Chapter 4-3 : 最後の別れ
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黒竜はレンヌを乗せて、フォリンの高い城壁を軽々と飛び越えた。フォリンの王城の中は、不思議なほどに静まり返っていた。城壁から攻撃をしかけてくる兵もいない。レンヌは頬を濡らしていた涙を手で拭った。ウィザーズの呼び止める声が耳に残って離れないけれど、それは宝物のように大事にしまってしまおう、とレンヌは思った。
この淡い恋ともつかない、大切にしたい気持ちが自分の中に生まれた幸福をかみ締めて、そして自分の役目を果たそう。レンヌはそう思った。別れは悲しいけれど、いずれ訪れるものでもある。この体も、大きすぎる力を支えるには限界だ。だから、これで良いのだとレンヌは思った。思おうとしていた。
そんなレンヌを乗せて、黒竜は少しの間だけ目を瞑った。まるで何かの声を聴こうとしているようだったが、レンヌはそれに気づかなかった。
レンヌは城の上空を旋回して、攻撃を仕掛けてくる者がいないかどうかを確かめた。レンヌの目標はアゼルだけで、他の人間を傷つけることはできなかったからだ。黒竜の上から身を乗り出して下を観察すると、黒竜の羽ばたきに気付いたのか、城の正面広場にアゼルが姿を現した。
彼は一人きりだった。護衛を連れている様子はなく、黒竜を見上げて無防備に立っていた。レンヌはその無気力とも言える状態のアゼルを見つけると、黒竜をアゼルの前に降ろした。そして黒竜の背を降りる。その間にも、アゼルはレンヌを狙うことなく、ただじっと立っているだけだった。
「これで、終わりね。アゼル」
レンヌはアゼルがそれをずっと以前から知っていて、望んでいたように感じていた。
「お互いに、な」
命約を正しく理解していたアゼルは、レンヌに殺されることがすなわち自分の死であり、レンヌの死を意味していることを分かっていた。そしてレンヌが感じたように、ずっとこの終わりの時を望んでいたのだ。
「……えぇ、お互いにこれが終わりの時ね」
「それが、神の慈悲か?」
一緒に死ぬことが。アゼルの問いに、レンヌは首を横に振った。
「言ったはずよ、私達は……私は神ではない。でも、一人が寂しいことは私も良く知っているから、一緒に逝くわ」
その言葉に、アゼルは何も返さなかった。レンヌも、それ以上は何も言うつもりはなかった。黙って伸ばされたレンヌの細い、頼りなくも映るその手に、アゼルはゆっくりと手を伸ばして返した。
いくら叫んでもレンヌは戻ってこなかったし、いくらもがいても、腕や足に絡まる蔦は弛むことはなかった。これがレンヌの、これが神の意思なのだろうか。ウィザーズは激しく首を振った。そんなはずがない。沈黙が答えだなんて、そんなはずが。
「ふざけるな……。何でこんな時に限って口を噤んでいるんだ! レンヌはお前達の道具じゃない! お前達が神だというなら、お前達の民を……レンヌを死なせるな!」
ウィザーズが喉の奥から絞り上げるようにしてそう叫んだ。その瞬間、世界はやはり沈黙を守っていた。もう駄目なのだ、とウィザーズは絶望を感じずにはいられなかった。何も応えてくれない。
神などいないのだ。ウィザーズがそう思ったその時だ。風が強く吹いた。ウィザーズがその身を吹き飛ばされそうだと感じたくらいに強い風が。そしてその風の音とともに、ウィザーズは叫びを聞いた気がしていた。四つの大陸すべてが吼えたような、そんな叫びだ。
気がつくと、ウィザーズの手足を拘束していた蔓は消えていた。足元に、枯れた蔓の残骸のようなものが落ちていたけれど、それも風に吹かれて塵のように消えてしまった。
見上げると、白い大きな魔獣がウィザーズの頭の上で大きく羽ばたいていた。
「白竜……お前……」
レンヌが迎えによこしてくれたはずがない。では何故ここに白竜がいるのだろう。彼は陽王の魔獣だ。つまりレンヌの。そのレンヌが望まないことを、彼がするはずがないのだ。そう思ったウィザーズだが、しかし白竜はウィザーズの前に降り、自らの背を向けてこう言った。
