ようこそ、青学王国へー1st day
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「えー! ずるいずるい! オオイシが行くならオレも行く! オレだって巫女様を見たいよ! オオイシだけなんてずるいぃ!」
言われると思ったんだ。
オオイシは幼い子どものように地団駄を踏んで叫ぶエイジを前にして、頭を抑えつつ天井を仰いだ。こんな反応を予想していて、それがまた全く予想通りの反応なのだから喜ぶべきか呆れるべきか。
「エイジ、俺は巫女様を見に行くんじゃあなくて、お迎えに行くんだよ。隊長のご命令でね」
オオイシは用意していた言葉を並べて、駄々っ子のような状態になっている幼馴染みを一応宥めてかかった。この程度の言葉で納得するわけがない、ということさえ分かっていて。
「別に迎えが多くたっていいじゃん! ねぇ、オレも連れって!」
一緒に連れて行ってくれ、とエイジがねだることは何も初めてではない。あらゆる場面で、エイジは何かとオオイシと行動を共にすることを希望して、その多くは叶えられてきたのだから。
オオイシがエイジに甘いことは青学騎士団の中では周知のことで、予備学校を卒業した後本来ならカワムラ、オオイシ、エイジの同期仲間は別々の部隊に入隊するはずだったところを、どうしてもオオイシと同じ部隊で、と言うエイジに押される形でオオイシが守備隊長に頭を下げに行ったことがきっかけで、「あの二人はワンセットでないと動かない」と言われるようになってしまった。
オオイシ自身はそれを別段屈辱とも思わないのだが、流石に何でも希望を叶えていたらエイジのためにもならないな、と親か兄のように考えているのだ。守備隊長はその様子をよく知っていて、今回の件をオオイシに持ち込む時にも、微笑みながらしっかりと釘を刺して言ったのだった。
「俺ひとりの方がいいというのは隊長のお考えだよ。巫女様はずっと神殿で過ごしてこられたから、知らない人に会うのは慣れていないだろう? 少しずつ慣れていただくためにも、迎えはひとりの方が戸惑いも小さいと思うんだ」
エイジがごねたらこう言うといい、と守備隊長は笑った。オオイシの上司はまだ三十代半ばと、守備隊長という要職に就くには若い人だったが、その一見優男風の風貌からは到底想像しきれないほどの引き出しを持つ男だ。彼は自分の配下の人間をよく知っていて、エイジの我がままを鷹揚に受け入れてオオイシと同じ部隊に配置したのも、
「適材適所と言うだろう? 君達はお互いがお互いを支えているようだ。この配置はエイジのためというよりも、君がより力を発揮するためのものだよ、オオイシ」
という理由からだった。確かに、エイジが別の部隊でなにをしているかと胃を押さえながら考えるよりも、同じ部隊にいてくれた方がオオイシは仕事に集中できる。
「じゃあオレと交代しようよ。オオイシの代わりにオレが行く」
オオイシは内心で大きく溜息をついた。ここまで予想通りになってしまったら、あとはもう間違いなく隊長の描いた筋の通りに運ばれていくだろう。
「……いいよ、分かった」
「いいの!?」
エイジが喜んだ途端に、頭の上にぴょこんと覗いた猫のような耳がオオイシには確かに見えた。尻尾だって嬉しそうにピンと立っている。この幼馴染みをみて、「猫のようだ」と表現する人は多い。オオイシもこの幼馴染みを、動物に例えて見ろと言われれば、即座に猫だと判断するだろう。
「うん。ただエイジ、くれぐれも無駄にはしゃいだりしないようにな」
「にゃ?」
時々本当に語尾が猫になるし、初めて会った時だって、その軽い身のこなしとにんまりと笑うその顔が猫にそっくりだった。
「青学の騎士団代表として、テヅカ以外では初めて巫女様にお会いする立場になるんだから。失礼のないように、きちんとした態度でお迎えするんだ。エイジの態度で巫女様の青学騎士団全体に対する印象が決まるんだから、責任は重大だよ」
「は……はにゃ……」
ピンと立っていた耳が足れ、ふにゃりと下がる尻尾が目に見えるようだ。とても微笑ましいが、ここで笑ってしまっては最後の説得が上手くいかない。オオイシはなるべく厳格な顔を保ったまま、続けてエイジに言い聞かせた。
「じゃあ、隊長には俺から伝えておくよ。俺の代わりに、しっかり頑張るんだ、エイジ」
オオイシがぽん、とエイジの肩を叩くと、途端にエイジの眉がへにゃりと情けなく下がった。彼はいつだって天真爛漫で、それは大変好ましいとオオイシは思っているけれど、その性格故に向き不向きが極端なことも、オオイシはよく理解していた。そしてそれはもちろん、隊長や、エイジ自身もよく理解しているところなのだ。
