漆黒の檻

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 世界の大きさを実感するということがある。その中で自分という存在がどれだけちっぽけなものであるかということを。思うようにはいかない、その事実に苛立ち、絶望するということ。

 世に光だけが存在するということはあり得ない。それを実感することもある。どれだけ今の生活が輝いていても、闇はその裏側に常に存在する。

 ずっと子どもでいたいと思うことがある。それに反して、早く大人になりたいと思うことも。どちらにしても、前者では子どもであることが、後者では大人であることが今の状況より輝いて見えるからだ。

 運命を感じることがある。それは常に素敵な出会いを示すものではなく、目に見えぬ何かに規定された檻のようなものだ。普段はその格子を感じることがなくても、ある日突然手が触れて、目の前にあることを認識させられる。


 雪解けの始まったホグワーツでは、雪と、雪が溶けた露が朝日に当たって輝いては城内に反射して、眩しい朝が続いていた。生徒が行き来する道だけは雪が泥に変わり、朝日を反射することもなかったが、広いホグワーツでは生徒の通らない場所の方が多い。雪の反射光に顔を顰めて目覚める朝は、まだ数日続きそうだった。

「見てくれよ、これ! 朝から泥だらけになって……。夕方には乾くと思うかい? 全く、お金をケチらないで練習用ユニフォームの替えを支給するべきだよ」

 早朝からクィディッチの練習に出ていたジェームズは、朝食前になって部屋へ戻ってきて、そう不満を漏らした。そして周りの反応を見もせずにどっかりとベッドに腰を下ろしたジェームズは、汚れた練習用ユニフォームを床に放り、泥だらけの大事な自分の箒をタオルで拭き始めた。シリウスはそれを横目で眺めながら、制服のネクタイを首に引っ掛けただけでローブを羽織った。

「無茶な飛行をして、ユニフォームを3着も破って使い物にならなくしたのは君だろう。ほら、ピーター! もう起きろ。置いていくぞ」

 シリウスの声は良い目覚まし時計になっていて、ピーターはすぐに跳ね起きた。リーマスはもう着替え終えて授業の教科書をベッドの上に並べている。雪に反射した朝日がいつもより少し曇っているだけで、他はいつもと変わらない朝の風景だった。

 何かが起こることは毎日期待していたけれど、起こって欲しいといつも思っているのは“何か素敵なこと”であって、生徒達が彼らの新しいイタズラを期待する気持ちと同じなのだ。毎朝、今日は何かが変わると思っていて、実際に彼らは毎日変化していた。それは彼らを取り巻く環境も同じことであったけれど、そちらには素直に顔を向けられない事情があった。特に彼らの中でも、胸にグリフィンドールの名を抱く者にとっては。


 ジェームズはすっかり箒を綺麗に拭き終わってから、急かすシリウスの言葉を軽く聞き流してようやく腰を上げた。先程不満は漏らしたが、今日の機嫌が悪いわけではない。外での早朝練習はまだ寒かったけれど、体を動かして適度な汗を掻いたため気分は爽快だ。ジェームズも5年になって随分体が大きくなったが、箒に重量制限は一応ないし、体が大きくて手が長いほうがスニッチだって捕まえやすい。スピードは殆ど箒の問題だし、その箒を操作することに関してこの学校にジェームズに勝る者はいない。ジェームズの目下の目標は、グリフィンドール寮の連勝記録を塗り替えることだった。

「そうだ。今朝新技を編み出したんだけど、シリウス、是非今度一緒にやろう」

 食堂に向かう廊下はいつもと変わらず、石造りの床が冷たかった。大勢の生徒達の足音が響き、幽霊達が闊歩する。4人は途中、グリフィンドール寮付きの幽霊、ほとんど首なしニックに出会ってさわやかに朝の挨拶を交わした。途中1回だけリーマスが転びそうになると腕を伸ばして支え、朝から良いことをしたとジェームズは得意に思った。リーマスが廊下にうずくまっている姿は可愛らしいと思うけれど、顔面に敷石の線が入っている姿はあまりよろしくない。見えない蝶を追うよりは、皆の帝王である自分を追いかけてくれれば良いのに、とリリーに漏らしたことがあるが、恋人のそんな台詞にリリーは怒りも嫉妬したりもしなかった。ただジェームズを追うなら私を追って欲しい、と呟いただけだ。それでジェームズは少しリーマスに嫉妬した。