「乗れ」
どうして、とウィザーズが尋ねかけると、その少しの間も惜しいというように白竜は羽を広げた。
「早くしろ。我らが主に逆らえるのは、そう長い時間ではない」
レンヌが白竜をよこしたわけではないのだ、ということがその言葉で知れた。白竜は自分の意思で――それともウィザーズがいないと思った神の意思で――ウィザーズを迎えに来たのだ。レンヌを死なせないために。
ウィザーズは飛び乗るようにして白竜の背に座り、首にしっかりと掴まった。白竜はウィザーズの腕が首に回るが早いか、広げていた羽を力強く羽ばたかせて空へ上がった。
レンヌとアゼルの伸ばした手が互いに触れ合い、お互いに死への最後の一歩を踏み出した。しかしレンヌがアゼルの手を握ろうとしたその時に、レンヌの背後に控えていた黒竜が動いた。
アゼルは黒竜の動きに、思わず伸ばしていた手を引いた。レンヌが驚いて振り返ると、黒竜は羽を広げてレンヌの体を包み込んだ。まるでアゼルの元へは行かせないというような黒竜の行動に、レンヌは戸惑うほかなかった。
「黒竜……何故……?」
何も命じていないのに、こんなことをするのか。レンヌの決断に従ってくれるのだと信じていたのに。黒竜はレンヌの問いに、静かに答えた。
「姫、お受け取り下さい。これが、あなたの民の想いです」
「私の民の……?」
その時世界が吼えた。四つの大陸が声の限り叫んで、レンヌの体を内側から揺れ動かした。急に全身の力が吸い取られるようになくなっていく感覚が、レンヌの足を萎えさせた。立っていられない。
「レンヌ!」
「……ウィズ……」
黒竜の広げられた羽越しに、一瞬だけレンヌの瞳は白竜の背から降りてこちらに駆け寄ってくるウィザーズの姿を捉えた。けれど足が力を失うと同時に、レンヌは意識を失った。
何故なの? 神よ――。
レンヌは問うたけれど、神は再び沈黙した。
「これが神の意思だ、小僧」
ウィザーズの隣で白竜がそう言った。ウィザーズが白竜を見上げると、彼の姿は半透明になっている。慌てて黒竜の方を見ると、彼もまた倒れたレンヌの体を守りながら、その姿を段々と消している。主であるレンヌの意思に逆らう行為は長く続かないということなのだろうか。
「我らの望みは、主の死ではない」
黒竜はそうとだけ言った。けれどウィザーズにはそれだけで伝わった。レンヌを死なせるなというウィザーズの叫びに、白竜も黒竜も頷いてくれたのだ。そしてそのためにウィザーズがとらなければならない行動。それを思って、少しだけでもウィザーズの助けになるようにと主に逆らった。
ウィザーズはきつく唇を噛んだ。白竜と黒竜は完全に姿を消してしまった。残されたウィザーズは、決意したことをやってのけるしかない。
「アゼル、お前は……俺が殺す!」
レンヌのために、ではない。レンヌの望んだことではないのだから。ただウィザーズが望んだ。レンヌが生きることを。そしてそのためには、アゼルを生かしておくわけにはいかないのだ。
「……そうか」
燃える瞳で宣言したウィザーズに、アゼルは小さく溜息のように答えた。その瞳に諦めとも安堵ともつかない色が浮かんだのは一瞬のことだった。
「ならばやってみるがいい」
アゼルはその灰色の瞳に、より冷たい挑発の色を浮かべてウィザーズを睨みつけた。
ウィザーズは剣を抜いた。魔法も魔術も使えないウィザーズに対して、アゼルは命約を無視した攻撃をしかけてくる。しばらくウィザーズはアゼルの攻撃を避けるだけで精一杯で、アゼルに近づくこともできなかった。
ひとつ、またひとつと手負いになっていくウィザーズに、アゼルは容赦がない。それでも抜いた剣を振る機会をじっと伺っていたウィザーズに好機が訪れた。
魔法と魔術を織り交ぜて戦っていたアゼルの顔が、一瞬訝しげに歪んだのだ。ウィザーズはそれを見逃さなかった。そして、何度かそれを見ているうちに、アゼルが魔術をうまく使えなくなっていることに気付いたのだった。
