Chapter 1-3 : 再会と決別
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陰鬱さが、この城を支配していた。
その気配に呑まれたように、男は見かけだけは明るく豪奢な廊下を、鬱病患者のような足取りで歩いていた。群青のマントと二本の剣は、彼が騎士であることを示していた。不意に、男は立ち止まり、城内の敷地の一角にそびえる、何の飾り気もない、窓でさえ上部に一つしかない塔を廊下の窓越しに見つめた。男は深く、溜息をついた。そこには、彼の妻がいた。いや、妻とは言うべきではないのかもしれない。二人は今、離婚したも同然の状態なのである。彼はもう一度、深く重たい息を吐くと、自分の屋敷へと帰っていった。彼は君主の命で、しばらくの間第一大陸から離れることになっていた。行ったこともない土地へ、数人の部下を引き連れていくことを思うと、男の足取りはさらに重くなっていくのだ。
そもそもこの男、レグシェス=プログムという端正な顔立ちをした騎士の家は、とても古く、伝統のある家だった。元は騎士の家柄だったのではなく、その実祖先は古代神族に仕えていた神官であったといわれている。嘘か真か、レグシェスにとってはあまり興味関心のある話ではなかったが、確かに古い家にはたくさんのそれらしき書物があった。彼は妻を迎えるために、五年ほど前に家を新しくした。その際に多くの書物をきれいに整理したのだが、中には数冊程魔術に関するものと思われる本があった。彼もこれには興味を示し、少し読んでみたのだがしかし、彼にその内容は理解できなかった。読むことの出来ぬ本を飾っておくのも気が引けると、彼は当時城の図書館の本を全て網羅したと言う第一王子に、その本を見せることにした。将来国の重要なポストに就くことは間違いなかった第一王子ウィルスに、気に入ってもらえたらという小さな野心も合った。
とにかく、彼はその数冊の本を携えてウィルスの元へ行ったのだ。本を手にしたウィルスは、食い入るようにその本を見つめ、しばらく無言でページを捲っていた。彼は内心ヒヤヒヤしながらそれを見守っていたが、結果、ウィルスはその本を気に入り、是非譲って欲しいと言ってきたのであった。彼は勿論それを承諾し、その後レグシェスとウィルスの交流は増えた。ウィルスの知識は並ではなく、レグシェスでは解せなかったその本を読破し、理解していったのだ。しかし、その時のレグシェスは思いもしなかったのである。大人しく、本と対話するようにして知識を得たウィルスが、それを武器として父を殺し、弟の第二王子をその犯人に仕立て上げるなどとは。そんなことを、する人間だとは思っていなかったのである。
今なら、まだ引き返せるのではないだろうか。
彼は幾度も立ち止まった。振り返り、妻のいる塔を見つめもした。しかし、彼は決まって罰が悪そうに溜め息をついて、また歩き出すのだ。彼には勇気が無かった。ウィルスに逆らう勇気も、妻と話し合う勇気も。
彼はまだ新しい我が家へと戻った。召使に手伝わせて旅の仕度をする。彼が君主ウィルスに言い渡された行き先は、メロサ島という島だ。シュビットから第二大陸カルデアス、そしてカルデアスの南に位置するテレーズ島を経由して行く長旅である。国の重役達には知られぬように、特に宰相のグロージェスと、カミーラと言う第二王子の婚約者には。というのがウィルスの言葉だった。多分彼は、ウィルスに信頼されていた。この国では唯一と言って良いほど。裏切る事の出来ない気性であると、決め付けられているような風でもあったが、その通りなのだ。
メロサ島…神聖なる王の島。
