すべて知りたかった
君だけを縛る小さな独占欲
それを咎められる者がいるだろうか
最近気になる視線の先
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僕らは英雄になった。
相棒に言わせれば道化らしいけど、僕は英雄だと思っている。そして相棒以外の人達の意見は、僕と同じであると僕は信じている。何故なら僕らの英雄譚を皆語っているのだから。
まず組分けの儀式。あの時真っ赤になった茹で上がりのロブスターのような顔のシリウスは最高だった。今後も彼をからかう良いネタになることだろう。覚悟しておけ、親友殿。
そして僕らは初めての授業で先生達にご挨拶を仕掛けた。1つだけ失敗してしまった授業があったけれども、他は概ね目標通り。早速の吼えメールは食堂で皆にサービスしてあげられて、僕は本当に満足している。あぁ、僕らの名誉の為に――イタズラも名誉であることは変わりないけれど、一応、だ。僕だって常識くらい持っている。片手で握れるくらいのものだけど――付け加えておくけれど、イタズラで減点された分、授業の課題をクリアして点を稼いだから、我等のグリフィンドールは±0か、もしかしたら+かも知れないよ。
英雄としては女性がらみの話が欲しいところだ。でも残念ながら僕らはまだ子どもで、女の子と手を繋いでじっとしているよりは廊下にクソ爆弾を撒いてフェルチに追いかけられたり、箒で空を飛びまわっていた方が楽しいんだ。勿論もっと大きくなれば好きな女の子だってできるかもしれない。その時はきっと手を繋いでじっとしていることに楽しみを感じることができるのだろうね。
僕らは女性に深い興味を抱いてはいない。今の段階では。しかし女性は僕らのように子どもではないようだ。僕には僕なりの魅力があると信じて疑わない。けれど僕の相棒の魅力は随分多くの女性に支持されているらしい。普段は無愛想で可愛げないのに――彼の名誉の為に言っておくけれど、彼は充分可愛い。外に出したら今以上に女性がよろめくだろうから、ホグワーツの男子生徒の為にも今のまま表面は無愛想にしていてくれると良いけれど――どうしてか女性の視線を集めるんだよね。奴は何も感じていないようだけど――恐ろしく鈍感なんだ。そういうことに関しては――僕はその熱い視線に串刺しにされて、バーベキューのように網の上で焼かれている気分になるんだ。その相棒について語ろうか。
相棒の名前はシリウス・ブラック。僕と同じ黒い髪なのに、櫛で梳かさないでもいつでもさらさらのストレートヘアだ。まぁ、僕の髪の方が芸術性は高いけどね。普段は無愛想だけど、それが無駄に格好良いものだから、女性にはモテるし一部の男性には嫌われている。育ちが良いくせにわざと服をだらしなく着せて見せたりしているものだから、喧嘩を売られた回数は入学してから5ヶ月でもう2桁台になっている。それで負けたらこれ以上敵は増えないだろうに、喧嘩も強いから手に負えない。僕だって弱くはないよ。ただ手足の長さっていうのは殴り合いには大きな武器になるわけだ。僕もいずれはシリウスを超えるくらい大きくなってみせるけど、今は大人しくエネルギーをためることにしている。そんなに敵を作ってどうするつもりかと僕が訊いたら、彼はこう答えた。
「味方が大勢いるよりは、ずっと安心できる環境だと思うけど?」
つまり彼はとても優しいのだ。その事実を知っているのが今のところ僕だけだって、何となく嬉しい。
僕らは相棒であり、兄弟でもある。不思議と相手の考えていることが分かるし、そして不思議と好みも似ている。いつもと様子が違えば、そんなことすぐに分かってしまうのだ。だから僕は最近シリウスの様子がおかしいことを、他の誰よりも早く察知する事ができたのだ。
それは1週間ほど前のことだった。僕らは教室で魔法史の退屈な授業を受けていた。外は明るく晴れ渡っていて、僕は体が疼くのを感じていてもたってもいられなかった。
このまま授業を抜け出してしまおうか。
そう考えた僕の心境を察して欲しい。僕は別にいつどこの誰が魔法で何をしたなんて過去のことはどうでもいいのだ。ようは今、外は晴れていて、僕は陰気臭い教室で眠たくなるような授業を受けて、という状況で僕はどうするべきなのかを考えたかった。半年も学校にいれば、教師の癖なんて覚えてしまう。つらつらと教科書を読むだけの授業を抜け出して、禁じられた森へ行って昼寝をするのもありだ。
ありだなんてものじゃあない、大有りだ!
