本当はすぐに触れたかった
なのに怖気づいた理由を
僕はいつまでも考えている
最近気になる視線の先
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杖を振ってお湯を沸かす。
この程度の魔法なら家に居たときからやっていた。
すべて魔法を使ってしまうということもできるけれど、それはしない。余程急いでいる時ならまだしも、時間のある時にそんなことをしてしまうのは勿体無い。
茶葉の入った硝子製のポットに、熱いお湯を注ぐ。
蓋を閉めて、茶葉が踊り出すのを待ち、透明の湯が茶葉の色に染まっていくのを見ている。カップは3人分テーブルに伏せて用意してある。
「おいしいお茶を淹れて待っていてくれよ。僕が感動して涙が出るくらいの」
あぁ、そうしてやろうじゃあないか。君の紅茶にだけタバスコを入れたら、君はきっと涙を流すだろうさ。
髪の毛の先をうきうきと動かしながら去っていった相棒は、きっと目一杯時間をかけて戻ってくるのだろう。それくらいのことはお見通しだ。だから紅茶も急いで淹れて馬鹿を見るようなヘマはしない。
蒸らしの時間に、僕は砂時計を使わない。微かな音を立てて落ちていく砂も、水晶で遮られた空間も好きだけれど、じっと見ていることはできない。砂の落ちきる最後の瞬間が、あまりにも切ないから。
ポットの中で茶葉がくるくると踊っている。硝子越しの饗宴。
僕は1つ溜息をついた。この饗宴だって、ポットを飛び出してもっと広く、例えば風に乗って行われれば、もっと魅力的だろうに。でも実際はポットの中でなければ踊れないのだ。僕が蓋を上げて中身をぶちまけてしまえば、この饗宴は壊れてしまう。僕はそれを知っていた。
ポットの中の茶葉のように、僕は硝子越しに雨や雪が降っている様子を見るのが好きだった。手を伸ばせば触れられそうなのに、透明な壁は僕と外とを隔てている。外へ出れば雨や雪に打たれることもできるのだけれど、その完全だけれどとても薄い隔たりが、僕を安心させるのだ。
ただ時々、降る雨粒、雪の塊が地面に落ちて、他と同化してしまうのを見ると胸が痛む。丁度砂時計と同じだ。僕はきっと、その粒の1つを手にして、その輝きを見たいのだ。
リーマスは僕が見たいと思った粒の1つだった。
正確な日にちは分からない。ただ、多分2週間くらい前になるのだろう。グリフィンドール生の中で穏やかに微笑む彼に気付いたのは。彼は薄いけれど完全な壁を自分の周りに置いていた。透明なそれに、誰も気付くことはなかったけれど、僕は気付いた。
硝子越しのあの雨や雪と同じだったから。
その微妙な距離は人を安心させるけれど、同時に僕の胸を突き刺したのだ。
その壁を壊して触れたいと思ったけれど、僕にはできなかった。
それが彼の世界だったから。
そして雪と同じように、手に触れた瞬間に消えてしまうのが怖かったから。ジェームズがいなければ、僕は本当にずっと彼を見ているだけで終わっただろう。
また溜息をつく。
恋する乙女というあだ名も否定できない。実物を見たことは無いけれど、本で読んだ限りでは、彼女らは吸った分の殆どを溜息で出している。今の僕もそんなものだ。
いつもなら考えられないところで怖気づいた自分。
先へ進んだジェームズ。
きっともうすぐ、僕は溜息を繰り返し過ぎて息ができなくなるだろう。
うだうだと考えるのは性に合わない。僕は立ち上がってカップを返すと、茶漉しを用意した。本当はポット一杯分でカップ3回分、1人で飲むのが良いのだけれど、3人いるのだから仕方がない。
1杯目はジェームズの為に。
奴には香りを楽しんでもらおう。確か濃いのは嫌いだったはずだから丁度良い。
2杯目はルーピン……リーマスの為に。
彼の好みが分からないから、味も香りも一番バランスの良いもので。
最後は自分の為に。
味は濃いが茶の渋みが良く分かって、僕はこれが一番好きだ。
扉越しに、ジェームズの騒がしい声が聞こえる。本当にタイミング良く帰ってくる奴だ。いや、奴がゆっくりくることを見越してお茶を淹れた僕の勝ちだろうか。
「やぁ、シリウス。お茶は入っているかい?」
ジェームズの蔭に隠れて、彼の鳶色の髪が覗く。
「Absolutely」
僕はジェームズ越しに、見えない彼に微笑んだ。手段は気に食わないけれど、彼を連れてきてくれたジェームズには感謝している。だからタバスコを入れるのは次の機会に見送ってやろう。
今日はイタズラを休んで、ゆっくりお茶を飲もう。新しく彼を友として迎えられるのなら、外がどんなに晴れていても、部屋で穏やかな放課後を過ごしても良いだろう。
それでも最後に、部屋で花火をぶちまけるのだけは譲れないけれど。