第4部<第14章>
――お風邪を召されますわ――
そんな声が耳に入ってカイラは目が覚めた。上半身だけ起こした自分の傍らにはフィリーンとリルス、そして周りにはクォレルやラヤフ、マザスム将軍までもが酔い潰れていた。カイラを起こしてくれた女性はまぁ!はしたない! と怒りの声を上げながらフィリーンの肩を揺すっている。
「‥‥わぁ! フィディア殿!? ご、ご迷惑おかけして申し訳ありません‥‥」
「よろしいですのよ。昨夜は皆様お楽しみの様子‥‥。妹君をベッドにお連れするべきでは?リルアーヌ様」
「あ、はい。リルス‥‥起きて、リルス」
「ん〜?‥‥」
「フィリーン様! そのような格好で! フィディアはお恥ずかしゅうございますよ!」
「あれ?‥‥そう言えば、仮面とシアルは‥‥?」
ご一緒にいらっしゃったのではなくて? とフィディアが言うが‥‥カイラもてっきりその気になっていただけで宴の間中も二人はいなかった。見回しても何処かに酔い潰れている様子はない。第一、二人はカイラ達、そう、此処で固まって酔い潰れている彼ら以外に知り合いはいないのだ。
「リルス! 仮面(とシアルを知らないか?」
「ん、うん‥‥北で異変がどうとかで、早すぎるわ! とか行かなきゃ! とか‥‥」
「おい、さっぱり分からんぞ。しっかり目を覚ませ、リルス」
「尊公様がおっしゃれるご立場ですの?フィリーン様。確か、城内に向かわれる際、ご一緒でしたわよね?アヌマーン様」
「うん、『私と仮面(は北に向かうけど心配しないで。此処での勝利は約束するから』ってシアルが‥‥。あー! カイラ達には言っちゃ駄目だって言われてたのに!!」
すっかり目を覚ましたリルスがどうしよ〜と頭を抱えるが、そんな事はお構いなしにカイラとフィリーン、それにフィディアはお互いの顔を見合わせた。
「北での異変、だとさ‥‥」
「トグルは此処から北、ソール王子の突然の即位‥‥。気になる所だね‥‥」
「けれど星に目立った動きは‥‥。いえ、けれどシアル様が動かれる事態など、私ごときには察する事など出来ぬのやも知れませぬ‥‥」
「!」
「皆様すでにご存知なのでしょう? シアル様はメターナ・ネウユの巫女、それも、メターナ・ネウユの依代でいらっしゃる」
「それに、クィーンネクタリアがキルアーナ神の名を口にしていた! キルアーナ神の本神殿はトグル! トグルで何かあったんだ!」
行こう、という言葉は躊躇いなく口をつく。フィリーンとリルスも迷う事無く頷いた。予感など、そんな物を感じる方ではない。けれど、今彼らの仲間は危機に瀕しているに違いない。フィディアが三人を送る旨を告げかける。が、それよりも先に魔法の気配と共に見知った人物が現れた。
「ご無事でなによりです、カイラ王子、サルス様、リルス王女」
丁寧に頭を下げるとさらり、と束ねてあった長い銀髪が肩を滑る。話題の人物に良く似た、けれど決定的に異なる小さい体。その事よりも、彼女の宮廷魔術師(である正装が、マントまでもぼろぼろに傷付き、彼女自身も少なからず傷を負っている事に三人は絶句した。
「ランカ!? その傷は!? 一体トグルで何が‥‥」
「時間がありません。陛下の命により尊公様方をお迎えに参りました。シアル殿と仮面(殿も先にトグルへ。お越しいただけますか?」
「当たり前だ! 早急に頼む!ブランカ殿! それからさっさと事情を説明してくれ!」
「私も手伝う! 先に行って!ブランカ。フィリーン、リルスと飛ぶけど、いいでしょ!?」
「分かりました。カイラ王子、お手を」
「う、うん」
それだけの傷を負いながらも、ブランカは仮面を被ったように冷静だ。何度目かでも慣れぬ魔法の感触。そして、何秒後かに開かれた視界には、あの屋内庭園ではなく白亜の部屋が広がっていた。神殿‥‥? とカイラが戸惑うがブランカは躊躇いなく彼女と同じ宮廷魔術師(の正装をした十数人の男性達、そしてそれに囲まれた青年に近付く。
