透明だったリーマスの壁が
 夜の色をした帳に隠されて
 僕らは彼を見失った

夜の帳

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 もう1年が終わろうとしていた。ジェームズ、シリウス、リーマスは友人としてとても素晴らしい日々を過ごしていた。名物2人組はスリザリン寮にセブルス・スネイプという玩具を見つけて彼をからかうことに時間を費やしていたし、リーマスはそんな2人の姿を穏やかに見守っていた。ピーターは3人の後を付いて来るようになって、自然と4人でつるむことが多くなっていた。

 最初はリーマスに話しかける事を戸惑っていたシリウスも、段々とその距離が近づき、自然に話し、笑って一緒にいられるようになった。リーマスは努力家で、魔法薬学を抜かせば成績は良い方だった。そしてジェームズやシリウスには無い視点でものを見ることが出来るので、イタズラをするとき彼らにちょっとした助言を与えてくれることもあった。兄弟のようなジェームズと同じくらい、シリウスはリーマスを大切に想いはじめていた。

 それは1年で最後の授業だった。シリウスはジェームズと並んでいつものように授業を受けていた。その前にはリーマスとピーターが座っている。シリウスがリーマスの世界に惹かれていることは今も変わらず、授業中暇になるとリーマスを見てしまうことにはシリウス自身も気付いていた。いつもなら意識した次には視線を反らすのだが、今日は違った。リーマスの横顔を見て、気付いてしまったのだ。

 リーマスの奴、顔色が悪いな。

 何気なくそう思ったその瞬間、頭の中で何かがスパークした。光で白くなった頭に1つだけ浮かぶものがある。シリウスはゆっくりと唇を撫でた。

 確か前にもそう思った。

 いつのことだったか。シリウスは自分の記憶を辿り始めた。一番最近は、1ヶ月ほど前のことだったろうか。あの時はすぐに実家に帰るからと言われ、結局無理矢理休ませる必要もなかった。

 あれ? それも前にあった?

 顔色は悪くなかったのかもしれない。しかし先々月の初めの頃にも実家に帰るからと言って、リーマスは夜に学校を出て行ったのではなかったろうか。そして彼は次の日には帰らなかった。

 何かが引っかかっている。

 シリウスは更に記憶を探った。毎月彼は何らかの理由でいなくなる。1日で帰って来ることもあれば、次の日も休んでその翌日に帰ってくる事だってある。毎月、しかし月の初めに限られているわけではない。そう、多分28から30日くらいの周期でだ。

「シリウス」

 先月から数えて、今日は27日目。もし、あと2・3日でまたリーマスがいなくなったら。一体これはどういうことだろう。

「シリウス・ブラック」

 隣に座っていたジェームズが激しく背を叩いてきた。

「何だよ、ジェームズ。僕は今考え事を……」

 更にジェームズが背を抓った。口だけで馬鹿と言ってくる。そこでシリウスは、何時の間にか近くに来ていた教師にようやく気付いた。ニコニコ笑っている教師に、シリウスは笑い返す事もできない。授業中であることさえ忘れて別のことを考えていたのだから、バツが悪い。

「あ……すみません。全く別のことを考えていました」

 困ったものだ。この授業だけはいつも真面目に受けていたのに。“闇魔法に対する防衛術”。これからどうしても必要になっていく魔法だ。騒ぎ好きのジェームズもこの授業だけは大人しい。最初のイタズラを失敗したので慎重になっているだけなのかもしれないけれど。

 ジェームズとシリウスのイタズラを軽くかわしたこの授業の教師は、物腰柔らかなまだ若い男だ。

「もしよければ、何をそんなに真剣に考えていたのか教えてくれないかな、シリウス」

 穏やかな提案にシリウスは迷った。真正直にリーマスのことです、なんて言えない。

「……月の、月の周期が人に与える影響について考えていました」

 するりと口からこぼれた言葉は、今まで考えていた事の核心を突いていた。28から30日の周期は、月の満ち欠けに関係しているのではないだろうか。シリウスは隣を見た。ジェームズがこちらを見ていて、2人の視線がぶつかった。

 君も、気付いていたんだな。

 2人は前に座っているリーマスの後姿を見た。彼の視線は前に向けられていて、どんな表情をしているのかシリウスにもジェームズにも分からなかった。

「ふむ……なるほどね。月の満ち欠けは潮の満ち引きに影響したりしている。勿論人の、例えば出産とかにも関係しているね。闇の生物においても、月の影響を強く受ける物達がいるよ。例えば……」

「例えば、人狼とか、ですか?」

 それはリーマスの声だった。

 はっきりとした声。震えるでもなく上ずっているわけでもない。

 2人からは見えないリーマスの顔を見て、リオン・グリスは微笑んだ。

「そうだね、リーマス。グリフィンドールに5点あげよう。人狼のことを学ぶのは来年度以降にして、今日は1年で最後の授業だから、来年度からに向けて君達の中に闇魔法や闇の生物に対する考えをまとめてもらおうかな」

