第3部<第9章>
仮面の再生能力に限界がある事はある筋から聞いていたが、それがまさかこの場で表れるとは‥‥。度重なる古代魔法の攻撃と再生で仮面の魔力が多量に消耗し、パルスナは幾度も意識を手放しかけた。今彼自身の意識があるのは仮面の力ではない。気力で保っているだけ。
しかし‥‥このレベルの古代魔法なら二度連発しただけで並の人間なら気絶する。彼の方こそ、人間なのか‥‥?
「ふん、所詮は魔具か。再生に限界があるようだな。ならば、いい加減お前を殺して手に入れるとしよう」
「!」
「勝手に仮面(を殺させるもんですか! 仮面(は私のなんだから! 返してもらうわよ!」
「シアル!? いけない!此処に来ては‥‥」
「大事無い、仮面(」
フィリーンに抱えられたシアルはびしっとこちらを差しつつも、おそらく声で見当をつけただけなのだろう。しっかりと布で視界を覆っている。その前では剣を構えたカイラ、特に構えはないがすでに魔法を放つ準備をしているであろうブランカ。その姿を鼻で笑い、続けてジーマは高々と笑い声を上げた。
「はっはっは! 自らおでましとは都合がいい。此処で全員共に死に果てたいか」
「! そんな事言って‥‥フィリーンを殺せないんでしょ!? フィリーンを殺せないような人に私達は殺せないわ!」
「‥‥祖国を捨てた王など要らない。私に必要なのは祖国を守り抜いた真の王たる者だ! 『安らかな死を』フィリーン様‥‥」
「! ジーマ、お前は‥‥」
「古代魔法が!」
さっと飛び出したブランカの魔法が破壊の魔を抑える。が、それはお見通しであったジーマは続けざまに同じ魔を放った。ブランカの表情に動揺が走る。刹那、もろくも崩れた防御壁は華奢なブランカの体を吹き飛ばし、後ろにいた三人も巻き込んだ。
「きゃあ!」
「うわっ!」
「くっ‥‥」
「‥‥さて、お嬢さん。君の大事な仮面(とやらの仮面の下を見たくはないか?」
岩壁に打ち付けられたフィリーンとカイラは身動き一つしない。魔法の直撃を食らって倒れているブランカも気絶してしまったようだ。迫り来る足音から逃れようとシアルは手で体を引き摺るがあっさりとジーマはシアルの手を掴み、その体を持ち上げた。
「やだっ‥‥離してよ! 仮面(は仮面(よ! 他の誰であろうと関係ない!」
「シアル!」
「真実を知りたくはないのか? 知りたくない人間がいるわけがない」
「だめ‥‥だ‥‥シアル‥‥」
「無駄だ、死に損ないが。さぁ、破壊の神を呼び覚ましてもらおうか?生贄の少女よ」
目隠しをはずされ、ぐっと体を突き出されると反射的にシアルは目を前方に向けてしまった。飛び込んでくるのは諦めに歪めた顔。シアルと同じ、けれど忘れてしまっていた兄の顔‥‥。
「あ‥‥パルスナ‥‥そんな‥‥いやぁー!」
「はっはっは! 殺せ!狂戦士(! 殺して殺して自ら滅びるがいい!」
「い〜やぁ〜〜。な〜んてね。あーあ、私ってば名演技? おかげで無駄に疲れちゃった。もういいよ、カイラ王子、とフィリーンにブランカちゃんだっけ?」
「なに‥‥?」
「ありがとう!イアラ!」
事態についていけたのはカイラとブランカだけだったらしい。ジーマに鋭い回し蹴りを食らわせて地面に倒すとすかさずブランカはその背に飛び乗り、魔法封印の魔術を使う。カイラは駆け出してジーマが投げ出したシアルの体と仮面を受け止め、パルスナに仮面を投げ渡した。呆然としていたフィリーンはブランカが腰のポケットからロープを取り出そうとしてし始めたのでようやくそれを手伝いに動いた。
「くっ‥‥何故だ! 何故狂戦士化(しない!」
「タネなんか明かしてあげないよーだ(べっ)」
「‥‥(とりあえずいつものシアルじゃない‥‥)どういう事だ?ブランカ殿」
「さぁ? 事情をご存知なのはカイラ王子とシアル殿、それに仮面(殿だけではありませんか? 私は言われた通りに彼を抑えただけですので」
「パルスナ、とりあえず無事のようだね、良かった」
「ご心配、それにお手間までおかけして申し訳ありません、イアラ」
すっとシアルの前に腰を屈めるパルスナもおかしいが、パルスナ、と真の名を呼ぶシアルの様子もおかしい。呆気に取られているフィリーンに、カイラは少し困ったような視線を向けるがまずは先にシアルとパルスナの方に駆け寄る。ブランカは好奇心というものがないのかそれともただ任務に忠実なのか、黙々とジーマを縛り上げている。
「どうもありがとう、イアラ。無理矢理引っ張り出しちゃってごめん」
「いいよ〜別に〜。ただ私が助けるはずだって策略家なところが気に食わないけど。もっと素直で可愛いと思ってたのに〜!」
「ご‥‥ごめん‥‥なんか良く分かんないけど。でもシアルに代わってあげてくれる? 心配してると思うから‥‥」
「ん〜それはごもっとも‥‥。でも元に戻るにはほら、ね? あれやらないと〜」