「お連れ致しました、陛下」
「ご苦労だったな。疲れているところ、無理をさせた、ランカ」
「いえ」
「あー!ソール王子!? いや‥‥ソール陛下‥‥?」
「王子で良いぞ♪カイラ王子♪ おっと、フィリーンとリルス王女もご到着か」
いつものご歓迎をされるのかと思いきや、歩み寄ってきただけでソールは手を止めた。良く見ればソールも、そして傍らに控えていたジェヴルも宮廷魔術師(達も傷だらけだ。白亜に見えた神殿も、あちこちが傷付いている。
「ソール王子‥‥これは一体‥‥。何があったのだ?」
「ゆっくり休ませてやりたかったが、そうもいかなくなった。悪かったな、お疲れの所。俺の即位式にもゆっくりご招待してやりたかったんだが‥‥かなり省略して済ませてしまった‥‥」
「こんな事態でもくだらん冗談が言えるとは大した男だよ‥‥つくづく。いいからさっさと説明しろ」
「誉め言葉と取っていいのか?それは。とにかくこっちへ。ジェヴル、この場は任せた」
「はい。ブランカ、お前は陛下にお供しなさい」
「はい」
ジェヴルの言葉に、そう言えばもう王子ではないのだった‥‥とフィリーンは再確認させられる。ソールに寄り添うブランカに大丈夫? とリルスが声をかけるとええ、とブランカがようやく彼女らしい笑みを浮かべた。それらを従え、ソールは早足に神殿の奥へと歩みを進める。
「ソール王子、シアルと仮面(も此処にいると聞きましたが?」
「ああ、眠り姫と騎士殿はこちらで預かっている、此処だ」
そう言ってソールは一室の扉を示す。その手でノックをし、入るぞ、パルスナ、と声をかけて相手の返事も待たずに入っていく。ソールが呼んだ名に驚きながらもカイラ達はブランカに促されて中に入った。生贄を屠るのではないか、と疑ってしまいそうな祭壇の上にシアルが横たわり、目を伏せている。仮面(、いや仮面をはずしたパルスナはその傍らに立っていた。
「シアル! パルスナ!?」
「早かったですね、カイラ。ご無事な様子で何よりです」
「一体何事だ?パルスナ。俺達に黙ってトグルに来て、シアルは‥‥眠っているのか?」
「キルアーナの変調が予想よりも早くて、伝える間もありませんでした。申し訳ありませんね」
「キルアーナの変調? キルアーナってあの絶対神キルアーナ‥‥きゃ!」
不意に襲ってくる魔法の衝撃波からリルスを守る壁を作り出したのは、ソール。ブランカはすぐさまその衝撃波を魔法で叩き壊す。全く油断も隙もない‥‥と愚痴りながらソールはリルスに無事を確認している。
「ソール王子‥‥魔法が使えないはずじゃ‥‥」
「魔力封印されてたが使えなくなったとは一っ言も言ってないぞ♪カイラ王子♪。お前にもだ、ランカ。事情が事情だったんだ、いつまでもそうむくれるな。とまぁ、此処はこういう危ない状態なわけだ」
「それと俺達とどう関係が‥‥」
「フィリーン、尊公の星は、いえ、尊公方三人の星、セリキーレは別名『神を刈る星』、暴走したキルアーナ神を止められる唯一の星なのですよ」
「暴走したキルアーナ神を止める? どういう事!? パルスナ」
「その言葉通りなんだがな‥‥。くっ!」
今度はシアルの眠る祭壇の上の天井が崩れる。パルスナがさっとシアルの体を庇い、ソールとブランカが魔法でその瓦礫を粉砕した。ふう、とわざとらしく溜息をつきながらソールはさらに言葉を繋いだ。
「キルアーナ神は何百年かの周期で狂気に侵される。創造の神から、破壊の神へ変じるのだ。そのキルアーナ神に代わるべく存在するのがイアラ。しかしイアラは元がキルアーナの補佐神であるが故に力弱く、キルアーナには敵わない」
