Chapter 3-2 : 王妃救出

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 大丈夫だと主張をするものの、一応、と薬は差し出される。ちゃんと飲みなさいよ、とリフェルが少しきつく言う隣でラベアがくすくすと笑っている。最近どうもこの二人組に世話になりっぱなしだ。

「全く、ずぶ濡れで帰ってきたと思ったら、お父様のお酒に付き合わされて二日酔い。おまけに熱まで出して…」
「昨日からお小言ばかりだよ、リフェル」

 ラベアが笑いながら言うと、リフェルは言葉に詰まった。自分でもそう思っているからだ。ウィザーズも昨日はその小言が頭に響いて仕方がなかったが、今日はもう大丈夫。薬のコップを置おくと、ラベアが口直しの水を差しだしてくれる。

「ありがとう。…セイは?」
「ウィズほどお酒に強く無いみたいね。昨日は起きることも出来なかったみたいだけど」

「今から様子を見に行きます。体調が良さそうなら後でお知らせしますよ」
「そうしてくれるとありがたい」

 ウィザーズが苦笑すると同時に、ノックも無しに叔父が部屋へ乗り込んできた。ウィザーズは布団の上で身構える。昨日は「二日酔いには迎え酒」と称して酒瓶を持ってきて、危うく三日酔いにされるところだったのだ。

「…三日酔いにも迎え酒、とか言うのはやめて下さいね」
「何だ、ばれていたのか」

 つまらなそうに顔を顰める伯父の手から、リフェルがすかさず酒瓶を取り上げる。そのまま部屋を出ていくリフェルに、一礼してラベアも続いた。伯父は酒は諦めたようだが何か他に用があるのか、中へ入ってきてウィザーズの座っているベッドの端に腰掛ける。

「酒はもっと強くないとやっていけんぞ」
「伯父上が強すぎるのですよ…」

 今度はウィザーズが顔を顰める。伯父は苦笑した。

「まぁ、酒の話はいいか。仲間の方は進展はなしか?」

 酒で倒れていたのだから当たり前だ、とウィザーズは無言で伯父に訴える。伯父は不敵に笑っただけだ。

「ねじれた関係を正すのも、まとめる者の力量次第。避けて通ろうとする者は、上に立つ資格はない」
「…力量が無くとも、避けて通るつもりはありません」

 ワンドは目を見張った。そして微かに頷く。

「走り回って空回りしているだけのように見えても、事態は改善することもある。ねじれた者同士、そうしている事が馬鹿らしく思える時が来る。良い知らせが入った。近日中に、良いものが届くだろうな」

 伯父の話はいつも問いかけのように響きわたる。これ、と答えを見せてはくれない。ウィザーズが悩む姿を影で笑って見ているのかもしてないが、ただこれは良いと教えてくれるのではないのだ。進む道だけ与えて、後は自分で選択して歩け、と言う。ウィザーズは去っていった伯父の姿を瞳に映して、笑った。とにかく寝てばかりいるなということらしい。とりあえずアトレでも捜すか、とウィザーズは部屋を飛び出した。

 やけに元気の良い気配が近づいてくる。もう治ったのか、と思いながらも出迎えるような素振りも見せない。自分が目的なら相手の方から来るはずだ。案の定、彼のいた部屋の扉が勢い良く開かれる。

「アトレ…あぁいたいた。捜したぞ」
「よぉ、ウィズ」

 声をかけて片手だけ上げる。寝そべっていたので、痛くないか?とウィザーズに声をかけられる。確かに少しばかり体が痛い。星見をする展望台のようなところなので、床は石畳がむき出しになっているのだ。今は昼間なので見えるものといったら雲と青い空だけ。時々黒い点のような鳥が横切っていく。

「何か用か?妙に元気いっぱいのようだけど」
「うん。お前を怒りに来た」

 予想もしない答えに、アトレはパックリと口を開けた。笑顔全開で言われても、何と反応して良いのか分からない。

「冗談だよ。セイに何か言ってやれってことを言いに来たんだ。お前、珍しくはっきりしないから」
「…俺みたいのでもよ、悩む事ってあるんだわ」

 アトレは身を起こした。それでも視線は上空、流れる雲ばかりを見ていた。

「何て言うかだろ?そんなの、本当のことを言えばいい」

 あっさりと見抜かれた事に、アトレは少々驚く。隠し事は、上手い方だと思っていたのに。世間知らずの王子様に見抜かれてしまうとは。

「俺、ウィズと違って天の邪鬼だからなぁ」
「サフォムに、俺は正直すぎると言われた。でも、俺に言わせれば、お前達って悩みすぎだ。セイはお前のこと信じているんだぞ、嘘で裏切るつもりなのか?」

「…お前、損な性格に見えて実はすごく得してんのかもな」

 どういうことだ、とウィザーズは首を傾ける。

「大体正直者は損をするって言うが、人を惹きつける分得なのかも。色んな奴が損得構わず『守って』くれるだろ?まぁ、建前はどんなでもさ。あぁ、勘違いするなよ。お守りされるようなガキって意味じゃあない。一緒にいて面白いから、失いたくないんだろうな、皆」

 立ち上がって、アトレは少しだけ近づいた空を眺めた。陽の光が眩しい。はぐらかされた事が分かったウィザーズは慌てて立ち上がり、アトレの隣に並ぶ。更に問いつめようとするウィザーズよりも先に、アトレが呟いた。

「死んだ者の声は聞こえねぇだろ?お前でも」
「当たり前だ。もういない存在なんだから。聞けるなら聞きたい人だっているけどな」
「俺一人の考えで良いなら楽なんだ。でも、死者の声が聞きたくて、まだ迷ってる」

 ウィザーズはアトレが見つめる空を見た。死んだ者は後でいくら聞きたい事があっても、もう話し合うことはできない。

 ロジス、お前は俺を恨んでいないか?
 父上、アゼルは何故、こんな事をしたんだろう。

風の笑い声が聞こえる。

 決めるのは、謳える者だけじゃあない?

