悪戯小僧の恩返し

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 シリウスは廊下を1人で歩いていた。目指すのはグリフィンドール4年生の、闇魔法に対する防衛術の授業が行われている教室だ。もうすぐ授業が終わる。出てきた教師を捕まえて、イタズラをスタートさせるのだ。シリウスは廊下で授業が終わるのを待っていた。手には図書館から借りてきた本がある。

 ジェームズには悪いけれど、正直シリウスはこのイタズラが100%成功するという自信はなかった。これは自信家なシリウス・ブラックにしては“超”がつくくらい珍しいことだった。イタズラの計画が稚拙だということではない。実際ポリジュース薬で変身したジェームズは、シリウスから見ても気持ち悪いくらいそっくりだったし――その仕草が少し気障っぽいところがあるとは思うが――他の人間に見破られる可能性はかなり低いだろう。実行犯はイタズラに慣れているジェームズと自分だけだ。計画外のことをして失敗することもないだろう。

 それでもシリウスは、リオン・グリスという教師を引っ掛けるのは他と訳が違うと思っていた。シリウスにとってあの教師は、ジェームズ・ポッターとリーマス・ルーピンの中の、シリウスには理解できない部分を足し合わせて、さらに教師としてのスキルを加えた存在だ。とても不可思議な存在だと思う。授業の進め方も、生徒に対する接し方も教師として板についているというのに、何となく簡単に、その教師という部分を捨てられるように思う。つまりリオンの教師という部分はオプションなのだ。そのオプションは多分、教師からパン屋に変わっても何の違和感もない。きっとパン屋のリオンを見ても板についていると思ってしまうだろう。

 リオン・グリスは風に姿を変える、そしてこちらからしてみれば何の形にでも見える、雲のようだとシリウスは思う。

 授業が終了して、4年生が出てきた。女生徒の数人がシリウスを見つけて微笑みかけてきたので、シリウスは微笑み返した。特に意味はないけれど、返すのが礼儀だと思ったのだ。その点では喧嘩と変わらない。売られたら買う。それが礼儀だし、売られた以上に買ってやるのもありだとシリウスは考える。ぞろぞろと4年生が教室を出て行くと、中には教科書や資料をまとめているリオンだけが残った。シリウスは中へ入って教師に呼びかけた。

「先生。グリス先生」

 リオンはすぐにシリウスに気付いて、教科書や資料を持つと教壇を降りた。

「何だい? シリウス」

 ほら、この笑顔も雲みたいに膨らむ。

「この後、少しお時間をいただけないでしょうか。ご相談したいことがあるんです」

 相談内容はきっと、「突然双子になってしまったのですが、どうしましょう」だな、とシリウスは心の中で思った。そんなシリウスの心の中など知らずに、教師は快く承知してくれた。

「良いよ。今日はもうこの後空いているから」
「それでは荷物を置いてから。15分後に研究室にお伺いしても?」

 シリウスの手元にある本をちらりと見て、教師は頷いた。

「あぁ、良いだろう。15分後にね」
「はい、失礼します」

 シリウスは走って教室を後にした。とりあえず第一段階終了。廊下の角を曲がると、石の像の後ろに隠れるようにして回り込む。透明マントから現れたのはジェームズとピーターだ。自分と同じ顔をしているジェームズと手を合わせると、今度はジェームズが立ち上がって廊下に飛び出していった。


 あと6・7cm背が高いと視界はこうなるのだな、と思いながらジェームズは走った。実に気持ちがいい。早くこんな身長になりたいものだ。途中授業が終わって、廊下で立ち話している女生徒達とすれ違う。ちらりと合わせた視線だけで、彼女らのシリウスに対する好意がひしひしと伝わってくる。

 罪な男だ、シリウス・ブラック。

 にっこりと派手に微笑んでやりたい気分だが、今は自分もシリウス・ブラック。世界一鈍感な男に徹しなければならないのだ。そのためジェームズは彼女らには何の興味も示さないふりをして廊下を駆け抜けると、研究室へ戻る途中のリオンを捕まえた。

