Chapter 3-3 : 海中神殿
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レンヌを迎えに、という理由でウィザーズはリフェルに呼び出されたのだが。どうして分かったのか聞くとレンヌからの使いが来たということらしい。それだけにしてはリフェルの態度がおかしい。レンヌを迎えるためだけに正装をしているのだろうか。ラベアも正装だ。レンヌが叔父の使いでシーザスへ行ったことは聞いたので叔父がいることはまぁ納得できる。しかし、何か企むのはいつもこの叔父だ。
「何だ、その不審そうな顔は」
「いえ…。どうして叔父上までいるのかなぁと思って」
ウィザーズの不審そうな視線などもろともせず、叔父はやはり不敵な笑みを口元にたたえている。
「すぐに報告を聞きたいからな」
すごく怪しい…。
ウィザーズは矛先をリフェルに向けようかと思った。少なくとも叔父よりはぼろが出そうな気がする。
「レンヌの魔獣の気配だ!」
セライドの言葉にはっとウィザーズとサフォムが前方を仰ぐ。程なくして門をくぐり抜けてくるレンヌの姿が目に入る。続いて現れた二人の女性。ウィザーズには遠くとも一瞬で分かった。
「…母…上」
セライドとサフォムが驚いたようにウィザーズに視線を向ける。ウィザーズは震えていた。
「ウィザーズ…まぁ、何て…」
立派になって、と続けようとした女性の一人、マジェンダは言葉を詰まらせ涙を流す。マジェンダに連れられてイルシーとレンヌも立ち止まる。ウィザーズは駆け寄ってとうに背を追い越してしまった母を抱き寄せる。
「母上。ご無事で良かった…」
「貴方も、ウィザーズ」
強く背を支え合う二人を、他の者は邪魔しないように静かに見守っていた。一方は幽閉生活、一方は逃亡生活。親子はようやく顔を合わせることができたのだ。
「無事で何よりだ、マジェンダ。イルシー。そしてご苦労であったな、レンヌ殿」
ワンドはマジェンダの兄。心配していなかった訳が無い。マジェンダは息子から離れ、兄とも抱擁を交わした。
「兄上様…すっかりご迷惑をおかけしてしまって。私どころかウィザーズまで」
「良い。元々ウィザーズを拾ってきたのはリフェルだしな」
拾ってきた、という表現が気に入らなかったのか、リフェルは後ろで父を小突く。そして前に出てマジェンダに会釈をする。
「お久しぶりです、マジェンダ様」
「まぁリフェル王女。義姉上様に益々似てこられて…。ウィザーズがご迷惑をお掛けしなかったかしら」
後ろでウィザーズが肩を震わせたのを感じて、リフェルは満面の笑みで答えた。
「いいえ、弟が出来たようで楽しかったですわ。何度かお目にかかっているとは思いますが、婚約者のラベアです」
元気そうな母に安心して、ウィザーズはほっと息をついた。そして久しぶりの再会を楽しんでいる母の、少し後ろに控える従女、イルシーに歩み寄った。母以上に苦労したであろうこの従女に一言礼が言いたかった。
「イルシー、苦労かけたな。ありがとう。母上に付いてこんな遠くまで来てくれて」
「勿体ないお言葉です、カトラス様」
イルシーは本当に深く、頭を下げた。
「頭を上げてくれ、本当に感謝している。フォリンにはレグシェスが…」
「…私、離婚いたしました」
「何?」
さっぱりとした顔で、あっさりと言ってのけたことに、ウィザーズは驚いて声が出なかった。望まれて貴族の家に嫁いだイルシーであった。夫との仲も、悪くはなかったはずなのに。
「私は、カトラス様にお仕えしとうございます」
ウィザーズは悟った。レグシェスはアゼルに付いたのだ。マジェンダに仕えるイルシーには、我慢できないことだったに違いない。
「女にも主君を選ぶ権利があると思っています。勿論、カトラス様さえよろしければ」
元から心の強い女性であった。ウィザーズは満面に笑みを浮かべ、イルシーの手を取った。
「勿論だ。断る理由が何処にある?。イルシー、改めて俺と母上を宜しく頼む」
「光栄にございます。カトラス様」
レンヌは二人のやりとりを黙って見守っていた。そのレンヌの肩を、リフェルが叩く。
「ご苦労様、レンヌさん」
はにかむように笑って、レンヌは応えた。本当に、ウィザーズの役に立てて良かったと、ただそれだけだった。ようやく事態が呑み込めたサフォム、そしてセライドがゆっくりと歩み寄って来る。
「サフォム、帰ってきていたのね」
素直に胸に飛び込んでくるレンヌに、サフォムは少なからず面食らった。だがすぐに納得するように頷く。
「レンヌちゃん、又口調変わった」
からかうように笑うと、レンヌは申し訳なさそうに俯く。リフェルはそういえば、と今気付いたようだ。
「それが、本当なのかな?」
黙ってレンヌは頷く。下を向いたまま、レンヌはサフォムに謝った。
「何も謝ることはないさ。俺は知っていたし。君が人間じゃあないって事はね」
「どうして?」
大きな紫の瞳がサフォムには眩しかった。
「だって、人にしては君はあまりにも…」
言いかけたところにウィザーズが割り込んできた。
「レンヌ!体、大丈夫か?」
