Miniature garden
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Pomegranate
そこには最初、僕だけしかいなかった。
僕と一粒の花の種。
剥き出しの土しか見えない殺風景な土地に、僕は種を植えて、そして次は木を植えた。
僕はその木に赤い実がなるまで、ずっとひとりだった。
僕が初めてこの庭に迎えたのは、ジェームズとリリーだった。そのすぐ後にピーターがやってきて、庭は一気に賑やかになった。僕達は笑いながら日々を過ごした。唯一、背の高い黒髪の友人、シリウスがいないことだけが僕を悲しくさせたけれど、そんな時は必ずシリウスの相棒であるジェームズが僕を慰めてくれた。
「なに、彼は変なところで間が抜けているからさ。きっとこの庭の場所が分からなくて、迷子になっているだけだよ。だから彼でもすぐに分かるように、この庭にもっとたくさんの花と木を植えよう」
それはとても素敵な提案だった。そして僕らはこの庭に次々と花を植えて、木を植えた。
草も木も花も生い茂る庭にシリウスがやってきたのは、丁度ジェームズの植えた檸檬の木に黄金色の実がなった頃のことだった。
「遅くなったな。檸檬の実がスニッチみたいに光っていて、それでようやくリーマスの庭がどこにあるか分かったんだ」
そう言ったシリウスに、ジェームズが「ほら、やっぱりただの迷子だったんだよ」と言って笑った。
ジェームズがいて、リリーがいて、ピーターがいて。そしてシリウスがやって来て、もう悲しいことなんてないと僕は思ったけれど、何故かシリウスと入れ替わりになるようにして庭からピーターの姿が消えていた。
「せっかく皆揃ったと思ったのに」
落ち込んだ僕の肩を優しく抱いてくれたのはリリーだった。
「彼は柘榴の木を買いに行っただけよ。またすぐに戻ってくるわ」
そして僕らはピーターが帰ってくるのを待つ間、庭に木製のベンチを置いた。ジェームズとシリウスは僕らにとって特別な、あの白い小さな花が咲くのを見て、この花があるのなら池がなければいけないと言い出した。言い出したら即実行。彼らはお互い競い合うようにしてこの庭にささやかな水場を作り出した。
杖から水を出して、じゃれあいながら池を作る二人を見守りながら、僕とリリーは二人で淡いピンクの薔薇を植えた。この庭にはビオラもマーガレットも、ガーベラもダリアもある。そして新たに加わった薔薇の花。たくさんの花が咲いているけれど、何かが足りないような気がして、僕は庭をぐるりと見回した。
「百合がないね」
気付いた僕が言うと、リリーは
「ここに咲いているからいいでしょう?」
と自分を指差して微笑んだ。その通りだ、と僕は思った。特別美しく、芳しい百合はもうここにある。だからこの庭には余計な百合の花はなくて良かった。
池ができて、ピンクの薔薇が大輪の花を咲かせる頃になってようやく、ピーターがひょっこりと庭に戻ってきた。
「すいぶん遠回りをしちゃったみたい。でも、ちゃんと柘榴の木を買ってきたよ」
そう言ったピーターの手には、確かに小さな柘榴の木の苗が握られていた。そして僕らは皆で柘榴の木を植えた。
そうして最後に、柘榴の実が熟すよりも早く“私”がこの庭にやってきた。“私”は僕らが作った庭を、その入り口でぐるりと見渡し、疲れた声でこう言った。
「とても立派になっていたんだね」
“私”は僕が最初にこの庭を作り出して、そうして今までずっと庭に手を入れてきたことを知っていた。僕に呼ばれて、この庭に僕以外の住人がやってきたことも。けれど“私”はこの日まで一度もこの庭に入ろうとはしなかった。“私”は決めていたのだ。ヴォルデモートがその影さえも失って、完全にいなくなってしまうその時まで、この庭に足を向けることはしない、と。
そして“私”の決めた時はやってきた。幸運にも、というべきだろうか。それとも、思っていたよりもずっと早く、というべきだろうか。ボロボロのローブを纏い、年齢に比べてあまりに多い白髪、そして骸骨に近いほど痩せてしまった“私”は、この庭を見て少し表情を明るくしたようだった。
「素敵でしょう? 花も木もたくさん植えたの」
リリーが“私”に尋ねた。
