Chapter 3-2 : 王妃救出
---------------------------------------------------------------------------------
門の方に目を留めて、サフォムは首を傾げた。門番が褐色肌の少女と、何かもめているらしい。少女はセライドの様に布を頭に巻いている。まぁ、彼女は可愛らしく結んでいるという点での違いはあるけれど。
「もう!わからずや!じゃあセライドって人呼んで来てよ!ここにいるんでしょう?」
「確かにいらっしゃるが、王の客人だ。そちらの素性も分からぬのに…」
セライドという言葉に反応して、サフォムは馬を下り、少女と門番の方へ歩み寄った。
「この子、私の連れです。目を離した隙に先に来てしまったようで…」
少女は驚いて振り返る。サフォムは片目を瞑って見せ、少女に話しに乗るように働きかけた。少女はそれを察したのか何も言わない。
「サフォム殿。そうでしたか、早く言って下されば。どうぞ、馬は私が厩の方に」
頷いて、サフォムは少女の背を押しながら城へ入る。門番の姿が見えなくなると、少女は身を翻して軽く頭を下げた。
「まずはありがとう。私はヤージェ。どうして助けてくれたの?」
黒髪に褐色の肌。少し目立つ民族衣装の様な服。そこからのぞく腕は健康的だ。赤い目がウサギの様だと、サフォムは思った。
「私はサフォム=フィギイ。女性を助けるのは男の務めでしょう?それに、セライド君と言っていたから」
「知り合い!」
「えぇ、彼と、彼の仲間に用があったので。彼に用事ですか?」
「あぁ。まぁ、そう」
曖昧な答えに、サフォムは首を傾げる。城へ入って廊下を進んでいると奥から騒がしい声が聞こえて来る。丁度良いところに、とサフォムは歩みをとめた。ヤージェも立ち止まる。
「人の話を聞けって、セイ!お前足痛くないのか?」
大股に進んでくるのはセライド。ウィザーズは後ろからセライドに怒鳴りかけている。
「ウィザーズ王子」
サフォムの呼ぶ声で、セライドもウィザーズも立ち止まった。
「サフォム!戻ってきたのか?いつ?」
「はい、たった今こちらに着きました。セライド君に会いたいと言っていた娘がいましたので、門を通しましたが、大丈夫ですか?」
サフォムの背に隠れていたヤージェは、ぴょこんと脇にずれる。背の低い彼女はセライドを見上げる形になる。
「ふわぁ、貴公がセライド。あ、初めまして、私ヤージェって言うの」
初対面だとは思わなかったサフォムはセライドと、ヤージェと名乗った少女とを交互に見つめる。セライドは一言ぼそりと呟く。
「ダークエルフ…」
その言葉を聞いてか、ヤージェは頭の布を取った。現れたのはセライドやアトレと同じ長い耳。明らかに人間のそれとは違う。
「あいつと同じ…!俺が水妃の子だからわざわざ守りに来たって訳か!」
過剰に反応するセライドに、ヤージェも戸惑う。
「やめろよ、セイ!悪い、こいつアトレと喧嘩して荒れているんだ」
「アトレと?あいつそんな馬鹿なこと言ったの?」
ヤージェはセライドに八つ当たりされた事に対しては何とも思っていないような反応である。
「足、怪我してるの?治してあげる」
セライドの足に巻かれた包帯を見て察したのか、ヤージェは屈んでその足に魔法をかける。そして包帯と湿布を取り、足を動かすように言う。
「…痛くない…」
セライドが呟くと、ヤージェは立ち上がり、嬉しそうに微笑むと胸に拳を当てた。
「そうでしょ?回復魔法は自信あるんだから!」
セライドはおずおずと礼を言う。ヤージェは手を振って礼は良いと合図する。
「それより、アトレが長老の命だから何て言ったの?貴公が水妃の息子だから」
その話を持ち出すと、セライドは急に顔を反らす。サフォムはただその状況を見ているだけ。何と言っても、彼はそこいらの事情を分かっていないのだから。当然ウィザーズが代わりに答えることになる。
「違うんだ。水妃の事を知ったのは別の筋で、アトレは黙りのまま何も言わなかった。それをこいつが勝手に解釈して怒っているんだ」
自分勝手な思い込みだという自覚はあるのか、セライドは何も言わない。
「しょうがない奴ね…いつもはそんなに優柔不断じゃあないのに。水妃の事になるとこうなんだから」
