第3部<第10章>
遅れて入ってきたフィリーンを残し、先に上がってきたカイラとパルスナはソールが用意させてくれたらしい服にそれぞれ袖を通す。ソールの手持ちの服のようだが、フィリーンやソールにも劣らぬ長身のパルスナは袖を通しても違和感がない。しかし、カイラは袖を通しても‥‥残念ながら指の先がほんの少し覗くだけだ。
「うーん‥‥一応配慮して昔の服持って来てくれた気はするけど、まだ大きい‥‥」
「裾、まくって差し上げましょうか?カイラ」
「あ、ありがと、パルスナ」
すでに着替え終えたパルスナが屈んでズボンの裾を折り曲げてくれる。一方のカイラは急いで腕を引っ張り出すと上着のボタンをはめ、ついでに上着も少しばかり折り曲げる。
「はい、いいですよ」
「ありがと。パルスナはいいな〜長身で」
「まだ伸びますよ、カイラは。私もこうなる前はカイラくらいでしたよ? まぁ仮面の力があるのであまり参考にはならないでしょうけど。ところで、私の仮面を知りませんか?」
「え!? ないの!?」
「汚れた服と一緒に持っていかれてしまったんでしょうかね? まぁこの格好で仮面を付ける訳にもいかないとは思いますが」
「なんでそんなにのんきかな‥‥。あれないとシアルの前に出られないだろ? 仮面とローブだね、探してくる」
お願いします、カイラ、とにこやかに頼むパルスナにやはり危機感は感じられない。仮面の魔力が近い事を感じて心配していないようでもあるが。それでもカイラは慌てて脱衣所を出ようとした。が、開けようとした扉が開いてすっと人が入ろうとしてきたので思わずカイラは勢い余って後ず去った。
「どわぁ!」
「おっと、失礼、カイラ王子。‥‥少し大きかったようだな、すまぬ」
あははっと笑うソールは少しもすまないと思っているようには感じられない。突然のソールの出現に呆然とするパルスナは顔を隠す事も失念しているようだ。いや、仮面がない事を忘れているのかもしれない。そんなパルスナを見てソールは少し意地悪く笑い、お探しの物はこれか?と怪人の仮面(を掲げた。
「あ!」
「断ろうと思ったんだが、入浴中に声をかけるのも無粋かと思ってな。大分魔力を消費していたようなのでジェヴルに修復させていた。それとローブも持ってきたんだが、その服もよくお似合いだな、仮面(殿(にやっ)」
「あ‥‥それはわざわざどうもありがとうございます、ソール王子」
「シアル嬢と並べばさらにお似合いなんだがなぁ‥‥」
「(うわっ! あっちにどんな服持ってったんだろう‥‥)よりによってこのままシアルに会わせるわけにはいかないんですけど‥‥」
「冗談だ。どうぞ、仮面(殿。怪人(の仮面(だろう? 初めて会った時から察してはいた。が、どうしても素顔を拝見したいという欲求が押さえられなくてなぁ、ついついからかってしまった」
――博学なんだけどやっぱり変なんだよね‥‥ソール王子。なんで顔見たくてからかうかのかが私には分からない‥‥――
「さすがはトグリッサ王家の第一王位継承者、良くご存知でしたね」
「あっ!! ソール王子! 私は尊公が魔術師(だったなんて今まで知らなかったですよ!?」
「ん、ああ、ランカか? ん〜別に黙っていたつもりではないんだが、理由あって十年位前から魔力封印されててな、カイラ王子にご披露しようにもできなかったんだ。ジェヴルやブランカが居る分、自分で使う必要性もないし。そうそう、ご披露と言えば、フィリーン♪今すぐ上がって来ないとリルス王女を掻っ攫うぞ♪」
『(何故っ!?)』
「ソール王子‥‥何をお企みか知らんが俺はついさっき入ったばかりなんだが今すぐ出ろと?‥‥(怒)」
「何だ、そうなのか。ジェヴルが戻ってきたから俺はてっきり‥‥。じゃあ仕方がない。仮面(殿とカイラ王子にだけご披露しよう」
おいでおいで、と手招きしてソールはさっさと浴場を出る。一瞬仮面をかぶりなおした仮面(と顔を見合わせたカイラだが、置いてかれぬうちにと小走りにソールの後を追った。ソールは後ろも確認せず、もうさっさと階段を下りていっている。慌てて後に続くと階下に上の浴場と同じような扉があり、ソールはその扉をノックした。