「とても快適なんだよ。檸檬も林檎も育って、とてもおいしく食べられるんだ」
ピーターが続けた。並んで“私”を迎えた僕らを、“私”は少し怯えた目で見回した。“私”が何を怖がっているのか、僕には良く分かっていた。だから何かを言いかけるようにして口を開き、一旦は閉じてしまった“私”の手をそっと握って、呑み込んだ言葉の続きを促した。“私”は僕と繋がった手をやはりどこか怯えたように見つめたけれど、リリーやピーター、シリウスやジェームズの昔と変わらぬ顔を見て、やがて決意したように口にした。
「昔、君達は私に言ってくれたね。もっと我がままになって、もっと甘えてもいいのだと。それは……今でも同じかな」
“私”の不安は僕の思っていた通りのものだった。そんな心配はいらないよ、と僕は“私”の手を握る力を強めた。だって、彼らがそう言ってくれたその出来事は、ここでは過去の出来事ではないのだ。ここには今も昔もない。だから、“私”が心配するようなことは何もないのだ。
「馬鹿なこと言っていないで、早く来いよ」
そのことを良く分かっているシリウスが“私”に向かって指の長い、綺麗な手を差し出した。僕が手を握る力をさらに強めて促しても、まだその手をとることをためらっている“私”のもう片方の手を、ジェームズが素早く捕まえて言った。
「そうだよ。そんなに疲れた顔をして……。僕が添い寝をしてあげるから、少し眠ったら? そうだ、少し早いけれど柘榴の実をあげるよ。これを食べたら、あとはもう寝るだけだ」
そう言って差し出された柘榴の実は少し色が薄いけれど、確かに実は破れていた。僕が握っていた手を離すと、“私”はゆっくりと骨のような手を伸ばしてジェームズの手から柘榴の実を受け取った。“私”はそのまま実を口元へと運んで、割れた実の隙間からルビーのような果肉を咥えて食べた。
「……ありがとう。ここは、とてもいい香りがするね。よく眠れそうだよ」
柘榴の実を口にした“私”は、その一口だけで一気に顔色がよくなり、とても晴れやかな表情になった。ジェームズとシリウスに手を引かれて、“私”は池のほとりに腰を下ろし、リリーに促されるまま草の上に身を横たえた。“私”が見上げた空を、僕も見上げてみる。この庭はいつも晴れていて、けれど日差しは決してきつくはなく穏やかだ。変化のない澄み切った青。“私”は空の色が変化しないことを不審に思うよりも、かえって安心したようだった。
「……お休み」
僕は“私”を見下ろして言った。“私”はすでに目を閉じていて、小さく動かした唇で僕に応えた。
「お休み……」
そうして“私”は甘く香る花々に囲まれながら眠りに就く。柘榴の実を食べたのだから、“私”はもうこの庭から出ることができない。そうするつもりもないだろう。それは僕が一番良く知っている。十分な時間をかけて、“私”はこの庭に入ることを選んだのだ。そして眠りに就くことで、この庭から出るという選択肢を“私”は完全に破棄したのだ。
「もう庭を閉めてしまおうか?」
ここは僕らの楽園で、他の誰かに追い出される心配も、何かを失う心配もない。
「ううん。少しだけ開けておいて。先生が来てくださるかもしれないから」
「そうか……そうだな。リーマス、君も柘榴を食べるか?」
そう言ってシリウスが差し出したのは宝石のように赤い粒を持つ果実。僕はそれをシリウスのしなやかで大きな手から受け取った。そして“私”がそうしたように、僕はその割れた実を口元に運んだ。
「これでもう、どこにもいかないな」
僕が柘榴の実を口にすると、シリウスはどこか遠くを見るようにしてそう言った。端正な顔が浮かべるその安心しきったような、どこか悲しげな表情を見て、僕は少しだけ複雑な気持ちが胸を締め付ける音を聞いたような気がした。
どうしてそんな顔をするのだろう。おかしいじゃあないか。僕が彼らをここに閉じ込めたのに。その僕がここから出て行くことなんてありえない。こんな実を食べなくなって――。
「ずっと、一緒だよ」
僕が掠れた声でそういうと、シリウスは悲しげな表情など綺麗に消して、優しく笑った。
「あぁ。僕らはずっと、君のその我がままを待っていた」
そして差し出された手を、僕は二度と離すことはなかった。