「何?」

 そんなことを思い出していたジェームズは知らないうちにリーマスの顔を睨んでいたようだ。不審に感じたらしいリーマスが食堂の入り口で振り返って、ジェームズに尋ねた。

「何でもないよ。いっそのこと自分が2人いれば良いのにと思っただけさ」

 その答えに、リーマスは不思議そうに首を傾げた。自分が2人いれば、リリーかリーマスか何て悩む必要はない、とジェームズはそう考えてみただけだ。そしてそれは恐ろしく魅力的な考えだった。この先1ヵ月は自分の分身を作るというその企画を練ることに空いた時間を費やせそうだった。

 4人は食堂の長椅子に2人ずつ向かい合って座った。いつもの定位置でジェームズの隣にシリウスが、リーマスの隣にピーターが座った。4人はテーブルに並べられた皿から各個人好きなものを選んで朝食を摂り始める。ジェームズやシリウス、ピーターは朝からしっかりと食べるけれど、リーマスは果物だけで済ませている。その代わりパンを失敬しておいて、後で食べるのだ。食事は大量のものを一気に摂るよりも、数回に分けて少量ずつ摂ったほうが良いということがマグルの栄養学の本に書いてあったので、ジェームズ達はリーマスの食事リズムを尊重してあげていた。朝食は静かに進み、それぞれの前に置かれた皿にも食べる物が少なくなってきた時、これまたいつものように学校ふくろうや個人で飼っているふくろう達がそれぞれの郵便物を咥えて食堂へ舞い込んできた。

 日光が帯のように差し込む天井を、ふくろう達は主を探してしばらく旋回する。そしてそれぞれ茶色や灰色、純白の羽を広げて一旦宙に止まると、優雅に滑降してくる。ジェームズの前にはクロノスが日刊預言者新聞をどさりと置いて、そのままジェームズの肩にじゃれるように止まった。ジェームズはクロノスの顎を指でさすりながら、片手で器用に新聞をめくる。これがジェームズの日課だ。そしてピーターの前には学校ふくろうが、母親からの手紙を置いて行った。ピーターはそれを大事そうに胸にしまう。彼はいつも母からの手紙を部屋へ持ち帰ってからゆっくりと大切に読むのだった。その姿はとても微笑ましいし、正直羨ましくもある。リーマスとシリウスのところにふくろうは来なかった。それもいつものことだったので、彼らは朝食をとり終えると椅子から立ち上がって部屋へ戻ろうとした。するとクロノスが甲高い声を上げて羽をばたつかせ、くりくりした大きな目を天井に向けた。4人もそれにつられて天井を見上げる。見えたのは1羽遅れて入ってきたふくろうだった。大きな翼を広げた、金目のふくろう。シリウスのアテネだ。

 ジェームズの肩でクロノスが盛んに鳴く。ジェームズはアテネの口に咥えられているものを見た。アテネは真っ黒な封筒を咥えたまま、シリウスの伸ばした腕に優雅に降り立った。その姿は優美なシリウスの横顔とも相まって、まるでひとつの絵画のようだった。その嘴に咥えられた一色さえなければ、シリウスは戦場に立つマルスにも見えただろう。

「何? 真っ黒い……手紙?」

 ピーターはアテネが咥えているものを見ながら無邪気にそう尋ねた。ジェームズの肩で、ようやくクロノスが鳴き止む。ジェームズは手にした新聞を落としそうになった。シリウスの細く長い指がアテネの嘴から黒い手紙を受け取る。するとクロノスとアテネは連れ立って自分達の小屋へ飛び立って行った。