メロサ島には一つの小さな漁村以外には人の住んでいる場所がない。島の大半を森が占め、神聖な森として、漁村の者達も決して出入りしないという。神聖な、つまりこの島に一番最初に神が舞い降りた。その伝説に相応しく、この島の東部、海の中に石造りの神殿が沈んでいる。深い海の底に白く輝く神殿は、人やエルフが入る事は出来ない。魔術で神殿まで辿り着くことが出来たとしても、神殿の扉が開くことは無いという。神のための神殿なのだ。そこへ行けば、神殿以外の所でも神官が示した魔術の本が、または神に近づく方法が見つかるかもしれない。ウィルスは彼にそう言った。
神に近づくなど、あって良い事なのだろうか。
昔神官だったという家に生まれたからには、自分は神に仕えるべき人間なのではないかという思いが浮き上がってくる。そうは思ってみても、姿無き神に仕えるのは、容易なことではない。彼にはそれだけの忍耐力も、強い精神もなかった。
ウィルス様が神になるというのであれば、
それに仕えるべきなのか。
しかしウィルスはあくまでも人間だ。
心に浮かぶとりとめのない考えに終止符を打つことが出来るのは、メロサ島へ行ってからであろうと、レグシェスの心の中に確信めいた光があった。自分の運命を決めるために、レグシェスはメロサ島へ向かう。その結果、以後の自分の人生がどうなるかなど、今の彼に考えることはできなかった。ただ、すべては存在するかしないかさえ分からない、神の導きなのだ。
母上、そんな顔しないで…。
僕、もう二度と言わないから。
声が聞こえるなんて、もう二度と…。
ウィザーズはまだ陽の昇りきらぬ時間に、目を覚ました。
…夢、か。
やはり野宿は慣れない。ぼんやりとした頭の中で、夢の内容を反芻する。夢の中の、あの母の心配そうな顔。今どうしているかと、そんなことを考えながら眠ったせいだろうか。だが、その後の言葉。思い出すと胸の奥が微かに痛む。それが何故なのか、ウィザーズには分からなかった。ただ、それが夢の中での出来事でなく、古い自分の記憶であるということが、何となく理解できた。ウィザーズはセライド達を起こさぬようにと、静かに立ち上がった。朝の風が少し肌寒い。ふと、眠りこける仲間の頭数を数えた。セライド、バルド。レンヌがいない。朝早く起きて、散歩にでも行ったのだろうか。森の中を。
…そんな悠長な…。
アゼルの魔獣が狙っていることも伝えたはずだ。心配になったウィザーズは、辺りを捜し始めた。チェルット最大の港町、ユファーに向かう途中、川の側で一泊したのでレンヌは喉が渇いて水を飲みに行ったのかもしれない。そう思いつくと、ウィザーズはすぐに川へ向かった。五時間も歩けば海へと注ぐ川は、下流のため大きく広がっていた。空からの魔獣にはすぐに見つかってしまう。この間の一件でレンヌが強いらしいということは分かったが、まだ子供だ。一人にさせるのは不安だった。森の出口で、ウィザーズはレンヌを見つけた。驚くほど多くの鳥に囲まれた黒いローブの人物。その後ろに座って、じっと見つめながらせわしなく手を動かしているのは誰だろうか。見たところ人間の男のようだった。しかし、レンヌに声をかけるでもなく、ただ背後に陣取ってレンヌの背を見つめている姿は異様に映った。ウィザーズは意を決し、背後からその人物に近づいた。何に夢中になっているのか、男はウィザーズには気づかなかった。
「おい、何をしているんだ」
肩に手を置かれて、男はやっと気づいたらしい。びくっと体を震わせ、恐る恐る後ろを振り向いた。怯えていたせいか、やけに幼く感じられたが、よく見るとウィザーズより年上だった。手には黒い物が握られている。木炭だった。折り曲げた足に乗せられているのは、絵の描かれた紙。羽の具合まで明確に描かれた水鳥の絵だった。一心に見つめていたのはレンヌの後ろ姿ではなく、レンヌと戯れる鳥達の姿であったのだ。
