青嵐の神殿にて

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 青学の王宮から連絡を受けたモモシロは、十数人の自分の部隊を伴って青嵐の神殿へと馬を走らせた。モモシロはつい三ヶ月前に自分の顕現武器を得て、若干十四歳にして一部隊を任されるようになった優秀な騎士だ。最も、本人はあまり自分を優秀だとは思っていない。確かに、同い年の騎士達の中で他に誰も顕現武器を持つことができた者はいない。けれどモモシロの仕える青学には、モモシロとひとつ違いの隊長クラスが三人もいる。いずれも、ただ覚醒しただけのモモシロとは違って、自分の武器を顕現できる上位覚醒者だ。

 モモシロだとて、部隊を任せられると知った時には狂喜して少し気が大きくなったりもしたけれど、先輩達を見ていれば馬鹿みたいに浮かれてばかりもいられない。

 俺なんか、まだまだ精進が足りねーぜ、足りねーよ。

 時折その差に愕然として、立ち止まってしまいそうになりながらも、モモシロは走り続けている。追いつけるかどうかということは問題ではない。ただモモシロは幸運にも自分の顕現武器に出会えた。多くの人が手にすることのできない力を手に入れた。だからそれに見合う自分を作るだけのことだ。

 一番大切なことは、自分の顕現武器を信じることだ。

 顕現武器を受け取った時に、誰よりも尊敬する人から言われた言葉を、モモシロは心の一番奥にしっかりと刻み付けている。だから無駄に焦ったりはしない。顕現武器は自分をよく知ってくれている。モモシロが上位覚醒に至らないのは、まだそのための準備が整っていないだけのことなのだ。ふさわしい力がつけば、必ず顕現武器は自分に応えてくれる。

 モモシロはだから、大きな顕現武器を肌身離さず持ち歩くようにしている。今も、馬に乗る自分の背にしっかりと括り付けてあるそれが、身の丈ほどもある大きな両手剣、モモシロの“轟雷”だった。


 モモシロが青嵐の神殿に着いた時点では、神殿の前に幾人かの見張りがいた。しかし騎乗して駆けてくるモモシロ達を見つけると、その見張り達は慌てた様子で散り散りに逃げてしまった。やけにあっさり逃げるな、と思ったが、それも当然のことだった。神殿内ではすでに事態が沈静化していて、馬を降りて中へ入ると、巫女達が怪我をしている護衛官を手当てしているところだったのだ。

 連れてきた人員を散らせて状況を把握した上で、さらにモモシロがやや年長の巫女を捕まえて事情を聞くと、先に到着していた青学の騎士が、一人で賊を倒してしまったのだということだった。モモシロが神殿に行くように命令を受けた段階では、他に誰かが別行動するような話をしていなかったのだが、その騎士はどこに、と問う前にモモシロは群青と黒の近衛服を見止めた。

「テヅカ隊長!」

 倒した賊の一人を見下ろしていた騎士は、モモシロの上げた声に気づいて顔を上げた。切れ長の目がモモシロを捉えたのを確認すると、モモシロはその騎士に駆け寄った。

「モモシロか。遅かったな」

 確かに、賊の殆どはテヅカが倒してしまった後だったから、遅いと言われても仕方ない。しかしモモシロの乗ってきた馬と、テヅカの零式を一緒にしてもらっても困る。

「そりゃないっスよ。零式の機動力には敵いませんって。これでも全速力で来たんですから」

 頭を掻きながらモモシロは答えた。実際、モモシロ達の乗ってきた馬は、この神殿に着いた直後にへばってしまったのだ。それだけ無理をして走ってきたということだろう。テヅカもそれを知っていて、それ以上モモシロを責めるようなことは言わなかった。

「状況を報告しろ」

 ただ短く命じられて、モモシロは背筋を伸ばす。そして予備学校で叩き込まれた通りに、正確に、はっきりとした声で報告する。

「はっ! 賊は全員で二十四名。うち三名は護衛官との戦闘で死亡。残り十七名を捕縛、神殿の前で見張りをしていた四人については、我々が駆けつけた段階で逃げ出しました」

「神殿の被害は?」
「護衛官四名が死亡。残り三名のうち二名が重症で、巫女殿達に手当てを受けています。また、巫女殿達はそれぞれ小部屋に逃げ込み、数名が怪我をしている様子ですが命に別状はありません」

