第1部<第4章>
 全身を黒いローブで覆い、素顔すら仮面で覆った男――体格的に見てそれは男であるに違いなかった――はその不気味な風体とは裏腹な、赤髪の可愛らしい少女を腕の辺りに乗せ、草原を歩いていた。十四、五歳に見える少女はねぇねぇとねだるように男のローブを引く。
「もっと上がいいな! 肩の所!」
「危ないですよ」
「そんな事無いもん!」
肩に乗せるのが危ないと言ったのではなく、少女が暴れるから危ないと言ったのだがまるで通じていなかったようだ。立ち止まった男は苦心しながら少女を自分の肩に乗せてやる。やった!と少女はまた暴れるがそれを抑えるように足に腕をかけたのでようやく落ち着きを取り戻したようだ。
「さすがにこの辺まで来るとあったかいね♪。山を越えたからね、きっと。このままラング・リ・ストゥまで降ってみる?仮面(マスク))」
「関所は近いはずですが、近くに町はありませんよ。日が暮れます、アビス・プクトの町に戻って宿を取った方が無難でしょう」
「平気だよぉ。なんだったら野宿でも私は平気よ? 仮面(マスク)が居るもん」
「そういう問題では‥‥」
仮面(マスク)!」
一瞬男は戸惑うが肩から滑り落ちてきた少女を受け止めて自分のローブの袖に隠す。珍しい事ではなかった。けれど慣れたものでもない。困惑の表情を少女に向けるが馬の足音が聞こえて顔を上げた。馬は二頭、乗っている男二人の様子は野盗にしか見えなかったが、育ちの良さそうな年端の行かない少年が男の一人と同じ馬に乗っている。相手の正体が分かりかね、見守っていると彼らはちょうど二人の前で馬を止め、馬から下りて二人の前に進み出た。
「失礼だが、怪人(ファントム)というのは尊公の事か?」
「そう呼ぶ人もいるという事は、存じていますが?」
落ち着いた低い声はどうもその野盗じみた格好には見合わない。もっと育ちの良い、高貴な印象を与える。まぁただの野盗や野盗の振りをした貴族ごときに少女が身の危険を感じるとも思えないが。
「町で『怪人(ファントム)のような男に連れられた可愛い女の子』のうわさを聞いたんだが、俺たちゃその子を捜しててね。知らないか?」
今度は茶色い髪の男が尋ねる。と、少女が袖を引いて首を横に振って見せた。答えるな、ということらしい。
「存じませぬ。私のような人間がそうそういるとも思えませんが、私はこの通り一人旅なもので。人違いではないでしょうか?」
「そうか、それは失礼した。仕方ないな、他をあたろう。行くぞラヤフ、カイラ」
「あの、失礼ですが‥‥」
「?」
最年少らしい少年が歩み出て男ににこりと笑いかける。背後の二人も少年の意図がつかめないらしく、呆気に取られた様子で少年を見守る。
「袖の所に何を隠しておいでですか?」
「クォン!」
「ひゃっ!何!?」
「!」
馬上の荷の中から何かが飛び出して隠れていた少女を驚かせた。やれやれ、という仕草で男はローブを払って少女とその何かの姿を露にし、その何かに三人はさらに呆れた表情を見せる。
「クラム‥‥っすね‥‥」
「お前、あれはマザスムの所に置いてきたんじゃないのか?」
「勝手に荷物に潜り込んでたみたい‥‥」
「あはは♪くすぐったい! なになに?これ。可愛ーい♪」
「クライマナ、南に多く生息する野生動物ですね。これほど人に懐いた物は珍しい」
「あ‥‥そうだね。クラムは随分小さい時に拾ったから」
すっとのばされた男の腕にクラムは少女の肩を蹴って飛び移る。野生を離れたと言ってもクラムの警戒心は相当な物だ。見た目はちょっとどきっとするがこの仮面の男は悪い人間ではない、カイラにはそう思えた。
「どうして、彼女が隠れているのが分かったのですか?」
「ラヤフの質問に答える時、尊公が一瞬下を向いたので何か居るのかな、と思って」
「うーん、そうだったのね、失敗だわ‥‥」
悔しげに呟きながら少女は男に合図を送った。男はカイラの方に手を伸ばし、クラムを返すと空いたその手で少女を腕に乗せる。甘えるような年でもないのに変だな? と内心でカイラは思うが他の二人は気に止めない。
「ふわぁ、金髪だ。きれーい! 触ってもいい?」
「え?‥‥構わないけど、やっぱり珍しいの?」
「どうして隠れたりしたんだ?お嬢さん」
「だって何か嫌な予感がしたの。そしたら貴公達が来たのよ。あ、仮面(マスク)上!」
「王子!!」
ラヤフが短剣を手放すよりも先にローブの中から現れた鉄の爪が、襲いかかってきた怪鳥を一撃する。一見自然の怪物(モンスター)のようではあるが明らかに人工的にはめられたようなひし形の石が額にある。
「は、早え‥‥」
「今王子って言ったけど、何処かの王子様なの?」
「ん? ん〜‥‥」
視線で馬鹿! とラヤフを睨みながらフィリーンは答えるか? とカイラに視線を向ける。まぁ構わないんじゃない? と思った通りの返事をカイラは返してくるが。
「‥‥、俺はストゥ・マイニアヌの元王子、フィリーン=サルス=ストゥ・マイニアヌだ。そしてこっちが現ラング・リ・ストゥ第一王子、カイラ=リルアーヌ=ラング・リ・ストゥ」
