僕らの気持ち

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 シリウスは1人、9と3/4番線のホームに降り立った。マグルでごった返していたキングズ・クロス駅とは違い、そこにはもう既に何人かのホグワーツ生とその見送りの家族がホグワーツ特急を待っていた。カートの上に乗せられた荷物と、鳥篭が揺れる。

 周りを見ると、見送りのいない生徒は少ない。父に送られて駅まで来たが、その父は仕事があるからと言って、シリウスに9と3/4番線のホームへの行き方を説明すると、すぐに仕事へ向かってしまった。

 勉強に励むように。

そう一言だけ言い残して、すぐに背を向けて行ってしまった父に特に寂しさを感じたわけではない。

 むしろその方がせいせいするさ。

じっと1人でホグワーツ特急を待っていたシリウスの耳に女性の怒鳴る声が届く。

「聞いているの! ジェームズ!」

 思わずその声のした方を向いてみると、黒い短い髪――しかもその髪の先はそれぞれが別の方向へ跳ねている――の少年が、母親らしき女性に何やら説教を受けている。シリウスはすぐにそこから目を反らした。見ていても仕方のないものだから。

 やがて激しいブレーキ音を立てて、ホグワーツ特急がホームに止まった。シリウスはすぐにそれに乗り込んで、空いているコンパートメントを見つけるとそこに腰を下ろした。不思議な事に、通路から聞こえる騒がしい声はどれも、彼の居るコンパートメントを通り過ぎて行く。彼はホグワーツ特急が再び動き始めるまでの間、外の喧騒とは隔離された状態でまどろんでいた。ガタンという音と軽い衝撃とともに、ゆっくりと景色が動き始める。

 段々と思考力が低下し、彼は両目を閉じかけた。

「運命だ!」

 ドアの立てた激しい音と少年の叫び声に、中にいたシリウスの肩が跳ねる。何事かとドアを向いたシリウスの目に飛びこんできたのは、先程母親に叱られていた少年だった。少年はつかつかとシリウスの方へ歩み寄ると、シリウスの片手を両手で掴んで上下に振った。握手と言うにはあまりに一方的で、上下の振りも激しすぎた。

「ホームにいたときから気になっていたんだ。早く話がしたいと思っていたんだけど、丁度良く席を空けていてくれるなんて、もうこれは運命だよ。僕はジェームズ・ポッター。ジェームズと呼んでくれ。君のその髪が気になってさ。どうやったらそんなストレートになるんだい? 僕だって決して寝相が悪いわけではないし、髪を洗った時はきちんと乾かしてから寝ているんだよ。それなのにこの髪ときたら絶対僕の思うようにはいかないんだから、まったく嫌になるよ」

 息継ぎできるのが不思議なくらい間を空けずに、少年は一気にまくし立てる。まどろんでいた時のこの襲撃だ。少年の台詞でシリウスの頭に残ったのは少年の名前のみだった。

 ジェームズ……ポッター?

 ポッター家なら聞いた事がある。この破天荒な少年は――この少年の頭が正常でその自己紹介も間違いのないモノなら――そこの一人息子だ。段々と頭の回転が通常速度に戻ってきて、シリウスは少年を改めて見た。くしゃくしゃの髪。背は低い。眼鏡の奥の瞳は輝いていて、何故か嬉しそうにシリウスを見ている。まだ高い声がまた言葉を紡ぐ。

「そんなに目が丸くなるような髪かい?これでも充分落ち着いているんだよ。今朝1時間も格闘したんだ。えっと……?」

 シリウスの視線を勘違いして、ジェームズと名乗った少年は自分の髪を恨めしげに掴んで見せた。そして言いよどんだその意味をシリウスは正しく理解して返した。

「シリウス。シリウス・ブラックだ。ジェームズ、とりあえず荷物を中に入れたらどうだ」

 ぞんざいに言ったつもりだった。できれば名乗りたくなかったから。ジェームズが悪いのではない。名乗るたびに自分がブラック家の一員であることを思い出さなくてはいけない事が彼を苛立たせるだけのことだ。

 しかしシリウスが思っていたより言葉はぞんざいにならなかったのか、それとも単にジェームズが鈍感なだけだったのか、ジェームズは一層笑顔になると通路に置きっぱなしのトランクを中へ運び込んだ。ふくろうの入った籠を自分の隣に置いて、ジェームズはシリウスの正面に座った。

「シリウス、名前もクールだ。顔も良い。髪も綺麗だ。ホグワーツではすぐに女の子の視線を集めそうだね。君は寮はどこが良いと思っているの? 僕はグリフィンドール。多分その通りになるだろうさ。折角の運命なんだから君も同じが良いな」

 一度話し出したら止まらないらしい。話題があちこち飛んでいる事に、ジェームズ自身は気付いていないのだろうか。

「ジェームズ、君いつもそうなのか?」

 特に馴れ合うつもりなんてなかったのに、シリウスは思わずそう訊いていた。

「いつもそうって、何が?」

 ジェームズは身を乗り出してシリウスの目を真っ直ぐ見て返す。その瞳に、何故か強く惹かれた。瞳の奥に微かに見える落ち着きを感じ取った瞬間、シリウスは悟った。あぁ、こいつは馬鹿じゃあないんだ、ということ。単にそう見せているだけなのだ、ということが。それが無意識のことか、意識しての事かは分からないけれど。