アゼル自身もそれに気付いていた。まるで魔術がアゼルの理解を突然拒否し始めたかのような反応。アゼルは魔術ではなく魔法に頼らざるをえなくなった。けれど魔法は自分の体力を削る。そうして戦っていれば、ウィザーズよりも先に力尽きてしまうことがアゼルには分かっていた。
じっとアゼルの体力が落ちて隙ができる瞬間を待っているウィザーズ。そして自分の体力が尽きて、それをウィザーズが見抜くことを予感していて、なおも魔法を使い続けるアゼル。
その瞬間は来るべくしてやってきた。
アゼルが呼び寄せたと言っても間違いではない。
そしてウィザーズは呼び寄せられた。
傷を負いながらも段々とアゼルとの距離を詰めていたウィザーズは、アゼルが不意に胸を押さえて息が詰まったように口を半開きにした時を逃さなかった。まるで風が背を強く押したかのように、ウィザーズは渾身の力でアゼルの懐に飛び込んだ。剣は真っ直ぐ脇腹に低く構えて、そのまま。
ウィザーズは不意に昔、まだバルドが城にいた頃に習ったことを思い出した。骨に邪魔されず、背まで貫くことのできる場所。ここだ、とバルドが自分の腹を指差した、その時のことを。
何の抵抗もなく、と言うわけにはいかなかった。けれど、骨の強い抵抗には確かに合わなかった。自分の長剣が重い反発を受けつつも何かに呑み込まれていくような、そんな感覚がウィザーズの手に伝わった。
「……これで、終わったな」
深く腹部に突き刺さった剣が、内臓を突き、背中から飛び出した。同時に溢れた生ぬるい血。ウィザーズとアゼルの体は密着するほど近づいていた。その間にあるのはわずかに剣の唾から柄にかけての短い距離。
「どうしてだ? 何故、こんなことに?」
ウィザーズの問いに、アゼルは短く答えた。
「私が望んだ。……それだけだ……」
アゼルはウィザーズの肩に頭を預けながら小さく呟いた。彼がその気ならば、懐に懐剣を隠し持っていて、ウィザーズを道連れにすることもできただろう。けれど、アゼルにそんな気はないのだ。アゼルの望みは、そんなことではない。
何故こんなことを望んだ?
そう問うことは、もうウィザーズにはできなかった。突き刺さった剣を抜くことなく、ウィザーズは初めて義兄の体を抱きしめた。自分より高いという印象しかなかった義兄の背は、本当はもうウィザーズよりも低かった。そして細いと思っていた体は、思っていた以上に痩せて、軽かった。ウィザーズにはその事実が、手が震えるほど切なく思えた。
そして感じた。自分はこの義兄を救うことができなかったのだ、と。
「安心しただろう? 俺があんたを救う事ができなくて……。俺があんたの思うように、完璧な人間じゃあなくて……」
震えた声で、ウィザーズが言った。けれどアゼルは小さく首を振る。
いや、お前は結局救ってくれたのだ。
アゼルはそう思った。ウィザーズはアゼルの望むとおりにしてくれた。自らの意思でアゼルを殺し、そしてさらに心からの言葉をくれた。
「俺、生まれ変わりってあると思ってる。生まれ変わって、もう一回兄弟やって……今度は後悔しないようにしようぜ。……兄上……」
ウィザーズの口から兄上、と直接呼ばれたのはいったいいつ以来だろうかとアゼルは思った。そう呼ばれるのが嫌いだったわけではない。現に、今そう呼ばれて微かに胸が温かくなった。
あぁ……もう一度……。
必ず……。
今度は必ず伝えられるように。お前の兄であるということを嫌悪していたわけではないのだということを。本当はもっと、話してみたかったのだ。どうしてこうなってしまったのか、それはアゼルにも分からない。けれど、こうなって良かったのだ。これが最上の道と言えはしないけれど、だからこそ。
だからこそ、必ずもう一度。
アゼルはそう答えたけれど、その答えはもう音にならない。まるで最後の命を燃やし尽くすような熱い吐息が口から漏れただけだった。