「へぇ、ラング・リ・ストゥの王子様と元ストゥ・マイニアヌの王子様ね。私はシアルって言うの。こっちは仮面(マスク)。さっきの予感は貴公達じゃなくってこの鳥だったのね。今からちょうどラング・リ・ストゥに行こうと思ってたの。黄金色のお茶、ミアーシだっけ? あれ飲んでみたかったんだ」
はしゃぐ少女が落ちないように、仮面(マスク)は慌てた様子でもう片方の手で少女を押さえる。ミアーシと聞いて心なしか三人は顔色を変えたようだ。
「今は、ラング・リ・ストゥに行くのはやめた方がいいと思うよ」
「いや、思う前に死にたくないならやめろ」
「どうして?また内乱でも起こったの? っていうかその前に〜その王子様とお付きが私達に何の用? 見たとこ随分お忍びの様子だけど」
「‥‥どうするの?フィリーン」
「どうもフィディアに嵌められたような気がしてならんが‥‥。おかしな話だとは思うがとりあえず聞いて貰えるか?」
「聞いたからには黙って帰す訳にはいかぬ! って展開にさえならなければ黙って聞いてあげるわ」
少女の言葉に苦笑しながらフィリーンは自分達がラング・リ・ストゥを出た経緯と、少女と男を捜していた理由を話す。まぁ、これほど珍しい組み合わせの二人は二組といないであろうし。
「ふうん。つまりはー、伝説に従ってたら私達を見つけたってわけなのね。そのフィディアさんって巫女はその伝説が今この時の事であるって分かってたわね‥‥」
しかし全くもってじっとしていない少女である。さっきから手足をばたつかせたり、仮面(マスク)のローブをいじったりしている。ふと、カイラは先ほどから奇妙と思っている原因を見つけたようだ。
「でも、その伝説って変ね」
「変? しかし、現に伝説通り事は進んでるんだぜ? この通り嬢ちゃん達にも会ったし。俺にゃあ嬢ちゃんとその兄ちゃんの組み合わせの方がよっぽど変に見えるね」
「あら、失礼ね。考えてもみて、伝説ってもっと抽象的なものじゃない? でもその石碑の文句はまるっきりそのままに私達の事を言い当ててる。メターナ・ネウユの神殿に伝わる物って言ったわよね? メターナ・ネウユがこの世界から姿を消したのはいつだか知ってる? 五、六百年前よ。そんな昔の人が私達が出逢う事を予知してたって言うの?」
「神官か巫女ならばできるんじゃないか? フィディアは星見の巫女だが、俺はかつて予知のできる神官に会った事がある」
「星見っていうのは現在進行形の能力よね? 今ある星が人にどんな影響を及ぼすのか、誰がその星を持っているのか見通す能力。彼女達は星の運命からその人の運命を予想は出来ても、この先生まれてくる星は見えない。予知はそれとは違うわ。私は多少先に対する勘が働くけど例えばその金髪の王子様が明日何をしてるか、なんて事分かんないわよ」
「王子様はやめてくれないか? 目立つといけないし、カイラでいいよ」
一応話は聞いているもののカイラの意識は別の方にある。やっぱり変だ、と思いながらカイラは少女を見つめ続ける。構ってくれと言わんばかりにクラムが横槍を入れるがそれにも気付かないようだ。
「それは個人差があるんじゃないか? 俺が会った神官は‥‥ストゥ・マイニアヌの破滅を予知した」
「近未来でしょ、それ? 何十年、何百年前から伝えられたものじゃない。違う?」
「‥‥そうだ。最初の予言はほんの数年前、俺が物心付くよりも前だったらしい。つまり、お前はあの予言は人間が残した物ではないと?」
「そうよ、絶対神キルアーナなりなんなり‥‥。いえ、メターナ・ネウユの時代から伝わっているんだったわね。だとしたらメターナ・ネウユが予知し、私達はその意のままに出会ったって事よ」
「‥‥もう一つ可能性がありますよ。あれは過去に起こった出来事を記しているに過ぎない、という見方も‥‥」
「! どういう意味だ?」
「その言葉通り、歴史は繰り返されるという事ですよ」
気に食わんな‥‥とその結論にか仮面(マスク)の言い方にか、呟いたフィリーンはふとカイラの方を見る。しかしカイラは先程からの会話など全く聞いていない、という感じで一点を見ている。
「?‥‥。足がどうかしたか? はっ! まさかお前変な趣味が‥‥」
「どんな趣味だよ!! ねぇ君‥‥」
「シアル!」
「シアル、足、悪いのかい?」
確かに、妙だ。靴やサンダルなど履いていないまるっきりの素足には片方は銀細工のアンクレット、もう片方は赤いリボンが巻きつけてあるだけ。そのばたつかせている足首の動きにおや? とフィリーンとラヤフも首を傾げる。
「うん、両足首の骨、粉々に折られた事があってね、よっと‥‥。こうして立つことは出来るようになったけどあんまり歩けないの」
仮面(マスク)の腕から降りて実証して見せたシアルをまた仮面(マスク)が自分の腕に乗せる。それで少女は先程から歩きもせず、仮面(マスク)の腕に乗っているのだ。
「両足首の骨を粉々になんて、並の人間じゃ出来ないぜ。誰がそんなひでぇ事を‥‥」
「覚えてない」
「覚えてない‥‥?」
