ようこそ、青学王国へー1st day
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今日はとても良い天気。良い天気だと、良いことが起きそうな気がする。自分にとっても、兄のように慕っている人にとっても、おそらく、きっと、今日はいい日になる、はずだった。
「……サクノ」
新しい風巫女が青学にやってくる、という話を聞かせてくれたのは教育係のイヌイだった。それを聞いたとき、咄嗟にサクノはテヅカのことを考えた。これまでにも、空位になっている風巫女の任をどうするか、という話しは何度か出たことがあったのだ。既に八年も空位が続いている。重要な役職ではないとはいえ、これまでは半年と空けたことのない任である。エチゼンの分家で、しばらく国外へ留学していたナナコを、正式な巫女を迎えるまでの間神殿に置くという案が真剣に検討されていたことも、サクノは知っていた。その案を、必要ないとテヅカが却下していたことも知っている。
テヅカは、新しい風巫女を迎えたくないのではないか。はっきりと訊いたことがあるわけではないが、何となくサクノはそう感じていたのだ。
前任の風巫女は、テヅカにとって特別な人だったから。
おそらくサクノ以外の人間も、口には出さなくともそう感じていたのだろう。だから急務ではない、と言い訳してずっと空位を許してきたのだ。
それが突然覆った。新しい風巫女がやってくる、そう聞いた瞬間サクノの頭に浮かんだのは”一体それを、テヅカがどう思うだろう”ということだった。誰が決めたことなのか、とイヌイに問おうとする前に、イヌイはサクノの心を見透かすように言ったのだ。
「テヅカ自身が、是非迎えたいと陛下に願い出た風巫女殿だそうですよ」
どきりとした。テヅカは、諦めてしまったのだろうかと一瞬考えたのだ。それとも、いつまでも過去に捕われているわけにはいかないと、前に進もうとしているのだろうか。既にテヅカは彼女よりずっと前に進んでいるけれど、このままでは見失ってしまう。一気に考えたサクノは、軽いパニック状態に陥っていた。置いていかれたくない。けれど、進むのも怖い。
これでは駄目だと分かっているのに――。
ぎゅっと目を瞑って、自分でパニックを治めようとしていたサクノは、続いて悪戯っぽくイヌイが口にした言葉のあまりの衝撃にパニックごとふっ飛ばされてしまった。
「これ、サクノ!」
「は、はい!」
急に大音量で聞こえた祖母の怒鳴り声に、サクノは文字通り飛び上がった。兵に直接指揮をすることもある祖母の声は、その気になれば本当に大きく響かせることができるのだ。
慌ててサクノが祖母スミレを振り返ると、青学の女王は椅子に座って足を組んだ状態で、呆れた様子でサクノを見て言った。
「あんた、何をそんなに緊張してるんだい。おかしな子だね。今日はただの顔合わせだよ? 新しい巫女が緊張しているってなら理解できるけど、あんたは緊張する必要なんてないだろうに」
スミレの言う通りだった。今日、青嵐の神殿から新しい風巫女がやってくる。スミレとサクノは、その風巫女に会うためにこうして部屋で待っているのだ。報告ではすでにテヅカが操る零式が王都へ入ったという。零式のスピードなら、こうしている間にもどんどん王宮に近づいているだろう。
「いわゆる一目惚れというやつでしょうかね」
今も表情の見えない四角い眼鏡をかけて、部屋の隅に立っているイヌイが言った言葉にサクノが受けた衝撃を、なんと表現すればいいのだろうか。とりあえずその場でイヌイに二度ほど同じ言葉を繰り返させてみたサクノは、ようやくその言葉を理解した。
サクノも自ら送り出した身だから、テヅカが青嵐の神殿に行ったことは分かっていた。襲撃は無事にテヅカの手によって鎮圧され、修行に出ていたサクノの親友トモカも無事だった。その報告を直接サクノにしてくれたのはイヌイだった。テヅカは結局、あの日の深夜に帰ってきて、翌朝サクノに帰城の報告に来てくれただけだ。襲撃の内容については、スミレに報告すればいいことだから、サクノだって聞かなかった。ただ、テヅカが無事に帰ってきてくれれば、それで良かったのだ。そしてテヅカは約束通り無事に帰ってきた。だから、サクノはいつも通り勉強の時間にイヌイが部屋にやってきて、あの衝撃発言をするまで何も知らなかったのだ。
一目惚れ。あのテヅカが、神殿の巫女様に?