考えてみれば当たり前だよな…。
ローブ姿の人間描いたって面白くないし。
鳥達の大きな羽ばたきが聞こえた。ウィザーズも、絵を描いていた男も、同時にレンヌの方を見やる。すると、今まで群れ集まっていた鳥達が空へと帰っていく瞬間だった。絵描きの青年は立ち上がり、残念そうに空を眺めていた。未完成に終わってしまった絵と、空とを交互に眺めると、大きな溜息をつき肩を落とした。
…悪いことしたかな…。
ウィザーズは思った。
レンヌの所へ、黒いカラスのような鳥が一羽だけ寄ってきた。レンヌは白い手でその鳥の艶のある嘴に触れた。するとその鳥は口を大きく開け、奇声をあげるとまた空へと戻っていった。レンヌは黒いローブの下に手を戻すと、ウィザーズの方へ向き直り、歩み寄ってきた。
「雨が降るそうだ。早く町へ行かないとずぶぬれだぞ」
「…降るそうだ?」
頭の中が疑問詞でいっぱいになったウィザーズを押しのけて、絵描きの青年が喜々として叫んだ。
「貴方は鳥の声が聞こえるんだね!」
何故そこに飛躍するのか、ウィザーズはつっこみたかった。しかし青年自身が自分の言ったことの非常識さに気づき赤面していたので、つっこみようが無くなってしまった。
「…(って言うか)こいつ誰だ、ウィズ」
「…(って言うか)それは俺が訊きたい。ずっとお前の後ろで絵を描いてたぞ。気づかなかったのか?」
「気づいていたが、気にしていなかった」
つまり存在自体無視?
それはひどいな、とウィザーズは思った。確かに、変な奴ではあるが。
「あの…」
おどおどとした態度は、やはり青年の年齢をあやふやにした。
「すみません、勝手に描いてしまって。あんなにたくさんの鳥が集まっているところは、見たことがなかったので…。いつも近づくと逃げられてしまうものですから」
「あんた、絵描きか?」
ウィザーズが尋ねると、青年は戸惑った様子で自らの絵を見つめた。
「あ…いえ、細工師です。この絵は新しい模様の資料にしようと思って」
「あぁ、なるほど…」
しかし絵描きとしてもやっていけそうな腕ではある。この大陸に多い金色の髪と色素の薄い瞳。頼りなさげな風貌とは裏腹に、その絵のなんと力強いことか。躍動感あふれるタッチで描かれたそれは、今にも動き出しそうな勢いだ。ウィザーズは青年の絵に見入っていた。
「あの…お連れの方、行ってしまいましたけど」
青年に言われて気づいたときにはもうレンヌの姿はウィザーズの隣にはなかった。
「あ!レンヌ、お前人がせっかく心配して見に来てやったのに!」
かろうじて見える、森の中へ消えゆく後ろ姿に、ウィザーズは叫んだ。
「私は雨に濡れるのはごめんだ。お前に付き合っていたら完全に濡れてしまう」
振り返ったレンヌがそう言った。
「そんな事言ったってな、一番近くの町までどのくらいかかるか分からないんだぞ!」
「あの…」
おずおずと口を挟んだ青年が言った。
「よろしかったら近道をお教えしましょうか?僕も今から町へ帰りますから」
ウィザーズはその申し出に驚いて、青年の方を振り返った。
「あ、僕はユファーに住んでいるコルトといいます。ここから一番近い町はユファーですから、雨になったら宿をお貸しできると思いますよ」
コルトはこのとき初めて笑顔を見せた。
