僕らの気持ち

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 「良いわね、ジェームズ。くれぐれも『吼えメール』を送ることがないように、勉強だけに専念なさい。いたずらなんて決して……」

 言葉が途切れた事に気付いて、ジェームズ・ポッターは慌てて見送りついでに説教する――いや、説教ついでに見送りに、かもしれない――母の方に向き直った。

「聞いているの! ジェームズ!」

 だが向き直るのが少し遅かったらしく、いつものように頭の上から怒鳴られた。ホームでホグワーツ特急を待っている生徒達やその見送りに来た親達が、何事だろうかと囁き合いながらこちらを見ている。

「勿論聞いていたよ、ママ。もう3日も前から同じ事ばかり言っているじゃあない? 僕の頭はママの忠告でいっぱいさ。そう、もう耳から溢れて出ていってしまいそうな程ね」

 軽く言ったジェームズの鼻先に、爪の長い母の指がつきつけられる。

「じゃあ出ていかないように、しっかりその両耳に栓をなさい! 良い? いたずらなんて絶対しないように」

 その時ホームにホグワーツ特急の汽笛が響いた。ジェームズも母も、いやホームにいた全員がホームに入って来るホグワーツ特急に目を向けた。白い煙を吐き出しながら、鋭く耳をつんざくようなブレーキ音をたてて、ジェームズの前にそれは止まった。

 やっとホグワーツに行けるんだ。

 そう思ったジェームズと同じように、目を輝かせて汽車を見つめているのはきっと、ホグワーツの新入生達に違いない。ジェームズはその子ども達から溢れ出すような感情を読み取った。

 期待、不安、喜び……。

それはジェームズも同じ。ただ他の子ども達と違うのは野望と、そして安心。

 まずは1年か……。

ジェームズの脇を抜けて、次々と生徒達が大きなトランクを持って汽車の中へ乗り込んで行く。ジェームズも汽車に乗り込もうと母を振り返り、その頬に別れのキスをした。

「じゃあ、行ってくるよ、ママ。パパによろしく」
「えぇ、行ってらっしゃい、ジェームズ。寮が決まって落ち着いたらふくろう便をちょうだい」

 母もジェームズの頬にキスを返した。

 ダイアゴンでジェームズ用に買ってもらったふくろうが、大きな籠の中で鳴いた。ジェームズはその籠を持ち、汽車の中へ運んだ。そして戻ってくると大きなトランクを2つ、同じように汽車の中へ運ぶ。

 そしてまた戻ってくると、今度は本当に最後の挨拶をした。生徒達は窓から、ジェームズは汽車の乗り口から、家族と別れの挨拶をする。

「ジェームズ……」

 母の顔が悲しみに歪んだ。

「ママ……」

 ジェームズは母にそんな顔をさせたモノに、微かな怒りを感じた。

 少し重い空気が、2人の間を支配した。それを壊したのはクラッカーでもクソ爆弾でもない、ジェームズの笑みだった。


「ママ、やっぱり耳栓は必要だったみたいだ」


 晴れやかに言ったジェームズに対し、母の顔がさっと青くなる。その時にはもう汽車は走り出していた。感傷的な気持ちで手を振る家族の中で、ジェームズの母だけが顔を赤くし、怒りに叫んでいた。

「ジェームズ!」

 距離が離れて行くのを嬉しく感じながら、ジェームズは窓から身を乗り出して手を大きく振った。

「ママ、吼えメール楽しみにしているよ!」

 声はもう届かなかったが、母はこう叫んでいるに違いない。

 そんなもの楽しみにしないでちょうだい!

ジェームズは満足げに笑った。

 なかなか良い旅立ちじゃあないか?

これで母も父も、吼えメールを送るたびに思いきり怒りをぶちまけられるだろう。

 あぁ、僕って本当、孝行息子だなぁ。

今魔法界は暗く、恐ろしい力がはびこっている。ポッター家の人々は誰も彼もがピリピリしている。ジェームズはそれをずっと感じていた。


 でもパパ、ママ。これも現実さ。
 僕がいたずらをして、貴方達が吼えメールを送って。
 そんな馬鹿馬鹿しいやり取りも必要なんだよ。
 怒りでも、喜びでも、悲しみでも良い。
 自分達の中に、確かに感情があることをたまには意識しなくちゃ。


ジェームズは笑った。11歳の少年がするには、随分と寂しげでそして随分と意志の強さを感じさせる不思議な笑みだった。

 気を取り直して、ジェームズはトランクを押し、ふくろうのクロノスと共に空いているコンパートメントを捜した。もう既にうまっているコンパートメントからは笑い声が聞こえてくる。何個か通り過ぎると、やっと空いている場所を見つけた。窓からそっと中を覗くと、黒髪の少年が1人だけいる。先程、母の説教が頭の上を通過していた時ジェームズの視線の先にいた、ホームで見送りもなく1人立っていた少年。ジェームズは嬉しくなってパッと顔を輝かせると思いきりドアを開けた。

