聖誕祭の童話

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 ホグワーツ校内はクリスマス休暇前に一足早くクリスマスカラーに彩られた。赤、緑、そして金と銀。さらに雪の白。特に雪の白なんてこのホグワーツでは見慣れたもので、12月ともなればそろそろ勘弁してほしいと思うくらい当たり前の色彩なのに、それでもクリスマスという魔法がかかっただけで胸を高鳴らせる色になるのだから不思議だ。

 その見飽きたはずの色彩が、驚くほどの輝きをもって自分の目の前にあるのだから、ジェームズはますますクリスマスの不思議を感じずにはいられない。

「ジェームズ、口を閉じて。折角の男前が台無しだわ」

 知らず大口を開けてぽかんとしていたジェームズは、恋人の優しい指摘に慌てて口を閉じた。そして改めて、今度は口を無様に開けないように注意しながら、目の前に立っている恋人を――そう、彼女はジェームズの恋人で、それはもうホグワーツの生徒全員が知っていることである――足元から頭のてっぺんまでまじまじと見つめた。

 恋人のリリー・エヴァンスは今日の夜のために作ったドレスローブを、この日初めてジェームズに披露してくれた。ホグワーツの制服ローブは烏のように黒いが、今日のドレスローブはまるで花嫁衣裳のような純白だ。元々学校のクリスマスパーティなので、あまり華美なローブは許されてはいない。だからリリーのドレスもシンプルで飾り気はない。けれどその分は別のところで頑張るのが女性なのだろう。いつもは肩にそのまま流されている赤い髪が、緑のリボンに彩られて頭の上にまとめられている。まさにリリー自身がクリスマスカラー。しかしこのホグワーツ城を彩るどのクリスマス飾りよりも、リリーは輝いている。ジェームズはあまりに素晴らしく輝くリリーに目を回しそうだった。

「……リリー、とても綺麗だ」

 ふらふらと倒れそうになる体を何とか繕って、ジェームズはそれだけ口にすることがやっとだった。他に何と言えばいいのだろう。こんな時に限って、いつも良く回っている舌が錆付いてしまう。しかし賞賛は短く、簡潔で正解だったのだろう。リリーはジェームズの言葉に桃色の頬を少しだけ色濃くして見せた。

「ありがとう……。貴方も素敵よ、ジェームズ」

 リリーはそう言ってくれたけれど、とジェームズは自然と自分の頭に手を伸ばしていた。こんな美しい恋人をクリスマスの夜に独り占めするには、自分はあまりに滑稽ではないだろうかと思ったのだ。

「そう? 服は何とか格好が付いたんだけれど、やっぱりこの髪がどうにもならなくて」

 全体はいつもの制服と同じ黒だけれど、今日は踊りやすく肘までしかない短いマント右肩で留めている。服の見立てと着付けはシリウスがしてくれたのだ。見苦しいわけがない。けれど、着ている自分は案山子のような頭のまま。いつも通り時間が足りなくて、強情な髪を撫で付けて大人しくさせることができなかったのだ。衣装だけ綺麗に整っているだけに、余計滑稽ではないかと考えてしまう。

 しかしそんなジェームズに、恋人のリリーは嬉しそうに微笑みながらこう言った。

「あら、それじゃあ我の強い貴方の髪に感謝するわ。私、その髪型の貴方が好きだもの」

 ジェームズは眼鏡の奥で、その目を見開いた。するとその反応にビックリしたように、リリーもエメラルドの瞳を丸くした。2人は見詰め合う。そして先程のリリーの言葉を、2人は同じように心の中で反芻した。思い出してジェームズが瞬きを1回。するとリリーも瞬きを連続して2回。次の瞬間、2人は見詰め合ったまま頬を真っ赤に染めた。

「…………リリー……、その……すごく嬉しいよ。ついでに言うなら、すごく恥ずかしい」

 ジェームズが個性的で芸術的な髪を――恋人に褒められた髪を――掻き回しながらそう言った。それに答えるリリーは自分の髪よりも頬を赤く染めて、俯きながら言った。

「えっと……ごめんなさい。私も恥ずかしくなってきたわ」

 それからしばらく2人は目を合わせられなかった。ジェームズは高いホグワーツの天井を見上げて、眼鏡の奥で目玉をぐるぐる回していたし、リリーはリリーで、ずっと床しか見ていなかった。

