僕らの恋愛事情
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僕らは相変わらずホグワーツの名物だった。
相棒は英雄だと譲らないけれど、僕は一種の色物だとずっと思っている。どちらでも、大して差はないし、僕ら自身が楽しければそれで十分だと思うので、最近ではジェームズの言い分をいちいち否定しないことにしている。
ホグワーツでの生活も3年目に入り、そろそろ落ち着いてくれても良いのではという教授陣の仄かな期待を見事に打ち砕いて歩く僕らは、やはり最高のエンターテイナーだった。昨年大きな壁を1つ乗り越えた僕ら4人は、今年は更に良い関係を築けそうだった。それと言うのも何と珍しいことに、ホグワーツの全学年で部屋替えが行われたのだ。僕ら4人は「どうせ騒ぎを起こすのだから、一元管理したほうがましです」というマクゴナガル女史のありがたいお言葉により、同室になることができたのだった。でもこれはきっと、リーマスの秘密を守る手伝いをさせてくれるというダンブルドア校長のメッセージだったのだ、と僕らは受け取った。こうして3年目を楽しく迎えた僕らだけれど、1つ残念なこともあった。去年僕らを導いてくれた教師が、ホグワーツを去ってしまったことだ。代わりにやって来た闇魔法に対する防衛術の教師も悪い奴ではなかったけれど、リオン・グリスほどには信頼できる男ではなさそうだった。
1年目は学校に慣れることに時間を費やし――僕にその必要は全くなかったけれど――2年目に同性の親しい友人を得て、そして3年目に同級生の間で重要視されていることは、どうやら異性の親しい友人を得ることらしい。4年生になればダンスの相手が必要になるし、この全寮生活という特殊な空間の中で青春を過ごす僕らが、身近な人間に興味を持つのは当然のことなのだろう。2年目でとりあえず同性の友人を得たのなら、次に関心が移るのは異性である。世の中男と女しか存在しないのだから。もっとも、性に関心が及ぶのはもう少し後のことなのだろう。そんな分析をしながらクラスメイトをさりげなく観察する僕は、かなり冷静だ。僕は友人関係だの、ドキドキするような恋愛感情だのを一気にすっ飛ばして、男と女が経験する獣のような体験を今回の夏休みにしてしまったのだ。家のための、当然の経験と知識を得るために。大人になったとは言わない。むしろ、汚れただけのような気がしている。別に女性を軽視しているわけではないのだ。相手はそれなりに魅力的な年上の女性だった。でも今の僕には、他にもっと熱中したいことがあった。それだけのことだと思う。この事はジェームズにも言っていない。元々夏休みの出来事など、あまり喋らないようにしているし、取り立てて言う必要もないと思ったからだ。
そんなことよりも、僕は夏休みの間に見つけた1冊の本をブラック家の隠し部屋から持ち出してきていた。それは今や魔法省で禁じられている魔法に関する書物だった。2年の末にリオン・グリスから受けた言葉を推考して、僕はある1つの結論を導き出していた。グリスが“教師として教えることができない”魔法で、“とても難しい魔法”、そしてグリスの時代には禁止されておらず、“今は禁止されている魔法”。何よりも、“人狼と一緒に過ごせる”という魔法だ。
アニメーガス。
魔法省によって厳しく制限された、高度な魔法。失敗すれば、どんなことになるのか分からない。そして、その成功率は驚くほど低い。成功者は管理のために魔法省に登録されている。マクゴナガル女史もその1人だ。つまり登録された者達以外の者は“違法”ということ。人を襲う習性のある人狼は、本物の狼のように動物を襲うことはない。僕らが動物になれさえすれば、たとえ普通の狼が好みそうな兎だろうと何だろうと、人間じゃあない限り安全なのだ。ホグワーツの禁書を探すこともない。ブラック家は貴重書をよく集めているのだ。利用しない手はない。今僕は、そのアニメーガスに夢中なのだ。これさえ完成すれば、満月の日だってリーマスを1人にしないでいられる。まだ、できる可能性が見えなければ他の3人に打ち明けることはできないけれど、とにかく僕はこの理論を理解し組み立てるのに精一杯で、わざわざ時間を割いて女の子と仲良くしようなんて気には全くなれないのだ。