「うん、私仮面(マスク)と会う前のことは何も覚えてないの。足が痛くて泣いてたら仮面がお医者様に連れていってくれて、そこでシアルって言う名前だって事教えてもらったの。両親の事とかお兄ちゃんの事とか聞かれたけど分かんなかった。お医者様は私のいた村を見に行ってくれたんだけど、村は狂戦士(バーサーカー)に襲われたらしくて誰が誰かも分からない状態だって言ったわ。でも近隣の村でも私以外の生存者は見つからなかったから家族は皆死んだのね」
「ひどい‥‥。ごめんね、変な事聞いて」
「いいの。本当に私何も覚えてないのよ。だから、泣いて哀しんだ方がいいのかも分からない。それに、今は仮面(マスク)がいてくれるもん。仮面(マスク)が何処かに一緒に行こうって言ってくれたから私、仮面(マスク)と旅してるのよ」
――つまり、仮面という男の正体は分からないのか――
思わず貰い泣きでもしてしまいそうな表情のカイラの陰に隠れ、自らの手で表情を隠しながらもフィリーンは仮面(マスク)を観察する。シアルという少女に対する疑惑はあるにしても、足が不自由なのは確かなのでフィリーンさえ気を許さなければ滅多な事は出来ないだろう。しかし危険なのは仮面(マスク)。ラヤフにも勝る敏捷さとあの鉄の爪は手強い。かといってカイラに気をつけろと言っても、やる事なす事正直なので感付かれてしまう。それに、もうすっかり二人に打ち解けているようなので不平を漏らす事は目に見えていた。
「フィリーン怖い顔してるー。かっこいいからそういう表情もいいけど、格好が格好だけに余計怖いよ?」
「!」
「?」
「私達はフィリーン達にとって『危険』じゃないよ。だって星が引き合わせてくれた仲でしょう?私達。私はカイラとフィリーン、仮面(マスク)の次に好きになったの! フィリーン達が一緒に来いって言ってくれるなら何処だって行くよ? いいでしょう?仮面(マスク)
「ええ、シアルがそうしたいのであれば私に異存はありませんよ」
決定!と勝手に決めてシアルはぐっ! と親指を突き出す。一人除外されたラヤフが「俺は?」というようにカイラとフィリーンを見やる。カイラがなだめている様子だがそれすらフィリーンは気付かないらしい。
――見透かされたか? まさか、俺がこんな子供に?‥‥――
二人の方は全く無視して――気付かないとも言う――フィリーンはまた思案に暮れる。勘がいい、とシアルは言ったが、勘と言うよりは周りの変化を感じ取る能力が人よりも優れているのだろう。
――下手な小細工は通用しないか。ならば、信用してみるしかない――
「ラヤフ、頼みがある」
「言っときやすが、フィディア殿の所に礼に行けとかはごめんですぜ?」
「つなぎだ。マザスムの屋敷へ戻れ」
「!!」
真剣な表情のフィリーンに応え、ラヤフは頷いて自分の馬に飛び乗った。少し心配げな様子でカイラはそれを見守る。
「なんなりと、王子」
「良い仲間を見つけたから案ずるな、と。俺達は予定を変えてこのまま石碑を探して旅を続ける。計画は予定通りに続けてくれ。指揮権はマザスムに一任する。お前も俺達を追ってくる必要はない。ミアーシの国外流出と、残っている住民達の避難だ。重要な役だが、できるな?」
「当然でさ! クィーンネクタリア達の動きは、どうしやす?」
「そこまでは手が廻らないだろう? だが‥‥そっちに余裕があるならでいい、母上の事を調べなおしてくれ。生死の確認、それに指輪の行方も。クィーン・ネクタリアが何者なのか、分かるかもしれん。何か分かったらフィディアに知らせろ」
最後の言葉にラヤフの頼もしげな表情にヒビが入る。が、フィリーンの一睨みで首を縦に振り、馬を走らせてラング・リ・ストゥの方に戻っていった。
「さすがに威厳が違うねー。かっこいい!王子サマ。私達の事信用してくれたんだ、フィリーン」
「‥‥半分はな、星の運命とやらに賭けよう。後の半分はこれから決める。それほど、素直になれん性格なんだ」
「誉められた時くらい素直に喜びなよね‥‥まったく。ところで、石碑の手がかりは此処で途切れたわけだけどこれからどうするの?」
「石碑はメターナ・ネウユの神殿に伝わっているらしいからな。メターナ・ネウユの本神殿を目指せばいい。‥‥ような気がする」
気がするか‥‥とカイラは脱力するが俺だって詳しくは知らないんだ、とフィリーンから抗議の言葉。そもそもシアルが言ったようにこの大陸ではメターナ・ネウユという神は数百年前に途切れ、今は絶対神キルアーナを崇めている。失われた神の痕跡を誰が知りうるのか‥‥。
「今の神殿ってメターナ・ネウユの神殿をそのまま使っている所がほとんどなんだろう? だったらフィディア殿の所に戻って言霊で聞いて廻るってのは?」
「はいはーい! それじゃ順番分かんないと思います!」
「ついでに言わせて貰えば直接此処まで来たからシアル達にも会ったんだぞ? 得策ではないな」
「‥‥。じゃあどうしろって言うんだよ‥‥」
「メターナ・ネウユの巡礼というものを、ご存知ですか?」
誰にというわけでもなく呟いて仮面(マスク)は懐から出した紙をシアルに手渡した。首をかしげながらシアルがそれを開くと世界地図が表れる。