「レディの皆様、一名抜かして騎士(をお連れしたがご準備はよろしいかな?」
「あっソール王子♪ 今行く〜!」
慌しい足音と――多分ソールに声を返したリルスのものだろう――声がして扉が開く。真っ先に出てきたのはリルス。前の物にも似た、淡いピンクを基調にしたふわふわのドレス姿だ。続いて出てきたのはシアル。こちらは白基調のやはりふわふわとしたドレスだが所々に使われた赤いリボンがアクセントになっている。最後にシアルの手を取って出てきたのがブランカ。先ほどの宮廷魔術師(の軍服ではない。対照的に真っ白でまとめた淑やかなドレスだ。
「おや、小さい姫君、シアル嬢良くお似合いで♪。もちろんお前も可愛いぞ♪ブランカ♪。その髪はシアル嬢に結って頂いたのかな?」
「お兄様‥‥どうして私の服まで摩り替えられてるのですか!! おまけに使えとばかりに髪飾りまで大量に置いていって!!」
「だってお前、部屋に置いておいても着てくれないし。他に何もなければ着るしかないだろ?(←鬼)どうだ!?カイラ王子」
「え‥‥どうって、よ、良く似合ってますよ、三人とも‥‥。それぞれの雰囲気が良く出てるドレスですよね?」
「ちっ三人ともか‥‥」
何がちっなんだ‥‥とカイラが視線を逸らすが、ソールはもうそちらに興味はないらしく可愛いぞ♪ランカ♪と勝手にブランカを抱きしめて自分の世界に入っている。だからなんなんだ‥‥と思うが知った方が怖い気がするので黙っておく。
「こんなひらひらのスカート初めてだよ〜。変じゃない?仮面(」
「良くお似合いですよ、本物の姫君方にも引けは取らぬほどにね」
そう言って仮面(はいつもより丁寧に――スカートを折り曲げないように配慮して――シアルを腕に乗せる。よし!仮面(殿は合格♪とソールが呟いている。どうやらカイラにも誰か一名を誉めてもらいたかったらしい。
「ソール王子、フィリーンは?」
「小さい姫君は俺がエスコートするのでご心配なく♪(ちゅっ♪)というわけでランカを頼むぞ♪カイラ王子♪」
「はい!?」
「ソール王子! 人が居ないと思って何を好き勝手な事を!」
「ちっ、危険を察して出てきたか、フィリーン。せっかくリルス王女を頂こうと思ったのに‥‥」
どういう危険なんだ‥‥と脱力しながらフィリーンは頭を抱える。それよりもソールの『頂く』の方がしゃれにならない。さらに脱力している所に見て見て〜♪とリルスがはしゃぎながらスカートの裾を広げて見せる。
「似合ってる?フィリーン」
「ああ、やっと年相応か? 良かったな」
「不合格だぞ、フィリーン。らしくないなぁ、普段はもっと褒めちぎるくせに」
「見てきたようなわけのわからない事を‥‥。尊公ならこんな子供相手にしなくても他に花嫁候補が居るだろうが」
「レディに向かって子供とは失礼な‥‥。そんなこと抜かしてると本気で頂くぞ?フィリーン。ん〜仮面(殿はシアル嬢と恋仲ではないようだし、本気で当たっても構わないかな?」
「え?‥‥」
仮面(がどんな表情をしたのかは仮面の上からではうかがえない。けれど、ソールの本気とも冗談とも取れる笑みに向ける複雑げな兄の顔が想像できる。が、妹の方はまたまたぁ、と全く本気にしていない笑いだ。
「冗談ばっかり♪。騙されませんからね♪」
「そんなつれない事を♪。あながち、初対面でもないのだがな?シアル嬢」
「え‥‥?」
「‥‥。前世かその前かその前くらいに一度はめぐり合って恋仲に落ちていると俺は思うのだが?シアル嬢♪」
「そういうオチか‥‥。いいからそっちの子供にも悪戯するな‥‥」
「子供とは失礼な。十八、だろう?シアル嬢。あ、女性に年齢の事を言うのは失礼かな? しかしお前の方が失礼だぞ、フィリーン。トグルでは三人とも当に結婚適齢期だ」
その適齢期を当に過ぎ去ってる尊公が言うか? とフィリーンは顔をしかめ、暗に結婚しろ、と促す。ソールはそれにむっとしたようにお前には言われたくないぞ‥‥と返す。‥‥どうにも不毛な争いになりそうだ。二人の年の差はたかだか三歳であるし。
「皆様先に参りましょう、これは長引きます」
「かといって、お前の所には花嫁が戻って来てるしなぁ。だが‥‥」
