Requiem−Introitus

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墓守
 柳色の草を踏み締めながら、1人の人影がゴドリックの丘を登ってゆく。秘色(ひそく)のローブが風と遊ぶ。ひょろりとした後姿は、時々強い風に煽られて大きく揺れていた。

 丘の頂上まで行くと、男は立ち止まった。男の目の前にあるのは、真新しい墓石だ。ひとつの白い墓石には、2つの名前が彫られていた。男はしばらくその墓石の下を見透かすように見詰めていた。少しして、風の音とは違う、遠くまで響く口笛のような音が聞こえて、男は顔を上げた。スカイブルーの空に、緋色の鳥が優雅に舞っていた。その鳥は男を見つけると、大きな羽音をたてて差し出された男の腕に止まった。鳥の曙色の嘴には、純白の花が咥えられていた。男は鳥からその花を受け取った。

「フォークス、ありがとう。大変なときにすまないね。帰ってアルバスによろしく伝えておくれ」

 不死鳥は返事代わりにひとつ嘶くと、力強く羽を動かして、また空に戻っていった。空の色に溶けないその色彩はしばらく男の目に映って消えなかった。ようやく赤が黒になり、黒さえも見えなくなって空がただの青に戻ったとき、男は不死鳥から受け取った花に目を向けた。花弁が5つ。彼らの人数と同じだった。

「結婚のお祝いも、出産のお祝いも出来なかったね。今更だけれど、おめでとう。ジェームズ、リリー。あの池が好きだったようだから、これがお祝いだ」

 そう言って、男は摘まれた花を一本、墓の前の柔らかな土に刺した。禁じられた森の中で、危険を知らずに咲いている花。根も無い状態ではやがて花は枯れて、墓には何も残らなくなるであろう。だが男が懐から小瓶を取り出し、中の乳白色の液体を土にかけると、その白い花は瞬く間に墓の周りを取り囲むくらいに繁殖した。これで最初の花が枯れても、種が落ちてまた次の花が咲く。不死鳥が死に、又生まれると同じように、枯れて、咲いて、自然の営みが地中の柩の上で行われる。

「君達はとても良い夫婦だったのだろうね。皆に愛されていた。君達がこんなに早く逝ってしまうなんて、誰も思っていなかったよ。おかげで私はセブルスに怒られるし、リーマスには泣かれるし、アズカバンに行かなければならなくなるし、散々だった」

 男は苦笑して墓石を撫でた。ありありと浮かぶ、研究室に相談しにやってきた時の故人達の幼い表情。真剣な眼。相談の内容も。何も忘れていない。

「……ハリーは君達の子どもだから大丈夫だろう。彼らのことの方が心配だろうね。彼らは……でも、進んだよ。ほんの少し。遅かったけれど、遅すぎではなかった。そうだろう?」

 当然のことながら、墓の中からの応えはなかった。しかし男には故人達の返事が分かっていた。物理的な距離は離れた友人達。しかし進んだ。距離は縮まったのだ、と男は確信している。いつか、この墓の前で更なる前進を報告できたら、と男は思う。きっと故人達もそれを望んでいる。男はそう信じている。

「さぁ、もう行かなくては。参りたい墓がどんどん増えていくというのも、……悲しいね」

 そう言った男の心は、一瞬のうちに空に舞った。世界中に散らばる、かつて関った、愛する人達。時には憎んだ人達も、今は目の前の彼らと同様土の中だ。いつまでも花の絶えない墓もあるし、今は男しか場所を知らない墓もある。墓石さえ朽ちて、街に埋もれてしまったものも。しかし男はそれらの位置を正確に覚えていた。花を捧げることができなくても、男は世界中を巡り、誰も記憶していない遥か昔の人々との思い出に浸る。それはいつまでも鈍い痛みを伴う行為であったが、過去を旅する喜びも確かにある。そうやって男は、星の数ほどの墓を守り続けているのだ。

「また来るよ。彼らがここに辿り着くのは、まだ少し時間がかかるだろうから。君達も、安心して眠れるのはまだ先になるね」

 そうして男は新しい墓に別れを告げた。墓に背を向けながら男は思う。永遠のように感じられる時間も、いつか終わる時が来る。その時代に正に生きる人々にとって、いかに永く感じられようとも、終わりは必ず訪れるものだ。それはとても幸せなことだと、男は思うのだ。自分を含めた、すべての人にとって。

 男は一度だけ墓を振り返った。そこに男は、3人の魔法使いの幻影を見た。墓の中の2人と、その息子の成長した姿にも見えたが、また別の影のようにも見えた。酷く不器用に寄り添う、奇妙な家族の姿にも。

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