第2部<第5章>
 暗い、果てなく続く闇。あの戦以来自分は闇に怯えていた。けれどこの深淵はむしろ自分を落ち着かせてくれる。闇を照らす心細い光が、怯えさせていたのかもしれなかった。けれど、そんな深い闇は一般世界には存在しないはずだ。
――ならば、俺は死んだのかもしれないな――
ふっと笑ってフィリーンは自分の手に目をやった。光が射したようにその手が闇に浮かぶ。しかしその手は、思い描く物よりもずっと小さく華奢だった。そう、まるでそれは年端の行かぬ子供の物。
「俺は!?」
『王子、王子は良いお子ですな』
「!」
突然頭上から振ってきた手が自分の頭に覆い被さった。その手に頭を撫でられながら、フィリーンは懸命に男の顔を見上げる。
「じい‥‥」
呼び名のわりに男は年老いてはいなかった。ただ、十六年前までの自分にとって男はそう呼ぶに値する年だった。かといって男は彼の世話役ではない。騎士団を束ねる将軍の位を与えられていた。ただ、あまりにその呼び名が定着してフィリーンは男の名を忘れていた。
『お強く生きなさいませ、ストゥ・マイニアヌの民達はやがて王子のお力を望むことでしょう』
「俺は死んだのではないのか!?じい!」
呼ぶ声は虚しく闇に響き、男の姿は消えた。代わってたくさんの声が彼を呼び、たくさんの人が浮かんでくる。
『また重くなられましたな、王子は成長がお早い』
急にフィリーンは誰かの腕に抱え上げられた。まだ若い騎士だ。その顔に確かに見覚えがある。
「ラス‥‥」
そうだ、ラス、ラカススという騎士だ。他にも‥‥。名前は思い出せないけれど騎士団の若者はフィリーンを王子としてあまり意識せず、ちょうど弟を扱うように接してくれた。フィリーンが、カイラに対してそうしてきたように。
『王子は剣の方も達者でいらっしゃる。いつか我々など必要としない時が来るかもしれませんな』
『だが王子はストゥ・マイニアヌの王となられる方、たとえ必要なくとも騎士団をなくすわけにはいくまい?』
『我々は現王、そして時期王たる王子にお仕えできたこと、心より光栄に思いますぞ』
この者達も、今はいない、じいも、騎士団の者ほとんども、十六年前の戦いで死んでいった。俺のために‥‥。
「すまない‥‥。俺はストゥ・マイニアヌの王になれなかった。それどころか仇の元で育ち、仇の子たるカイラに、心魅かれてしまった」
カイラのその純真さに、守らなければならぬという使命感を覚え、フィリーンはその容姿のように光たるカイラの影として今在る。死んでいった祖国の者達も、生き残った者達も本当はジーマのようにフィリーンが王になる事を望んでいるだろうに。
「すまない! 俺にカイラは殺せない。祖国を取り戻すことは出来ない! ‥‥何故こんな裏切り者が生き延び、お前達が俺のために死んでいったのだ!」
『フィリーン‥‥』
騎士達の姿は消え、再び大きな手が伸びてきてフィリーンの頭を撫でる。しかしそれは将軍の手ではなかった。彼と同じ容姿の、中年の男性。
「父上‥‥」
心なしか、男性はフィリーンに微笑みかけた。そして十分にたくましい腕でフィリーンを抱え上げる。
『この広い大地が見えるか?フィリーン』
「?‥‥」
急に光が射してフィリーンは目を細めた。広がる景色はかつてのストゥ・マイニアヌ城の王座の間から見える旧ストゥ・マイニアヌの姿だ。
「‥‥!?」
『フィリーン、お前はストゥ・マイニアヌの王となる者として生まれた。それは人の定めたる地位。だがお前は此処を望んで生まれてきたわけでない。そうだろう?』
「父上! 僕は父上の息子として生まれた事、父上を誇りに思っております!」
『ふふっ‥‥。そうだな、今のそなた自身に誇れる物はない。誇れるのは自身ではなく私だ。フィリーン、そなたにとってまだ王位と誇りは同等ではない』
「?‥‥」