「……お、オオイシ!」
オオイシはもちろん、エイジも同期のカワムラも、実家は城下町にある。彼らはそろって市井の出で、オオイシとカワムラは家業の関係があって多少の礼儀作法は心得ていたが、キクマル家のエイジは末っ子ということもあってかなり自由奔放に育てられていた。彼が予備学校に入って一番戸惑ったのは、騎士としての礼儀作法に振る舞いだったのだ。
「ん?」
今でも、エイジは”青学の騎士らしく”振る舞うことが苦手なのである。頑張ればそれらしく振る舞うことはできるが、本人も周囲もいつボロが出るか分かったものではないので、気が気ではない。今回もオオイシに、と話がきたのはそういうわけだ。ちなみに同い年の気安さから、という点で言えばカワムラだってそうなのだが、彼は彼であがり症なので選ばれなかった。
一番無難に振る舞えるのがオオイシだろうという判断だったのだが、エイジがごねるのは目に見えていたので、隊長とオオイシは今回のシナリオを用意した。責任は重大だ、と言われてしまえば、元々責任のある仕事にはタッチしたがらないエイジは絶対に怯む、と踏んだのだ。
「……巫女様には後からでも会えるんだよな」
そして計画した通り、エイジは怯んだ。そっと上目遣いにオオイシを覗きこむその目を見れば、完全に腰が引けていることが丸分かりだった。
「うん。話によると、歓迎の宴を開く予定らしいからね。各隊長、副隊長クラスは直接お会いする機会があると思うよ」
わずかに頬を膨らませているエイジは、おそらく自分でもオオイシや隊長の術中にはまったことを察しているに違いない。
「オレ、それまで待つ。だから、今回はオオイシが一人で行っていいよ」
その膨れた顔が可愛くて、オオイシはついもう一言意地悪を言ってしまいたくなった。
「でも、早くお会いしたいんだろ? エイジ」
面白がっている瞳に気づいたのだろうか。むう、とエイジは唇を尖らせた。
「そりゃ気になるけど! ま、楽しみは後にとっておくのもいいかなぁなんて……」
あははとから笑いするエイジがあまりにも隊長と自分の予想した通りの反応で、オオイシはとうとう吹き出してしまった。本当に、この幼馴染みは出会った頃から変わらない。それが素直に嬉しいとオオイシは何かにつけて思うのだ。
「……笑うなよ、オオイシ」
変わって欲しくない、と思うのだった。
「ごめん、ごめん。じゃあ、今回は俺がひとりで行くよ?」
「うん。いってらっしゃい。あ、でも戻ったらどんな風に美人だったか、ちゃんとエイジ様に報告しなきゃ駄目だぞ」
やり込められてしまったエイジの、それでもただでは引き下がらないんだからな、という精一杯の主張にオオイシはもちろんそれを拒否することなどできない。
「あぁ……そりゃ、タイヘン」
そういうやり取りの後で、オオイシはテヅカの顕現武器、零式の姿が確認できたという報告を見張り担当の守備兵から受けた。待機していた部屋から、オオイシはすぐに屋上へ上がっていく。零式のスピードなら、目視できてから城まで到着するのにたいした時間はかからない。案の定、オオイシが外へ出て確認すると、零式はもう王都の縁に達していて、ぐんぐんとオオイシの待っている城へ近づいてきていた。
オオイシは目を細めて、青い空に目立つ黒のドラゴンを見つめた。背に乗っている二人の姿を確認できたのは、零式が城壁を越える時だった。テヅカの黒髪、その前に横乗りになる形でもう一人の人物が座っていた。体が黒く見えるのは、おそらくテヅカのマントを羽織っているからだろう。
とりあえず、テヅカが巫女を薄い巫女服だけで零式に乗せたわけではないと知って、オオイシは安堵した。基本的に優しい奴だとは思うが、それをきちんと発揮できるかどうかというと心許ないところがある。そういう男なのだ、テヅカは。
王宮の上までやってきた零式は、上空で一旦動きを止めた。それから斜めに滑降する形でオオイシの待っているバルコニーへおりてくる。スピードを落とすために、一度大きく羽ばたき、巻き起こった風に、オオイシは少しだけ顔を背ける。大きな体から想像するよりもずっと静かに、零式はバルコニーに降りて、黒く光る翼を畳んだ。オオイシは小さな足台を持って、零式に近づいた。
「お帰り、テヅカ」
零式の主であるテヅカに声をかけると、テヅカは零式の上からオオイシを見止めて小さく頷いた。テヅカの前に座っている巫女は、やはりテヅカの黒いマントを頭から被っていて、その様子がよく分からない。テヅカはオオイシの見ている前で、巫女に小さく何かを話しかけた。するとマントの下で巫女の小さな頭が上下したのが分かった。