「セクアギで買った地図‥‥。それとメターナ・ネウユのなんとかってのがどう結びつくの?」
「メターナ・ネウユの巡礼‥‥。まさか! ちょっと貸してくれ!」
シアルから地図を受け取るとフィリーンは指先で地図の上をなぞっていく。最初はラング・リ・ストゥの元神殿のあった城、次はフィディアのいるアビス・プクト神殿。続いて次々と神殿を指で追っていく。
「そうか、やはり‥‥メターナ・ネウユの巡礼の順序なんだな‥‥」
「何? そのメターナ・ネウユの巡礼って」
「これは伝説と言うよりは昔話なんだがな‥‥」
昔メターナ・ネウユという名の純白の鳥(古神殿では神として遺跡などの壁画に残されている)が羽を休めた所に神殿が出来たと言われていた。まぁ、人がそれを見て神殿を造ったのだろうが。絶対神キルアーナを国教と定め始めた五、六百年前からは迷信とされていることだ。これはフィディアに歴史の一環として習ったのだが昔、メターナ・ネウユの巡礼をした者は天空の翼、救いの鳥を見ると言われ、多くの者が巡礼に訪れた。が、天災で鳥が天に帰ったとされるメターナ・ネウユの神殿が壊れて再建されず、天空の翼は伝説の中に消えていった。
「つまりはーメターナ・ネウユの神殿に行けばいいんでしょ? なーんだ、なら早くいこ」
「簡単に言うな‥‥。途中の神殿をとばしたら何の意味もないんだぞ」
「馬が必要だね、町に戻って二頭は手に入れないと」
「しかし、サレイ・アミュン神殿のあるセクアギに行くには山を越えるか森を抜けなければ‥‥」
え?という感じでフィリーンとカイラは動きを止め、シアルはそうだったというように手を打つ。
「あそこには自然の洞窟があってセクアギに続いてるんじゃ‥‥」
「二、三日前の大雨で土砂崩れがあったの。それで足止め食らってる人がいっぱいいるみたいよ」
二、三日前なら知らなかったのも無理はない。城中が来客のもてなしの準備でそれどころではなかったし、フィリーンはそれを避けるため城を不在にする事が多かったのだから。
「山を越えるか森を行くかしかないってことか」
此処の森に限らずこの世界の森は何処も危険だ。この場合の森とはただ木が集まっているところではなく、木が密集し、昼間でも薄暗い所を指す。つまりは先程襲ってきた鳥のような怪物(モンスター)が山ほどいるわけだ。
「山を越えてる時間は、ないよね」
「三日はかかるしな、しかし‥‥」
「大丈夫よ、私達前に通って来た事あるもん。検問があって、そんなの知らなかったから通行証がなくってしょうがないから森を通ってきたの」
ようは関所破りなわけだ。仮面(マスク)の格好からして通行証が出たかどうかも怪しいし。
「どうする?一度町に戻ろうか?」
「急いでるんでしょ! なら山まで行ってその辺の横穴あたりで休もうよ。ま、王子様達には不自由かもしれないけど、ちょうどその頃には日も暮れるわ」
「王子様って言うのはやめてくれって。フィリーン、いいかい?」
「そうだな、シアルの言う通り、急いだ方がいいだろう」
クィーンネクタリアは既に自分の逃走に気付いて追っ手を差し向けているだろう。いや、もしかしたら伝説の全貌すらあの女は知り尽くしているのかもしれない。そんな末恐ろしさと、漠然とした不安を抱え、カイラは足を踏み出した。




 「ねぇファディ」
心細そうな仔猫のような声に精一杯の優しさを込めてファディはなんです?と問い返す。旅支度をする手を休めた少女は不安げな眼差しで姉とも言える娘を組んだ腕の上から見ている。
「フィリーンは、リルスの事忘れたりしてないよね?」
「何をおっしゃいます?急に。そんなはずが無いでしょう?」
「だって心配なの。リルスはフィリーンのためにカイラを捕まえたのに、フィリーンはカイラに欺かれてカイラと出てっちゃった。カイラに欺かれたまま、リルスの事忘れていないか‥‥」
「リルス様‥‥」
「失礼、リルス様。ご準備は出来ましたか?」
常に見張られている‥‥。そうファディは思ってしまう。ファディが真実を口にしようとすると必ずジーマが邪魔に入るのだ。彼は人の心を見透かす能力を持っているのだから、当然の事なのだけれど‥‥。
「ジーマ! レディの部屋に入る時はまずノック! 紳士のたしなみよ!」
「失礼を、リルス様。以後注意致します。ご準備が出来たらお休みください。明日は早いですよ」
「うん。ファディ! 今夜は一緒に寝よ♪」
「あ、はい‥‥」
「しばしお待ちを、リルス様。ファディ、クィーンネクタリアがお呼びだ」
「すぐに戻ります。先にお休みください、リルス様」
少女の部屋を出るとジーマは強引にファディの手を掴み、早足で歩き出す。短い悲鳴をあげてファディが足をもつれさせるが構わず歩き続けたジーマは一室の扉を開け、その部屋にファディの体も押し込む。
「ファディ! リルス様に何を話す気だった?」
「別に‥‥ただお慰めしようと‥‥」
「誰に向かってそんな嘘をついているんだ? まだフィリーン様の事を忘れられないようだな。十年ぶりに再会して、情が戻ったか?」