「!」
いきなり振り返ってソールは案内しようとしていたブランカをひょいっと持ち上げる。そして自分の手元に下ろしてがばっと抱きしめた。
「俺は大事なお前の花嫁姿を見るまでは身を固める気はないぞ?ランカ♪」
「結局そう逃げるかっ!」
「‥‥お兄様、私は何度も申しておりますが嫁に参る気はありません。お兄様こそ早く良い姫君を迎えて、お母様方をご安心させてください」
「つれない事を言うな♪ランカ。というわけでうちのランカはどうだ!?カイラ王子♪」
「はっ!? わ、私ですか!?」
「そしてそう振るか‥‥ソール王子‥‥」
いきなりカイラの前に突き出されてブランカの頬がわずかに朱を差す。カイラの方もいきなり自分に振られた事と話の内容に一瞬きょとんと、そしてわたわたとするだけ。そんな二人にはお構いなしにソールはさらに勝手な力説を続ける。
「強いし器量良しだし絶対損はさせぬぞ!カイラ王子! ぜひラング・リ・ストゥにお持ち帰りに!(ぐっ!)」
「お持ち帰りって‥‥猫の子じゃないんですからね! 突然何をおっしゃるんですか!ソール王子!」
「‥‥お兄様!! カイラ王子がお困りです! お戯れはお止めください!!」
「!! ランカ? 悪い悪い、ご機嫌斜めか? おいランカ!」
ソールの手を振り解くとブランカはそのまま走り去ってしまう。置き去りにされるソールは珍しく呆然としたまま、ブランカの反応がよほど珍しかったらしい。そんなソールも見物だったが、場合が場合だけに素直にからかう気にはなれずフィリーンは苦笑だけを浮かべた。
「女の子にあの手の冗談はまずいだろ、ソール王子」
「いや、俺はいたって本気なんだがな‥‥。怒って逃げるとは珍しい」
「何か‥‥そんなに嫌がられるようなことしたかな‥‥? 私‥‥」
「‥‥(むしろ逆)」
「(逆でしょうね‥‥あの反応は)」
夕食と歓談を終えると女性二人はあてがわれた寝室へと引き上げていった。カイラもそうしたかったのは山々なのだが、ソールとフィリーンに捕まって仮面(と供にソールの私室で行われる酒盛りに連れて行かれる。しばらくカイラを酔い潰す、という遊びをしていたフィリーンだが――主犯はソールでパルスナは止めに入る事無く見守っているだけの共犯者だ――カイラがテーブルに伏してしまったので思い出したようにソールに顔を向けた。
「ソール王子、ずっと聞きそびれていたんだが、尊公に実の妹君がいるとは知らなかった」
「‥‥実の妹じゃない、ランカは。いい加減察してるんだろう? 俺とお前の仲で遠慮は無用だ、フィリーン。ランカは母、トグリッサ王家第二妃とジェヴルとの不義の子だ」
「‥‥あの容姿では不義の事すぐに知れただろうに、良く宮廷魔術師(になど‥‥」
「ああ、それなりに大変は大変だった。だがあのくそ親父に余計な口出しさせるかっての‥‥」
自分で言って思い出したのか、苛立ったようにソールは酒のグラスをあおった。それでも‥‥二人の、そしてブランカの名誉のためか一段低いトーンで言葉を続けた。
「過ちは一度きりだったと母上は言った‥‥。親父の身勝手さに耐えかね、ジェヴルに一度きりでいいからと泣いて縋ったそうだ。元々、母上とジェヴルは将来を約束した仲だったらしい。それを破ったくせに親父は‥‥。ランカが生まれて間もなく、瞳の色で自分の子でないと知った親父はジェヴルにランカの処刑を命じた」
「けれど、ジェヴル殿は自分の子と察して密かに手元で育てられたんだな‥‥」
「ああ。俺に会うまで、ランカは一度も屋敷を出たことがなかったらしい。何も知らず部屋の中だけで育った。まぁ、俺もひどいか。初めて会った時はおもしろい玩具を見つけたような気持ちだったもんな」
「今は、お二人共『幸せ』なのでしょう?」
「‥‥どうかな。ランカを外の世界に出したのは俺の身勝手さ故だ。部屋の中の方が幸せだったかもしれない。それに俺だって‥‥。一言だけ泣き言を言っていいなら、俺は‥‥あんな最低の父親の元でなく、ジェヴルの子として、愛し合った夫婦の間に生まれたかった。ランカの本当の兄として。‥‥なんてな」
「ソール王子‥‥」