「先生。グリス先生!」

 ジェームズとして聞いていたときのシリウスの声とはやはり違う。それでも十分美声だ、と発しながらジェームズは思った。シリウスは何故ナルシストになってしまわないのだろう。理由は簡単。彼が世界一鈍感な男だからだ。

「おや? 時間の変更かい? シリウス」

 少し驚いたような教師の顔。どうやら演技は上手くいっているらしい。当然だ、とジェームズは思う。ジェームズは彼の相棒なのだ。ブラック家に帰って、両親だって誤魔化せる自信がある。仕草、口調、目線から思考に至るまで、改めて研究するまでもなくジェームズはシリウスを知っていた。将来できる――かもしれない――シリウスの彼女に嫉妬される可能性は100%。そうでなくては困る。

「え? 何のことですか?」
「さっき15分後に研究室へ来ると言っていただろう?」

 そう、それが第一段階。ジェームズは戸惑ったように――もちろんシリウスの真似だが――して、教師に応えた。

「さっき? いいえ、僕はさっきまでマグル学の授業に出ていました。ご相談したいことがあって、先生の後姿を見つけたので走ってきたんです」

 ほら、とジェームズはマグル学の教科書を見せた。ちなみにシリウスは本当にマグル学をとっている。次期ブラック家当主には必須の授業であるが、今日は自主休講したのだ。ちなみに、先週は1時間ずっと居眠りしていた。

「おかしいな、確かに君だと思ったのだけれど……。まぁ、いい。それで? このまま研究室に来るかい? 私はもう授業がないので、すぐにでも話を聞いてあげられるのだが」

 流れは上手くいっている。ジェームズは自分の髪がうきうきと動いたような気になったけれど、真っ直ぐ直滑降なシリウスの髪は風に揺れただけだった。

「すみません。30分ほど待っていただけますか? 簡単なレポートが出ているので、終わらせたらすぐに研究室へ伺います」
「そうか。もし早く終わったら図書館へおいで。私はしばらくそちらにいるから」

 いつもこの時間リオンが図書館へ向かうのも知っている。ジェームズは密かにタイムテーブルまで作ってリオンの行動を観察していたのだから。

「はい、失礼します」

 ジェームズは身を翻すと、首を絞めるネクタイを緩めた。授業外でのシリウスのスタイルだ。教師がその様子を見ているのも計算のうち。ジェームズはしばらく教師の視線を背に感じながら、グリフィンドール寮へ向かって走り出した。第二段階終了だ。


 ジェームズは先程シリウスと交代した石像の所へ戻る。透明マントに隠れると、マグル学の教科書をピーターに預ける。そしてピーターが持っている時計で時間を計る。ポリジュース薬には時間的制限があるから、計画はきちんと時間通りに行わなければならない。最初にシリウスがリオンと接触をもってから15分後。ピーターに合図されて、ジェームズが再び動き出した。ジェームズはわざとらしくならないように、一度リオンの研究室へ向かう。リオンが研究室にいないことを確認すると、しばらくリオンを探すふりをしてぶらぶらと校内を歩き回り、そして2分後にようやく図書館へ足を向けた。

 ジェームズにとってリオンは不可思議で、だからこそ魅力的な人間だった。年齢不詳で――見た目には確かに26・7歳に見えるのだけれど――大人の癖に子どもを良く理解する。ひょろりと背が高い割りには俊敏で、学者肌かと思えば肉体派、なのかなと思っていた。とにかく定義できないのだ。今リオンが学者肌に見えるのはきっと彼が教師だからで、イタリアン・マフィアにでもなれば肉体派に見えるのだろう。そしてきっと、イタリアン・マフィアにもなれる。彼はそんな職業嫌がるだろうけれど、ものの喩えだ。