他の3人について教えようか。まずジェームズは、2年末に決まったグリフィンドールのクィディッチチームに入って、3年の頭から猛練習の日々だ。身長は少しずつ伸びてきたけれど、箒に乗れば――まぁ、乗らなくてもだけれど――その素早い動きに支障はないようだ。すぐに第1戦である対レイブンクローが待っているから、最近ではイタズラする気も起こらないくらいに練習して、疲れ果てて部屋に帰ってくる日が続いている。女の子に構っている時間は、全くないように思われた。次はリーマスだ。実のところ、僕が一番心配なのは彼だけれど、案外彼は普通にクラスの女子と話している。いわゆるオトモダチとして。心配しているのはその先で、彼は人狼であることを気にして、女の子と付き合うなんて考えてもいないのではないだろうか。今はお友達で良いだろうけれど、将来は? でも、こんなことを口にするのは余計なお節介だろうなと、今のところ自粛している。最後がピーターだ。ピーターは僕らの中で一番この事に熱心だと思う。他の男子生徒と同じように、ちらちらと特定の女子を目で追いかけて、話すきっかけを探している。何でそんなことに熱心になれるのかと思ってしまうが、彼の反応が一番まともなのだろう。ただ、追いかける女子は1人に絞ったほうが良いと思うぞ。
そんな状態で、リーダーをクィディッチの練習に取られた僕らは、結構バラバラにそれぞれの時間を過ごしていた。そしてやってきた対レイブンクロー戦。僕ら3人は応援席で、グリフィンドールのシーカーとして試合に参加したジェームズを大声で応援した。金のスニッチが現れるまでは殆ど動かなかったジェームズだが、見つけてしまえばその動きはベテランシーカーと変わらない。グリフィンドールの生徒は彼の動きに興奮し、チームを勝利に導いた彼は本当に英雄だった。試合が終わっても興奮は冷めず、気分を高揚させたまま、僕らは先にグリフィンドールの寮に帰っていた。談話室ではもう上級生がお菓子をぶちまけて騒いでいた。僕らは大人しく部屋に戻り、ジェームズが着替えてくるのを待った。リーマスとピーターがちょっと図書館に出ている間、僕はベッドに横たわって例の本を眺めていた。英雄は談話室にいる上級生に捕まるだろうから、まだ戻っては来ないだろう。図書館で参照しなければならない本にぶつかり、僕はそれを一応メモにとった。すると階下で大きな歓声が上がる。ジェームズが戻ってきたのだ。しばらくは歓声に包まれて、もみくちゃにされるだろうなと思っていたが、歓声は何故かぱたりと止み、廊下を走ってくる音が凄い速さで近づいてきた。
バタン、と大きな音を立てて部屋に入ってきたジェームズは、流石に肩で息をして苦しそうにしている。一体どうしてそんなに急いで来たのだろう。ゆっくり上級生からお菓子をふんだくって来てくれれば、リーマスもピーターも喜んだのに。
「見ていたぞ、シリウス」
何だか物凄い形相で、ジェームズが僕に近づいてきた。試合の話だろうと思って、僕は優しく応えてやった。
「僕も見ていたぞ。よく取ったな。ご苦労さん」
本を置いて、僕はジェームズの肩を拳で軽く押してやった。試合に勝ったのだから、今日は盛大に騒いで問題はないだろう。ジェームズだって、まだ興奮しているはずだ。そう思った僕のベッドに、ジェームズが飛び乗ってきた。何だかヤバイ。相棒としての感覚が騒いでいる。これはもしかして祝杯モードというより、お嘆きモードではないか? 理由は不明だけれど。そう思った僕の耳に、ジェームズの声が突き刺さる。
「シリウス! 君はいつからそんなに軟派な男になったんだ! 僕を放って女の子と話していたな!」
何だか聞いたこともない神の名前を並べ立て、ジェームズは不実な僕を許してくれるように祈りだした。確かにかなり興奮しているようだ。このままその、わけの分からない神様を崇めたてる宗教でも起こしそうなくらい。とても嫌な想像だけれど、彼ならカリスマ教父になれるだろう。
「はぁ? ……あぁ、リリーのことか」
応援席でのことを思い出して、僕が答える。ジェームズはぱっと祈りを止めて、僕の顔にずいっと自分の顔を近づけて言った。
「そうだ! リリー・エヴァンス! 嘆かわしい、全く君ときたら僕という者がありながら…」
僕という者がありながら、だって? 止めてくれ。
「ちょっと待て、その台詞おかしいぞ。大体リリーを挟んで反対側にはリーマスも、ピーターもいたじゃあないか」
差別だ。理不尽だ、と僕は思った。
「2人は良いんだ。問題は君だよ」
ジェームズ御大は堂々とそう言い放った。英雄にはこんな無茶苦茶な理論も許されてしまうのだろうか。
「何でだよ」
僕が訊いたら、ジェームズは首を傾げて冷静に答えた。
「何でだろう?」
おい、コラ。
「知るか!」
