ホグワーツの学校ふくろうが、普段よりも近くなった空を滑るように飛び、彼を見つけると優雅に舞い降りてきた。彼は自分の腕を止まり木としてふくろうに貸してやり、ふくろうの咥えていた手紙を受け取った。ホグワーツを離れてから何度目かになる、元教え子からの手紙だった。彼がふくろうに水を与えてやると、ふくろうは彼の指を甘噛みしてから水を飲んだ。彼はその間に受け取った手紙を開いて、見慣れた字を読み始めた。
恋問答
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無事にチリにお着きでしょうか。先生がアンデスの高い山々を登っている姿を想像するのは難しいです。まさかローブのままではありませんよね! 僕は研究室にいる姿や、教室で――時に外で――授業をする尊公の姿しか知りませんし、それが一番似合っていると思っていたものですから。
僕らがリリーと友達になったことはお話しましたよね。微笑ましいジェームズの告白の言葉も? 先生はきっと僕らの知らないリリーの姿を知っているのでしょうけれど、僕らも先生の見ることのなかったリリーの姿を見ているのだと思います。
彼女が友達になったことで、特にジェームズは恋について考えることが多くなったようです。本当はジェームズに限らず、他の人もそうなのでしょうが、僕にはよく分かりません。僕らは同室になったことで、夜遅くまで小さい声で話し合うことが増えました。その日も、最初は次のイタズラの計画について話し合っていたところでした。段々皆眠くなって、会話は途切れ途切れになりました。そんな時、突然ジェームズがベッドから身を起こして、隣のベッドにいるシリウスに向かってこう言ったのです。
「シリウス、僕は君が好きだ」
そう率直に言われると、自分に言われたわけでもないのに僕は顔が赤くなってしまいます。しかし、シリウスは僕と違って、枕に顔を埋めたまま気のない答えを返しました。
「あぁ、そりゃ、どうも」
「君は?」
ジェームズが真剣に問いかけたので、シリウスは枕から顔を上げて答えました。答えないと酷い目に遭うのは目に見えていましたから。
「うん、そうだな。僕も君が好きだ」
シリウスははっきりとそう言いました。すると暗闇の中で、ジェームズはシリウスの言葉に満足したように頷きました。
僕は隣のピーターと目を合わせ、ピーターはただ肩を竦めて見せました。こんな風に彼らが確認し合うように言葉にするのは、別に特別なことではありませんでしたから。
「じゃあ、僕と付き合う?」
しかしどうして次がそういう展開になるのか、僕には分かりませんでした。それは、ピーターもシリウスも同じだったようです。
「どうしてそうなるんだ? 君は今、リリーとオトモダチで、ゆくゆくは彼女の恋人になるんだろう? 駆け落ちを目指して」
その言葉は今でもジェームズをからかう良い種です。僕とピーターも、布団の中でこっそり笑いを漏らしました。ジェームズはいい加減それにも慣れたようで、渋い顔をしましたがそれについては何も言い返しませんでした。ただ一言。
「僕は今、悩んでいる」
そう言ったのです。
「そうみたいだな。でも血迷うのはやめてくれ。僕には君の恋人になるつもりなんて全くない」
シリウスは布団の中から手を出してひらひらと振りました。闇の中に浮かび上がる彼の白く長い指は、まるで幽霊のようでした。
「そこだよ」
「どこだよ」
間髪入れない彼らの会話は、喧嘩腰のようで、そうではないのです。それが僕にもようやく分かって、下手に慌てることもなくなりました。
「友情と恋愛感情の違いは何なんだ? 君は僕の大切な友人で、僕らは互いに好き合っている。そうだろう?」
僕はその言葉にドキリとしました。何だかとても後ろめたくなったのは、どうしてなのでしょう。
「何故だか力いっぱい否定したい気分になるが、まぁ、そうだ」
シリウスはやはり淡々と答えました。
「僕とリリーも、多分、好き合っている。いまは善い友人として。なのにどうして、一方は友情のままで、一方は恋愛感情に変わるんだろう」
僕はドキドキしながらその会話を聞いていました。もう眠かったのですが、それでもこの会話を最後まで聞きたいという意思の方が強かったのです。
「ジェームズ、それらは最初から別のものなんだ。君が僕を好きだというのと、君がリリーを好きだというのは、好きの中身が異なっている」
シリウスは宥めるようにそう言いました。
「そこまでは分かるよ。じゃあどうして僕はリリーに抱くような好きを、君に抱かないんだ? 君だって魅力的だし、強いし、優しいのに?」
そのジェームズの問いに、僕なら何と答えたでしょう。単にシリウスが男で、ジェームズと同性だから。そう答えたのではないかと思うのです。でも、シリウスは違いました。彼は深く考える素振りも見せず、こう答えたのです。
「だから、それも中身が違うんだ。僕はリリーじゃあない。リリーは僕じゃあない。君がリリーを恋人にしたいと思い、僕とは友人のままでいたいと思うのは、リリーと僕が異なるからだ」
