Chapter 3-1 : 仲間の絆
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城を出たは良いが、海の方にいるのか逆にいるのか、ウィザーズは悩んでいた。立ち止まって考えているところに、風が吹き、庭木がざわざわと揺れた。すると風に乗って庭木の声が聞こえてくる。ひそひそと、耳元でしゃべっているような感覚だ。
『姫を捜しているみたいよ、あの人間』
『海の方へ行かれたみたいだけどね』
「海の方だな?ありがとう!」
ウィザーズは庭木にお礼をいうと、風の強くなってきた浜辺へ向かった。声が聞こえていると思わなかった庭木達は、風に吹かれてざわざわと動くだけで、人間であればあっけにとられている状態に陥った。
木々の声の通り、ウィザーズは海の方へ向かう坂道を降りていく。その途中で海岸に目をやると、浜に白竜の姿が目に入った。バルドの姿はない。逆を捜しに行ったのかもしれない。
「おう、白竜!レンヌを見なかったか…って」
白竜の側に、銀髪の少女―にウィザーズには見えるーが立っている。白竜は一度ウィザーズに向けた首を、すっと少女に近づける。
『姫…、どうやらあの人間、我らの声が聞こえるようです』
「え?」
ウィザーズは呆然と立ちつくしたまま。少女は風にながれる髪を押さえながら、本当に?というように白竜を見上げる。すると白竜ははっきりと頷く。そして少女はウィザーズの方に向き直る。強い風に、白いドレスが揺れる。全身が光を放っているように、ウィザーズには見えた。
「…姫…じゃあ、レンヌの素顔って…」
何?実は、むちゃくちゃ俺好みだったわけ?
しかもあんな美人と旅をしていたことに、不覚ながらウィザーズは気づきもしたかったのだ。ウィザーズは心の中で、少しバルドを恨んだ。
「本当…?ウィズ…」
いつもの男口調と違うなんとも可愛らしい口調が、美しい声とともにウィザーズを刺激した。
「え?えっと…」
ウィザーズが赤面しながら動揺していると、レンヌの表情がふっと消える。そして突然胸のあたりを押さえ、足下をふらつかせた。
『姫…?』
レンヌが倒れていくのがスローモーションのように映る。ウィザーズはまだ有に高さのある坂から飛び降り、レンヌを抱き留めようと走った。しかし、間に合わずにレンヌは砂浜の上に倒れ込んだ。ウィザーズは遅れてレンヌに駆け寄ると、ぐったりとした上半身を抱き起こした。
「レンヌ!おい…どうしたんだ!」
『姫…まさか…』
体を揺すっても、レンヌが起きる気配はない。何か言いかけた白竜も塵のように消えてしまった。
「白竜?」
呼びかけても返事はない。
「くそっ、どうなってるんだよ!」
とりあえずレンヌを抱え上げ、城に向かって走り出す。と、何やら後ろから大きな羽音が聞こえる。危険を感じたウィザーズは首を動かして避けようとしたが、それを念頭に置いていた相手の足が、容赦なくウィザーズの頭を蹴りつけた。
「いって!何しやがる、ウィグ!」
「やかましい!わいを置いてきおって、このアホンダラ!」
走りながらの攻防に、ウィザーズは息をあげた。レンヌの体重はさほど感じないが、それでも一人で走るのとはわけが違う。
「雨だったから邪魔だったんだよ!…そんなこと後回しだ!リフェルにレンヌが倒れたと伝えてくれ!」
「わいが邪魔やて?おまけにわいをこき使う気か、半人前が!」
「レンヌが大変なんだよ!俺じゃあなくて!」
頼むという風な視線に、ウィグは一瞬言葉を詰まらせた。
「後で目にもの見せてくれるわ!よう覚えときや!」
憎まれ口をたたきながらも、ウィグは全力で城の方へ飛び去っていった。ウィザーズもそれを追い、一気に坂を駆け上がると城へ突っ込んでいく。向かいからはリフェルやバルド達が出てくる。
「ウィズ、レンヌさんが倒れたんですって?」
ウィザーズは息を整える暇もなく答えた。
「原因は分からない…とにかくいきなり倒れて…。何か持病でもあったのか?」
ウィザーズが問うと、バルドは顔をしかめた。
「いえ…その様なことは」
レンヌが人間でないことを知っている三人は顔を見合わせた。持病などあるはずがないのだから。
「とにかく部屋に寝かせましょう。とりあえずは私の部屋に。あまり大勢でも仕方がないからさっきの部屋で待っていて頂戴」
