Chapter 3-1 : 仲間の絆

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 薄く半目を開くと、誰かの声がすかさず聞こえる。顔ごと視線を動かすと、リフェルが笑いかける。しかし、彼女の名前よりも先に浮かんだのは別の名前で、その名は真っ先に口をついて出た。

「ウィズ…」

 まだぼんやりとした視線に見つめられ、リフェルは苦笑して答えた。

「ウィズ?あぁ、無理矢理追い出したからきっと拗ねているわね。今呼んでくるわ」

 リフェルが部屋を去ると、レンヌはゆっくりと体を起こして自分の頬に触れる。特に変わったような気配はない。ただ水妃が、水妃の血が入って少し体が楽になったのだ。先代の陽王は分かっていたのだ。レンヌの体が、その力に耐えきれないことが。水妃の血で、少しその力を押さえることができたが、それも一時しのぎにしかならないであろう。

 時間が、あまり残されていない…。

レンヌはそれを噛みしめていた。知らず知らずに体に負担をかけていたのだ。突然倒れることになるとは、自分自身思っていなかった。最後の王であることの意味が、ようやく分かった気がしていた。

「レンヌ!」

 予期せずウィザーズが飛び込んできたので、慌ててレンヌはローブを探した。それを察したのか、ウィザーズは笑いを含んだ口調で言った。

「もう顔分かっているんだから、隠す必要ないだろう」

 そう言ってレンヌの手を押さえた。

「でも…、私の顔を見るのは、良いことではないの」

 ウィザーズは首を傾げながらも思った。

 これが、本当のレンヌなんだ。

男の口調は、今考えてみると演技であったことがよく分かる。少し幼くて、可愛らしい口調。これが姫と呼ばれているレンヌの本来の姿なのだ。

「どうして?」
「魔性が強すぎて、私は人を惑わせてしまうから」

 目を伏せる姿に、思わず心臓が高鳴る。確かに惑わされているような気分にもなる。

「…難しくて、よく分からない。それよりも、俺に何か訊きたいことがあったんじゃあないのか?」
「…ウィズ、本当に白竜の声が聞こえるの?」

 紫色の瞳が揺れている。恐怖なのか、興味なのか、ウィザーズには分からなかった。

「…あぁ、白竜だけじゃあない。昨日お前を呼んでいた女性の声も、樹の声も…」

 馬鹿にされたり、逃げられたりすることは覚悟していた。しかし、ウィザーズの予想に反して、レンヌはウィザーズの胸に飛び込んできた。赤面したウィザーズは腕をわきわきと宙に浮かせている。その姿は、少々情けない。

「レ、レンヌ?」
「やっぱり、無駄じゃあなかったんだわ…。ありがとう、ウィズ…」
「レンヌ…、お前も?」

 ウィザーズの問いに、レンヌは答えなかった。ウィザーズの体から離れると、真剣な面持ちで言った。

「…話さなくちゃいけないことがあるの。皆を集めてくれる?」
「ん?あぁ」

 レンヌは寂しげに笑った。

 部屋を出ると、戸惑った様子でセライドが立っている。どうしたのか問いかけると、曖昧な答えが返ってくるだけだ。まぁ、いいかとウィザーズはセライドに近づいて腕を掴んだ。

「何だ、ウィズ」
「レンヌが話があるんだってさ。どうせ一人じゃあ歩けないだろ?」
「あ、あぁ…」

 セライドはやはり曖昧な答えを返してきた。ウィザーズはセライドを連れてリフェル達のいる部屋に向かった。セライドは気になることがあるのか、ウィザーズに腕を担がれながら、視線はレンヌの部屋の戸を、じっと見ていた。

 ちょっと心配だわ、と言うリフェルの言葉にウィザーズはすかさず何が、と尋ねる。ちょっと言葉を止めて、リフェルは大げさに溜息をついてみせる。

「何だよ」

 言い返すウィザーズも、嫌な予感がしていつもの威勢のいい声ではない。

「レンヌさんの素顔ウィズに見せるの、私は反対だったんだけどなぁ」
「な、なんでだよ」

 訳も分からずうろたえるウィザーズに、バルドをチェスにつきあわせていた国王が言う。

「清純で、できれば年下が好みらしいからな、お前は」
「伯父上!」

 チェスに集中して聞いていないのかと思いきや、しっかりと聞いていたらしい伯父はしれっと口を挟む。今まで言われなかったので安心していたが、やはりリフェルに話されていたらしい。