ヤージェは溜息混じりにそう言うと、視線を反らしているセライドの前に歩み寄った。驚いているセライドに、ヤージェははっきりと話し出した。
「私は産まれていなかったから知らないけど…あ、これ全部アトレに聞いた話ね。水妃と貴公のお父さんであるエルフは私達の村に来たらしいわ。細かい理由はあいつも知らないらしいんだけど。そして貴公が生まれた。あいつは貴公のことを弟みたいに可愛がっていたんだって。まぁ、元々面倒見が良いっていうのもあるけど、あいつにとっては貴公が初めての弟だったみたいね」
セライドの表情が揺れる。ヤージェは構わず続けた。
「水妃は私がようやく物心付く頃までは生きていたわ。でも貴公とエルフはいなかった。貴公が水妃の顔を覚えてしまって悲しまないように、エルフの村へ帰ったって聞いたわ。アトレはずっと水妃の側にいて、最後の言葉を聞いた。貴方の事は自分が守るって約束したらしいの。でも、水妃は貴公に自分の事を話してくれ、とも話すなとも言わなかったんだって」
どう?分かった?とヤージェはそこでやっと一息ついた。
「肯定したら芋蔓式に自分が水妃の事を知っていたと言わなくちゃいけない。でも否定して水妃の事を話さないでいて良いのかも分からない、で迷っていたのか…」
「まぁ、端的に言うとそうね」
ヤージェはあっさりと話をまとめてしまう。ウィザーズはアトレの言っていた死者の声が、水妃のものであったのだと初めて理解した。セライドは俯いて何も言わない。ヤージェはセライドの顔を覗き込んで、笑った。
「貴公が知りたければ、あいつの事なんて無視して聞いて良いのよ?あいつは水妃と約束したわけじゃあないし、勝手に迷っているだけだもの。まぁ、大部分は私がばらしちゃったけど」
ペロッと舌を出し、ヤージェは笑う。背後の人影には全く気付いていない。ずんずんと進んでくるその姿はヤージェと同じ色黒の肌。
「ヤージェ!勝手に来て何勝手に喋ってんだよお前!口止めしといたのに!」
「あ、あれ?アトレいたの?ふにゃ、痛い!痛い!」
アトレは後ろからヤージェのぷっくりとした頬を掴む。
「余計な事を喋るのはこの口か?俺が…俺が言わなきゃならない事だったんだぞ…」
掴んだ頬を横に引っ張られて、ヤージェは恥ずかしさで赤くなる。暴れてみてもアトレの力にはかなわない。
「あほひぇはう〜じゅ〜すひゃんひゃんへほ!(アトレが優柔不断なんでしょ!)」
益々酷い顔になっているというのに、ヤージェは抵抗を止めない。
「アトレ、悪い…。ありがとう」
それまで沈黙を守っていたセライドは素直に頭を下げた。率直な謝罪と礼に、アトレは表情を歪め、同時にヤージェの頬を掴んでいた手を緩める。柄にもなく照れているらしい。ヤージェはさっと逃げ出すと、先程助けられて安心しているのか、サフォムの背後に逃げ込む。
「女の子の顔引っ張るなんて、どういう神経してるのよ!」
「つぶれて困る顔か!…とにかく、長老の命は利用させてもらっただけで、俺はお前や水妃を特別視しちゃいねぇよ」
しっかりと頷くセライドに、アトレはまた照れたように視線を反らした。ウィザーズもやっとの仲直りにほっとした。風の言った通りだ。決めるのは、今生きてここにいる者だけなのだ。
「それよりヤージェ!追ってくるなって言っただろう!」
「追ってきた訳じゃあないわよ。…あれ?何か言うことがあったのに、忘れちゃった…」
てへっ、と頭をかくヤージェ。アトレは冷たく言い放つ。
「役立たず…」
何よ!とヤージェは頬を膨らませる。相変わらずサフォムの後ろに隠れて防御態勢を崩さない。そのヤージェを見て、意図したわけではないのだが、サフォムとウィザーズの行動が重なる。二人同時にアトレを向く。アトレが不審そうな視線を返す。
「元気で…」
「可愛い女の子ですね」
バイオスでの一件で、アトレが口にした彼の好みの女性像。アトレはセライドの謝罪の時よりも顔を赤くする。そんなアトレの反応に気付いていないヤージェは可愛いという言葉にだけ反応して、飛び上がる。
「え?可愛い?わぁ、嬉しい!」
「か、可愛いわけあるか、こんなのが!」