「狂ったキルアーナは世界を完全に滅ぼすべくイアラを殺そうとします。そうはさせぬため、キルアーナは己とイアラの力で作られた亜空間にその身を置いてます。が狂ったキルアーナがそこを出ようと力を暴走させているため、その空間とこちらの世界を繋ぐこの神殿にその力が表れているのです。シアルは今、イアラを助けて空間を維持し、最終的にはイアラを完全に復活すべく体を眠らせているのですよ。本来はもっと早くこうしていなければならなかったのですが、ソール陛下が宮廷魔術師(達を率いて足止めしてくださったおかげで何とか間に合いました」
「それでもこれはその場しのぎで、俺達がキルアーナを討つ以外、止める術はないと?」
「はい。本当は全てをお話すべきだったのですが、残念ながらその時間はなさそうだ‥‥。申し訳ない、カイラ、フィリーン、リルス」
「‥‥構わんさ。以前はたかが一国、今はこの世界の全てをたった三人で任されている、と言われたところで実感は湧かないが、シアルと、それを守るパルスナとソール王子達の身が危険に晒されているという事だろう? 戦う理由はそれだけで十分だ。な?カイラ、リルス」
『やれやれ、たかが小娘一人と人間共の命と引き換えとは、私も安く見られたものよ‥‥』
第三者、それも介入者の声を聞いて三人が振り返った時にはシアルとパルスナも、そしてソールとブランカもいなかった。代わりにあったのは古い石造りの石版。見覚えのあるそれは先程の神殿にはなかった。転移させられたという感触はない。まるで、自分達は最初から此処にいたかのように‥‥。
「フィリーン!カイラ見て! この石版、メターナ・ネウユ神殿の続き‥‥?」
「『銀の月満ちたり、子は子を見つけ鳥は巣に戻りたり。対の輪は星となりて闇夜を照らす星と化す』だと? この石版はメターナ・ネウユ、イアラではなくキルアーナが残したものなのか?」
「予言の成就は成らん。愚かな私の子供達‥‥。下らぬ戦いなど望まなければいま少しの命を生き永らえさせてやったものを‥‥。ほんの、短い時だがな」
「! リルスは下がって! 後方援護を頼む!」
「あ、うん‥‥」
「私に剣を向けた事、後悔するなよ? レフィン、そして、アリークよ‥‥」
両性体(の、完全なる神は薄く微笑を浮かべて自分達に歩み寄って来る。一見するとそれは女性のように小柄で華奢。何処にも人以外の物は感じられない。けれど、三対一の自分達を卑怯だとは何故か三人とも思えなかった。それどころかこんな強敵の前にたった三人、ポイッと投げ出されて一体どうしたらいいのか‥‥。
「訂正だ、リルス。援護はいい。徹底的に自分を守れ。俺達には、お前まで守ってやれる余裕はない‥‥」
「! フィリーン‥‥」
「ふふっ可哀相に、怯えているではないか。なぁ?シャテア。身を守る必要はない。お前達はネメスの星の元に滅んでいくだけだ」
「ネメス‥‥?」
「! 下がって!カイラ!フィリーン!」
小柄なリルスは二人の前に飛び出すと細い両の腕を突き出した。その手の先に広げた魔法壁(にぐっと重荷がかかる。魔法による手助けは二人には出来ない。リルスが表情を歪めるが、迂闊にシールドから出る事は躊躇われた。
「その細腕でなんと憐れな‥‥。すぐに楽にしてやろうぞ!シャテア!」
「っ‥‥。逃げて!二人共! 私じゃ抑えきれない!」
リルスの悲鳴混じりの叫びにはっとして二人は行動を起こした。カイラがリルスのシールドを抜け先に右方へ、そしてフィリーンがリルスの腰に腕を回して左方へ飛びのく。三人をはずした魔法は予言を破壊するかのように石碑を吹き飛ばした。
「おや、往生際の悪い仔兎達だ。三人仲良く、ではご不満なのかな?」
「‥‥迷う事はない、カイラ。あの女を殺ったように、自分達が生き延びるために目の前の敵を討つだけだ!」
「分かってる!」
「あの女とは、お前の母親の事か?レフィン。夫と子供を裏切って死にながら、死後は再び夫との生を願った憐れなほど愚かな女」
「黙れ。貴様が余計な事をしなければ‥‥」
