Chapter 1-2 : 囚われのエルフ

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 この国は追っ手、あるいはそれに属する者に見つかりやすい。
 
 シーザスを抜け、フォリンの東に広がる内陸の砂漠化した平地を避け、大陸を南に抜けるには、海岸線を沿って進むしかなかった。シーザスを含めると、三つ目の国であるランブルゲン王国は、古くからのフォリンの友国であった。

 まぁ、仕方ないか。

国から離れた所を通って、南へ抜けるにはこの国を通る他ないのだ。あと丸一日走れば、チェルット帝国へ抜けることができる。この賑やかな港町で一泊して、早々にチェルットへ抜ける計画だった。


「しかし、お前は身を隠すということを知らないのか?そんなに堂々と顔を出して」

「かえって怪しいだろ。さっさと買い物済ませて行こうぜ」

 海岸線をずっとたどってきたので魚が新鮮で、美味さに欠ける保存食を食べる必要もないので、ウィザーズにとっては嬉しい限りだった。セライドは魚も食べないようなので、かわりに船が運んでくる果物を賞味していた。

 二人はずっと、互いの訳を話すことなく旅を続けていた。明かす必要がないと思ったのか、それとも人間とエルフということで、未だ互いを信じていないのか。

「あ、これ食べてみようぜ」
「お前は本当に気楽だな…」

 人間を毛嫌いしていたセライドは、初めて会った時よりも態度が柔らかくなった。ウィザーズの明るさに、警戒心がいくらか解かれたのであろう。

「これくれ、二つ。これはどこから来た果物だ?」

 買い物を楽しむ余裕もできてきた。幾度かアゼルの手の物らしい魔獣が二人を襲ったが、レムの言っていた事は本当のようで、セライドが魔術でほとんど蹴散らしてくれた。

「ミディク王国だよ。二つで八十ルイ。はい、確かに。見かけないね、旅人さんかい?」

「あぁ、まぁ」

 不意に考え事のように棒立ちするウィザーズを突ついて、セライドは受け取った果実を渡す。生返事をして、ようやく気付いたようにウィザーズはそれを受け取った。

「旅人さんなら知らないかな。何でもね、そこの砦に居る将軍さんが、エルフを捕まえなさったそうだよ」

「何の目的で!」
「いや、あくまで噂だから…。でも、エルフの魔術が目的じゃないかって聞いたけど?」

 二人は顔を見合わせて、何か物言いたげにしていた。

「どうかしたのかい?」

 主人が尋ねると、茶色髪の少年の方が慌てた様子で首を振った。

「いや、エルフを捕まるなんてすごいなと思ってさ。ありがとう、行こうぜセイ」

 黙り込むセライドを連れて、早々にウィザーズは市場から立ち去る。港まで走ってくると、今は漁に出ているのか漁船は一艘もない。

「ウィズ、お前先に行っていろ。俺は…」
「馬鹿言うなよ。俺も手伝うぜ。ここはフォリンの友国だ。俺がらみのことかもしれない」
「しかし…」

 渋るセライドに、ウィザーズはなおたたみかける。

「俺が先に行って、お前はちゃんと追いかけてこれるのか?全く知らない土地だぞ?」
「…分かった。俺が偵察してくる。お前は森に戻っていろ。そうだな、来る途中に泉があっただろう。そこで待っていろ」

 ウィザーズは素直に頷いた。

「無茶はすんなよ。セイ」

 分かっていると言って、セライドは森の方へ走って行くウィザーズを見送る。

 砦の場所も分からないがな。

とりあえず町へ戻ろうと、手にした果実を頬ばりながらセライドは砦を探しに行った。

 
 冬が近いとはいえ、まだこの国は暑さを感じさせる日があるようだ。黒いローブをすっぽり被った息子は何も言わないが、バルドは甲冑の上にローブは正直言って暑かった。

 二人はフォリン王都を避け、南下した。その途中でレンヌの放った魔獣が、ウィザーズを発見しレンヌにその情報を伝えた。海岸線沿いを南下していることが分かったので、二人は東へ進路を変え、ランブルゲンにはいった。海に面したこの町で、二人はウィザーズを待つことにしたのだ。