 しかしいつまでもそうしていてはパーティが始まってしまう。ようやくジェームズが勇気を出し、コホンとわざとらしい咳をして顔を正面に向けると、リリーも顔を上げた。

「その……リリー」
「はい」

 ジェームズは真面目腐った顔をしてリリーの脇に並び、リリーと同じ方向を見て立つと、腕を曲げて差し出した。

「お手をどうぞ。足元に気をつけて」
「……ありがとう」


 ようやくジェームズの腕にリリーが手を絡ませてパーティ会場へ立ち去ると、それをずっと見守っていたピーターの隣でシリウスはぼそりと感想を漏らした。

「見ているこっちが恥ずかしいっつうの……」

 シリウスは透明マントを被っていたので、もし近くに人がいたら驚いて飛び上がるだろう。しかし今シリウスの側にはピーターしかいない。それもガチガチに緊張してしまって、シリウスの辛口コメントなど聞こえていない様子だ。

「ど、どうしよう、シリウス。緊張してきちゃった」

 見れば分かる、と言いそうになったが、それではピーターを益々緊張させるだけだと分かっていたシリウスは透明マントを被ったままピーターの頭を軽く小突いた。

「馬鹿か。ジェームズのように振舞えって言っているわけじゃあないんだぞ。良いか、お前らしく。大丈夫、俺が教師役をやってやったんだから」

 シリウスがそう激励すると、ピーターは小突かれた頭を撫でながら、丸い顔をサンタクロースのようにほころばせた。

「……うん」
「よし! 行ってこい」

 シリウスが透明マントの中から背を叩くと、ピーターは両手の拳を握り締めて、気合十分な様子で会場へ入っていった。

 踊って飲んで食べて、それがホグワーツのクリスマスパーティだ。特に初めてダンスに参加する4年生はこのパーティに夢中だ。シリウスはパーティ会場となっている大広間の外で、一人透明マントに包まって外を眺めていた。昨日が満月だったので、今日の月は下弦の月。けれど外は雪雲が空を覆っていて、月を見ることはできなかった。

 会場から漏れる楽しげなクリスマスの曲。それを聴きながら、シリウスはじっと待っていた。会場に入って皆と一緒にクリスマスを楽しみたい気持ちがないともいえない。けれど、とシリウスは自分の服を眺める。パーティ用の着飾った衣装などではなく、いつもの普段着。それでもシリウスは自分の格好を見て頬を緩ませた。自分らしい。そう思った。

「……シリウス、どこ?」

 やっと大広間の扉を開けて、1人の男子生徒が廊下に出てきた。シリウスが見立ててやった服を着て、ダンスのためか頬が上気して少し息を弾ませている。シリウスは被っていた透明マントを外して、軽く手を上げてジェームズに合図した。

「ここ。どうだ? 上手く踊れたか」

 ジェームズはシリウスを見つけると、皿を手にしたままシリウスに駆け寄った。そしてキラキラと目を輝かせてにやりと笑う。

「キスしようか?」

 ジェームズの答えに、思わずシリウスもにやりと笑ってしまう。

「それは遠慮する。あぁ……教師の苦労も報われたってことだな。まぁ、まだ時間はあるし、楽しめよ」
「勿論。……これ、リーマスとシリウスの分。足りないかもしれないけど」

 そう言ってジェームズは手にしていた大きめの皿をシリウスに差し出した。皿の上には切り分けられたチョコレートケーキが2つ。フライドポテトと細々したお菓子が乗っていた。いかにもリーマスの好みそうな取り合わせだ。

「良いよ。あの後って、特に食欲が減るみたいだから、十分だ」

 シリウスはジェームズから皿を受け取ると、また透明マントを被ろうとした。

「あのさ」

 するとマントを被ろうとするシリウスの腕を掴んで、ジェームズが言った。

「うん?」
「シリウスとリーマスも、今夜を楽しんでくれ」

 そう言ってからシリウスの腕から手を離し、ジェームズはそのまま片手を挙げた。シリウスはジェームズの挙げられた片手に、心地よい音を立てて手を合わせた。

「当然」

 そう言い残すと、シリウスはジェームズから受け取ったパーティの食事を片手に、静まり返ったホグワーツの廊下を走った。動く階段を下り、時折上の階段から下の階段へ上手く飛び移ったりした。まるで今日のホグワーツは、シリウスの貸し切り状態だ。シリウスの曲芸じみた階段の上がり下りに顔を顰めるのは、壁にかけてある肖像画くらいだろう。