とても難しい会話でした。先生はどう思われますか? 僕にはどうしても理解できないことのような気がするのです。彼らの話している大きな枠が、僕には彼らほど明確に定義できません。
「例えば君が男で、リリーが女だとか?」
ジェームズが言うと、シリウスは神妙に頷きました。
「僕とリリーを比較するなら、そうだ」
「どういうこと?」
僕は理解できないなりに、一生懸命彼らの会話に聞き耳を立てていました。こうして手紙に書き起こすことが出来る程度には真剣に。
「リリーと別の女の子を比較するなら、性別は同じだ」
「でもリリーとは異なる?」
この時のシリウスは、まるで物分りの悪い生徒に根気強く教える教師のようでした。
「そう。君がそういう風にリリーを選んだから」
「僕が選んだから、恋になったのかな。ずっと前から決まっていたことじゃあなくて?」
静かにジェームズが言いました。それに対して同じくらいに静かに、しかしはっきりとシリウスが返しました。その言葉は、とても強く、確信に満ちていました。彼のこんな話し方は、彼の魅力のひとつだと思います。
「人の出会いは運命なんだろう? 君とリリーが出会ったのは運命。だけれど、それ以外は違う。君がどういう風に彼女を選ぶかは、決まっていたことじゃあない。君がそうしたんだ」
闇の中で、ジェームズの髪が跳ねる音が聞こえたようでした。
「君のほうが、僕の恋についてよく知っているみたいだ」
「それは君が僕を一番の友人として選んだからだ。僕のことは、君のほうがよく知っているかもしれない」
ジェームズはすっかりこの議論の結果に満足して、起こしていた上体をベッドに倒して布団を被りました。横を見ると、ピーターはもう半分眠っていました。
「……やっぱり、僕は何故君に恋しなかったんだろう」
ジェームズは垂れ下がっている天蓋に向かってそう呟きました。シリウスは大きく欠伸をして、枕に顔を埋めながら答えました。
「あぁ……、もう勝手に悩んでろ……」
彼らは真剣に話し合って、いつものように軽口でこの議論を終わらせました。そして彼らは話している間、同じ部屋にいる僕とピーターのことは見えていないようでした。議論好きの彼らはよくこうして、周りが見えなくなるくらいその議論に熱中することがあります。それは勿論、先生もご存知だと思います。でも、それを見ている僕が、彼らの関係を素晴らしく思い、同時に不満に思っていることはご存知でしたか? 彼らは自分達がどれくらい人気者なのか、またどういう風に人気者なのかを、もっとよく知るべきだと思います。彼らはお互いのことが一番で、周りもそんなことは良く知っていますが、それでも少しは入り込む余地が欲しいと思っている人も多くいるのです。彼らはそれを知るべきではありませんか?
例えば、僕がそうです!
これくらいの欲深さがあっても許されると思いますか? 先生。彼らといるとどんどん我がままになっていくようで、僕は少し怖いのです。自分がいつか、何かとんでもないことを彼らに要求するようになってしまうのではないかって!
今だって、僕は恋について明確に定義して話す彼らを、そんなことから目を逸らしてやりたいと思っています。まだ思っているだけで、それを言葉にしていないのが幸いですが。
あぁ! 手紙だとこれほど饒舌になるのですね。読み返してしまえば、僕はこれを尊公に送ることができなくなるでしょう。あまりに恥ずかしくて。支離滅裂でも許して下さいますね。こうして誰かに打ち明けられることは、僕にとって大きな救いなのです。
正直、僕には彼らの話している“恋”というものが理解できません。いつかは僕にも理解できるとお思いになりますか? それについて、僕自身は非常に懐疑的で、それは彼らや尊公を悲しませることになるのかもしれません。でもきっと、僕は恐れているのだと思います。友人という関係を作るときに恐れたように。今は彼ら3人が僕の世界で最も重要な位置にいて、その世界を壊したくないし、誰からも壊されたくないのです。何て傲慢なのでしょう。少し前までは彼らと世界を共有することさえ拒否していたのに? リリーが僕らの――正確にはジェームズの――中に入った時、僕は彼女に嫉妬したのだと思います。“嫉妬”。他に適当な言葉が思い浮かびません。
結局、僕は彼らと友人になる前と同じ臆病さを持ち続けているのです。きっと人狼だとか、そんなことは関係なしに。周りがどんどん変わっていくのに、付いて行くことができないようです。いっそそれらが自分とは一切関係ないもので、自分には全く影響を及ぼさないものと割り切ることが出来れば良いのですが。
せめてあと1年、先生にここにいて欲しかったと思ってしまいます。こんな手紙、ご不快になったら破り捨てて下さい。次はもっとましな手紙を書きます、必ず。
もしかしたらこれは、最初に書くべきことだったのかもしれませんね。
臆病な尊公の羊より