Chapter 3-1 : 仲間の絆

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 レンヌが倒れて、回復するまでをまる一日。あるいは、かかっても二日と思っていた全員の見解ははずれた。レンヌはうめき声も発せず、ただ眠り続けてもう三日目が過ぎようとしていた。交代で看病を続ける仲間に、暗い雰囲気が漂っていることを、ウィザーズは察していた。いつも明るいアトレまでが、沈んでいる。それが何故なのかは分からなかった。セライドは痛みの残る足をかばい、部屋で休んでいる。ただ規則的に動く胸の辺りを見つめながら、ウィザーズはつぶやいた。

「なぁ、レンヌ。いい加減目を覚ませよ。もう、三日だぜ。心配してんだろ、皆さ…」

 白い頬に触れてみるが、身じろぎもしないレンヌを、ウィザーズは悲痛な面もちで見つめていた。窓から入る風が、僅かにレンヌの銀色の髪を揺さぶる。

「こういうときに限って…お前等は何も言わないんだな…」

 うるさいくらいに囁きかける風の声も、ぱたりと止んでいた。木々も、砂も、波も。何も言わない。沈黙が、世界を支配していた。

 レンヌが寝ている部屋の前に、アトレは立ちつくしていた。壁に背をつけ、彼は頭を押さえていた。

 水妃が死んだときも、そうだったはずだ。

彼は消えることのない記憶を、脳裏に描いていた。

 本当に眠ったまま…死んでいった…。まさか…レンヌも、そうなのか?
その日の夜から、海は荒れ始めた。


 一緒に寝かせてくれ、とウィザーズが部屋に上がり込んできてから、そのくらい経っただろうか。確かウィグが攻撃してきて眠れないとか言っていた。昼間寝たせいか、あまり眠くない。傍らではウィザーズがベッドから落ちそうになって眠っている。レンヌの看病で疲れているのだろう。夜が明ければ四日目だ。レンヌは目覚めるだろうか。思いながら、セライドは落ちそうになっているウィザーズをベッドに引き戻してやった。そして自分はそっとベッドを抜け出す。

 床に着いた瞬間、足が痛む。ラベアの手当が良かったためか、寝ているときは痛みを感じなかったが、やはり歩くと鈍い痛みが走る。それをこらえて窓際により、ウィザーズに遠慮しながらカーテンを開ける。眩しさすら感じる月の淡い光が部屋の中にまで入ってくる。

「海が…騒いでいる…」

 単に波の音を聞いてそう感じたのではない。胸にざわざわと、どちらかといえば森の木々が揺れるような、そんな音が響きわたる。何故そう感じるのかは分からない。だた、その音は胸に鈍い痛みを伴う。締め付けられるようで、涙が出そうにもなる。

『姫…早く…王との盟約…』

 波の音に乗って、不思議な声が運ばれてくる。セライドは耳で聴いたのだと感じたが、ウィザーズにも聞こえていたのか、後ろでもそもそとベッドから這い出てきた。

「起こしたか、ウィズ」

 眠気眼を、ウィザーズは手でこすった。

「海から声が聞こえた」

 セライドが耳で聴いたと思った声は、実は頭の中に直接語りかける、自然の声だった。ウィザーズは立ち上がってセライドの隣に並ぶ。海からの風は、いくらか湿り気をもって部屋に吹き込む。耳を澄ますように、ウィザーズは目を細めたが、何も聞こえてはこない。

「気のせいか…?」
「いや、さっきのは俺にも聞こえた」
「セイ?」
「しっ!」

 セライドが制止すると、また海から先ほどの声が聞こえてくる。

『姫…早く、早く私の所へ。王との盟約を果たすためには時間がないのです。私も尊公も…』

 悲痛な叫びは、誰に向けられたものか。

「姫?リフェル王女のことか?」
「いや、違う…」

 そう答えたウィザーズの表情が固まる。

 時間がない?レンヌに…。

呟いたと思ったが声にならなかったのだろう。セライドが不安そうにウィザーズの肩に手をかける。何気なくまた海の方へ目をやると、海の中にぼんやりと人影が浮かび上がる。黒髪に、透けるような白い肌。セライドに向けた顔は、早くとせかす。