「マジェンダもそうだしなぁ。マザコンかお前は」
「お、伯父上…」

 言い返せずに悔しそうな顔をするウィザーズを、国王は鼻で笑った。

「ごめんなさい、着替えていて遅くなりました」

 レンヌの登場でこの会話はいったん中断される。しかし後にさらに追求されるであろう事を、ウィザーズは覚悟していた。

 レンヌは白いドレスを着ていた。裾を持ち上げて一礼すると、席に座る。奇妙な緊張感を、ウィザーズは感じた。セライドの表情が硬くなり、アトレは顔を曇らせた。

「レンヌ、話って?」

 ウィザーズはレンヌに尋ねた。何となく、話辛そうにしていたからである。

「…私のことを…。バイオスで白竜の言った言葉は、私のものです。私は古代神族最後の王…。エルフでも、人間でもないの」

 静かなその声に、ウィザーズの受けた衝撃は案外少なかった。人間ではないと、何となくその答えを感じていたからだろうか。

「レンヌ…、そんな…」

 バルドが頭を抱えた。最初に出会ったときにレンヌは自分のことを古代神族だと言った。バルドはそれを聞いた。ただ、分かっていなかったのだ。人ではないという認識が、バルドには持つことができなかった。愛しい娘だった。出会った時から。

「私は魔性なの」
「魔性?」

 ウィザーズが首を傾げると、レンヌは持っていたローブをかぶった。

「人を惑わすことができる。ただその姿を見せるだけで…。バルドと森で暮らしていたとき、私は一切食べ物を口にしなかった。でも、バルドはそのことに何の疑問も抱かなかったわ。それは、私がバルドを惑わせたから。あの森で、私はバルドを騙し続けた…」

 バルドが突然席を立った。誰も止めることができず、バルドはそのまま部屋を出ていった。レンヌは目を伏せたが、泣きはしなかった。こうなることは分かっていたから。あの森を出た時に、覚悟していたのだ。

「レンヌ、昨日の…お前が水妃と呼んだ女性のことを教えてくれないか」

 意を決したようにセライドが口を開いた。レンヌはすっと目を閉じる。聞かれなければ何も言うまいと思っていた。セライドが、水妃の血を感じず、気づかないでいたのなら。

 目を開き、レンヌはアトレの方を向いた。アトレは視線を上げずにずっと下を向いている。彼が何を望んでいるのかは分からない。表情は一切動かない。レンヌは迷ったが、セライドの望みを叶えた方がいいだろうと思った。

「水妃に性別はないわ。私と同じ種族だから。でも子供を作ることはできる。私が今いるように…。セイ、水妃は貴方の片親なの」

 セライドの視線がアトレを刺した。アトレはそれでも顔を上げようとはしなかった。

「知っていたのか?アトレ…。知っていたから、長老の命で俺を守りにきたというのか?アトレ!」

 胸ぐらを掴んでも、アトレは顔を反らしてセライドと顔を合わせようとしない。殴りかかるのではないかと思い、ウィザーズも身構える。しかし、セライドは何もせずに手を離し、部屋を飛び出していった。

「セイ!お前、足がまだ…」

 ウィザーズが慌ててセライドの背を追った。残った者はしばらく唖然としていたが、ようやくレンヌが立ち上がり、アトレの前に立つ。アトレはやっと顔を上げた。ローブの下から覗くレンヌの澄んだ紫色の瞳は、やはり魔性のようにアトレを捕らえた。

「言わない方が、良かった?」

 アトレはゆっくりと答えた。

「知りたいと思うのは、罪なことだと思うか、あんたは」
「…いいえ」

 レンヌの目が伏せられると、アトレは呪縛から解放されたようにまた視線を落とした。

「俺もそう思うよ。それに、あんたの判断に従う。俺は口出しする気はない」
「どうして言わなかったの?セイを弟みたいに思っていたから、それだけで守りに来たんだって」
「…水妃は何も言わなかった。セイに自分のことを教えてくれとも、教えるなとも…。だから、俺はどうしていいのか分からなかった。…部屋に戻って、頭冷やしてくるわ」

 そう言ってアトレも立ち上がり、部屋を出ていく。落ち込んだ様子のレンヌの肩を叩いて、リフェルは一緒にソファに座る。

「こんな時に報告するのは何ですが…」

 黙って成り行きを見守っていたラベアが国王に向き直った。

「良い、これはウィザーズ達の問題だ。報告をしろ、ラベア」
「はっ…。第一大陸シュビットにおいてフォリンに属していない国が分かりました。ルゥト王配下、シーザス王国です」

 ラベアの報告に、国王の眉がぴくりと動く。

「彼の国か。やはりな」

 呟く国王の言葉に、レンヌが首を傾げる。

「何のお話?」

 リフェルがそれに気づいて説明する。

「フォリンの近くに協力してくれる国があれば、マジェンダ様…ウィズのお母様を助け出すのも容易になるでしょう?マジェンダ様を人質に取られたままでは明らかにこちらが不利だもの。それでアゼルに屈していない国を捜していたのよ」

 ウィザーズの母親を助けることができるかも知れない。レンヌはそう思うと同時に、死んだ先代月姫のことを思い出した。性別がないため、母親とは言い難いが、その雰囲気は人間の母親そのものだった。優しく、静かな美しい人だった。銀色の髪は月姫から受け継ぎ、白のワンピースは、月姫の死後陽王がレンヌに着せてくれたものだ。