『アゼル様』
「兄上……?」
アゼルの灰色の瞳がふいに遠くを見つめるようにぼんやりとした。ウィザーズは必死になってアゼルの肩を抱いたが、アゼルはもうそれを感じることもできないようだった。
ウィザーズの手の代わりに、アゼルは風の声を聞いていた。今まで耳を傾けなかった世界の言葉が、アゼルを迎えるように温かく呼びかけてくれる。その中に、失った忠臣の穏やかな声が聞こえたと思ったのは、聞き違いではないのだろう。
レグシェス、来てくれたのか……。
段々と光を失っていく瞳に、声だけではなく色鮮やかな生前のレグシェスの姿が浮かんだ。
『ずっと、お側に。アゼル様』
微笑むレグシェスは、アゼルに向かって膝を折り、そして手を伸べた。
ずっと、側に。
側にいる、というよりもずっと側にいたのだ、とその声は言った。特定の誰かの声ではない。ただその言葉が美しく重なり、そして優しく不思議な力でアゼルの体を軽くしてくれた。
……ありがとう。
そしてアゼルはそっと目を閉じた。ようやく全身の力を抜いて安らげる時が来たのだ。
「兄上……あっ……」
柔らかく誰かに微笑みかけながら目を閉じたと思った瞬間に、義兄の体から力が抜け、その体の重みがぐっとウィザーズの腕にのしかかった。
穏やかな死に顔だった。今まで見てきた中で、一番安らいでいる。多分、これが本当に彼の望んだことだったのだろう、とウィザーズは思う。ただ穏やかに安らぐことだけが、彼の望みだったのだ。
「……兄上……」
涙が溢れた。できれば、こんな穏やかな顔を生きているときに、自分がさせてやれればと思わずにはいられなかった。けれど同時に安堵していた。この穏やかな終わりを、自分が与えてやることができて。
ウィザーズは兄の体を地面に横たえ、その細い手を胸の上で組ませた。額に張り付いた髪を梳いて、義兄の手の上に自分の手を重ねると、ウィザーズは目を閉じて祈った。願わくば、言葉通りにもう一度彼と兄弟として生きることができるように。そして、今度こそお互いに理解し合える生き方ができるように。
祈り終えるとウィザーズはよろりと立ち上がった。そして銀色の髪を広げて倒れているレンヌに歩み寄り、膝をついてレンヌの体を抱き上げた。
「レンヌ」
抱き上げた体はほんのりと温かい。そのことに安堵しながら、ウィザーズは軽くレンヌの頬を叩いた。二度ほど刺激すると、レンヌは瞼を震わせてから花が咲くようにゆっくりと目を開けた。長い睫毛が震えながら、次第に現れる紫色の光。その光にウィザーズの姿が映ると、レンヌは一度瞬きをした。
「ウィズ……私、どうして?」
「分からない。でも、聞こえるだろ? 皆、お前を呼んでいる」
そう、沈黙していたウィザーズとレンヌの周りの世界が再び声を取り戻したのだ。言葉なのかどうか判然としない、けれど喜びに満ちた音が二人を取り囲んでいる。
「皆、お前を死なせたくないって言っている」
言葉では表さなくても、確かにそう言っているのだとウィザーズは感じた。
「好きだ、レンヌ。俺、お前を死なせたくなかった。例え、義兄を殺しても」
レンヌは首を持ち上げて少し捻った。ウィザーズの肩越しに、横たわっているアゼルの姿が見えたのだろうか。それとも、ウィザーズの服についている血を見たのだろうか。
「ごめんなさい、ウィズ」
泣きそうな顔をするレンヌに、ウィザーズは首を振った。
「いいんだ。俺が選んだ。アゼルではなく、お前を。だから、お前にも選んで欲しい。王なんてやめて、俺と一緒に生きよう、レンヌ」
レンヌは何も答えなかった。ただ、桃色の唇をきゅっと噛み締めると、思い切ったようにウィザーズの胸に飛び込んできた。アゼルの血がついてしまうな、と思ったけれど、ウィザーズは飛び込んできた温もりを抱きしめずにはいられなかった。
細いけれど、十分に温かい。そしてどこか、依然とは違う。
「あ……れ? 何か、前より柔らか、い?」
「え?」