「あれって‥‥。ちょっ!それはまずい! って言うかそれって嘘だろ!? ねぇ!パルスナ!」
「イアラ、あまり苛めないで下さいな」
じゃこのくらいで解放してあげる♪とイアラはカイラの頬にキスして離れる。フィリーンが再び唖然とするが、パルスナは手馴れた様子でさっと仮面を被った。
「‥‥仮面(!」
「シアル、ご心配おかけしました」
「ほんとよ!もう!! 良かった‥‥。イアラにもお礼言いたいけど、不便ね‥‥。仮面(、もう手離したりしたら、嫌なんだから‥‥」
「はい、シアル」
「おい‥‥一体何がどうなってるんだ?」
「あ、えーと、ちょっと今はまずい話題だから後でも良い?」
そう言ってちらっとカイラはブランカを、正確には彼女が乗っているジーマを見やった。やはり敵方にイアラの存在を知られるのはまずい。ブランカの魔術でジーマの心を読む能力は封印されているが‥‥。
「カイラが隠し事の一つ二つしたって文句言えないでしょ?フィリーンは」
「う‥‥、それはないだろ、シアル‥‥。‥‥とりあえず、女性にふさわしい格好じゃないな、ブランカ殿。俺が代わろう」
「いえ、お構いなく、慣れておりますから。それよりも、できれば気絶させておきたいのですがかまいませんか?」
「(慣れてるって何だ‥‥慣れてるって‥‥)悪いな、ジーマ。お姫様の望み通りにさせてもらおうか」
「! いけない!離れて!サルス様!」
「え‥‥?」
ばっとジーマが跳ね起き、ブランカの体が地を転がった。縛られていた手は隠してあったらしいナイフで切られたようだ。フィリーンは身構えると同時にジーマを抑えようとするが、ジーマはフィリーンには見向きもせず別方向に逃げた。その先には起き上がろうとしていたブランカ。斬りかかってくるジーマにブランカも応戦しようと手に例の細身のナイフを構える。が、それよりも先に別の人影が二人の間に割って入ってきた。鮮血が飛び散り、ブランカの体に、雨となって降り注いだ。
「ファディ‥‥? 何故‥‥」
「ジーマ、リルス様はもう、フィリーン様とカイラ王子の元にお返ししましょう。私達はもっと早く、十年前のその時にこうするべきだったのに、ね‥‥」
ジーマにファディの声は最後まで届く事はなかっただろう。ファディの短剣は心臓の上を貫いている。ファディの方は少し外れてジーマのナイフが刺さっている。言葉に成りきらないブランカの悲鳴が皆を現実へと引き戻した。ジーマの体が倒れ、ファディも膝を付く。その肩をフィリーンが支え、仮面(に連れられたシアルがすぐさま癒しの魔法をかける。
「ファディ! お前何故‥‥」
「リルス様を‥‥まだお伝えしなければならない事が‥‥」
「カイラ! リルス連れてきて!」
「え‥‥!? 私が!?」
「駄目なのよ‥‥私の力でももたない‥‥。早く!」
「わ、分かった!」
「ファディ! 死んで償うとでも言うのか!? あの戦で俺が、俺達がどれだけの者を失ったと思ってる! 俺がお前の死で満足するとでも思っているのか!?」
怒りを向けながら、フィリーンの頬を涙が伝った。お父上の死にも見せなかったのに‥‥とファディは少し笑って指先でフィリーンの涙を拭った。
「私の手‥‥血で汚れてしまった‥‥」
「それはお前自身の‥‥」
「もう、尊公の背で怯えていた少女には戻れない‥‥。本当はもっと、全てを解決してから‥‥。けれどクィーンネクタリアは私の手には負えない‥‥。せめてジーマは、私が共に‥‥」
「もういい!怒ってない‥‥。死ぬな、ファディ‥‥」
「離してよ!人攫い!! 助けて!ファディ!」
「(攫われた妹に人攫い扱いされてる私って一体‥‥)そのファディが大変なんだって言ってるだろ!」
こっちに来い!リルス! とフィリーンに強い口調で言われ、リルスはばっとカイラの手を払ってフィリーンに駆け寄った。しかし血まみれで倒れるジーマとファディに気付いて短く悲鳴をあげ、ファディの傍らにしゃがみ込む。
「ファディ!誰がやったの?‥‥。ねぇシアル! ファディは助かるんでしょ!?」
「リルス様‥‥今までずっと貴女を欺いてきて申し訳ありませんでした。貴女はストゥ・マイニアヌではなくラング・リ・ストゥの王女、カイラ王子の双子の妹君です」
「何を‥‥クィーンネクタリアは!? ジーマとファディは!? どうして私‥‥」
「それは‥‥ごほっ‥‥フィリーン様が全てご存知です‥‥。私からはもう‥‥」
「やだ! 死なないでファディ! 嘘でしょ!ねぇ!」
「カイラ王子、リルス様と、昔のように仲良く‥‥。フィリーン様、リルス様をお願い‥‥」
シアルがすっと手を引いた。いやぁ!とリルスの悲鳴が耳を突く。フィリーンは黙ってファディの体を抱きしめた。フィリーンが泣いている姿など、初めて見た。シアルを抱えてすっと仮面(が立ち上がる。立ち去ろうとしているのかもしれない。その袖をシアルがぐいっと引く、気付いてカイラが目を向けるとブランカが必死にジーマの遺体に回復魔法をかけている。