「失礼致します、殿下」
「ジェヴルか、入れ」
ジェヴルの声がした一瞬後にはすでにソールは元の、堂々たる表情に戻っている。けれど、彼が己の弱みを、フィリーンが彼に見せたように、彼自身もそれを見せたのは初めてかもしれない。そして、きっとこれが最後だろう。
「ランカは?」
「部屋にも家の方にも戻っておりません。一応王妃にもお伺いしましたがそちらにも。城内にもいる気配がありませんが、結界を張って何処かに隠れているのかもしれませんね」
「そうか、心配だな‥‥」
「‥‥私はそこで伏されているカイラ王子の方がよほど心配ですが‥‥」
「おかまいなく、いつもの事だ」
「少し‥‥飲み過ぎただけです。ご心配おかけして申し訳ない」
フィリーンに軽く頭を叩かれながらカイラは心配をかけまいと顔を上げる。しかし、顔はすでに真っ赤な上にあげた頭が左右にふらつく。心配げに見ていたジェヴルの表情が疑わしげに変わってソールを振り返る。
「‥‥飲ませ過ぎたのではなくて? 殿下」
「何故俺に振る! 俺が飲ませたみたいじゃないか! ただちょっと度が良い感じなのを振舞っただけで俺はいたって無実だ!」
「結局殿下が犯人ではありませんか‥‥。‥‥ブランカがいなくなるなど、珍しい事ですね。いつも尊公に泣き付いているのに、なにかよほどおふざけになられたのですか?殿下」
「俺はいつだってまじめだ! ただちょっと‥‥カイラ王子との婚礼を勧めただけだ。強要はしてない」
「あれがちょっとか?ソール王子‥‥」
「冗談の通じない女(でしたら相当憤慨すると思いましたけれど‥‥」
フィリーンとパルスナがちゃちゃを入れると黙れ!外野!! とソールが当り散らす。それを見て溜息を一つついたジェヴルだが、すっと表情を戻してカイラの方を振り返った。
「戻ってきた時、かなり返り血を浴びていたようですが、何かあったのですか?」
「あ‥‥ジーマに刺されそうになったんです。ランカは応戦しようとしてたのですが、そこにファディ殿が割り込んでジーマと相打ちに‥‥。それで返り血を浴びたんですけど、かなり取り乱してたし、それが原因かも‥‥」
「その後ブランカ殿を追って行っただろう?カイラ」
「うん‥‥。無理して泣きたいの我慢してる様子だったから、ほとんど強引に泣かせたんだけど‥‥。あ! もしかしてそれで嫌われたのかな‥‥」
「泣いた? ランカが?カイラ王子の前で?」
いきなり会話に戻って来たかと思えば驚き半分、疑り半分の表情でソールが繰り返す。あ、はい‥‥とカイラが返事を返すとそのままの表情で数秒ほど固まる。そしてまたいきなりカイラの両肩を己の両手でぽん、と叩いた。
「婿候補決定♪」
「はっ? またそういう冗談を‥‥」
「ブランカは、殿下以外の人間の前では絶対泣かないのですよ、リルアーヌ王子。父親の私でさえ、もう何年もあの子の泣き顔など見ていません。あの子は、『死』という事に関して極度に恐怖感を持っていて、敵であれ味方であれ己の前で人が死ぬ事が耐えられないのです。自分の力が至らぬばかりに人を殺してしまったと思い込んでしまう‥‥。あ、失礼を。妙な話をしてしまいましたね。どうぞ、宴をお楽しみください。失礼を、殿下」
「‥‥。ソール王子、ちょっと、酔い覚ましに散歩してきますね」
「迷子にならぬ程度にな」
はい、と頷いてカイラはジェヴルが出て行った扉に手をかける。がそうそう、とソールが止めるように声を上げたので手を止めてなんです? と振り返った。
「ランカの隠れポイントは塔の上だ。そこにいなければ何処に行ったのやら‥‥」
「シアル達も心配しているかもしれませんから、見つけたら声をかけてあげてくださいね」
「妙な事をして余計に泣かせるなよ。まぁカイラじゃ無理か」
「な、何故皆ランカを捜しに行くと‥‥。ただの散歩です!」
そう言ってカイラは半分やけになりながら部屋を飛び出した。背後から三人の笑う声が聞こえてくるようだったが、気にしない振りをして大分気温の下がった廊下を走り出す。
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