違和感はレンヌも抱いたようだ。わずかにウィザーズから身を離すと、二人の目はそろってレンヌの胸元に向けられる。
つい一時前にはなかった膨らみが、服を押し上げている。丁度レンヌの胸の辺りだ。
「……え?」
どうしてこんなことになったのか、と考えたのは何もウィザーズだけではなくて。レンヌは不思議そうに自分の胸元を見つめると、それが何かを確かめようとして手を伸ばし、無造作に掴もうとした。ウィザーズはそれを見て大いに慌てた。
「うわぁ! 触るな! これ羽織って!」
ウィザーズはかろうじて血にまみれていなかったマントを引きちぎるようにして取ると、レンヌの体に巻きつけた。目の保養、いや目に毒だ。これまで全く意識していなかっただけになおさら。
「な、何だ? どうして……? いや、本当はすごく嬉しいけど……」
マントを巻きつけると、そのままレンヌの体を抱きしめる。ウィザーズはレンヌを抱きしめる手に不自然な力が入らないようにと思うものの、それならば離せばいいという理性的な反論には耳を貸さなかった。それどころか、多少不自然でもいいから、このまま腕に力を込めてレンヌの体の感触をしっかりと確かめてしまえばどうだろうという思いがウィザーズの中に湧き上がってきた。ほんの少しだけ、力を込めてしまおうか。
「ウィズ!」
不埒な考えが頭を支配したそのときに、まるで咎めるように名前を呼ばれて、ウィザーズは飛び上がった。
「うわぁ! ごめんなさい!」
咄嗟に謝ってしまうと、そんなウィザーズを不審そうに見ていたセライドと目が合った。
「何がだ?」
「セイ!」
見るとバルドもいた。
「ウィザーズ様、ご無事で!」
セライドもバルドも怪我はしているものの、足取りはしっかりしている。ウィザーズはかなり後ろ髪をひかれる思いで立ち上がると、レンヌから離れてセライドの元へ駆け寄った。そして互いに短い抱擁を交わす。それに対してレンヌとバルドは互いに涙で瞳をきらめかせ、無言で強く抱き合った。シーザスではこれが最後と思いつつ別れてきたのだ。それが神の意思でも、それ以外のものの慈悲でも構わなかった。ウィザーズとセライドはそんな二人の心の内を察して、決して間に入り込もうとはしなかった。
やがて父娘がおずおずと身を離して微笑合うと、ウィザーズもセライドと目を合わせて微笑み合った。辛い戦いと、長い旅の終わった感覚が、ウィザーズの心を少しだけ軽くした。
「王子!」
フォリンの城の中から呼ばれて、ウィザーズは顔を上げる。城内から出てきたのは、計画通りに行動してくれたサフォムの姿だった。
「サフォム!」
ウィザーズが駆け寄ろうとすると、サフォムは立ち止まってその場に片膝をつき、ウィザーズの前で頭を下げた。そして重々しく響く声で告げたのだ。
「……陛下、お帰りなさいませ」
その言葉に、ぎくりとウィザーズは足を止めた。そんなウィザーズを、サフォムが膝をついたまま見上げる。そしてバルドも静かに片膝をついてウィザーズに頭を下げた。そうされる立場にウィザーズは立っていた。
「……俺、正直あんまりそう呼ばれたくないよ」
最終的には彼が望んだことだとはいえ、義兄を殺してしまった。まるで彼の血の代わりに、その称号を得たようで、罪悪感がウィザーズの胸の奥を刺激した。
サフォムはしっかりと目を閉じ、手を腹の上で組まされた状態で静かに横たわっているアゼルの姿を見て、ウィザーズの気持ちに気付いたようだった。けれど、彼は表情を崩すことなくしっかりとウィザーズを見据えていった。
「……そうですか。しかし、捨てることはできませんよ」
サフォムの言葉に、ウィザーズは反射的に頷いた。声はその後に続いて漏れる。
「分かっている……」
分かっている。ウィザーズはもう一度心の中で繰り返した。これは自分が負わなければいけない責任だ。アゼルが父王を殺して負ったように、ウィザーズはアゼルを殺してこの責を負った。
「今、帰った」
久しく見ることのなかった故郷をしっかりと見据え、ウィザーズは誰にともなくそう言った。