 様々な形の容器に水を入れる。そんな感じだ。でも水は水だから、リオンはマフィアになってもリオンのままだろう。

 とにかく、魅力的で大きな存在には戦いを挑まなければジェームズの気が治まらない。一度負けているのだからなおさらだ。ジェームズは図書館へ入っていく。リーマスにはああ言ったけれど、本当はお礼のつもりなんてない。リオンは大人で、ジェームズは子どもだから、それで良いのだと思う。

「先生! こんな所に。15分後に研究室というお話だったのに」

 散々探しました、という表情は勿論。走ってきて少し息も切らしている。

「30分後ではなかったかな。それに、もしレポートが終わったら図書館にいると言ったと思ったのだけれどね」

 リオンは明らかに戸惑ったようだった。ここでリオンが疑うとしたら、ジェームズ――見た目にはシリウス――か、それともリオン自身かだ。だとしたら、ジェームズは自分にかかる疑いを避けるだけだ。

「レポート? いいえ、僕は荷物を置いたらすぐに先生の研究室へ伺うと。そして先生は研究室で待っていてくださる約束でした」

 そう迫るジェームズに、リオンは首を傾げた。

「どうもおかしいな……」
「疲れていらっしゃるんですか? 今日は止めたほうが?」

 この言葉だって、疑いをリオン自身に向けるためのもの。将来は詐欺師になっても良い、とジェームズは思った。心療医師でも、腕利き営業マンにでもなれそうだ。そう考えると、ジェームズの将来は明るい。

「いいや、大丈夫だよ。じゃあ、研究室へ行こうか」

 大丈夫と良いながらも、リオンには確かに自分を心配している様子が見て取れる。第三段階終了だ。

「それが、丁度マクゴナガル先生に呼び出されて……。先に戻っていていただけませんか? すぐに行きます」
「分かった」

 ジェームズは先に図書館を出た。またシリウス達が待っているところへ戻らなくては。


 図書館の椅子に座っているリオンの所へ、シリウス――もしくはジェームズ――が入ってきたのに気付いて、リーマスは少し他から見えにくい場所へ席を移動した。多分まだイタズラは続いているのだろう。協力するつもりはないけれど、邪魔するのも可哀想だ。彼らは全教科イタズラを達成できなかったことを、相当悔しがっていたようだったから。イタズラを成功させてやりたい気もするし、成功してしまうとやはり教師が気の毒でもある。酷いことはしないと言っていたけれど、彼らの場合、酷いことの基準はどれくらいなのだろう。普段セブルスに仕掛けているイタズラが基準になっていたら、と思うと背筋が凍る。

 レポートのために探していた資料はこれでよさそうだ、とリーマスは思った。シリウスの声もしなくなったし、グリフィンドールの寮で大人しくしていたほうが良いだろう。リーマスは立ち上がった。本を借りて、ドキドキしながら椅子に座っている教師の前を通り過ぎて寮へ戻ろうとした。

「リーマス」

 呼び止められてリーマスは戸惑った。聞こえなかったふりをしようか。でも、もう立ち止まってしまった。

「あ……、はい。何でしょう、グリス先生」

 ちょっと不自然なくらい声を揺らしながらリーマスは応えた。

「うん。ちょっと手伝ってもらいたいことがあるのだけれどね。一緒に研究室へ来てもらえないか? 忙しかったら断ってくれても構わないのだが、どうだい?」

 断ったほうが良い、とリーマスは思った。イタズラの計画は聞いていなかったけれど、まだ続いているはずだから、リオンの側にいるのは得策ではない。しかしリオンに笑顔で提案されて、断るのも失礼な気がした。リーマスは普段よりも頭の回転速度を上げて、懸命に考えた。考える時間を稼ぐために小技も使うことにした。

「えっと……、何をすれば?」

 リオンは司書を気にしながら声を小さくして答えた。リーマスはそれを聞き流しながら考える。果たしてリオンについていくことで、彼らの邪魔をすることになるだろうか。元々リーマス抜きで立てられた計画だし、ジェームズのことだから、あらゆる事態に対応できるようにはしているのではないだろうか。