リフェルはアトレとバルドにそういうと、先導するように小走りに走っていく。レンヌを抱えたウィザーズは、自分の後ろからもう一人ついてきていることに気づかない。部屋に着くと、ウィザーズはリフェルに言われた通りにレンヌをベッドに寝かせる。呼吸は正常にしているようだ。
「疲労がたまっていたせいだと思うけど…」
そう言うリフェルの視線はウィザーズに向けられてはいない。不審に思うのと同時に、ウィザーズの後ろから一人の男の影が現れ、レンヌに近づいた。
「失礼、カトラス王子」
黒髪の青年はウィザーズの全く知らない人物。
「ウィズ、ちょっと外に出ていて」
「え?」
何がなんだか分からないうちに部屋を閉め出されてしまったウィザーズ。見かけない青年だったが、ウィザーズがここに走ってくるまでの間、ずっと後ろにいたのだろう。レンヌのことに気を取られていて全く気づかなかった。医者の卵か何かなのか。ウィザーズは廊下の壁にもたれて一人考えていた。
部屋の扉が開かれて、リフェルと先ほどの青年が出てきたのは数分後のことだった。
「レンヌは?」
リフェルに問いかけたつもりの言葉を、返してきたのは黒髪の青年の方だった。
「眠っているだけのようなのでしばらく様子を見ましょう。何かの病気だとすれば、私にはどうにも…」
「ふふっ、ラベア、ウィズが不思議そうにしているわよ?一人で話を完結するのは悪い癖ね」
リフェルに言われてようやく気づいたように、青年は色白の顔を少し赤く染めた。
「あぁ、失礼。一応初対面でしたね。ラベア=ルクオード。リフェルの婚約者です。以後、お見知り置きを、カトラス王子」
「ウィザーズ=カトラス=フォリン。ウィザーズかウィズで良い。よろしく、ラベア殿」
にこりと微笑んで相手は片手を差し出す。戸惑いながらも握り返す。剣は苦手だと聞いていたが、なるほど手は綺麗なものだ。魔術師らしい雰囲気も持っている。この青年がリフェルの婚約者。
負けた…。
まとう雰囲気が違う。にこにこ笑ってはいるが、大人の男だと雰囲気で分かる。ウィザーズにはない落ち着きがある。
「とりあえずバルド殿達にも知らせましょう」
「そういえば、セイは?」
あの場にいなかった負傷中の友人を、ウィザーズは心配するように尋ねた。
「先ほど看に行った時は眠っていらっしゃいましたよ。足の方は手当しましたが、頼みのレンヌさんがあれでは、当分歩くのに不自由しそうですね」
「そんなに、悪いのか?」
「骨に異常はありません。ただ筋を痛めていますから、普通にしていても二週間は治りませんね」
表情を曇らせるウィザーズに、リフェルが明るく付け加える。
「大丈夫よ、それまでにはレンヌさんも気づくでしょう」
思えば旅を始めて今まで、怪我らしい怪我はしていなかった。しても主にウィザーズで、他の仲間が負傷して倒れたなどということは無かったのだ。ウィザーズの怪我も、レムやレンヌが治療してくれたり、リフェルが看病してくれたりということで、大事にいたってはいない。今、セライドが負傷、レンヌが疲労で倒れ、サフォムはここにいない。アトレだけは無駄に元気だが、バルドも隠してはいるが疲れているのだろう。
「戦力は半分以下か…」
「焦らずに、ゆっくり進めばいいわ。それに、これからだって協力するわよ」
リフェルの笑顔がまぶしい。
「…厚意はありがたいが、このまま甘えていいのか…」
いくら母の親類とはいえ、海を隔てた遠い国。このままいけば、フォリンとミディクとの衝突は避けられない。見ず知らずの土地の人間を、巻き込むべきではないのではないかと、心に引っかかっていた。
「甘えではなく、取引です」
ラベアの突然の言葉に、ウィザーズは言った本人を呆然と見つめた。彼の顔は、リフェルの婚約者ではなく、国の重役の顔だった。
「このままではミディクも、他の国々も困ることになる。だから協力しているのですよ。魔獣でこの国に攻撃を仕掛けてきたフォリンの王は、我々にとって危険な人物となります。彼を退位させ、もっと安心できる人物を王位につけることが一番の選択です。無駄な争いが起こる前に、貴方にフォリンを止めていただく。それを、少し応援させていただけくだけです。リフェルは肉親ですから、甘やかしてしまいますが、取引だと思えば気が楽でしょう?」