 ジェームズは動けなかった。いつも通りの日常だったはずなのに。今日も、楽しい一日が始まって終わるはずだったのに。しかしそれは何の確証もない、ただジェームズ一個人の望みに過ぎなかった。

「……悪い。今日、授業休むな」

 シリウスは黒い手紙を手に持ったままあえて軽くそう言った。そしてジェームズの脇を通り過ぎるとき、ジェームズの肩を軽く叩いて行った。まるで、心配するなとでも言うように。

「何? どうしたの?」

 ピーターが戸惑ったようにシリウスを呼んだけれど、シリウスは振り返らずに行ってしまった。ジェームズはまだ動けなかった。檻があって、目の前にも背後にもある格子がジェームズを挟み込み、膝が折れそうになるのを辛うじて支えているようだった。

「ジェームズ……」

 心配そうなリーマスの声に、ジェームズは身を震わせる。その弾みで、手の中から新聞が零れ落ちた。いつもならジェームズが読み終えた後、授業前のほんのわずかな時間にシリウスが読むその新聞は、シリウスに置き去りにされて冷たい石の上に横たわった。

「……誰か、亡くなったんだ……」

 呆然としたジェームズの呟きに、ピーターやリーマスの目が見開かれた。手紙の色が、ジェームズの目の前を一色に覆った。


 食堂から部屋に戻ると、シリウスのベッドには天蓋が引かれていた。シリウスがそこにいるのかもわからないくらい静まり返った部屋から、リーマス達は授業の用意を取って逃げるように出て来た。部屋は特に暗い雰囲気ではなかったけれど、酷く緊張した色が漂っていたからだ。

 1時限目の授業には確かにいたはずのジェームズは、リーマスやピーター、リリーの目さえ盗んで次の時間には姿を消していた。授業中覗き見たジェームズの顔。リーマスは思い出してその瞳の光に恐怖する。

 ジェームズは何かに怒っていた。

リーマスにはそう思えた。誰かが亡くなったというけれど、それはきっとシリウスの身内だろう。ああして手紙が届くくらいなのだから。リーマスは食堂でジェームズの手からこぼれた新聞を、こっそり拾って読んでみたのだけれど、そこにブラック家の誰かの死亡記事は載っていなかった。ジェームズが何に対して怒っているのか、それはリーマスには分からなかった。しかし、確かにジェームズは怒っていたのだ。単純な子どもの喧嘩とは違う。リーマスはとても強い憎しみを、ジェームズの瞳から感じ取った。それは今まで一度たりとも、ジェームズが見せたことのない、絶望に似た怒りだった。

 その日の授業が全部終わろうとしても、シリウスとジェームズは姿を見せなかった。リーマスは――ピーターもだったけれど、リーマスはそれにさえ気づかなかった――2人分空いた席を見ながら、鈍い頭を酷使して考えていた。もちろん、授業とは別のことを。

 一体、誰が亡くなったのだろう。

第一の疑問はそれだった。シリウスに極近しい人だろうか。首を捻って考えたけれど、あまりピンとこなかった。ジェームズの両親は度々彼に吼えメールを送ってくるので、声やジェームズへの教育方針から垣間見える人物像らしきものが、ぼんやりとだが理解できる。しかしシリウスの両親については、リーマスは何も知らない。ジェームズもそうだけれど、シリウスは極端に家の話を嫌うからだ。実際リーマスがシリウスの家のこと――多分シリウスが話したくないと思っていること――を知ったのは、4年に入ってリリーに教えてもらってからのことだった。シリウスから直接聞いたことは、一度もない。

 僕、冷たいかな。

唐突にそう思ったのは、シリウスに極近い人が死んだ、と考えても特に胸が痛まなかったからだ。妙な虚脱感はあるけれど、それはシリウスが1人で真っ黒な手紙を読んでいることや、ジェームズが姿を消してしまったことに関係しているように思われた。

 部屋に戻って、シリウスにどう接すれば良いのかな。
 慰めたほうが?
 それとも、何もないように接したほうが?