サクノだって、幼い頃から側にいてくれるテヅカが男性としてとても魅力的な容姿をしていることは十分に理解している。まだ十歳になったばかりの頃から婚約の話もきていたみたいだし、直接告白されたことだって何度もあるだろう。けれどテヅカにとって、今一番大切にしたい女性は誰かと問われれば、自惚れではなくそれはサクノなのだ。サクノはそれを嬉しく思っているし、もし自分が彼の一番でなくなれば、とても悲しく感じるだろう。サクノはテヅカが大好きで、ずっと側にいて欲しいと思っているし、それを言葉にしなくても、テヅカはサクノの側にいてくれる。
だが以前それをそのまま語ったところ、トモカに
「じゃあサクノは将来、テヅカ様と結婚するの?」
と訊かれて多いに困惑したことがあった。何故そう思うのか、と逆に問い返したが、すると今度はトモカが困惑した顔をしてしまったのだ。
サクノがテヅカに抱いている気持ちは、お付き合いして、将来は結婚を、という考えに至るような、そういう意味での愛情ではない。テヅカだって、サクノと結婚することなんて考えないだろう。いずれきっと、テヅカもそういう意味での”一番の女性”を選ぶ。サクノ以外の女性を。サクノはそれを悲しいとは思わない。むしろ、テヅカがそういう女性を見つけたら飛び上がって喜ぶだろう。
だからイヌイの発言だって、驚いたけれどそれと同じくらい嬉しく感じた。本当にテヅカが一目惚れしたというなら、あの公私混同は絶対にしないテヅカが、本当にそういう理由で新しく風巫女を迎える気になったというなら。
応援したい――!
むくむくと沸き上がってきた素直な衝動に、サクノは逆らおうなんて考えなかった。だって、大好きなテヅカの――おそらく――初恋だ。舞い上がらない方がおかしい。こんな気持ちを打ち明けたら、やはりトモカは理解できないという顔で首を振るだろうか。サクノにとっては疑問を抱く方が難しい、ごく自然な感情なのだけれど。
「緊張しているわけじゃあないのよ? お祖母ちゃん。でも落ち着かなくって……。ね、テヅカはちゃんと巫女様とお話ししているかしら」
応援するとはいっても、テヅカはあからさまな干渉を嫌うだろうし、サクノだって恋のさりげない盛り立て方なんて分からない。とりあえず今できることは、テヅカがその一目惚れしたという巫女にどんな態度をとっているのか、離れたところから心配する程度のことしかできないのだ。
「なんだい、テヅカの心配をしているのかい?」
祖母はそんなサクノの心のうちを知って、余計に呆れた顔をした。分かっている。結局は当人同士の問題なのだから、サクノが心配したってテヅカが急にお喋りになるわけではないのだ。
「だって、ほら、テヅカは優しいけどあまり口数は多くないし……。イヌイの言う通りとても綺麗な方だっていうなら、テヅカだって緊張してますます話さなくなるかも……。巫女様は誤解されないかしら? テヅカは緊張しているだけだって、分かってくださるといいのだけれど……」
好きな人と二人きりで空の上を飛んでいるなんて素敵でロマンティックな状況であっても、浮かれて口数の多くなるテヅカ、という図は想像しがたい。喋らないテヅカの代わりに、サクノが零式に乗って、一見して分かり辛いけれど本当はたくさんあるテヅカの良いところをたくさん教えて上げた気分だった。
「それこそあんたが心配しても仕方ないだろうに……」
「そうだけど……。でも、でもね、テヅカのこと、私は応援してあげたいの」
サクノが意気込んで言うと、祖母は一瞬目を見張り、次には声を上げて笑い出した。
「あたしだって、何も邪魔したりはしないさ。でも、そうだねぇ……一体どんな巫女を見初めてきたのやら」