 馬を引いて、宿を探していた二人だったが、不意にレンヌがバルドのローブの裾を引いた。

「レンヌ?」
「あの男、怪しい」

 そう言って息子が指差したのは、黒ずくめの男の姿だった。

「確かに、怪しげな格好はしているが…」

 髪の色からして、彼の捜している王子ではなさそうだった。

「尾けてみよう。馬は邪魔だな」

 一人で勝手に決めると、手綱をバルドの手から取り、レンヌは馬を近くの木に縛り付けた。そして黒い髪、黒いローブの若者を追う。一見旅人のようだが、市から別の方向から来たのにもかかわらず、市に寄るような気配はない。そのまま追っていくと、若者は町を出てすぐの森に入っていく。

「森…?」
「妙だな。見失わないと思うが」

 そう言ってレンヌは森の中に消えた若者を追って、小走りに走っていく。慌ててバルドも後を追った。若者の姿は木々の影からわずかに見える。背の低いレンヌを制して、歩きやすいようにとバルドが下草を踏んで歩いていく。しかし一度若者が通っているので、草は踏まれ、萎えていた。

「セイ!どうだった?」

 若い男の声がした。黒ずくめの若者のものではない、誰かもう一人のものらしい。

「…バルド?」

 レンヌが不思議そうに声をかけたが、構わずバルドは駆け出した。小さな泉があり、バルドの気配に気付いて先程の若者と、もう一人が振り返る。


「…王子…。ウィザーズ様!」


「…バルド。どうして…バルド!」


「え?…」

 駆け出したバルドに、若者の一人が飛びつく。もう一人は呆然と立ち尽くしてしまった。レンヌはその呆然としている若者の方に近づく。頭に巻いた布が気になるようだ。

「…ご立派になられましたな、ウィザーズ様。ご無事で何よりでございます」

 育ち盛りの時を三年も見ていなかったので、本当に王子は大きくなっていた。腕もたくましくなって、真剣を持ってよろめいていた頃は、もう想像できなくなってしまった。

「でも、どうしてお前が此処に?俺が逃げたことは、聞いたとしても…」

「それは、後ほど。それよりも、ウィザーズ様にとっては辛い事をお耳に入れることになります」
「何?」

 バルドが口を開き、声を出そうとした瞬間に、セライドが声を荒げた。


「何を…やめろ!」


 ウィザーズとバルドは話の腰を折られ、同時に剣に手をかけた。

「セイ!どうし…た…」

 振り返ると、頭に巻いていた布を取られ、さらに露出した耳を思い切り引っ張られているセライドがいた。掴んでいるのは勿論、バルドの連れ。

「本物か?この耳」

 ぷっと、ウィザーズが思わず吹き出した。セライドはよほど痛いのか、掴まれたまま固まっている。

「レンヌ!手を離すんだ!」

 バルドが慌てて叫ぶと、レンヌはぱっと手を離した。

「分かった」
「な、何なんだ、いきなり」

 エルフの耳は人のそれよりも敏感で、触られるのでさえ嫌うのに、思い切り掴んで引っ張られるとは。相手が自分よりも十センチ以上小さくなかったら、セライドは思い切り殴りつけていたであろう。

「バルド、そいつは?」

「…養子です。レンヌと申しまして…」

 黒いローブをすっぽり被った奇妙なバルドの連れは、小柄でほっそりとしていた。養子だ、とバルドが言ったので、ウィザーズは自分より年下のまだ声変わりもしていない少年だろうと思った。先程聞いた声が、高く美しい声だったからである。

「なんだ、隠し子じゃあないのか。奥方が見たいと言いたかったのにな」

 王子の皮肉に、バルドは苦笑した。隣ではレンヌが、隠し子というのはどういう意味だと聞いている。

「ところでウィザーズ様。こちらの若者は…」
「あぁ、俺の仲間で…。いや、それよりさっきの話は…」

「ウィズ!事情が全くわからん。とりあえず信用できる人間なのか?」
「…バルドが信用できないようじゃ俺は人間的に終わりだ」

 驚いたように、バルドがウィザーズを見返した。ウィザーズは誇らしげに、前を向いていた。

「バルドに裏切られるようでは、俺は人の上に立つ者としての才がなかったんだろう」

「分かった。お前がそう言うなら信用しよう。ところでお前、何者で何の罪で追われているんだ」

「…そう言われれば、今まで聞かれなかったな」

 それで今まで二人で旅をしてきたというのだろうか。明らかに人と違うこの若者と、世間知らずの王子が。今まで疑問に思わずにいたとしたら、この二人はよほど間が抜けている。

「まぁ、とりあえずセイ、俺の剣術指南役で騎兵団隊長の補佐で策士だったバルドだ。見て分かるように、右腕を失って、三年前に城を出た」

 ウィザーズの頭に、三年前の出来事が去来したが、感傷に浸っている暇はないと、すぐに打ち消した。

 
 行くな、バルド!