『私にとってストゥ・マイニアヌの王たる事は誇りであり、義務でもある。私が自ら望んだ道だ。だがフィリーン、そなたの誇りはまだない。もしもこの先で私がその誇りを失う事があっても、お前は無理にそれに殉じる事はないぞ?』
「! どういう事ですか!?父上! まさか父上が‥‥父上のお命を狙う輩がいるのですか!?」
『そうは言っておらぬ。もしもの話だ。そのようにムキになって、おかしな奴だ』
父上の笑みは上手な嘘で固められていた‥‥。この時の自分はそれにすっかり騙されたんだ‥‥。父上はすでに知っておられたはずだ。滅びの予言、そして、ご自分の、王としての命を狙う者の存在を‥‥。
『もしもそんな時が来たら、王座など、欲しい奴にくれてやれ。自分が欲しくもない王座などのために、そなたが命を奪われる道理などない』
「僕は、父上の跡を継ぐのが僕の夢です。父上以外の、僕以外の者に王座は渡さない!」
『‥‥ならば取り返すが良い。どのような屈辱を受けようとも、そなたは生き延びてその命を無駄にする事無く、より強い力で王座を取り返すのだ。だがな、もしその屈辱の中で、広きこの世界で王座を捨てても良いような誰かに出会い、その者の影となる事を望んだのなら、迷う事はない。王座を捨て、己の望みのまま生きるが良い』
「‥‥影、ですか?」
そうだ、戦の起こる少し前、父上は俺にそう言われた。その時は何の事だが分からなかった。父上も、笑っておられただけで特に言葉を加えては下さらなかった。いずれ分かると‥‥。
『今は、分かるのであろう?フィリーン』
「!?」
『光を見つけたのであろう? 己が影となるべく光を』
「父上‥‥俺は‥‥」
俺は、カイラをずっと影で支えていこうと、決めた。王となるべくは俺ではなくカイラだと思ったから。カイラは俺を、ストゥ・マイニアヌの者達をも受け入れてくれたから‥‥。それでも何処か危うくて、俺が支えてやらねば容易く手折れてしまいそうで‥‥。だから俺は!
「だから、俺は‥‥生きたい‥‥。例えジーマ達が望まぬとも! 今は笑って俺を見守っている民達が心の奥で認めていなくとも! 俺は俺の道を失いたくない‥‥」
『お前の道に誤りはない。それはお前だけが望むお前だけの道。その道を阻む物から守り抜く事、それが誇りだ。阻む物がいれば、お前の後に従う者も必ずいよう』
「父上、俺は生きます。ラング・リ・ストゥ・の民を救うため、そして、俺の光を見失わないために!」
『お前は私の息子‥‥。ストゥ・マイニアヌの気高き鷹を胸に抱き生まれた‥‥強く、優しい子‥‥』
自分は、十六年前の戦いで死んで逝った者達、全ての命を背負って生きているのだと気付いた。カイラの影となる事は、自分の意志であってたくさんの人間達の意志でもある。だから、迷ってはいけないのだ。
「フィリーン!」
「此処は‥‥神殿か‥‥?」
「良かった‥‥。このまま起きないかと思った‥‥。フィリーンがいなかったら私は‥‥どうしていいか‥‥」
「‥‥馬鹿、大げさだぞ、カイラ。ああ‥‥泣くな、みっともない」
「そんな事言って、嬉しいくせに。うん、熱も大丈夫みたいね」
「どちらかというとシアルに大泣きされてた方が男としては嬉しいが?」
外見通り子供なのかそれとも言葉の裏すら知ってなのかシアルはあはは! と軽く笑い飛ばす。カイラは心配していた自分が馬鹿らしくなってベッドに頭を伏せた。仮面(マスク)の表情は当然伺う事はできないが、ひょっとしたら彼の冗談にご立腹からもしれない。
「そのような事、毎度毎度おっしゃられているのですか? まったく嘆かわしい‥‥」
「毎度じゃないぞ? 気に入った女性だけだ。っと‥‥いたのかフィディア」
「まぁ! 軽々しく御婦人を口説いたかと思えば私にはその程度のお言葉ですの!? 分かりましたわ! 金輪際私、フィリーン様のご面倒は遠慮させていただきます!」
