Chapter 2-2 : 雨中の進軍

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 求めている者の気配は高くてもたどれる。悪いな、と心の中で何度目かの詫びを呟く。こんな姑息とも言える手段は好きではない。しかしそれでも、そうしなければならなかった。彼の乗る魔獣は空を飛びながら順調に気配を追っていく。雲の切れ間から、大きな建物が視界に入った。そこで気配が一時留まっている。

「まだいるのか、それとも移動したのか…。もう少し近づいてみないと何とも言えねぇか」

 降りつける雨は気になるが雲の上では詳しく気配が追えない。まぁ仕方がないな、とこれも何度目かになる呟きをもらし、青年は魔獣を建物の上まで降下させた。と、起爆スイッチでも押したかのように周りの空気が変わっていくのを肌で感じた。

「何?結界か!」

 急いで魔獣を引き返らせようとしたがすでに遅く、元の石に戻っていく。彼の体も急激に落下を始めた。下手に魔法を使っても此処では意味がないだろうと判断し、彼は咄嗟に体勢を変え、そのまま地面へと落下した。草の上か土の上ならまだしも、運悪く石畳の上へ落ちてしまった。落下距離が地面よりも少ない。どうやら建物のバルコニーに落ちたらしい。それでも頭と利き腕を庇い、体の左側を強く打ちつけてしまった。

「ってぇ…。クッションでも置いておけってんだ。ったく、人間て奴は気が利かねぇな」
「それは、済まなかったな」

 すっと目の前に剣先が突きつけられた。それをたどる事もない。ただ驚きもせず、無感動にその先を見つめる。

「とうとうダークエルフまで味方に付けたというのか?それとも…」
「ご察しの通り俺はダークエルフだ。だが…」

 何処からか取り出したナイフで、青年は目の前の剣を弾き、素早く身を起こす。

「誰が誰の味方だって?」

 左半身の痛みで、自分としては五十点もつけられないが、それでも相手の間合いから逃げ出すには十分だ。

「…アゼルの手の者ではないのか?」

 訝しげに、三十代後半と思われる男が言った。

「俺は誰の指図にも従わない。それより、此処の結界は人間ごときに作れる代物じゃあねぇ。そっちこそエルフでも捕まえているんじゃないのか?」
「エルフなど、此処にはいない」

 確かに、彼の気配は此処にいる状態ではない。青年は痛みを顔に出さないようにしながら男を見返した。中年だが剣の構えはなかなか腕がたつ事を思わせる。傭兵という風ではない。騎士か、その辺りだろうか。

「まぁ、俺は此処には用はない。さっさと帰してもらうぜ、おっさん」
「退屈していたところだ。このまま帰すには、ちと惜しい」
「じゃあ、期待に応えてやろうじゃないか!」

 いつの間にか手にしたナイフの数が四本に増えている。それを男に向けて投げつけ、次いで此もいつの間にか左手に持ち出していた分も投げつける。それを全部は払いきれず、二本程が男の腕を傷つけた。青年はすぐにまたナイフを構え、投げる機会を窺う。

「面白い…。そのナイフは何本で尽きるのかな?」
「教えたら、俺の切り札がなくなるだろうが!」

 斬りかかってきた男の剣をかわし、またある時はナイフで男の剣を受け止める。男の動きは無駄がない。しかし青年は落下の時の衝撃がまだ左半身に残っている。

「動きが悪いな」
「ハンデをつけてやっているんだよ、おっさん」

 青年は痛みをこらえ、皮肉げに笑う。

「見くびられたものだな」
「お父様!」

 突然バルコニーに人間の少女が飛び込んできた。

「喧嘩はその辺でお止め頂きます!貴方もよ」

 娘の言葉に渋々と男は剣をしまう。青年は呆然と娘を見返したが、それをしまって、とどやされて、訳が分からないまま言われた通りにナイフをしまった。

「レンヌさんが誰かが結界にかかったって言うから来てみたら…。どうしてお父様が戦っていますの?」

 どうやら二人は親子らしいということが、言葉から窺えた。

「たまたま此処にいたからだ」

 父親と言うには、子供の様な答えを返す男である。

「仕事以外にする事がなくてふらふらしていたのですわね?貴方は?此処に何の御用?」

 相手がエルフだというのに、動じることのない少女だ。

「…人を捜してたまたま上を通りがかっただけだ」
「王女様、彼…怪我をしています」
「!」

 声のした方を見ると、窓辺に白いローブを被った人間が立っている。体型と声からして女性だろうか。

 いや…この気配は人間じゃない。
 エルフとも、少し違う…。
 結界を張ったのはこいつか?