第一の疑問についてはリーマスに答えを出すことは不可能だったので、第二の疑問についてリーマスは延々と考えていた。正直言うと、リーマスは自分の死に現実感を得ることはあっても、他人の死というものにはあまり実感が湧かなかったのだ。リーマスの両親は健在だし、リーマスがホグワーツに通うようになってから心労もだいぶ改善された。上部の戦いとは無縁のところにいるし、まず死ぬことなどないだろう。親戚についてはもう記憶がないくらい会っていない。


 ジェームズは、どこに行ったのかな……。


 あの大きすぎる怒りを1人でどう処理しているのだろう。リーマスはジェームズの怒りを受け止めてあげられない自分の存在を哀しく思った。


 その日最後の授業の終了ベルが鳴った。同じようにぼんやりしていたはずなのに、何故かピーターだけが教師に呼ばれ、リーマスは1人で寮への道を歩いた。元々歩くのは遅いけれど、今日はいっそう足が進まない。他の生徒の迷惑になるくらいとろとろと歩いていたリーマスの肩を、後ろから駆け寄ってきた誰かが叩いた。

「……リリー」

 隣に赤い髪の眩しい女生徒が立っていた。リリーは廊下の隅にリーマスを引っ張っていくと、とても思慮深い顔でリーマスに告げた。

「シリウスに何かあったの?」

 リリーは豪速直球でリーマスにボールを投げた。リーマスはその球を額で上手く受け取ったため、何も言えずに空気を求める魚のように口をパクパクさせた。そんなリーマスに、リリーは優しく微笑んで種明かしをした。

「ジェームズが落ち込んでいたから。ねぇ、シリウスに何かあったのなら、あなたが彼を引っ叩いて立たせるのよ。そうしたら、回復したシリウスがジェームズを殴って、ジェームズの憂鬱を吹っ飛ばしてくれるから」

 リーマスはリリーの語った奇妙な三角関係を頭に描いたが、どうにも幼児が描くようなシュールな絵しか浮かばなかった。

「ジェームズは、リリーが殴ったら? そうすれば、きっとジェームズがシリウスを引っ叩いてくれるよ」

 リーマスには自分が関わるよりもそれが自然に思えた。ジェームズはリリーの恋人だし、シリウスの事情はジェームズが一番よく知っているのだから。

「駄目よ。私じゃあ、まだ駄目。リーマス、お願いね。明日にはジェームズが復活できるように、あなたの力が必要なのよ」

 そう口早に言うと、リリーはリーマスを置いて寮へ駆け出した。そのエメラルドの瞳が潤んでいたように思えたのは、リーマスの見た幻想だったのだろうか。

 リーマスはしばらく廊下の隅で壁に頭をくっつけて立っていた。何故ジェームズを励ますのがリリーでは駄目なのか、リーマスには分からなかった。しかしシリウスが傷ついて、ジェームズが落ち込んで、それでリリーまで悲しい思いをするというのなら、確かにリーマスはここで何かをしなくてはならなかった。やがてリーマスは何か決心したように頷くと、いつもの1.5倍くらい早く廊下を歩き始めた。それでも周囲の生徒とようやく同じ、という速度であったが、とにかくリーマスは決然とした面持ちで寮の自分達の部屋へと向かったのだ。


 部屋の扉の前で座っていると、リーマスが早足でこちらへ向かってくるのに気づいた。ジェームズはリーマスが近づくと、リーマスの方にひらひらと片手を力なく振った。朝には強い怒りがあって、それを誰かにぶつけてしまわないうちに、とジェームズは授業を抜け出した。しばらく禁じられた森をうろうろしたり、立ち入り禁止の空き教室にもぐり込んだりして怒りを溶かしていったジェームズだが、怒りが収まると重い憂鬱がジェームズの心を支配した。これは空き教室に1人でいては大きくなるばかりの厄介な代物で、だからといって良い解消法の見つからなかったジェームズは、こうしてここにいる。