「『自分も余計な事を知らずに済んだのに』かい? それは傲慢だよ、レフィン。彼女の欲望は現実。私は望む者に手を貸しただけ。そして、今こうしてアリークが私の手にかかるのも現実。これはそうだな‥‥さしずめ、私が望んだ者が私の物になっただけ、永遠に‥‥」
正面からキルアーナに斬りかかっていたフィリーンの向こうでカイラは背後からキルアーナに向けて剣を振り下ろそうとしていた。キルアーナは確かにフィリーンの方に顔を向け、その剣先をかわしていた。なのに‥‥その手に纏った魔力の剣はかわした瞬間わずかに振り返って突き出され、カイラの胸を貫いて鮮血を溢れさせた。
「そんな‥‥ぐっ‥‥」
「カイラ!」
「いやー!カイラ!! 嘘でしょ!? 死なないで!カイラ!」
「耀ける暁星、アリーク。まずは一つ目。さぁ、暁星を失ってどう戦う? レフィン、シャテア。もうお前達に、生きる術はない」
「っ‥‥。援護しろ!リルス! 奴を殺す!」
「‥‥うん!」
リルスの魔法を、フィリーンの剣をあざ笑いながらひらひらと身をかわすキルアーナ。その姿が視界の端に入っていた。傷が痛まないのが不思議だった。いや、死に逝く故かもしれない。
――短いな、たかが十六年だ、私の人生。このまま、何故巻き込まれたのかも分からない戦いで、こんなにあっさりと死んでいくのか‥‥?――
『おボケさんだねぇ、君も。もう諦めてしまうの?アリーク』
――誰‥‥?――
『君を守ってくれた人の存在に、まだ気付いていない? さぁ、立ちなさい。君が守らなければ、誰も君の兄と妹を守ってはくれないよ‥‥』
不思議な声は少女のような、少年のような声だった。手に力を込めると自分の剣の柄が手に触れる。不思議な声と対話したのはほんの数秒だと思っていた。けれど、兄と妹はキルアーナの手によって傷付き、追い詰められている。しばしの間に回復したのか? と馬鹿な事を思いながら、そっとカイラは体を起こした。
「さぁ、どちらから殺して欲しい? アリークは一人で逝ってしまったからねぇ、二人が一緒じゃアリークが可哀相だろう? ‥‥シャテアにしようか。レフィン、君は最後まで見守ってあげてね。君の目の前で死んで逝った全ての人間の時のように」
「!! やめろー!!」
「尊公には誰も殺せないよ。兄も、妹も、この私自身も‥‥。何故なら、私が尊公を殺すから」
「なっ‥‥アリーク‥‥?」
「カイラ!?」
自分の剣が躊躇いなくキルアーナの胸を貫くのを、夢見心地でカイラは見守っていた。クィーンネクタリアの時はあんなに戸惑ったのに、何故だかこうするのは当然のことのように思えた。自分がこの者に剣を突き立てるのは一度や二度の事ではないような‥‥。
「確かに‥‥殺したはずだ‥‥。何故‥‥?」
「去れ、ネメス。暗闇ごときに暁星は消せない。それだけの理由だ」
その言葉も当然のごとく口をついた。自分を殺そうとしたのがキルアーナではなく、ネメスという者である事を、自分は何故か悟っていた。キルアーナが倒れるのを、そして兄と妹が自分の事を不思議そうに見守っているのを感じながらカイラはすぐさまキルアーナの体を抱き起こした。
「キルアーナ! しっかりしてください‥‥」
「また、迷惑をかけたようだな‥‥。イアラを、よろしく頼む」
「キルアーナ!」
「また、私には黙って逝くつもり?キール。いい加減冷たいんじゃない?」
また新手だ、と言いたげな視線をフィリーンとリルスが向けた。カイラは特に驚かなかった。少女にしては高い身長、しかし少年の物としては低め。シアルに似た、けれど彼女の物より明る味が強くてずっと短い赤髪。悪戯好きそうな、しかし今は拗ねた様子の造りの良い顔。見覚えのない少女だったが彼女の声で彼女が誰なのか察したから。
「イアラ‥‥」
「逝きなさい、キール。そして戻って来て、いつか。何度失敗しても私は貴公からネメスの呪いを絶ってみせる、子供達の手を借りて。いつか必ず、ネメスの来る前の世界を取り戻すわ」