そう思った僕は嬉々として隣に座っている相棒に目を向けた。体に触れて教室の入り口を指せば分かってくれるはずだ。
二度と巡っては来ない、今という時間を有意義に過ごそうじゃあないか、相棒よ!
そう心の中で叫んで相棒のローブの袖を摘もうとして、僕は止まった。
想像してもらいたい。無愛想な顔そのままである一点だけを真剣に見つめている彼の姿を。いつもの尊大さなんて欠片もない。触れたら壊れてしまいそうで、僕はためらった。そしてその金の瞳が見つめている先に何があるのか。僕はシリウスの視線を追った。前列、前々列の机を通り越して、段々になっている席を下へと降りていく。一番下までいくと、柔らかそうな鳶色の髪に当たった。
確か……リーマス、だったっけ。
半年近くグリフィンドールで過ごしているので、同じ寮の同学年くらいは顔と名前を覚えることができている。まだ個人的に話をしたことがない生徒もいたが、リーマス・J・ルーピンもその中に入っていた。
とにかく印象の薄い生徒だった。意識しなくても目に入ってくるシリウスとは違う。顔は覚えていても、彼の声がどんな風か、口調も全く思い浮かばない。隣に座っているのはいつも何かで失敗しているピーターだ。彼のことは話したことがなくても知っている。甲高い声に、少しどもり気味の話し方をして、歩き方はひょこひょこと奇妙な動きをするのだ。そう言えば、リーマスはピーターと一緒にいることが多いかもしれない。
寮で同室なのかな?
そんな曖昧な認識だけだったリーマスに対して、僕が興味を持ったのはこの日からだ。シリウスがまるで恋する乙女――なかなか気色悪い表現だ。何て体のでかい乙女だろう――のように見つめている相手に、相棒の僕が興味を持たないはずがない。それから1週間、気が付くと、彼と僕はそろってリーマスを見つめていた。やがて僕はシリウスを抜きにしても、リーマスというクラスメイトに興味を募らせていった。身長は僕と同じくらい。まぁ、シリウスがでかいだけなんだ、僕らは標準さ。そして、やはりピーターと同室らしい。少しドジの多いピーターを、脇からそっとフォローしている。
印象深いのは、その笑顔。誰にも平等に笑いかけるその姿が、僕の心にはどうもしっくり馴染まない。八方美人だって言っているわけではない。それを言うなら僕の方がよっぽど八方美人だ。何と言って良いのか分からないけれど、とにかく彼には僕とシリウスとは違った闇があるのだ。誰にも平等に笑顔を向けて、その笑顔で牽制している。
それ以上近づかないでくれ。
と。
1週間が限界だった。今日こそシリウスが話かけるだろうと思って1週間我慢したけれど、図体ばかりでかいシリウスは話しかけるどころか彼に近づく事さえしなかったのだ。最後の3日は僕が「話かけろ」オーラを発していた事にも気付かない相棒の鈍感ぶりに、僕はとうとうブチ切れた。
変身術の授業が終わり、僕らは教室を出ていつもの様に並んで歩いていた。頭1つ分背の高いシリウスを見上げながら、僕は思いきり間接的に時限式爆弾を投げた。
「ねぇ、シリウス。随分君らしくないんじゃあない?」
僕の投げた時限式爆弾の残り時間にさえ気付かないシリウスは、怪訝そうに眉を顰めて僕の投げた爆弾を見ている。
「は? 何のことだ?」
僕はわざとらしく溜息を付く。あからさまな様子にむっときたのか、シリウスはますます眉間に皺を寄せて僕を見る。シリウス、やっぱり君は鈍すぎる。
「気になるなら、声をかければ良いのに」
早く気付きなよ。爆弾はどんどんリミットに近づいている。
「だから、何のことだよ」
あぁ、もう。
「呆れたな、君。自覚ない訳? 君って案外ムッツリ助平だったんだなぁ」
「喧嘩売っているのか、ジェームズ」
「まさか!」
僕が売っているのは喧嘩じゃあなくて爆弾だ。今日は時限式。きっと明日は手投げ式だ。君の頭に命中させて、君の身長を僕と同じにしてやる。と、そう言わなかった僕の忍耐強さには涙が出るだろう?