「ジェームズ、入らないの?」

 リーマスはジェームズの前に屈んでそう尋ねた。ジェームズはリーマスの瞳を見つめ、肩をそびやかすと軽い口調で答えた。

「入ろうとしているんだよ、君にはただ座っているだけに見えるかもしれないけれどね。現にほら、足は動いている」

 ジェームズはリーマスに自分の両足を指して見せる。ジェームズは両足の踵を上げ、次には爪先を上げてばたばたと動かした。ただし、前進はしていない。

「本当だ」

 陸に打ち上げられた魚のように、ジェームズの足はビチビチと跳ねている。その様子に思わず微笑んだリーマスに、ジェームズもぎこちなくだが微笑み返すことができた。正直、リーマスの顔を見て安心した。ジェームズはそこで憂鬱を晴らす唯一の方法を思いついた。それは立ち上がって、リーマスに訴えることだった。

「こう、立つだろう? 腕を上げて、ドアをノックしようとする。自分の部屋なのに可笑しなことだけれどね。でも僕はノックしようとする。ノックして、ドアを開けて『やぁ、シリウス。こんなところでくさくさしていないで、外でスネイプでもからかおうよ』そう叫べば良い。いつも通りだ。でも……ノックをしようとして、そうして僕はまたこうやって座り込むんだ」

 言い終わると同時に、ジェームズはまた扉の前に座り込んだ。そしてリーマスの言葉を期待して、その顔を覗き込んだ。リーマスはぼんやりと微笑むと、ゆっくりとジェームズに言った。

「ジェームズ。シリウスは、君の言いたいことなんて分かっていると思うよ」

 リーマスの瞳の奥に、ジェームズはいつか見た輝きを見つけた。それはとても崇高な意思で、とても深い慈愛だった。

「そうだね。彼は僕がどんなに天邪鬼か知っているから、僕がどんな言葉をかけても、その真意を分かってくれるだろう。でもね、リーマス。僕はそれに甘える自分が許せないよ。いつかこういうことが起こるだろうと思っていたのに、僕は、彼に何と言えば良いのか分からないんだ」

 たった扉一枚の隔たりが、高くて厚くて、超えられない。いいや、超えられる術はあるのに、その奥にあるものが怖くて超えることを考えたくないだけなのだ。ジェームズは、今日ほど自分を意気地なしだと思ったことはなかった。

「ジェームズ……」

 リーマスの右手が不器用にジェームズの頭を撫でた。ジェームズはその手を捕まえて、両手で包むと自分の頬に寄せた。

「難しいね。後悔しないように、それでもいつかは踏み切らなくてはいけない。結構、それもできるようになったと思うんだけど」

 俯いたジェームズの額に、リーマスが額を寄せた。そしてリーマスはそっと囁く。

「そう思って生きられるのなら、幸せだよ。君も、君の周りの人も」

 ジェームズはリーマスを抱きしめたくなった。苦労して溶かしたはずの怒りが再び腹から喉元まで上がってきて、慌てて飲み込んだら、それは背中をめぐって憂鬱と共にジェームズの涙腺を刺激した。ジェームズはリーマスの手を離して立ち上がり、扉の前から退いた。そしてリーマスに背を向けて、鼻をすすりながら言った。

「リーマス……。奴を引っ張り出してきてくれないか。いい加減にしないと、今度は僕が穴を掘って埋まってしまうぞって」

 最後は何とか茶化したジェームズに、リーマスは明るくこう答えた。


「大変だ。すぐに掘り出さないとね。僕とピーターと、シリウスとで」


 そんなに真剣に答えてくれなくて良いのだ。ジェームズは扉を開けて部屋に入っていくリーマスの後姿を追いながらそう思った。そんなに優しくしてくれなくて良い。この怒りも、憂鬱も、自分が処理しなければならないものだから。そこで優しくされると、泣きたくなる。

「僕らがどれだけ君に救われているか、君は知らないんだろうな」

 頬を伝った涙は一筋。ジェームズは涙を拭こうとして眼鏡に触れて、馬鹿らしくて笑ってしまった。涙で濡れた頬と、指紋で汚れた眼鏡を両方拭かなくてはならなくなってしまった。くだらない日常が、また舞い戻ってきたように思えた。

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