「運命だ!」

 ドアの立てた激しい音とジェームズの叫び声に、中にいた少年の肩が跳ねる。何事かとこちらを向いた少年に、ジェームズはつかつかと歩み寄ると、少年の片手を両手で掴んで上下に振った。

「ホームにいたときから気になっていたんだ。早く話がしたいと思っていたんだけど、丁度良く席を空けていてくれるなんて、もうこれは運命だよ。僕はジェームズ・ポッター。ジェームズと呼んでくれ。君のその髪が気になってさ。どうやったらそんなストレートになるんだい? 僕だって決して寝相が悪いわけではないし、髪を洗った時はきちんと乾かしてから寝ているんだよ。それなのにこの髪ときたら絶対僕の思うようにはいかないんだから、まったく嫌になるよ」

 少年は黙ってジェームズを見ている。まるで何か特別な――特別に奇妙な――生き物を見ている、そんな目だ。

「そんなに目が丸くなるような髪かい? これでも充分落ち着いているんだよ。今朝一時間も格闘したんだ。えっと……?」

 ジェームズが言いよどんだ意味が分かったのか少年はやっと声を出した。

「シリウス。シリウス・ブラックだ。ジェームズ、とりあえず荷物を中に入れたらどうだ」

 少年の声は変声期途中の独特の声だった。低くもなく、高くもない。ジェームズは初めて名前を呼ばれて嬉しくなった。シリウスに言われた通り荷物を中に入れてコンパートメントのドアを閉める。自分の隣にクロノスの籠を置いてからシリウスの正面に座ると、シリウスの名前が頭を少し掠める。

 ブラック――。

ブラック家はポッター家と同じように古く、より力のある家だ。しかしそんな下らない事はすぐに頭の隅に追いやる。そういう対処なら、お任せあれだ。

「シリウス、名前もクールだ。顔も良い。髪も綺麗だ。ホグワーツではすぐに女の子の視線を集めそうだね。君、寮はどこが良いと思っているの? 僕はグリフィンドール。多分その通りになるだろうさ。折角の運命なんだから君も同じが良いな」
「ジェームズ、君いつもそうなのか?」

 シリウスが無表情で訊いてくる。先程から表情が変わらないが、もしかして怒っているのだろうか。

 怒らせるようなことは、何もしてないと思うけど。

ジェームズは身を乗り出してシリウスの目を見た。父から真意の分からない相手とは眼をしっかり見合って話せと言われている。

「いつもそうって、何が?」

 ジェームズの遠慮ない視線にもシリウスは目を反らさない。珍しい金色の瞳は揺らぎもしなかった。

「いつもそうやって、スニッチみたいに捕らえられないくらい早く話すのかい?」
「スニッチみたいに? すごい、いいね、今の表現。いつもじゃあないんだよ。でも話したいことがいっぱいあってさ、早く喋らないと全部話しきれないだろ? 気を悪くした? 悪意はないんだよ、これっぽっちも。本当さ。君さっきから表情が全く変わらない。怒っているのかい? 何が悪いのかな。やっぱりこうやってせかしく喋るのが? でも、どうしても喋りたいんだよ」

 シリウスの手がジェームズの口を塞いだ。

 おっと、やっぱり怒らせた?

ジェームズがそう思った時には、シリウスは肩を震わせて笑っていた。

「あはは、本当にスニッチみたいだ。別にそんなに急がなくても時間はあるだろう?汽車の中だけじゃあないんだぜ?1年はホグワーツで過ごすんだ。少しは僕が口を挟む隙も与えてくれよ」

 それはそうだ。しかし、寮が離れてしまえば自然と話す時間は減るだろう。

 そう考えたジェームズの心を見透かしたようにシリウスは真っ直ぐジェームズを見たまま笑って返した。

「僕もグリフィンドールだ。多分そうなるさ。君と同じで」

 笑った顔は同じ新入生達よりもずっと大人びていた。しかし何か悪戯好きの子どものような印象も併せて持っていた。

 そう、僕と同じだ。

ジェームズは雷に打たれたような衝撃を受けた。そして自然と言葉を返していた。今までの急かすような調子ではなく、ゆっくりと。


「僕と君は親友になる。きっと、そうなるよ」


 同じように大人びた笑みを返してジェームズは言った。
 本当はきっとなんて言葉は要らなかった。


 でも、君なら分かってくれるだろう?
 これが僕の確信だってことを。


 ジェームズの言葉にシリウスは一瞬戸惑ったような、驚いたような顔をしたが、でもすぐにそれを消して笑った。今度は本当に悪戯っ子のように。

「君が最初に言ったように、そうなるだろうね。これは『運命』だ」

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