このまま取っ組み合いに変更か? と僕が思ったその時、中の様子を聞きつけて、リーマスが帰ってきた。ベッドの上で暴れている僕らを見て、小首を傾げるとリーマスは言った。
「何? 喧嘩しているの?」
見て分からないのだろうか。少なくとも勝利の喜びにじゃれあっているようには……見えるかもしれない。
「リーマス!」
僕らは同時に叫んだ。リーマスはビクッと肩を跳ね上がらせると、抱えていた本を落としそうになった。そしてすぐに後ろ手で、冷静に部屋の扉を閉めた。他の生徒に気を使ったらしい。細かい気遣いが彼らしい。
「な、何? 1人ずつにしてくれると嬉しいんだけど」
僕は上に乗っかるジェームズをどかして、ベッドを降りてリーマスに詰め寄った。
「リーマス、こいつに言ってやってくれよ。クィディッチの試合中、僕らがリリーと何を話していたか」
僕が、じゃあない。僕らが、だ。聞いているか? ジェームズ。リーマスは僕の訴えに目を丸くした。そしてちらりと不満そうに僕の枕を殴っているジェームズに目を向けると、納得したように微笑んだ。君の状況理解が早くて感謝だ、リーマス。どうかあの暴君を治めて欲しい。
「あぁ! 君の話をしていたんだよ、ジェームズ」
「僕の?」
リーマスの言うことになら素直に反応するじゃあないか、ジェームズ。全く手がかかる。子どもか、君は。
「彼女、君の試合にすっかり興奮して、たまたま隣にいたシリウスと意気投合したんだ。『イタズラしかできないと思っていた』って彼女が言うから、シリウスが君の魅力をたっぷり語っていたというわけ」
楽しそうにその時のことを説明するリーマスに、ジェームズも大人しくなる。いい加減、僕の枕を拳で潰すのは止めにして欲しい。
「彼女に僕のことを? 変なことは喋っていないだろうね」
そこで何で僕を睨むかな。よほど信用がないらしい。僕は嘘をついたりはしないのだけれど。
「ありのままを話した。それだけで世界中の人間の笑いがとれるからな」
ほら、僕は正直者だ。でもジェームズはどうしてか、苦悶したように頭を抱えて僕のベッドの上でのた打ち回った。
「ジーザス! 正直に話せば良いってものじゃあないだろう! そこは存分に脚色しろ!」
そう叫んだと思ったら、僕の枕が飛んできた。僕は持ち前の運動能力でそれを避けたけれど、ジェームズも手強い。連続して大事なアニメーガスの本を投げてきた。中辞書並みの厚さだぞ? 表紙は分厚く、強度もあり。角が当たったら、頭から血が噴出して素敵な噴水になるところだ。僕は何とか角を避けたけれど、ごつごつした背表紙と頭を仲良くさせて、床にぶっ倒れた。おのれ、ジェームズ。
「シリウス!」
リーマスが慌てて僕を助け起こす。そして、床に落ちた本を拾ってくれた。僕ははっとしてリーマスの手から慌てて本を奪った。戸惑った様子のリーマスにぎこちなく礼を言うと、僕はジェームズを睨んだ。おや、ジェームズの顔が赤いのは、興奮のためだけだろうか。存分に脚色しろって? 一体どんな風に言って欲しかったと言うのだ。
「……ふぅん」
僕は頭をさすりながら立ち上がって、ジェームズの顔を覗き込んだ。
「な、何だよ」
リーマスは背後で、これから僕らが殴り合いに発展しないかを心配している。しかし僕が考えていたのは別のことで。
「やけに彼女を気にするじゃあないか、ジェームズ」
ジェームズがぽかんと口を開けた。そしてみるみるうちに顔を真っ赤にして、次に青くさせた。
「ち、違うよ。僕が気にしているのは君の方だ! シリウス、僕らはもしかして倦怠期なのか? 浮気なんて許さないぞ!」
流石、口だけはよく回る。誤魔化されないぞ、と思った僕の背後から、思わぬ調子狂わせな発言がひとつ。
「2人は夫婦だものね」
ジェームズを助けるつもりなんて全くなく、本当にそう思ったからそう言ったのだろう。リーマスがニコニコしながら自分のベッドに腰掛けて言った。コケたのは僕で、喜んだのはジェームズだ。
「そうだ! 正に! でも、リーマス。君は別だよ。僕らの関係は妻公認だから、心配要らない」
僕のベッドの上から高速でリーマスのベッドへ走り寄ると、ジェームズはリーマスの肩を抱いて手を握った。仕方がない、今日は勝利の祝いに誤魔化されてやることにしよう。
「僕が妻かよ!」
「夫なら良いのか?」
「……許す」
にやりと笑った僕に、ジェームズは両手を挙げて降参した。
「君の勝ちだ!」
その後ピーターも戻ってきて、その日は夜まで新しいシーカーのために大騒ぎ。しかしその間も、僕はしっかりジェームズの意外な反応を忘れずにいた。