「ブランカ! 駄目だよ‥‥その人もう死んでる‥‥」
「っ!」
「ランカ?‥‥」
ばっと立ち上がるとブランカは突然駆け出した。慌てて後を追いかけるようシアルは袖を引くが仮面(は動かない。カイラはそれに気付かず走り出した。フィリーン達と二人の遺体が見えなくなったところでブランカは立ち止まり、岩壁にその小さな拳を打ちつけた。
「ランカ!? やめるんだ!ランカ!」
二、三度打ち付けられた両の拳は白い皮膚から血を溢れさせている。手首を掴んで振り返らせた顔は先ほどの血がもう乾き始めている。意外な事にブランカは泣いてはないなかった。きゅっと噛み締めた唇の端が、新たに血を流しているだけ。
「唇まで切って‥‥。口を開けて。‥‥ランカ! 一体どうしたんだい? どうして自分を傷つけるんだ‥‥」
「‥‥」
「ランカ、君本当は泣きたいんだろ? 出来ないから、いや許せないからこんな事‥‥。私が、守ってあげるよ。君と比べたら頼りないだろうけど、君が泣いてる時くらい守ってあげられる」
「‥‥できない‥‥私は‥‥」
「ランカ‥‥。泣きたい時に泣いて、叫びたい時に思いっきり叫んでおかないと、我慢して溜め込んだ分、己の負担になってしまうよ?」
「だって私は誰も守れなかった! また‥‥人を殺してしまった‥‥。もっともっと強くならなきゃ‥‥。泣いてばかりいるから私は弱いまま‥‥」
――また?‥‥――
君が殺したんじゃない、と言おうとしてカイラはその言葉の無意味さに気付いて飲み込んだ。彼女にとって人を守りきれなかった、死なせた事はその人を殺したのと同じ事なのだ、敵であっても味方であっても。
――彼女は、本当は人を傷付ける事などできないくらい優しいんだ‥‥。だけど、おそらく彼女の出生の理由で‥‥。だから彼女は人を死なせないために、己の剣を抜く。ファディやジーマに剣を向けたのも傷つけるためじゃない。傷つけないために、いち早く相手を牽制していたんだ。なんてか細くて、強い人なんだろう‥‥――
「ねぇ‥‥涙を我慢しても人は強くなれないよ。確かに強い人は涙を見せないけど、君は優しい人だから、涙を我慢したらその痛み分だけ弱くなってしまう。涙を忘れた、優しさを忘れた強い人間なんて、意味が無い。だから泣いていいよ、ランカ。大丈夫。此処には他に誰もいないから」
「カイラ王子‥‥」
泣き崩れ、そんなに大差ある体格でもない自分に縋るその体はひどく小さかった。一体幾つの時からあんな鋭い刃のような、気負った甲冑を纏っていたのだろう。甲冑を取ればこんなに小さくて、こんなに弱々しいのに。大丈夫‥‥そう耳元で囁いて、カイラはブランカのつややかな銀髪に指を通した。
「おっそーい! 戻ってこないから心配したじゃない!二人共!」
しばらくして元の場所に戻った二人をシアルのそんな言葉が迎えた。慰めていたのかリルスにしがみ付かれたままそんな事を言われても‥‥。とカイラは思うが申し訳ありませんでした、と隣のブランカが素直に謝る。
「取り乱してしまって、ご迷惑をおかけししました」
「フィリーン、‥‥とリルスは大丈夫?」
「悪い‥‥俺も取り乱した。もう大丈夫だ」
「リルスは落ち着いてないみたい。どうする?先に進むの?」
「できれば、そうしたいな。ジーマとファディを失ったんだ。クィーンネクタリアがどんな手を打ってくるか‥‥。もう十分長居してしまったし」
「メターナ・ネウユの真の本神殿はすぐ近くです。私がご案内できますよ。‥‥大丈夫ですか?ブランカ殿」
すっと顔を覗き込む仮面(に先ほどの素顔を重ねたのかブランカは一瞬の動揺の後、こくっと頷いた。仮面の下で笑いながら仮面(はシアルに見えぬようすっと指を立てて口元に当てる。察したブランカもただ黙ってもう一度頷いた。
「フィリーンは彼女を、私は彼を運びますか。シアル、肩の上でも構いませんか?」
「うん、天井は自己責任で避けるから心配しないで。‥‥リルス、手離してくれると嬉しいんだけど」
「え‥‥。うん‥‥」
「言っとくが俺にしがみ付くなよ。ファディ抱えてお前にまでしがみ付かれたらたまらん」
「なんで!?」
「いいじゃない。お兄ちゃんと手繋いで歩けば」
え?‥‥と言いたいのをカイラは途中で飲み込む。が、その甲斐虚しくリルスはえー? と盛大にご不満げな声を漏らす。まぁ自分もいまだ彼女が妹だという現実に慣れない。リルスはなおさらだろう。
「絶対やだ! フィリーンの隣についてく!」
「ああ‥‥勝手にしろ‥‥。‥‥神殿の用が済んだらな、全部話してやるから‥‥」