「敵ではないみたいね。中に入って。お父様も、腕に傷を負われているわ」
「別に大した事はない」
「またそうやって…」

 父娘らしい二人の会話は無視して青年は窓辺の人物に歩み寄る。ローブを被った頭が少し動いて彼を見上げる。どうやって切り出したものか、彼は少しの間思案する。

「あんたは、もしかして…」

 言いかけるとローブの下の顔が動いた。

「王女!こいつを借りる」
「え?えぇ、どうぞ。私のじゃあないけど」

 ぐいっと掴まれ、青年はローブの人物に半ば引きずられて行く。一瞬口調が変わったような気がした。それにこの強引さ。雰囲気も先程までとは違う。しばらく歩くとローブの人物はこの部屋の扉を開けて青年を入れ、バタンと扉を閉める。そして中に入って引き出しを開け、その中から乾いた布を取り出して、青年に投げつけた。

「どうも…」

 彼がそう言うと、相手の人物は椅子に腰掛けた。

「お前の名は?」
「アトレ。カルデアス大陸から来た、見ての通りダークエルフだ。あんたは無翼の天使か?」

 クッと相手が苦笑した。

「何故分かる?鼻の良い奴だな」
「昔、水妃が俺の村にいた。そして、俺の村で死んだ。だから無翼の天使の気配は分かる」
「水妃の気配…。成る程、お前が追っているというのはセイ…セライドだな」

 断言してきた相手に、あぁとあっさりアトレは応える。そうか、と言って溜息をつき、相手はローブのフードを下ろした。また、雰囲気が最初に戻った。

「では、セライドは水妃の…」
「そうだ。水妃はエルフと共に俺の村に来て、セライドを生んだ…と言えるのかな。まぁ、とにかくセライドが物心つくような頃に死んだよ。相手のエルフとセライドを元の村へ帰して、それから…さ」

「だから貴方は、セライドを追っているのですか?セライドが水妃の、無翼の天使の血を引く者だから追っているのですね」

 月姫が目を伏せた。一瞬引き込まれるような魅力を感じたが、アトレはそれを振り切った。

「…長老からは、そう言われている」
「セライドは、無翼の天使ではありません。彼はエルフの血が濃いですし、私は私以外に同族がいるとは思っておりません。というよりも…認められません。貴方達がセライドを神格化する事に、異議を唱える気はありませんけれど、セライドの気持ちも…」
「俺は、セライドが神だなんて思っちゃいない」

 髪を拭いた布を、綺麗に折ってアトレは月姫に返した。

「長老が追えって言うから、そりゃ都合が良いって利用させてもらっているだけだ」

 訳が分からないという表情を見せる月姫に、アトレはふっと微笑する。聞きたいことはまだあるのだが、取り合えず傷を治していない事を思い出して、月姫はアトレの左肩に手をかざす。淡い光は、月の光に似ていた。

「どうも…。ようやく楽になったぜ」
「どういう意味ですか、先程の…」
「どうって、説明しろって言われてもな…。…俺は水妃が神だと意識した事はない。ガキだったし…、エルフと暮らしていたって言うことで、親しみやすかったのかもな。セライドに至っては論外!あれは村のガキと同じだ。俺にとっちゃあ弟と同じ感覚だな。あんたは…少し違うかもな。もの凄い力を感じる。でもまぁ、気にしないからさ俺、ちょっとずれているんだ」

 あはは、と笑いながらアトレは快調になった腕を振り回す。行動が意味不明だ。傷が治ったのが嬉しくて仕方がないのだろうか。

「う―ん。流石に村の女共よりも上手いな。あ、セライドいないんだよな。あんた、セライドのこと知ってるんだろ。何で一緒に行かなかったんだ?」
「私は此処の援護の為に残ったのです。アゼルの軍勢に対抗できるように」
「さっきのおっさんも言ってたな、アゼルとか。誰なんだ、それ」
「おっさん?あ…陛下のことですか?」
「え?何だって?」
「先程の方はミディク王国の国王陛下です。女性の方はその娘で、第一王女ですよ」

 国王、王女、とアトレは頭の中で繰り返す。確かに娘の方は王女と言われればそれらしい威厳があるが、暇つぶしに戦闘するような男が国王なのだろうか。しかも明らかに娘の方に気押されされてていた。

「まぁ、アゼルの事はセライド達に聞いて下さい。早く追わないと危ないかもしれません」
「…まぁ、そのために来たんだけどさ。海から不穏な気配が渡ってくる。真っ直ぐ此処に向かっているが、此処の兵で抑えられるか?」
「…よほど鼻が良いのだな」

 また男のような口調になった。この際性格がころころ変わるのは気にしないことにした。

「魔法はあんまり得意じゃあないが、気配には敏感だからな。多分魔獣だと思うが、此処の魔法兵の気配はあまり多くないな」
「何のために私が残ったと思っている。一人でも守りきれる。お前はさっさと奴等を追え」
「分かった。すぐに戻ってくる。無理はすんなよ。あんた達だって万能じゃない。強がって、無理に神である必要はないと思うぜ」

 生意気なことを言って、怒られるかもしれないと思ったが、レンヌは俯いたまま顔を上げない。どうした、と声を掛けると、レンヌの頭がアトレの胸に当たる。反射的にアトレは片手でレンヌの肩を支える。

「アトレが、アトレみたいなエルフや人間が、たくさんいれば良かったのに…」

 今までの二人とも違う、もう一つの人格。幼い子供のような今のレンヌに、アトレは少し戸惑った。

「俺みたいなのが何人もいたら困るだろ。行って来る。まぁ、すぐに戻ってくるさ。それまで持たせるだけで良い」

 こくりと頷くと、レンヌは一体の魔獣を創り出した。結界の中では、アトレは魔獣を造り出せないからである。レンヌの頭を軽く撫で、アトレは魔獣に飛び乗った。部屋の窓を開けてやると、魔獣は大きく飛び立った。

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