「フィリーン! フィディア殿はわざわざ転移魔法でアビス・プクト神殿から駆けつけて下さったんだよ! フィディア殿がいなければフィリーンはあの禁呪で‥‥」
「! 悪い‥‥。知らぬとは言え無神経だったな、礼を言う、フィディア」
「いつの間にか女泣かせにご成長あそばされたようで! まぁでも‥‥リルアーヌ様に免じて今日の所は許して差し上げますわ」
それはどうも、と素直にフィリーンは詫びておく。巫女として子供はいないフィディアだが、フィリーンの事を息子同然に心配してくれているのだ。フィリーンにとってちょうどその逆であるように。
「フィディア、事情は‥‥?」
「お三方からお聞きしましたわ。ジーマが禁を犯したと‥‥。何が、あの子を此処まで狂わせてしまったのでしょうね‥‥」
「禁呪に対する防御策はありませんか?フィディア殿。かろうじて仮面(マスク)が魔法を使えるだけで、我々には彼の魔法に耐えうる術はありません」
「それはおって考じさせて頂きますのでご心配なく。それよりも問題はジーマの生来の能力ですわ‥‥。お分かりと思いますがあの子は人の心を読む事が出来ますの。神殿にいた頃は制御(リミッタ−)をかけておりましたけど、今は自在に操っている様子‥‥」
「あ、それなら仮面(マスク)も同じ能力を‥‥」
「おや‥‥私が心を読めるなどと言いましたか?カイラ」
仮面の下で、仮面(マスク)はにっこりとシアル似の笑みを浮かべているであろう口調で言った。ね? とシアルが空想を再現したような笑みを浮かべる。へっ? と放心するカイラににこっとシアルは別の微笑を浮かべながら続ける。
仮面(マスク)が人の心読めるわけないでしょ。読めてたら今頃フィリーンの秘密大暴露大会よ」
「なっ‥‥!?」
「まぁ、確かに、同種能力者ではあります。彼のように明確に人の心を『読む』事は出来ませんが行動、言動から正確に近く『察する』事は出来ます」
「じゃああれははったりー!? もし読まれてたらどうしたの!? しかも神意魔法が効かなかったら終わりじゃないか!」
「私は『人』ではありませんから。『人』の心を読む彼に私の内は読めませんよ。それに、彼は大人数が相手だと一人一人の行動を読むのに手一杯で深層心理までは見通せない。違いますか?フィディア殿」
「‥‥ええ、さすがですわね。禁呪の事も、ご存知だったのでしょう?仮面(マスク)殿」
その辺の知識は並みの魔法使い(ウィザード)の比じゃないですから! とシアルが後押し。しかし、仮面(マスク)の『人でない』発言にカイラとフィリーンは思わずぎくっと身構えるが、その辺りは旅に同行していためかシアルも知っていたようだ。まぁ仮面に黒尽くめのローブに奇妙な鉄爪の武器、人間と言われた方が疑うか。
「そういうわけですので、彼の能力に関してはさし当たって問題はないと思いますよ、フィディア殿」
「そのようですわね‥‥。では、禁呪の方に戻りますわね。禁呪を防ぐ手立ては魔法以外に有り得ないのですが、あの系統の禁呪に限り、かけられた場合の対策は打てます」
「神官を連れて行けと? それは無茶だぞ、フィディア」
「いえ。シアル様、貴女はこの中で唯一神意魔法を得うる資質があります。お力添え願えませんか?」
「神意魔法って‥‥神官か巫女しか使えないはずでしょう? 旅が終わったら巫女になれなんて、私は嫌だけど‥‥」
「それはありませんわ。極少数ながら例外はありますの。貴女はその数少ない例外、巫女でも神官でもなくて良い特別な、例外‥‥。それは旅が進めばおいおい明らかになるでしょう。魔法使い(ウィザード)のように祝福の儀や長い修行をする事もありません。ただ、これから一刻ほどお時間を頂ければすぐに儀式を執り行いますわ」