悲鳴に似た自分の声だけが、かろうじて頭をかすめた。

「バルド、それにレンヌ、だったか?こいつはセライド。まぁ、理由があって俺を助けてくれた。その後、ずっと一緒に旅をしているが、見ての通り、正真正銘のエルフだ」

「エルフ…」

 その言葉に、レンヌが敏感に反応したが、ローブに隠された分、他の者はレンヌの反応に不自然さは感じ得なかった。

「あとはセイに俺の身分を説明しなくちゃならないか…。俺の名前は名乗ったよな。それでは気付かなかったみたいだけど、俺はフォリン王国の第二王子だ」

「…らしくないな、お前。全然それらしくないぞ」

 確かに王子らしいとは自分でも思っていないが、それでも王子の"お"の字くらいのプライドが傷ついたようだ。

「それで、その王子が何故追われている」

「父王殺しの罪を着せられた。婚約者と、…義兄に」

「ウィザーズ様、その時にロジス老にお会いしましたな」

 何故そのことを、と訊こうとしたが背を走る悪寒にゆっくりとだが顔が凍りついていくのが分かった。小刻みに、手が震える。

「…まさか…、バルド…。爺が…」

 不吉な予感ほど、良く当たるものだ。

「…王妃様をお庇いになって、…処刑されました」

 瞬間、ウィザーズは口元を抑えた。こみ上げてくる不快感。自分を逃がしてくれたロジス老の、首だけの姿が瞳の奥に映る。したたり落ちる血と、そして義兄の笑い声。

「おい!大丈夫か、ウィズ!」

 セライドの声が、遠く聞こえる。


 俺のために
 ロジスガ シンダ。


母をよろしく頼むという自分の言葉に従って死んだ。上に立つものとして、自分の言葉の影響力というものをいま一つ理解していなかったのだ。


 その言葉に、命を懸ける者がいる。そのことを、知らなかったのだ。


「ウィザーズ様!しっかりなさいませ!」

 肩を揺するバルドを押しのけ、レンヌがウィザーズの頬を打った。

「レンヌ!」

「…呆けている暇があると思うな。自分の無知を嘆く前に、何が出来るかを考えろ」

「…」

 美しい声が棘を刺すように耳を突いた。平手で打たれた頬が熱く、ウィザーズはぼんやりと頬を押さえた。ローブに隠された瞳が、見下ろしている。

「王子、申し訳ありませぬ」

「…いや、レンヌの言う通りだ。ありがとう、レンヌ」

 目が覚めたようにウィザーズはさっぱりとした顔をしていた。ロジスが死んだことに責任を感じていないわけではない。むしろ必要以上にウィザーズは責任を感じていた。自分の発した言葉は、必ず自分で責任を取らなくてはいけない。

 学ぶのが、少し遅かった―。

後悔を引きずりながら、それでも生きて行かなくてはいけないのだと、ウィザーズは自分一人の生死でさえ重いものなのだと思った。

「あれは、多分婚約が決まって、三日目ぐらいだったと思う―」

 遠いことのようではあるが、まだ一週間と過ぎてはいないあの日のことを、ウィザーズは三人に語りだした。


 ―カミーラは父の、正確には義兄が勧めて無理矢理婚約させられた女だった。元々俺はこの年で結婚なんて、全く考えていなかった。女を知らない訳じゃあなかったし、女の魅力というのもまぁ分かってはいたけれど、剣を学んで妹たちの相手をして…それで満足していたんだ。それは、一国の王子ともなれば俺の年で結婚なんて当たり前だったけど、義兄は結婚どころか婚約さえしていないし、先に俺がというのも気が引けた。