「違う! 私は‥‥許せないの‥‥。リルス様は結婚の意味も分かってない‥‥。そのリルス様に昔の思いを誇張して、リルス様の純真な思いを利用して! リルス様がお可哀相よ‥‥。フィリーン様だって‥‥。ジーマは本当は分かってるんでしょう!? フィリーン様が王位を望まれていない事くらい!」
荒げた声は簡単に塞がれる。女である事を恨みたくなるくらいに容易く男は自分の自由を奪えるのだ。しばらくして唇を覆う不快感が取り除かれるとファディはその部屋を逃げ出そうとするが肩を掴まれてあっさりと引き戻される。
「分かってないよ、ファディ。再教育の必要があるな」
「あ‥‥いや! やめて!ジーマ!」
「いい加減‥‥利口になるべきじゃないか? ファディ。いつまで子供のつもりでいる気だい? もうフィリーン様の背で怯えていた君はいないんだ」
「分かってるわ、十年前あんな事をしてしまったんだもの‥‥。分かってるけど‥‥」
もがこうが叫ぼうが男の手から逃れる術など、生来女は持ち合わせていないのだろう。だけど、彼の言う利口にはなれない。自分の中には確かに、一つだけ年上の少年の背に頼り、怯えていた少女が居るのだから。


 暗闇は、戦のあったあの時以来嫌いだった。夜の松明の明りの中で父が、自分を守っていた者達が死んでいったせいかも知れない。何よりも、その闇の中から自分に助けを求める手が伸びてくるような気がして。
――馬鹿馬鹿しい‥‥何処のガキだ?俺は‥‥――
「どうしたの?フィリーン」
「なんでもない‥‥」
「あ、仮面(マスク)、灯、落とさないでくれる? あ‥‥シアルが眠っちゃったのか‥‥。やっぱりいいよ、落として」
「いえ‥‥このくらいでは起きませんから」
たき火の勢いを落とそうとした仮面(マスク)は手を止め、代わりに自分の膝を枕に眠っているシアルにローブの袖をかけた。シアルの腕に抱えられていたクラムもすっぽりとそれに隠れる。シアルでなくクラムに気を使ってくれたようだ。
「ちょうどいいな」
「? 何?フィリーン」
「お前の正体を教えてもらおうか?」
「!?」
闇に怯えていた自分への苛立ちも含んだ表情でフィリーンは抜き身の剣先を仮面(マスク)に突きつけた。動じた様子も無い仮面(マスク)はその手の武器を動かす素振りも見せない。一人、カイラだけがおろおろと見守るが二人は微動だにせず、しばらく沈黙の時が過ぎた。
「フィリーン、仮面(マスク)を信用したわけじゃなかったの?」
「半分は、と言っただろう? シアルの事はもちろん信頼している。だが素性も顔も分からぬ人間を頭から信用できるか」
「でも! クラムは仮面(マスク)に警戒してなかった。私は仮面(マスク)は信用しても良いと思う」
「ありがとうございます、カイラ。けれどもう少し声を押さえてもらえますか? シアルが起きて困るのは私も同じ事です。それからフィリーン、剣を引いてください。そんな物で私は殺せませんよ。首を切り落とされた所で、生き続けるでしょう」
「やはりお前、怪物(モンスター)だな? おかしいと思っていた。並の人間が、今や神官でさえほとんどの者が知らぬメターナ・ネウユの伝説などを知っているはずがない。なのにあっさりとお前は!」
「まぁ、近い物かもしれませんが‥‥。お疑いはもっとも、ですね」
「!?」
片手の仕草でフィリーンの言葉を遮り、仮面(マスク)はフードを落とし、仮面を取った。薄い茶金の髪をゆらし、二人に向き直ったその顔立ちは‥‥。思わず二人は息を飲み、膝の上で眠る少女を見やる。
「シアル!?」
「兄妹、だったのか‥‥?」
「ええ、私とシアルは双子です」
「双子!?」
「‥‥悪い冗談だ‥‥。シアルは十四、五歳にしか見えないが、お前はどう考えても俺より二、三年上だ」
「シアルも私も十八ですよ」
にこっと笑って言い放つ仮面(マスク)に再びカイラは呆気にとられた。少なくともシアルは自分より年下だと思っていたのだ。それが二つも年上‥‥。二人が双子だといことよりそちらの方が信じられない‥‥。
「どうやら貴公は怪人(ファントム)仮面(マスク)について多少知識があるようですね。私はパルスナ、一度は死んだ存在です。いえ、再び生かされたと言うべきですか‥‥。この姿も本来の物ではありません。この体も魂も、この仮面に作られたと言っても過言ではありませんね」
怪人(ファントム)仮面(マスク)‥‥?」
にこりと笑って仮面(マスク)――パルスナは片手に持つ仮面を表、裏に翻したりしてもてあそんでいる。カイラはそれが分かっていない様子だが、フィリーンは驚愕の表情をなおのこと深めた。
「本当にそんな物が存在するというのか? わずかな犠牲で全ての願いを叶えるという‥‥。伝説にすぎないと思っていたが‥‥」
「その言い伝えには少々誤りがあるようですが、現にこうして死んでいるはずの人間がいるわけですからねぇ」
「死んでいるはずって‥‥?」
「シアルが言っていたでしょう? 私達の住んでいた村は狂戦士(バーサーカー)に襲われた、と。その狂戦士(バーサーカー)こそ、この怪人(ファントム)仮面(マスク)が選んだ前の主。それのなれの果て」