 乱暴をされた巫女もいないようで、やはりモモシロ達よりも先にテヅカが到着していたことが幸いしたのだろう。

「よし、賊の目的が知りたい。頭らしき奴を尋問しろ。骨を折ってあるから、治療をしてからだ。それから巫女殿に聞いて神殿内を片付ける手伝いを。男が大勢入ることはできんだろうが、手伝える範囲をお聞きしてなるべくお助けするように」

 間抜けなことにモモシロは、テヅカに言われて初めて、青嵐の神殿が本来なら男子禁制であることに思いあたった。

「はっ!」

 しかし改めて指摘されると、下心なんて明確なものがなくても男としてはドキドキしてしまう。襲撃を受けて動揺しているはずの巫女達を不用意に怖がらせないように、他の隊員にもよく言い聞かせなければならないだろう。

「それから陛下にご連絡を。今報告した状況をそのままお伝えしろ」

 次に受けたテヅカからの命令を、モモシロは正直意外に思った。確かに零式の機動力を持って、テヅカが先に神殿へ駆けつけたのは正解だっただろう。しかし、事態が沈静化して、こうしてモモシロの隊が到着した時点でテヅカが神殿に長居する理由はないように思えたのだ。事後処理なんて、テヅカのような地位にいる人間にはふさわしくない。

「隊長はすぐに戻られるのでは? ここは任せていただいて大丈夫ですが……」

 言ってからちょっと生意気だっただろうか、とモモシロは不安になったが、テヅカは別にそんな風には思わなかったようだ。

「長巫女殿に聞きたいことがある。尋問の結果も知りたいからな」

 いつもと同じ、そっけない言葉で返された。

「分かりました」

 なるほど、何かこの襲撃に不自然な点でもあったのだろう。生真面目なテヅカはそれをこの場できちんと確認したいらしい。それでは気合を入れてしっかり尋問しなければ。

 そうモモシロが決心して、早速尋問の準備に取り掛かろうとしたとき、奥神殿の方から三人の巫女がこちらに向かって歩いてきているのを見止めた。

「モモシロ様!」

 聞き覚えのある声に目を凝らすと、神殿に修行に出ていると聞いていたトモカの姿が先頭にあった。

「おう! トモカ。無事だったか!」

 トモカはサクノ姫に付き添ってよく騎士団の練習を見に来ていたから、モモシロとも面識がある。大人しげなサクノ姫と対照的な明るくはっきりとした性格の少女を、モモシロは妹を見ているみたいで気に入っていた。だから一年の期限付きとはいえ、しばらく王宮から離れることを聞いて内心で心配していたのだ。

 だが見たところ、彼女はとても元気そうだった。この襲撃でも怪我などしなかったようで、モモシロは安心してつい彼女に駆け寄ろうとした。だが、それもテヅカの厳しい声で止められる。

「トモカ! 長巫女殿達と一緒にいるように言ったはずだぞ」

 叱られたのが自分ではないと分かっていても、モモシロは思わず首を竦めた。叱られた当人もモモシロと同じような格好をして、すぐに頭を下げたのだが。

「申し訳ありません、テヅカ様。でも……フジ様が」

 トモカが困ったような顔をして自分の背後を見やった。

「フジ様!」

 そこには年長の巫女と、その脇を悠々と歩いている若い巫女がいた。モモシロの目は、自然とその若い巫女に釘付けになる。

 うわっ! 美人な巫女様だなぁ。すらっとしてて……すげぇ白い肌。

 何より印象的なのは、その瞳の色だった。澄んだ蒼の瞳は、黒髪、黒目の多い青学では滅多にお目にかかれないものである。モモシロが見とれたその巫女は、後を慌てた様子でついてくる長巫女や、何とか押しとどめようとしているトモカをまったく無視して、ただひたすらに一点を見つめて歩き続けていた。熱心に見つめているその先を確認しようとモモシロが視線の先を追うと、行き着いた先に立っていたのはモモシロの尊敬する近衛隊長だった。それだけでモモシロにはピンとくるものがある。

 あ……そういうこと、か?

