ネジネジ
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「なんだぁ? これ」
ゴミ出し当番でちょっと遅れたオレが、部室で着替え終え、練習へ向かおうとしてドアを開けた時、何気なく下げた視線の先に見つけたのは小さすぎるネジ、だった。こんなのどこに使うんだろ、って咄嗟に思い浮かばないくらい見慣れない大きさのネジ。しゃがんで拾って、手に乗せてみると余計に小さく見えた。でもちゃんとネジだ。ネジネジしてるもん。
こんなのどっから抜け落ちたのかなって首を傾げながら、でも必要以上に遅くなると三年生の先輩達よりおっかない副部長の機嫌を損ねそうだったから、急いでコートに向かった。ネジはラケットを持つのと反対の手、つまり左手に握ったままだ。コートでは一年が素振りしていて、二年は交代でラリーをやっている最中だった。合流する前に柔軟しないとな、と思った時、ラリーの順番待ちをしている不二と目が合った。
ちょうどいいや、柔軟を手伝ってもらおうっと。オレがにっこり笑って手招きすると、不二はオレの意図を悟ってくれて、ほんわり笑い返すとぽてぽてとオレの方へ小走りで寄ってきた。
おっと、ラケットは地面に置けるとしても、手に握っているネジはどうしよう。ちっちゃいから、ポケットにでも入れておこうかな。でも練習してたらそのまま忘れそう。ポケットに何か入れたまま洗濯出すと、姉ちゃんが煩いしな。
つい拾っちゃったけど、何に使うかわかんないものオレはいらないし。元々落ちてたもんだから、いっそまた捨てちゃおうかな、とオレが手の中のネジを見ながら考えていると、近づいてきた不二がオレの手元を見て目を輝かせた。
「あ、英二、それ……」
「にゃ? このネジ、不二の?」
オレは小さくて吹けば飛んでしまいそうなネジを、親指と人差し指で挟み、不二の目線まで持ち上げた。ネジネジの先は鋭くなっているので、親指に食い込んで少し痛い。目の前にきたそのネジを見て、不二は嬉しそうに手を叩いた。
「ううん、僕のじゃあないけど、でも探していたんだ。小さすぎて見つからなかったのに……さすが英二だね」
そうやって満面の笑みで褒められると、悪い気はしないどころか、とっても嬉しくなる。不二の笑顔、オレは大好きだ。
「へへっ、そう?」
ほっぺに貼ったバンソコを指で掻く仕草をして、オレは不二の白い手にネジネジを置いてあげた。
「ありがと」
不二は小さなネジを大切そうにそっと、でも落とさないように握りこむと、またふわりと笑った。うん、そうやって笑う不二は可愛い。何だかとってもいいことしたぞ、オレ。
「どういたしまして。で? なんのネジにゃの? そんなちっさいの、どこに使うのかなぁと思ってたんだ」
やけに大切そうに握るし。そんなに小さいから、もしかしたら時計とか? とオレが訊くと、不二は微笑みながら首を横に振った。それ以外に、ちっさいネジネジを使う場所なんて思いつかないオレは、首を傾げて不二に答えをねだる。
「あのね……」
不二は優しい顔をして、オレの無言の問いに答えようと口を開いた。けれど途中で言葉を止めて、オレの後に誰かを見つけたような顔をして、手を挙げた。
「あっ、手塚!」
おっと鬼の副部長様か。形だけでも柔軟の姿勢とっとかないと怒られるかな、と思ったオレが、とりあえず屈伸の姿勢をとった時、もっと怒られるようなことを平気で口にしたのはにこにこ笑う不二だった。
「あったよ、君のネジ」
君のネジ? 君、イコール手塚。 つまり手塚のネジってこと? 不二君、あんたなんて面白いことを言うんだ。
「にゃはは! 不二、さすが! それオモシロ!」
あるよ、手塚ならネジあるって。一応目立たないように、ちっさいネジばっかでできてんだよ、きっと。オレは腹を抱えながら大爆笑。でも流石だよな、天才不二周助以外に、鬼の副部長に向かってそんな冗談言える奴なんていないって。
「……何が?」
あれ? 何がって、なんで不二はそんな驚いた顔して笑ってないの? とぼけてんのか?
