Chapter 3-3 : 海中神殿

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 四人は無事に陸へと戻る。サフォムとバルドが駆け寄る。

「レンヌちゃん!無事で良かった」
「サフォム、心配かけてごめんなさい」
「レンヌちゃんのことだったらいつでも心配しているよ。本当に良かった」
「歯浮くぞ、その台詞。言ってて恥ずかしくないのか?」
「ふふ、まだまだ子供ですね、王子」

 レンヌに気付かれないように小声で会話するのはまだ可愛げがあるが、とうとう二人は小突き合いになった。

 馬鹿が二人に…。
 サフォム殿はもうちょっとまともだと思ってたのに、
 ウィズと変わらねぇじゃねぇか。

セライドの考えを察したのか、ラベアが後ろで苦笑する。そして小競り合いの二人は無視してレンヌ達の方に歩み寄る。

「あの神殿に居たら、私も体が軽くなりました。このままシーザスへ向かいます」
「お気をつけて、ラベア殿」
「くれぐれも、無理はなさらずにしてください」
「皆さんも、お気を付けてください」

 にこっと微笑んで、ラベアは魔獣を造り、それに乗った。もう一度気をつけてと叫ぶウィザーズに軽く手を挙げて応え、ラベアはそのまま北へ飛び去っていく。

「俺達も一旦ミディクへ戻ったほうが良いだろう」
「あぁ、そうだな…」

 不意の暴風。

「伏せろ!ウィズ!」

 鋭い魔力の気配がして、セライドはウィザーズを背に庇うようにして前方に結界を張る。

「バルド!サフォム!」

 ウィザーズの叫びに、バルドとサフォムはレンヌを庇う。しかし魔法が狙うのはそのレンヌ。レンヌはバルドとサフォムから離れる。

「レンヌ!」
「レンヌちゃん!」

 レンヌは軽く魔法をはじいて前方を見据えた。そこに現れた黒いガーゴイルに似た魔獣。そしてその上にはアゼルの姿があった。

「…アゼル…」

 レンヌの瞳が曇る。

「アゼル!…レグシェス、お前…」

 魔獣の背にはアゼルと、そしてイルシーの夫、レグシェスの姿があった。

「カトラス様…」

 ウィザーズを見ると、その騎士は表情を曇らせた。僅かなためらいを、バルドは感じた。

 レグシェス…。お主は…。

アゼルの金色の髪が風にゆれる。その灰色の瞳はレンヌだけを見つめていた。

「流石は神の力。古代神族最後の王か。あの時に気付いていれば、その場で捕らえていたのにな」

 言葉に反して、声は全く抑揚がない。不気味な声音でそのまま『今でも遅くはない』と続きそうで、ウィザーズは剣を構え、レンヌの前に立つ。バルド、セライド、サフォムも同様に身構えて周りを固めた。その様子に、アゼルは眉をひそめる。

「邪魔だ。お前達に用はない」
「レンヌには近付かせないぞ!アゼル」
「あの時に死んでいれば楽だったものを。仕方ない、今度は完全に息の根を止めてやろう、反逆者め」
「あの時で分かっただろう?俺はそんなに潔くない。お前はあの盟約を聞かなかったのか?」
「盟約など、ただの口約束に過ぎない。そうではないか?最後の王が死んでしまえば、人がその盟約を破っても拘束できまい。それとも、天から罰するか?無翼の天使」

 挑戦的に言うアゼルを、レグシェスは身を震わせながら見上げた。

 この方は…神狩りを行うつもりなのか?
 そして…私は…?

迷いが、レグシェスを支配していく。

 ウィザーズはアゼルの微妙な変化を感じ取っていた。そう、ユファーでのあの時よりも、少し様子がおかしい。

「見捨てるくらいならば、何故人など創ったのだ。創らなければ、こんなことにはならなかった」

 子供が駄々をこねているような、そんな感覚。その微妙な表情は、それでも仮面なのか。
 この人の身体は、負に蝕まれている。
 悲しみ、孤独、寂しさ、怒り…。

その負の感情に不快な眩しさを感じたように、レンヌは目を細める。そしてアゼルの前に出ようとした。それに気付いたサフォムがレンヌの肩を掴んで止める。

「レンヌちゃん、危険だ。様子がおかしい」

 笑ってサフォムの手を払うと、サフォムも抵抗しなかった。否、できなかったのだ。レンヌが目の前に現れると、アゼルは喜びとも驚きともとれぬ表情を浮かべる。

 いや、崇拝だ。

セライドは背筋が凍った。

 この男は、それでも神を崇拝している。

 レンヌは子供をあやすように、優しく言った。

「…魔術と魔法を伝えたのは、私達の過ちでした。貴方のような人が現れるとまでは予測していなかった。…でも、一つ誤解があります」
「何?」
「私達は、人もエルフも創っていません」
「…馬鹿な…」

 アゼルの、義兄の表情から「余裕」という存在が消えるのを見たのは、初めてかもしれない。ウィザーズの奇異と驚きの視線はアゼルには届かない。彼の視線はレンヌに向けられたままだ。

「私達一族が、人やエルフと同じ言葉を使うのが、何故だか分かりますか?」
「それは…お前達が人とエルフを創ったから…。否、違うのか」
「そう、私達が人やエルフの後に創られたからです。人やエルフと話すことができるように、私達は同じ言葉を使ったのです」
「それが事実であれば…」
「一体…」

 一同が言葉を失うと、レンヌは静かに目を伏せた。その場の誰もが、レンヌの言葉を待つ。その時間が、長く感じられた。

「私達は人やエルフに自然の言葉を伝えるために、自然によって創られた存在です。神と呼ばれるべきであったのは。私達を創った自然であったのですよ」
「…すべては自然の気の元に…」
「無意味な戦いはお止めなさい、アゼル」
「無意味?」

 ふっと空気を丸々吐き出すような揺れ。そして、アゼルは空を仰いで高々と笑い出した。その様子にウィザーズ達は呆然となる。

「…アゼル…」
「貴方はもう既に私達が伝えようとしたことを理解しているはずです。ならば分かるでしょう。自然に、神に逆らうということがどういうことか」
「人という存在事態が逆らいなのだ。それが私の辿り着いた真理。神に従えばこそ、私は人やエルフという存在を消さなければならない!」
「違うわ!それは違う!私達の望みは共に在ることだけ!何故聞こえないの?ウィズに聞こえて、何故貴方には…私達の声が届かないの?」
「…行くぞ、レグシェス」

 ガーゴイルが再び飛び上がる。レグシェスは魔獣から降りようとはしなかった。すればできたはずだ。ウィザーズ達がそばに居る。逃げればアゼルから離れられただろう。しかし、彼はそうしなかった。

「私を殺せ、その力をもって。私が反逆者だというのであれば、天罰を食らわせてみろ、最後の王よ。盟約の声が轟いたとき、何人の人間がそれを信じたと思う?神など、誰も信じなければ存在すらかき消される。もはや古代神の声など、誰も聞き入れはしないだろう。…その名を取り戻すために、私を殺してみるがいい!」
「アゼル!」

 剣を振りかざし、ウィザーズは駆け出そうとする。しかしセライドの手がそれを引き戻す。同時に、レンヌが崩れるようにその場に膝をついた。慌ててサフォムがその肩を支える。

「レンヌちゃん…」
「もう、あの人の心は救えない。…無翼の天使とはよく言ったものね、セイ。結局…私達は堕天だったのよ」

 レンヌがすっとその手で顔を覆う。しかし、その状況を打破できる者など、この場にはいなかった。

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