 リオンは椅子を用意して、生徒達が座る長机の並びの中心に座った。生徒達の視線はリオンに集中する。シリウスはこっそりリーマスの横顔を覗き見た。顔色は相変わらず悪い。

「闇の魔法や生物が恐れられるのはどうしてだろう。リリー、君はどう思う?」

 教師に指名されたクラスメイトのリリー・エヴァンスは、少しの間考えてから高い柔らかな声で答えた。

「それらが私達を傷つける恐れがあるからだと思います」

 リオンは深く頷いた。

「では何故それらは『闇の』と呼ばれるようになったのだろう。どう思う? ピーター」
「えっ、えっと……闇って何だか怖いからかな……」

 きょろきょろと周囲を気にしながらピーターが答えた。中には何人か笑った生徒もいたが、リオンはリリーのときと同じように深く頷いた。

「とても良い答えだよ、ピーター。昔からマグルも魔法使いも、ヒトと呼ばれる者は全て闇を恐れた。人は目で物を見るね。それは何がどこにあるのかを確かめるのにとても重要な事だ。しかし闇の中では目が利かない。何がどこにいるか、いつ自分に向かってくるか分からない。それはとても不安で、恐ろしい事だね。ところで君達は、そんな恐ろしいものを何故残しておくのかと考えたことはないかい? 過去の偉大な魔法使い達は、何故闇を全て無くしてしまわなかったのだろう。サディ、君はどう思う?」

「闇が、強すぎたから……かな」
「成る程、どうやっても無くせるものではなかったと、そういう事だね。他に何か考えはないかな」

 一周、ぐるりとリオンの目が生徒の顔を巡る。二周目で、ジェームズが手を挙げた。
「光を得るために、闇だけを消すことは不可能だからなのではないでしょうか。つまり光と闇は常に一対で、一方だけを取り除く事ができないと知っていたのだと思います」

 表情には出さないが、苦々しい思いがその言葉の裏に隠れていた。

「ジェームズ、グリフィンドールに5点あげよう。私に言わせるとこうだ。彼らは闇の必要性を知っていたのだよ」

 にわかに生徒達がざわついた。この時代そんなことを言う人間は、つまり“あの人”の信奉者だと宣言しているようなものだ。シリウスとジェームズの目は自然ときつくなる。リオンは生徒達の視線に何の反応も見せず、ただ微笑んでいるだけだった。

「例えば私達は夜になると寝て、朝が来ると起きるね。夜がなくなってしまったら、私達はいつ寝るのだろう。時間で決めるのだろうか。いつも太陽が上に輝いている日が続いて、花や木は今のように生い茂る事ができるだろうか。夜の闇に隠れずに、皆がびっくりするようなイタズラを仕掛けられるだろうか。誰にでも秘密無しの自分を見せつけられるだろうか」

 リオンの問いかけに、生徒達は黙って考えていた。ジェームズは隣で真剣な顔をしながら「それは難しいかも……」と言っている。多分イタズラを仕掛けられるかという問いに対しての答えだろう。

「心に闇を持たない人はいない。秘密を持つことも、悪意を持つことも、悲しみも、怒りも、人には必要なものなのだよ」

「それが……それがあまりにも大きくても、ですか?」

 そう言ったリーマスの声は、今度は震えていた。シリウスはその響きに胸を締め付けられた。苦しい。

「そうだよ。若い君達には分かり辛いかもしれない。闇は悪、光は善と信じたい気持ちもあるだろう。ただ1つだけ知っておいて欲しい。完全な善も、完全な悪もこの世に存在することはない」

 言い終えると、リオンは椅子から立ち上がってパンと手を叩いた。授業が終わりの時間になったのだ。

「さぁ、これで1年が終わるね。来年度にはまたそれぞれの考えを持ってこの授業に望んで欲しい。皆、楽しい夏休みを」

 ざわざわと生徒達が教室を出て行く。ピーターに促されて、リーマスも教室を出る。もう彼はいつものように穏やかに笑っていた。シリウスとジェームズが最後に残った。教壇の上で教科書をしまっているリオンに、ジェームズが言った。

「先生、僕は大きな悪意が、人に必要なものだとは思えません」

 やはりいつもと同じように、ジェームズの意見とシリウスの考えとは一致していた。きっとジェームズの頭に浮かんでいるのはあの大きな悪意。今彼らの生活を圧迫している闇の魔法使いなのだろう。ジェームズは試していたのかもしれない。リオン・グリスという教師は、一体どちら側の人間なのか。

 そんなジェームズの心の中を知ってか知らずか、リオンは授業中よりも幾分厳しめの声でこう答えた。

「必要と思うことが必要なのだよ、ジェームズ。悪意と認識されたものは、人には必要なのだ。自分の中の悪を知りなさい。そして、それを決して許してはいけない」

 ジェームズもシリウスもほっと息をついた。彼はこちら側の人間だ。あちら側の人間に闇魔法に対する防衛術を教わるなんて、2人には考えたくもないことだった。ピーターの呼ぶ声に、シリウスとジェームズも教室を出た。それを見届けて、リオンも研究室に戻るために教室を出た。

 だがしばらく歩いてから、ジェームズが突然立ち止まった。

「ジェームズ?」

 いぶかしんだシリウスはジェームズの名を呼んだ。

「……ごめん。先に戻っていて。忘れ物した」

 心ここにあらずといった風なジェームズはさっと身を翻して教室の方向へ戻っていった。

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