くしゃっとリルスの頭を撫でるフィリーンは、自分に見せるのとはまた違った兄の顔をしていた。自分もそうやって彼女を素直に妹と思えるのだろうか。まだ、彼女に向けられた刃が、毛を逆立てた猫のように自分を警戒する彼女が怖い。
「なるべく歩調を落としていきますが、早ければ言ってください」
「ああ、分かった‥‥。ところで、いい加減シアルの激変の種明かしをしてもらえるか?」
「あっ!イアラの事? そうね‥‥フィリーン達に話しても構わないのかしら?」
「貴女が構わないと思うならば構いませんよ、シアル」
「うん。あのね、私自身あんまり信じられないんだけど、私の中にはイアラって別の存在がいるの。彼女‥‥えーと彼女なのかな? まぁいいや、彼女で。彼女は‥‥」
「メターナ・ネウユの神。性を持たず、絶対神キルアーナと対を成すとも言われています。もはや誰もが忘れた存在だと思っていました。私達以外は。貴女はイアラの依代となる巫女だったのですね、シアル殿」
えっ!?嘘!? 私よりくわしーい! と叫ぶシアルに少し困ったような笑みを向け、出過ぎた真似を、とブランカは謝罪する。フィリーンとカイラの驚きの視線を感じながら――リルスはあまり理解できていないらしい――ブランカはすっと視線を逸らし、思い切ったように口を開いた。
「メターナ・ネウユをいまだ信仰する民がいるとは聞いていました。メターナ・ネウユの真の本神殿に導けるのはその民だけだと。貴公がそうなのですね、仮面(殿」
「さすがトグリッサ王家、そしてダウド家のお血筋、お詳しいですね、ブランカ殿」
「え? どういう事? フィリーン」
「トグリッサ王家は元を辿るとキルアーナ神の神官家、そしてそれを守る神殿魔術師(家に行き当たる。代々の王は神殿魔術師(か祭司のどちらかを務めてきたと言われている。今は違うが、絶対神キルアーナの本神殿をトグリッサ王家が守っているのに変わりはない」
「そしてトグリッサ王家から分かれ、神殿魔術師(を継ぎ、宮廷魔術師(の元となったのが我がダウド家です。‥‥良いのですか? そのような事をこの私にお話になって。私はメターナ・ネウユの巫女を殺し、イアラ復活を阻止する事だって可能なのですよ」
「その行為が無駄である事も、ご存知のはずですよ、貴女方は。それに、考えてもいない事は口にしない方がよろしいかと」
――だって、君には誰も殺せないよ?――
そう言って笑うのはもはやシアルではない。イアラだ。図星を差された動揺とその言葉の刃にブランカはきゅっと胸元を掴んだ。その様子に構いもせずイアラはさらに続けた。
「あれだね、ブランカちゃんは神殿魔術師(向きの魂だ。良い魔術師(になれるよ。お墨つけちゃう♪」
「貴公が、イアラか?」
「うん、お久し振り。いや、改めて初めましてだね、『レフィン』」
「神殿に残されている石碑は貴公の仕業か? 何のためにそんな物で! 俺達を何処に導こうとする!」
「急(っては駄目、悪い癖だよ、レフィン」
駄目、と口元に当てた手を、すっとイアラは前方へゆっくりと突き出す。その先には洞窟の中でも白く耀く神殿が‥‥。
「!!」
『知りたければ来るが良い、子らよ。だが私は汝らを導かぬ。何故なら汝らも私に与えられた星の一つだから。だから子らよ、己が目で見、己が足で辿り着くが良い。星の導きたる果てへ』
「どういうこと?イアラ」
「‥‥カイラ、リルス、ついておいで」
そう言ってイアラはすっと目を閉じた。合わせて仮面(も立ち止まる。怪訝そうにカイラとリルスが見上げるとイアラ、いやシアルの背にばっと白い翼が広がった。翼の正体は白い鳥。『メターナ・ネウユ!』と後ろで叫んだのはフィリーンかブランカか‥‥。飛び立つ鳥を追ってリルスが駆け出した。カイラも慌てて後を追う。リルスに追いつくのは簡単だった。けれど、追い越す気にはなれない。ムキになって走るリルスと並んで走りながらカイラは今までに見た物と同じ石碑に辿り着いた。
「『天空より子らを守りし堕天の翼降る‥‥』」
「『その翼は柔らかく、優しく子らを包む』? きゃ!」
ふわっといつの間に上にまわったのかメターナ・ネウユの翼が二人の頭に覆い被さった。『仲良く、やりなさいね‥‥』とイアラの声が聞こえたような気がする。その瞬間に、鳥は姿を消してしまった。
「! イアラ!?」
「大丈夫‥‥カイラ‥‥。ちゃんと戻ってきたから‥‥。まだ復活が完全じゃないから、疲れただけだって‥‥」
「大丈夫!?シアル‥‥」
「しかし、道しるべは此処で途切れてしまったわけだな‥‥」
「『時は満ちた‥‥帰りなさい、祖国へ』って‥‥イアラが‥‥」
「時‥‥ね」
不満そうな視線をフィリーンが何処へともなく向ける。言われなくてもそうするさ、という思いも含めて。何の時が満ちたのか、何のための道だったのか、カイラには理解できない。が、長かったような。短かったような旅は完結する‥‥。