そう言って、スミレは部屋の隅に立っているイヌイと視線を合わせた。この中で巫女の姿を見たことがあるのはイヌイだけなのだ。サクノも咄嗟にイヌイを振り返るのだが、女二人の視線を受けても、イヌイは素知らぬ顔で微動だにしない。まるで、「もうすぐに会えるのだから少し我慢なさい」と言われているようだ。その少しの時間を、サクノがどれほど長く感じているのか、イヌイなら察しているはずなのに。
けれど感覚としてどんなに長く思えても、実際の時間の流れは変わらない。王都に入ったと報告を受けてから十五分ほど経っていた。それは零式のスピードならもう城に着いていてもおかしくない時間で。
「失礼します、陛下。風巫女様をお連れしました」
巫女を迎える役目を引き受けていたオオイシの声が扉の奥から聞こえて、サクノはとっさに自分の髪、そして服を撫で付けた。緊張は頂点に達していたが、祖母の側で各国の要人達に会ったことは今まで幾度もあるのだ。表情は強ばっていたが、それまで落ち着きのなかった体はピタリと動かなくなり、サクノは優雅に祖母の右斜め後ろの椅子に腰掛けた。
祖母であり、青学の女王でもあるスミレは、孫娘が落ち着いて腰掛けるのを見てから、扉の外へ向かって声をかける。
「お入り」
一体どんな人が入ってくるのだろう。サクノはどきどきしながら、扉が開くのを待った。隙間から最初に覗いたのは、穏やかな目をした騎士、オオイシの姿だった。彼は扉を開け、一旦サクノやスミレに頭を下げて、それから自分は中に入らず、扉を押さえる形で横に退いた。
「どうぞ、フジ様」
オオイシの後ろから現れた人に、サクノの目は釘付けになった。開かれた扉の外で、まずは小さな頭が下げられる。
「はい。失礼いたします」
声は思っていたよりもしっかりとしていて、緊張していたとしてもそれを表に出さないだけの気持ちが籠っていた。そして若い巫女はゆっくりと部屋の中に足を踏み入れる。微かな布ずれの音。巫女服はまだ神殿の一般巫女のものと同じで、サクノが昔よく見ていた宮廷の神殿巫女の服よりもずっと地味で飾り気のないものだった。けれどかえってそのシンプルさが見ている者に好ましい印象を与える。
「よく来て下さった、フジ殿。私が青学王国第四十代女王、スミレ=リュウザキだよ。これは私の孫だ」
スミレに紹介されて、サクノは精一杯の笑顔で自分よりもずっと緊張しているはずの巫女を迎えた。
「サクノと申します。初めまして、フジ様」
女王と姫、二人が声をかけると初めて、巫女は顔を上げて正面を見た。その目はしっかりと女王であるスミレの方を向いていて、サクノは脇からその視線の強さを感じ取って息を止めた。
「青嵐の神殿より参りました、フジと申します。リュウザキ陛下、サクノ姫様、青学付きの風巫女として、私のような若輩者をお選びいただき、大変感謝しております。どうか、よろしくお願いいたします」
ずっと神殿巫女として、神殿の中で育ってきたというから、そこからやってくる巫女はもっとおっとりとした人だと勝手に想像していたけれど、実際に会ってみて受けた印象はもっと強く、そして微かに悲壮感が漂っている。どうしてそう感じるのだろうと考えて、サクノは初めて気づいた。
あぁ、私ったら、どうして考えなかったのかしら。
青学の風巫女の任、この方にとっては、あまりに急なお話だったんだわ。
ずっと過ごしてきた神殿を出て、知らない人達の中で働くことになって、戸惑って当然の状況にいるのだ。直接会うまでそれに気づかなかった自分が、サクノは恥ずかしかった。けれどそんな状況でも強くそして優雅に振る舞う巫女に、俯いた姿は見せたくないとも思った。
「うむ、顔をお上げ。テヅカの零式に乗ってきたのなら、体が冷えておるだろう。椅子に座って、温かいものでも飲みなさい」
サクノは視線を下に向けることなく、ずっと巫女を見ていた。スミレの言葉を受けて顔を上げ、蜂蜜色の髪がさらりと後ろに流れる様を。顔を上げると、先程確かに感じたと思った悲壮感はどこにもなく、サクノには寂しさを完璧に隠してみせる巫女が益々いじらしく思えた。