「いいさ、教えようシリウス君。ここ最近の君の行動について、僕が知らないことはない」
そう言うと、シリウスはあからさまに嫌な顔をした。全く失礼な奴だ。
「気持ち悪い言い方しないでくれよ。そりゃ四六時中一緒なんだから、当たり前だろう」
断っておくけれど、ベッドとトイレは別々だ。
「そう! 四六時中一緒で、最近は向かう視線さえ同じだ」
さて、シリウス君。君の手元の時限爆弾は、もう限界みたいだよ。
「この1週間で、総時間28時間と43分。君の視線の先にいたのは誰だ?」
ほら爆発した。君は足を動かす事もできないじゃあないか。早くどこかに投げてしまえば良かったのに。
「マ、マクゴナガルかな。授業とか、説教とか……」
引きつった顔をしてそんな抵抗を試みるのなら、僕も存分に追い詰めてやろうじゃあないか。
「そういうことにしても良いのかい? 僕は全生徒に、S・Bはマクゴナガル女史を愛していると振りまけば良いわけだ」
「悪かったよ!」
そうだ、観念したまえ。明日僕に手榴弾を投げられないうちに。忌々しそうにネクタイを解きながら歩いていたシリウスは、太った婦人の前で立ち止まる。そのまま合言葉を言うのかと思いきや、とんだ爆弾を僕に投げ返してきた。
「でも……そんなに見ているつもりはなかったんだけれどな」
ズッコケなかった僕は、自分で自分を誉めてやりたい。
「呆れたよ、呆れすぎてどうして良いか分からない。笑って欲しい? 全く僕じゃあなきゃ睨んでいるようにしか見えなかったさ! 君、目付き悪いからね!」
先に合言葉を言って寮に入る。談話室には誰もいなかった。さっさと入る僕を追いかけて、シリウスは再び横に並ぶと、笑いたくなるような台詞を追加してきた。
「いつから気付いていたんだよ」
ちらりと顔を上げると、シリウスの頬が微かに赤い。そりゃ恥ずかしいだろうさ。僕だって真剣な君を見ているのはすごく恥ずかしかった。
「君、決定ね。ムッツリ君だ。授業中一緒の時はずっと彼を見ていたくせに。いや、恋する乙女君にしようかな。でも乙女に、君は可笑しいかな? なんせ総時間28時間と……」
「それはもう良い!」
部屋に入ってから叫びなよ、と言いたかったけれど、僕らの声を荒げた漫才なんてここではもう名物だ。現にこの男子寮でこの騒ぎを聞いて扉を開けた者は1人もいなかった。皆耐性ができて良かった。教師の怒鳴り声なんて、もう平気だろう。シリウスの叫び声は大きいから。
「まぁ、君が一体いつから彼を見ていたのかは知らないけれど、僕も1週間前からは君と彼を見ていたからね。いくら何でも彼、気付いているんじゃあないかな。君ほど鈍感でなければ」
扉を開けて部屋に入る。あと2人のルームメイトは図書館だろうか。とにかく部屋には都合よくシリウスと僕だけだった。彼に気付かれているかもしれないと知ったシリウスは更に顔を赤くしている。そんな愛しき相棒殿に追い討ちをかけるべく、僕は1日早めの手榴弾を投げ込んだ。
「君が話しかけないのなら、僕が話しかける」
「なっ! 何で君が?」
手榴弾式の方が、やはり反応が早い。予想通りのリアクションで、僕は満足だった。
「君の視線を追って彼を見ていたら、僕も彼に興味を持った。僕は見ているだけじゃあ足りないから、彼と話がしたい」
1週間+時限爆弾分猶予をあげたんだ、もう僕の忍耐は限界を超えたぞ。脱いだローブをベッドに放り投げると、僕はシリウスに満面の笑みを見せた。勿論嫌がらせだ。
「良いだろう? 君が話しかけるのを待っていたら、7年過ぎてしまいそうだ」
「そ……そりゃ良いさ。別に僕に話しかける権利があるわけじゃあない」
少なくとも1週間+時限爆弾分は、その権利を僕は認めていたんだけれど。無理しているのが見え見えだよ恋する乙女君。
「良し! 決まり!」
僕は腕を伸ばして、後向きにベッドに倒れる。まぁ、きっかけさえ掴めれば、君も話すようになるだろうし。例えて言うなら僕は仲人、いや恋のキューピットかな。羽が生えていれば後者だ。もしその羽が真っ黒だったら、何だろう。
「ジェームズ、でもどうやって話しかけるつもりなんだ」
「どうやって、だって? 君は僕が話しかけるのに足や手を使うとでも思っているのかい? 勿論口で話すのさ」
「方法じゃあない。その……きっかけだよ。何て話しかけるのか」
君はラヴ・レターの文面を考える思春期真っ只中の引っ込み思案な少年か?