「研究室を片付けるのを手伝って欲しいんだ。最近お茶を飲みに来る女生徒が増えてね。それはそれで歓迎すべき状況なのだが、そう何人も来られると、椅子を置くスペースがないんだ。立ったままというのも申し訳ないから、少し整理しようと思って」

 やはり人気があるのだな、とリーマスはリオンの言葉に気を取られた。

「どうだい? リーマス」

 別にイタズラのことを警告するつもりはないし、どちらにも加担しないと宣言した通り、これを日常のことと考えて普段どおりに答えたほうが良い、という結論にリーマスは達した。単純に、リオンの穏やかな提案に負けただけのことだけれど。

「……分かりました」
「ありがとう」

 ついでに、マダムのところで薬をもらってきて欲しいと言われて、リーマスは了承した。メモを渡されて先にリーマスが図書館を出る。リーマスは医務室を回ってリオンの研究室へ向かった。丁度リオンが図書館から借りてきた本を抱えながら研究室の戸を開けたところだったので、リーマスは上手く研究室に滑り込んだ。研究室の前の通路で、リーマスが来た方向とは反対側にシリウス達が待機していたことなんて、リーマスは全く知らなかった。


 リーマスがリオンの研究室を訪ねるのは初めてのことだった。いつもレポートは授業終了時に渡してしまえるように書いていたし、リオンが図書館へ出没する頻度は他の教師よりも遥かに多いので、研究室を訪れなくてもリオンを捕まえるのは簡単なことだからだ。マダムにもらってきた薬とリーマスが図書館で借りてきた本を机に置いて、リーマスはひとまず整理しなければならない研究室を見回した。何だか物は多いけれど、一応整理されているような気がした。リーマスは雑多な本が平積みにされた一角に目を留めた。本の上に、大きな鳥篭が置いてあった。

「先生、ふくろうを飼っていらっしゃるんですね」

 よく見れば細工の綺麗な、美しい銀色の篭だった。教師はとりあえず本棚と睨めっこをしていたが、リーマスの言葉に一瞬だけ鳥篭を見て、すぐに窓の外に目を向けた。

「ん? あぁ……、大事な手紙を運んでくれている最中なのだよ。ずいぶん遠くへお使いに出ているからね。まだ、かえらないんだ」

 その目は本当に遠くを見ていて、リーマスは一瞬、そのふくろうは本当に帰ってくるのだろうかと心配に思った。リーマスにとってリオンは、特別不可思議な存在ではなかった。ただとてつもなく大きな人で、それでいてその存在が近くにあっても威圧的な印象は全く受けないのだ。きっとリーマスが一生かかっても理解できるような人ではないのだろう。

 空気のようだ、とリーマスは思う。その動きが風になり、木々や花や人の中に入ってその命を保たせる。音を伝え、存在することは確かなのに重さを感じない。こうして互いに背を向けていると、その存在を忘れてしまうくらい。

「さて、そろそろかな?」

 リオンは本棚との睨めっこを止めて、椅子に座った。そろそろ片付けを始める、ということではないらしい。椅子に座って落ち着いてしまっているからだ。その瞳は研究室の扉を楽しそうに見つめている。一体何が出てくるのだろう、とリーマスも少しわくわくした。しかし何かが飛び出すこともなく、ただ研究室の扉がノックされただけだった。等間隔の2回のノック音。リオンは一度リーマスと目を合わせて、静かに口元に指を当てた。リーマスが頷くと、リオンは扉の向こうにいる人物に向かって応えた。

「どうぞ」
「失礼します」

 入ってきたのはシリウス――ジェームズかもしれないけれどリーマスには見分けがつかなかった――だった。シリウスはリーマスを見つけてぎょっとしたように目を剥いたが、一瞬のことだった。リーマスはそのシリウスの反応に焦った。どうやらリーマスの存在は計算されていなかったようだ。