「ブランカ、悪いけどまた転移魔法、頼めるかな?」
「構いませんが、私ではラング・リ・ストゥには転移できません。できるのはトグルと此処とテュアナだけです」
「私はできるもん! ラング・リ・ストゥに戻ればいいのよね?フィリーン」
「でも‥‥さすがにこの人数は無理でしょ‥‥リルス」
「あ、そっかぁ」
「‥‥私も人の事は言えませんが皆様もぼろぼろですね‥‥。一度トグルにお寄り下さい。お兄様も心配なされてるでしょうし、長ならば皆様を送り届けられると思います。仮面(殿、この魔具を。アヌマーン王女もどうぞ、お使いください」
受け取った仮面(はすでにジーマとシアルを抱えている。リルスはさっとフィリーンとファディに駆け寄った。必然的にブランカはカイラに寄り添う。内心喜ばしくない表情をしていたカイラは慌てて表情を直す羽目になる。
「アヌマーン王女、トグルに転移の経験は?」
「え? う‥‥ん‥‥多分ないと思う」
「私の魔力を追って転移できますか?」
「うん、ジーマの後を追って練習したから大丈夫だと思う」
「私の事はご心配なく、今度は見失う要素もありませんからね」
「ではお先に行きます。カイラ王子、手さえ離さなければ大丈夫ですから」
心配されるほど私は緊張してたのか? と思うが、最初の失敗がやはり尾を引いているのかもしれない。が、今度は前のような振動も妨害もなかった。視界が戻って見えたのは前の洞窟よりもずっと明るい、綺麗な噴水。それが冬場雪に閉ざされるトグル城内に作られた屋内庭園だという事をカイラは後になって知る。噴水の蒼が映えるよう絶妙に配置された植木の緑、綺麗だ‥‥と無意識に呟いていたのかブランカがすっと顔を向ける。
「カイラ王子は、トグルは初めてでしたか?」
「あ、うん‥‥と言うより、国外に出たのはこれが初めてだよ。ランカも、ラング・リ・ストゥに来た事はないよね?」
「‥‥私は‥‥」
「ブランカ」
「! 父‥‥長、ブランカ=ダウド、ただ今帰還致しました」
「ご苦労。‥‥お役目は無事果たせたようだな」
歩み寄って来た壮年の男性がカイラに微笑を向け、軽く会釈しながら言う。緋色の裾の長い上着、服の前のデザインは騎士達の礼服に似ているがその長い裾は魔術師故か、実践向きとは言えない。だが、それさえ除けば完全な軍服である。さらに男はトグリッサ王家の家紋、金獅子を象ったペンダントを首から下げている。覚えのある顔だ‥‥とカイラが思い出そうとしていると、いえ‥‥とブランカの声が小さく漏れた。そして言葉を続けようとするとふっと後ろに人の気配が現れる。
「うわぁ‥‥ついた‥‥。人と一緒に飛ぶのって初めてだったけど、意外に大丈夫なのね」
「おい‥‥、そんな危険な旅に俺を付き合わせたのか?お前は‥‥」
「わぁ‥‥今度は無事だった‥‥。分かってるけどちょっと怖いよね‥‥」
「おや‥‥このような場所で騒ぎ立てまして、失礼をお許し下さい」
「いえ、皆様ようこそ、トグルへ」
仮面(の言葉に他の三人はいっせいに男性に視線を向けた。にこっと温和な笑みを浮かべる様は張り詰めたブランカの纏う雰囲気とは対照的だ。母似のブランカにその面影を探すのは難しいが彼がブランカの父なのだろう。
「私はトグリッサ王家、宮廷魔術師(の長の座を預かるジェヴル=ダウドと申します。リルアーヌ様とサルス様とは、ラング・リ・ストゥでお会いして以来ですな。お二人共凛々しくなられて」
「あっ‥‥。失礼致しました、お久し振りです、ジェヴル殿」
「ジェヴル殿にはお変わりなく、何よりだ」
――そうだ、ジェヴル殿‥‥二年前にソール王子がラング・リ・ストゥを訪問された時もソール王子の護衛をなさってたっけ‥‥――
「長‥‥私は‥‥」
ブランカのか細い声が切れたのは父の視線が二人の遺体に向けられたからか、客人の前で私事を控えたのか‥‥。じっと視線を注いでいた目を細め、不意にジェヴルはブランカを振り返る。
「着替えてきなさい、ブランカ」
「長‥‥?」
「そのような姿で、殿下の前にあげさせるわけにはいかぬ。それに此処はトグル王城、正装が義務のはずだが?」
「‥‥はい」
「いちいち細かい事を気にするな、皺が増えるぞ?ジェヴル。お帰り♪ランカ♪」
「!」
忽然と現れるとソールはひょいっとブランカの頭を引き寄せて抱きしめた。そうだ、この人はいつも湧いて出るんだ‥‥とフィリーンは頭を抱え、カイラはジェヴルの先ほどまでの微笑が引きつったのを何となく見ていた。ただ単にこの先起こるであろう出来事から思考を逃避させたかっただけかもしれない。
「血がついておるぞ? 何処かケガでもしたか?」
「いえ、これは私の血では‥‥」
「『ただいま』は?ランカ」
「‥‥ただいま戻りました、お兄様」
「良し! ではお帰りのキスを♪」
「殿!下! 客人の前ですぞ。それからブランカ、早く着替えに行きなさい」