 王宮でもこういう視線を無数に投げかけられているテヅカのことだから、男子禁制が基本の神殿で勤める巫女にとっては神の寵児とも思える男性だろう。嫉妬よりも諦めが先行して、挙句にモモシロが納得してしまうのは、同じ男から見ても、近衛隊長は”カッコイイ”男だったからだ。

 それにしても、あれだけの美女に熱烈な視線を投げかけられていても、テヅカの表情はピクリとも動かない。傍らで見ていても、長めの髪がちょいと風に揺れる以外微動だにしないのだから、これもある意味尊敬してしまう。

 あんな美人に対しても、まったく心が動かないもんなのか?

 それとも、心が動かないように鍛錬している結果なのだろうか。この隊長を尊敬してやまない自分としては、もしそれが鍛錬の結果なのだとするなら、それを見習ってどんな美人にも心が動かないようになるべきなのだろうか。

 でもそれってちょっとつまらなくねぇか?

 モモシロが真剣に悩んでいる間に、その巫女は軽い羽のような優雅な足取りでテヅカの前に進み出ると、天使さえ悩殺するような笑みをテヅカに向けて惜しげもなく振舞った。

 うわっ!

 直接向けられたわけでもないのに、モモシロはその場に卒倒しそうになった。眩しい、眩しすぎる。この悩殺スマイルには、流石にテヅカも息を呑んだようだった。だが笑顔の後に、さらに驚く出来事が待っていた。


「なっ!」


 モモシロはこの時、知り合ってから初めてテヅカの焦った声を聞いた。

「きゃあ!」

 トモカが顔を赤くして悲鳴を上げた。モモシロも、思わず飛び上がってしまいそうなほど赤面してしまう。

「た、隊長?!」

 焦って当然。いくら自制心が強くても、こんなことが起きてまで何の反応もない無表情であれば、もはや人とはいえないだろう。テヅカを見て嬉しそうに微笑んだ巫女は、何の反応も示さないテヅカをものともせず、自らテヅカの懐に飛び込んで、細い腕をテヅカの背に回し抱きついたのだ。

 流石のテヅカもこの行動は予想外だったらしく、とっさに身を引くことも出来ずにノーガードで巫女を受け止めることになった。それを横で見ていたモモシロは、まず正直に羨ましいと思った。あんな美人を腕の中に受け止めるような経験なんて、一生に一回でもあれば幸せだ。間違いでもなんでも構わないから、あんなチャンスがあれば、モモシロなら絶対にその華奢な背に腕を回して抱きしめ返してやる。

 けれど勿論モモシロではないわけだから、テヅカは腕の中に飛び込んできた巫女の背に腕を回したりはしなかった。その代わりに巫女の両肩を掴んで、自分から引き剥がしたのだ。それはもう、電光石火の勢いで。

「巫女殿!」

 引き剥がされた巫女は、引き剥がされた事実よりも、間近で聞こえたテヅカの声に驚いた様子で目を見開いた。蒼い瞳が大きく開かれた様は、その巫女をちょっと幼く見せて、モモシロはそれにまたドギマギした。

「えっ……? あ、れ?」

 この時ようやくフジは正気に戻ったのだか、モモシロはそんな事情を知らない。自らテヅカの腕の中へ飛び込んだ綺麗で可愛い巫女様は、無理やり引き剥がされるとまるでそれまでの行動は自分の意思ではなかったというように――実際にはそうなのだが――頬を高揚させて、

「なっ、何をしているの、無礼者!」

 テヅカの頬を思い切り平手打ちしたのだ。

 えぇ〜! そりゃねえ、そりゃねえよ!

 モモシロは短時間に二度も卒倒しそうになったこの日の出来事を、生涯忘れることは出来ないだろうと思ったのだった。


 無表情な男の前で、フジは顔が赤くなってしまうのをとめることができなかった。突然目の前に現れた整った男の顔と、大きな手に強く掴まれている自分の両肩に驚いて思わず手を挙げてしまったけれど、長巫女が話してくれた状況を聞くと、悪いのは完全に我を失っていた自分の方だったのだから。

「……大変失礼をいたしました。助けていただいたというのに、勝手な勘違いをいたしまして、本当に、申し訳ありません」

 平手で思い切り叩いた時に、手が眼鏡の弦に当たってしまったようで、青学からやってきたという騎士の眼鏡は一度地面に落ちてしまった。けれど幸いなことに、眼鏡に傷はつかなかったようで、彼は左の頬を少し赤くしながら淡々と眼鏡を拾い、また掛けなおして配下らしい少年に声をかけると、フジと長巫女を促して最奥の神殿に進んだ。本来は男子禁制の奥殿であるのだけれど、助けに駆けつけてくれた騎士にそんなことも言えないのか、長巫女は黙ったままだった。