 何よりも相手の女だ。グラマーなのは認める。でも俺は年上は好みじゃあないし、何よりも根っからの清純派好みだ。カミーラは清純派を装ってはいたけれど、どこか違った。何となく胡散臭くて、俺としては全く歓迎できる相手ではなかった。だが結局婚約はしてしまったし、まぁ適当に相手をしていればそのうち向こうの愛想がつきるだろうと思って、その日も嫌々酒に付き合っていたんだ。

「立派な守り刀ですのね。カトラス王子様」

 その時は確かに俺の部屋だった。

「これか?気に入ったのならやろうか」
「いえ、でも…」

「こんなものならいくらでもある。俺には軽いからお前で丁度良いだろう。俺の寝首をかくことが無いというのなら、やるよ」
「ご冗談を。そのような恐ろしいこといたしませんわ」

 良く言うわ、と俺はその時思ったのに。つい酒をあおってしまったんだ。
 ―起きたときには父王の部屋。おまけに寝首をかかれたのは父王で、ウィザーズは思惑通りに父王殺しの罪を着せられ、国を出ることになったのだ。


「…本当にお前って奴は、馬鹿だな。自分の剣を他人にそう易々と渡すからいけないんだろうが」

「うるさい!あんなもの本当に売るほどあるんだよ!やれ誰の贈り物だとか、これはあの儀式用だとか…」

 まぁまぁとバルドは若者二人の間に入って、すでに草の上に腰を下ろしているレンヌと同様に座らせる。こんな時になんだが、王子に同年代の友人が出来たことに安堵感を覚えてしまう。

「それで、背後にいるのは本当にお前の兄なのか?」
「あぁ。兄と言っても母は違う人だがな。元々カミーラは義兄の女じゃあないかって話もあったしそれに、これだけ離れた俺のところに確実に魔獣を送り込めるのは国内だけでも義兄だけだ…と思う」

 最後の言葉ば幾分頼りなさげではあったが、その場に集まった三人にとってはそれぞれの意味で興味深い話だった。

「では、…ロジス老の処刑もウィルス様が…」

 それでも丁寧に様を付けるのは、バルドのフォリン王国に対する純粋なる忠誠心だろう。

「…多分義兄は最初から爺を殺すつもりだったんだ。初めに見つけたのが爺だったから疑いがかからぬよう爺に俺がやったと云えと言ったけど、爺は俺の潔白をはらそうとしてくれていた。それが義兄に知れたんだろう。母上を殺せば義兄も切り札を失うからな。あぁ、そうだ。お前達はどうやって此処に?」

 顔を向き合わせ、バルドがレンヌに促す。

「魔獣にお前の気配を追わせた。それでこの町まできたら何となくそっちの奴が怪しかったから、後を尾けてきた」

 バルドがレンヌの口調と正そうとレンヌの名を呼ぶが、ウィザーズは気にしている様子もなく、良いよと手を振っている。セライドの方も、さほど気にしている様子はなかった。ただ、尾けられていることに気付かなかったことと、耳を掴まれたことは気にしているようではあった。

「お前も魔術が使えるんだな。俺のことはウィズと呼んで良いぞ。バルド、お前もだ。堅苦しいし、様なんて付けてたら怪しいだけだ」

 バルドは自信なさげにはぁ、と頷いて見せた。今までずっと王子に対する接し方でいたのだが、それではいけないらしい。分かってはいるものの、やはりバルドは仕える身であるためか、ウィザーズに対する言葉は正しいものを使いたい。怪しまれないためにも、どうやら自分はあまり町中では王子に話しかけない方が良いだろうと思った。

「俺もセイで構わない」
「ウィズにセイ、お前達こんなところで何をしていたんだ」

 殆ど尋問に近い訊かれかただった。怪しくて仕方がないといった雰囲気で訊いてくるレンヌにセライドは多少の憤りを覚えた。

「あぁ、それそれ」

 ウィザーズの方は、やはり天然なのか何も気にしている様子はない。それどころか良く聞いてくれたとばかりにはしゃいでいる。

「この町の近くの砦にな、エルフが捕まっているって話を聞いて、それは助けなくてはいけないなと。俺は追っ手に見つかるといけないからセイに探りに行ってもらっていたんだが」