「何だよ、兄妹の熱ーい抱擁を邪魔するとは無粋な奴‥‥。♪(←獲物発見)カイラ王子♪ようこそトグルへ!」
やっぱり来たぁ! とカイラは身を翻しかけたが、がっとソールの腕が首にかかる方が先。続くのはいつものぐりぐり攻撃かと思いきや、ブランカの後だったからか、そのまま抱き竦められてしまう。ちょっと呆れ顔で見ていたブランカは父に三度目の命を下される前に身を翻してしまった。‥‥もはや助けはない。
「だぁー! ソール王子!?」
「相変わらず小さくて可愛いなぁ♪カイラ王子♪。俺はどれだけこの日を待ちわびたか(多分嘘)どれどれ、歓迎のキスを‥‥」
「そんな歓迎をしろとも言ってません!殿下!」
「注文の多い奴だな‥‥。おう♪シアル嬢♪。再びお会いできて嬉しい限りだ。再会のキスをさせて頂いてもよろしいかな?」
「はい? あの‥‥あ」
了承も取らずカイラを解放した手でソールはシアルの手を取り、甲に口付ける。もはやジェヴルは処置なし‥‥と頭を抱えた。あれだけ温和そうに見えた男性でさえこの人の暴走を止められぬとは‥‥。本当にブランカ以外に止め役はいないのかもしれない。不意にソールの視線がフィリーンに、いやフィリーンの傍らで様子を見守って――警戒して――いたリルスに向けられた。おずっとフィリーンの背に隠れそうになるリルスにふっと笑いかけるとソールは珍しく紳士らしく腰を折った。悔しいが彼がやると此処にいる誰よりも様になる。
「小さい姫君、再会のご挨拶をしてよろしいかな? それとも、初めてのご挨拶をしなければならぬか?」
「ソール王子‥‥?」
「‥‥覚えていて頂けたとは光栄だな、小さい姫君。お美しくなられて、フィリーンの所に嫁ぐのでなければ俺がこの場で口説き落とすのに」
「だって尊公は‥‥」
「おっと、それは秘密だ、姫君。もっとも、フィリーンには当にばれてるがな」
リルスの手を掬い上げて唇を付けながらソールはウィンクで合図を送る。フィリーンが怒り任せに何か言いかけたようだが思い直したようだ。カイラは自分の事は忘れてたのに何故ソールは‥‥と少し不服そうだ。
「殿下‥‥この状況をあえて黙認されておふざけになっているのであれば私はそろそろ雷(の準備などしなければなりませんか?」
「お前は本物落とすからやめてくれ、本気で‥‥。悪かったよ、しかし挨拶が先かと思ってな。‥‥ジーマ殿とファディか?フィリーン」
「‥‥ああ」
「そうか。理由はあえて聞かないで置こう。ジェヴル、安置所に運んでやってくれ」
「! ソール王子、我々は長居するつもりは‥‥」
「俺にそんなぼろぼろ状態のお前達に目を向けずに笑って送り出せと?」
呆れ顔で言われてそんなにひどいか? とフィリーンは自分達を見回した。自分は血まみれのファディを抱えたので当然血まみれ、仮面(は仮面の再生が追いつかずローブが所々ぼろぼろ。カイラも返り血を浴びたブランカを抱えたため血まみれ。シアルとリルスはまともと言えばまともだが、シアルは派手に転んだし、リルスも最初の転移で飛ばされた時に洞窟に倒れていたのであまり綺麗でもないだろう。
「その格好で王子と元王子と言われて信じる奴がいるか?」
「ははっ‥‥ごもっともです、ソール王子‥‥」
「トグルは身の安全は十二分に保証できる。とりあえず来い。ジェヴル」
「はっ。お二人は私がお運びしましょう」
「では、お願い致します」
「‥‥大変だろう、ジェヴル殿。ファディは俺が連れて行く」
ジェヴルと共に去るフィリーンを追いかけようとするリルスの肩を押さえ、ソールは別方向へ促した。そのままリルスを連れて行ってしまうのでカイラと
仮面(は慌てて後を追う。さて、どうするかな‥‥と言うソールの口調がいつもの企みを含んでいるような気がしてカイラは逃げかけたが普段からそんな口調だったらしい。
「とりあえず湯浴みをされた方が良いだろう? ‥‥シアル嬢はその‥‥まさか‥‥」
「‥‥ご心配なく。いつも一人で平気だし、今日はリルスが一緒だもんね」
「え?うん‥‥(何がまさかなの??)」
「そうか‥‥なら良かった」
『(何が‥‥?)』
「お兄様」
ちょうど良い所に、とソールは声のした方を振り返る。ごまかしたな‥‥とカイラは思うがそれ以上の追求は自滅を招くので止める。戻ってきたブランカは先ほどのジェヴルに良く似た軍服を着ていた。しかしデザインは多少異なり、上着は通常の軍服と同じ、太股にかかるくらいの長さ。下はジェヴルの上着と同じ素材のズボンとは違い、細身の白いズボンを先ほどまでのと同じブーツにしまい、その上に深くスリットを入れた、これは上着と同じ素材の膝上のスカートをはいている。女性用と男性用で違うタイプがあるようだ。
「湯浴みはまだだろう?ランカ」
「? はい」