風がそう言うと、森も海も笑った。ウィザーズも。

「…そっか。よし!アトレは放っておこう。俺がいくら言っても、自分で気付かなくちゃあな!」

 一人納得してしまったウィザーズは呆然とするアトレを置いて部屋を出ていった。勝手に説得しに来て勝手に納得して帰られると、アトレは苦笑するしかない。

「若いな」

 ウィザーズが去った後の扉に、今度は彼の伯父が立っている。

「おっさん、何か用か?」
「若人の悩みを見守るのは年長者の務めだ」

 つまり立ち聞きしていたということらしい。呆れるアトレの側に、ワンドは歩み寄った。そして先ほどアトレがしていたように空を仰ぐ。

「死者の声が聞きたいなど、若い証拠だな」

 ワンドにも、そんな時があった。そう、妻が死んだ時のことだ。その時も空は今と変わらず澄んでいて、悲しみの中にいた自分だけ、世界から切り取られたように故人の動かぬ顔をじっと見つめていた。

 黙ったワンドに、何となく青二才だと言われているようでアトレは少し機嫌が悪い。

「…じゃあ年寄りの考えは?」

 フッと笑って、ワンドは視線を床に向けた。含み笑い以外は出来ないのか、と妙なところに感心する。だが、知らず知らずのうちに、答えを待っていたりするのだ。年の功を期待しているのではないのだ。ワンドは何かを見通す力を持っている。そう、ウィザーズに似ているのだ。

「私は、死者の声を待つのは面倒だから、自分が死者の声を聞いたふりをする」

 考えてもみなかった意外な答えに、アトレは全身の力が抜けるような感覚に陥った。

「神と呼ばれる古代神族ですら死者の声は聞けんのだ。神が聞けぬなら何者にも聞けはすまい。出来もしない事で悩むより、死者がどうして欲しいのか自分で聞いたふりをして考えたらどうだ?自分の最良と思える結果を選択すれば良い。それで死んだ時にその死者に怒られれば、その時にどうとでもすれば良い」

 アトレの肩を叩き、ワンドは苦笑した。

「少し説教が過ぎたな。答えまで教えては宿題にもならんか」

 もう一度空を見上げ、相手は身を翻す。その気配は扉へ向かい、やがて奥に消えていった。

 星見台を後にしたウィザーズは、次はセライドでもと思い下へ降りていった。しかし中庭で響く音に気づき、二階から下を見つめた。

 中庭に一人立っているのはバルド。響く音は大剣が風を切る音だった。一人で素振りをしているらしい。それは両手で行っていた時と何ら変わりない、すさまじい音だった。

 ウィザーズは中庭へ降りていった。剣の音がすさまじく聞こえたのは、近くに噴水のあるせいかもしれなかった。バルドはウィザーズに気付くと剣を下ろした。ウィザーズは何も言わずに近づいていったが、話があると分かったのか、バルドは剣をしまい噴水の側へ腰を下ろした。ウィザーズも無言でバルドの隣へ座る。

「本当に、大きくなられた」

 ウィザーズはそう言って目を細めるバルドを見つめた。微笑む姿が父親のようで、少し目頭が熱くなる。本当は、ウィザーズの父親がこんな笑顔を見せたことなど無かったのに。

「レンヌとは、何処で出会ったんだ」

 一度も聞いたことがなかった。再会してもうずいぶんと経つのに、バルドが何処でどうしていたか、今まで訊く余裕がなかった。

「フォリンの東の森で…。最初から、あの娘は自分から人間ではないと言っておりました。儂がそれを信じられなかっただけの事」
「もう、親子ではないと?」

「まさか…。騙していたのだと、あの娘は言いましたが…。儂はあの森で過ごした時が一番幸せでした。あの娘がいたから。儂は、城を出てからも鍛錬を休んだことはありませんでした。あの娘に隠れて、毎日鍛錬していた。しかし、あの娘は知っていたのですよ、ウィザーズ様」
「鍛錬していたことを?」

 バルドは頷いた。戦いから身を遠ざけ、森の暮らしを幸せと思いながらも、バルドは鍛錬を欠かさなかった。それは自分を鍛えるため以外の何ものでもなかった。戦いに勝つことではない。自分に勝つためだけに剣を振るった。それが森での三年間。支えてくれたのは、レンヌだったと信じている。

「神だからそれを知り得たのではありません。儂の、娘だから…。そう信じておるのです」

 ウィザーズはしばらくその言葉を心の中で繰り返していた。神だからではなく、娘だから。その言葉は何故か、ウィザーズの心に熱いものを残した。

「…バルドは、大きいな。ずっと思っていたけど、今まで思っていた以上に大きい。レンヌの婿になる奴は大変そうだ」

 バルドは思っても見なかった言葉に、目を丸くした。

「婿?」
「娘はいずれ嫁に行く。婿がいて当然だろう」

 ウィザーズがどんな気持ちでこの言葉を口にしたのか、この時のバルドには分からなかった。

「婿はせめて儂より強くなくてはなりませんな」
「そ、それはちょっと高望みじゃあないのか?フォリンの軍神に勝てる男なんて」
「何をおっしゃる。このような老いぼれに負けているようでは、レンヌの婿になる資格などありますまい」

 娘を守る父親は強すぎる。ウィザーズはそう思った。しかし、バルドが強い男で、本当に良かったとも思う。今のバラバラになりかけている若い自分達よりも、ずっと大きい。彼は自分で弱さを解決するすべを知っているのだから。

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