 必死で頭を下げるフジに対して、感情の読めない声で騎士は答えた。

「……いえ、もう頭をお挙げ下さい。どうやら正気ではなかったご様子。多分、覚醒の衝撃が尾を引いていたのでしょう」

 フジはその言葉の内容に、というよりもある単語に引っかかりを覚えて頭を上げた。

「覚醒……?」

 聞きなれない言葉だった。思わず問い返すと、眼鏡をかけなおした騎士はそんなフジの反応を見て、微かに眉をしかめた。そうすると、元々鋭い瞳がさらに細められて、まるで怒っているように見えた。

「……あの刀が顕現武器(スピリット)であることを知っておられたのでは?」

 スピリット、という言葉は知っている。自分には縁のない言葉だったが、自分の持っている風の神力(エレメント)と同じように、ある特定の人間が使える力だということを年長の巫女から教わったことがあったはずだ。でもそれは自分とは関わりのない、外の世界の話だった。

「顕現武器? あの刀が……? あれはただ……」

 ただずっと持っていただけだ。フジの持ち物としては、あれだけが神殿に入る以前から持っていた物なのだ。唯一、自分と両親を繋ぐものとして聞かされていたから。

「テヅカ様、よろしいでしょうか」

 それまで黙っていた長巫女が、まるでその話題には触れて欲しくないような、そんな雰囲気で話に割り込んできた。

「フジ様はお疲れのご様子、しばらくお部屋でお休みいただいた方がよろしいでしょう」

 フジが疲れているのは本当のことだ。先ほどから全身が重くて、足にうまく力が入らない。けれど、そんな疲れなど気にならない。

「待って、今の話を詳しく聞きたい」

 何かが隠されている。それもきっと、フジが知らなければならないことが。何よりも、長巫女の態度がそれを証明していた。フジはそれを聞きたいと思った。あの時のように、何かが起きてから全てを知らされるのではなく、何もかも手遅れにならないうちに全てを知っていたかった。けれど、フジのそんな強迫観念にも似た想いを理解してくれているはずの長巫女は、無常にも首を横に振った。

「フジ様、テヅカ様は私と大事なお話があるのです。子どものようなことをおっしゃらずに、さぁ」
「でも……」

 粘ろうとしたけれど、フジは昔から長巫女の厳しい瞳に弱い。無言で見上げられると、自分は決して悪いことをしているわけではないというのに、反論できなくなってしまうのだ。

「……はい」

 結局フジはこの時も長巫女に勝てず、どうしても聞き出したいという気持ちを抱えながらも渋々頷いたのだった。

「では、テヅカ様。本当にご無礼をいたしました」

 もう一度騎士に謝って、部屋を出て石の扉を閉めるとすぐに溜息が出た。長巫女は一体何を隠しているのだろう。きっとフジには聞かせたくないような話を、フジ本人ではなく、あの青学から来たという騎士にしているのだ。そしてあの騎士は、フジについて、フジの知らないことを知っている。

 今日初めて会った人なのに、どうして?

 それはどうして、あの騎士に“初めて会った気がしない”のか、という疑問でもあった。まだ意識のある時、フジは大きな黒竜から降り立ったあの男を、確かに知っている気がした。どうしても彼に、彼とヒエンという存在を引き合わせたくてたまらなくなったのだ。

 だから飛燕を呼んだ。けれど、そこから先の記憶はない。気がついたら彼の顔がとても近くにあって、何がなんだか分からないうちに、頭に血が上って平手で打ってしまっていた。それを思い出すと、フジはまた顔が赤くなるのを感じた。何も覚えていないなんて、言い訳にならない。誰かを叩いたのは初めての経験だった。

 しばらくは、人生で最悪の経験ってことになりそう……。

 軽く落ち込んだフジだったが、ふと顔を上げたところにあの幼い巫女見習いの姿を見つけると、その落ち込みもどこかへ飛んでいってしまった。気を抜けば萎えてしまいそうな足を叱咤して、神殿を片付けるための道具を手にした彼女を呼び止める。

「トモカ、でしたね」

 あの騎士と知り合いのようだった彼女なら、何か聞きだせることがあるかもしれない、とフジは思ったのだ。

「あ、はい。フジ様」

Tennis Top / 中編