そう言葉に出さなかったのは、いつか僕がラヴ・レターの文面に苦戦する時がくるかもしれないからだ。相手にツッコミの機会を与えてはならない。漫才コンビではあるけれども、ボケ担当は僕ではないと信じているから。
「明日になれば分かるさ。君も付いて来るだろう? 後で見てなよ。僕の勇姿を」
「勇姿になれば良いけどな」
おっとナイスなツッコミだ。
あれ、ツッコミは僕だったはずなのに?
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次の日の朝。僕は相棒の声に目を覚ました。なんだかやけに早くないか?
「ジェームズ、寝坊だぞ。朝食いらないのかよ」
もう着替えて食堂へ行く気満々の相棒に、僕は苦笑した。知らないとでも思っているのか? 君は今日のことが気になって、昨日いつまでたっても布団の中でごろごろと転がっていた。きっと今日は寝不足なのだろう。
「ジェームズ、置いてくぞ」
どうぞ、そうしたら君はまた黙ってリーマスを見つめる日々を続けるわけだ。
でも僕は昨日いじめすぎたことを反省して、それを言葉にしなかった。今日の僕は羽の黒いキューピットだから。
「はいはい。すぐ着替えるから」
ベッドから降りると、僕はもそもそと着替え始める。シリウスがじれているのが分かる。こういうところ、可愛いんだよね、あまりにもストレートで。
「よし、じゃあ行こう」
ネクタイをきちんと締めてから、ローブを羽織る。相変わらず首に引っ掛けているだけのシリウスのネクタイを見て、あれを首の後にくっ、と持っていけば絞殺死体のできあがり、なんて考えた僕はどうやらまだ寝ぼけているらしい。
「何でだろ、やけに眠いや」
欠伸をかみ殺しながら歩く僕を見て、シリウスが呆れたような声を出す。
「君、10時には寝ていただろう? 寝すぎなんだよ」
そして君は寝不足、と。相棒とはこうしてバランスをとるものなのかもしれないな。
食堂はもう大入りで、既に食べ終えて寮に戻る者もいた。そのまま席で話している人達もいる。僕らが入ると、一層ざわつきが大きくなる。何せ僕らは英雄で、僕は今日キューピットだから。おや、後者は関係ないかもしれないな。
相棒は相変わらず女性陣の熱い視線を、鈍感という名のプロテクトで跳ね返している。ホグワーツ女生徒の皆さん。今日僕が矢を射る相手が、この男と貴女方の全員であれば良かったのに。そうすれば、名実ともにプレイボーイができあがる。でも残念な事に、今日僕が矢を射る相手は、貴女方の誰でもない。女性でさえないのだから。
シリウスの視線はいつも僕より先に彼を捕らえる。シリウスはハンターだ。いや、ストーカー? それはあまりに可哀想かな。リーマスはやはり同室のピーターと朝食の真っ最中だった。ピーターがこちらをちらちらと見ながら隣のリーマスに話しかけている。内容は多分、僕らの戦歴だ。
僕は他の一切を無視して、一直線にリーマスへ近づいた。リーマスはこちらを見ない。視線は机の上のトレイに向けられたままだ。動くのはピーターの驚いたような視線ばかり。座っているリーマスの隣までいくと、彼の完全防備の世界を壊すようにして、僕はテーブルに手をついた。
「やぁ、おはよう。リーマス・J・ルーピン」
誰が見ても爽やかに言った今日の僕は、積極的になりすぎた内気少年だ。キューピットってそんなものさ。
のろのろと顔を僕に向けたリーマスの焦点は定まっていない。きっと何が起きたのか理解できていないのだろう。僕は彼を安心させるように微笑む。
「隣、空いているかい?」
ピーターに肩を叩かれて、リーマスはようやく僕の言った言葉を呑み込んだ。すぐ笑顔を作ると立ちあがる。
「あ、うん。僕はもう食べ終わったから」