甘やかしていないわ、と主張してリフェルがふくれる。が、彼女の場合はやはり弟に対する姉の甘さがある。しかし、ラベアは国の重臣としての意見をはっきりと述べてくれた。内容的にはシビアなことをいっているのだが、不思議と不快感はない。サフォムの時と似ている。優しさが、流れてくるような言葉、口調なのだ。
「うん、そうだな。ありがとう」
ウィザーズは吹っ切れたような笑顔で返した。ラベアは微かに苦笑する。
「でも、現実は確かに厳しいですね。これでまた、相手の動きが途絶えてしまいましたし」
「どの国がフォリンに属しているのか、具体的な調べは進んでいないし…。こちらについてくれる国も、まだはっきりとはしないわ。案外他国はフォリンの動きに気づいていないのかもしれないわね」
ふと、サフォムの顔が浮かんだ。頼もしい彼ならば、今の事態でどう動くのだろうか。
「…とにかく、サフォムが戻ってくるまでは此処で休ませてもらう。よろしく、リフェル」
「今更遠慮するなんて、君らしくないわよ。ウィズ」
「ぎゃあー!」
また、リフェルに頭を撫でられていると何かをつぶしたような悲鳴が聞こえた。たぶんアトレだろうが、彼が叫び声をあげるとはまた、珍しいことだ。そしてそれ程のこととなると何となく嫌な予感がする。
「何があったのかだいたい察しがつくあたり、嫌だな…」
そう言うと、ウィザーズは走り出した。リフェルもラベアもついてくる。
「慣れてきた証拠だわ。まったく、仕方のない人ね」
「お早いお帰りですね」
三人三様の反応を示して、アトレとバルドを待たせていた部屋に踏み込む。そして案の定、秘密兵器―グーイのことーを抱え、ご満悦に笑っている伯父を呆れて良いのか悪いのかで複雑な表情のバルド。驚きのあまり肩で息をしているアトレがいる。
「…あえて何をしたのかは聞きませんけど、動機は?お父様」
「この前の決着がついていなかったので、一つ穏便に済ませておいたのだ」
しれっと答えるワンドに、アトレは殴りかかろうとする。
「何が穏便だ、この…」
ウィザーズが慌てて止めるのと、ラベアがのんびりと牽制するのとはほぼ同時だった。
「陛下は人を驚かせるのがご趣味ですから、諦めた方がよろしいですよ」
ラベアは驚かないのでワンドがあまり遊ばないのを、リフェルは知っていた。
「その通り!」
胸を反らすワンドに、アトレは脱力した。
そこは威張るところじゃあねぇよな…。
ワンドは急にまじめな顔になると、部屋の人数を目で追い始めた。
「人が足りないな」
リフェルが事情を説明する。バルドは先ほどから落ち着きがない。レンヌを心配しているのか。しかし、リフェルの部屋に寝かせてあるためか、様子見に行くことは遠慮しているようだ。
話を聞いていた伯父はそれで、とウィザーズに向き直る。
「どうするつもりだ、ウィザーズ」
「とりあえずレンヌの回復とサフォムが戻ってくるのを待ちます。アゼルが動けば、話は別ですが」
ウィザーズの答えに、伯父は皮肉じみた笑いをした。
「なら良い。お前のことだ、いきなりマジェンダを取り戻しに行くかと思っていたぞ」
ウィザーズも、伯父に皮肉じみた笑顔を返した。
「足場もなく乗り込めるほど器用ではありませんよ、伯父上」
「確かに。足場…足場か…」
不意に伯父は顎に手を当てたまま考え込む。ウィザーズはいぶかしげに声をかけるが、しばらく放っておきなさいとリフェルが合図する。考え込むと周りを気にしないタイプらしい。やがて諦めたように顔を上げ、ラベアを振り返る。
「ラベアよ、シュビットの中に一国だけフォリンに屈服していない国がなかったか?」
「私は存じませぬが…。調べは行っていますが、その様な危険を犯す国があるでしょうか」
バルドがぱっと反応して顔を上げ、王を見た。王はそれを察してゆっくりと頷く。
「覚え違いでなければな…。ラベア、調べを急ぐように」
「承知いたしました」
ウィザーズはバルドに問いかけようとした。思い当たる国がある様子だったからだ。
「ウィザーズ。その剣はサフォム殿に返すのであろう。私のコレクションからお前に合うものを見繕ってやろう」
有無を言わせず、伯父はさっさと部屋を出ていく。結局バルドに問いつめることは諦め、ウィザーズはリフェルが付いてきてくれることに安心して、伯父を追って部屋を出ていった。