特別、という言葉にシアルが嫌そうな顔をするが、それを察してかフィディアは深々と頭を垂れて再度願い入れる。そのフィディアに戸惑った視線を向けたフィリーンもシアルに了承を促す。巫女であるフィディアが、王族ですら此処までさせる事は出来ぬ彼女が頭を下げるなど、よほどの事情があるのだろう。
「あ〜もう、顔上げてください、フィディアさん。そういうお願いは好きじゃないですよ。一刻くらい出発が遅れるけど、いい?カイラ、フィリーン」
「急いでも仕方ないよ。それに、今更一刻遅れたくらいでどうにかなると思う?」
「おい‥‥刺さるぞその言葉‥‥。悪いな、シアル」
「大した問題じゃないわ。少なくとも仮面(マスク)の腕に乗ってるだけより役に立ちそうだもの。私がカイラ達に同行する事を決めたって事は、こうなる事も最初からお決まりだったってわけよ。禁呪授かるよりよっぽど気が楽だし」
「私ははずした方が良いですか?フィディア殿」
「いえ、構いませんわ。その方がシアル様もよろしいでしょう? では、しばしお待ちください、お二方」
そう言ってドアに向かったフィディアがふと何かを思い出して振り返る。何か? とカイラが声をかけると、いえ‥‥と逡巡する様子を見せる。が、やはり思い直したようにフィリーンの傍らへと戻ってくる。
「お伝えし忘れた事が二点ほど。まずこの神殿の石碑について」
「『子に伴うは満天の空にも映らぬ闇の星。子の陰となりて火に寄り添う。そは母の御手のごとし守り星』って言葉ですよね?確か。道しるべではなさそうですが‥‥」
「尊公の星の事ですわ、フィリーン様。以前お伝えしたかどうかは曖昧ですが、尊公の『星』は闇星ですの。新月のように星の陰となって姿を見る事は出来ません。その尊公の星を隠しているのがリルアーヌ様の星です。火というのはリルアーヌ様の星『アリーク』、炎と光を意味する星ですわ。つまり尊公の星『レフィン』は『アリーク』の守護星ということです」
「!! まさに、今の俺の運命と言う奴か‥‥。もう一つは?」
「お伝えすべきか迷いましたのですが‥‥。ディヌンが尊公様の母君の生死を確認すべく、トグルに向かったそうです」
「! そうか‥‥。俺が頼んでおいたんだ、手が空いたら調べるように」
「そうですか、ならば良うございます。お待たせして申し訳ないですわ、参りましょう」
三人が出て行くが見送りもせず、フィリーンは何事か考えるように親指の爪を噛む。滅多にしない行動だがそれだけフィリーンの悩み、あるいは迷いが強いかを裏付ける仕草だ。すとん、と椅子にかけなおし、カイラはわざと気を逸らさせるように口を開く。
「フィリーンの母君は亡くなったって聞いてたけど」
「ん‥‥ああ、俺もそう聞いた。だが遺体を確認したわけじゃないんだ。柔らかなブロンドの髪を手渡されただけ。トグルでそのまま、トグリッサ王家に埋葬されたらしい。だから、本当は生きているのかもしれない、と馬鹿みたいに少し‥‥思ってる」
「行きたいんだね?フィリーンも」
少し戸惑い、一瞬横に振ろうとした首を縦に振る。それでなくても、カイラには最近嘘ばかりついている。せめて、こんな時くらいは本心でいたい‥‥。
「トグルか、ソール王子が何度も誘ってくれたけど、まだ一度も行けてないよね。フィリーンは?」
「俺も初めてだ。本当ならトグルには母上でなく俺が行くはずだった。留学という名の人質。ソール王子の父王はストゥ・マイニアヌを警戒しておられたから。まぁそんなわけで、実は母上のお顔も記憶にないんだ」
「え?‥‥そうだったの!? じゃあ、なおさら行くべきだよ、フィリーン。肖像画か何か、残ってるかもしれないし」
「一緒に行くか?カイラ」
一瞬の沈黙の後にカイラは顔を逸らし、露骨に嫌そうな顔で悩んでいる。日頃の彼の仕打ちを考えれば当然の反応だ。かくいう自分も、できればこんな形での訪問は避けて通りたかったのだが‥‥。