どうするのかと思って見ていたオオイシの視線の先で、テヅカの腕が黒いマントごと巫女の体に回った。膝裏と腰を抱える形で持ち上げると、テヅカは零式の上から巫女ごと飛び降りたので、巫女を降ろすためにオオイシが用意していた足台は必要なくなってしまった。
テヅカは抱え上げていた巫女を降ろすと、また何かを話しかけて、巫女の体から自分の黒いマントを受け取った。マントの下から現れたのは、蜂蜜色の髪をした、透けるような肌の若い巫女だった。
オオイシは思わず息を呑む。少し不安げに下がった眉。そしてモモシロが言っていた、印象的な蒼の瞳。意外と髪は短めで、肩の辺りで切られているがその肩がまた華奢だった。そして細い腰からすらりと伸びた足を下まで隠す長い巫女服。
た、確かに綺麗な人だ。
やっかみも含めて青学一の堅物と言われているあのテヅカが、一目惚れしたと噂されてもおかしくないほどに、美しい巫女だった。
それに――。
離れたところからテヅカと二人、並んで立っているところを目にすると、溜息が漏れそうなくらい絵になる。今まで果敢にもテヅカにアタックした女性を何人か知っているけれど、テヅカの隣に立ってここまで”似合い”と思える女性はいなかった。
って、俺がそれを判定するのはおかしいかもしれないけど……。
でも、とオオイシは思う。テヅカに手を取られて、ゆっくりと近づいてくる巫女のまるで羽でも生えているかのような優雅な足取り。そして顔は巫女の方を向いていないけれど、意識はきちんと巫女の歩調をとらえていて、いつもよりずっと小さな歩幅で歩くテヅカは、その重なった手で巫女を地上に留めているようにさえ見える。
「オオイシ、青嵐の神殿から来てくださった、風巫女のフジ様だ」
いつも通り愛想のないテヅカの声に、オオイシは反射的に微笑んだ。エイジにあれだけ言って出てきたというのに、オオイシの方が失態を犯してしまっては笑われるだけでは済まない。予想以上の美男美女の組み合わせについ気を取られてしまっていたが、自分の役目を思い出したオオイシはすっと意識をそちらに向かわせて姿勢を整えた。
テヅカの隣で少し不安そうにしている巫女に目を合わせて、オオイシは安心させるように笑いかけた。そして同い年の巫女の前で、頭を下げて歓迎の挨拶をする。
「ようこそ、青学王国へいらっしゃいました。私は騎士団守備隊第一小隊、隊長のシュウイチロウ=オオイシと申します」
優雅、とは言えないまでも、巫女を怯えさせるような粗野さや、不快にさせるような不躾さは感じられなかったのだろう、顔を上げた時に目にした巫女の顔を見て、オオイシはそう判断した。
「初めまして、オオイシ様。フジと申します」
まだまだ緊張はしているが、それまでよりはずっと柔らかい、と思われる表情で、巫女はオオイシに微笑みかけた。その媚のない笑顔が心地よい。オオイシは微笑んだまま巫女に向かって片手を差し出した。
「フジ様、お疲れのところ申し訳ありませんが、陛下がお待ちです。中へどうぞ」
巫女は少しだけ躊躇して、それからそっとオオイシの手に自分の手を預けた。滑らかな手。オオイシはそのほんのりと温かい手に、落ち着けたはずの自分の心臓が大きく跳ねたのを感じた。そもそも貴族ではないオオイシは、こうして女性をエスコートするなんて経験があまりないのだ。あまりない経験に緊張してしまっただけだ、と自分に言い聞かせ、また平静さを取り戻そうと無言で努力しているオオイシに、心強い味方であるはずのテヅカの一言が、さらに混乱を投げかけてきた。
「先に行っていてくれ。俺は後から行く」
一緒に来てくれないのか、とオオイシは情けなく声を上げそうになった。けれどその瞬間に僅かに強ばった巫女の手に気づいて、オオイシは先ほどとは別の意味で恥ずかしくなった。テヅカに”一緒に来て欲しい”と言いたいのは巫女の方だろう。知らない場所へやってきて、初めて会う男に手を預けてこれから女王に謁見するというのだから。
思わず、という風に顔を上げてテヅカを見つめる、その瞳が隠しきれない不安を訴えていたが、それでもオオイシの手を払いテヅカの方に手を伸ばそうとはしないのだ。彼女はすでに、この王宮に勤める決意をしてきている。オオイシはそう感じた。
「分かったよ。さぁ、フジ様、こちらです」
促すように体の向きを変えると、自然と背筋が伸びた。巫女はそんなオオイシの斜め後ろに立って、後ろに残ったテヅカを振り返ることなく歩き出す。横目で確認すると、巫女の視線はもう前以外向いていなかった。オオイシは歩きながら、この人の真摯で、真っ直ぐな決意を後悔させたくない、心から思ったのだ。