Chapter 3-1 : 仲間の絆

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 ありがとう、と礼を言うとふん、と顔を反らして白竜は飛び去る。アトレの心配通り、バルドには疲労の色が濃い。しかしそれよりも、また担がれるはめになったセライドの機嫌の方が危ういかもしれない。

「アトレ、歩けるって言っているだろうが!」
「無理すると余計に酷くなるかもしれないだろ。しばらく我慢しとけ」

 ウィザーズもセライドの宥め役に回った。

「レンヌがいれば治してもらえるしな。向こうの戦闘に加わっているんだったら、いないかもしれないけど」
「ウィズ!帰ってきたのね、無事で良かったわ」
「リフェル!」

 城内から出て来たリフェルがウィザーズの首に抱きつく。思わずウィザーズは赤面し、アトレがそれを楽しそうに見ている。しかしリフェルの次の行動はやはり、ウィザーズの頭を撫でることであった。

「怪我はない?」
「その、いまいち子供扱いしている行動はやめてくれ」
「セライド殿が怪我を。リフェル王女」

 バルドが言うと、リフェルは片手を頬に当てた。

「あら、困ったわ…。医者は全員戦場の方へ行っているのよ。レンヌさんは戻ってきたんだけど、さっき散歩に出てしまったようだし」
「とりあえず何処かで休ませてくれ…。っていうか、早く降ろせ」
「一階は塞がっているから…二階の東向、一番奥の部屋を使って頂戴」

 二階の東向、一番奥の部屋と繰り返しながらアトレは城内に入っていく。小走りなのでセライドは少し苦しそうだ。何故リフェルはあいつの事を何も聞かないのだろうと思いながらも大人しく見送り、そう言えばとリフェルの方ヘ向き直る。

「加勢に行った方が良いか?戦場の方」
「…年寄りの楽しみを邪魔するものじゃあないわよ、ウィズ」

 悪戯っぽくたしなめられて、ウィザーズは苦笑した。やはり年上とは思えない。

「喜び勇んで行ったわけだな、伯父上は」

 後では、バルドが複雑そうな顔をしている。リフェルの父親はまだ四十前だ。それが年寄りといわれるとなると、四十五になる自分の場合どうなるのだろうか。

「二人はゆっくり休んでいて。ウィズは二階の前と同じ位置の部屋を使ってね。バルド殿はその隣で良いかしら」
「あ、儂はレンヌを捜して参ります。失礼を、ウィザーズ様、リフェル王女」

 そう言ってバルドが立ち去ると、そうだったわ、とリフェルが手を打つ。そしておいでおいで、とウィザーズを二階へ誘って城内へと入っていく。ウィザーズが付いていくと、リフェルは二階の一室を開ける。

「グーイ!おいで」
「グーイ!」

 リフェルの隣に立っていたウィザーズに、グーイが飛びついた。と言うか、ウィザーズの太腿の部分に飛びついて跳ね返された。手がないので足を掴むこともできないらしい。
「ウィグもいたんだけれど、雨が上がったから外に出たみたい。うるさかったのよ、ウィズ達がバイオスに言ったって聞いてから。グーイも寂しかったでしょ?」

 リフェルが問いかけると、グーイはひとつ鳴いた。

「悪い、ありがと」
「大分疲れているみたいね。ゆっくり休みなさい。私は下にいるから、何かあったら降りてきて。じゃ」

 見抜かれているな、と思いながらウィザーズはリフェルの背を目で追った。

 お言葉に甘えるか…。

ウィザーズはグーイを抱え上げて部屋へ向かった。

 ベッドに伏せても眠気は襲ってこない。その代わりにグーイの言葉がポンポン頭に入ってくる。いつも、いや、前までならグーイ、グーイとしか聞こえなかった声が、今は違う。

『ウィズ、元気無い…。ウィズ、元気〜!』
「お前、いつもそんなこと言っていたのか?」

 急に持ち上げられてグーイはビックリしたように目を見開く。が、ベッドの上に乗せて頭を撫でてやると、目を閉じて気持ち良さそうにしている。この状態でぐるっと回したら、どっちが顔だか分からなくなるだろうか。

「遊ぼうとか、リフェルやレンヌにも言ってたのか?いつも?」
『遊ぶ?遊ぶ、ウィズ』

 その声は直接頭に響く不思議な感覚だった。耳はしっかりとグーイの鳴き声を捕らえているのに、頭の中にはもう一つのグーイの言葉が、それは多分他の人間にはまったく聞こえず、理解も出来ない声なのだろう。