「シアル嬢と小さい姫君をお連れしてくれ。一人で大丈夫だろう? 俺はカイラ王子と
仮面(殿を。‥‥着替えは誰かに用意させよう」
「はい。シアル殿、魔法をかけます、失礼を」
「湯浴みを終えたら、そうだな、俺の客間にお通してくれ」
「はい」
そのままシアルとリルスと共にブランカは立ち去ろうとしたが、別方向にカイラ達を案内しようとしていたソールがあっと声を上げて呼び止める。どうなさいました? と振り返るブランカではなく、ちょっと失礼、とシアルに歩み寄ってソールは耳元に口を近付けた。
「?」
「すまぬがシアル嬢、ランカの事をよろしく頼む」
「はい?」
「同じ年頃の、同性の友人というものがいなかったのでな。迷惑でないなら、仲良くしてやってくれぬか?」
「ああ‥‥そんな事ならお安い御用ですよ♪。それに、もう気兼ねなくやってます♪」
「そうか、ありがとう。もういい、お行き、ブランカ」
ちょっと首を傾げながら再びブランカは歩き出した。何話してたの? とリルスに問われたシアルはソールのシスコン振りを思い出してくすっと笑い、なんでもないよ♪とリルスの頭を撫でた。
こちらです、とブランカが浴場への扉を開き、二人を中に招きいれた。まずはリルスに靴を脱ぐよう勧め、自分もブーツを脱ぐとブランカは脱衣所の説明と浴室に続く扉を示し、自分はくるりと身を翻した。わぁ♪と歓声を上げながらリルスは自分の服を脱ぎ始める。シアルも同様に服に手をかけながらブランカを振り返った。棒でも入れているのではないかと思うくらいまっすぐに直立して背を向けている彼女が服を着替える素振りはない。
「あれぇ? ブランカ一緒に入らないの?」
「私などが、恐れ多い。中にはお連れします、シアル殿」
「シアルで良いよ。私はお姫様とかじゃないのもの。リルスもリルスで良いよね?」
「え?うん。わぁ、ブランカの上着のエンブレムかっこいい〜♪。剣と杖?それ。トグリッサ王家の紋章じゃないよね? 確か、金獅子、ジェヴルさんが首に下げてたペンダントと同じデザインの」
「あ、はい。あれは宮廷魔術師(の長の座を預かる証です。この背のエンブレムは宮廷魔術師(の紋章、神官の杖と騎士の剣をモチーフにしております。トグリッサ騎士団の紋章は二つとも剣、服の色は蒼です。宮廷魔術師(は騎士団ではありませんので、区別のために違う色と紋章を使っています」
下着姿のリルスが駆け寄ってほうっとそのエンブレムに見入る。神官の杖と騎士の剣をクロスした紋章、ブランカの上着は短いのでちょうど背の辺りに紋章が来るがジェヴルの着る男性用の物はもっと下、ふくらはぎの後ろくらいだ。リルスとシアルがエンブレムに見入っているから、というわけでもなさそうだが、ブランカはずっと二人に背を向けたままだ。
「‥‥、ブランカはソール王子の妹なのに王女じゃなくて宮廷魔術師(なの?」
「はい、私の父は先ほどのジェヴルと申す宮廷魔術師(の長、私も宮廷魔術師(の一員です。お兄様とは‥‥理由(あってお母様が同じなのです」
「リルス、その辺の事情は聞いちゃいけないの。これ暗黙の了解って奴よ。ところでブランカ、一緒に入ろ♪」
「ですから私は‥‥」
「脱がされる前に自分で脱いだ方が良いと思うけど?」
わずかに振り返ったブランカはシアルの笑みと言葉に絶句した。そして無言のまま上着に手をかける。笑みの下に兄に似た、何か逆らえないものを感じたのだ。このままでは本気で脱がされかねない‥‥。リルスは思い出したように下着も脱ぎ、一足先に扉を隔てた浴室に入っていく。
「わーい! おっきいお風呂〜! シアルとブランカも早く!」
「体洗ってから入りなさいよ!リルス!」
「‥‥失礼ですが、シアル殿はお幾つなのですか?」
「シアル! 年? 私は十八だよ。リルス達より二つ上」
「‥‥(見えない‥‥)」
「そう言うブランカは?」
今年で十五です、という返事が返ってくると意外〜とシアルが呟く。もっと年近いのかと思った、と言うシアルにリルスが何が?と首を傾げる。ブランカの年を聞くとリルスも見えなーいと同意する。
「少なくともリルスと同じか年上だと思った」
「ね〜? 落ち着いてるもんね、ブランカ」
「ねぇ♪ブランカ!」
「はい? 何でしょう、アヌマーン王女」
「リルスでいいってば! どうしてそう改まるの? ねぇ!髪の毛触ってみていい?」」
ブランカが意外そうな顔をするのにも構わずシアルが横から私もー! と手を上げる。ブランカは返り血を洗うためにすでに湯をかけていた髪を見やる。このような状態でよろしければ、と不思議そうに言うと少女二人はわーい!と言わんばかりにブランカの長い髪を掬った。
「すごーい!綺麗な銀髪〜♪。つやつやだし、乾いてもさらさらだよね? クセもないしいいなぁ」