「どうぞ、お座り下さい、フジ様」
イヌイが椅子を持って巫女に勧めると、巫女は表情の見えないイヌイに対しても驚愕や恐怖心をいっさい覗かせず、イヌイと、そしてスミレに小さく頭を下げてから椅子に腰掛けた。
「ありがとうございます。失礼いたします」
そうして巫女が腰を落ち着けると、イヌイは壁際のテーブルに用意していたお茶を、スミレ、サクノ、そして巫女の順に配り始めた。そして三人が華奢なティーカップを手にすると、イヌイは再び壁際まで下がる。それを確認するとスミレが率先して紅茶に口を付けたので、サクノもそれに習い、遅れて巫女も一口だけ飲んだ。スミレは巫女が紅茶を口にしたことをしっかりと確認してから切り出した。
「テヅカから大体の説明は受けているね? 仕事の内容はほとんど青嵐の神殿と変わらないだろう。ただ格段に外の人間とやり取りする機会が増えることになるよ。そこは覚悟しておきな」
「はい」
素直に応える巫女に、スミレの表情が優しくなった。サクノが巫女に対して感じているように、スミレも巫女の態度にいじらしさを感じたのだろう。元々他人の面倒を見るのは好きな人だから、とサクノは思った。
「不安なことがあれば、何でも言っておくれ。私以外にもテヅカがいるし……」
スミレの口からテヅカの名前が出たとたん、サクノの心臓がどくんと大きく脈打った。ちらりとスミレに視線を向けると、何だかとても楽しそうに見える。一体何を言い出すつもりだろう、とサクノは膝の上に置いた手をぎゅっと握った。何を言い出したとしても、女王であるスミレの発言を不用意に遮ることはできないと分かっている。しかし、何だかちょっと嫌な予感がするのはサクノだけだろうか。
「ところで、道中不自由なことはなかったかい? 零式に乗るにはその格好では厳しかっただろうに」
心配しすぎだっただろうか、とサクノはスミレの発言を耳にして体の緊張を解いた。それから改めて巫女の服を確認する。なるほど、神殿内で働く分には十分重ね着している巫女服でも、上空を飛ぶ零式の上ではもう一枚は上着が必要だっただろう。サクノが一緒に乗る時は絶対に気遣ってくれる部分なのに、今回は緊張のあまり気が回らなかったのだろうか、とサクノは――何故か自分が――大いに慌てた。けれどサクノが頭をフル回転させてフォローの言葉を繰り出す前に、巫女が首を横に振って答えた。
「あ、いいえ。テヅカ様がマントをかけて下さいましたので、寒さはあまり感じませんでした」
「ほう?」
スミレの反応はどこか面白がっているような雰囲気が感じられるものだったが、サクノはそれに気づかなかった。内心ではテヅカに熱心な拍手を送っていたのだ。「やればできるのよ、うちの子は」と、気分はすっかり息子の初デートを影から見守る母親だ。
「陛下、姫、失礼いたします」
とその息子(年上)が丁度いいタイミングで現れた。
「おぉ、テヅカか。ご苦労だったね、お入り」
「はい」
スミレの言葉を受けてから、テヅカが部屋の中に入ってきた。巫女にかけてあげたというマントを羽織り、いつも通りスミレとサクノの前で頭を下げた。それからおそらくイヌイと同じ位置に下がろうとしたのだろうが、スミレが手を上げてそれを止めた。
「丁度フジ殿に、道中のことを訊いていたところだ。寒さはテヅカのマントで防げたとして、テヅカは優秀な騎士だが、いい会話相手にはならない無骨な男だからね。ろくに会話もできなくて気疲れしたんじゃないかい?」
サクノはスミレの言葉にぎょっとして、思わず立ち尽くしているテヅカの顔を見た。もし本当に会話がなかったとしても、それをこの場で巫女に答えさせるなんて、テヅカが可哀想だ。サクノは今度こそ何とかフォローしようと思ったのだけれど、慌てて口を開いたのは巫女の方だった。