 シリウスは廊下に自分の足音だけを響かせながら、真っ直ぐに1階にある医務室へ向かっていた。昨夜は満月だった。変身の疲労に加えて、寒さにやられ熱を出したこともあり、リーマスは朝からずっと医務室で寝ているのだ。遠くに聞こえるパーティの音楽を聞きながら、シリウスは跳ねるような足取りで医務室の前まで辿り着く。


 シリウスは医務室の扉の前で、弾む息を整えた。そして皿に乗せられたケーキが崩れていないことを確認すると、シリウスは片手でそっと医務室の扉を押した。医務室は蝋燭の火を殆ど落としており、薄暗かった。そして医務事務室からだけは明るい光が漏れている。シリウスは少しだけ開いている事務室の扉から、ひょっこりと顔を覗かせた。

 シリウスが顔だけを事務室の中に入れると、クリスマスの夜だというのにマダム・ポンフリーが机に向かっていた。普段はかけていない眼鏡をかけているのは、書類を書いているせいだった。シリウスは皿を手にしていない方の手で、そっとドアをノックした。するとポンフリーはその控えめな音に気付いて顔を上げる。

「今夜だけよ」

 戸口に立っているシリウスを見つけて、ポンフリーはそっと微笑んだ。いつもなら熱を出したリーマスの側には決して近づかせてくれない彼女だが、何と言っても今日はクリスマスパーティの夜だ。彼女もシリウス同様に、今日という日にベッドで寝ていなければいけないリーマスに同情していたのだ。

「分かっているよ、マダム。サンキュ」

 シリウスは共犯者の笑みでポンフリーに応えた。そして、お裾分けにケーキを置いて、事務室を出た。シリウスは薄暗いが暖かい医務室の中を、奥へと進んでいく。等間隔に並ぶベッドを1列、2列と越えていくと、一番奥の右側のベッドだけが、カーテンに隠れて入り口から見えないようになっていた。

 シリウスは弾むような足取りのまま、そのカーテンへと近づいていく。ベッドの右側、そしてベッドの足。それを回ってベッドの左側に回るとカーテンが途切れる。そしてベッドの脇には丸い椅子が一脚。シリウスは枕元に静かに歩み寄って、出窓に皿を置いた。

「リーマス」

 シリウスは布団から少しはみ出ているリーマスの頭の上から、そっとリーマスに呼びかけた。眠っているのなら邪魔をしたくないから、起きていたら反応するだろうという程度の声で。


 リーマスは布団を被って自分の頭をすっぽり覆っていた。自分の息が布団に篭って全身が熱い。それでも寒さを感じるよりはずっとましだった。聞こえるのは自分の息の音と、遠くにパーティの音楽。仕方のないことだと諦めていたけれど、流石にベッドの上で聞くクリスマス・ソングは寂しさと惨めさを煽るものだった。布団で音を遮って、そして眠ってしまえばいいと思っていたリーマスだが、布団越しに低い聞き覚えのある声でそっと呼びかけられたことに気づいた。

「……シリウス?」

 そろそろと布団から顔を出すと、確かにリーマスを覗き込んでいるのはやはりシリウス・ブラックだった。薄暗い医務室で、リーマスを覗き込む彼の顔は微かに上気していた。

「ジェームズから会場の食事を分けてもらってきた。腹、減っているか?」

 シリウスは声を抑えてそう問いかけてきた。リーマスは布団から顔の半分を覗かせた状態で、首を左右に一回ずつ振った。

「……ううん」

 リリーとの時間を削って食料を調達してくれたジェームズや、それをここまで持ってきてくれたシリウスには悪い気がしたが、リーマスは本当にあまり食欲がなかった。熱のせいもあるし、狼化後の独特の倦怠感のためでもある。シリウスはそれを察してくれていて、リーマスが食欲はないと言っても嫌な顔ひとつせずにリーマスの髪をくしゃくしゃと撫でて言った。

「そっか、じゃあもう少ししたらケーキくらい食べようぜ。好きだろ? チョコレートでコーティングされているやつ」
「うん」

 リーマスが素直に答えると、シリウスは笑みを濃くしてベッドから離れた。リーマスは体を枕の方へずらして、上体を枕の上に乗せた。するとシリウスがすかさずずれた布団をリーマスの胸元まで引き上げてくれた。何気なく出窓を見ると、そこにはパーティ用の大皿に乗ったチョコレートケーキが二つと、ポテト、細々したお菓子があった。片方のケーキだけ不自然な形で切り取られている。