セライドは全くこの状況を理解していない。疑問詞を頭に浮かべるセライドの前で、ヤージェとアトレは痴話喧嘩を始めだした。ウィザーズとサフォムは納得したようにそれぞれ頷く。
「まぁまぁ落ち着いて。それで、ヤージェちゃんは結局何を伝えに?」
この状況を引き起こしたのは自分だということをサフォムは誤魔化そうとしている。そんなサフォムに皆騙されて、ヤージェは上手くサフォムの問いについて考える。
「あ、ああ!思い出した。村が人間の兵に襲われているの」
あっけらかんとした言い方に、反応が遅れるアトレ。
「危機感もなく言うなよ、そういう事」
「ないわよそんなの。うちの村が襲われたって所詮人間が敵うわけないんだもの。ましてアトレがいたって変わらないし」
確かに魔術に関してあまり能力の高くないアトレは、図星をズバリと言われて気分が悪くなる。
「続きがあるの。うちの村が襲われているくらいだから、セライドの村も危ないんじゃないかって。だからセライドに伝えろって長老に言われたのよ」
ウィザーズはセライドに無言で訴えた。セライドの方も驚きと不安の中で考え込んでいる様子。目隠しをされていたのでよく分からないが、ウィザーズが彼処で会ったのはレムと長老だけだ。他にあまり人のいる気配がしなかった。
「俺の村は、危ないかもしれないな。俺無しでは…」
「セイ、戻っても良いぞ。俺は流石に行けないけど、こっちはなんとかなる」
それがウィザーズの気遣いである事が、痛い程良く分かった。レムは幼い。長老は長期戦に耐えられる体ではない。他のエルフも、長期戦になって耐えられるとは思えない。人数が多ければ交替制で耐えることもできるが、それ程の人数がセライドの村にはいないのだ。
「…アトレ、頼みが…」
アトレが頷く。誇らしげに笑う姿が、確かに兄のような強さを持っていた。
「分かっている。俺が代わりに行くから、お前はウィズを守ってろ。ヤージェ、一人で村に帰すのも不安だから一緒に来い!」
「はいはい」
ヤージェは緊張感の無い声で答える。
「良いのか?セイ」
自分の村。行きたいという気持ちの方が強いだろうに。ウィザーズはセライドを縛っているようで、気が重かった。
「帰るときはお前と二人だと、レムに約束したからな。俺もまだ帰るわけにはいかない」
初めて会ったときの印象は最悪。今までの道のりも、喧嘩しながらのものだったが、いつの間にか一緒に帰りたいと思うようになっていたのだ。ウィザーズはセライドの言葉に安心したように微笑んだ。
アトレとヤージェは並んで海へ歩いていった。その姿はなかなかいい雰囲気で、ウィザーズとサフォムはそれぞれ笑ってその姿を見送った。その姿が見えなくなると、サフォムは思い出したようにウィザーズ達に向き直った。「そういえば、バルド殿とレンヌちゃんは?」
「は?えっ、何?」
不意打ちで割れ物でも投げられたかのような反応。しかも先に言ったバルドに反応したわけではなさそうだ。心なしか、ウィザーズの頬が赤くなっているような気もする。
何だ…この怪しい反応…。
サフォムは訝しげに目を細める。
「…だから、バルド殿とレンヌちゃんはどうしたのですかって」
「バルドは城に。レンヌなら陛下の命で出ているが?」
セライドが代わりに答えてくれる。ウィザーズもやっと落ち着いたのか、わたわたしていた手を引っ込めた。
「そ、そう。多分、国外に使いに出ている」
「そうでしたか…。王子」
「ん?」
「何かありましたか?」
にこやかにサフォムが問いかけたので、ウィザーズは意味が分からなかったらしい。いや、そうでなくともウィザーズには通じないかもしれない。この手の話は。
「何かって?」
「変わった事とか…」
変わった事といわれて、ウィザーズの頭に浮かんだのはレンヌに抱きつかれた時のこと。
「べ、別に何もないよ!」
思い出すだけで大きく脈打つ心臓を、いっそのこと取ってしまいたいと思った。
やはり頬を赤く染めたウィザーズに、サフォムは厳しい視線を送る。
怪しい…。
これは是非リフェル王女にお伺いをたてねば!
「それより、ほら叔父上やリフェルに挨拶しろよ。あ、リフェルの婚約者、ラベアも帰っているんだ」
「ルクオード殿が?それはご挨拶しておかねばなりませんね」
恋愛においても計算高い策士は、胸の内を隠しながら微笑んだ。