「少年!」

 ウィザーズはベッドに預けていた上体を持ち上げた。

「何だ!って、アトレか…。セイのとこにいたんじゃあねぇの?」
「追い出されちまったぁ!ってのは冗談で。お姫さんは?一応応急手当しようと思って、道具借りにさ」

 大きく笑いながら、アトレはずかずかと部屋に入りこんできた。

「何で分かったんだよ。ここにいるのが俺だって」

 人の話しを聞いているのかいないのか、アトレはベッドに近づくと、おっ、変な生物、と言ってベッドのふちに腰掛け、グーイの耳をべろっとめくる。

 行動が伯父上に似ている気がするが…。

ついでに抱きかかえたりもしている。

「あ、何で分かったか、だっけ?」

 それでも話しは聞いていたらしい。

「気配に敏感だってことは言ったよな?人によって気配は微妙に違うから、お前だとすぐに分かったんだ」
「…アトレも、白竜の声とか、木の声とか、こいつの言っている事とか分かるのか?」

 ウィザーズもベッドのふちによると、アトレはグーイを抱えたまま、そっくり返った。ベッドが軋む。

「感じで分かる、ってだけだな。あと気配で。お前は本当に聞こえているんだな『自然の声』が」
「やっぱり、変なのか?俺」
「特異体質なんだろ。人間やエルフでは聞いた事が無いな…。無翼の天使ならともかく。…何か嫌なことでもあったのか、セライドが変な顔をするとか、こいつに文句言われたとか」

 アトレは鋭い。ウィザーズの顔が曇っている事に気付いていたのだ。そう思って、ウィザーズは苦笑するしかなかった。そしてアトレと同じように、ベッドに倒れこんだ。

「昔…、小さい頃にも聞こえていた。母上に話すと酷く心配するから、話さないようにして、それからはずっと忘れてた」

 心配そうにグーイが覗いているの察したのか、ウィザーズは顔に両腕を乗せて視界を遮った。今も囚われている、気丈な母の顔が浮かぶ。

「お袋さんを心配させたくないってことか…。簡単だろ、解決法は」

 おもむろに起きあがると、アトレはウィザーズの腕をぐいっとつかんで体を起こさせた。そしてきょとんと見守っているウィザーズの方に手を伸ばし、その耳を両手で覆った。

「昔みたいに、耳をふさぐこともできるだろう?」

 その言葉は、何故かウィザーズにとって大きな衝撃だった。

「それに、聞こえていても言わないっていう手もある。いつまでもお袋さんに何でも報告しなきゃいけない子供じゃあない。心配させるようなことは言わなきゃいい。どっちでも、お前の好きな方を選べばいいんだよ。特異な能力なんて、そんなもんだ」

 耳をふさぐことは、何故かできないとそう思った。何か意味があるような気がしていた。自分にだけ、この声が聞こえるということは。

「…リフェルは下にいる。ってさ」
「おう、サンキュー。あぁ、レンヌ、見つかっていないみたいだから、お前捜すの手伝ってくれば?ふっきれたみたいだし」
「…サンキュー、アトレ」

 何の何のとアトレは笑顔で立ち上がり、何故かグーイを抱えたまま出ていく。よほど気に入ったのかと思ったが、自分が外に出るので代わりに連れていってくれたのだろうと分かると、ウィザーズは苦笑した。ベッドから降りて部屋を出ると、ウィザーズは風の強い外へと走っていった。

 おや、と首を傾げて見る先には若い男性と話をしているリフェルの姿がある。なかなか親しげだなと見守るが、それによって話しかけるタイミングを逃してしまった。いつまでもタイミングを掴めずにいると、リフェルが気づいて笑いかけ、続いて奇妙な顔をする。

「どうしたの、グーイ。ウィズの所にいたんじゃあ…」
「あぁ、レンヌ捜しに行くっていうから俺が預かったんだ。恋人との語らいを邪魔したかな?」

 まんざら当てずっぽうでもなかった。二人の雰囲気はそれとしか思えないものだったのだから、違うと言われたら、それはそれで相当衝撃を受けるだろう。

「婚約者のラベア=ルクオードです。初めまして、アトレ殿」

 案の定、と笑うわけにもいかなかった。アトレは一気に脱力する。

「敬称はやめてくれ…気持ちが悪い。あぁ、そうだ。セライドの応急手当をしようと思って」
「あら、ちょうど良かったわ。今ラベアにその話をしていたの。ラベアは医学の心得もあるから、看てもらおうと思って」

 笑顔の似合う優男―アトレにはそう見える―はやはり満面の笑みで答えた。

「二階の東向き、一番奥の部屋だね。行って来る」

 ついていくと思っていたアトレがその場に立ったままなので、リフェルはどうしたのかしらとその顔を見上げた。グーイを抱えたままなのでどうも様にならないが、何か真剣な面もちだ。

「どうしたの?」
「いや…今一事情がわからんなぁと思ってさ。何でバルドさんがレンヌ追っていくのかわかんねぇし、時々少年が王子って呼ばれているけどそれもわかんねぇし。とにかく解からんことだらけだ」
「セライドさんに聞かなかったの?」
「何か聞く暇無かったんだよなぁ。追っかけてって合流したら少年にさらわれて、悪女が出てくるし。帰りは帰りで話すどころじゃあなかったし…。さっきはさっきでセライド機嫌悪いしなぁ」