「砦の奴は何も言わなかったぞ。エルフなど知らんとしか」

 ウィザーズは拍子抜けした。レンヌはローブを被っているので表情は分からないが、見た目は何の変化もない。バルドも体では示さなかったが、流石に苦笑を隠せない。

「それで終わりじゃあないだろうな、セイ」
「終わりだ。ただ、エルフの気配は確かに感じた。細かいところまではわからんが」

 それだけで十分だろうと、セライドは付け足した。

「まぁ、とにかく儂がもう一度探ってきましょう」
「…頼む、バルド…」

自分の情報だけでは足りないかと尋ねるセライドに、ウィザーズは答える気力もなかった。

「此処で野宿もなんですな。町に宿を取りましょう。なに、見つかる危険は森も町も大差ないでしょう」
「そうだな、町に戻るか」

 何よりも宿でうまい夕食にありつけることが、ウィザーズにとっては一番嬉しいことだった。それが分かったのか、セライドが脇で盛大に溜息をついた。


 隣に座っているセライドが、運ばれてきた自分のスープに入っている魚をせっせとウィザーズのスープに入れる。魚のだしだったらいいのだろうかと疑問がわいたが、港町で野菜だけの料理が無いので仕方がない。

「何をしているんだ、セイ」

 レンヌの疑問にウィザーズが代わりに答える。

「こいつ、魚と肉は食わないんだよ」

 そう言いながらウィザーズはレンヌの手元を見る。スプーンを使った形跡がない。

「…そう言うお前こそ、食べないのか?さっきから食が進んでいないぞ」

「他人に食べているところを見られてはいけない種族の出なんだ。気にするな、後で市で買ってきた物を食べる」

「あ、なるほど。じゃあ俺が食べて良いんだな」

 あっさりと納得してしまったウィザーズを、非難の目で見るセライド。バルドも困惑気味だ。ウィザーズは本当にいらないのかと聞きながらも、遠慮なく魚料理を頬ばっている。


 何だか、怪しいな。


セライドはそう思ったが、義父だというバルドの前では言いにくく、黙っていた。

「そう言えば、どうだったんだバルド」
「ウィザーズ様、何もこんなところで…」

「ウィズ!大丈夫だろ。どっちにしても魔獣に聞かれていたら終わりなんだから、同じだよ」

「馬鹿、魔術で造り出した魔獣が人間の言葉を解せるように造るには相当の知識と力がいるんだ。アゼルという奴がどれだけの知識を持っているかは分からないが、不可能に近いことだ。魔獣自身、意識を持って行動しているわけではないんだ。術者の意志で動いている。とりあえずは人間に気を付けろ」

「なんだ、セイの造ったの一匹ペットにしようと思ったのに。つまんねぇ」

 使い終わったスプーンを弄びながら、ウィザーズは溜息をついた。少し大袈裟だ。レンヌも暇なのか、使ってもいないスプーンで遊んでいる。

「レンヌ、お前魔術使えるんだろ。なんかやってみてくれよ」

 ウィザーズがせがんだ。それに対してレンヌは戸惑いもせずに呪文を唱えた。

「解放の印。力ある物の呪縛を解き放たん」

 遊んでいたスプーンを媒体にして、愛らしい鉄の魔獣が出来上がった。槍を携えた、兵士のような格好をしている。

「へぇ、可愛いじゃないか。術使うのうまいんだな、レンヌ」

 丁度妹たちが遊んでいた人形と同じくらいの大きさである。抱えようとして手をかざした瞬間に、兵士の人形は槍を突いた。

「うわっ!」

 刺さりはしなかったものの、魔獣とは思えないほどの機敏で人間味のある動きに、レンヌ以外の三人は驚きを隠せなかった。アゼルが送ってきた魔獣だとて、ぎこちない機械的な動きをしていた。レンヌの方が術力が上なのか。

「気に入った。部屋に連れていこう」

 レンヌが口元に笑みを浮かべてそう言うと、兵士はビシッと敬礼した。魔獣を担いで食堂を出ていくレンヌに、セライドが不審そうな眼差しを向けていた。


 「お父様」

 着替え終えたレンヌが扉を開け、バルドを中に入れながら小首を傾げる。ドレスの方が好きらしく、宿に着くとドレスに着替えるのだ。足下には先程造った魔獣の兵がいる。丁度膝くらいまでの大きさなので、護衛になるか、はたまた何の役に立つのかは大いに疑問であった。