第一大陸シュビットでは唯一、第二大陸カルデアスとの交易船の走っているというチェルットの港町、ユファー。第一大陸はかなり北に位置するため、大陸の北半分は昔ほとんどが未開拓の土地であった。南に栄えた古代国家も、大きなものはこのユファーを中心とした地域に存在したフルド帝国のみであった。ユファーにはそのフルド帝国が建造した城が残っている。しかしチェルット帝国に時代が移り、首都も移転したため、フルド帝国の城は管理もされずに廃城となり、海からの風で風化していくだけだった。最近では突然崩れ落ちることがあるために、廃城近くには誰も近づくことがなくなったという。ウィザーズ達がコルトという青年に案内されてきたのは、そんな廃城が見える一件の小さな白塗りの家だった。晴れていたはずの朝の空は、レンヌの言ったとおりだ段々と曇り始めていた。密集した家々はどれも白く、潮風によってなのか所々風化していた。コルトが自分の家だと指さすと、玄関から濃い茶色の髪をした十二・三歳の少年が飛び出してきた。
「ギヴ、ただいま」
木炭で汚れた手を、コルトが振った。すると少年は立ち止まって両手を腰に当てる。
「ただいま、じゃあないだろ!朝出掛ける時は置き手紙しろって言ったじゃあないか、兄ちゃん!」
声を荒げる少年に、コルトは人懐っこい笑顔で応じる。
「ごめん、でもギヴは頭が良いから分かるよね」
コルトはもう一度、木炭で汚れた手を振って見せた。
「…絵、描きに行ってたんだろ」
「うん。正解」
「…分かってても、何にもないと心配になるんだよ!だから置き手紙はしろ、馬鹿!」
怒っているせいもあるが、それよりも照れ臭さで、ギヴの頬は赤く染まっていた。
「うん、分かったよ。今度からはそうする。ありがとう、ギヴ」
ウィザーズはこの兄弟のやりとりを見て、何か胸にこみ上げてくるものを感じていた。
「…生意気そうだな、あの子供」
胸に残っていた何かが、隣で呟くレンヌの言葉にしおれて消えていく。それでもウィザーズはレンヌにつっこまずにはいられなかった。
「…お前、きっと人のこと言えねぇよ…」
レンヌが上向き加減にウィザーズを見つめる。
「それは心外だな」
そんな風に思っているとは微塵も感じさせない、呆れるほどあっさりとした口調は小生意気にしか感じられない。ウィザーズは脱力した。胸にこみ上げてきた感情が何だったのか、結局分からなくなってしまった。
ぽつり、と冷たいものが頬に当たった。とうとう雨が降り始めたのだ。ウィザーズ達はコルトの家出雨宿りをさせてもらうことになった。全員が家に入ると、雨はいっそう強くなり、石造りの家を叩きつけた。
「もう少し遅ければ、全員濡れておりましたな」
バルドが呟くと、レンヌが笑ってウィザーズを見た。
「私のおかげだな、ウィズ」
ウィザーズはしぶしぶ頷いた。確かにこの雨の中、この街まで来ることは困難であっただろう。雨が降ると言って急かしたレンヌのおかげである。
「確かにお前のおかげだけどな、もう少し可愛げのある言い方しろよ、レンヌ。お前一体いくつだ?」
むくれるウィザーズに、レンヌは即答した。コンマ何秒の早業だ。
「分からないか?見た目通りだ」
二階の一部屋を借りていた四人だったが、レンヌは特等席と言わんばかりにベッドへ座る。
「ローブ被っていて、見た目もくそもあるか!」
怒るウィザーズに、レンヌは顔を背けた。
「ウィザーズ様…お言葉使いが悪くなられましたな」
「俺と会った時はもうこんなものだった。素に戻っただけではないかと思うぞ」
「そっ、それは誤解だぞ!あまり丁寧でも疑われるから、ワザとやっているんだ!」
無気になるウィザーズの頭をセライドが叩いた。
「ってぇな!」
「馬鹿!これだけ小さい家ならお前の声は筒抜けだろうが!余計に疑われる」
セライドが声を低くしてそう言った。ベッドに座るレンヌが小さく笑っている。ウィザーズは叩かれた頭をさすりながら、すまなそうに頷くだけだった。
雨はいつまでも止みそうになかった。四人は今後の進路を決めるために、コルトから世界地図を借りた。四つに分かれた大陸の地図は、セライドが初めて目にする物であった。エルフには地図など必要ないからである。村が小さく、外に出ることも無いからだ。