おや、小食にも程がある。まだトレイには殆どのものが残っているのに。その場を離れようとするリーマスの左手を掴み、僕は彼を引きとめた。
「ちょっと待って」
目の前に来る彼の驚いたような顔。そして、掴んだその手が振動する。振り払おうとしたのか、それに気付いた僕はすかさず握る手に力を込めてそれを制した。
彼は驚いたのではなく、怯えていたのだ。それに気付いても、僕は手を離さなかった。ずっと彼を見つめていて、僕はどうすれば彼と話せるのか考えていた。出てきた結論はこうだ。きっかけは強引に作らなくてはいけない。少しでも甘くすれば、彼はその笑顔で僕を退けるだろうから。
「君を不快にさせたことは謝るよ。でも、僕を避けないでくれないかい?」
何事かと周囲の人間の視線が集まる。シリウスがはらはらしているのが分かる。しかしまぁ、待ちたまえ。この場はしっかり者のキューピットに任せておけばいいのだよ。
「な、何のこと?」
リーマスが体ごと後に下がる。どうしても僕の手から抜け出したいらしい。
でも、そうはさせない。
「気付いていたんだろう?最近僕が――」
しんと静まった食堂は、僕の台詞の先を気にしている。それでは期待にお応えしよう。
「君を見ていたこと」
「え?」
リーマスが発した疑問符に、僕も驚いた。すぐにリーマスは顔を伏せる。その顔が少し赤く見えるのは僕の気のせいだろうか。
別の意味で顔を赤くしたのは背後の恋する乙女君だ。
「ジェームズ、君……」
はいはい、見ていたのは僕だと言いたいのかい? でも君は絶対言えないし、僕が代弁したらもっと怒るだろうに。食ってかかるのはお門違いさ。僕は邪魔してきそうなシリウスの足を思いきり踏んでやった。つま先を、踵で踏むんだ。結構痛いよ。現にシリウスは声もなくしゃがみ込んで、踏まれた足を押さえている。僕は改めて彼を無視して俯くリーマスの顔を覗き込む。
「授業中さぞ居心地の悪い思いをさせてしまっただろうね。僕は真剣になるとつい目付きが悪くなるから」
本当はいつも悪いんだよ。親友殿はね。
「でも分かってくれないか? 睨んでいたわけではないんだ。君に誤解されたくないから、今日ようやく勇気を振り絞って君に話しかけた」
内気な少年が積極的になりすぎるとこうなるんだ。普通こんな大勢の前でこんなことを言う少年を内気とは言わないだろう。
リーマスはか細い声でようやく応えてくれた。
「わ、分かったよ。だから――」
リーマスの手に力が更にこもる。僕も負けずに握る力を強くする。
「手を離して欲しいんだけど」
「まだ、駄目」
怒っているのか、彼の手は震えていた。視線は僕を捉えてはくれない。
「君に悪気がなかったのは分かったよ。話はもう終わりだろう?」
「終わってないよ」
最初のデートで、次のデートの約束をしない恋人達がいるだろうか。ファーストコンタクトとは、次に繋げるためにあるのだよ。
「何故僕が君を見ていたのか、聞いてくれても良いと思うな」
押しかけセールスマンよろしく、僕は彼に満面の笑みを見せる。そして一瞬だけ彼の手を離すと、握っていた右手を左手に変えて、彼を再び捕らえる。僕はおもむろに椅子に登り、長い机に脚を乗せると、食堂全員に聞こえるように叫んだ。
「そう、1週間君を見つめるだけだった僕の、この勇気に免じて。君は是非僕のお茶会に出席すべきだ!」
呆気にとられた食堂の生徒達。集中する視線の中で、リーマスが否と言えない事を知っていた。覚えておきなよ、シリウス。デートの約束は、こうして取りつけるのさ。
「全く! ジェームズ、君があそこまで強引だとは思わなかった! あんな大勢の前で、断れるわけがないだろう!」
憤るシリウスに、僕は両手を上げて降参のポーズ。勿論ポーズだけだ。最後に僕と視線を合わせなければ、彼はきっとあの中でも僕の申し入れを断っただろうから。