「最初はそのつもりだったし、トグルに庇護を求めれば相手も荒立った行動は出来ないだろう。何より、あそこには宮廷魔術師(テンプルソーサラー)がいる。せっかく知り合った二人も、お前自身もこれ以上危険な目に合わなくてす‥‥」
「らしくないよ‥‥フィリーン。そんな弱気なのは私の知ってるフィリーンじゃない。やられた借りも返さずに逃げる気かい? 悪いけど私はシアル達と先に進んでる。ちゃんと追いかけて来てよね、『守り星』」
「‥‥聞かないのか?弱気の原因を」
「‥‥。あの女の子、やっぱり知り合いだろ?」
「いや」
「ほら、聞いても無駄じゃないか」
呆れ含めてカイラが屈託なく笑うとフィリーンは逆に拗ねたように無表情になる。嘘と知られていても、この嘘は譲れない。これはもはや保身ではなく意地だろうか。
「信じてるから」
「はっ?」
「何を隠してても一人で悩んでても、フィリーンは私の味方だと信じてるから。悩みを、秘密を打ち明けて貰えるだけの強さがない私には、それが精一杯なんだ」
「‥‥悪い、カイラ。時期を見て必ず話す。行って来るな」
「うん、いってらっしゃい」
秘密を守り抜くのは自分の独断だ。それを声を荒げて怒る事もせず、黙って見守ってくれるカイラは随分と強くなったと思う。と思うと同時に躊躇いも生じる。自分の方法は間違っていないか? カイラを先導して進む道は正しいのか? けれど、今は信じよう、カイラが信じてくれるように。


 年のわりに幼くぐずる少女は宿の人間には奇異に映ったであろう。本当ならこんな一般の宿に少女を連れてくる事などしたくなかったが、予定が大分狂ってしまった。泣き疲れて眠る少女の傍らに腰をかけ、髪を撫でているとトントン、とノックの音。宿の者には立ち入らぬように言ってある。ならば訪れるのはただ一人。
「どうぞ」
「リルス様は?」
「ちゃんとノックするようになったのね‥‥。泣き疲れて眠られたわ」
「おいおい、皮肉か? それにしても‥‥これほど予定が狂うとはな‥‥。まさかフィリーン様がリルス様よりもカイラを守るとはね」
「それだけではないでしょう? 今回は強引過ぎたわ。フィリーン様に禁呪をかけるなんて‥‥。リルス様にも負担になってしまったわよ。間に合っていれば良いけれど‥‥」
「ふん! あの仮面の男がいれば無事だろうさ! もし死んでいたとしても‥‥反魂すればいいだけの事だ」
ジーマ!! と激しく叫ぶと、ん‥‥と傍らの少女から呻き声が漏れる。はっと見やると幸い目は覚まさなかったようで、不快そうに寝返りを打っただけ。咎めるように視線を向けるとジーマはすっと肩を竦めただけ。反省の色はない。
「これ以上リルス様を傷つけるような真似は止めて頂戴。貴公もクィーンネクタリアと同じなの?‥‥。リルス様をストゥ・マイニアヌ復興の道具とか見てないの!? フィリーン様は!?」
「そう熱くなるなよ。そういうわけじゃない。明日の朝は、もう一人のリルス様を起こしてくれ」
「! ジーマ!? 私は‥‥反対だわ。ただでさえ副作用でリルス様の心の成長が遅れてる‥‥。このままじゃ、偽の人格がリルス様を乗っ取ってしまうわ!」
「事が済めば必要なくなるさ。けれど、偽の方が女王にはふさわしいと思うけど?」
ぱんっ! とファディの手がジーマの頬を弾く。相変わらず反省の色はない。けれど珍しく少しばかり表情が変わる。
「訂正して、頂戴‥‥。リルス様はリルス様よ。道具にも、他の存在にも変えさせないわ!」
「悪かったよ。だが、こんな事‥‥さっさと終わらせてリルス様を解放したい。その気持ちは同じだ。協力してくれ」
嘘なのか本当なのか、彼と同じ目を持たないファディには分からない。けれどただ信じるしかない。彼女もまた、終わらせたい者だから‥‥。

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