「ソール王子も同じ色だよね。目の色はブランカと違うけど。でも、ほんと羨ましいなぁ。伸ばそうにも私なんてこんな赤髪で‥‥いつも中途半端でやめちゃうもの」
「リルスは金だけどちょっとオレンジ入ってるし、クセっ毛なとこもあるしやだ。カイラみたいにほんとの金かブランカみたいな銀髪が良かった」
「私は、お二人の方が羨ましいですけど‥‥」
「えー?なんで?」
「昔‥‥男の子達に良く言われたんです。お前の髪は冷たい氷の色だなって。この目の色も、魔性の目の色だ、とかって‥‥。お母様やお兄様は大好きだけど、もし私の髪が父上と同じ色だったら、瞳も、父上と同じ濃い紫だったらって、今でもよく思います‥‥。お二人の色はとても綺麗だと思いますよ。太陽のようで、とても暖かい‥‥」
きゅっと無意識に自分の体を抱きしめるブランカの姿は、それ以外にも過去に何かあった事を思わせる。ブランカの父、ジェヴルは茶金の髪に紫の瞳とトグルではさほど珍しくない容姿であったが、ブランカの銀髪はトグルでも珍しすぎる。その髪で、彼女の出生が誰の目にも明らかになるだろう。今更に、ソールが耳打ちした言葉がシアルの中で重みを感じさせる‥‥。
「そうかなぁ。ブランカの髪ってお月様みたいで綺麗だと思うよ?リルス」
「!」
「瞳もすっごく綺麗! 宝石みたい♪」
「もう!男ってほんっとしょうもないのよね! 可愛い女の子の事はついつい苛めたくなっちゃうのよ? ソール王子くらい年が違えば対応も大人だけど、年が近いとしょうがないのよ、わざと苛めて気を引こうとするの。でも、女の子にはそんな事分からないよね? 近くに同じ年頃の女の子がいればあの子ひどいよね〜って文句言い合って笑って忘れちゃうけど‥‥ブランカはそうできなかったんだよね‥‥」
「そんな事‥‥。あの子達が言ってたのは本当です‥‥。私は生まれてきてはいけなかったのですもの‥‥」
「そんな事言っちゃ駄目。そんな事、自分のお父様やお母様、ソール王子だって否定する事になっちゃうよ? 昔何があったか私達は知らない。知ろうとは思わない。でも、私から見るソール王子はほんとにブランカが大事で、可愛くて仕方なくて、ブランカもそんなソール王子が好きだって分かるよ?」
こつん、と額を小突かれてブランカはびっくりしたようにシアルを見返す。違った? と問われ、いえ‥‥と返す表情はまだきょとんとしたままだ。同じくらいの年に見えていたシアルが急に年上の姉のように見えて、余計に驚いたのかもしれない。
「それに、愚痴を言い合うにはまだ遅くないんじゃない? 私はブランカの事好きだよ? もっと話したいし、敬語は止めて、普通に女の子同士ゆっくり話したいな。ほら、私もさ、記憶失って‥‥その後は
仮面(と二人きりだったから女の子の友達って、リルスとブランカが初めて♪」
「リルスも! リルスもずっとファディとジーマと一緒だったから! ファディとは五歳も年違ったから姉妹みたいな感じだったし‥‥。あ、そうだブランカ。あの時、リルスの事止めてくれてありがとね‥‥。リルスがついてったらフィリーン達が危ないから止めてくれたんでしょ? 敵なのに、ジーマとファディが死んだ時だって哀しんでくれた」
「! 申し訳ありません! 手荒な真似をしましたのに謝罪もしないで‥‥」
「あ、そういうつもりじゃなくて! リルスは‥‥何か言われるとつい反発したくなっちゃうんだよね。分かってても止められなくて。だから、ありがと‥‥ブランカ」
「良く言えました!リルス! 私もありがとね、ブランカ。ブランカがいなかったらイアラが居てもきっと
仮面(を助けられなかった。ほんと、ありがと、ブランカ」
「いえ‥‥礼など言われる事ではありません。それが私の務めですから‥‥」
そうだとしてもお礼はちゃんと言わなきゃでしょ? とシアルに言われてブランカの顔が赤くなるのは湯気のせいだけではないだろう。大した事は出来ませんでしたが‥‥と一転して少しブランカの表情がかげるのは、二人を死なせてしまった事にだろうか‥‥。
「だから〜、敬語やめてね?ブランカ」
「ごめんなさい‥‥敬語以外は使わないので、慣れなくて‥‥」
「まぁ、ゆっくりでいいけどね? それがブランカらしくて可愛いし♪」
「でも『アヌマーン王女』はやめてよ? カイラ呼んでるみたいにリルスでいいから!」
「わ、分かりました、リルス王女。以後気をつけます」
「もう!改まらないでいいんだってば‥‥。とにかく、早く洗って湯船に入ろう! 風邪引いちゃうわ!」
シアルの提案に異議を唱えるものは居ない。思い出したようにリルスはさむーい!とお湯をかぶる。あとで背中流しっこしようね♪というシアルの提案にブランカは初めて、照れたような年相応のはにかんだ笑みを浮かべた。
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