Hello, Baby
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さて、いざ準備期間が終わって、いよいよってことになった時に男が出来ることといえばそう多くない。全身に脂汗を滲ませて顔を歪めるリリーに対して、僕はおろおろと右往左往するばかり。だって手を握って励ますことさえ許されないのだ。
役立たずの僕はだから、リリーの側に立って子どもが無事に生まれてくることを祈りながら、その瞬間に立ち会う意味を考えて思わず涙ぐむ。
人間は馬鹿だ。
マグルも魔法使いも関係ない。
人間はなんて愚かなのだろう。
命をかけて、こんなにも苦しみながらそれでもようやくひとりの人間を生み出す女性がいるというのに、今この瞬間にも、生まれて育ったたくさんの命の火を、その手で消している輩がいる。あまりに多くの命の火を、まるで蝋燭の火を吹き消すかのようにして、何の痛みも感じることなく。
「リリー、頑張って」
他に何と言えばいいのか分からない僕が脇から声をかけると、リリーは額に汗しながら頬を赤く染めて微笑んだ。
「ジェームズ……」
長く続くその痛みは想像を絶する。男である僕には体験しようのない痛みだ。だからその痛みの中でも花のように微笑むことができる、その気持ちを僕は逆立ちしても理解することはできない。
無理に笑っているようには見えない。ごくごく自然に、彼女は微笑むのだ。僕はそれを見て益々泣きたくなった。何て尊い場面に、僕は立ち会っているのだろう。
「幸せなのよ」
強い女性だ、なんてことはとうの昔に理解していたはずだ。だがその強さはひとつではない。ひとつ、として区切られるようなものではないのだ。大きくて、広くて、様々で。まさに無限大。そんな女性だから、可能性を大いに秘めた子どもを産むことができるのだろうか?
「ジェームズ、私達の子どもよ。元気な男の子」
あぁ――もう幸せすぎて、感動に打ちのめされて、失神しそうだ。
「痛みを伴う幸せなんて、いらないと思っていたよ」
僕は産声を上げてすぐに寝入ってしまった赤ん坊と、ようやく長い痛みから解放されたリリーの横になるベッドの脇で、椅子に座って2人の顔を見ていた。リリーは少しやつれて見えたけれど、産まれた男の子は――僕らの息子は!――真っ赤な顔をしてとても健康そうに見えた。
「それが何かを産む痛みならば、必要なのではないかしら。痛みに見合う“産み”なら、幸せ。痛みに見合わない“産み”は、妄想だわ。光にはそれに見合う闇が必要なのよ、ジェームズ。光に見合う、優しい闇が」
「光に見合う、優しい闇が――」
それは何て素敵な、優しい響きの言葉だろう。
「抱いてあげて、ジェームズ。知っているのよ。ずっとこの子に最初にかける言葉を探してくれていたのでしょう?」
「……僕は……」
この幸せな尾を引く感動を、どう言葉にしていいのか分からない。いままでずっと考えてきたたくさんの言葉が、声に出すこともできず流れていく。
何が言いたかったのだろう、僕は。
何を伝えたかったのだろう。
いまこの腕の中にいる子に、何を一番伝えたいのだろう。
僕は必死になって自問した。この瞬間はもう二度と訪れない。これから幾度この存在を抱き上げることがあっても、いま、最初にこの子どもが世界に触れたこの瞬間は、今だけのものなのだ。
「約束しよう。君の生きるこの世界は光溢れるもので、それに見合う優しい闇が支配するとても素敵な世界だ。僕がそれを、君にあげるよ。約束する。だから――一緒に生きよう」
それを言った時、腕の中の赤ん坊は眠っていた。起きていたとしても僕の言葉を理解することはできないだろうから、この子が大きくなって、この言葉を覚えていることなんてないのだろう。
でも僕はとても満たされていた。言うべき言葉を、きちんと伝えられたように思えたのだ。眠っている赤ん坊は、確かに僕の父親としていま精一杯の言葉を受け止めてくれたのだ。それを、微笑んで僕らを見つめているリリーも知っている。
「この子と一緒に生きよう、リリー」
過去にリリーから言わせてしまったプロポーズを、僕は改めて自分から切り出した。一人家族が増えた、この大切な時に。
「えぇ、ジェームズ。喜んで」
リリーは晴れやかに笑って僕が伸ばした手を取った。僕は彼女の手に大事な息子を渡し、それから眠っている赤ん坊の上で、リリーと誓いのキスをした。
その後、産まれた子どもは名付け親となったシリウス・ブラックから、ハリーという名前を受け取った。
ハリー・ポッター。
僕、ジェームズ・ポッターと愛する妻リリー・ポッターとの間に産まれたくせっ毛の子ども。僕の手の半分もない小さな手で、何かを掴むようにしてぎゅっと握っている愛しい子。
「君達と生きることのできる、僕は最高に幸せだよ」
僕のその言葉に、ハリーが“Me too”と答えてくれる未来を、僕は幸せと呼ぶのだろう。
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