「セイ、これが今俺達のいる第一大陸シュビットだ。そしてこの町はチェルット帝国の港町ユファー」
地図を指差しながら、ウィザーズが説明した。セライドは小さく頷きながら聞いている。
「俺達がここに来た理由は、このユファーから船が出ているからなんだ。この…第二大陸カルデアスに渡るためのな」
すっと、ウィザーズの指がシュビットから南東へ降りた。
「反対の第三大陸フォーカスへ向かうには船が出ていないんだ。第四大陸サー・ルディアも同様にな。一番手っ取り早くこの大陸を抜け出すにはカルデアスへ行くしかない」
「だが、大丈夫なのか?相手はもう大陸中に根回ししているんじゃあないのか?無事に大陸を抜け出すなら、魔獣を使った方が良いだろう」
「そりゃあ俺やお前は良いよ。だけどバルドやレンヌの体力も考えろよ。一日でいける距離じゃあないんだぞ」
レンヌがひょいと地図を持ち上げた。何やら物珍しそうに、じっくりと眺めている。
「私の方は大丈夫だぞ、セイ。交代しなくても良いというのならな」
「儂も、ウィザーズ様の思っておられる程、老いてはおりませぬぞ」
そう言うと、バルドは優しくレンヌの手から地図を取って、床に置き直した。
「だってよ、セイ」
セライドは黙って少し考えていたが、やがて一つ溜息をつくと首を横に振った。
「無理だ。俺一人で一日以上魔獣を保持する事は出来ない。四人も乗る大きな魔獣ではな…」
「じゃあやっぱり船だな。カルデアスに渡ってから、体制を整えよう。…分からないことも、たくさんある」
一瞬、ウィザーズが声を落とした。
…ウィズ…?
不信に思ったセライドがウィザーズに問う前に、ギヴが四人を呼びに来た。食事をご馳走してもらえるらしいと分かると、ウィザーズが真っ先に立ち上がり、部屋を出て行った。セライドは結局いつものように溜息をついてその後を追うのだ。レンヌは食事を摂るつもりはないらしく、早速布団に入ってしまった。バルドは静かにドアを閉め、階段を降りて行った。
朝食と言うよりはもう昼に近かったので、ウィザーズは空いた腹をいっぱいにするまで食べた。他人の家だということはもはや頭の中にない。セライドは相変わらず肉と魚を口にせず、コルトとギヴにとっては実に奇妙な客人達だった。バルドは普通であったが、体が大きいので控えてはいても、やはり食べる量が多い。もう一人の客人は二階から降りてこない。呼んでこようかとコルトが言っても、三人とも必要ないと言って首を振る。
結局、昼食が終わると、ギヴはもらった宿代で食料を買い出しに行かなければならなかった。夕食もあの勢いで食べられると、買い置きしておいた食料がすべてなくなってしまうからだ。明日の朝食分までは用意しておきたい。しかし、そうなると一人では荷物を持ちきれないのではないだろうか。仕事をしに地下へ下りてしまった兄を呼び戻すことは、ギヴには出来なかった。
「買い物か?」
客人の一人、ウィザーズが一度戻った二階から降りてきた。
「え…うん」
親しげに話しかけてくるウィザーズは、客人という感じはしなかった。まるで前から知っていた人のように思える。
「一緒に行こうぜ。一人じゃあ大変だろ?」
にっこり笑うと、ウィザーズは二階の仲間に向かって、出掛けてくると言付けた。向こうからは何の返事もなかったが、ウィザーズは行こうとギヴに言って雨よけのローブを被って家を出た。ギヴもローブを着ると、慌てて後を追った。
並んで歩こうとするのだが、歩幅が合わずにギヴは少し遅れる。それに気付いたウィザーズが歩調をゆるめた。
「なぁ、ギヴとコルトは両親同じじゃあないだろ」
