Requiem−Kyrie

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 無邪気さは大きな救いであり、それ以上に罪なことだ。いつしか、ピーターはそう考えるようになっていた。幼い頃――今よりももっと無知だった頃と言っても良い――ピーターは無邪気だった。至高の宝玉に憧れて、いつかはそれを手にすることが出来ると思っていたのだ。いつかは宝玉が大いなる慈悲を自分に与えてくれると信じていた。そして自分はその慈悲を願っていると。

 そう信じていた時、ピーターは確かに救われていた。それが罪であることに気付かない愚かさを、全く知らずにいられた。しかし、無邪気さからくる救いは子どもだけの特権だったことに、ピーターはようやく気付いた。神は信じる者しか救わないのだ。ピーターは大人になっていく過程で、子どもの特権を無慈悲に奪われてしまった。彼らの側で、同じ位置にいる人間として“仲間”と呼ばれ、喜びを感じていた幸せな時期は終わりを迎えた。少しずつ、確実に終末へと向かっていた。その道を随分と進んでから、ようやくピーターは目覚めた。そして耳が聞こえるようになり、頭で考えられるようになって、ピーターは初めて現実に直面した。周りの人間は全て知っていた。ピーターが彼らの“仲間”と呼ばれるにふさわしくない人間であるということを。ピーターだけが、それに気付いていなかった。あるいは別世界にいる彼らも。しかし気付いてしまったらもう耳を塞いでも聞こえてしまう声がある。無邪気を装うには、その声はあまりに大きすぎた。少なくともピーターには耐えられなかった。

 内から響く声。

彼らは強い。しかし空間的には彼らの側にいるからといって、ピーターが彼らのように強くなれるはずがない。声はそう言って現実をピーターに叩きつけた。そしてまた、声はこうも叫んだ。ピーターの中で。

 何故気付いてくれないのだろう。

その声に引き摺られて、ピーターは彼らを憎んだ。光の中にいる彼らを。スポットが当たって、ピーターだけがその光の外にいる。段々と、ピーターは光の円から遠ざかって行く。何かに足を引っ張られるようにして。そんなことをしてはいけないと感じながらも、ピーターは彼らを責めた。そしてその声は、遠ざかって行く距離と比例して、段々と大きくなっていった。

 何故気付いてくれないのだろう。

ピーターはずっとそう思いながら、彼らと一緒に過ごしていた。空間的にはいつも一緒に、しかし次元的には離れていた。それは一種の自虐行為であったが、ピーターはその痛みを避ける努力はしなかった。側にいるのに、ピーターが血を流していることに気付かない。すべて彼らがいけないのだ。

 すべてがピーターに対して理不尽に進んでいた。ピーターは平凡だった。その他多くの人間と同じように。それは慈悲を与えられるほど哀れな状態ではなく、高みに連れられるにはあまりに平凡だった。

 だから理不尽だと思いたかった。同じく平凡な、彼らと比べたら絶対に平凡だと思う位置に――それは自分と同じ位置に――いたはずのリーマスが、彼らの作る光の円の中に立っていると知った時。そしてピーターが彼らの側にふさわしくないと声高に叫ぶ者が、リーマスにはその声を低くすることに気が付いた時。


告別


 奴らは何も知らないのだ。人狼だからという理由で彼らの哀れみが受けられるというのなら、ただ平凡だということで哀れみが得られても良いはずなのに!

 何故気付いてくれないのだろう!

 彼らは誰より強く、賢いというのに。そして自分はこんなにも彼らを愛し、崇拝し、それによって苦しんでいるというのに。何故人狼なんかを救い、人である僕を救ってくれないのだろう。

 君達は知っていただろうか。初めてリーマスが狼になるあの姿を見たあの晩。僕は恐怖に震えていた。忌まわしく、穢らわしいとさえ思った。ただ僕は、君達2人の、自分を責めるあの高潔な姿に目が眩んで、人狼に対するその考えを抑え付けたのだ。君達のようになりたかった。ただそれだけだ。本当は人狼に対する嫌悪感を、僕はずっと引きずっていた。

 君達は知っていただろうか。4年生の時、僕がダンスに誘った彼女。彼女が僕の申し出を受け入れたのは、君達に近づくためだったのだ。あの後、彼女は僕を振った。上手く利用できなかったからだ。僕がそのことでどれだけ傷ついたか。面と向かってそのことを明かした彼女も最低だったけれど、落ち込んでいた僕に、君達は気付いてくれなかった。リーマスの隠していることはすぐに気付いたくせに。僕の隠し事は見抜いてくれない。

 そして君達は知っていただろうか。僕の祖母は優秀な魔女で、ホグワーツの出身だった。母はハッフルパフだったけれど、それを嘆いた祖母はスリザリンで、当然孫の僕がスリザリン寮に入ることを望みながら死んだ。母は祖母を嫌っていたから僕がグリフィンドールに選ばれ、君達の側にいることを誇りに思っているけれど、祖母が生きていたら、君達の光にあぶれて立ち尽くす、こんな僕を許しはしなかっただろう。

 組分け帽子は間違えたのだ。人狼はホグワーツに入るべきではなかった。そして僕は、スリザリンに入るべきだったのだ。そうすれば祖母のように優秀になれたかもしれない。今ではもう何もかもが遅いのだろうか?

 いいや、遅くはない。

何も知らない母をそのままにして、僕だけ大きく飛躍する方法がある。あの方が僕の耳に囁きかけた。

 お前はスリザリン。
 迎えてやろう。取り立ててやろう。
 お前の望む形で、愛を与えてやろう。

そう言ってくださった。僕の望む形で、愛を与えてくださると。君達が与えてくれなかったものを、僕に与えてくださると。

 君達が、それに縋った僕を恨む権利はないのだ。何も気付いてくれなかった君達。輝き、光に溢れた太陽と星。僕は地下の鼠。光においては逃げ惑い、闇の中で安らぐ、小さな獣。

「聞いてくれ、リーマス、ピーター。君達には本当のことを伝えたい」

 鼠に太陽が落とせると思うかい? 誰も頷きはしないだろう。しかし、鼠は太陽を愛していた。身悶えるほどに。その身を焦がすほどに。輝きを身にまとっているだけの太陽よ。その影で身を滅ぼした鼠の、小さな愛の中の闇に、首を絞められてしまえばいい。

「グリフィンドールの直系は、シリウスではなく、僕なんだ」

 さようなら、太陽。
 小さな愛に、足を取られて死ぬがいい。
 これが真実。


 愛していたからこそ、裏切ったのだ――。


 愚かな子。憐れな子。
 愛するということがどういうことかも知らずに。
 裏切るということがどういうことなのかも考えず。
 気付いてくれないと嘆くばかりで。
 それでは君は気付いていたのだろうか。
 君は彼らの何を知っていたというのか。
 求めるばかりで、君は彼らの姿を見ようともしなかった。
 本当の彼らの姿を。

 「彼らも君も、本当は何も変わらない」

 そんな教師の言葉を、君は信じられないまま忘れてしまったのだ。
 リーマスは手を伸ばした。
 彼らの側にいるために、自ら手を伸ばして彼らの手を握った。
 君は彼らが手を差し伸べてくれるのを、ただ待っていただけだったのだ。
 何故気付かない?
 愛していると言葉にすることが出来なくても、
 ヴォルデモート以上に、彼らは君を愛していたのに。
 何の見返りもなく。
 ただ君という存在を愛していたのに。
 憐れな子。
 私も君を愛していたのだよ。

 君はそれに気付いていなかったね。

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