 自然に身についたこと。多分、僕のこの表情の無さと同じように。


「いつもそうやって、スニッチみたいに捕らえられないくらい早く話すのかい?」
「スニッチみたいに? すごい、いいね、今の表現。いつもじゃあないんだよ。でも話したいことがいっぱいあってさ、早く喋らないと全部話しきれないだろ? 気を悪くした? 悪意はないんだよ、これっぽっちも。本当さ。君さっきから表情が全く変わらない。怒っているのかい? 何が悪いのかな。やっぱりこうやってせかしく喋るのが? でも、どうしても喋りたいんだよ」

 シリウスは手でジェームズの口を塞いだ。本当に分かった。ジェームズは自分と似ている。他の人間が聞いたら首を傾げるだろうが、これは確かな事。シリウスは自然に笑っていた。

「あはは、本当にスニッチみたいだ。別にそんなに急がなくても時間はあるだろう? 汽車の中だけじゃあないんだぜ? 1年はホグワーツで過ごすんだ。少しは僕が口を挟む隙も与えてくれよ」

 そう言うとジェームズが妙な顔をしたのが分かった。多分、彼の頭をよぎったのはホグワーツで最初に行われる寮の組分けのことだろう。

 でも、そんな心配は無用だ。
 君と僕が別の寮になるなんてこと、あり得ない。

家では滅多に見せない笑顔で、シリウスは言った。

「僕もグリフィンドールだ。多分そうなるさ。君と同じで」

 ジェームズはシリウスの言葉に一瞬だけ驚いたような顔をしたが、しかしすぐに同じように笑って言った。

「僕と君は親友になる。きっと、そうなる」

 その理由のない確信を隠しもしない言葉に、シリウスの胸は温かくなった。何年振りだろう、ずっとこんな楽しい気持ちになった事はなかった。

「君が最初に言ったように、そうなるだろうね。これは『運命』だ」

 しばらく見詰め合って2人はどちらからともなく笑い出した。向かいのコンパートメントにいた生徒が驚いてドア越しに様子を見たくらい大きな声で。

 どれほどそうやって笑い合っていたか、2人は腹が痛くなるほど笑ってからようやく落ち着いた。

「運命なんて言葉が、こんなに素敵に聞こえたのは初めてだよ」

 ジェームズが言うとシリウスも返した。

「僕なんて、運命という言葉を使ったのでさえ初めてさ」

 2人とも思わず出てしまった涙を拭いながらそう言い合った。

「不思議だなぁ、僕ら本当に今日初めて会ったのかな。君、もしかして生き別れの兄弟とかいない?」

 今自分もそう思っていたところだったから何となく恥ずかしくて、シリウスはわざと皮肉って答えた。

「僕の兄弟だったら、その髪はどういう事か説明してもらいたいね。僕は別に特別な事はしてないんだぜ。君の髪はジェルをつけたって直りそうにないじゃあないか」
「だから言っただろう? この髪は絶対僕の言う事なんて聞きはしないんだ。きっとこの髪は僕とは別の意思を持っているのさ。そう、これは彼らの自己主張の結果で、総じて言えばきっとこのスタイルは彼らの総合芸術だ。……あぁ、なんだ。そう考えれば良いのか。つまりこれは寝癖なんかじゃあない。芸術だ! 僕はその芸術を誇ることはあっても卑下することはないんだ! そうだろう?」

 自ら答えを出して力説されて、シリウスは苦笑するしかなかった。ジェームズは実に楽しい性格をしている。

「その通りさ。その髪は君にしかない、君だけのものだ。むしろ僕は整った髪形の君なんて、恐ろしくて見ていられないよ。君とその髪は、つねに一緒なのさ。どうだい? 満足した?」
「勿論だ。初対面の人間に11年間の苦悩をあっさりと解決されたのはちょっと悔しいけど、でもきっと君はずっと前から知っていたんだ。そう思えば何てことはない」

 そしてその先を言おうとしたジェームズをわざと制して、シリウスは言った。

「僕は君なんだ。まったく同じではないけど、でもそれでも君は僕で、僕は君だ」

 君の言おうとした事と同じだろ?と視線だけで訴えると、ジェームズの顔が笑った。答えは『YES』だ。

 何故ここまで分かり合えたのかは分からない。しかし2人はそれからホグワーツに着くまでの間少しの時間も惜しんで話し合った。話題はさして重要な事ではない。これからのホグワーツでの生活の事であったり、今使える魔法のことであったり。それでも互いの家のことには殆ど触れずに。2人の気持ちは同じだったから。

 ジェームズ・ポッターはジェームズ・ポッターであって、ポッター家の誰ではない。
 シリウス・ブラックも然り。

勿論ポッター家やブラック家から完全に離れる事なんてできはしないと2人とも分かっていたけれど。


 僕らが僕らを尊重する。
 それだけでも、充分僕らは救われる。


 ホグワーツ生活1日目。
 2人は親友になった。
 姿はまるで似ていなくても、その形はまるで兄弟のようで。
 同じでも違う。そんな関係。

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