Chapter 3-2 : 王妃救出
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バイオスにおいては、スタン=ヌヴァズ=バイオスへの王位継承が無事行われた。カミーラの魔術にかかった重役達はすべて解雇され、スタンの元でバイオスの新体制がしかれた。サフォムはことの起こりと、結果的にバイオスを救うことになったウィザーズのこと、そしてすべての元凶であろうウィザーズの義兄アゼルのことを、国民に知らしめた。バイオスは全面的にミディク及びフォリン第二王子ウィザーズ=カトラス=フォリンに協力することになった。
サフォムはその旨を書いた書状をもって、再びミディクへ行くことになった。彼はスタンとは昔なじみであった。スタンが前王にエメラルド鉱山の発掘者達の待遇に付いて不満を申し立て、国外追放になったときも、彼はスタンを気遣い、家の世話をしたりした。いつかスタンを国王に、と彼はずっと思ってきた。いつかこういう事態が起こり、前王では務まらなくなるであろうことも、予想はしていた。しかし、自分がスタンではなく別の国の第二王子に仕えることになろうとは、思ってもいなかった。今となっては、早くあの我が儘王子に会いたいとさえ思ってしまう。彼は苦笑して馬に乗った。
「俺は、お前が仕えるような人物では無かったということなんだな」
見送りに来たスタンが、皮肉げにそう言った。サフォムはそんな友人の態度に少し戸惑った。
「スタン…。知っているだろう?俺はひねくれ者なんだ。お前は立派な王になる。だからこの国を任せたんだ。お前なら、俺なんかいなくても大丈夫だ」
スタンは正直、彼をミディクにやりたくなかった。昔なじみの友人を失う悲しさと、優秀な人材を失う王としての悲しさ。
「お前ほどの男は、そうはいないと思うぞ」
無駄だと分かっていながら、それでも引き留めてみたかった。
「買いかぶりすぎだ。若い王子様の相手に疲れたら戻ってくるさ。骨は此処に埋める」
此処は、彼の愛した故郷なのだから。
「…元気でな」
「お前も。バイオスをよろしく頼む」
「あぁ」
サフォムは馬に鞭を入れた。走り去る彼は、後ろを振り向くことはなかった。友が、その背をずっと見送っていたというのに、彼には先にあるものしか、目に入っていなかったのだろう。
戻ってこないよ、お前は。
ずっと捜していた
理想の主君を見つけちまったんだから…。
スタンはサフォムの背が見えなくなっても、しばらくその場に立ちつくしていた。
北へ向かうにつれ、景色は白さを増す。それが雪というものであるということを、レンヌは三年前の冬から知っていた。黒竜が飛ぶ方向を地図で確認するが、見方がよく分からない。匙を投げたように地図をしまって前方を見る。
『姫、建物が見えてきましたが』
黒竜が静かに告げる。レンヌは前方を見据えるが、黒竜の視力にはかなわない。
「それかもしれない。間違えていたら、そこの人に聞けば良いよね」
初めての一人旅だが、レンヌは臆することなく、半ばはしゃいでいる。ウィザーズの母親を助けることは、アゼルと戦いやすくするためでもあったが、本当の理由はそんなことではない。古代神族最後の王の判断としては許されないものであろうが、レンヌはウィザーズを安心させてやりたかった。今バラバラになりかけているウィザーズ達を、何とか元通りに、いや、それ以上にしてやりたかったのだ。
やがて建物がレンヌの目にも見え始め、黒竜が少しスピードを緩め、建物に近づいていく。大きな石を組んで建てられたそれは、ミディク城よりも少し小さい。しかし雪の多い地域だからなのか、壁の厚さはミディクとは比べものにならない。黒竜はレンヌを降ろす場所を探して身をくねらせた。
「待て!何者だ!」