 シリウスの方も焦った。ジェームズの計画では、リオンは研究室に1人で待っている予定だった。リオンは相談事があるという場に、他の者を勝手に同席させる人間ではないと考えていたからだ。それに、リーマスが研究室に入っていくところは見えなかった。もし一瞬だけチャンスがあるとすれば、リオンが研究室の扉を開けたあの時だ。通路の反対側からリーマスが来て、上手くタイミングを合わせて扉を開けて中へ入れば、確かにシリウス達には見えなかっただろう。しかしその場合、タイミングを合わせたのはリオンとリーマス、一体どちらだろう。

 シリウスとリーマスはとりあえず動揺していないように見せて、リオンをだけを見るように努めた。リオンはシリウスだけ見詰め返して、朗らかに言った。

「やぁ、遅かったね。レポートは終わったかい?」
「え?」

 一体何が起きているのだろう、とリーマスは思った。シリウスはリオンの言葉に困惑した。順番から言って、リオンが発するはずの言葉は「マクゴナガル先生の用事は終わったのかい?」とか、それに近い内容の言葉だったはずだ。そしてシリウスは「いいえ? 僕はレポートを終わらせてきたのですが。最初からそういうお約束でしたよね」と返す。それが何故突然レポートの話になるのだろう。

「レポート。終わらせてきたのだろう?」

 本当に疲れて、頭が混乱しているのかもしれない。まだイタズラが失敗したわけではないのだから、とシリウスはリオンに合わせることにした。

「あの……はい。終わりました」
「そうか。なら良いんだ」

 にっこりとリオンが笑う。リーマスはイタズラがどう展開されているのか分からないし、リオンに喋らないように促されていたので黙って事の成り行きを見守っていた。

「それで、ご相談なのですけど…」

 リーマスを研究室から出した方が良いのだろうか、とシリウスは思った。早くしないと、ジェームズが来てしまう。そう考えたときにはもうジェームズが研究室の扉をノックしていた。嫌味なくらい、ノック音がシリウスと似ている。

「はい、どうぞ」
「先生、お待たせしました」

 またシリウス――ジェームズかもしれない――が入ってきた。これで教師を混乱させるつもりなのだな、とリーマスは思った。当のリオンを見ると、彼は口元を抑えて笑っていた。混乱している、ようではない。

「いや、良いんだよ。ジェームズ」

 彼は笑いながら、今入ってきたシリウスの方を見て言った。その視線は確かに、後に入ってきたシリウスの方だけを向いている。

 リーマスは2人のシリウスを見比べた。差は見当たらない。シリウス達もお互いに見合っていたけれど、やがて後に入ってきた方のシリウスが表情を歪めた。それを見てようやくリーマスにも分かった。その様子は、確かにジェームズだった。

「あぁ! もう! また失敗だなんて! どうしてですか? 僕の演技、そんなに酷かったですか?」

 地団太を踏んで叫ぶシリウス――姿は確かに長身の美少年――は見ていてとても奇妙だった。いや、本当のシリウスを知らなければ、これはこれで可愛いと思ったかもしれない。

「いいや、見事だったよ。君ほど上手くシリウスを演じられる人間はいないだろうね」

 リーマスは堪らなくなって口を開いた。

「じゃあ、どうして彼がジェームズだと分かったんですか?」
「君には分からなかった? リーマス」

 その切り替えしに何か釈然としない思いを抱きながらも、リーマスは素直に答えた。

「はい。口調も、仕草も本当によく似ているので」
「おぉ! リーマス! そう思うだろう、友よ!」

 リーマスに抱きつこうとしたジェームズを、シリウスが後ろから羽交い絞めにして止める。自分の姿でそんなことをして欲しくないのだ。

「確かに。私も図書館に行くまでは本当に自分が疲れているのではと疑ったよ。ポリジュース薬まで使うなんてね。私のために手の込んだイタズラをしてくれたものだ」

 クスクス笑う教師を見ながら、リーマスはこれで良かったのかなと思った。楽しんでくれたみたいだし、お礼としては十分役割を果たしたのではないだろうか。しかし肝心のリベンジが果たせなかったジェームズはシリウスの格好のまま歯軋りする。