「何だ」

 バルドが返事をすると少し迷うように人差し指を唇に当てた。

「エルフというのは、皆彼のように黒髪に黒の瞳なのですか?」

「いや、黒髪に黒い瞳はダークエルフの特徴だったはず。ただ、ダークエルフは肌の色も黒いと聞いたが」

「…では彼は…」

「バルド、上がったぞ」
「!少々お待ち下さい」

 慌ててローブを取りレンヌに渡すと、こちらはのんびりとローブを着ている。彼女の主張により、まだウィザーズ達には姿を見せないことになっている。バルドの方もこの旅に美しい娘が加わっていることを、若いウィザーズ達に教えるのには気が引けていた。勿論ウィザーズ達がレンヌに何をすると言うわけではないのだが、父親は少し過ぎるくらい娘のことを心配するものだ。

 ようやくレンヌがローブを着たので、バルドは扉を開けた。

「申し訳ありません。お待たせいたしました」
「別に急がなくても良かったのに」

 湯上がりのウィザーズは、上着を羽織っただけで前をしめていなかった。

「そのような格好をなされて、風邪を引かれますぞ。さ、中へ」
「いや、暑いから…」

 手で扇ぎながらウィザーズはバルドに従った。

「馬鹿は風邪を引かないらしいな」
「そうそう…ってお前そんなこと誰に聞いたんだよ!変な言葉覚えるな!」

 なかなか的を得た言葉だとセライドは思うが、すぐ喧嘩腰になるウィザーズをからかうのも子供の喧嘩のようで嫌だなと思い、部屋に入っていって座った。ベッドの上ではレンヌが鉄の兵隊と遊んでいる。兵隊の動きは先程と変わらず、魔獣とは思えないほど繊細な動きをする。レンヌはぼそぼそと、魔獣に話しかけていた。言いようもない警戒心をセライドはレンヌに抱いた。

「んで?何か分かったか?バルド」

「えぇ、まずあの砦に駐留しているのはランブルゲン王国の魔法兵です。それ故に魔法目当てにエルフを捕らえたという噂が広まったようですな」
「しかし、エルフは普通人の立ち入らぬ森に村を作る。村の周りに何重もの結界を張ってな。人間とは別系統の魔術だから魔法兵団ごときに破られるということはないだろう」

「俺は入れたじゃないか」

「あれは俺がいて、お前の周りだけ結界を解いていたんだ。普通なら本人も気付かぬままかわさせられるんだ」

 セライドは始終レンヌを気にしていた。何か反応を示さないかと思って横目で観察していたが、レンヌは相変わらずだった。

「そのところの事情はまぁ良いとしてですな。囚われているのは一人のようです。正確な場所までは分かりかねましたが、砦自体は小さな物です。しかし、海からの進入などを防ぐための砦ですからな、強固な造りであることは確かです」

 ウィザーズがふんふんと頷く。セライドはまたレンヌを見た。どうやら魔獣を踊らせて遊んでいるらしい。本人はじっとしたまま動かない。眠くなってしまったのかもしれない。

「相手が魔法兵じゃ、この人数で奇襲は辛いな。せめて捕まっている場所が分かればな」

「そう、もう一つ情報がございます。どうもそのエルフを捕まえた理由というのが、ウィルス様の依頼によるものだという話がございます」

「何だって!」

 ウィザーズと同時に、レンヌがわずかに反応したのが分かった。不審に思いながらも囮になると言うウィザーズを制し、セライドが提案した。

「囮なら俺が適任だろ。魔獣を扱えるし、何より相手がエルフを欲しているというのなら俺以外にはいない」

 レンヌはベッドに横たわって、今は何の興味も示していない。ベッドから、鉄の兵隊が降りてきてウィザーズ達の輪の中心に入り込んできた。

「それで良いだろう。私はもう寝るぞ」

 一瞬、鉄の兵隊が喋ったのかと思い、三人は顔を見合わせたがその声は紛れもなくレンヌのもので、レンヌはその台詞の後一人布団に潜り込んでいた。鉄の兵隊は、口を動かして見せただけらしい。レンヌは頭から布団を被っていたが、ローブを着たままだった。セライドの不信感は、募って行くばかりである。

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