「期待せずに、待っている。また、独りにするな。すまない、イアラ」
「おやすみ、キール」
会話が終わるか否かのうちにキルアーナの体は塵になり、やがて消え去った。カイラとイアラが立ち上がると、リルスとフィリーンがまだ混乱冷め切らぬ視線を二人に、いやカイラに向けた。
「カイラ、お前‥‥何で生きてるんだ?」
「あ‥‥そう言えば傷! あ、あれ? 何処も痛くないや‥‥。それにあんなに血が出たのに跡がない‥‥? イアラ、尊公が?」
「もう! 相変わらず大ボケなんだから!カイラ王子!」
「あたっ」
ばしっと背中を叩いた後でイアラはポケットを見てごらん、とささやく。言われた通り、貫かれた胸ポケットの中に手を入れると、ハンカチにくるまれたある物が手に触れる。そのハンカチを取り出して開くと硝子、否鏡の破片が床に落ち、さらに細かく砕け散った。
「あ‥‥ランカにもらった‥‥」
「魔具(! そうか!そういう事だったのね! これは『身代わり』の魔具(だったのよ! ただの鏡の魔具(だったら攻撃そのものをはね返しちゃうけど、これは幻影の魔法もプラスされたの! 殺させたと錯覚させるために! すごいわ!ブランカ! これでまだ魔具師(なの!? ってそれより‥‥本当に死んじゃったかと思ったじゃない!カイラ! 生きてて良かった‥‥」
「まったくだ、二度も死んだ振りで人を驚かせやがって‥‥」
「今度のは振りじゃないよ‥‥本当に死んだと思ったんだから」
言い訳しても首に飛びついてくる妹の締め付けと兄の拳骨は避けられない。くすっと笑っていたイアラはじゃあ戻りますか、とおもむろに口を開いた。何処に? と問う間もなく空間を捻じ曲げられるような圧迫感。思わず閉じた目を開けると、そこはもうキルアーナの本神殿。
「カイラ! リルスにフィリーンも! 無事だったのね!」
「シアル! 目が覚めたのね!」
「うん、だってイアラはあの通り」
「今までありがとね♪シアル。長らく居候させてもらっちゃって♪」
「そんな事‥‥。私も色々ありがと♪イアラ」
「さて、無事、事も終えたようですし、続きをお話しますか?」
にっこりと仮面の下で微笑んだような声で仮面(が言った。カイラはどうする?と兄と妹を振り返るが二人共カイラ同様あまり乗り気ではないようだ。
「長くなりそうだし、止めておく‥‥。とりあえずさっさとラング・リ・ストゥに帰って今度は地べたでなく自分の部屋で安眠したい気分だ‥‥」
「そぉ? 君達が起きる頃には他の民々のキルアーナ神の記憶は抹消されててメターナ・ネウユが建ってるけど、パニック起こさない自信があるならゆっくりおやすみ♪」
「はぁ!? 突然脈絡もなく何を言い出すんだ!?」
「だって君達がキルアーナ神を殺しちゃったんだよ? 何も知らない一般ぴ〜ぽ〜には昔からメターナ・ネウユが居ましたって事にしといた方がいいんだよ。OK?レフィン。それとも君達の記憶も消しておく?」
「‥‥自分のした事くらい覚えておいてやる、俺はな。カイラ達が忘れたいなら、とやかく言うつもりはない」
フィリーンの言う『自分のした事』は母の亡霊であるクィーンネクタリアを殺めたことだろうか。忘れたい? と問うイアラに、カイラはまだキルアーナを刺した手応えのある手を握り締め、首を振った。リルスが続けて、やや慌てたように首を振る。そう、と笑っただけでイアラは深い追及はしなかった。
「じゃ良い夢を♪三人とも。続きはソール陛下に聞くと良いよ♪」
「え? ソール王子、じゃない陛下の記憶は消さないの?イアラ。それに、イアラは何処に行っちゃうの?」
「俺達トグリッサ王家、そしてトグリッサ王家付き宮廷魔術師(長は前回の、前々回のそのずっと前から神々と神星の歴史を記憶してきたのさ、リルス王女。それにまた新たな一話が加わったに過ぎない。イアラはこれから人々の記憶消去と表のメターナ・ネウユ神殿の再築に大忙しだ」