カイラが、少し怯えたような様子を見せる。フィリーンも驚きをしまい込んで警戒の色を見せた。それでも、にこやかな笑みは絶えはしない。仮面(マスク)もまさか狂戦士(バーサーカー)に? という二人の考えがその別々の表情に見て取れる。
「私は狂戦士(バーサーカー)にはなりませんよ。少なくとも、シアルがいる限り。貴公方がシアルに手出しするような場合は私もその覚悟はありますが、今は違うでしょう?」
「どうして?‥‥。どうして、仮面(マスク)‥‥パルスナは怪人(ファントム)仮面(マスク)の主に?」
「私が前の主に殺されたから‥‥それでも、シアルを守りたかったからですよ」
「? ?」
分からないと言う代わりにカイラの表情が問う。そんな無防備なカイラに何事か言いかけたがフィリーンは行動にはださなかった。フィリーン自身、興味がないといえば嘘になる。
怪人(ファントム)仮面(マスク)は主を選ぶんです。主が狂戦士(バーサーカー)になるか、又は自ら死んだ時に、自らにふさわしい願いの強さを持った者をね。それが、私だった。シアルを庇ったものの、時間を稼ぐことも出来ず、死んでしまうところだった私を仮面が選んだ‥‥。おかげで私は今こうしてあるわけですが、シアルは一瞬遅くその時に足の骨を折られてしまった」
「前の主はどうして狂戦士(バーサーカー)に?」
怪人(ファントム)仮面(マスク)との契約を守れなかったためですよ。怪人(ファントム)仮面(マスク)は幾多の願いを叶える。ただ一つ、最も愛する者にその正体を知られないという代償の下に。それが私の場合はシアル。幸い、シアルは何も覚えていませんから、このままずっといられるでしょうが」
「俺達がもしシアルに話せば、別だがな」
まだ剣を納めないフィリーンを睨んで、カイラはその剣を無理矢理鞘に戻す。だがフィリーンの方に抵抗はない。戻す機会を見つけられなかったのだろう、意地っ張りだから。
「メターナ・ネウユの巡礼の事を知っていたのも、その仮面のおかげか?」
「いえ、それは違います。‥‥。此処まで話してしまって良いのか分かりませんが‥‥この際全部話してしまいますか‥‥。私達の村は現在唯一メターナ・ネウユを信仰する村でした」
「!」
「メターナ・ネウユは眠りについているだけ、そしてその眠りを覚ます者が私達の村から生まれるという言い伝えがありました。だから多分、シアルがその鍵なのでしょうね。シアルにとっての鍵が尊公方であるように」
「メターナ・ネウユが目覚める?‥‥。それって、一体どういう事?」
「それは私の知るところではありませんよ。ただ、この先に答えがあるのは明らかでしょう?」
――私が仮面に選ばれたのすら、偶然ではないのでしょうね‥‥――
そう言ってパルスナは仮面に視線を落とした。全てが偶然でない事の恐ろしさを、カイラは何処かで感じた気がする‥‥これから起こる事も‥‥。
「私は、パルスナの立場じゃないからよく分からないけど‥‥。仮面(マスク)としてシアルの側にいるのって、すごく辛いこと、だよね」
「‥‥昔話は終わりですよ。お二人はもうお休みになって下さい。私は眠る必要もありませんし、火の番でもしていますよ」
仮面(マスク)、いや、パルスナ‥‥疑って、悪かったな」
「いいえ、もし立場が逆だったなら、躊躇なく私もそうしていましたから」
守りたいものがあるなら、周りに向ける目が厳しくなるのは仕方のないことだ。眠りに入る前、仮面(マスク)の言った言葉がずっと、カイラの頭の中で尾を引き、繰り返されていた。




 翌日、カイラ達は森に入った。荷物を運ぶためとフィリーンの愛馬であるために連れてきた馬だが、これが怪物(モンスター)の標的の一つになっているらしかった。それでも気にした様子もなく、フィリーンは馬を庇いつつ歩いていく。
「今どのくらいかな」
「分かんないわ、さっきから全然日の高さが変わらないんだもの。でもお昼ご飯にはちょうどいいって私のおなかが言ってるわ」
「素直な奴‥‥。だがこんな所では無理だろうな。しかし、出口が近いのは確かだ」
「?」
フィリーンの指が前方を指す。その光の眩しさに、カイラとシアルは目を細めた。
「わひゃ!眩しい!」
「この辺までは怪物(モンスター)も出て来れないみたいだね」
「‥‥今、悲鳴が聞こえなかったか?」
聞こえた? とシアルはカイラと仮面(マスク)を見た。さぁ? とカイラは首をひねったが仮面(マスク)はそうですね、と後ろを振り返る。
「聞こえたような気がします。女性のような‥‥」
「‥‥ちょっと見て来る。森を出ずに此処で待っててくれ」
「え? フィリーン!ちょっと!」
「気を付けて、フィリーン」
カイラの肩に手をかけて制止するとシアルはにこっと笑って手を振る。全て見透かされているように思える、けれど、全てを肯定して後押ししてくれるようにも思える笑み。ああ、と頷いてフィリーンはそのまま背を向けた。
 一方、森の別の場所では少女が一人彷徨っていた。突然出たのがこんな森。しかも‥‥何故自分は一人なのだ‥‥?