「にゃ? 何がって、だから……」
ネジネジが手塚のネジだって、その冗談オモシロ! ってことだったんだけど。不二の反応、なんかおかしいな、と感じている間に副部長殿は大きなスライドでつかつかと不二に近づいて来ていて。
「あぁ、すまないな、不二。助かった」
そう言って不二の手からネジネジを受け取りやがった。
「にゃに!」
なにフツーに受け取ってんの、手塚! お前、そんな冗談に乗れるような柔軟性を持った奴だったのか。あ、それともネジネジが一本抜けたせいで、やっぱりおかしくなっちゃってんのか。もうオレは混乱の渦の中でぐるぐる回っている。一方では、そんな渦中にオレを放り込んでくれた本人達が和やかに(?)会話中。
「ううん。見つけたのは僕じゃなくて、英二だよ。お礼は英二に言ってね」
いや、いいよ。手塚からのお礼なんていいから、早くオレを渦の中から引っ張り上げてよ、不二君。って言おうと思ったけど止めた。不二って、渦中でぐるぐる回っているオレを見たら、一緒に飛び込んでぐるぐる回りながら笑ってそう。あれだ、あれ。遊園地のコーヒーカップ。不二はそれを率先して高速回転させて、降りた後もひとりでケロッとしているタイプだよ、絶対。
ちょっと渦の中の遊園地に行って現実逃避なんかしていたオレだけど、渦の外にいる手塚はオレが拾ったネジネジを右手に握りながら不二の言葉をとっても真面目に聞いていた。
「そうか。菊丸」
すっと向き直られて、オレは遊園地から戻ってきて固まった。オレ、あんまり手塚と正面切って話したことない。頭の上から手塚が怒鳴るか、オレが先に逃げるかのどちらかだったから。誤解のないように言っておくけど、別に嫌いなわけじゃあないよ。そう頻繁じゃあないけどテニスについての忠告やアドバイスしてくれるときはちゃんと聞くし、ごくたまにじゃれつくことあるし。でも積極的に関わっていくような接点ないっていうか、間に誰かいないと落ち着かない。多分、お互いにそうなんだと思う。
「は……」
オレは何となく不二の側に寄って、彼の背に隠れたくなった。でもそれはあまりにあからさまで、流石に手塚が可哀想かな、なんて思ったから何とか踏ん張る。こんな健気なオレの努力を、手塚はきちんと理解するべきだよ。
それにしても、こうして向き合っているだけだと、別にネジが外れておかしくなったなんて様子はほんのちょっとも感じられない。
「ありがとう。探していたんだが、見つからなくてな。助かった」
「う……ん」
うわぁ、手塚から“ありがとう”って初めて聞いたかも。みんなに対してとか、大石に対して“ありがとう”って言っているのを聞いたことはあるけど、面と向かってオレに“ありがとう”って、多分、初めて。何か……ヘンな感じ。こんなに素直にお礼言うなんて、よっぽど困ってたんだなぁ、ネジネジがなくなって。
「またなくさないうちに、つけてきちゃったら?」
だから不二の言葉に、部活中だっていうのにすぐに頷いたんだ、きっと。
「そうだな。少し抜ける」
「行ってらっしゃい」
はにゃ! 手塚のありがとうに戸惑っている場合じゃないよ、オレ。やっぱり冗談でしたぁ、なんて言う間もなく手塚、部室に向かって行っちゃってるし! そんな急いで付け直さなきゃいけないほど、重要な部分のネジだったんだ。
「ふ、ふじぃ……」
これっていよいよ現実的だよ? 面白いとか、言っていられない事態だよ?
「どうしたのさ、さっきから変だよ、英二。手塚からお礼言われたから、嬉しかった?」
嬉しかった? いや、どっちかというか気味悪いっていうか、首の裏っ側がむずむずするっていうか。いやいや待てよ、お礼言われたとかそんなことよりももっと重要なことがあるでしょ!
「そ、そうじゃあなくて。あのネジネジ……」
「ネジがどうかした?」
ほんとに、ほんとに手塚のものなのかってオレがドキドキしながら確認しようとしたら、まさにちょうどっていうタイミングで乾が言うんだ。
「手塚、精密ドライバーが必要じゃあないか? 貸してやろうか」
部室に向かっていた手塚が、ちょっと足を止めてそれに何て答えたと思う?
「いや、持っているから問題ない」
「そうか。ちゃんと常備しているんだな」
に、にゃんと! 自分で整備できるようにドライバーまで常備している! こ、これはほんとに、ほんとなんだ。全然慌ててない不二と乾は知ってたってこと! でも他の奴は知らないよね、教えてやらなきゃ。まずは――。
「お、大石〜! やっぱり手塚って、ロボットだったんだにゃ〜!」
口に出して言ったことなかったけど、ずっとそうじゃあないかと思っていたんだ。だってアイツ一年から見てるけど、表情ほとんど動かないし、背筋はいっつも伸びすぎるほど伸びてるし、頭良いし、テニス上手いし、って上手すぎるしちょっと人間業じゃあないと思っていたし、そうかやっぱり人間じゃあなくてロボットだったんだって、ちゃんと身長まで伸びる高性能なロボットだったんだって! そっちの方が全然現実的だし、自分とおんなじ人間でちゅーがく二年生ですって言われるよりもよっぽど納得できちゃうけどでも、やっぱり衝撃的だ!
「わ、どうしたんスか、エージ先輩!」
「モモ、聞いてぇ!」
あいにく大石は三年生の先輩に捕まっていて、オレの叫びが聞こえなかった。でももう誰彼構わずこの秘密を打ち明けなければ気がすまなくなっていたオレは、たまたま前を通りかかった一年の桃城に飛びついた。もちろん、そんなオレの後で、不二と乾がこんな会話をしていたなんて、オレは全然知らなかった。
「……誤解を解かなくていいのかい、アレ」
「いいんじゃあない? 面白いし」
「そうだな」
「でも、“やっぱり”ってことは、エージ、前から疑ってたんだ。手塚がロボットじゃあないかって」
「そのようだね」