「そういうこと♪。‥‥シアル、仮面(、君達はどうする? 身を隠し、生き延びる旅は終わった。新しい居場所も出来た。もう『私』という宿命に囚われる事もない。これから、どうしたい?」
「シアル、貴女にお任せしますよ。貴女が望むなら私は何処へでも」
意図せず皆の視線がシアルに集まる。身を隠し、生き延びるための旅と言われてもシアルは過去を失い、自由な足を失い、そんな目的ではなかっただろう。今供に旅した仲間を得て、友を得て、彼女はそこに定住する事を望むだろうか‥‥。
「私は‥‥。‥‥、イアラと行っていいよ、仮面(」
「!」
「私もう一人でも大丈夫だから。イアラと行って、イアラの傍にいてあげて、仮面(。神殿に行っても‥‥いいかな‥‥。とにかく、足の悪い女の子一人でも生きていけるよ。仮面(は、もうこの世に居る存在じゃないんでしょ? イアラのために残ってたんでしょ?」
「貴女は一人ではありません、シアル殿‥‥。貴女が目を背けているだけ。供に旅したカイラ王子達が貴女を一人、荒れ野に放り出すとでも? それに、私を友と呼んでくださった事、嘘だったとは言わせません」
「そうよ! ブランカの言う通りよ!シアル。リルス達とラング・リ・ストゥに行こう! 魔法を習えばシアルだって‥‥。あ、神意魔法覚えちゃってるから無理なのか‥‥。でも!何とでもなるよ! いいでしょ!?カイラ、フィリーン」
でも‥‥と言いかけるシアルの口を塞いで、ね!? とリルスはさらに強調する。ああ、もちろん、と文句なく頷く二人にシアルは反論の言葉を失った。それでも肯定の言葉はでない。それに、と言ってぐいっとシアルの顔を後ろから引き寄せたのはソール。
「私の后にという手もあるぞ?シアル嬢」
「‥‥今は笑えないけど、その気持ちは嬉しいです、その冗談」
「‥‥。相変わらずつれないなぁシアル嬢。これの何処が冗談に聞こえると?」
「私はイアラと共に行きます。その決定に、迷いはないですね?シアル」
「うん」
「ではこの仮面はもう必要ないですね」
皆が一瞬驚愕に息を飲む。けれど傍らのイアラは静かに笑っていた。仮面を取ったパルスナも、優しい微笑をシアルに向けていた。彼が狂戦士化(する気配はまるでない。
「あっ! あ‥‥。やだ‥‥名前、出てこない。何で‥‥? すごくよく知ってる。すごく、大事だったのに‥‥」
「ごめんね、シアル。あの事件の時、予想外に早く動き出したネメスに不意を突かれて、私は君も君達の村も守れなかった。だから、これ以上の危険を防ぐためにも君の記憶を抜き取らせてもらったの。それを今、全部返すね。ささやかなプレゼントも一緒に」
「‥‥あ、パルスナ!」
「はい、シアル」
祭壇の上に座っていたシアルが立ち上がり、パルスナに飛びつく。一同が驚いてもシアルは自分の足が動いていた事に気付いていなかった。ただ、何年振りかに再会した、と言ってはおかしいか。そうとは知らずに傍にいた兄に縋って泣き出した。
「パルスナ‥‥。ずっと私と居てくれたの? 私を庇って死んじゃったのに、ずっと?」
「‥‥約束だったから。幼い頃に、守ると約束しただろう? けれどシアルにはもう、俺は必要ない。だから俺は、これからはイアラを守るよ」
「うん‥‥ありがとう、パルスナ‥‥」
「はい、兄妹の再会と別れの挨拶も無事終了した所で、行くよ、パルスナ。君の気が変わっちゃったら大変だからね♪」
「‥‥変わりませんよ、イアラ。けれど、急ぐ旅ですからね」
そう言ってパルスナはかつてシアルにしていたようにイアラの体を自分の腕に乗せる。かつての自分の姿を重ね、あれ? とシアルは今更ながらに自分の足に目を向けた。
「私の足!? 動いてる‥‥」
「君の足を完全に治す事は出来ないから、パルスナと交換だよ♪。君がめいっぱい寿命まで生きて、最後に返してくれればいいから。君が失った数年間を、取り戻しなさい、シアル。行くよ、パルスナ」