当人に悪気は無い。レンヌが頷くと少し安堵したように息を付く。話を切られたサフォムがいることに、全く気付いてはいない。リフェルが口元に手を当てているだけで、レンヌも気にしてはいないようだ。サフォムの存在を全く無視し、話を続けようとするウィザーズの肩にサフォムはすかさず腕を回した。リフェル一人、この事態に感心している。にこやかに笑顔を崩さないサフォムに対し、ウィザーズは頭の上に疑問詞がたくさん並んでいるようだ。そんな二人の状態に、少し首を傾げながらラベアがリフェルに並んだ。
「そう言えば王子、私の剣返して戴けますか?」
すっぱりと言ってのけるサフォムに、ウィザーズは舌を出した。
「あ、やっぱり?」
ずっと持っていて良いと言われたのなら、本当に彼に認めてもらえたのだと思って良いと言うことだったのだろう。しかし案外はっきりと言われてしまった。帰ってきてすぐに、だ。
「公私混同したくはありませんが、非常事態ですし」
「は?何の非常事態?」
にっこりと笑うサフォムの笑顔は、いつもよりねちっこい。何か裏がありそうだと思わないのは、ウィザーズが素直すぎるからだろうか。ただ単に鈍感馬鹿なのだろうか。
「王子、ちょっと失礼」
肩に置かれた腕が首に回る。ウィザーズはよたよたしながらも、サフォムに付いてレンヌに背を向けることになった。
「どうしたんだよ」
先程まで笑っていたサフォムの表情はヤケに真面目だ。何か思いがけない情報でも掴んだのかと、ウィザーズも身構える。サフォムはウィザーズの耳元で囁いた。
「王子。私、レンヌちゃん本気で狙っていますから」
「へ?」
予想と違う、それ以上に衝撃的なことを言われ、ウィザーズは放心する。ライバルの隙をついて、サフォムは振り返り、レンヌと話そうと思ったが、レンヌはリフェルと話し中だった。
「駄目よ、レンヌさん。いくら何でも少し休まないと。ただでさえ病み上がりなのよ」
「メロサ島へ行ってから、少し休みます。その方が疲れもとれるから」
ラベアが意外そうな顔をする。メロサ島は第二大陸の南に位置する島だ。小さいというわけでもないが、特に何があるわけでもない。
「メロサ島…まさか、あの神殿に?」
ひとつだけあるとしたら、海に沈んだ神殿。いや、沈んだと言うよりは、海の底に建てられたといった方が良いのかもしれない。
「ええ…。とても、大切な場所なんです」
「一人では危ないわ。倒れでもしたら…」
「俺が一緒に行く!」
途中まで放心が解けずにいたくせに、最後のリフェルの言葉だけで反応したウィザーズにサフォムが微笑む。先程のように腕を首に回すと、ウィザーズの耳元で囁いた。
「恋愛で私のライバルに成り得た男はいませんよ」
意地悪げに囁くサフォムに、ウィザーズは負けじと言い返した。
「将来部下になる奴に負けてたまるか!」
これでウィザーズはレンヌのことが好きだと宣言したようなものだ。
「王子の方が、難関は多いと思いますがね」
「何?」
ごそごそと話している二人はレンヌの目に入っていないのか。レンヌは考えるように頬に指を当てている。この様子だとリフェルは絶対に誰か一緒でないと行かせてくれない。レンヌの目がある人に止まった。
「…じゃあ、セイ、一緒に来てくれる?」
『は?(×2)』
小声で話している間に、いつの間にかそう言う話になったらしい。黙って後ろで見ていたセライドを振り返ると、ひとつこくんと頷く。
「分かった」
セライドが承知すると、レンヌは嬉しそうに手を合わせる。
「良かった。聞かせたい事があったの」
取りようによっては意味深に思える言葉に、ウィザーズもサフォムも血の気が引いた。
「セライドさんなら安心ね。あ、シーザス王から何か言伝は?」
「それは私の方から兄上様にお伝えしましょう、リフェル王女」
「分かりましたマジェンダ様。本当に気を付けてね、レンヌさん。セライドさん」
はい、分かった、と二人は同時に言ってレンヌはグリフォンを創りだし、後ろに乗るようにセライドに言った。訳の分からない言葉を発し、ウィザーズとサフォムが騒いでいたが、それは気にもせずセライドはレンヌの後ろに乗った。一体の魔獣で行った方がいいだろうし、レンヌが疲れたようなら自分がすぐに代わることが出来る。行ってきます、というレンヌの声を合図に、グリフォンが飛び立った。始めは風の抵抗が強く、耳も良く聞こえない。上空に上がりきり、ようやく慣れたというところでセライドは口を開いた。
「メロサ島というところに何かあるのか?さっきは大事な所だと言っていたが」
「人間の付けた地名だから分からないでしょうけれど、神聖なる神の島。メロサ島は私達一族の故郷なの」
「神聖なる神の島!伝説は本当だったのか。それじゃあ海に沈んだ神殿もそこに?」
レンヌが笑った。耳を掠めるその笑い声が、セライドにはくすぐったかった。以前のレンヌとは違う。本当のレンヌなのだと、ウィザーズが言っていたのを思い出す。
「私よりもセイの方が物知りみたい。ずっと森にいたし、生まれたのも森だったから、行くのは初めてなの」
それはセライドも同じ事なのだが。
「…場所は分かっているのか?」
風が強くなり、心なしか声も大きくなった。
「大丈夫。風が案内してくれるわ」
向かい風だったので、前から流れてくるレンヌの声は洩れることなく聞き取れた。グリフォンはその風に逆らうように力強く羽ばたいた。