 助けてあげたい…。

ウィザーズの母親を。ウィザーズに辛い思いをさせたくはないし、何よりも母親を救って上げたいと思った。アゼルの元へ置くのは危険だ。レンヌは胸を押さえた。

 黙り込むレンヌを見ていないのか、国王は一人忍び笑いを漏らした。その様子に、リフェルが後ずさる。

「ラ、ラベア…お父様の企みモードが始まったわよ…」
「そのようだね」

 答えるラベアはいつものことと平然としている。これなら義理の親子でもやっていけると、リフェルはずっと思っていた。

「ルゥト殿の国ならば都合がよい。必ずマジェンダ救出に助力してくれるぞ」

 自信満々に言う父親を、娘は疑わずにはいられない。

「弱みでも握っていらっしゃるの?」
「人聞きの悪いことを言うな、リフェル。交渉に応じてくれぬ人物ではない。問題は誰が出向くかだな。ウィザーズ達はあれだし…」

「私が参ります、陛下」

 レンヌが立ち上がり、隣にいたリフェルが驚いたようにレンヌを見上げる。自分がと申し出ようとしていたラベアも驚いた様子だ。当のレンヌは何か思惑があるのか、やる気は十分、気分も上々だ。

「倒れたばかりなのに危ないわ、レンヌさん」
「大丈夫、水妃のおかげで十分元気になったし」

 バルドとの事もあって、しばらく城を空けたいとも思っていた。

「それなら私が一緒に…」
「いや、待てラベア。レンヌ殿、アゼルや城の者に顔は?」
「カミーラ以外には誰にも」
「ルゥト王に私から手紙を書こう。少し時間をもらおうか。一人で、大丈夫だな?」

 この国王は自分が古代神族だと知っても、何一つ変わらない対応をしてくる。レンヌにはそれが心地よかった。しっかりと頷くと、国王はよろしい、というように笑った。リフェルは不満そうにラベアの顔を見上げている。しかしラベアは気づいていた。次期国王として名の上がっている自分は、フォリンでも顔が知られている可能性が高い。下手に付いていって計画を無駄にしてしまうよりは、レンヌ一人に任せたほうが、今最上の判断なのだろう。

 
 雨の中をよくあの足でよく走ってきたものだと思いながら、ウィザーズは浜辺に座り込んでいるセライドに近づく。膝を抱えて頭を下げている姿は自分よりも幼く感じられた。隣に座るがセライドは顔を上げない。

「片親がエルフじゃあないなんて、ショックだったか?」

 ウィザーズはなるべく静かに話しかける。

「…別に。人間じゃあないかと思っていた。それが人間でもなかっただけだ。最初から、エルフだとは思っていなかった。…水妃のことは、知って良かったと思っている…。何故あの時あんなに懐かしく思ったのかが、分かったから…」

 ウィザーズは遠く海の方向を見つめた。波が荒い。今の自分達の状況のように。

「じゃあ、アトレのことか?」
「…水妃と親父は多分アトレの村に行ったんだと思う。多分、俺もそこで生まれた。アトレは最初から知っていたんだ。俺が水妃の息子だって事…。なのに知らない振りして俺に協力していた…」

 特別扱いをして欲しくなかった。そういう思いはウィザーズにもあることだ。人であるはずの自分が、特別な声が聞こえる。あの時、アトレはなんと言っただろう。

 特殊な能力なんて、そんなもんだ。

ただあっけらかんとしていっているようでも、アトレの言葉にはセライドに対する想いが含まれていたのかも知れない。ウィザーズはそう思った。

「俺を心配して来たと言ったアトレの言葉を、俺は信じていた…。嘘じゃあないのは分かる!でも、アトレが心配してたのは俺なのか?それとも『水妃の息子』という、特別なエルフなのか?」
「あいつは特別だからとか、そうじゃあないとか…そんな理由で、態度を変える奴じゃあないよ」

 セライドの体が震えた。多分、セライド自身も分かっているのだろう。ただ、突然明らかになった事実に、どうして良いのか分からないだけだ。

「…じゃあ、どうしてさっき否定しなかったんだ」
「それは俺に聞く事じゃあないだろ。俺はアトレじゃあないんだから。落ち着いてから、自分で聞いてみろよ」

 ぐしゃっと髪を撫でても、反抗的に手を振り払うこともしない。また、立ち上がる様子もない。

 古代神族…特別な存在、か…。

アトレは何を思っているのだろう。いつもの明るい笑顔を取り払ってまで、何を悩んでいるのだろう。隣で俯くセライドを見守り、ウィザーズはしばらく雨に打たれることを覚悟した。

 風邪でも引いたら、リフェルに怒られるかな。

そんなことを思いながら、ウィザーズは仲間の隣で荒れる海を眺めていた。

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