「悪かったと思ってるよ、ホント。でも、ああしないと彼に上手くかわされそうだったからさ」
次の飛行術の授業で使う箒を取り、僕はシリウスに一本渡す。口をへの字に曲げている彼に、僕は続けて言ってみる。
「普段の君の強引さを見習ってみたんだけど」
「僕はあんなに強引じゃあない!」
認めるよ。ことリーマスに関してだけだけれど。
「まぁ、結果オーライさ。無事彼を誘えたろう?」
フーチ先生の待つ訓練場へ歩き出しながら、まだムスッとしているシリウスの背に言うと、彼はこう返してきた。
「君、絶対嫌われたぞ」
「そんなことないさ」
「いや、絶対あるね!」
その日の放課後、不満を訴える相棒を無視して僕はリーマスを部屋へ迎えに行った。相棒には僕らの部屋でお茶を淹れてもらっている。彼は主催者である僕が淹れるべきだろうと言ったけれど、僕はお茶を淹れるのが下手クソなのだ。まずいお茶を飲むよりはおいしい方が良いに決まっている。僕の場合蒸らしの時間に別の事を考えたり、砂時計が終わらないようにひっくり返しているのがいけないのだと思う。でも、我慢できないのだ。全ての砂が落ちきる、あの最後の瞬間が大嫌いなのだ。取り返しのつかないことをしてしまったような気分になる。
反対にシリウスはお茶を淹れるのが上手い。砂時計で測っているわけでもないのに蒸らしの時間は完璧で、僕は意外に思ったものだ。ブラック家の坊ちゃまは、そんなこと自分ではしないのだと思っていたから。下らない偏見が自分の中にあったことは、恥ずかしくてシリウスには言えなかった。彼はシリウスで、ブラックではないことくらい、最初から分かっていたのに。やはり理解できていなかったらしい。
リーマスの部屋へ行く途中で、ルームメイトのピーターに会うことができた。
「やぁ、ピーター。彼は部屋にいる?」
「あ、うん。先に帰ったから。居ると思うよ、ジェームズ」
いつもより声が高いような気がするのは気のせい? どうしてそんなに緊張しているのだろう。
「君はまた補習かい?」
まだローブに制服の彼を見て、僕は言った。失礼だっただろうか。
「う、うん。そう。昨日の変身術で」
あぁ、蛙を好きな色に変えるやつ。僕は虹色に、シリウスは白黒に変えていたっけ。ピーターは確か蛙がタイミング良く逃げ出して、机を爆発させていたな。
部屋の前まで来ると、ピーターが戸を開ける。そして中にいるであろう人に呼びかけた。
「リーマス、ジェームズが来たよ」
僕は戸口に立って耳を澄ませていた。中からは消え入りそうな声。
「今行くよ」
本を閉じる音がした。どうやら読書の邪魔をしてしまったらしい。許してくれよ、リーマス。キューピットは今日の務めを果たさなくては。
出て来たリーマスに、僕は言う。
「シリウスがお茶を用意してくれているよ。ゆっくり行こう」
男子寮内を移動するだけだ。ゆっくり行ってもさして時間はかからないだろうけれど、シリウスを待たせるのも面白い。きっと文句を口にしながらきっちりとおいしいお茶を用意してくれているに違いない。想像して思わず口元が緩む。そんな僕の背に向かって、リーマスがやはり小さな声で呼びかけてきた。
「ねぇ、ポッター君」
ポッター君だなんて、教師か、嫌味を言ってくる奴しか使わない。
「ジェームズだよ。僕もリーマスと呼んでいるだろう?」
少し彼が口篭もる。しかし次には僕の言った通りにしてくれた。
「ジェームズ、君、どうして嘘を?」
「嘘?」
僕が振り向くととっさに彼は下を向く。そんな反応も最初のうちは仕方がないと諦めてあげる事にする。あの図太いシリウスとは違うようだから、もう強引さは収めて優しくしてあげよう。
「あ、違っていたらゴメン。でも僕、やっぱりあの視線は君じゃなかったと思う」
と言う事は?