「黒竜、待って!」
無視して去ろうとした黒竜を引き留め、レンヌは声のした方を見る。バルコニーに、一人の男が弓を構えて立っていた。
「魔獣を使ってシーザスに乗り込むとは…フォリンの者か!」
男は構えていた矢を放った。黒竜の翼を的確に狙ってくる。しかし黒竜が一鳴きすると、突風が吹いて矢は黒竜からそれて下に落ちていった。
「黒竜、降ろして」
『姫…』
案ずるように黒竜はレンヌを見やる。
「大丈夫だから、降ろして」
再びそう言われると、黒竜も観念したのかレンヌを男の立っているバルコニーへ降ろした。レンヌの足がバルコニーに着くと同時に、黒竜はその姿を消した。男は弓を放り、剣を抜き放つ。しかしレンヌを女性だと思ったのか、手荒な真似はしようとしない。
「シーザスに何用だ」
色素の薄い金の髪。灰色の瞳が雪の様に光っていた。年齢は三十少し前。寒さをあまり感じないレンヌと違って、暖かそうな服をまとっている。
「シーザス城は、ここでしょうか」
ローブの深く被ったフードの下から漏れるレンヌの声に、男は少し戸惑った。耳に残る魅惑的な声。しかしそこに嫌らしさは少しもない。
「そうだ」
「ミディク国王陛下の命で、シーザス国王陛下に書状をお渡しに参りました。お取り次ぎをお願いいたします」
すると男は構えていた剣を降ろした。
「書状を預かろう」
「え?」
「私がシーザス国王、ヨカナーン=ルゥト=シーザスだ」
予想以上に若い国王に、レンヌは呆然となる。ミディク国王を見たせいか、国王とはあのくらいの歳の人だと思いこんでいたのかも知れない。
素直に書状を渡すと、レンヌはバルコニーから中の部屋へ通された。そしてソファを進められ、疑いもなく腰掛ける。ここでもやはりウィザーズの伯父を思いだし、国王らしくないと思ってしまう。ミディク国王と他の国王を比べること自体が間違いなのだとは思いもしない。どうやらレンヌの飛び込んできたのは国王の私室だったらしい。男は机に設置されている呼び鈴を鳴らすと、レンヌの向かいに腰掛けた。
しばらくするとノック音がしてメイド風の女性と、側近らしき男性が中に入ってきた。
「ミディク国王陛下からの使いだ。お茶を…いや、私的なことならばここで伺うが、公的な用向きであれば場所を変えよう。どちらがよろしいかな?」
私的、公的、そんなことを聞かれてもレンヌには分からない。ミディク国王は手紙の内容をレンヌに教えなかった。レンヌが悩んでいるのを察したのか、ヨカナーンはメイドにお茶を、側近に誰か呼んでくるようにと命じた。そして二人が去ると机の上に置かれた書状を再び手に取る。
「…中を見てもよろしいか?」
「あ、はい」
良いんだよね、とレンヌは自分自身に確認する。ヨカナーンが封を切り、書状を広げた。レンヌは黙ってその様子を見守っている。しばらく表情を変えずに手紙を読んでいたヨカナーンの顔が急に変化する。それを隠すように俯き、ヨカナーンは頭を抱えた。そんな反応をされて、レンヌは手紙の内容が気になる。不思議そうに見守っていると、メイド嬢がお茶を運んできた。続いて側近が、二人の男性を連れてきた。
「どうぞ」
お茶を渡されて、レンヌは少し困った。
「ありがとうございます」
どうせ飲めないのだから、魔術を使って少しずつ減らしてしまおうかと考える。一口も口にしないのは、やはり失礼だろう。
「…顔を隠すとは、無礼ではありませんか?どのような用件かは存じぬが」
体格のいい男が、レンヌに向かってそう言った。
「将軍…。下がれ」
ヨカナーンがメイドを下げさせる。体格のいい男は、どうやらこの国の将軍らしい。
「将軍のケネスと、軍師のキール=ソロンだ。…フォリンの第一王妃救出とは、随分な依頼に受け取れるが?」