「ジーマの馬鹿‥‥。転移に失敗したの‥‥? 何でリルスだけこんな所に‥‥」
がさっと茂みから音がして少女は身を縮めた。しかし、何も恐れる事はない。自分は魔法が使える。短く詠唱を唱え、小さな炎を作り出した少女は何かあればそれを投げつけてやろうと思いながら相手が出るのを待った。が、予想した相手は少女の背後から襲ってきた。
「きゃあ!」
敵は大きな熊のような怪物(モンスター)だった。思わず少女は逃げ出したが、はたと気付いて振り返り、炎の固まりを怪物(モンスター)に投げつける。
「あっち行ってよ!」
「馬鹿! そんな小さい炎くらいで倒せる敵か?」
「! 無礼な‥‥誰が馬鹿だと‥‥」
「いいから来い!」
少女の放った炎を自分の手の平で握りつぶすと、いきなり現れた黒髪の青年は少女の手を掴んで走り出した。火傷くらい負ったはずだが、痛そうな顔一つ見せない。そのまま青年は巨木の陰に隠れ、少女の体を自分の腕で抱き寄せる。
「ちょ‥‥何す!」
「静かにしてろ‥‥。その年で、しかも怪物(モンスター)に喰い殺されたくはないだろ」
「男ならあんな怪物(モンスター)ぱぱっとやっつけなさいよ‥‥」
「黙れ、足手まといがいなけりゃそうしてるさ」
失礼な男‥‥。長い、黒髪‥‥。目の色は、確か黒だった。フィリーンって何歳だっけ、二十、確か二、三。このくらいの年だよね‥‥。
大きな足音が近付いて、去って行く‥‥。完全に気配が消えると青年はふーっという溜め息とともに腕の力を抜いて少女を解放する。突き放されてようやく見えた瞳はやはり黒。記憶に残る少年とはかけ離れた乱雑な格好であるが、その特徴ある切れ長の目に、確かに覚えがある‥‥。
「お前、こんな所で一人か? 誰か連れは‥‥」
「手‥‥火傷」
「あ? ああ、このくらいなんともない」
「貸して」
小さく呪文を唱えると少女の手から発せられた光は青年の手の傷を癒し始める。大きな手の平についた傷はものの数秒ですっかりと姿を消した。
「‥‥癒しの魔法も使えるのか‥‥」
魔具師(タリス)だから、少しだけ。貴公は、フィリーンなの?」
「! 何故俺の‥‥。リルス‥‥か?お前‥‥」
今までずっと見下ろしていたので頭以外はほとんどまともに見えていなかったのだろう。背を屈めるようにして顔を覗き込み、フィリーンはようやく少女に十年前の面影を見つける事が出来た。見上げていた少女の方も嬉しそうな笑みに表情を変える。その笑い方も記憶の中のままだ。
「やっぱり! フィリーンだったのね! 帰ろう!迎えに来たの! フィリーンの王座もある、十年前の、私との約束覚えてるでしょ?」
「‥‥お前、本当にリルスか? 十年も経つんだ、もっと美姫になってても良さそうだが‥‥。替え玉じゃないよな?」
「! フィリーン!! カイラのせいね! カイラがフィリーンにそんな‥‥。何処にいるの!? リルスがカイラを殺‥‥」
ぱしっと手加減した様子ながらフィリーンはリルスの頬を打った。信じられない‥‥という表情でリルスはフィリーンを見返すが、フィリーンは表情を変える事はしない。
「俺の知っているリルスは、そんな娘じゃない。お前は知らないんだ。カイラがどんな奴かも! カイラがお前にとって‥‥」
「リルス様!」
「! ファディ!ジーマ!」
「ジーマ‥‥」
「ちょうど良いところに、探す手間が省けましたな。我々とお戻りを、フィリーン様。いえ、ストゥ・マイニアヌ王よ」
「‥‥まだそんな事にこだわっているのか?お前は‥‥。断る!」
「尊公の意思など関係ない、これはクィーンネクタリアの意思です。抵抗など、無意味ですよ」
さっと身を引き、フィリーンはその場を離れようとする。ジーマは神官、危険な存在ではない。はずだったがジーマの指先が合図を示すとフィリーンの胸に激痛が走り、成す術なくその場に崩れた。
「ジーマ‥‥?」
「ジーマ!? フィリーンに何したの!?」
「ご心配なく、リルス様。ファディ、手伝え。城にお連れするぞ!」
「待て!」
制止の声に、ジーマは素直に耳を貸す事はしなかった。自分を止める事ができる者などいようはずもない。けれどジーマはその体を凍りつかせた。いつの間にか、そう、彼が気付かぬはずがないのにその首筋には鋭い爪が突きつけられている。
「!?」
「手の込んだ呪ですね。うちのお姫様が温厚なうちに解いた方が身のためですよ」
「大丈夫か!?フィリーン」