「そうです。先生のためにまずい薬を飲んでシリウスに変身したのに! 悔しいです。すごーく悔しい! 言ってください。何がいけなかったんですか? 最初の授業の時だって、何が原因で上を気にしたんです?」
「うん。まぁ、それは秘密にしておこう。参考にされても困るから。ただ、2つとも同じような理由だよ。それと、最初の授業の時上を気にしたのは、ずっと昔に同じようなイタズラをされたことがあったからなんだ」

 教師の何気ない告白に、ピクッとシリウスの眉が反応する。

「同じようなイタズラ……。それも悔しいな」
「全く」

 またリベンジすると言い出したら、今度は本気で止めなくては、とリーマスは感じた。その時、ジェームズの髪が乱れ始めた。

「あ、時間切れだ」

 ジェームズが残念そうに呟いた。みるみるうちにジェームズの身長が元通りになり、髪の毛は飛び跳ね、シリウスよりも大きな瞳が戻った。ジェームズは大きくなってしまった制服に難儀しながら、隠し持っていた眼鏡を取り出して掛けた。

「まぁ、ポリジュース薬をわざわざイタズラに使用されたのは初めてだったけれどね。ところで、ジェームズ」

 明るく呼びかけられて、ジェームズは反射的に答えた。

「はい」
「ポリジュース薬の材料はどこから手に入れたのかな。実は3ヶ月ほど前に、薬学の先生が薬品棚から無くなっているものがあるとおっしゃっていらしたんだが」

 もう逃げるタイミングをすっかり逃してしまったと感じたジェームズは、長い袖から手を出してくしゃくしゃに戻った自分の頭を掻いた。

「あ……、えっと……」
「私に対するイタズラは実害がなかったから見逃してあげるけれどね。薬の方はそうもいかない。本来生徒が勝手に使用してはいけないものだから。シリウス、君も共犯だ」

 ぴしゃりと言われて、抵抗するのも情けないと同時に思った2人は、大人しく薬学教師のところへ自首することにした。彼らは「夕飯に間に合わないかもしれない」、「何か確保しておいてくれ」とリーマスに言い残して研究室を出て行った。リーマスは彼らを見送ってから思った。お礼をするつもりだったのではなかっただろうか。これでは単にイタズラを仕掛けて、失敗して終わってしまっている。リーマスはしばし茫然自失として、我に返ると慌てて教師に向き直った。

「……先生! あの、彼らは先生にお礼をしようとしていたんです。決して1年前のリベンジというだけの理由ではなくて……」

 リオンは訴えるリーマスの頭を撫でた。

「うん。分かっているよ。やはり彼らはああしている方が良いね。君もそう思うだろう?」

 同意を求められて、リーマスは嬉しくなった。

「はい!」

 応えたリーマスに目を細めると、リオンは掃除を再開しようと言った。リーマスはほんわかとした気分のまま、本棚を整理して、棚からあぶれていた本を少しだけ棚に収めることに成功した。膨大な羊皮紙類も、捨てるものを捨ててしまうと、何とか最初よりは動けるスペースが増えた。掃除の合間に、何度かリーマスは今回のイタズラを見破った方法を尋ねてみたが、リオンは一言「経験の差かな」と笑って答えただけだった。夕食が近づくと、リオンの合図で掃除は終わった。リーマスは自分が図書館から借りた本を手にすると、研究室を後にした。最後に思い出したようにリオンが言った。

「あ、そうだ。シリウスとジェームズを見分けられたのは、君のおかげでもあるのだよ、リーマス。協力ありがとう。掃除も、ご苦労様」
「……え……?」

 呆然としながらも、頭の隅の方でリーマスは考えた。もしかして途中からリオンは、イタズラされる側から、イタズラする側に変わっていたのではないだろうか。それは、ジェームズ達の立場も反転していたことを意味する。自分がどういう形でそれに関わっていたのかは分からないが、これはジェームズ達にとってイタズラを見破られる以上に悔しいことだ。リーマスは、このことは一生自分の胸だけに閉まっておこうと思った。

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