「レンヌを連れて行かなきゃ!」
「ウィズ!俺も行く!」

 痛む足に、セライドは動きをとめる。ウィザーズは飛び出していってしまってもう姿も見えない。痛みさえなければ追いつくことは簡単なのに。

 人の肩を借りてしか歩けない自分なんて、煩わしい以外の何ものでもない…。

いつの間にか、アトレが部屋の前に立っていた。おどけることも、からかうこともしない。真剣な、どこか悲しげな顔で。

「アトレ…肩、貸してくれ」

 セライドがそう言うと、アトレはその顔に映していた悲しみをすっと消し去った。

「頼む、ウィズを追わなくてはいけないんだ」

 無言でアトレはセライドの腕を担いだ。自分の足で歩きたいというセライドの気持ちを察したように。

 「ウィズ!」

 リフェルが短剣を構えたのは、賊だとでも思ったからだろうか。そう思われても仕方がないことは分かっていた。夜中に、何の合図もなく部屋に乗り込んだのだ。不躾だと思いながらもウィザーズは部屋に入って、ベッドに横たわっているレンヌを抱き上げた。

「ちょっと、何?ウィズ」
「悪い、リフェル。時間がない、事情は後で説明するから」
「何処へ行くの!こんな時間に…ラベア!」

 ちょっとした騒動になってしまったが、構ってはいられない。驚く門番を後目に、勝手口から飛び出すと、ウィザーズは真っ直ぐに海岸へ降りる坂を目指す。体が目覚めきっていないせいか、レンヌの体が重く感じた。坂を下ると海の上に、先ほどの女性が立っている。海の上に、だ。

「ウィズ!」

 後ろからセライドの声がする。だがそれに構わず、ウィザーズは海の中へ入っていく。安心したような表情を見せる女性の目の前にまで来たときにはすでに腰の上まで海水に浸かっていた。抱えているレンヌも例外ではない。

『間に合って良かった…。私は今こそ王との盟約を果たしましょう。姫、最後の王…。私の水の力、僅かに残った血を尊公に…』

 言い終えると、女性は少し視線をあげた。ウィザーズの後ろ、セライドとアトレのいるところに。

「…水妃…?」
「レンヌ!気が付いたのか?」

 レンヌの薄紫色の瞳が、微かに開かれる。女性は優しく笑うと、レンヌに溶け込むようにしてその姿を消した。同時に、レンヌは一度開いた瞳を閉じてしまった。

 ウィザーズは浜に戻った。夜の海の中に入って、流石に寒気がする。

「ウィズ!今のは、何…」

 リフェルの問いに、ウィザーズはかぶりを振る。

「分からない…」
「人ではない…生きている物でもない。残留思念?」

 ラベアは一人で考えていたが、ウィザーズが身震いするのを感じたのか、自分の着ていた上着を脱いでウィザーズに着せた。

「とにかく城へ。レンヌもウィザーズ様も服を着替えなくては」

 そう言ったバルドの顔は、心なしか青ざめていた。

「セイ…、俺達も戻ろうぜ」
「此処にいる…。しばらく此処にいさせてくれ…」

 俯くセライドの後ろで、アトレは何も無かったような顔をしていた。無理矢理に。

「分かった…。足が痛かったら、大声で叫べば迎えに来るからな」

 努めて、明るくいつもどおりを装う彼に、誰も気づかない。

 誰もいなくなってから、セライドは浜辺に座り込んだ。膝を抱えて顔を埋めた姿は幼子のように見える。あの女性と、父のことを思いだして、何故か胸が痛くなる。しばらくそのまま、セライドは身じろぎもしなかった。

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