「フィリーンに触らないで!」
「お嬢ちゃん♪。いい子にしてないとお姉さんもいい加減怒っちゃうぞ?」
リルスの背後から廻された手は有無を言わさずリルスとフィリーンを引き離した。その間にカイラがフィリーンの肩に手をかけるが気に食わない! というようにリルスは背後の少女、シアルを振りほどこうと暴れる。
「離して! なんなのよ!あんた達は!」
「フィリーンが心配なら呪を解かせなさいよ! フィリーンが苦しんでて平気なの!? 自分の元に連れ戻すためなら手段も選ばない!?」
「! 関係ないでしょ! あんた達に何が分かるって言うの!」
「大丈夫?‥‥シアル‥‥」
「全然よゆー♪。心配しないでカイラは行って♪」
「! 呪の解けぬまま逃げると? 無駄な事を‥‥」
一瞬ジーマに視線を向けたカイラだが、構わずフィリーンの腕を肩に担いだ。それでも心配げにリルスの首にしがみ付いているシアルを見るが‥‥。不自由な足ながらきゃ〜♪とふざけているとも取れる悲鳴が上がっているところから察するに、こっちはこっちで楽しんでいるようだ。自分が無視された事にジーマは舌打ちしてカイラにも呪を放とうとするが仮面(マスク)の爪が視界を遮る。
「! 私を殺してみろ、一生呪は解けない」
「永遠に苦しんだまま死ぬ、ですか? それで良いのですか?貴女は」
「! いいわけないでしょう! 呪を解いて!ジーマ!」
「大丈夫ですよ、リルス様。私を殺す事など‥‥」
「できない、と? なぜそう確信できるのです? 貴公がいつも聞いている安堵の本音(こころのこえ)は聞こえないでしょう? 貴公は大した自信家だ。だから、一瞬でも不安を感じると落ち着いていられない。何故私の心が読めないのか? 対外そういった自信家は自分と同等以上の同種能力者には弱いのですよ。カイラ、神殿を目指してください。神官の神意魔法なら解けるそうです」
「!!」
分かった、とカイラは身を翻した。森の入り口にフィリーンの馬とクラムがいる。そこまで引き返して‥‥と思っていると後ろでシアルの悲鳴が上がった。今まで傍観していたファディに突き飛ばされたらしい。いったぁ‥‥と緊張感のない声からは危険は感じない。けれどリルスの抜き放った短剣が、確実に危険を感じさせる。
「リルス様!いけません!」
「!」
カイラが剣を抜くよりも早くフィリーンの手が伸びて短剣を掴む。その手から血が滴って初めてリルスは事態を認識したようだ。あ‥‥と立ち尽くす表情に浮かんでくるのは恐れと後悔‥‥。
「なんで‥‥フィリーン‥‥」
「お前なんて知らない‥‥。カイラに‥‥血一つ流させてみろ‥‥。迷わずお前を殺すぞ」
「フィリーン‥‥」
「何で‥‥何でリルスよりカイラ方が大事なの!?」
「リルス様!」
「仮面(マスク)!三人を止めて! カイラ!神殿に直行して良いわよね!」
止めて、という要求通りに三人はそのままの姿勢でその場に凍りついた。魔法?‥‥とカイラが戸惑っていると仮面(マスク)に抱え上げられたシアルがカイラの背に落ちてくる。何だ?? と戸惑っていると今度はフィリーンの体をさっと仮面(マスク)が抱え上げた。フィリーンを運ぶ代わりにシアルを背負って行けという事らしい。仮面(マスク)は片腕で軽々と抱えているが‥‥あんまり軽くもないな‥‥と言ったら後ろから首を絞められるだろうか‥‥。
「よっ、辛くない?シアル」
「大丈夫だよ♪。王子サマにおんぶしてもらうなんてきっと私くらいよね♪。仮面(マスク)、フィリーンの手、大丈夫?」
「ええ、それよりも、呪の方が心配ですね‥‥。サレイ・アミュン神殿にこれを解呪できる程の神官がいるかどうか‥‥。馬を借りていきます。シアル、神殿の場所は分かりますね?」
「うん、カイラ、ゆっくりでいいよ。仮面(マスク)に止められたら一刻くらいはあのままだから‥‥」
「こんな事‥‥いつもやってるわけ?」
「いつもじゃないわよ〜。ちょっと野盗の数が多い時とか、はぐれ者の半端魔法使い(ウィザード)がいててこずる時とかくらい?」
そうか‥‥とカイラが呆れ声を出す時には仮面(マスク)の後ろ姿は見えなくなっている。さほど辛くはないがこのまま神殿まで歩くのは酷だろう‥‥とカイラは思うが。それでも容赦なく背中のシアルはいつものように手足をばたつかせていた。

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