど任命されてしまったのでしょうか‥‥。このランカにこそ息抜きをさせてくださいな。さぁ、戻りますよ、お兄様。失礼致します、カイラ王子」
「あ! 待ってランカ! あの‥‥」
「! さぁ帰るぞ!ランカ♪。じゃあな♪カイラ王子♪」
「話が‥‥。ソール王子ー!! 本気で邪魔する気なんだ‥‥あの人‥‥」
――カイラ=リルアーヌ=ラング・リ・ストゥ――
建国わずか十六にしてその国を襲った危機を単身乗り越えた勇気ある王子として人々は彼を賞賛した。その王子がラング・リ・ストゥ二代目の王となるのは十年の後。人々は今度は彼を偉大なる王として褒め称える事になる。先のストゥ・マイニアヌ、カイザー王の名を越すほどに。けれど彼らの旅の最後にあった戦いを、本当の戦いを知っているのは時代の傍観者と、彼ら本人を置いて他にはいない。神星の物語は、また時代の波に沈んでいく‥‥。
神星〜神を刈る星〜
終わり
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