「いいえ! あの、私の方がテヅカ様を疲れさせてしまったかもしれません。何もかも、見るのが初めてのものばかりで……その、道中質問ばかりしてしまって……」
先程からサクノは焦ったり喜んだりと忙しい。フォローなんて必要なかったのだ。テヅカと二人きりだと上手く話せない、という意見が多い中で、この巫女は会って間もないのにテヅカに話しかけてくれていたのだ。それが本人以上に嬉しい。
「おや、テヅカは質問にちゃんと答えたかい?」
スミレが探るように言うけれど、今度はサクノも慌てたりしなかった。基本的に、テヅカは質問にはしっかり答えてくれる人なのだ。
「はい。テヅカ様には当たり前のことばかりでしたでしょうけれど、丁寧に説明してくださいました」
再びサクノの心境は「やればできるのよ、うちの子は」になった。その「うちの子」の顔を確認すると、彼にしては珍しくちょっと視線をスミレにもサクノにも向けずに、あさっての方向へ泳がせていた。照れているのだろうか、と思うと、サクノは口元が自然と緩んでしまう。
「それは良かった。わが近衛隊長の態度が、久しぶりに迎える巫女殿に青学について悪い印象でも持たせてしまったらどうしようかと心配していたんだが、杞憂だったようだね」
完全にからかう様子を見せたスミレに、とうとうサクノではなくテヅカ本人が口を挟んだ。
「陛下」
一言だけだったが、それで十分だった。スミレは十分にからかって満足したのか、テヅカに呼びかけられて笑いながら話を切り上げにかかった。
「あぁ、分かったよ。フジ殿、ゆっくり話をする機会はまたいつでも持てるだろう。これから青学のことをよく知って、この国を支える手伝いをしておくれ」
そう言われると、巫女は椅子から立ち上がって頭を下げた。
「微力ながら、精一杯勤めさせていただきます、陛下」
スミレが頷き、巫女が頭を上げると同時に、テヅカがまた短く声を発した。
「イヌイ」
壁際に控えていたイヌイの名前を呼ぶと、イヌイはテヅカに向かって頷き、巫女が立ち上がる際に椅子に置いたティーカップを回収してから巫女に声をかけた。
「フジ様、今日はお疲れでしょう。お部屋にご案内しますのでゆっくりお休みください」
「お願いします。あの……」
差し出された手に巫女が戸惑ったように長身を見上げると、イヌイは巫女が言い淀んだ意味を正しく察して小さく頭を下げた。
「失礼。サダハル=イヌイと申します。イヌイとお呼び下さい。以後、よろしくお願いします。巫女様」
イヌイが自己紹介すると、巫女は今度こそイヌイの差し出した大きな手に自分の手を重ねて微笑んだ。
「こちらこそ。よろしくお願いします、イヌイ様」
そうしてイヌイと一緒に、巫女は退室した。時間にして十五分ほどの会見だっただろうか。短い。けれどとても濃密な時間だったように思う。
ほう、とサクノは溜めに溜めていた息を吐き出した。胸がドキドキして、頬が高揚しているのが自分でも分かる。なんて優雅で、なんて美しい人だろう。それに優しく、強く微笑む姿が先代の風巫女を思い出させる。初対面のはずなのに、どこか懐かしい感じがしたのはそのせいだろうか。
先代の艶やかな緑髪も好きだったが、今日初めて見たあの甘い蜂蜜のような色の髪にも憧れる。きっと太陽の下で見れば、もっと金に近く輝くことだろう。白い肌も決して不健康そうではなく、陶器のように艶やかだった。
それにあの瞳――。
宝石のような輝きを持つ蒼の瞳が、吸い込まれそうに魅力的だった。
「ね、テヅカ」
テヅカも巫女に初めて会った時に、そう感じたのだろうか。興奮冷めやらぬ状態で、部屋に残った近衛隊長を見上げると、彼は椅子に座っているサクノに合わせて首の角度を変えた。
「はい」
「イヌイが言っていた通り。フジ様って、とても綺麗な方ね!」
あまりに興奮していたものだから、サクノはその言葉にテヅカが眉を顰め、スミレが思わずといった様子で吹き出したことに気づかなかった。