「イアラ‥‥、忘れ物がありませんか?」
「! あ、そっか、そうだった。カイラ王子、リルス王女、『輪(』を頂戴」
「え?リング? リルス、指輪(今持ってない‥‥」
「馬鹿‥‥俺がお前にやった腕輪の事だ。『サナソルムの腕輪(』だと言っただろ‥‥。さっさと出せ。カイラも」
こつん、と頭を小突かれて怒るリルスを諌めながらカイラは自分の二の腕から腕輪をはずし、イアラの差し出していた手に置いた。リルスも同様に逆の手に腕輪を置き、これどうするの? とイアラを見上げる。
「石碑の文句を覚えてないのか‥‥? 『‥‥対の輪は星となりて闇夜を照らす灯と化す』イアラ一神(の力では、キルアーナの代わりに昼を照らすので精一杯なんだろ?」
「む〜、さすがにレフィンは勉強家だねぇ。その通り、だから暁星であるアリークとシャテアに持っててもらってその力を分けてもらったの。‥‥でもサナソルムの方、闇の力の方が強い気がする‥‥」
「仕方ないだろ! リルスがいない間は俺が持ってたんだから! 文句があるのか!?」
「あるけど明日の朝まで、そう時間は無いねぇ。君と遊ぶのはまた今度にするよ♪レフィン。夜明け前に全てを書き換えなくては‥‥。行こう、パルスナ」
「はい。‥‥シアルをよろしく、みなさん」
「イアラ!パルスナ! ありがとう‥‥本当に‥‥」
よろしく、と言っていたパルスナの視線が一点、ソールに向けられていたと思うのはカイラの思い込みだろうか。イアラの姿が白い鳥、メターナ・ネウユに変わって飛び立ち、同時にパルスナも姿を消してしまった。問おうにも、その真相は分からない。ただ、立ち尽くすシアルの肩に手をかけたのはソールだった。
「シアル、そうしていてもパルスナは戻らない。もう行こう、この神殿は派手に壊されたからな、大々的な工事が必要だ」
「‥‥。尊公‥‥誰でしたっけ?‥‥」
「‥‥。悪い冗談だな、シアル。さっきの続きか? 記憶を取り戻したのなら当然俺の事も‥‥」
「いえ? 本当に、全然」
「シアル!? 私の事は!? ブランカの事分かる!?」
「うん、リルスでしょ、ブランカ、カイラにフィリーン」
シアルは一人ずつ言い当てていくが、ソールの所まで来るとまたうーん、と首を傾げる。その視線から顔を逸らしてソールは腕で顔を覆い、落ち込むポーズ。そんなソールを元気付けようとしたのはそっと手を置いたブランカだけ。
「お兄様、きっと多少記憶の混乱が起こっているだけだと思います、気を落とされずに。‥‥きゃー!お兄様!?」
大丈夫? とシアルを気遣うリルスと共にシアルの様子を見ていると、ほったらかしになっていたソールの居る方でブランカの悲鳴が上がった。が、『ランカ! もう俺にはお前だけだー!!』とわけの分からない事を叫ぶソールに多少きつく抱きしめられているだけのようなのでそのまま放っておく。
「ソール王子と何かあったの?シアル。なにかすごくショック受けてるみたいだけど?」
「うーん、覚えてない」
「とりあえず我々はこのまま帰っていいんだろ?シアルも連れて」
「うわっ! ひどいしフィリーン! ランカとソール王子あのまま?」
「多少シスコンが病的になっただけだろ? それにあそこに俺達が割って入ったらどうなるか‥‥。ジェヴル殿にでも止めてもらうさ。ふわっ‥‥リルス、四人くらいなら連れて戻れるだろ?」
「自分だけ疲れてると思わないでよね!フィリーン! まぁ‥‥ブランカ達もあの状態だから余力は無いだろうし、私が連れ帰るしかないだろうけどぉ‥‥。もうちょっと労わってくれるのが男ってものでしょ?」
――ゆっくり、おやすみなさい、私の星(達。目を覚ましたその時には、貴方達に用意された新たな世界が生まれている事でしょう――
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