子供達は、不思議の国に寝そべり、
日の過ぎ行くままに、夢を見、
夏が死に行くままに夢を見て、

流れをゆっくり、下っていき――
金色の光の中にただよう――
一生は、夢に過ぎないのではあるまいか‥‥

(鏡の国のアリスより)

 「怖い!」
え?と彼は正気に返った。何処かで聞いたような詩が一瞬頭の中を駆け抜け、支配されてしまった。特に急ぎもせず、声の主を探ると声の主は妙に薄くて高い塀の上に座り、半泣きで彼に手を伸ばしている。
「‥‥、なんだってそんな所に乗ってるのさ、まゆら」
「だってだって、お兄ちゃんがまゆりゃのこと乗せたんだもん!」
「そうさ!僕がこの子に握手くらいさせてやろうと思ったらこの子が存外小さくてね。恐れ多くもこの僕の隣にその子を乗せたのさ、君がね!」
「‥‥」
繭良の隣の偉そうな物体に目を向け、彼は手を伸ばしかけたまま絶句した。「君がね!」と同時にびしっと彼の前に突き立てられた指は人形さながらであったがどうやら手袋やら作り物やらではなさそうだ。けれど、人間の手でもない。でなきゃこんなに真っ白なわけがないのだ。

ハンプティ・ダンプティ塀の上
ハンプティ・ダンプティずってんどう

そうだ、マザーグース、「鏡の国のアリス」だ‥‥。
頭の中を巡る(うた)の由来にたどり着いて彼は頭を抱えた。そんな馬鹿な事が‥‥。もう一度冷静に現実を見直そう、と彼は再び視線を戻したが相変わらず塀の上には小さな少女とずんぐりむっくりとした卵型の生物――アリスの言葉を借りれば顔に「ハンプティ・ダンプティ」とその名が書いてあるような物体――が並んで座っている。
「ああ、ボクは頭がどーにかなってしまいそうだ!!。いや!此処にロキ神(ボク)がいてまゆらが縮んでるんだからハンプティ・ダンプティの一匹や二匹いたっていのかもしれない!。いや、だけどー!!」
「たまごしゃん怖いにょ〜!。早くまゆりゃ下ろして!」
「お嬢ちゃん、僕を卵なんかと一緒にしないで欲しいな。まったく、心外だよ。この僕の何処が卵だと‥‥あっ」
「あっ」
暴れる繭良の手がまさに肩にかけようとしていたハンプティ・ダンプティの手を振り払った。ハンプティ・ダンプティがよろめいた。その体は重力の誘惑に駆られ地面との懐かしき再会を果たそうと急加速、そしてがしゃっと呆気なく潰れる卵の殻。


王様の兵士みんな集めても、
ハンプティ・ダンプティ元には戻せない

そうだよ‥‥ハンプティ・ダンプティは落っこちたら王様の兵士にも元には戻せないんだよネ。それすなわち自然の摂理って奴さ!。
「さぁ!行こうかまゆら!」
「でもたまごしゃん‥‥」
「いいの!事故だから!」
顔面をもろにぶつけて派手に殻が飛び散っているハンプティ・ダンプティを少女が心配そうに見るがさっとロキは少女の体を抱えて立ち去ろうとする。中身が溢れていないのが不思議だがただ単に中はゆで卵だったのかもしれない、と勝手に自分を納得させて足を踏み出す。がしかし、不意にその足首を掴まれた。
「ぎゃー!!卵の幽霊!!」
「おばけ!?お化け怖ーい」
「待たんかい!われ!。このぷりちーラブリーなわいの何処がお化けやて!?」
「うわぁ〜今度は卵がみょうちくりんな関西弁もどきでしゃべりだした〜」
「誰が卵やねん!‥‥はっ、いかんいかん‥‥こんな殻いつまでも被ってるさかい卵や言われるんやな。どや?これでわいの男前がよう分かるやろ?」
「うさちゃん!」
卵の殻をポイッと放り投げて出て来たのは繭良が持っていたはずのうさぎのぬいぐるみだった。繭良が手を伸ばし、うさぎを取り戻そうとするがロキの腕の中では届くはずもなく、うさぎもちっちっと舌を鳴らして――そもそもあるのか?舌が?――いけないなぁとでも言うように後ろに飛びのいた。
「ルール忘れたんか?。わいは赤のキングや。兄ちゃんは白のキングで嬢ちゃんが白の兵士(ポーン)。まだ(ルーク)僧侶(ビショップ)騎士(ナイト)女王(クィーン)も手に入れとらんやろ?。まだまだ王手(チェックメイト)には早いんやないか?」
「ルールだかなんだか知らないが‥‥よーするにうさぎ(おまえ)をどうにかすりゃいいって事だろ?。ほぉらさっさと『鏡の国』ごっこはやめてボク達を元に戻してもらおうか?。大体なんでいきなりハンプティ・ダンプティなんだよ!。ハンプティ・ダンプティはd6で会うんだぞ!」
「やーん!まゆりゃのうさちゃん!!」
「待ちい!。待ちいって!兄ちゃん!。キャラ変わってるで!」
「はっ、いかん、ボクとした事が取り乱してしまった‥‥」
我に返るとロキは靴の下にいたうさぎを――いたというか無理矢理靴の下に敷いてぐりぐりとやっていたわけだが――解放し、ふう、と一つため息。その間にも腕の中の繭良がうさぎ救出に向かおうとしているが気付かない振りをして抱えなおし、で?とうさぎを振り返った。
「悪いけどもう一度ルールを説明して貰える?。何で此処にいるのかボクよく覚えてないんでね。まゆらに聞いても無理だろうし」
「ほえ?」
「はぁ、ほな気取り直してもう一遍聞かせたる。さっきも言った通り嬢ちゃんが白のポーンで兄ちゃんが白のキング、わいが赤のキングや。まず二人は白の残りの駒を捜しながら赤の駒と戦うんや。普通のチェスやとポーンが八体、キングとクイーン以外は二対ずつおるんやけど全部一体ずつでかんにんな。それから駒は相手の一体取ったら取った自分の駒も消える、その辺注意してや。わいは『eの8』で待ってるきに、まったな〜!!」
とうさぎはくるくる回転しながらミサイルのように飛び去ってしまった。何処に消えていったのかは知らないがおそらく「eの8」とやらに行ったのだろう。
「やれやれ、行くしかないか。まゆらがポーンって事はまっすぐにしか進めないな。でもボクがキングだから、キングがポーンを抱えてたらいいのかな?」
「お兄ちゃーん!あそこに誰かいりゅ〜」
「本当だ、白の駒かな?。赤だったら困るな‥‥まだ手駒がない」
「しりょいおよ服着てるにょ!」

<白のルーク GET!>
「おーい、君白の駒かい?。ってげっ‥‥ナルカミ君‥‥」
「?なんだ、お前らは。俺は白のルークだ、何か用か?」
「仮にもボクはキングだぞ‥‥。まぁ苛立っててもしょうがないや。力を貸してくれないかな?」
「ふん、まぁいいぜ。ただし俺をゲットできたらの話だがな」

<白のルークがいます。どちらを動かすか考えて次に進んで下さいね♪>
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