その質問に、身を強張らせたギヴが、上目遣いにウィザーズを睨んだ。
「…だから、どうしたってのさ」
怒らせてしまったと分かると、ウィザーズは慌てて手を振った。雨が少し跳ねる。
「怒るなよ。別に馬鹿にしたとか、そんなつもりじゃあなかったんだ。その…俺も、そうだから…さ」
驚きの声と共に、ギヴの雰囲気が少し和らいだ。ウィザーズも少しほっとしたように笑った。
「俺の場合、半分は血が繋がっているんだけど、コルトと同じ様な金髪でさ。俺もギヴも茶色だろ?だからって言ったら変だけど、気になってさ」
「…喧嘩でも、したの?」
今度はウィザーズが身を強張らせる番だった。驚きのせいか、声がかすれる。
「…な…んで?」
そんなウィザーズに、ギヴは平然と答える。
「何となく。そんな気がしたから」
食料品店に入り、一度会話は中断された。二人はそこで五人分の食料を買い入れた。やはりギヴ一人ではとても持ちきれぬ量になった。ウィザーズが大きな袋を持って、ギヴは小さい方の袋を持って店を出た。雨は、少し小降りになっていた。しばらく二人無言で歩いていたが、唐突にウィザーズが話し始めた。
「フォリンにいるんだけどさ、俺の義兄は。母親が違って、ろくに話したこともないんだ。…喧嘩みたいなものなのかな…」
本当にアゼルが仕組んだ事件なのか、ウィザーズは確認していない。カミーラはアゼルの女だという話があった。グロージェスも、あの砦でアゼルの事をほのめかした。しかし、ウィザーズ自身が、アゼルに確認した訳ではないのだ。確認できる状態にはなかった。結局こんな所まで来てしまったのだし。
「俺…兄ちゃんが仕事している時、何か用事があっても兄ちゃんが振り向くまでずっと待っていることにしてるんだ」
投げられた言葉を受け止めはしたが、何と返して良いものか分からずに、ウィザーズは戸惑った。しかし、ギヴの方は最初から答えを求めてはいなかったようだ。
「血が繋がってないから遠慮してるとか、そういうんじゃなくて…。兄弟でも、引かなくちゃいけない時とかってあると思うんだ。だから、俺は仕事の邪魔しない代わりに、兄ちゃんに色んな事言ってやるよ。…俺がいなくちゃ、ろくに飯も作れないんだぜ、兄ちゃん」
口では馬鹿にしながら、はっきりと兄を誇っている事がその顔に出ていた。初めて、ギヴが笑ったところを見たような気がする。
「ギヴは…すごいな」
「何処が?当たり前だろ、こんなの。周りがなんて言ったって、俺達兄弟だもん」
ウィザーズは昔の事を思い出した。
図書館で、一人本を読んでいた義兄。穏やかで、しかし人を寄せ付けないような孤独を、いつも身にまとっていた。七つ違いの義兄を、幼いウィザーズはじっと本棚の陰に隠れて見ていた。義兄はそんなウィザーズに気付いていたのかいなかったのか、視線を本から外す事はなかった。ウィザーズは人見知りをするような子供でもなかったし、どちらかといえば人の心にずけずけと入り込んでいくような怖いもの知らずの子供であった。それが何故、義兄のことを本棚の影から見つめ、話しかけることもしなかったのか。
俺はどこか、罪悪感のようなものがあったのだろうか。
自分に、母がいる事に。
無意識のうちに、義兄は自分が嫌いなのだと
思い込んでいたのかもしれない。
結局ウィザーズは義兄の側へ近寄ることも、話しかけることも出来ずに、しばらくして図書館から出ていったのだった。その間も、義兄は本のページを捲るだけだった。
当たり前に話しかけて、
当たり前のように一緒の時を過ごすことが、
俺達には出来なかった。
ウィザーズはユファーの廃城を眺めた。雨に濡れて、一層薄暗く見える。雨粒が当たっただけでも、崩れ落ちそうな城だった。