 アトレが溜息をつくのを、リフェルはあきれた様子で見ていた。

「わけなく協力していたの?」
「いやぁ、だって俺にとってセライドは弟同然だしな」

 急に真剣な表情になるアトレに戸惑いながら、リフェルはアトレを誘って廊下を歩いていく。二階にある父の執務室へ向かっているのだ。アトレはそういえば、と思ってリフェルに並んだ。

「俺のことは詳しく知っているのか?」
「レンヌさんからカルデアス大陸のダークエルフの村から来たという話は聞いているわ。セライドさんの手助けに行ったことも。あぁ、この間はごめんなさいね、父が。あの人暇なことが大嫌いなのよ…。中へどうぞ、お茶を入れてから詳しいことは話すわね」

 暇なことが大嫌いな父親と、お茶を自ら入れる娘。どちらも王族らしからぬ行動をしているような気がして、アトレは頭を悩ませた。

 ノックの音にセライドはベッドから身を起こして返事する。とりあえずアトレではないことを確信した。彼なら構わず入って来るであろうから。ではリフェルという少女だろうかと思ったが、どちらもはずれ。入ってきたのは若い男で、微笑みながらわずかに会釈する。

「初めまして。リフェルの婚約者でラベア=ルクオードといいます。足を怪我なされたとか、セライド殿」

 滑らかに品の良いテノールの声が響く。

「あぁ…。あ、セライドで構わない」

 セライドがそう答えると、ラベアは頷いた。了解したことと、もう一つ、理解したことで頷いて見せたのだ。どうやらエルフという種族は敬称やらを好まないらしい。それがラベアの新しい発見だった。

「どちらの足を?あぁ、こちらですか。ちょっと失礼」

 セライドが痛めた右足を軽くつかんで、少し首を傾げる。そして道具の入っていた箱を床に置き、おもむろに手で足をのばさせる。

「つっ!」
「あ、失礼。どうやら筋を痛めているようですね…。貼り薬と包帯で固定しておきます。休んでいればレンヌさんも戻ってこられるでしょう。カトラス王子も捜しに行かれたようですからね」

 ラベアの一言に、セライドがぴくりと反応した。

「ウィズが…」

 ラベアは手際よく、箱から貼り薬を取り出してセライドの足に張った。

「何か、不安なことでも?」

 次に包帯を取り出すと、セライドの足を固定し始める。

「いや…。…人間は自然の声を聞く者が多くいるのか?」
「私が知る限りでは一人もおりませんが、どうして?」

 ラベアは話している間も手を休めずに、どんどんセライドの足を包帯で包んでいく。視線も動かさない。セライドは答えようかどうか迷った。彼はウィザーズが親しくしているリフェルという少女の婚約者だというし、話したらウィザーズの立場に問題が起こるだろうかと思ったのだ。

 ラベアは包帯を巻き終わると、最後をピンでとめた。それからやっとセライドの方を見上げた。

「カトラス王子が、そうなのですか?」
「どうして!ウィズに会ったのか?」

 薬箱のふたを閉じながら、ラベアは首を横に振った。

「いえ、まだ一度もお会いしていませんよ。貴公は素直な方ですね。そんな表情をなさってはすぐに分かりますよ。それで?貴公は何がご不安なのですか?カトラス王子が人に受け入れられないことが?それとも、カトラス王子自身が壊れてしまうかもしれないということが、ですか?」
「…どちらも、だな。エルフの俺だって最初は信じられなかった。まぁ、ウィズが壊れるということはあまり心配していないのだが…あいつは神経が図太いからな。ただ、自然の声が聞こえるということは、同調してしまうことだってあり得るかもしれない。同調した状態で自然が傷つけば、ウィズもただではすまない」

 ラベアは聞いていたのかいなかったのか、急に立ち上がった。そして入ってきたときと同じような穏やかな笑みを浮かべる。

「もっともなお話ですが、そこまで考えておいでなら、その先を深く悩む必要は無いと思いますよ」

 そうかな、という顔をするセライドに、ラベアは簡単ですよ、と付け加えた。

「貴公が、王子を守れば良い」

 予想もしていなかった答えに、セライドは戸惑った。

「俺、が…?」
「どういう理由で王子にご同行なさっているのかは分かりませんが、カトラス王子の傍らにいて、守り続けたのは貴公ではありませんか?」

 魔法のように、ラベアの声はその場に響いた。セライドの耳に入り、頭の中で木霊した。

「安静になさってくださいね。レンヌさんが戻っていらしたら、また来ます」

 また微笑んで、ラベアは部屋を出ていく。それをぼんやりと見送ってから、しばらく考え込んでいたセライドは、疲労からくる眠気に負けて、ベッドに横になった。

Force of the Midy Top / Next