「ジェームズ、上手く踊れたって? ピーターも楽しんでいるかな。リリーは綺麗だった?」

 シリウスが近くにあった丸椅子を引っ張り、その上に腰掛けたところを見計らってリーマスは尋ねた。シリウスは三つの質問に苦笑しながら質問と同じ数だけ頷いて見せた。

「心配要らないさ。それより君にはこの僕が、パーティに出るよりもいい思い出を作ってやる。さぁ、この素敵な夜には何の話が良い?」

 シリウスは今までにも満月日後、体調を崩したリーマスの枕元で何度か寝物語を語ってくれたことがあった。今日もそうして一緒にいてくれると言うのだ。シリウスは持ち前の記憶力でもって、過去に耳にした話や読んだ本の中からいつもリーマスの胸を躍らせる話を披露してくれる。

「外国の話が良いな。クリスマスの話で」

 リーマスはそうリクエストした。遠くにはまだパーティの音楽が聞こえるけれど、1人ではないからもう寂しくはなかった。現金だと思うけれど、今日シリウスを独り占めできることがリーマスは本当に嬉しかった。

「O.K」

 リーマスのリクエストを受け入れると、シリウスは器用に椅子の上で胡坐をかいた。もしかしたら、床は冷気が溜まって寒かったのかもしれない。そしてシリウスはリーマスの顔に微笑みかけながら、幻想的なクリスマスの一夜を物語った。

シリウスの語った童話を聞く

「その人は、またその天使に会えたの?」

 シリウスがそれ以上話を続けないので、リーマスは焦れて尋ねた。するとシリウスは、男のその後を気にするリーマスの反応に気を良くしたように微笑んだ。

「さぁ? 話はここでおしまいだ。男が死ぬまでにまた天使と出会えたのか、それは分からない」

 シリウスの答えに、リーマスは頬を膨らませた。綺麗な話だったけれど、何となく中途半端なような気がするのだ。男は自分の胸にあった音楽を、その後どうしたのだろうか。音楽家として人々に披露したのだろうか。男はずっと、ヴァイオリンを手放さずにいれたのだろうか。天使の仕事とは、具体的に何だったのだろう。そしてやはり、天使と男はもう一度会うことができたのだろうか。同じ教会で。

「君は会えたと思う? シリウス」

 リーマスが尋ねると、シリウスは首を傾げて微笑んだ。

「そうだな。一回くらいは会えたんじゃあないか? それとも、天使はずっと男の中にいたのかもしれない」

 どういうことだ、とリーマスが見つめると、シリウスはじっとリーマスの瞳を見返してから自分の胸を人差し指でトントンと叩いた。

「音楽として、さ」

 リーマスはシリウスの答えが気に入って思わずにっこりとした。確かに天使は男に音楽を授けてくれた。いいや、天使が音楽自身だったと考えれば、天使の一部が、男に宿ったのだと考えることもできる。そしてずっと、一生男と一緒に過ごしたのだ。

「天使が謳った歌は、どういう歌だったのかな」
「特別な歌じゃあないさ」

 リーマスの疑問に、シリウスはすぐにそう言って答えた。そしてシリウスが答えるとすぐに、リーマスはこう言ってシリウスを驚かせた。

「知っているの? なら歌ってよ」

 今日の僕は熱とクリスマスの魔法に浮かされていつもよりもずっと我がままだ、とリーマスは思った。シリウスもいつにないリーマスの要求に目を丸くした。

「僕が?」
「うん」

 シリウスはリーマスの望んだクリスマス・プレゼントを、素直にあげようかどうしようか悩んだ末に、結局病人には優しくしてやろうと思ったのだろう。溜息をついて譲歩案を出した。

「……僕が歌ったら、君も歌うか?」
「えっ……知っている歌なら…………うん」

 人前で歌うことに抵抗はあるけれど、別にシリウス以外は誰も聴いていないし、と思ってリーマスは頷いた。それにリーマスの中の音楽も、控えめながら小さく踊って外に出たがっていたのだ。

「約束だぞ」

 シリウスが言ったので、リーマスはもう一度頷いた。するとシリウスは少し照れくさそうに咳払いをしてから目を瞑った。そしてすっと息を吸うと、その低い声で謳いだした。それは雪の降る音にも似た、幻想的なクリスマスの音。


 まるで魔法のような。
 そんな聖誕祭の童話を語る日。

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