僕は彼の言葉をしっかり呑み込む。喉元を過ぎると、僕は自然に微笑んでいた。俯きながら歩き続ける彼の前に飛び出して、その歩みを止める。
「誰の視線だと思ったの?」
優しくしてやろうと思った矢先の意地悪な僕の問いに、リーマスはやはり口篭もった。おやおや、全然優しくしてないじゃあないか。参ったね、僕はSじゃないぞ。
「それは、その……」
「リーマス。名前を呼んだからって、彼は飛んで来たりしないよ」
みるみるうちに、リーマスの顔が赤くなる。僕は正直嬉しかった。相棒の視線に、彼が気付いていた事が。
「そうだよ。君の思っていた通り、最初に君を見ていたのは僕じゃあない。僕の相棒の方さ。最も、1週間前からは確かに僕も君を見ていたから、丸っきり嘘って訳でもない」
リーマスはしばらく黙っていた。やがて何か決心したように顔を上げて、僕を見た。色素の薄い瞳は、何色というわけでもなく、しかしとても綺麗だった。
「僕、何かしたかい? 気に障ることでも?」
「え? 違うよ、まさか!」
むしろ僕の方が君にとても意地悪をした。それを責めない君。
どうして?
「じゃあ、何故?」
彼を見ている時の感覚を思い出した。今僕は、彼の世界に触れている。
「シリウスの方は分からないけれど、僕は――」
授業中君を見ていると、君はいつも真面目に授業を受けている。
でも時々、君はふっと虚空を見つめて
何か別のことを考えている
その瞬間
そしていつも何か言いかけて
君は口を噤む
この先は言わなかった。君の周りは、時が止まっているようだと。落ちきった砂時計のように。もう何も動くものがない。そして外との関わりを、すべて水晶で遮断して。
僕の言葉に、そんなことをしている自覚がなかったのか、彼は戸惑っていた。
「そ、そんなことしている?」
「しているよ」
君の時を動かしたいと言ったら? あぁ、シリウス。君が嫌がっても、無理矢理君の意見を聞くべきだったかもしれない。情けないけれど、今回ばかりは君が何を思って彼を見ていたのか、僕には分からない。僕と同じだと良いけれど。
「君が呑み込んだ言葉は、僕とってはすごく魅力的なんだ。僕にとって君は未知の存在だ。僕というのは困ったことに、近くに謎があればそれを解きたいと思ってしまう性分なのさ」
11歳のキューピットでは、こんな陳腐な言葉しか紡ぎ出せない。
「君が知りたいんだ、リーマス。少なくとも今よりはもっと、君に近づきたい」
さぁ、矢を射ろうか。上手く胸に当たれば、こんなに幸福なことはない。
「友達になってくれないか?」
リーマスはまたその瞳を反らしてしまった。一瞬、彼の闇が大きくなる。
「ジェームズ、僕は……」
そのまま君を呑み込ませはしないから。
「リーマス」
呪文のように、僕は彼を呼ぶ。弓で射るなんて不確実なことはしない。僕は自分の手で、君の胸に矢を刺してあげるよ。
「リーマス、僕を見て言って」
リーマスはゆっくり僕を見た。僕は笑う。これは特別仕様だ。君を射とめるための。
「Yes?」
ゆっくり口を開く。いつもなら閉じてしまうその唇。ちょっと困ったような、少し諦めたような顔で、彼は微笑んだ。初めて見る彼の顔。
「Yes……」
呟くようにして漏れた言葉で、僕のキューピットとしての決意はあえなく崩れ去った。もう一本の矢は折ってしまおう。許せ、相棒よ。僕を残して、君だけに矢を射る事はできない。キューピットは廃業だ。こんな時だけ都合が良いと非難されそうだけれど、否定はしない。とにかく、僕と君は対等な立場でリーマスの手を取ろうじゃあないか。
そしていつか、彼の謎を解いてみよう。