『フードを取るのは最終手段よ』とリフェルに言われて来たレンヌであったが、無礼だと言われてはどうしようもない。レンヌは立ち上がってローブを脱いだ。はっと息を呑む音が聞こえる。しかしそれは仕方がない。多少操ってでも、協力をしてもらうつもりだった。
「貴国はアゼルに組していないと聞き及びました。第一王女が救出できれば、第二王子ウィザーズ=カトラス=フォリンがアゼルを討ち、フォリンを取り戻す事が出来ます」
「しかし、第二王子は父王殺しの罪で逃亡中のはず。フォリンへ乗り込むような危険を冒すメリットが我が国にあるとは思えないが?」
将軍は少しレンヌから目を離しながらそう言った。
「その様な噂をお信じなられるのですね?それはアゼルの戯れ言とおわかりいただけますでしょう。ウィザーズ=カトラスはミディク王国におります。つまり、ミディクはウィザーズ=カトラスに協力し、フォリン奪回を進めるつもりです」
三人の男達が黙り込んだ。レンヌは後一押し、と言葉を繋ぐ。本当はこんな口調慣れていないので使いたくなかった。ミディクでリフェルに叩き込まれてきたのだ。
「貴国が今回の件に協力し、それでフォリンに狙われることがありましたら、そのときはミディクが全力を持って貴国をお守り致します」
「しかし…」
まだ煮え切らない将軍が反発しかけたが、それを隣の背の低い、ほっそりとした男が制した。
「まぁ、将軍…。私はなかなか面白い話だと思いますよ。陛下は、どのようにお考えですか?」
眼鏡の奥でその瞳が輝く。油断は出来ない相手だと、レンヌは密かに思った。
軍師キールに尋ねられ、ヨカナーンは少し渋い顔をした。手紙を再び見やり、失礼でない程度に押しやるとヨカナーンはレンヌに尋ねた。
「ミディクではお見かけしなかったが、貴女はミディク王とどういうご関係か」
あまりの美しさに、流石のミディク王も後添えをめとる気になったのかもしれない。そう考えるヨカナーンのことなど、レンヌは気づきもしない。
「ウィザーズ王子の連れで、ミディクにお世話になっております」
「…成る程。勝算はどれ程と思っておいでかな」
「アゼルは不在。アゼルの主要な部下達も今は城におりません。万が一戦闘になった場合でも、私がお相手させていただきます。後は貴国が協力して下されば、簡単にフォリン城に入ることが出来ます」
ヨカナーンはレンヌが乗ってきた、大きな黒い魔獣の事を思い浮かべた。あまり魔法や魔術に詳しくはなかったが、相当な術者であると言うことは理解できた。つまり、戦闘を避け、なるべく平和的に王妃を救出するのに、シーザスの名を借りたいという申し出なのだ。それはミディク国王の申し出と同じだ。
「…助力させて頂こう」
「陛下!」
反対の様子を見せたのは将軍だけで、軍師の方は微かに微笑んだ。ヨカナーンは書状を引き出しにしまい込んだ。
「策を考えよう。明日にはフォリンへ行く」
「何も陛下が自ら行かれる事は…」
南の大国、ミディク。ヨカナーンは微笑んだ。
「ミディク王には借りを作っておいた方が有利だからな。その方が印象も良いだろう?」
その中に、一つ隠している気持ちがあった。助けに行きたいと思う気持ちが。しかし、言葉にしたことは嘘ではない。ヨカナーンだけでなく、他の国々も少なからずそう思っている。豊かで平和な国ミディクに、肩を並べたいと。
「借りを作っても及ばず…という気もいたしますが、よろしいでしょう。一度下がらせていただきます。会議は会議室の方で?」
辛口なキールの言いように、隣のケネス将軍が顔を顰めた。軍人として、この国がミディクに劣っているとは考えたこともない。
「そうだな。半時程経ったらすぐに始める。それまで貴女はゆっくり休まれると良い」
男達は散り散りに部屋を出ていった。レンヌは念のためにフォリン城へ魔獣を飛ばし、偵察する事にした。